問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



16.天を穿つビー・アングリー

 

「すみません、スミルノフ少尉。こんなところまで護衛して頂いて……」

 

「いいえ、構いません。これが私の仕事なので」

 

 

 絹江が申し訳なくそう言えば、アンドレイは快活な笑みを浮かべてくれた。アロウズは部隊の再編で大忙しだというのに、ご苦労なことである。

 ちなみに、つい先程まで、アンドレイは「こんなときにライセンサー全員が部隊を離れるなんて、何を考えているんだ」と苛立たしげにぼやいていた。

 戦力の大半が前線からいなくなるというのは大問題である。いくら補充要員が送り込まれるとはいえ、「送り込んどけば何をしてもいい」というのは暴論だ。

 

 彼がぼやいている場に出てこなければ、アンドレイは延々と愚痴をこぼしていたであろう。彼の気苦労を思うと、同情を禁じ得なかった。

 

 最も、アンドレイ自身もまた、現場に疎い官僚たちの指示によって“絹江たちの護衛”をする羽目になっているのだが。

 現場の状態を憂うアンドレイの思念が痛いほどに伝わってくる。絹江はおずおずと、彼に話しかけてみた。

 

 

「やはり、迷惑でしたよね……?」

 

「そんなことは!」

 

 

 鬼気迫るようなアンドレイの形相に、思わず絹江は目を白黒させた。それに気づいたアンドレイは一瞬狼狽し、バツが悪そうに肩をすくめる。

 

 

「……申し訳ありません。驚かせるつもりはなかったのですが……」

 

 

 申し訳なさそうに目を伏せたアンドレイだが、彼はすぐに絹江へと向き直った。どこまでも真っ直ぐで、真摯な眼差し。

 絹江に対して、彼はいつだって誠実だった。誠実であろうとしてくれた。彼の思念が<そうありたい>と訴えている。

 

 

「貴方の護衛役という仕事に関して、私は――私個人は、迷惑だと思ったことはありません」

 

「スミルノフ少尉……」

 

「……ですから、そんな――悲しそうな顔を、しないでください。貴女には、似合わない」

 

 

 言い慣れぬ台詞だったのだろう。そう言うなり、アンドレイは何とも言い難そうに視線を彷徨わせた。気のせいか、ほんの少しだけ頬が赤らんでいるように見える。

 彼の言葉の意味を吟味して、そのすべてを理解し終えたとき、絹江は思わず顔を赤らめた。今、自分は、異性から、口説き文句に近いことを言われたのだ。

 理解しなければ何てこともなかったのに。理解してしまったが最後、どこからか、ヤカンが沸騰するようなカン高い音が聞こえてきた。

 

 絹江の狼狽えぶりを見たアンドレイが、ますます顔を真っ赤にして視線を逸らした。余計に居心地が悪くなる。本当に、もう、どうすればいいのだ。いい歳こいた大人2人が、並んでパニックに陥っている。純情なんて年頃は、とうに過ぎ去ってしまったというのに。

 

 

「絹江センパイは、男性とおつき合いした経験はないんですよね?」

 

 

 何を思ったのか、シロエが悪い笑みを浮かべて絹江に問う。

 彼に掴みかかりたい衝動を押し殺し、絹江は努めて冷静に応対した。

 

 

「シロエ、やめて頂戴。私のプライベートを、こんなところで暴露しないで」

 

「でしたら、このパーティはチャンスに繋がるかもしれませんよ? 各界の著名人が一同に会する機会ですからね。玉の輿だって夢じゃないかも」

 

「あのねぇ、私はここに仕事しに来たの。間違っても、男を漁るために来たわけじゃないのよ。それこそ、スミルノフ少尉に対して失礼じゃない!」

 

「それでも、パーティ用のドレスを新調したあたり、センパイも気合入れてますよね」

 

「気合を入れたのは私じゃないわよ! …………もういい。釈明しても無駄そうだから、あとはノーコメントにさせてもらうわ」

 

 

 悪戯っぽく笑うシロエの様子に、絹江は大きくため息をついた。

 

 現在、絹江たち――絹江、シロエ、マツカの3人と、護衛役のアンドレイ――は、アロウズの関係者および出資者たち主催のパーティ会場にいた。

 この施設は普段から政財界の有力者や各分野の著名人が集まる催しに使われている。『税金の無駄遣いで建設された』という噂がある、いわくつきの場所だ。

 今回のパーティはドレスコードが定まっていた。そのため、絹江がドレスを、他の2人がタキシードおよびスーツを身に纏っている。アンドレイは軍服姿だった。

 

 

『お義姉さまと良い感じの人も、一緒にこのパーティに参加するんですよね!?』

 

『意中の軍人さんの視線と心を釘付けにしちゃいましょう! “東洋文化や大和撫子の魅力”と“お義姉さまの色気”を活かせるようなドレス、幾つか見繕ってきますね!』

 

 

 ニコニコ顔で着物ドレスを持ってきた義妹の姿が脳裏に浮かぶ。彼女には何度も『スミルノフ少尉のことは好ましく思っているが、()()()()()()ではない』、『パーティへの参加は取材という名の情報収集のためだ』と訴えたのだが、最後の最後まで彼女に聞き入れてもらえることは無かった。その結果が、現在絹江が着ている着物ドレスである。

 ドレスの形状は、シンプルなオフショルダーのマーメイドライン。レースやスパンコール等の余計な装飾は施されていない。絹江の名前に使われた漢字と同じ素材が使われており、高級感溢れる優雅な光沢は他の夜会用ドレスと引けを取らなかった。明るいカナリヤ色の生地には色鮮やかな花々が描かれている。和柄のドレスをチョイスした義妹のセンスは素直に感嘆するが、その他諸々には辟易だ。

 

 義妹がどのようなルートで着物ドレスを手に入れたのかは不明だが、絹の生地を使った着物の相場は余裕で3桁万円を突破する。そんなものを複数取り揃えていたのだ。ハレヴィ家の遺産を受け継ぎ、悪の組織のパトロンその1として資金を荒稼ぎしている義妹の金銭感覚と思い切り良すぎる価値観――絹江には一生理解できそうになかった。

 

 シロエはタキシードを、マツカは燕尾服を身に纏っている。どちらの身に纏っている服も高級感に満ち溢れており、2人とも気合を入れていることが伝わってきた。

 対して――仕事と言うのも加味して――アンドレイだけが公務用の軍服である。ドレスコードは満たしているが、それが余計に「無理矢理連れてこられた」感じを醸し出していた。

 

 

「ところでスミルノフ少尉。センパイの格好についてどう思います?」

 

「えっ!?」

 

「オフレコですので気にしなくて大丈夫ですよ。素直な感想を聞かせて頂ければ!」

 

「僕も絹江さんのドレスについての感想、是非聞きたいです……!」

 

「あ、あの、私は……その……」

 

「シロエ、やめなさい! マツカも! 少尉が困ってるでしょ!?」

 

 

 傍から見れば好奇心旺盛な子どもみたいな顔をしているが、どこか悪さを含んだ微笑を浮かべるシロエがアンドレイに質問をぶつける。

 普段はシロエのストッパー役になっていることが多いマツカは、シロエと一緒になって囃し立てる側に回ってしまった。

 顔を真っ赤にして狼狽するアンドレイを放置することなど出来るはずもない。ついでに自分の羞恥もキャパシティオーバーしてしまった絹江は、つい声を荒げてしまった。

 

 慌ててアンドレイの方に向き直り、頭を下げる。

 

 

「申し訳ありません、スミルノフ少尉。連れの2人が……」

 

「お……」

 

「え?」

 

「乙女を、見た、と……思いまし、た……」

 

 

 蚊の鳴く様な声色で、絞り出すような調子で紡がれた言葉に、絹江は目を丸くした。アンドレイの顔は真っ赤である。直後、アンドレイの思念がぶわりと溢れ、絹江の力はそのすべてを拾い上げていた。どうやら、アンドレイにとっての『乙女』とは“女性の美しさや麗しさを湛える最上級の比喩”らしい。

 だが、当人は自分のワードチョイスを非常に恥ずかしがっている様子だった。羞恥が天元突破してしまったアンドレイは視線を彷徨わせ、小刻みに震えている。絹江は彼をフォローしようと口を開いたが、男性から素直に賛辞された経験がないため、照れが勝ってしまってどうすればいいのか分からない。

 アンドレイも絹江も言葉にしていない。しかし、2人して同じ叫び声――具体的には<<あああああああ!!>>――をあげている。本当に、もう、どうすればいいのだ。いい歳こいた大人2人が、並んでパニックに陥っている。純情なんて年頃は、とうに過ぎ去ってしまったというのに。

 

 

「あ、お義姉さま!」

 

 

 不意に、前方から明るい声が聞こえてきた。慣れ親しんだ女性の声である。絹江が声の方向へ視線を向けると、ショート丈のイブニングドレスを身に纏ったルイスが大きく手を振っているところだった。

 ルイスは瑠璃色のVネック・Aラインドレスを身に纏っていた。胸元から腰のあたりまでには花柄の刺繍が施されている。腰の部分は大きめのリボンを付けることで、ウエストラインを区切っていた。

 

 義妹のドレスは“社交界に出る女としての気品や美しさを周囲に示しつつ、年相応の可愛らしさや可憐さを醸し出している”と言えよう。流石は社交界経験者。ドレスの見立てやその審美眼は、家庭環境によって形成されたモノらしい。絹江では一生辿り着けぬ境地である。

 

 

「ルイス。貴女、どうしてここに?」

 

「私、アルフヘイム社の役員やってるんですよ。その関係です」

 

「ああ、成程ね」

 

 

 ルイスの言ったアルフヘイム社は“悪の組織が隠れ蓑にしているダミー企業の1つ”だ。名前の由来は“北欧神話においてエルフが住まう国”から来ている。

 彼女は彼女で、悪の組織の潜入調査員として白羽の矢が立ったらしい。ルイスはその出自故、社交界には充分慣れ親しんでいる。違和感なく振る舞えるだろう。

 やや子どもっぽい雰囲気は残るが、立ち振る舞いは淑女と言うに相応しかった。近くにいた人々が惚けたようにルイスを見つめている。

 

 

「ルイスさん、素敵ですよ」

 

「お褒めの言葉ありがとうございます、マツカさん」

 

 

 マツカが感嘆の声を上げた。ルイスは優雅に会釈する。

 彼女は自分たちを見回して、何を思ったのか、明るい調子で言葉を紡いだ。

 

 

「でも、凄い偶然ですよね。こんなところで会うなんて」

 

「そうね。私は取材で、貴女は役員としての仕事だもの」

 

「ところでスミルノフさん。今日のお義姉さまはどうですか!? お持ち帰りとかしたくなりません!?」

 

「ええっ!?」

 

「貴女何言ってるのよ!?」

 

 

 ルイスの言葉を聞いたアンドレイは再び顔を真っ赤にして狼狽した。シロエとマツカはニコニコ笑顔で沈黙を貫く。

 絹江の突っ込みなどどこ吹く風。ルイスは明るい笑みを浮かべて会釈した後、手を振ってさっさと会場内へと消えて行った。

 

 絹江とアンドレイの間には、なんだか微妙な空気が漂っている。双方共に頬をほんのりと染めながら、視線を彷徨わせていた。戦友たちだけが良い笑顔を浮かべている。

 もしもこの場に沙慈が居合わせていたら、確実に大惨事になっていた。沙慈もルイスも、夫婦揃って絹江を崖っぷちに落とすのが得意らしい。

 そんなことを考えた途端、凄まじい悪寒が背中を駆け抜けた。絹江の脳裏に、死んだ魚のような目でこちらを見つめる弟の姿がちらつく。

 

 

「と、とにかく、会場へ行きましょう。行くわよ、シロエ、マツカ」

 

「了解です」

「はーい」

 

「スミルノフ少尉、お願いします」

 

「お、お任せください」

 

 

 恐ろしい幻を頭の片隅に追いやりながら、絹江は音頭を取った。

 それを聞いた3人は、弾かれたように動き始める。

 

 そうして、4人はパーティ会場へと足を踏み入れたのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 見る限り、自分たちはうまく潜入できたようだ。官僚と談笑しながら、ティエリアはそんなことを考えていた。

 

 ちらりと刹那へ視線を向ける。刹那も官僚や官僚夫人と談笑していた。彼女が上品な笑みを浮かべて朗々とお喋りに興じているのは、疑似人格を使ったためである。今回使用した疑似人格は“官僚や政治関係者等の上流階級でおしとやかな性格”のものを使用していた。

 ここにいる官僚たちはみな、アロウズに協力することで利権を貪るクズどもだ。苛立ちと憤りなどおくびにも出さず、ティエリアは官僚の話に相槌を打った。そうして、刹那の様子を確認しながら周囲の人間たちの動向に気を配る。

 今のところ、この中で一番重役なのは司令のホーマー・カタギリだ。彼は甥を紹介しつつ、記者たちからのインタビューを受けている。どうやらこの記者たちはアロウズに密着取材をしているらしい。丁寧に護衛役がつけられているということは、アロウズ擁護派だろう。

 

 

<違うよ。あの面々は悪の組織に属するミュウたちだ。僕の同胞だよ>

 

 

 不意に、頭の中で《聲》がした。自分と同じ顔をした青年――リジェネの声だ。本人はどこだと視線を巡らせれば、丁度、奴は部屋に足を踏み入れたところだった。

 彼は式典用の高級スーツを身に纏い、優雅な足取りでティエリアの方へやって来た。手を挙げて、互いが身内同士であることを周囲にアピールしつつ声をかけてくる。

 

 リジェネの外面は優雅な富豪そのものだ。だが、ティエリアは知っている。奴は、奴の家族やティエリアのことになると、途端に残念仕様になる男だと。

 

 

<わぁお! グラマラスなティエリアもサイコーだね!!>

 

 

 嬉々迫る《聲》。状況が状況じゃなければ、容赦なく右ストレートで殴ってやるのに。

 リジェネはティエリアの思考を読み取ったようで、すぐに<怒らないで! ごめんってば!>と謝ってきた。

 

 

<2人とも仲良しだね。『同類(なかま)』としては嬉しいことだよ>

 

 

 頭の中に割り込んできたのは別の《聲》だ。はっとして振り返れば、薄緑の髪に紫水晶の瞳を持つ青年――リボンズが、グラスにシャンパンを注いでいるところであった。

 

 彼は優雅な笑みを浮かべて、ティエリアにシャンパンの注がれたグラスを差し出してきた。断る理由はないので、顔だけ笑顔で受け取ってやる。途端に、リボンズとリジェネが苦笑する《聲》が頭の中に響いてきた。なんだか腹が立つ。

 ティエリアは仕草だけ優雅にシャンパンに口を付けつつ、リボンズとリジェネを睨みつけた。奴らはまるで、ティエリアの思考を読み取ったうえで話しかけてくる。しかも、頭の中に《聲》を響かせるという方法でだ。

 

 脳量子波を使ったヴェーダとの交信(コンタクト)――それが、ティエリアがガンダムマイスターとして選び出された最大の理由だった。リボンズやリジェネも脳量子波を使うことができ、前者はイデアと顔立ちが似ているし、後者は自分と同じ顔かたちをしている。

 刹那のバックアップもだが、ティエリアのことを『同類(なかま)』と称する理由についての情報を知りたくて、この任務に名乗りを上げたという訳だ。黒幕探しも重要な任務であるが、自分たち(ソレスタルビーイング)以外の“イオリアの後継者”について知りたかったというのもある。

 探るような目をしたティエリアの様子に、リボンズとリジェネはちょっとだけ苦笑した。<それじゃあ、ちょっとこの場から離れようか>と、リボンズが提案する。人の多い場所では話しにくいのだろう。ティエリアは頷き、2人に従うようにしてテーブルを離れた。

 

 うまい具合に人込みを避け、壁の花になったようだ。人が近寄ってくる気配はない。

 

 

(ん?)

 

 

 ティエリアがふと見れば、リジェネの体が淡い赤の光を纏っていた。はっとして彼を睨みつける。

 

 

「大丈夫だよ。ちょっと人避けしただけだから、怯えないで」

 

 

 リジェネはいつになく真剣な面持ちでそう言った。不慣れながらも、ティエリアも脳量子波を使って彼らの感情を読み取ろうと試みる。彼らの言葉に嘘はない様子だった。

 一先ず警戒を解けば、リジェネは目に見えて安堵したように表情を綻ばせた。周囲に花でも舞いそうな笑みだ。あまりにも無防備なそれに、ティエリアは毒気を抜かれた。

 

 そんな自分たちの様子を見たリボンズが、穏やかに微笑んだ。

 

 

<リジェネ。キミはやけに、ティエリアにご執心だね>

 

<だって、僕と同じ塩基配列なんだよ? 親近感を通り越して好意を抱くのは当然じゃないか!>

 

<その理屈で行くと、“塩基配列パターンが0988タイプなら誰でもいい”という人格破綻者になってしまうけど>

 

<わかってないなあリボンズ。ティエリアだがら特別なんですー!>

 

 

 小気味よい会話が頭の中に飛び交うが、正直、ティエリアには何がなんだかよく分からない。塩基配列がどうだと言われても、こちら側が持つ情報は少ないのだ。

 幾分か腹立たしい感情が伝わったのだろう。2人は「あ」と間抜けな声を漏らすと、バツが悪そうに頭を掻いた。わざとではないところが、逆に腹立たしい。

 <人に聞かれるといけないから、このまま話すよ>という2人の言葉に、ティエリアも頷いた。イオリア計画の重要事項だ、何が何でも秘匿にしなくてはいけないだろう。

 

 

<悪の組織やスターダスト・トラベラーに属する人々がミュウであることは知っているね?>

 

<ああ。ミュウが“外宇宙からこの地球へ来訪した異種族”であることは、シュヘンベルグ夫人から聞いている>

 

 

 リジェネの問いに、ティエリアは頷いた。リジェネは話を続ける。

 

 

<この銀河にいるミュウの区分は大きく分かれて3つある。1つは、外宇宙から来訪した張本人たちだ。一番分かりやすい例で例えると、マザーのことだよ>

 

<把握した>

 

<で、2つめのパターンが、外宇宙から来訪したミュウの血筋を引く子孫。片方でも親がミュウならば、生まれた子どもが“生まれながらのミュウ”として覚醒する可能性はほぼ確実となる。一番分かりやすい例が、キミたちの元へ腰を据えることにした子――イデアだね>

 

<……成程。ならば、3つ目のパターンは、“この星で生まれ育った人類が、何らかのきっかけを得てミュウへと覚醒する”という例か>

 

<うわあ凄い! 大正解だよティエリア!!>

 

 

 リジェネがぱああと表情を輝かせた。ならば、3パターン目の例は、自分たちに同行するクーゴ・ハガネやクロスロード夫妻だろうか。

 では、3つ目のパターンが適応される場合はどんな状況なのか。ティエリアがそれを問う前に、疑問を察知したリボンズが答える方が早かった。

 

 

<人類がミュウに目覚めるパターンは2つあるんだ>

 

<2つ?>

 

<1つめは“元から有していたミュウ因子が、外的要因を得て覚醒する”ことだね。2つめは“ミュウという存在を心から受け入れる”ことだ。……最も、条件を満たしても、いつ覚醒するかどうかは個人差があるからね。下手したら、人間としての寿命が尽きる寸前で覚醒する――なんてこともある>

 

 

 <マザーがやって来た惑星で行われていた、『“ミュウに関係する実験結果の1つ”だけど』――リボンズは憂いを滲ませた表情でそう呟いた。

 実験結果という単語を聞くと、碌なものが思い浮かばない。唯我独尊を突っ走るようなベルフトゥーロの過去には、凄惨で陰惨な背景がありそうだ。

 おそらく、人革連の超兵機関のようなものか。どの銀河/外宇宙でも、人類は酷いことができるらしい。ティエリアは表情を曇らせた。

 

 ミュウに関する話は一通り終わったらしい。それを察した後、ティエリアは、1番知りたかったことを問いかけた。

 

 

<では、単刀直入に訊く。……お前たちの言う『同類』とは、何だ?>

 

<僕たちはイノベイド。イオリア計画遂行のため、ヴェーダによって生み出された生体端末だ>

 

 

 その問いに答えたのはリジェネだった。彼もリボンズも、弟を見守るような兄を連想させるような慈愛に溢れた眼差しを向けてくる。

 

 ティエリアは『自分が人間とは違う』ということを重々理解していた。けれど『自分の正体が“生体端末”である』ことは知らなかった。頭を殴られたような衝撃が走る。

 「ティエリア、大丈夫?」――心配そうな声が響く。声の主の方へ向き直れば、リジェネがはらはらしたように眉をハの字に曲げ、手を右往左往させていた。

 

 

「話、聞ける? なんなら、この話はもう――」

 

「……いや、続けてほしい」

 

 

 裏声を崩さず、ティエリアは乞うた。リジェネはリボンズと顔を見合わせる。

 幾何化躊躇った後、彼らは話を続けることを選んだようだ。リボンズが言葉を続ける。

 

 

<イオリアは、人類が外宇宙へ進出する中で芽生える“可能性”に興味を持った。そのきっかけが“外宇宙から来訪したミュウとの接触”だったんだ。ミュウと出逢い、マザーと結ばれたイオリアは、“この銀河に存在する人類もミュウと似たような形で進化を果たすのではないか”と考えた』

 

<それが、イノベイド>

 

<いいや、それはイノベイドのことではないよ。イオリアは『人類が自力で、且つ、ミュウとは違う系譜の進化を果たした“新たな人類”』の出現を予期し、提唱した。革新するという言葉から取って、その新人類のことをイノベイターと呼んでいる。……で、その新人類を元にして、ヴェーダによって生み出された生体端末が、僕たちイノベイドだ>

 

 

 でもね、と、リボンズは付け加える。

 

 

<確かに僕たちは“ヴェーダに代わって人間を評価するデバイス”として生み出されたという側面もあるかもしれない。“ヴェーダを至上とし、その命令に従うための端末”として生み出されたというのも、純然たる事実だ。だが、僕たちには自意識がある。自分で考えて、自分で判断して、行動することができるし、感情だって持っているんだ>

 

「――そう。僕たちは、『人間(ヒト)』だ。築き上げた人生や絆と同じく、その事実は揺るぎない」

 

 

 清々しい笑みを浮かべて言いきったティエリアの様子に、リジェネとリボンズが目を丸くした。ややあって、2人は「あ」と声を漏らす。ティエリアの感情を読み取ったのだろう。

 ティエリアの脳裏に浮かんだのは、4年前の決戦前夜だった。ティエリアのことを『機械みたいで怖かった』と苦笑したイデアの姿だ。彼女が言った言葉が、頭の中でリフレインする。

 

 

『笑って、泣いて、怒って、悩んで、喜んで、悲しんで、憤って、呆れて、反省して、後悔して、無謀な賭けに挑戦してみて、不確定な未来を夢見て……機械はこんなことしない。人間だからこそ、そうやって考えることができる』

 

『だから、ティエリア。貴方は『機械』なんかじゃない。立派な『人間(ヒト)』だ。誇っていい』

 

 

 ――ああ。

 

 

(今ならば、キミの言葉の意味がよく分かる。あの言葉に込められた重さが、ようやく分かった)

 

 

 胸にじわじわ込み上げてくるものを感じながら、ティエリアはグラスのシャンパンを飲み干した。長らくそのままにしていたためか、炭酸が少々抜けてしまっている。

 余韻冷めやらぬという感情を一端片付け、もう1つ、ティエリアは2人へ疑問をぶつけた。リジェネとティエリアの顔が瓜二つであるという点である。

 

 

<先程、塩基配列がどうとか言っていたが、それが僕とリジェネの容姿と関係があるのか?>

 

<うん! 僕とキミは、ある科学者が提供してくれた遺伝子の塩基配列をベースとして生み出されたんだ。キミも僕も、0988タイプの塩基配列――T.J.フェオドラ氏が元になっているんだよ>

 

 

 <嬉しいね>と笑うリジェネの横で、リボンズが<ちなみに>と補足を入れる。

 

 

<僕の元になっている塩基配列パターン0026タイプは、マリ――イデアの父親である、E.A.レイ氏のものだよ>

 

 

 成程。ならば、リボンズとイデアの外見が似ていてもおかしくない。しかも今、何か別の人物の名前を言いかけている。

 もしかしたら彼は、かなり古参のイノベイド/ミュウなのか。稼働年数は余裕で3桁を超えているのかもしれなかった。

 

 

<因みに、フェオドラ氏の伴侶がライヒヴァイン氏で、彼の塩基配列を元にしたイノベイドがブリングとディヴァインなんだ。何なら、2人の直系の子孫もいるよ! その子は今――>

 

 

 熱っぽい調子で語るリジェネの言葉は、最後まで続かなかった。何かの気配を察知したリジェネ本人が喋るのを止めたためである。彼はリボンズとほぼ同じタイミングで振り返った。彼らの眼差しは、今、パーティ会場にやって来た女性に向けられていた。

 

 そこにいたのは、黄色のドレスに身を包んだ美しい才女であった。ティエリアは、彼女のことをよく知っている。ソレスタルビーイングのエージェントであり、最大のスポンサーである人物――(ワン)留美(リューミン)だ。

 “彼女がこのパーティに参加する”だなんて話、自分たちは一切耳にしていない。動揺したのはティエリアだけではなかったようで、女性たちと話をしていた刹那も目を大きく見開いている。対して、リジェネとリボンズは冷静であった。

 途端に会場がざわめいた。話を聞く限り『アロウズに対し2番目に多く出資しているのが留美(リューミン)である』というのだ。確かに留美(リューミン)はアロウズとのコネクションを有していたが、あくまでも“ソレスタルビーイングが活動しやすいために”という名目だったはずだ。

 

 だが、周囲の人間たちの盛り上がり様を鑑みるに、潜入費用としての出資ではない。

 

 まさか留美(リューミン)は自分たちを裏切り、アロウズに与していたというのか。ティエリアの視線に気づいたのか、留美(リューミン)はこちらを見て微笑む。艶絶な――けれど、どこか冷徹な笑み。纏わりつくような感情に寒気を覚える。

 彼女がそんな風に笑う現場を、ティエリアは一度も見たことがなかった。いや、おそらく、ソレスタルビーイングの誰もが、そんな顔を浮かべる留美(リューミン)を見たことなんかないはずである。留美(リューミン)の隣には、紅龍(ホンロン)が控えていた。

 

 

「……重役出勤」

 

 

 ぼそり、と、リジェネが呟いた。

 

 

「だね。大物は、1番最後に来るものだし」

 

 

 リボンズがそう言って、会場の奥へと視線を向けた。そのタイミングと合わせて、奥の方の廊下から女性がやって来る。

 黒の生地に金の蝶々が描かれた豪奢な着物を身に纏う東洋人女性だ。彼女を目にした刹那が、更に表情を険しくする。

 着物の女性は、他に3人の少年を引き連れ、傍らにはアロウズの軍服の上に陣羽織を身に纏った金髪の男性を侍らせていた。

 

 女性の顔は、誰かの面影を連想させた。自分たちと同行している悪の組織/スターダスト・トラベラー関係者(本人曰く「居候」)――クーゴ・ハガネとよく似ている。

 

 

「おお! あの女性が、アロウズ最大の出資者か!」

 

「25代目の刃金家当主、刃金蒼海……なんて美しい」

 

 

 周囲の人間たちがざわめく。

 

 刃金。はがね。ハガネ。苗字まで、彼のものと同じである。そういえば、以前見たデータでは、双子の姉がいるとあったが――まさか。

 ティエリアが2人の関係性の意味を悟ったとき、リボンズが悪い笑みを浮かべた。

 

 

「――さて、こちらも召喚しようか。あの女に対する、唯一無二の切り札を」

 

「同時に、彼にとってもあの女が最大最悪の鬼門だけどね」

 

 

 「大丈夫かな」と、リジェネが心配そうに呟く。リボンズは静かな笑みを浮かべたあと、会場全体に響き渡るような勢いで手を叩いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「これは、アルフヘイム社からのささやかな余興です」

 

 

 リボンズの声が響き渡る。そのタイミングに合わせて、クーゴはマグロの乗った台車を押した。脇に抱えた道具一式、手入れは既に完了している。

 姉の気配を感じたためか、背中に悪寒が走った。しかし、普段よりもはるかに寒気はない。むしろ、誰かが悪寒から自分を守ってくれているようだった。

 

 たとえ悪寒が強くても、決して逃げるつもりはないが。

 

 

(――さて)

 

 

 パーティ会場に踏み込めば、突如現れた黒いダイヤ――クロマグロの存在に、人々がざわめき始める。

 目の前で解体ショーが行われるという話を聞いた人々の感情が周りを満たした。驚きと興奮、といったところか。

 銀髪に赤い瞳のウェイターが、マグロを解体する用の台を用意してくれた。クーゴはそこへクロマグロを置く。

 

 道具箱からマグロ解体用の包丁を取り出し、鞘から抜いた。日本刀と遜色ない刀身が煌めく。向こうにいたホーマー氏とビリーが目を見開き、懐かしそうに目を細めたのが見えた。

 4年前までは、何かある度に彼らの前でマグロ解体をしていたことが昨日のことのようだ。懐かしさを噛みしめた後で、クーゴはゆっくり包丁を構える。

 

 マグロの鮮度を保つためには、時間との戦いとなる。短時間で解体を終えなければ、おいしいマグロは食べられない。すべての雑念を振り払い、クーゴは包丁を振るったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 クーゴは慣れた手つきでマグロを解体していく。長い刀身であるマグロ解体用の包丁は、マグロの体をバターを切るような滑らかさで切り裂いていった。

 その度に感嘆の声が響いてくるが、右から左に流れていく。あるいは、どこか遠い世界の喧騒のようにしか思えない。クーゴは解体のみに集中した。

 手を休めることもなく、ただひたすらに、己の役割を全うする。そこに余計な雑念はない。クーゴは、どこまでも静かな世界を感じていた。

 

 最後の一太刀。これで、代の上に鎮座していたマグロは解体を終えた。解体用の包丁を布巾で拭いて、鞘に戻す。次に取り出したのは刺身包丁である。

 

 解体した各部位を刺身にして皿に盛り付ける。その間にも、感嘆の声や拍手が聞こえた。が、作業を続けるクーゴの様子に影響されたのか、会場の声が消えていく。いつしか、この場は静寂に包まれていた。

 刺身にできる部位は調理し終えた。その旨を合図すれば、リボンズが音頭を取った。観客たちが刺身に舌鼓を打つのを横目に、クーゴは次の作業へ取り掛かった。後は、各部位の「美味しい食べ方」を考慮して適宜処理をしていく。さながら料理番組のようだった。

 

 

(――よし、これで最後)

 

 

 すべての部位の調理を終えてテーブルへ配れば、辺りから拍手喝采が巻き起こった。クーゴはパーティの参加者たちに一礼する。包丁を片付けていたとき、不意に声をかけられた。

 

 

「素晴らしい解体ショーだったよ」

 

 

 声をかけてきたのは、アロウズ上層部のトップであるホーマーだ。隣には、甥のビリーも並んで拍手を贈ってくれる。

 込み上げてくる懐かしさを噛みしめながら、クーゴも微笑み返して一礼した。「その動作」と、ビリーが呟く。

 

 

「何でしょう?」

 

「キミを見ているとね、4年前に亡くなった親友のことを思い出すんだよ」

 

「4年前……」

 

「国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦。……彼は、そこで戦死したんだ」

 

 

 ビリーはそう言って、どこか寂しそうに目を伏せた。

 

 彼は、目の前にいる人間が、4年前に戦死したと思われている親友――クーゴ・ハガネ本人であることを知らないのだ。

 帽子を深く被ることで誤魔化してはいるが、些細な雰囲気は似通ってしまうらしい。

 

 

「丁度、キミと似たような雰囲気だったんだ。マグロを解体しているときとか、MSを操縦しているときとか。……懐かしいな」

 

 

 悲しそうに笑うビリーの肩を、ホーマーは静かに叩いた。彼もまた、クーゴの死(社会的な方)を悲しんでくれたらしい。だが、叔父と甥がこんなところ(アロウズ)にいるのは、「それとこれとは訳が違う」ということなのだろうか。

 2言3言言葉を交わした後、カタギリ叔父甥は別の富豪および官僚に話しかけられたため、クーゴから離れていった。2人を皮切りに、マグロ解体の様子を絶賛する人々からひっきりなしに声をかけられた。

 内心動揺しつつ、クーゴは彼らの賛辞に対して適宜対応していく。彼らの賛辞は心からのもので、クーゴは照れくささを感じていた。ややあって、群がっていた人影はまばらとなり、いつの間にかいなくなった。

 

 熱狂も冷めれば、人がいなくなるのは当然である。クーゴは大きく息を吐いた。道具の片づけや手入れをしつつ、周囲を見回す。

 

 

「おねえさま!」

 

留美(リューミン)!」

 

 

 少し視線を逸らせば、4年ぶりに見る姉の――刃金蒼海の姿があった。彼女は楽しそうに、髪を一つに結った美しい女性――(ワン)留美(リューミン)と談笑している。その女性の隣には男性が控え、蒼海の隣には険しい顔をした仮面の男が侍っていた。

 仮面の男は、どこかで見たことのある仮面と陣羽織を羽織っていた。ああ、彼が『ミスター・ブシドー』なのか。クーゴはすぐに合点がいった。ブシドーは蒼海に対して“望んで侍っている”訳ではなさそうだった。むしろ、やりたくないのを我慢しているように思える。

 

 ブシドーの眼差しは刹那に向けられていた。ティエリアとリジェネらと会話をしていたはずのリボンズが、刹那の元へ向かう。官僚たちが離れ、この場はリボンズの独壇場と化したらしい。リボンズに話しかけられた刹那はあからさまに困ったような表情を浮かべているのだが、話しかけた当人は気にしていない様子だった。

 

 

「――やめたまえ。彼女、嫌がっているだろう」

 

 

 次の瞬間、ブシドーが2人の間に割り込んだ。刹那を庇うように躍り出て、ブシドーがリボンズと対峙する。刹那が目を丸くして、ブシドーの背中を見上げていた。

 射殺さんばかりの眼差しに対し、リボンズは苦笑を返した。笑い方まで優雅である。彼はブシドーの耳元で何かを囁くと、刹那へひらひら手を挙げて去って行った。

 

 刹那とブシドーは呆気にとられていたようだが、ややあって、ぎこちなく会話を始めた。

 

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

「い、いや……うむ」

 

 

 あの2人が顔を合わせるのは、本当に久しぶりである。まともな連絡だって取り合っていなかったのだ。

 しかも、刹那は潜入捜査のためにここにいて、ブシドーは(おそらくだが)会場の警備と蒼海の飾りとしてここにいる。

 以前のような――4年前のような調子で話すのは難しいだろう。特に、互いの現状を加味して考えると、だ。

 

 ぎこちないやり取りを幾らか続けた後、ブシドーは刹那へ手を差し出した。その姿は、4年前、蒼海に突き飛ばされた刹那を支えたときのような貫禄があった。ユニオン時代の仇名――“空の貴公子”は伊達ではない。

 

 

「どうだろう? これも、何かの縁だ。私でよければ、1曲踊ってもらえないか?」

 

 

 刹那は目を丸くした。ブシドー/グラハムがダンスをするだなんて、彼女にとっては予想できない姿だったらしい。

 黙ってしまった刹那の姿を見たブシドーの表情がみるみるうちに曇っていく。何かを諦めてしまったように、ブシドーは苦笑した。

 

 

「……いや、キミが嫌なら、それでいいんだ。すまない、変なことを言った。忘れてくれ」

 

「いいえ。是非」

 

 

 ブシドーが手を脇へ戻す前に、刹那が彼の手を取った。まるで大切なものを包み込むような手つきに、今度がブシドーが目を丸くする番だった。

 刹那の口元が緩む。赤銅色の瞳が細められた。相手を慈しむ/愛おしむような優しい眼差しが、惜しみなくブシドーに向けられている。

 優しい感情を受け止めた彼は、今にも泣き出してしまいそうな微笑を浮かべた。翠緑の瞳には、相手を慈しむ/愛おしむ感情で溢れていた。

 

 「そうと決まれば」と言わんばかりに、ブシドーは刹那をエスコートした。周囲が見惚れる程、様になっている。4年前までは当たり前のように見た光景だ。

 ホーマーとビリー、蒼海と留美(リューミン)らが、珍しいものを見たかのように目を瞬かせた。前者はすぐに談笑の輪へ戻ったが、後者はしばし2人を見つめていた。

 

 

「お久しぶりですね、(ワン)留美(リューミン)

 

「ええ。4年ぶりですわね、リボンズ。今は大会社の社長だなんて、出世したのですね」

 

 

 刹那とブシドーから離れたリボンズは、迷うことなく留美(リューミン)に話しかけた。2人は楽しそうに談笑しているが、あくまでも表面上だけだ。勘のいい人間であれば“2人が派手に火花を散らしている”のが分かるだろう。クーゴもその1人だった。

 

 そのまま、リボンズはリジェネとティエリアの方へ向き直った。自分の会社の役員として、彼は2人を紹介する。2人は上品な笑みを浮かべて会釈したが、心とは反比例していた。

 リジェネの思念はどこまでも冷淡だったし、ティエリアの場合は荒れている様子だ。彼らは彼らで、黒幕関係者――(ワン)留美(リューミン)との接触を図っている。

 

 

「――すみません」

 

 

 不意に、声をかけられた。声の方向に視線を向ければ、自分とよく似た顔立ちの女性――双子の姉、蒼海が立っていた。黒地に金の蝶が描かれた、豪奢な着物を身に纏っている。

 蒼海の後ろには、彼女にまとわりつくようにして3人の少年がいた。彼らは幼い頃のクーゴ、あるいは宙継とよく似ている。おそらく、彼らも宙継と同じ“蒼海の息子”なのだろう。

 3人の少年は無邪気な顔立ちをしていたが、内面は蒼海と同じ“底の見えない闇”が蠢いていた。どこまでも残虐な感情がクーゴに突き刺さってくる。クーゴはごくりと唾を飲み干した。

 

 以前の自分だったら、悪寒を感じて逃げようとしただろう。蒼海との遭遇を回避したいと考えたであろう。

 だが、もう、逃げるわけにはいかない。姉の暴走を止めるためにも、大切な親友を助けるためにも、彼女と向き合わなければならないのだ。

 

 

「先程の解体ショー、素晴らしかったわ」

 

「それはどうも」

 

 

 どこまでも冷ややかな蒼海の声に、クーゴは静かに答えた。蒼海は笑みを深くする。

 

 

「折角ですし、少しお話をしませんか?」

 

 

 蒼海の瞳が細められた。「お前のことは知っているぞ」と彼女の瞳が継げている。「お前はもう逃げられないし、逃すつもりはない」とも。彼女の周囲にいた子どもたちもまた、同じような眼差しをクーゴに向けていた。

 そんなの、こっちだって同じである。最初から、蒼海の懐へ潜り込もうとしていたのだ。何の問題もない。クーゴもまた、蒼海に対して不敵に笑い返して見せた。蒼海が目を丸く見開く。――呆気にとられたような顔なんて、初めて見た。

 

 

「ええ、喜んで。――丁度良かった。俺も、貴女と話がしたかったんです」

 

 

 ――お久しぶりですね、姉さん。

 

 怯えず、真っ直ぐに蒼海を見つめる。挑みかかられるとは微塵も想像できていなかったのか、蒼海は眉間に皺を寄せた。

 彼女の隣にいた子どもたちが、不快なものを目の当たりにしたかのようにクーゴを睨みつけてきた。3人とも、腰の銃に手をかけている。

 こんな場所で銃など抜けば、大惨事になるのは当然のことだ。蒼海は子どもたちに碌な教育をしていないのか。

 

 「そんな物騒なものをこんな所で抜こうとするなんて、教育方針は大丈夫ですか?」と囁けば、蒼海はイラついた様子で舌打ちした。

 彼女はアイコンタクトを取る。途端に、子どもたちは申し訳なさそうに目を伏せた。勿論、クーゴへ非難の眼差しを向けることも忘れない。

 

 

「俺の方はどこでも構いませんが、どこで話をするんですか?」

 

「……そうね。私の控え室があるから、そこで話しましょうか」

 

 

 蒼海は暗い笑みを浮かべた。彼女の申し出を受けるということが何を意味しているか、クーゴは重々理解している。敵陣の真っただ中に飛び込むということが、どれ程危険なのかもわかっていた。

 それでも、虎穴に要らずんば虎児を得ずとも言う。仲間を連れて『還る』ことを選んだ時点で、蒼海と対峙することは想定されていたことだ。迷っている暇なんて存在しない。一度決めてしまえば、真正面から向き合えるような気がした。

 

 先導するように蒼海が一歩踏み出しかけ、ふと視線を向けた。彼女がまず目に留めたのは、リボンズらと会話をする留美(リューミン)の姿であった。彼女はリボンズたちとしばし話をした後、彼らと一緒にホールから去って行く。大方、クーゴと蒼海がしようとしていることと同じだろう。

 彼らの姿がホールの奥へと消えたのを確認した蒼海は、次にブシドーと刹那に視線を向けた。穏やかに笑うブシドーの横顔を、蒼海は興味深そうに眺めている。ややあって、蒼海は不気味な笑みを浮かべてブシドーを見つめた。途端に、彼女の悪意を感じ取ったブシドーが刹那を守るようにして立ちはだかる。

 ほんの一瞬伺えたブシドーの横顔は、蒼海に対する怒りで満ち溢れていた。翠緑の瞳が蒼海を睨みつける。だが、蒼海は歯牙にもかけていない様子だった。どこまでも不敵に、傲慢に、彼女はブシドーへ笑い返す。揺るがぬ自信に満ちたその微笑は、どこか歪んでいるように思えた。

 

 

「……っ!」

 

 

 悔しそうに俯く親友の横顔。あの悔しがり様はただ事ではない。

 

 蒼海が彼の弱みを握って、彼を手駒にしているのは前々から分かっていた。しかも、その方法がえげつないことも薄々感づいていた。

 だが、ブシドーの憔悴ぶりからして、クーゴが予想している以上に、彼は追い込まれているらしい。クーゴも思わず姉を睨んだ。

 

 彼女の周囲にいた子どもたちが、負けじとクーゴを睨み返す。ここがパーティ会場でなければ、容赦なく拳銃に手をかけていただろう。蒼海の命令は絶対のようで、彼らは銃を抜こうとはしなかった。

 再び蒼海はブシドーの方へ視線を向けた。彼は刹那と何か話をしている様子だったが、ややあって、ブシドーは刹那と一緒にホールから離れる。2人もまた、クーゴや蒼海と似たようなことをするのかもしれない。

 蒼海は何か面白いおもちゃを見つけたような、不気味な笑みを浮かべていた。やはり、彼女はロクなことを考えていない様子だ。4年前も、その後も、その前も、蒼海は何も変わっていない。クーゴの胸の奥に、妙な安堵感と深い悲しみが湧き上がってきた。

 

 

(あおちゃん)

 

 

 もう二度と使わないであろう彼女の愛称を、心の中で呟いてみる。

 当たり前のことだが、蒼海はそれに答えることなく、速足で歩きだした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 誰もいない部屋に通された。部屋の大きさからして、VIPご用達の部屋らしい。(ワン)留美(リューミン)なら選びそうな広さと豪華さがあった。

 

 

「どうぞ?」

 

 

 留美(リューミン)に促され、リボンズはソファに腰かけた。相変わらず紅龍(ホンロン)留美(リューミン)の隣に侍っている。その立ち振る舞いは正しく使用人であった。

 彼女と彼は、血の繋がった実の兄妹だ。本来ならば、紅龍(ホンロン)(ワン)家の当主となっているはずだったのだが、彼の才能では(ワン)家の後釜になるには力不足だった。

 そのため、先代当主は優秀な才女であった留美(リューミン)に目を付けた。次世代の当主として教育を受けた留美(リューミン)は、それはそれは苦痛な日々を送ったという。その溝と蟠りが、今の2人の関係に響いていた。

 

 『兄弟姉妹というものは、良くも悪くも“互いへの結びつきが強い関係性(モノ)”ではないのか』――リボンズは、そんなことを考える。

 リボンズにも兄弟がいる。血は全く繋がっていないけど、それでも、大切な兄弟姉妹(かぞく)だと胸を張って言えた。

 

 

「……家族なのに、キミは自分の兄を使用人みたいに扱うんだね」

 

「前々から変だなって思ってたんだ。実の兄をそんな風に扱えるなんて」

 

 

 途端に、留美(リューミン)のこめかみがひくついた。口元が歪んだあたり、この話は彼女にとって地雷だったのだろう。どうやら紅龍(ホンロン)の逆鱗にも触れたようで、彼が戦闘態勢を取った。

 使用人が身勝手なことをしようとしていると察したのか、麗しき女主人は視線で彼を黙らせた。渋々と言った形で、紅龍(ホンロン)が構えを解く。ティエリアが驚いたように目を見開く。ああ、彼は何も知らないらしい。

 

 

「……そうね。私と紅龍(ホンロン)は、確かに実の兄妹ですわ。でも、紅龍(ホンロン)には、次世代の(ワン)家当主たる器と才覚が無かった。だから、私が跡取りとして選ばれましたの」

 

「知ってるよ。……ただ、いくら跡取りとして不適合者だったからって、実際の戸籍からも抹消するっていうのはやりすぎじゃないの?」

 

<そうか。だから、公式的な資料や情報から“2人が兄妹である”という記述が出てこなかったのか>

 

 

 リジェネの突っ込みを聞いたティエリアは、納得したように顎に手を当てた。彼の思念が流れ込んでくる。

 

 世間や公の場では、留美(リューミン)は“(ワン)家の1人娘”として認識されている。逆に、紅龍(ホンロン)の経歴は“天涯孤独の孤児”であり、“(ワン)家に引き取られ、幼い頃から使用人の職に就いている”と認識されていた。先代の権限であれば、兄妹の関係性を書き換えることなんて造作もないだろう。

 先代にとって、紅龍(ホンロン)は「存在そのものが恥」という認識だったのだろうか。生まれた子どもが自分の思い通りに動くものだと考える時点で、親として破綻している。――懐かしい。イオリアのことを誤解していたとき、リボンズは彼に対してそんな反感を抱いていた。今となっては笑い話であるが、当時の自分にしてみれば死活問題だった。

 

 

「さあ。それは先代の采配ですから分かりません。本人はもう、彼岸の彼方ですので」

 

 

 留美(リューミン)はそう言ったが、それだけでないというのは、彼女の纏う空気からして明らかであった。

 しかし、それについてはもう語ることはないだろう。リボンズはそんな予感を感じて、次の話題へ進むことにした。

 「訊きたいことがあるんじゃないのか」と促す代わりにティエリアへ視線を向ける。彼は目を瞬かせた後、小さく頷き返した。

 

 

「単刀直入に訊く。(ワン)留美(リューミン)。貴女は、ソレスタルビーイングのエージェントではなかったのか!?」

 

 

 鋭い眼差しが留美(リューミン)を射抜く。ティエリアの鋭利な感情が、容赦なく彼女に向けられた。

 

 

「何故、貴女はアロウズに与する!? アロウズがしていることを、ソレスタルビーイングは認めない。認められるはずがない。貴女もソレスタルビーイングの一員だ。それくらい、分かっているだろう!?」

 

 

 留美(リューミン)は、ティエリアの怒号に等しい詰問を、黙って聞いていた。優雅に紅茶を啜るあたり、真面目に聞いているとは思えなかったが。

 彼女はティーカップを握ったまま、俯く。その口元がゆっくりと弧を描いた。何がおかしいのか、留美(リューミン)は笑い始める。

 

 異様な空気を感じ取り、ティエリアが身構える。リボンズも内心動揺したが、最初のイノベイド――とどのつまり、ティエリアとリジェネのお兄ちゃん――という矜持で踏みとどまった。こんな場所で、無様な姿を晒すわけにはいかない。

 笑い茸でも食べたのかと問いかけたくなるような高笑いだ。そんな留美(リューミン)とは対照的に、紅龍(ホンロン)は無表情の鉄仮面を崩さない。非対称な兄妹――使用人と主の姿に、寒気を感じたのは気のせいではないだろう。

 ひとしきり笑った後、留美(リューミン)はティーカップをテーブルの上に置いた。どこまでも優雅な姿勢を崩さない。先代の教育が、彼女をここまで異質な存在に育て上げたのだろう。先代を嫌う留美(リューミン)であるが、彼女自身が誰よりもその影に縛られている。

 

 

「ティエリア・アーデ。貴方は幸せね」

 

「っ!? 何を言って……」

 

「自分が生まれてきた意味を知らないで、そういう風にしていられるんだもの」

 

 

 閉じられた瞳が開いた。黒曜石を思わせるような漆黒の瞳が、突如、くすんだ金色の光を放つ。

 

 それと同じ現象を、リボンズはよく知っていた。脳量子波を使うイノベイドが、その力を行使するときに起きる現象だ。

 (ワン)留美(リューミン)は人間だ。普通の人間には脳量子波を使うことができない。一般的な人間が辿る人生では、そうなることは不可能だ。

 嘗て人革連で行われていた超兵の実験や、アレハンドロの協力者が行ったデザインベイビーの実験を得なければ、脳量子波を使えるようにならない。

 

 

「貴方たちはイノベイド。新人類の想像図をベースにして生み出された生体端末。言うなれば、イノベイターの模造品にすぎませんわ」

 

「……同時に、こうも言える。『イノベイド(偽物)は、イノベイター(本物)が現れれば、その時点で用済みである』と。後は、適当に使い潰されるだけの存在でしかなくなる」

 

 

 ずっと黙っていた紅龍(ホンロン)がゆっくりと口を開いた。物思いに耽るように閉じられた瞳が開かれる。彼の瞳もまた、くすんだ金色の光を放っていた。

 何もかもを見透かされるような眼差し。リボンズの能力――サイオン波による危険予知は、この状況がとんでもなく不利であると悟っていた。

 

 ここで何か反応を見せるというのは得策ではない。頭の理屈では分かっていたが、心が唸りを上げている。

 

 今、この女は何を言った。嘗ての自分が思い至り、イオリアを誤解して迷走していたときの思考回路と同じことを言わなかったか。

 在りし日に、悪辣な笑みを浮かべたトレヴィン・コーナーやグラント・ハーヴェイが提唱しようとしたプランと同じことを言わなかったか。

 すべてのイノベイドに対して、恐ろしいことを言わなかったか。リボンズが、リジェネが、ティエリアが、使い潰されるためだけの命だと。

 

 

「キミは、もう少し物の言い方をどうにかできないのか」

 

「あら、ごめんなさい。イノベイターになり損なった模造品(イノベイド)さんには、看破できない論点でしょうが」

 

 

 噛みつくように言葉を紡いだリボンズに対し、留美(リューミン)は余裕綽々の風貌を崩さなかった。一々腹立つ言動をする女だ。

 天から人を見下すような物言いである。何か1つでも選択肢を間違えれば、ああなっていたのはリボンズだったのかもしれない。

 奢りにまみれた兄と妹の姿を見て、リボンズは空恐ろしい予感を抱いた。まあ、結局は、今の形に収まっているけれど。閑話休題。

 

 

「なら、貴様等は……」

 

「ええ。私たちは革新者(イノベイター)。既存の人類より高次の段階へと移行した、正真正銘の“新人類”」

 

 

 戦慄くティエリアに対し、留美(リューミン)は優雅に会釈する。どこか神々しい/禍々しい雰囲気を纏った女は、艶絶に微笑んだ。

 

 

「本来、ソレスタルビーイングは、世界の敵として一度滅ぶ必要がありました。武力介入によって発生した憎しみによって、世界を統一させる必要があったためですわ。……ティエリア・アーデ。貴方方は、業によって業を制するための生贄でしかなかった」

 

「同時に、構成員――主にMSパイロットに対し、GN粒子を大量に浴びさせ、革新者としての目覚めを促す場でもあった。とどのつまり、ソレスタルビーイングは巨大な実験場だったというわけだ」

 

「貴方方はそれを知らず、また、1番重要なファクターである“革新者を生み出す”という目的を果たすこともできず、4年前の戦いで散りました。貴方方が唯一成し遂げたのは、世界の統一だけですわ。それだけでも僥倖でしょう。……だというのに、貴方たちは懲りずにまた世界の表舞台に現れた」

 

 

 金の瞳が向けられる。留美(リューミン)は楽しそうに笑っていた様子を崩して鋭いまなざしをこちらに向けてきたし、紅龍(ホンロン)は完全に無表情だ。しかも、こいつらはヴェーダが秘匿していた超重要機密を把握している。

 ティエリアのアクセス権はリボンズより下である。そのため、ティエリアはこのことを一切把握していない。自分のアクセス権では見れない情報があるとは自覚していただろう。彼の狼狽はただ事ではない。

 問題は、(ワン)兄妹の言うことが正しいという点であった。2人の言葉通り、人間をイノベイターへ革新させるには、(絶対的な条件であるという訳ではないが、一番の近道として)GN粒子を大量に浴び続ける必要がある。

 

 だが、この2人は、GN粒子を浴び続けるような環境下にいたとは思えない。GN粒子を浴び続ける以外にも方法があるという話は噂程度で耳にしたことがあったが、彼女たちはどうやって革新したのだろう。

 あまりにもひどい真実に打ちのめされたのか、ティエリアは愕然とした表情を浮かべていた。留美(リューミン)はそんな彼の様子を見て楽しんでいる。なんて嫌な女なのだろう。リボンズは思わず眉間に皺を寄せた。

 

 

「では、……僕たち(ソレスタルビーイング)は、ソレスタルビーイング(僕たち)の存在意義は、もう……」

 

「“世界の統一を成し遂げたが、革新者を生み出せなかった”――この時点で、イオリア計画は既に破綻していたのです。貴方たちは理想の残骸、文字通りの“お払い箱”ですわ」

 

 

 か細い声で呟いたティエリアの言葉を、留美(リューミン)は容赦なく切って捨てた。彼女はどこまでも残忍で暗い笑みを浮かべている。相変わらず、彼女の瞳はくすんだ金色の光を放っていた。

 

 このまま言われっぱなしで終わるなんて、癪だ。

 特に、『イオリアが見出した希望を土足で踏みにじろうとする』奴らに。

 リボンズは大仰にため息をついた。(ワン)兄妹が眉間に皺を寄せる。

 

 

「それで? イオリアの提唱した革新者(イノベイター)となったキミたちは、一体何をするつもりなんだい? 人類を導く救世主にでもなるつもりか?」

 

「ええ。未熟な人類を、新たな存在として目覚めたイノベイターが纏め、導く。私たち革新者にはその責務があるのです」

 

「――笑わせるなよ、アホンダラが」

 

 

 リボンズは優雅をかなぐり捨てるついでに吐き捨てた。まさかそんな言葉を使うとは思ってもみなかったようで、ティエリアが真顔で噴出した。

 留美(リューミン)紅龍(ホンロン)が呆気にとられ、リジェネが口元を抑えて俯く。後者は相当ツボに入ったようで、かすかな笑い声が聞こえた。

 

 

「とどのつまり、“世界を自分の自由に動かしたい”ってだけじゃないか。『自分が思い通りに生きられなかったから、代わりに世界を思い通りに動かす』のかい? 『喪われた青春を取り戻そう』って? それにしちゃあ、規模が大きすぎるよ。我儘と傍迷惑が合体するとロクなことになりゃしない」

 

 

 リボンズはノンブレスで言った。まだ言葉は終わっていない。留美(リューミン)紅龍(ホンロン)が言い返す前に、間髪入れず言葉を続けた。

 

 

「端的に、且つ簡潔に言う。お前等みたいなのは、イオリアの提唱するような革新者(イノベイター)なんかじゃない。他者の存在を認め、共に歩もうとしない限り、お前等に待っているのは破滅だけだ。賭けてもいいね」

 

 

 そこまで言って、リボンズは一端言葉を切る。

 大きく息を吸い込んで、言い放った。

 

 

「イノベイターの責務ってのは、お前等の言うような『支配』なんかじゃない。人類の未来のために尽力することだ。ヒトがヒトらしく生きられる未来を築き上げることなんだ。そのための革新を、わかり合うための力を、お前等の壮大な“おままごと”のために使い潰されてたまるものか」

 

 

 リボンズはティエリアに向き直る。射抜かれるような眼差しを向けられたことに、ティエリアは目を丸くした。

 

 

「ティエリア・アーデ。ソレスタルビーイングの理念を、イオリアの言葉を思い出してくれ。彼は言ったはずだ。『キミたち自身の意志で、真の平和のために戦い続けることを祈る』と」

 

「僕たち自身の、意志で……」

 

「そう。本当の意味での平和を手にするため、人類が正しい革新を迎えるために、キミたちは――ソレスタルビーイングは、必要なんだ」

 

 

 まだ――いや、もう、ソレスタルビーイングは“滅びるべき存在”ではない。世界のために、未来のために、“存在し続けなければならない”のだ。

 託された使命はまだ何も終わっていないし、始まってすらいない。真の平和と真の統一、そうして、正しい革新を迎えるまで、彼らの存在意義は揺らがない。

 『イオリアが見出した希望を守り抜く』――それが、イオリアの継承者であるリボンズの役目だし、イオリアの息子である自分が果たさねばならない約束だ。

 

 そうして、ティエリアたちは――ソレスタルビーイングは、イオリアの望んだ子どもたちが集っている。彼らもまた、イオリアの理想を受け継ぐ正当な継承者。

 これからの未来のために必要不可欠な存在だ。紆余曲折、或いは数多の横槍を経たとはいえ、イオリア計画は“完全に頓挫したという訳ではない”のだから。

 

 

「……そうか。僕たちには、まだ、できることが……すべきことが、あるんだな」

 

「ああ。そして、それらはキミたちにしかできないことだ。キミたちだからこそ託されたことだ」

 

 

 世界にはまだ、キミたちが必要だ――リボンズの、ひいてはイオリアの想いは、ティエリアにちゃんと受け取ってもらえたらしい。彼は納得したように頷くと、自分たちが撃たねばならぬ仇敵を見据えた。紫の瞳は、驕り高ぶる新人類を睨みつけている。

 

 まさか、ティエリアが立ち直るとは思わなかったのだろう。留美(リューミン)の感情が僅かに揺らいだ。

 もう、ティエリアは何を言われても揺らがないであろう。彼を突き崩すことは不可能だ。

 留美(リューミン)は小さく舌打ちした後、矛先をリボンズへと変えた。

 

 

「イノベイターになれなかったくせに、一丁前のことを言うのね」

 

「それがどうしたと言うんだ。僕はヒトだ。マザーとイオリアの息子だ。イノベイターであるか否かなんて、人よりほんの少し優れたところがある程度の認識でしかない。むしろ、イノベイターに革新した程度で、人類の支配者気取りになっているお前等の方が異常だよ」

 

 

 やれやれ、と、リボンズは肩をすくめた。うっかり「頭おかしいんじゃないの」と言ってしまったが、ご愛嬌ということで流してほしい。その物言いがツボに入ったようで、隣にいたリジェネが腹を抱えて大爆笑していた。

 あからさまに留美(リューミン)紅龍(ホンロン)の感情が膨れ上がる。どうやら、今の台詞とリジェネの大爆笑が、兄妹の逆鱗に触れてしまったようだ。殺気が増大し、この場一帯にぴりぴりとした空気が漂う。

 

 べき、と、嫌な音がした。見れば、留美(リューミン)が飲んでいたティーカップの取っ手が折れ、コップから分離している。次の瞬間、彼女はそれを容赦なく握り潰した。ぱらぱらと音を立て、陶器の破片が屑と化す。

 

 大笑いしていたリジェネが笑うのをやめた。彼の顔は真っ青である。ティエリアは表情を引きつらせていたが、さりげなく腰に忍ばせていた銃へと手を伸ばした。

 リボンズもまた、隠し持っていた銃へと手を伸ばしつつ、サイオン波を展開できるよう戦闘態勢を整える。相手も、おそらく、自分たちの対応に気づいているだろう。

 だが、兄妹は迎撃する姿勢を見せなかった。兄は無表情を崩さず、妹は歪んだ笑みを浮かべる。くすんだ金色の瞳がぎらついた。

 

 留美(リューミン)は、あくまでも優雅さを崩さずに、言った。

 

 

「そこまで言って、ただで済むと思わないことね」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 『人類を革新させ、来るべき対話に備える』――それが、イオリア計画に込められた真実だった。

 そうして、今目の前にいる姉とその子どもたちは、イオリアが提唱した新人類として確信した者――イノベイターなのだという。

 

 くすんだ金色の瞳をぎらつかせながら、蒼海は朗々と話してくれた。自分たちのような新人類が、腐敗した旧人類を導く役目があるのだと。

 

 

「“外宇宙から来訪した異端者(ミュウ)”として覚醒したアンタのような出来損ないとは違うのよ。アタシたちこそ、この星の正統なる新人類。『この星に生きる人類を正しく導く』という使命を帯び、資格を有する者なのだから」

 

 

 蒼海は厳かに語る。/『ソレスタルビーイングは存在意義を果たせなかった失敗作で、もうこの世界に存在する意義はないのだ』と。

 蒼海は厳かに語る。/『外宇宙から来訪した異端者の居場所は、この惑星(ほし)のどこにも存在する場所はないのだ』と。

 蒼海は厳かに語る。/『もうこれで“誰も蒼海を否定し、蔑ろにし、踏みにじる”ことはできなくなるのだ』と。

 

 

「今のアタシには、それを成すための力がある。ソレスタルビーイングの頭脳をも超える力が」

 

「……それが、アロウズに提供されているスーパーコンピュータか」

 

 

 クーゴの問いかけに、蒼海が不気味な笑みを浮かべて頷いた。その隣にいた少年の1人が、自慢げに胸を張って言った。

 

 

「【グランドマザー『テラ』】は世界中にネットワークを張り巡らせているんだ。子機の【テラズ・ナンバー】や各地の【マザー】たちがそのネットワーク網を形成し、グランドマザー『テラ』の防衛機構をも担っている。お前等がどうにかできるものじゃないさ」

 

「星輝」

 

 

 蒼海が咎めるように少年の名前を呼んだ。少年――星輝ははっとしたように息を飲むと、申し訳なさそうに肩を落とす。

 彼の隣にいた少年たちは、「バカ野郎」と怒鳴りながら星輝を突き飛ばした。蒼海はそれを止めない。何て異様な光景だろう。

 

 異様な光景に戦慄しつつ、クーゴはふと気づいた。星輝の言葉には、どこかで聞いた単語が紛れている。引っかかったのは2つだ。総括元のコンピュータであるグランドマザー『テラ』と、その子飼いのテラズ・ナンバー、及びマザー・イライザを筆頭とした子機たち。

 両方とも、クーゴが読んだ小説/ベルフトゥーロが辿ってきた足跡で目にした/耳にした単語だ。前者はS.D.体制の継続と人類及びミュウの監視を行っていたコンピュータと名前が似ているし、後者は双方共にグランドマザーの子機である。

 ミュウとしての遺伝子が『その存在は忌むべきものである』と叫んでいる。『その2つは、あってはならないものだ』と訴えている。ざわつく感情を制しながら、クーゴは蒼海を睨みつけた。この話は確かに重要情報だが、クーゴにとって知りたいことは別にあった。

 

 

「どうして貴女は、人類を支配しようだなんて思ったんだ」

 

 

 新人類がどうとか、支配権がどうとか、おそらくは――蒼海にとっての大義名文、および隠れ蓑にしか過ぎないのだと思う。世間的な説明でしかないのだと思う。

 彼女の本音は、きっと別の場所にあるのだ。クーゴはそう直感していた。自分の直感が正しいようで、蒼海はふっと笑った。

 

 

「正直なところ、新人類云々とかどうでもいいのよ。アタシは、今度こそ誰にも邪魔されず、思うがままに振る舞いたいだけ。世界から一番だと認めてもらいたいだけ」

 

 

 蒼海は何が楽しいのか、くすくすと笑い声を漏らす。喧嘩をしていた子どもたちは、それを見るなり嬉しそうに笑った。

 母親が幸せならば、彼らもそれを至上としている様子だった。そうして、そのために力を振るうことを誇らしげに思っている。

 ……だから、彼らは、4年前のあのとき――ユニオンのMSWAD基地を蹂躙した際、容赦なく命を蹂躙することができたのか。

 

 無垢なる歪みを目の当たりにし、クーゴはごくりと生唾を飲み干す。だが、もっと歪んだ悪意が目の前にあった。

 

 

「アタシは好きに生きるの。楽しいことをするのに、大義名分なんて必要ないでしょ?」

 

 

 「まあ、周りを納得させるためのスローガンは必要かしら?」――なんて、蒼海は嗤う。

 言っていることが滅茶苦茶だ。しかも、本人はふざけている様子もない。

 

 

「……その“貴女にとって楽しいこと”のために、貴女は、俺の親友たちに手を出したのか」

 

「ええ。グラハム・エーカー……今はミスター・ブシドーだったかしら? 彼、傑作よね」

 

 

 クーゴの震える声をものともせず、蒼海は悪びれる様子もなく頷いた。そうして、朗々と、ブシドーを――グラハムを手籠めにしたときのことを話し始める。部下を、親友を、彼が愛した女性(ひと)を、彼らとの記憶を人質にして、グラハムを自分の駒にするまでの手順を語り続ける。

 到底、言葉にできるようなものではない。言葉にして語っていいものでもない。言葉にするに値しない程、えげつない手段だ。アロウズの――蒼海の駒として、グラハムは地獄の底へと押し込められた。暗い闇の底で、延々と、手を、身体を、心を汚し、汚され続けた。……だから、彼はあんなにも憔悴していたのだ。

 「一周回って前向きになったみたいで、何よりだわ」なんて蒼海は嗤う。思わずクーゴは拳を握り締めた。口を開く。戦慄いたように震えた呼吸が漏れた。溢れた感情が大きすぎて、どうすればいいのかわからない。何か言いたいのだが、言葉が詰まってしまった。

 

 おそらく、蒼海はクーゴが何を言いたいのか察したのだろう。満面の笑みを浮かべてみせた。

 

 彼女は一切言葉にはしていない。けれど、蒼海が何を言いたいのか――何を考えているのか、クーゴは本能的に《理解し(わかっ)て》しまった。

 クーゴは怒りを込めて蒼海を睨みつける。蒼海の脇にいた3人の少年たちが、彼女を庇うようにして躍り出た。ホルスターから銃を引き抜き、クーゴに照準を向ける。

 

 

「海月、厚陽、星輝。いいのよ、お楽しみは別にあるんだから」

 

 

 彼女がそう言った直後。

 

 ホールの方角から悲鳴が響いた。何かが炸裂するような音が響き、それが悲鳴と共鳴する。あの炸裂音は銃撃だ。悪夢のような二重奏が、四方八方から反響する。

 悲鳴以外で辛うじて聞き取れたのは、「反政府組織の連中がテロ行為を行った」、「鎮圧に特別用のオートマトンが投下された」という言葉だった。

 後者の言葉を肯定するように、クーゴの視界に光景が広がる。ホールで起きた悲劇を思念波が《読み取って》しまったために《視えて》いるのだろう。

 

 オートマトンは容赦なく人を――否、ミュウだけを撃ち殺していく。サイオン波を駆使して抵抗しようとした者もいたが、銃弾は防壁を飛び越えて体を穿つ。容赦なく蜂の巣にされた者は次々と崩れ落ちた。まともに戦えているのは、強い力を持つ者だけである。

 『ミュウだけをピンポイントに襲う』というのは、MDにも搭載されていた“S.D.体制の遺産”だ。なんてものを搭載した兵器を作らせたのか。しかも、このオートマトンは“ミュウが持つ強い同胞意識”を利用するような戦術を得意としていた。

 

 

「アタシはね、楽しければいいの。アタシが一番になれるなら、なんだっていいの。だって、世界はアタシのために存在するんだから」

 

 

 蒼海も、この光景を《視て》いる。《視て》いて尚、その光景を楽しんでいるのだ。彼女が笑うその前で、クーゴの同胞が惨たらしく殺されていく。

 蒼海の子どもたち――海月、厚陽、星輝らも、その光景を楽しそうに眺めていた。時折「俺も殺したい」なんて愚痴をこぼしている。

 こんなのおかしい。酷い光景を目の前にして、楽しそうに笑うこの家族たちは、絶対におかしい。クーゴは強く拳を握り締める。異常な家族を睨みつける。

 

 クーゴの体が、青い燐光を纏う。蒼海たちがくすんだ金色の目を瞬かせたのと、クーゴが思いきり叫んだのは同時だった。

 

 

「こんの、ド外道がァァァァァァァッ!!」

 

 

 渾身の一撃であり、この場から逃げるための目くらましでもある。

 青い光はこの部屋を派手に吹き飛ばした。その間に、クーゴは部屋から廊下へ転移する。

 

 ティエリアは悪の組織――ミュウの面々と行動を共にしている。蒼海たちのことだ、ソレスタルビーイングの構成員に関する情報も、オートマトンは有しているだろう。彼らに襲い掛かる光景がはっきりと《視えた》。

 

 

(とにかく、みんなと合流して速く脱出しないと……!)

 

 

 クーゴが走っている間にも、この場に潜入していたミュウたちがオートマトンによって嬲り殺しにされていく。文字通り、命からがら脱出していく様子が《視えた》。

 そんな地獄絵図でもミュウを助けて回っているのは、マグロ解体のときに準備を手伝ってくれたボーイの青年だった。青い光を纏っているということは、彼も荒ぶる青(タイプ・ブルー)ということらしい。

 

 

<ここは僕に任せてくれ。キミたちは、キミたちの成すべきことを>

 

<――了解!>

 

 

 青年からの思念波が届いた。クーゴは即座に二つ返事をして、刹那やティエリアたちの元へ駆け出した。

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。




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