問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


2ndシーズン中盤で大分深刻な事態で草ァ!!
18.命の星でアイを謳う者たち


 

「くーちゃん、大丈夫?」

 

「……なんとか」

 

 

 冷却シートを頭に張り付けた片割れの少年が、か細い声で答える。少女を安心させようとして微笑んでいるようだが、本当はかなりキツいのだろう。眉間の皴は深く息が荒い。数時間おきに測った体温は、未だに37.7°をキープしたままであった。

 家にいる大人は誰もいない。雇われていた家政婦は業務時間を終えて引き上げていたし、両親や親戚は1週間程前から忙しそうに方々を飛び回っていた。特に今日は『1週間かけて行った準備と深く関わる日』らしく、「今日中に帰って来れるか分からない」とのことだ。

 

 少女の部活や学校行事、友人との付き合いに関する予定を無視されるのはとうに慣れた。だって少女は、片割れと違って五体満足の健康体。

 『体の弱い弟が優先されるべき』と言う周囲の言い分は分からなくもないし、少女自身も弟のことが大好きだ。思うところは有れどまだ納得できる。

 だが、体が弱い少年を――体調を崩して苦しんでいる少年を放置してまで、得体の知れない『儀式』を優先するのはおかしいと思う。

 

 

「みんな、どこで何をしてるんだろうね」

 

「……忙しいんだよ、きっと」

 

 

 少年は苦笑しながら肩を竦める。緩慢な動作で体を起こした彼は、少女が持ってきたお粥に視線を向ける。

 

 

「……牛乳のにおい?」

 

「今回はミルク粥にしてみたんだ。味は保証するよ!」

 

「そっかぁ。あおちゃんのお墨付きなら、何も心配ないね」

 

 

 牛乳粥――字面と日本の文化的に、『米に牛乳を入れる』という発想は慣れないものだろう。だが、海外ではポリッジと呼ばれる料理として親しまれており、“食欲のないときに食べる料理”の定番だ。

 少女が作るお粥は和風や中華風の味付けをすることが多いけれど、それのローテーションだけでは飽きが来る。何かいい案は無いものかとレシピを調べまわった結果、今回のミルク粥に辿り着いた。

 今回は日本人である少女にとっても慣れない試み故、余計なアレンジは一切していない基本形だ。少女にとって基本形の味付けは充分「美味しい」と判定できるが、食べる側の少年はどうだろう。

 

 少女や少女が作った料理に全幅の信頼を置いている少年は、スプーン一杯分をすくいあげていた。ふうふうと熱を冷ましながら、ミルク粥に口を付ける。

 

 今回の味付けが好評なら、後からベーコンや煮焼きした野菜を追加してもいいだろう。

 コンソメを入れなければフルーツや蜂蜜のような甘い味付けにしても良さそうだ。

 

 

「美味しい」

 

「本当? 良かったぁ」

 

 

 少年は控えめに微笑んだ後、ミルク粥を食べ進めていく。程なくして器は空となり、少年は薬を飲み干した。

 暫し談笑していたものの、薬が効いてきたらしく、彼はそのまま眠ってしまう。少女はそれを見守りながら、この場にいない大人たちに思いを馳せた。

 

 

『分家の■■さん、今年の〇月で14歳よね』

 

■■■■(しゅくふく)の日だな。彼が住んでいる地域の最寄りは――』

 

 

 両親含んだ親戚縁者の言動がおかしいことには、大分早い段階で気づいていた。

 

 

『来週、■■さんの■■■■(しゅくふく)が行われる日なの。私たちは準備で忙しいから、留守番お願いね』

 

 

 片割れたる少年が体調を崩して寝込もうが、少女の予定が絡んでいようが、彼や彼女たちはそれらを一切無視した。

 両親も親戚縁者も“■■■■(しゅくふく)を滞りなく行う”ことを至上にし、行動していたのだ。

 

 

(私たちが14歳になったら、同じような『儀式』を受けるのかな……)

 

 

 穏やかに眠る片割れの寝顔を見守りながら、少女はため息をついた。

 

 自分の一族はみんな、14歳になると『儀式』を受けることになる。基本は本家である少女の家の()()()でその『儀式』が執り行われるのであるが、遠方の親戚縁者は各地にある別荘地で行われると言う。

 『儀式』の内容は一切不明。未経験者に情報が開示されることはおろか、経験者も何も語ってはくれない。ただ曖昧に笑って、『その時が来れば分かる』としか言わないのだ。そうして、『儀式』を終えた人々は大人とみなされるようになる。

 大人と見なされた親戚縁者は、一見すると特に何も変わった様子はないように見える。だが、少女は――少年も口には出さないけれど――不気味な違和感を覚えるのだ。『儀式』を受ける前と後で、何か大きな変化があったように思えてならない。

 

 もし具体例を挙げるとするなら、“「『儀式』に対して良い印象を抱いていない」と語っていた者が、『儀式』後には掌を返して『儀式』を賛美するようになった”くらいだろうか。

 それでもきっと、確証としては非常に弱いのだろうけれど。例えるなら、“何かを亡くしてしまった上に、それに対して何の疑問も持たなくなってしまった”みたいな感じがする。

 

 

『それでね、あおちゃん。アンチスパイラルから銀河の未来を託されたグレンラガンが奴をドリルでぶち抜いて撃破したことで、Z-BULEはエタニティ・フラットを壊すことが出来たんだ。だけど――』

 

『カイルスが休憩入る度に、映画の撮影関係者が定期的に……その、ロープ遊びとか、トイレの洗剤を混ぜる科学実験とか、高いところから紐無しバンジーとかしようとするのを止めるのが大変で――』

 

『仮面付けてる人たちと一緒に同じ空間へ放り込まれたときは『どうして』以外の言葉が何も出てこなかったんだよ。俺は仮面なんてしてないから、明らかに無関係なのに――』

 

『フル・フロンタルへの仕返しに“別の可能性”のフロンタルの姿を見せてやったんだ。『人の総意の器として、世界に希望を示す必要がある』っていう自分の言葉を聞いて愕然としてた――』

 

 

 いつも控えめに笑っていた少年が、きらきらした目をして“おはなし”を語る姿が脳裏をよぎる。

 

 心を滾らせるような勇気と、魂を震わすほどの希望の輝きを、“おはなし”を通して目の当たりにしてきた少年の姿を見るのが好きだった。

 そのお話に背中を押されて、そのお話に勇気を貰って、そのお話に希望を抱く少年の横顔を見つめるのが好きだった。「あの輝きが失われませんように」と祈っていた。

 

 

(――『儀式』を受けた人たちは、みんな、ああいう感じがなくなっちゃうんだ)

 

 

 天啓、ともいえるような閃きだった。少女が知っている限りだけれど、『儀式』を受ける前の少年少女たちはみんな、弟と同じようなきらきらした目をしていたように思う。だけれど、『儀式』を終えた彼や彼女たちはみんな、片割れと同じような瞳の輝きを失っていた。

 同年代と比較すると、『儀式』を終えた少年少女――親戚縁者たちは『同年代の子どもたちよりも大人びている』と評価されている。周囲の大人たち、或いは社会にとっては“その方が都合がいい”のかもしれない。……しれない、けれど。

 

 少女はぐるぐる考えながら、テーブルの上に突っ伏す。

 現在時刻は深夜11時。片割れは穏やかな寝息を立てて眠っている。

 呼吸も安定してきたようだ。少女はほっと溜息をついて瞼を閉じた。

 

 ――どれだけの時間が経過したのかは分からない。気づくと、どこかからカヤカヤと人の気配があった。

 

 目を開ければ、窓の外はまだ真っ暗だ。時計の時刻は深夜3時。扉を開ければ、少し離れた場所にある応接室から光が漏れている。

 『儀式』を終えた大人たちが帰って来たらしい。差し脚抜き足忍び足。応接室の外の壁にぴったり背中を張り付け、気配を殺し、大人たちの話に耳を傾ける。

 

 

「今回の■■■■(しゅくふく)も、問題なく突破(パス)できたようで何よりだ」

 

「この前の“■■くん”は不適合だったからなあ。処置は大変だったよ。そちらも滞りなく行われたのがせめてもの救いかな」

 

 

 大人たちが語る“■■くん”なる人物は、少女たちの近所に住んでいた親戚の1人だった。彼は14歳の誕生日に行われる『儀式』のために本家たる我が家に訪れ、少女や少年と短い会話を交わしている。生きている“■■くん”と会話をしたのはそれが最後。彼は『儀式』を受けるために家のどこかへ連れて行かれた翌日に、心不全で亡くなってしまった。

 “■■くん”の葬儀はつつがなく行われたが、いつの間にか彼の写真は処分されていた。大人たちは“■■くん”の存在を()()()()()()として扱ったし、“■■くん”と親しくしていたと思しき人々に彼の話題を振ってみると、誰もが口を揃えて「そんな子はいなかった」と答える。――少女はそれ以上追求しなかったけれど、不気味極まりない現象だった。

 少女は差し脚抜き足忍び足で部屋に戻った後、片割れが眠るベッドの傍に座り込む。穏やかに眠る少年の姿を見つめながら、内心小さくため息をついた。――自分を取り巻く不穏な気配を自覚しながらも、少女は知らないふりを続けている。見ないふりを続けながら、薄氷の如し状況で成り立つ平穏を享受している。「いつかしっぺ返しを食らうだろう」という予感ばかりが募るのだ。

 

 いつまで見て見ぬ振りが出来るだろうか。

 いつまで片割れと共に穏やかな日々を過ごせるだろうか。

 いつまで、いつまで――

 

 

 

 

 

 

 ささやかな見ないふりを繰り返した結果の産物なのだと思う。

 家族や世界のおかしさから目を逸らし続けた結果なのだと思う。

 

 ――だとしても。

 

 ――本当は、忘れたくも、離れたくもなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 子どもの泣き声が響いている。双子として生まれた自分の半身。

 泣いているのは男の子。自分よりも後に生まれた、可愛い可愛い弟だ。

 

 

「いやだ、いやだよ」

 

 

 弟は選ばれた。“てんしさま”の代弁者に。それが嫌で、泣いていた。

 

 弟を選んだ“てんしさま”は、それを名誉なことだという。“てんしさま”の代弁者になれば、弟は元気になれるという。外を駆け回ることもできるし、病気で寝込むこともないし、空へ行きたいという夢だって叶うんだ、と。

 「そのためには、弟が大切にしている“おはなし”を、全部忘れさせる必要がある」と“てんしさま”は言った。弟は、“おはなし”を忘れたくないと泣いている。彼がその“おはなし”を大切にしていたことは、ずっと見てきたから知っていた。

 嫌がる弟を、“てんしさま”はむりやり連れて行こうとした。弟は必死になって抵抗する。吹けば飛ぶような頼りない体は、あっという間に“てんしさま”につかまってしまった。鳥の翼をへし折るが如く、“てんしさま”は弟の目を覆う。

 

 

「だれか、たすけて」

 

 

 弟のか細い悲鳴に、少女は飛び出した。“てんしさま”と弟の間に割って入る。

 弟を庇うようにして立った少女は、“てんしさま”を見上げた。

 

 

「弟を連れて行かないで」

 

 

 少女は、“てんしさま”から視線を逸らすことなく告げた。

 

 

「代わりに、あたしを連れて行って」

 

 

 姉の言葉に、弟は大きく目を見開いた。情けない声で自分の名前を呼ぶ弟に、姉は満面の笑みを浮かべて見せる。

 

 

「大丈夫。お姉ちゃんが、守ってあげる」

 

 

 弟に笑いかけた後で、少女は“てんしさま”に向き直った。“てんしさま”はしばらく少女を見下ろしていたが、妥協することにしたらしい。

 弟にかざしていた手を引っ込めて、少女を招き入れた。少女は躊躇うことなくそれに従う。“てんしさま”は祝福するかのように、少女へ手をかざした。

 少女は逃げなかった。ただまっすぐに、その祝福を受け入れた。それが何を意味しているか、知ったうえで――覚悟したうえで。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 白緑(びゃくろく)の機体を見上げる。はやぶさと瓜二つの外観だが、よく観察するとちょくちょく差異が見つかった。曰く、高速戦闘に特化した機体ということらしい。

 

 

「ちょうげんぼう、って言うんです」

 

 

 宙継が、嬉しそうに機体の名前を口に出した。ちょうげんぼうは、クーゴの機体名の元ネタの元ネタ――隼の別名である。大きさは鳩程度の大きさで、小鳥やネズミを狩るそうだ。

 4年前は一角獣の名を冠するガンダムに搭乗していた宙継が、クーゴと同じフラッグの系譜を継ぐMSに搭乗するなんて思わなかった。宙継はくるりと振り返り、微笑む。

 

 クーゴは思わず、疑問を口にしていた。

 

 

「ガンダムには、乗らないのか」

 

「僕、フラッグの方が好きなんです」

 

 

 はにかむ宙継に、クーゴは何となく照れくささを感じた。こちらを見上げる宙継の眼差しは、神を信仰する信者のようだ。

 自分が神聖視されるという状態に、もう、なんだか、どうすればいいのかわからなくなる。クーゴは視線を彷徨わせた。

 変な気分を持て余しながら、クーゴはブリーフィングルームへ足を運んだ。互いの報告事項で、部屋は賑わいを見せている。

 

 トリニティ兄妹は“チーム・プトレマイオスの面々を助けてくれた”ということで着艦許可が下りていた。彼や彼女たちのサポートを行っている支援艦であるカテドラルももうすぐ合流するという。彼らの教官であるノブレスも、今はカテドラルにいるらしい。

 ネーナは刹那やイデアたちと談笑し、ミハエルがティエリアの女装について問いただしてリジェネ共々叱られ、ヨハンはリヒテンダールと話し込んでいる。そのとき、話し込んでいた輪からロックオン(ライル)が離れてクーゴへ歩み寄ってきた。クーゴの存在に気づいたティエリアも顔を上げる。

 

 剣呑な眼差しが突き刺さってきた。あれは、加害者家族を詰問する被害者遺族の眼差しとよく似ている。なんとなく、クーゴはすべてを察していた。

 

 

「刃金蒼海って、お前の姉なんだろ? なんでああなったんだ」

 

「十中八九俺のせいだよ」

 

 

 ロックオン(ライル)の問いに答えたのは、ほぼ反射だった。その先の言葉もすべて、事実関係を元にして紡がれた言葉である。

 

 

「俺が大人しく死んでいれば、そもそも生まれてさえこなければ、あの人は普通に生きていけたんだ」

 

 

 クーゴの言葉を聞いた面々が目を剥いた。「何か地雷を踏んでしまった」と悔いるような表情。

 どうして彼らはそんな顔をするのだろう。彼らはただ、当然のことを問いかけたに過ぎないのに。

 

 

「いくら努力しても、あの人を認めてくれる人間は誰もいない。あの人の結果はいつも俺に持っていかれてしまう。いくら頑張っても、弟より出来が悪いと蔑まれる。終いには、弟からも憐みの眼差しを向けられ、同情され続けるんだ。鬱屈した人生を原因である俺に吐き出しても、余計惨めになるだけで意味がない。周りはみんな、俺を持ちあげてあの人を蔑ろにする連中しかいない。自分の味方がいない状況で、あの人は怒りや悲しみを抱えて生きてきた」

 

「お、おい!?」

 

 

 誰かが酷く動揺した声が聞こえた気がした。

 

 

「うちの家の男子って早死にするってジンクスがあってなあ。俺、昔は何かある度に倒れて寝込んで点滴や病院のお世話になる生活してたんだよ。医者からは『この子は20まで生きられないでしょう』って太鼓判押されてた位病弱だった。あの人も、それを希望にしてたんだ。当然だよな。自分が日陰に追いやられて全否定される要員は、絶対この世からいなくなるんだ。そうなれば、今度こそ、自分のことをみんなが評価してくれる。素晴らしいって褒めてもらえる――そう信じて、頑張ってきたのに」

 

「ちょ、大丈夫!?」

 

 

 誰かが慌てている声が聞こえた気がした。

 

 

「誕生日が来るたびに『どうしてアンタが生きてるんだ』、『アンタさえ生まれてこなければ』、『アンタが死んでさえいれば』って罵詈雑言ぶつけられるのが日常茶飯事だった。俺自身だって、『俺がいなければ、あの人は普通に生きていけたはずだ』とか『俺さえ死んでいれば、あの人はおかしくならずにすんだんじゃないか』って、いつも思ってた。生きていることが申し訳なくて、その被害が俺の関係者に向けられるのが辛くて、今なんてその極致じゃないか」

 

「と、とにかく落ち着け!」

 

 

 誰かが話を遮ろうとする声が聞こえた気がした。

 でも、それはきっと、クーゴの気のせいだろう。

 

 

<――だめ>

 

 

 頭の片隅で何かが警笛を鳴らしている。断片的に、ノイズまみれの光景が浮かんでは消えていく。目まぐるしく光景は変化していった。

 

 

<――思い出さないで>

 

 

 厳かな雰囲気が漂う、機械仕掛けの広場があった。天使が誰かを見出した。見出された少年が泣いている。いきたくないと泣いている。それでも天使は彼を連れていこうとした。

 引き留めたのは、少年とよく似た顔立ちの少女だった。彼女は天使を引き留めて、前へ出る。天使は少女に手を伸ばす。少女は何の迷いも躊躇いもなく頷いて、振り返った。

 口が動く。何を言ったのか聞き取れない。少女はにっこりと微笑んだ。それを最後に、ノイズまみれの光景が一気に白み、断線する。暗転。深い闇と、後悔があった。

 

 

<――()()()ままで、いいの>

 

<――いやだ>

 

 

 “誰か”の言葉に否を唱える。“誰か”の手に手を重ねて、それを引きはがそうと試みる。

 ノイズ塗れの光景が再び眼前に広がった。ノイズは相変わらずだったけれど、先程よりはよく《視える》。

 

 

『“てんしさま”に選ばれたということは、とても光栄なことなのよ』

 

『おまえは“てんしさま”の■■者として、この世界を■■していく役目を担うんだ』

 

 

 そう言った両親は、不気味な笑みを浮かべていた。血の通った表情ではなく、まるで機械と見間違える程に無機質な表情。

 それに異を唱える自分の言葉なんて全く聞いてくれない。この場にいる大人たちはみんなそうだった。

 

 彼/彼女らの様子がおかしいことには気づいていた。だって、いつもはこんな、血の通っていない無機質な表情(かお)なんてしない。負の感情を見ることの方が多かったけど、みんな血の通った表情を見せる人だったし、顔や声を聞けば感情を察することができた。

 

 昨日まで、何もおかしなことはなかった。おかしくなったのは今朝からだ。正確には、自分と片割れの誕生日。

 “おはなし”に出てきた男の人から『友』と呼ばれて、“おはなし”に出てきた女の人から『大好き』だと言われて、片割れから青い蛇の目傘を貰った、幸せな日だったのに――!

 

 

『あんなくだらない“おはなし”と引き換えに、お前が元気になってくれるなら安いものだよ』

 

『“てんしさま”の祝福を受けて、■■の当主に相応しい人間になるんだ』

 

『お前はそのために生まれてきた。そうして、そのために生きていくんだ』

 

 

 大人たちの言葉に思わず目を剥く。

 

 自分にとっての“おはなし”は、心を奮い立たせる大切なものだった。『生きたい』という願いを抱いた大事な理由だった。生きる希望を抱かせてくれた、鮮やかで鮮烈な旅路の物語だった。『空で会おう』という大切な約束を果たすために、自分は今まで頑張って来た。

 多くの大人たちが『長生きできない』と諦めたように零している中、唯一、自分の願いを肯定してくれた片割れ以外で心の支えになっていた希望だった。――それを、大人たちは『くだらない』の一言で切り捨てる。自分の願いを踏み躙り、撃ち落とそうとするのだ。

 嫌がって暴れる自分を無理やり引きずって、大人たちは自分を祭壇まで連れていく。四肢を拘束され、頭を一点に固定される。眼前に浮かび上がったのは、大人たちが“てんしさま”と呼んで崇め讃える存在――マスコットのような楕円形の体に、聖母の彫像を思わせるような顔を持ったナニカの姿。

 

 

■人検査(しゅくふく)を始めます』

 

『一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間――■行者として、“■球(テラ)”の上に生まれ落ちるのです』

 

 

 ナニカは平坦な声で言い放った。無数の腕が自分に絡みついてくる錯覚――錯覚にしては、どこかリアルさを伴う感覚(モノ)だった――に、自分の逃げ場がないことを思い知らされる。

 無数の手が自分の目を覆い始める。完全に光が見えなくなってしまったら――再びこの手が視界を解放したら、きっともう、自分は“この世界”から完全に消え失せてしまうのだろう。

 

 

『さあ、行こうか。フラッグファイター――いいや、■■■■■■ズ隊、副隊長』

 

『キミが空を目指すなら、我々は必ず相見えるだろう。……空で待っているぞ、我が友よ!』

 

 

 金髪碧眼の男性の顔がよぎる。

 自分を友と呼び、快活に笑った彼との“おはなし”を奪われたくない。

 自分はその約束を果たしたいと願ったから、頑張ってきたのだ。

 

 

『――大好きです』

 

『ずっと、ずーっと、貴方に伝えたかった!』

 

 

 ペールグリーンの髪をハーフトップに束ねた女性の姿がよぎる。

 こんな自分を『大好き』だと言って、幸せそうに微笑んだ彼女との“おはなし”を奪われたくない。

 彼女の言葉に背中を押されたから、“生きたい”という願いを素直に掲げられるようになったのだ。

 

 

『たとえ、今、お前/貴方/キミの傍にいなくとも』

『――それでも、僕/俺/私/あたしたちは“ここ”にいるから』

 

 

 『だから忘れないで』と言って笑った人々の姿がよぎる。

 彼/彼女が強大な敵に立ち向かう姿に、勇気を貰った。希望を貰った。背中を押された。

 彼/彼女と共に戦い抜いた“おはなし”を奪われたくない。

 

 “おはなし”でしかないのかもしれないけれど、彼/彼女たちと一緒に過ごした時間はかけがえのないものだったから。

 

 視界が手で覆われていく。比例するように、視界がどんどん暗くなっていく。

 あっという間に、自分の視界は一筋の光が差し込むまでに狭まり、闇に飲まれていた。

 

 

『だれか、たすけて』

 

 

 ――助けを求める声を上げたのは、誰だった?

 

 

『代わりに、あたしを連れて行って』

 

 

 ――その声に応えたのは、誰だった?

 

 その光景の意味など、クーゴは知っている(知らない)。――よく、知らない(知っている)

 故に、胸を刺すような痛みの意味も、己の口が紡いだ言葉の意味も、分かるはずがなかった。

 

 

()()()()、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 いつもより上ずった声が漏れた。あれ、と思う。気のせいでなければ、視界が滲んでいた。今年で33歳になった大の大人が、無様に泣き顔を晒している。なかなかにキツイだろう。

 

 周囲から漂う思念は動揺だ。「地雷を踏んづけてしまった」と誰もが焦っている。おかしいな、こんな無様を晒すつもりはなかったのに。クーゴはごしごしと目を拭った。

 不意に、何かが腰にぶつかったような衝撃が走った。間髪入れず、腕を強い力で引っ張られたような感覚。振り返れば、宙継が腰に抱き付き、イデアが腕を引いている。

 2人はじっとこちらを見上げていた。言葉にせず、その眼差しで訴えている。クーゴの言葉を否定し、クーゴの存在そのものを肯定するかのような眼差しだ。クーゴは目を瞬かせる。

 

 

「……僕、貴方が生きていてくれなかったら、死んでいたと思います」

 

 

 ぽつりと宙継が呟いた。

 イデアも頷く。

 

 

「私は、貴方に出会えてよかったと思ってます。……だから、不用意に、死んでいればよかったとか、言わないでください」

 

 

 御空色の瞳は、揺らぐことなくクーゴを映し出している。彼女の瞳に映った男は、虚ろな表情を浮かべていた。漆黒の瞳には黒洞々と闇が広がっているだけだ。

 

 ああ、こんな顔して延々と湿っぽいことを言い続ければ、誰だって心配するだろう。

 居候の身で、居候先にこんな迷惑をかけてはいけない。

 

 

「ありがとう」

 

 

 クーゴが礼を言えば、宙継とイデアは表情を緩ませた。やっぱり、2人は笑っている顔が良く似合う。

 

 

「……えーと……なんか、ごめん」

 

「いや、別に。大丈夫だって」

 

 

 凍り付いていた面々に頭を下げれば、彼らは少々狼狽した様子だった。配慮が足りなかったとロックオン(ライル)は申し訳なさそうに目を伏せる。ティエリアも同じように、バツが悪そうに視線を彷徨わせていた。

 アレルヤなんて、巻き込まれただけだったらしい。虚ろな顔して延々と喋り出したクーゴを心配して声をかけてくれたようだった。本当に申し訳なかったと思う。お詫びとして、今日の晩御飯は奮発しよう、なんて考えた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 リヒテンダールの様子を見たネーナはすべてを察したのだろう。

 彼女はぐいっとリヒテンダールの腕を引っ張り、耳打ちした。

 

 

「あんた、やるじゃない!」

 

 

 ネーナが親指を立てる。リヒテンダールははにかみながら前髪をいじった。

 

 嘗ての自分が“夢のまた夢”と諦めていた願いが叶って、今年で4年が経過した。好きな女の子に好きだと言って、好きな女の子に好きって言ってもらえて、おつき合いをさせていただいている。周囲も祝福してくれた。

 しかし、夢が現実になると『それ以上』のことを望みたくなるものだ。恋していた頃のささやかな幸福――自分の一方的なものは、それだけでは全然物足りなくなる。「これ以上は望まない」という覚悟がどんどん薄っぺらくなってしまう。

 意味を成さなくなる覚悟と反比例し、膨れ上がる欲望の際限の無さに苦笑したくなるのだ。しかも、そのほろ苦い充足感が癖になってしまいそうで、これまた問題である。クリスティナと過ごし、過ごしていく日々を思い、リヒテンダールはにへらと笑った。

 

 

「で、そっちはどうスか?」

 

「………………」

 

「…………あぁ、それは辛いッスね」

 

 

 リヒテンダールの問いかけに、ネーナはそっと目を逸らした。リヒテンダールの春が到来することを何よりも望んでいた彼女であるが、彼女の春は未だ来ていないらしい。

 彼女の兄と想い人を『イケメン』と称し、射程圏内に収めていたクリスティナはリヒテンダールと結ばれている。これで、ネーナも心置きなく想い人を攻略できるという訳だった。

 

 ――しかし、現実と言うものはどこまでも残酷である。ネーナは薄暗い笑みを浮かべて天を仰いだ。多分涙目になってるだろう。

 

 

「教官は鈍すぎるの。良くて妹、悪ければ自慢の教え子で認識が止まってるんだわ。経歴の関係もあって、余計に恋愛とは縁遠い立場にいた訳だし……」

 

「だ、大丈夫ッスよ! チャンスはまだあるって!!」

 

 

 ぐずり始めたネーナをリヒテンダールはあやした。琥珀色の瞳が「本当にチャンスはあるのか」と問いかけてくる。気持ちは分からなくもない。

 リヒテンダールだって、現実を舐め腐っていたことは認める。自分の夢など叶わないのだと思い込み、好きな女の子に何も言わないことを選択した。

 4年前のシチュエーションが吊り橋効果ではないかと怯えていた時期もあったけれど、リヒテンダールとクリスティナの関係は続いている。

 

 だから、現実も、陰惨なだけではないのだと思えた。

 悪いことや悲しいことばかりではないのだと思えたのだ。

 

 

「俺みたいなのにだって、奇跡が起きたんだ。だから、ネーナだって上手くいくッス!」

 

 

 リヒテンダールはネーナの手を強く握りしめ、首を縦に振った。リヒテンダールの眼差しに何か思うところがあったのだろう。ネーナは目を瞬かせた後、涙を拭って破顔した。

 

 

「ありがと。あたしも頑張る!」

 

 

 やる気が出てきた、と、ネーナは握り拳を振り上げた。彼女は勢いそのまま、ぱたぱたと駆け出していく。

 

 トリニティ兄妹は、スターダスト・トラベラーから依頼を受けて、新しい技師およびMSパイロットである少年――刃金宙継を出向先(ここ)へ送り届けに来たという。現在は彼女たちのチームを支援している輸送艦との合流を待っている状態だ。派遣予定であった残りの2名/医者と看護師――ユウイ・アスカとカリナ・アスカ夫妻もそちらにいるらしい。

 ネーナたちの母艦・カテドラルと合流し次第、お互いが持つ情報を交換する手筈となっている。その間は、トリニティ兄妹たち含んだ自分たちには短い自由時間が与えられているようなものだ。リヒテンダールはネーナの背中を見送り、ふっと笑みを浮かべた。「恋する乙女に幸あらんことを」なんて、ひっそりと祈る。

 

 

「……リヒティ」

 

 

 背後から声が響いてきた。声の主を、リヒテンダールはよく知っている。ただ、今は、声の主は酷くご機嫌ななめらしい。声が刺々しているからだ。

 リヒテンダールは振り返った。自分が思いを寄せ、結ばれた相手――クリスティナ・シエラが、不満そうな眼差しでこちらを見ている。

 どうかしたのだろうか。彼女が不機嫌になるようなことは、していない。意味が分からず首を傾げれば、クリスティナはリヒテンダールの腕にしがみついた。

 

 

「クリス?」

 

 

 勢いよく突撃されたため、ほんの少しだけ体がぐらつく。しかし、それも一瞬のことだ。リヒテンダールはクリスティナの重みを、何の苦も無く受け止める。

 

 リヒテンダールの体躯を揺らがせられなかったことが不満なのか、クリスティナはムッとしたように眉間の皺を深くした。

 何かを訴えかけるように、彼女の瞳はリヒテンダールを映し出す。長い沈黙を経て、クリスティナはぽつりと呟く。

 

 

「1つ、確かめたいことがあるんだけど」

 

「え?」

 

「……キミはさ」

 

「うん」

 

「……()()、彼氏だよね?」

 

 

 蚊の鳴くような小さな声だったが、リヒテンダールの耳は正確にクリスティナの声を拾い上げていた。一文字一句逃すことなく、完璧に、一音一音を再現できるレベルでだ。

 よく見れば、クリスティナの顔全体が真っ赤になっている。腕を掴んでいた手がほんのわずかに振るえていた。挑みかかるようにこちらを見上げる眼差しが堪らない。

 リヒテンダールの口元が緩む。胸の中にじわじわと熱が込み上げてきた。「俺の恋人――クリスティナがこんなにも可愛い」と大声で叫んで回りたいという衝動に駆られる。

 

 まさか、クリスティナから嫉妬の感情を向けられるとは思わなかった。4年前は、リヒテンダールだけがクリスティナを見ていたからだ。

 当時のことを思い返すたびに、今の自分たちの関係を見たらどんな風に思うだろうと気になって仕方がない。羨むのだろうか。

 

 おそらく、羨むだけ羨んで、何もしようとしないのだろう。あの頃の自分は、ささやかな幸福を噛みしめるだけで「充分だ」と笑ってしまうような人間だったから。

 

 恋を知って、恋が成就する喜びを知って、想いが通じ合っているという幸せを知って、その日々がこれからも続くのだという確証を得て、リヒテンダールの心は貪欲になってしまったらしい。

 もう、4年前の片思いに戻ることはできないし、戻りたくはない。戻ったら、苦しすぎて即死する自信があった。際限なく湧き上がる熱をどうしようもできなくて、リヒテンダールははにかんだ。

 

 

「へへ」

 

「何!? 何なの!? 人が真剣に……!」

 

「わかってるッスよ!」

 

 

 怒りをあらわにしたクリスティナを諌めて、リヒテンダールは言葉を続ける。

 

 

「……ただ、嬉しいんだ。嬉しくて、どうすればいいのかわかんなくて」

 

「リヒティ?」

 

「――だって、嫉妬するのは、いつも俺だけだったし」

 

 

 こんなにも幸せなのに、どうして今、心が痛いのだろう。リヒテンダールの視界がじわりと滲んだ。一歩遅れて、ああ今自分は泣いているんだなと理解する。

 クリスティナは目を真ん丸にしていたけど、すぐに苦笑した。そうね、と相槌を打って、リヒテンダールに寄り掛かった。

 

 

「こんなカッコイイ男が傍にいて、私を想ってくれていたのにね」

 

 

 「私の目は節穴同然だったわ」と、クリスティナは言った。「ホントッスよ」とリヒテンダールも頷く。

 幸せだ。今、自分たちは戦いの渦中にいるけど、確かに幸せだ。こんなささやかな平穏が、続けばいい。

 相変わらず世界を敵に回す戦いを繰り広げているけど、そう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 ソレスタルビーイングの面々が国連軍との最終決戦に挑んでいたとき、2ndチームとして認められていたはずのネーナたちは、刹那たちの元へ駆けつけることが出来なかった。愛機であるスローネは(ワン)留美(リューミン)が駆る告死天使(ガンダム)――ハルファスベーゼからの強襲を受け、戦闘不可能なレベルにまで大破していたためだ。

 その後はノブレスのツテを頼って悪の組織/スターダスト・トラベラーに居候することとなり、ミュウとして『目覚めた』ことや“1stチームによるイデアの拒絶によって、イデアが古巣へ出戻った”件もあって、二次被害防止のために敢えて合流を避けて4年の月日が流れた。そこへ(ワン)留美(リューミン)のキナ臭い動きが合わさり、更に合流が遅れている。

 

 自分たちが1stチームと離れて動き回っている間に、1stチームの様子は随分変化したらしい。『イデアのことを受け入れ、共に戦っていくことを選んだ』という情報は総帥経由で入手していたけれど、ソレスタルビーイングクルーに関するアレコレの詳細まではこちらに流れてきてはいなかった。

 

 『1stチーム内で戦死者が出た』という話題は既に耳にしてはいたが、『1stチームからは戦死者と思われている人物がいる』ことを把握しているのは悪の組織と関わりがある者たちだけだ。

 更に言えば、『1stチームからは戦死者と思われている人物』の最新情報を把握しているのは、該当者が身を寄せている部隊とつい最近顔を会わせたネーナたちくらいだろう。

 

 

「“アニューさんのロックオン”のことは折り合いはついてるの。『“私のロックオン”関係で色々ピリピリして八つ当たりじみた真似をしてしまって申し訳ない』ってきちんと謝ってくれたし、“私のロックオン”と彼を重ねて見ていたことは事実だから……」

 

「フェルトちゃん、無理しないで。幾らむしゃくしゃしてたからといって、ライルが貴女にやった狼藉は許していいものじゃないわ!」

 

 

 『1stチームからは戦死者と思われている人物』――初代ロックオン・ストラトス/本名ニール・ディランディと清いお付き合いをしていたオペレーター――フェルト・グレイスが悲しそうに目を伏せる。彼女を励ますのは、2代目ロックオン・ストラトス/ライル・ディランディの恋人――アニュー・リターナーだ。

 

 ある意味では“未来の義姉妹となっていた/いる”であろうことも相まってか、2人の仲は非常に良好である。

 だって実際、彼女たちのやり取りは“仲の良い姉妹”と言っても差し支えないためだ。閑話休題。

 

 

「何があったの?」

 

「…………キス……」

 

「えっ?」

 

「……ファーストキス、だったの……!」

 

 

 フェルトはか細い声でそう呟くと、肩を震わせて俯いてしまった。そんなフェルトをアニューが抱きしめ、あやすように彼女の髪を梳く。

 短い言葉ではあるが、悲痛な声と悲嘆に満ちた様子から、ネーナはすべてを察した。恐らくは、会話を聞いていた兄たちも。

 実際、2代目ロックオンと言葉を交わしていた兄たちは凄まじい形相で目を剝いている。2代目ロックオンはぎょっとした様子で弁明を試みようとしていたが、兄たちは即座に距離を取った。

 

 

「伴侶がいる人間としてどうかと思うのだが……」

 

「あの子の親御さんとお前の兄貴に対してどう弁明するつもりなんだよ。最低だぞ」

 

「ねえねえヨハ兄。4年前のミハ兄とどっちが酷いかなぁ」

 

「施設にいた女性職員に対して執拗に“セクハラじみたナンパ”を繰り返したときのことか?」

 

「うわー! やめてくれよ2人とも! 俺は“ブルーラグーンが似合う男になる”って決めたんだから!!」

 

 

 4年前の言動をほじくり返されたミハエルは心底嫌そうに顔を歪めた。尚、ブルーラグーンのカクテル言葉が“誠実な愛”であり、当時のミハエルからは程遠いものであったことや、この一件でノブレスからシミュレーターでボコボコにされたことを記載しておく。

 

 ヨハンから2代目ロックオン共々苦言を呈されているミハエルを横目に、ネーナは刹那の方へ視線を向けた。彼女は喧騒から少し離れた場所で、仲間たちの様子を見守っている。ただ、時折憂いに満ちた眼差しで胸元のアクセサリーに視線を落とすのだ。

 刹那がユニオン軍の軍人と“良い仲”であることは4年前の時点で把握している。“彼女と再会できたなら、後学のために是非とも話を聞かせて貰いたい”と考えていたことも事実だ。そういう意味でも、ネーナは彼女との再会を楽しみにしていた。

 

 今も4年前(むかし)も、ソレスタルビーイングは『世界に弓引く者(テロリスト)』の扱いだ。軍人とテロリストの恋愛なんて、現実的に考えてろくな結末にならないことは容易に予測できる。変わりゆく世界に暗雲が立ち込めていたことも事実だ。

 それでも、当時の刹那――端末に映った男性を指し示し、照れ臭そうに視線を逸らした少女――の姿を、ネーナは今でも覚えていた。或いは、彼女と彼女が身を寄せる組織の誇りを穢した偽物相手に大立ち回りを演じた軍人の姿も。

 あのとき刹那とその恋人がどのようなやり取りを繰り広げていたかまでは、流石のネーナも把握していない。けれど、機体越しから見た2人の姿は、確かに『分かり合えていた』し『愛し合っていた』と思う。

 

 

『刹那は、恋人とどんな感じなの? 国連軍との最終決戦の後、また会えた?』

 

『――つい先程、会って来たばかりだ』

 

 

 ネーナの問いかけに対し、刹那は淡々とした調子で答えた。けれど、その表情は非常に暗かった。

 

 

『……あいつは『友人や部下を人質に取られたことが理由で、黒幕の傀儡になった』と言っていた』

 

『でも、それだけじゃないと俺は思う。まだ何か隠していることがあるはずだ。あいつが黒幕の――刃金蒼海の傀儡になることを選んだ、決定的な理由が』

 

『――あいつをあのままにしてはおけない。……あんな悲しいことを言わせたまま、あんな形で、終わらせられてたまるものか』

 

 

 赤銅色の瞳は凪いだ水面のように澄み渡っていて、深い愛情と静かな決意で満ちていた。刹那の恋人が置かれている状況がのっぴきならないことは、彼女の口から聞いている。

 ネーナと刹那の恋愛絡みでは、ネーナの方がまだマシなのは分かっていた。想いを寄せる相手(ノブレス)はすぐ傍にいるし、彼の命は危機的状況に晒されてはいない。

 

 ――それでも。

 

 危機的状況にある恋人へ手を差し伸べようとする刹那の姿も、危機的状況の恋人を救える可能性を持つ数少ない存在が刹那本人であると言う事実も。

 作戦や腹芸の一環として指揮官業と行動方針決めに頭を悩ませる教官の姿を見ていることしかできないネーナにとって、とても眩しいものに見えたから。

 

 

『ねえ、刹那』

 

『なんだ?』

 

『あたしに手伝えることがあったら、言って』

 

 

 恋する乙女として。

 大事な人の力になりたいと願う女の子として。

 ……同じ組織に所属する、仲間として。

 

 

『『なんでも協力する』とまでは言えないけど、絶対力になるから』

 

『……ありがとう』

 

 

 ――淡く微笑んだ()()の力になりたかったのだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「よし、完成」

 

 

 クーゴは目の前に並んだ料理を見返し、満足げに頷いた。そうして、いそいそと出来立ての料理を盛り付ける。みんながご飯を食べている時間帯に間に合うか否かは分からないものの、後から合流するであろうトリニティ兄妹の支援艦――カテドラルの面々の分も用意済みだ。

 ごろごろとした大きさに切ったベーコンとブロッコリーがふんだんに盛り付けられたキッシュ、色とりどりのパプリカにひき肉とみじん切りにした野菜を詰めたパプリカの肉詰め、サーモンと枝豆のポテトを使ったクリームコロッケ、グラニュー糖の雪を被ったかぼちゃのデザートグラタン。どれも渾身の出来である。

 

 

「手伝ってくれてありがとう、宙継」

 

「えへへ」

 

 

 くしゃりと頭を撫でてやれば、宙継は嬉しそうに微笑んだ。照れくさいのか、ほんのりと頬が染まっている。

 クーゴは今年で33歳だ。もし結婚していれば、宙継くらいの年齢の子どもがいてもおかしくない年齢であった。

 なんだか父親になったような気分である。自分に子どもができたら、こんな風に接していたのだろうか。

 

 視線を感じて振り向けば、テーブルへ料理を配膳してきたイデアが微笑ましそうに自分たちを見つめていた。何とも言えない気持ちになり、クーゴは咳払いする。

 

 

「まるで親子みたいですね」

 

 

 ふふ、と、イデアは静かに目を細めた。彼女の眼差しは夫を見つめる妻のように優しい。もし自分が結婚していたら、その相手はこんな風にこちらを見ていたのであろうか――。

 変なことを考えてしまい、クーゴは全力でかぶりを振った。選ばなかった道のifを考えても仕方がないことだ。今は、目の前にある現実をしかと受け止めなくてはなるまい。

 

 やけに上機嫌なイデアを横目に、出来上がった料理を持って厨房から食堂へ向かう。クーゴが料理を開始したのを知った面々が、出来上がりを今か今かと待ち構えている最中であった。

 

 

「おおー! 相変わらず美味そうだなぁ!」

 

「温かいお茶が飲みたくなりますね」

 

「ニイサン、ニイサン!」

 

「シャテイ、シャテイ!」

 

 

 出来立ての料理を見て歓声を上げたミハエルと、静かに目を細めたヨハンが席に着く。クーゴが料理を運んでくる直前まで2人はロックオンと何かを話し合っていたようだが、ぐったりとした様子で食堂の端っこに腰かけたロックオンを見捨てるような形になっていた。

 普段はロックオンのフォローに向かいそうなアニューも彼を見捨てており、フェルトの隣に腰かけて談笑を始めた。フェルトは萎れたロックオンを一瞥したが、特に何かコメントをすることなく料理に舌鼓を打つ。彼女の周囲を飛び回っていたオレンジハロと紫のHAROは、戯れるようにして廊下の向こう側へと消えていった。

 

 

「ねえ、折角だから教官――……か、カテドラルのみんなに渡す分も貰っていい?」

 

「ああ、いいよ。箱詰めしようか」

 

「やった!」

 

 

 クーゴの料理に舌鼓を打っていたネーナが、おずおずと言った調子で申し出てきた。断る理由が無かったので了承すれば、彼女はぱっと表情を輝かせる。

 彼女は手伝いを申し出てくれたが、食べている途中で何かを任せると言うのはあまりよろしくない。クルーの人数を聞き出し、彼らが食べるであろう量を箱詰めしていく。

 箱詰めを終えてネーナたちに引き渡した後、クーゴは席に腰かけ食事をとることにした。食堂には既に全員が揃っており、各々がおかずを食べ進めている。

 

 

「隣、座っていいかな?」

 

「どうぞ!」

 

 

 クーゴの申し出を、イデアは快く引き受けてくれた。礼を述べて座ると、宙継がトレイを抱えていそいそとクーゴの隣にやって来る。

 

 

「隣に座っていいですか?」

 

「ああ、構わない」

 

 

 心配そうに訊ねてくる宙継に、クーゴは2つ返事で頷き返す。

 彼は安堵したように微笑むと、クーゴの隣に腰かけた。

 

 

「クーゴさんの作るごはん、大好きです」

 

「僕もです」

 

 

 イデアは幸せそうにコロッケを齧る。宙継はパプリカの肉詰めに舌鼓を打っていた。この2人に褒められると、心がふわふわするような心地に見舞われる。浮足立っているとも言えそうだ。

 「おかわりはあるからいっぱい食べなさい」と言えば、イデアはキッシュへ手を伸ばした。丸いキッシュをナイフで大きく切り取り、皿に乗せる。宙継はコロッケにフォークを伸ばした。

 『いっぱい食べるキミが好き』――そんなフレーズが頭をよぎる。クーゴはふっと目を細め、幸せそうに料理を頬張るイデアと宙継を見つめた。なんて微笑ましく、愛おしい光景なのだろう。

 

 そんな様子を見ていた面々が、暫し目を瞬かせる。どうかしたのかと問いかける前に、ラッセが微笑ましそうに呟いた。

 

 

「3人並ぶと、家族みたいだな」

 

 

 家族。その言葉を頭の中で反復する。意味を理解した途端、周囲から向けられる眼差しが生暖かいものに変貌したような気がした。どうしようもない程、居心地が悪い。

 宙継は「家族」という言葉を繰り返した後、嬉しそうに微笑んだ。イデアも満面の笑みを浮かべて、クーゴが作った料理を食べ進める。ペースがいつもより早い気がした。

 思わずラッセに反論しそうになったクーゴであるが、以前、自分を謙遜――イデア曰く「卑下」、あるいは「自己否定」――した際の2人の怒りを思い出す。出かかった言葉を飲み込んだ。

 

 何かを言うと地雷を踏んでしまいそうな気がして、クーゴはため息をついて苦笑するに留めておく。

 この判断は間違っていなかったようで、食堂は和気藹々とした空気に満ち溢れていた。

 

 

「だとしたら、貴方たちの方が、家族としての繋がりが強いのではないのですか?」

 

 

 クーゴは思い立ったように口を開けば、ラッセは「だろ?」と頷いた。

 

 

「イアンのおやっさんは親父枠だろ。スメラギさんはトレミーのママで――」

 

「――私はそこまで老けてないわよ?」

 

「アッハイ」

 

 

 ラッセの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。

 

 笑顔の仮面の下に修羅を宿したスメラギがラッセを睨んだためである。女性に対し、年齢関係の地雷を踏みぬくのはご法度だ。スメラギは絶対零度の笑みを浮かべ、キッシュを口に運ぶ。その動作は優雅だったが、どこか荒々しさが目についた。

 女性陣は非難するかのように男性陣を見回す。面々の様子に気圧された男性陣は回れ右の如く視線を逸らした。「自分は関係ありません」と言わんばかりに、キッシュ/パプリカの肉詰め/コロッケ/デザートグラタンを口に運びつつ、飲み物を煽った。

 

 

 

***

 

 

 

 チーム・トリニティの支援艦――カテドラルの面々が合流したのは、面々が食事を終えた直後のことだった。

 

 

『あーっ、テオ・マイヤー! あたしファンだったの! サイン頂戴!』

 

『分かりました。何かご希望とかあります?』

 

 

『ちょっとォ! あんたクリスティナの恋人でしょ!? 何とかしなさいよ!!』

 

『い、いやあ、その……ふへへ……』

 

『デレデレしてないで仕事しなさいよぉ! あんたクリスティナの恋人でしょうが!!』

 

 

 紆余曲折あって“仮面を外した”ノブレスが1stチームと顔を会わせて早々、彼の顔と活動に覚えがあったクリスティナが黄色い声を上げた。

 それを見たネーナがリヒテンダールに喰ってかかるが、かかられた方のリヒテンダールは何故か上の空――或いは有頂天になっていて聞く耳を持たない。

 尚、ノブレスは2つ返事で了承し、ファンサービスを行っていた。背後でヨハンが頭を抱えてミハエルがため息をついていたが、彼らは一体どうしたのだろうか。閑話休題。

 

 現在、クーゴたちはブリーフィングルームにいた。宇宙にいるイアンたちも通信画面に映し出されており、互いが集めた情報を並べてすり合わせを行っている真っ最中だ。

 

 カテドラルの面々は独自に動き回った結果、『刃金蒼海が思考プログラムを用いて、無辜の人々を傀儡に仕立て上げて使い潰している』ことや『アロウズがS.D.体制の系譜を受け継ぐテクノロジーを有しており、それらを駆使して世界を支配しようとしている』ことを掴んだらしい。

 他にも、アロウズのライセンサー/蒼海の子どもたちが乗る機体や駆使するMDたち――センチュリオシリーズに関する詳細情報も掴んできたという。こちらも類似の情報はあるが、詳細はチーム・トリニティ及びカテドラルの方が多かったらしい。

 

 

「センチュリオのデータ収集はひと段落ついた形になるでしょうから、近々発展形が出てくるかもしれませんね」

 

「『ワシらに対抗するために投入された虎の子』と聞くからな。ありえん話ではないだろう」

 

 

 ノブレスとイアンの会話は締め括られた。メカニック同士通じ合うものがあるらしく頻繁に脱線しかけたのだが、うまい具合にまとまってくれて何よりである。次は、チーム・プトレマイオスの話だ。

 

 【革新者(イノベイター)】――イオリア・シュヘンベルグがミュウとの接触でヒントを得て提唱した存在だ。既存の人類より高次の段階へと移行した、正真正銘の“新人類”のことを指している。

 『“大量のGN粒子を浴び続ける”ことが覚醒の条件』だと言うが、過去には『GN粒子を大量に浴びると命を落とす』というケースが存在しており、それ関連の事故で亡くなった者たちもいたという。

 

 

「だが、トランザムを使用した際、『人体には影響の出ないレベルでだが、パイロットがGN粒子を浴びている』という計測結果が出た」

 

 

 通信越しのイアンは、神妙な顔で言葉を続ける。

 

 

「会場に潜入した面々の話を総合するに、“人類が革新者(イノベイター)に目覚めるためには、『純正太陽炉のトランザムを使い続けることで、GN粒子を浴び続ける』必要がある”ということらしいな?」

 

「ああ」

 

「――そして、『現在覚醒している革新者(イノベイター)以外で、最も革新者(イノベイター)に近いのが刹那』か」

 

 

 イアンはそう言って唸った。周囲の面々も、何とも言い難そうな表情で刹那を見つめる。眼差しの集中砲火を受けても尚、刹那は揺らぐ様子は見られなかった。水面を思わせるような、静かな面持ちのままである。

 現時点でイノベイターとなったのは、刃金蒼海、彼女の3人の息子――海月、厚陽、星輝、(ワン)留美(リューミン)と使用人にして実兄の紅龍(ホンロン)らの6名だ。そうして、彼らが警戒しているとされるのが刹那であった。

 彼女が搭乗する機体はツインドライヴシステム搭載機である。整備班の面々でも、ツインドライヴの全容は明らかにされていない。もしかしたら、明らかになっていない未知の部分が、イノベイターに覚醒するヒントなのか。

 

 イアンはがしがしと頭を掻いた。彼もまた、色々困惑していることがあるのだろう。

 ティエリアは何かを確かめるようにリジェネを見た。

 

 

「貴様はツインドライヴシステムについて、何か知っているか?」

 

「『マザーが何か知ってる』のと、『リボンズが何か察した』程度しか知らない」

 

「チッ!」

 

 

 ティエリアは派手に舌打ちして視線を逸らす。何を思ったのか、リジェネは「そんなティエリアもそそる」と鼻息を荒くした。間髪入れず、ティエリアの左ストレートが彼の顔に直撃し沈黙する。

 

 

「イノベイターたちが搭乗していた機体のデータも恐ろしいな。どの機体も、凄まじい火力を有している。特に、バルバトロはその極みだろう」

 

 

 イアンは深々とため息をついた。あの化け物じみた火力を持つMSたちと一戦交えたクーゴからしてみれば、恐ろしいものだというのがよく分かっている。

 革新者(イノベイター)の翔る機体はどれもこれも破壊的な威力を有していた。まるで『革新者(イノベイター)の力は破壊のために存在している』と言わんばかりに。

 倒れたリジェネが呻きながら体を起こした。彼はクーゴの思考回路を《読み取った》のか、じっとこちらを見つめている。紫苑の瞳は「否」と訴えていた。

 

 ベルフトゥーロは言っていた。『革新者(イノベイター)は、“来るべき対話”のために必要な存在なのだ』と。戦うために生まれた存在だとは、一言も述べていない。

 おそらく、彼女が“この機体に搭乗しているのは革新者(イノベイター)である”と知ったら激高しそうな気がする。『革新者(イノベイター)は殲滅する者ではないのだ』と。

 

 

「……」

 

「どうした? フェルト」

 

「……不安なの」

 

 

 フェルトの憂いを帯びた眼差しが、刹那へと向けられた。

 

 

革新者(イノベイター)たちの力を見ていると、革新者(イノベイター)として目覚めた刹那もああなってしまうんじゃないかって」

 

 

 「いずれ、己を戦いの道具として酷使するようになりそうで」――そう言って、フェルトは心配そうに刹那を見つめた。

 彼女の言葉を聞いた他の面々も、不安そうな面持ちになる。ソレスタルビーイングは『刹那を戦いの道具にしたくない』と思っているらしい。

 最も、刹那自身もまた、己が戦いを振りまく存在になることは望まないはずだ。クーゴの予想通り、刹那はきっぱりと言い切った。

 

 

「世界の歪みを絶つのが俺の役目だ。……奴らは歪んでいる。その存在を、赦しては置けない」

 

 

 見ているこちらが安心してしまえる程、ばっさりとした台詞である。言外ではあったが、気持ちのいい程の否定であった。クーゴはひっそり、安堵の息を吐く。

 

 同時に、今の刹那の言葉は、蒼海と同じ轍は踏まないという宣言でもあった。赤銅色の瞳は、倒すべき敵を――傲慢な新人類たちをきちんと見据えている。

 いや、刹那だけではない。他のガンダムマイスターやソレスタルビーイングの構成員も、悪の組織及びスターダスト・トラベラーの面々も、敵を見据えていた。

 

 

「そうだね。刹那の言う通りだ」

 

 

 イデアは感慨深そうに頷いた。

 

 

「嘗てのミュウも、人類から“その力が驚異だから”という理由で迫害されてきたの。特に、戦闘面に関しての脅威論が盛んに叫ばれたらしいわ」

 

 

 彼女の声がどこか熱を帯びているように思ったのは、クーゴの気のせいではないだろう。

 ミュウの同胞としての意識のせいか、イデアの気持ちが痛いほど伝わってきそうだ。

 特にイデアの母は、人類によって故郷と親、親友を失っている。その話を、昔から聞かされてきたに違いない。

 

 S.D.体制の中でも『何故ミュウが生まれたのか』を議論した科学者もいたという。『S.D.体制下の時代では、キース以外、ろくな答えを出せなかった』とベルフトゥーロから聞いたことがあった。

 

 

「『ミュウの力は、“人間(ヒト)ミュウ(ヒト)を繋ぐための力”だ』と言った人がいたの。それは『分かり合うために使うものだ』って」

 

「わかり合うための、力……」

 

「ミュウも革新者(イノベイター)も、きっと、同じなんだと思うんだ」

 

 

 イデアの言葉に刹那が目を丸くする。何か思うことがあったのか、刹那はじっと己の手を見つめていた。

 

 彼女の脳裏をよぎったのは、4年前の日常。明朗快活に笑ったグラハムが手を差し伸べる姿だ。

 彼にとって刹那と過ごした日々が幸福の象徴であったように、彼女にとってグラハムと過ごした時間もそうだったのだろう。

 

 

「でも、もし『この後もイノベイターの数が増え続けた』場合、世界はイノベイターをどんな風に扱うんだろう……」

 

「場合によっては、疑似的な存在を生み出すためにデザインベイビーが生み出されることも有り得るな。――我々のような存在が生み出され、消費されていくことになるやもしれん」

 

 

 アレルヤとヨハンが眉間に皺を寄せて呟いた。前者は嘗て“実験施設で戦闘用特化の人間兵器に改造されかけた”という過去があり、後者は“最初から『使い潰すこと』を想定した運用のため、イノベイドの設計図を用いて生み出されたデザインベイビーである”という来歴がある。それ故の懸念なのだろう。

 おそらく、アロウズの上層部は革新者(イノベイター)の戦闘能力がどれ程のものかを知っているはずだ。何と言っても、彼らは蒼海と繋がっている。蒼海のことだ、イノベイターの素晴らしさを延々と語って聞かせたに違いない。

 

 そうして、イノベイターによる統一支配を容認している――この時点で、現状マイノリティである革新者(イノベイター)の未来は明るくなさそうだ。

 

 

「圧倒的な力を用いて戦場を蹂躙していくんだ。人類から畏怖の対象として見られるだろうな。恐怖の象徴、あるいは憎悪の象徴になってもおかしくない」

 

「私のようなイノベイドたちは、『革新者(イノベイター)下位互換(スペア)』として扱われるような世の中になるかもしれないわ」

 

 

 ロックオン(ライル)が神妙な表情でため息をついた。彼の隣にいるアニューも、暗い表情のまま懸念を吐露する。

 恋人の不安を感じ取ったロックオン(ライル)は、アニューの肩に手を置く。大切な女性(ひと)を守るように、だ。

 “決して、彼女を戦いの道具になどさせはしない”――深緑の瞳には、揺るがぬ決意が燃えていた。

 

 言葉にせずとも2人は通じ合っているようで、ロックオン(ライル)とアニューは互いの瞳を見つめて表情を緩める。

 それを見ていたミレイナが、何を思ったのか、ティエリアへと向き直った。ミレイナは彼の手を両手で包み込む。

 

 

「私も、アーデさんが革新者(イノベイター)のスペア扱いされたり、戦いの道具にされたりするのは嫌ですぅ!」

 

「ミレイナ……」

 

「セイエイさんも、リターナーさんも、アーデさんも、絶対に守るです! 絶対絶対、兵器になんてさせないです!!」

 

 

 「だから安心してくださいです!」と、ミレイナは力強く微笑んだ。ティエリアは括目したように目を瞬かせた後、照れたように目を細めて感謝の言葉を述べた。気のせいでなければ、彼の頬がほんのりと赤く染まっているように見えなくもない。

 

 それを目ざとく見つけたのか、ティエリアに張り倒されて気絶中だったリジェネががばりと起き上って声を上げた。

 「ずるい」というリジェネの抗議は、やはりティエリアによって途切れさせられる。リジェネの頭に、大きなたんこぶができていた。

 

 彼らのやり取りを見守っていたクーゴは、ふと思い至る。

 

 

「……それにしても、なんでS.D.体制の技術がこの世界に存在してるんだろう」

 

「それは、外宇宙から来訪したミュウ――シュヘンベルグ夫人たちが持ち込んできた技術ではないのか?」

 

「確かにS.D.体制下や体制崩壊後の技術を持ち込んだのはマザーたちだけど、対ミュウ用の兵装に関する技術を流したことはないよ」

 

 

 心の中で呟いたことだったが、声に出してしまっていたらしい。リジェネに本物の暴力を執行せんと暴れていたティエリアが見解を述べる。だが、それを聞いたリジェネが首を振って否定した。

 実際、自分たちを虐殺するための技術を流出させるなんて真似をするはずがないし、出来るはずがないのだ。ミュウの来歴――同族以外の人類が全て敵に回っており、銀河を流浪する極限状態の中にいた――的な意味で。

 しかし実際、アロウズ――及び、黒幕たる刃金蒼海とその仲間たちが登場するMSやMAには対サイオン波/対ミュウ用の兵装が当たり前のように搭載されている。しかも、極めつけは彼女たちが所有するマザーコンピューターの名前と性能だ。

 

 ミハエルとネーナが顔を見合わせる。本人たちは「頭脳労働に向いていない」と愚痴を零していたけれど、2人の顔は非常に真剣であった。

 

 

「アロウズが所有するスパコンの名称は“マサーコンピューター『テラ』”、スパコンが持つ効果を最大限まで広げるための子機の名称が“テラズ・ナンバー”と“マザー○○(ナントカ)”か……」

 

「偶然だよね? だって、ミュウが来訪する以前に『S.D.体制下の文化や技術が地球に入って来る』なんてありえないだろうし……。教官から見せて貰った虚憶(きょおく)では、確かに他の種族がいっぱい来訪してたけど、“S.D.体制下に関する技術を有している種族はミュウだけだった”はずでしょ?」

 

「アルティメット・クロスが活躍していた世界の虚憶(きょおく)だと“この世界は()()()()『1度滅びを迎えている』”という話がありましたけど……」

 

「滅びの未来から来たマキナの話にもあったよね。1度目の滅びを自ら体験した加藤久嵩と、世界が滅びた際に何が起きたかという情報(バイブル)を持ってきたユダと共犯者になった石神邦夫、自滅スイッチによって滅んでしまった世界を()()()救うための方法を知っていた城崎天児の意志を宿したラインバレル……」

 

「他にも、ジョウくんが乗っていた飛影には“前のループで飛影に乗っていた人物”の意志が宿っていたらしいわね。周囲はその人物を『ジョウくんではないか』と推測していたみたいだけど……」

 

「そういえば、ジョウ以外にも“過去のループの情報を受け取っている”と思しき反応や言動をしていた人がいたよね?」

 

 

 宙継の話に乗っかって来たのは、ソレスタルビーイングに派遣されてきた医師と看護師夫婦――ユウイ・アスカとカリナ・アスカ夫婦である。

 夫婦の言葉に触発されたのか、他の面々も次々と口を開いて持論を展開した。わいわいがやがやする周囲を横目に、スメラギはモニターへと向き直った。

 

 

「それで、オーライザーの調子は?」

 

「ばっちりだ。後は、ダブルオーに搭載して、実験するだけだな」

 

 

 イアンの言葉を聞いたスメラギは、顎に手を当てた。そのタイミングを見計らったかのように、悪の組織からの連絡が入る。

 割り込むように映し出されたウィンドウには、見知った姿があった。嘗てユニオンに出向していた技術者の女性――ノーヴルである。

 彼女はクーゴとイデアに挨拶し、すぐに本題に入った。「宇宙に配属されたアロウズの部隊が、怪しげな動きをしている」という話であった。

 

 ノーヴルの話を聞いたスメラギが表情を曇らせる。アロウズの指揮官が自分の手を読んでいることを察したのだろう。アロウズの指揮官の手はずを諳んじて、彼女は小さく唸った。

 

 スメラギの様子が少しおかしいような気がして、クーゴは彼女の表情を覗き見た。スメラギは、アロウズの指揮官に心当たりがありそうな顔をしている。

 脳裏に浮かんだのは、AEU軍の軍服を身に纏った女性2人の後ろ姿。『キミたちは優秀すぎたんだ』――2人にかけられた言葉が何を意味しているのか、今はまだ分からない。

 

 

(次の戦いは、過酷なことになりそうだな)

 

 

 クーゴは何となく、そんな予感がしてならなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 次の作戦で、プトレマイオスはアロウズの包囲網を潜り抜け宇宙へ向かう。作戦開始まではまだ時間があった。

 刹那は自室のベッドサイドに腰かけていた。何をするでもなく、1人ぼんやりと先程のやり取りを思い返す。

 

 

『『ミュウの力は、“人間(ヒト)ミュウ(ヒト)を繋ぐための力”だ』と言った人がいたの。それは『分かり合うために使うものだ』って』

 

 

 イデアが噛みしめるように呟いた言葉が脳裏をよぎった。“ミュウの力も革新者(イノベイター)の力も、戦うために振るうものではないのだ”――と。

 

 今も昔も、刹那は戦うことしかできない。戦うこと以外何もわからないからだ。刹那に与えられた選択肢は“武器を持って戦うこと”――“武器によって壊すこと”以外になかった。

 そんな刹那の在り方を見て、涙を零していた女性――マリナ・イスマイールの姿が脳裏をよぎる。戦うことではなく、もっと別な方法で平和を目指していた姫君のことが頭から離れない。

 自分とは違う道を行く、同じ終着点を目指す者。今も昔も、マリナは戦いを否定した/否定している。その姿勢は何も変わっていなくて、刹那は不思議な安堵感を噛みしめていた。

 

 

(……わかり合うための力、か)

 

 

 刹那は己の手を見つめる。イデアは、革新者(イノベイター)存在意義(ちから)をそう言った。

 わかり合うというのは、マリナの目指す平和の在り方にも密接に関わっている。

 

 皮肉なものだ。繋ぐための手など、刹那は持ち合わせていない。あるのは“武器を取り、壊すことしかできない手”だ。そんな自分が、わかり合うための――ヒト同士を繋ぐ力を得るだなんて。刹那はひっそりと自嘲する。

 不意に、青い光が視界の端にちらついた。4年前の誕生日に、グラハムが刹那に贈ったシェルカメオの光だった。淡い輝きに、刹那はそっと目を細める。グラハムが愛した空の色を思わせる光は、刹那の自嘲を打ち消そうとしているかのように瞬いていた。

 

 

<――キミの手が成したのは『壊す』だけではなかったはずだ。それ以外のことを成したじゃないか>

 

 

 少し呆れたような――あるいは怒ったような、グラハムの《聲》が《聴こえてきた》。

 心なしか、むっとした表情を浮かべる彼の姿も《視えた》気がする。

 どこか咎めるような響きに、刹那は思わず苦笑した。

 

 

「そうだったな。……俺の手は、確かにあんたと手を繋げていた。その事実は、認めよう」

 

 

 4年前の穏やかな時間がフラッシュバックする。グラハムは、晴天の蒼穹を思わせるような眩しい笑みを浮かべていた。彼は躊躇うことなく刹那の名を呼ぶ。どこまでも甘い声が響いてきたような気がして、頭の奥底がくらくらした。それを、ぎりぎりで踏みとどまる。

 

 伸ばされた手を、おっかなびっくりに繋いでいた日々があった。壊すことしかできない手が、愛した/愛する人を幸せにすることができるのではないかと思えた時間があった。

 自分の手が、壊す以外のことを成せるのだと信じたくなったことを思い出して、刹那はシェルカメオを握り締める。刻まれた大天使は穏やかな微笑を湛えていた。まるで、刹那のことを肯定するかのように。

 

 

「グラハム・エーカー」

 

 

 愛する男の真名を紡いで、刹那は前を向く。

 鏡に映った自分の顔は、いつも以上に真剣だった。

 赤銅の眼差しは、どこかにいる彼を捉えている。

 

 

「待っていろ。――必ず、あんたの手を掴んでやる」

 

 

 きっと、グラハムは――ミスター・ブシドーは、暗闇の底から光を見上げているのだろう。そうして、空に憧れていた頃のように天へ手を伸ばし、その手を下すことを繰り返しているのだ。諦めたように笑って、慈しむような眼差しを向けて、憧れを込めて、光に焦がれる姿が《視えた》。

 4年前は、諦めていたのは刹那で、手を差し伸べてくれたのはグラハムであった。刹那の手を掴んで、溢れんばかりの幸福を手渡してくれた男性(ひと)が、今、すべてを諦めようとしている。……こちらもこちらで、なんて皮肉なのだろう。刹那はぐっと歯噛みした。

 

 今度は、自分の番だ。刹那がブシドーへ手を差し伸べる。

 

 ブシドーは思い込みが激しく、どこまでも頑固で面倒くさい男だ。きっと『自分はもう、刹那の好敵手(ライバル)に相応しくない』と思っているだろう。

 4年前に見せたグラハムの自信は、蒼海の策略によって木端微塵に瓦解している。今のブシドーは“生きていること自体が苦痛になっていそう”な気配があった。

 どこか生き急いでいるような――破滅に向かうことで現状から解放されたがっているような、儚い笑みを浮かべたブシドーの姿が脳裏をよぎった。

 

 

(ミスター・ブシドー。あんたの望む結末(おわり)を、俺が破壊する。……そんな歪んだ望みを、成就させるわけにはいかない)

 

 

 そうして、願わくば、彼と自分が願う結末(おわり)を。4年前、最後の戦いで思い描いた続きを、もう1度。

 

 決意を新たにし、刹那は部屋を出た。

 気のせいか、廊下の向こう側が騒がしい。

 

 

「うわああん! ティエリアと離れるのは寂しいよー!」

 

「煩い! というか貴様、どこ触ってるんだぁ!!?」

 

 

 何かが吹き飛んで、どこかに叩き付けられたかのようなド派手な音が響き渡った。音の出どころを覗き込む。騒音の主は、リジェネとティエリアであった。

 どうやら、リジェネは急用が入り、急遽地上へ戻ることになったらしい。サイオン波を使って目的地へ転移するつもりのようだった。

 同類(なかま)であるティエリアとの別れが寂しいらしく、彼は「お見送りをして」と要求したらしい。勿論、ティエリアが頷くはずもなかった。

 

 

「いってらっしゃい、リジェネさん」

 

「うう、アニューは天使だ。……じゃあ、キミたちも頑張ってね」

 

 

 まともに見送りをしているのは、妹分のアニューだけだったようだ。そのやり取りを最後に、リジェネの姿が掻き消えた。サイオン波は本当に便利である。

 作戦時間まで時間があるためか、他の面々は休憩時間を思い思いに過ごしている様子だ。刹那もそれに倣うようにして、一歩踏み出した。

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。




【参考及び参照】
『クラシル』の『アレンジいろいろ 作り方・レシピ』より『シンプル優しいミルク粥』
『BIRD FAN (日本野鳥の会)』より『チョウゲンボウ』
『COOKPAD』より、『ブロッコリーとベーコンのキッシュ(★ちっぽ★さま)』、『サーモンと枝豆のポテトクリーム♡コロッケ(れっさーぱんださま)』、『野菜スィーツ!かぼちゃのデザートグラタン(スタイリッシュママ さま)』




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