問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
「スミルノフ少尉。今回の取材の件ではお世話になりました」
「今回の取材はとても有意義なものでした」と、絹江は清々しい笑みを浮かべて一礼した。
少し前のアンドレイだったら、きっと絹江の動作1つ1つに見惚れていたであろう。しかし今は、自分の中にある不信の芽吹きがそれを阻害していた。
絹江に合相槌を打つ己の声のなんと平坦なことか。アンドレイは冷めた様子で自分のことを――そうして、ジャーナリストたちのことを眺めている。
シロエもマツカもいい笑顔だ。双方共に「アロウズの密着取材は有意義なものであったと」語っている。その表情に疑いの余地はない。――故に、不信が募るのだ。
彼女たちが
しかも、3人から取材の完了を告げられたのも先日のことだ。当初の予定ではもう少し長い期間密着取材を続けるはずだったのに、急遽取材を切り上げたのだ。
(私がオートマトンの真実を知ったのと同じタイミングだなんて、これは何かある)
アンドレイは訝しみながら――勿論、表情には出さないが――3人を見返した。
もし彼女たちが反政府組織の工作員であるならば、アンドレイはずっと騙されていたことになる。
沸々と湧き上がってきた感情を何と表現すればいいのだろう。何と例えればいいのだろう。怒りか、悲しみか、アンドレイには判別できそうになかった。
「絹江さん」
アンドレイは絹江を呼び止めた。絹江は目を瞬かせ、アンドレイを見返す。榛色の瞳に映るのは、険しい顔をした軍人の顔。
「貴女は――貴女たちは、本当に、“ただのジャーナリスト”なのですか?」
責めるような口調のせいか、絹江たちは驚いたように身を竦ませる。その眼差しには動揺が浮かんでいた。
アンドレイの疑念が正しいのか、間違っているのか、今の時点ではまったく判断できない。
返答に窮したような3人の様子が引き金になった。アンドレイは声を張り上げ、ジャーナリストたちに詰め寄る。
「あのとき投入されたオートマトンは、“反アロウズの人間のみを襲う”仕組みです。実際、あそこでオートマトンによって殺された人間たちはみな、反政府組織――スターダスト・トラベラーに所属していたテロリストばかりでした。しかも、オートマトンには起動時の不備など存在しなかった。つまり、正常に動いていたんです」
そこまで言って、アンドレイは一端言葉を切った。腰の銃に手を伸ばしながら、絹江に問う。
「正常に動いていたオートマトンが、貴女方を襲った。――それが何を意味しているのか、教えていただけませんか」
返答次第では、アンドレイのすることは変わってくる。自分は独立治安維持部隊に所属する軍人だ。
世界の治安を乱す者はここで撃たねばなるまい。それが、軍人であるアンドレイの役目だった。
絹江はシロエとマツカの方に視線を向けた。何か躊躇うような表情だ。シロエとマツカも絹江と同じ気持ちらしい。
3人はしきりにアイコンタクトを繰り返している。3人の仲が良いことは知っていたし、彼女や彼らのやり取りを一言で表すなら『小気味好い』という言葉が良く似合っていた。『とある仕事で組んで以降、4年間の付き合い』というのは伊達じゃない。
そんな彼女たちに後から加わったのはアンドレイの方だ。立場や過ごした時間的に、異物はアンドレイの方だろう。……けれど、それに寂しさを感じる程度には、4人での行動を日常だと認識してしまったらしい。今の自分は文字通り“蚊帳の外”である。
「スミルノフ少尉」
口を開いたのは、シロエだった。
「貴方は、4年前にユニオンおよびタクマラカン砂漠で起こったMDの暴走事件をご存知ですか?」
「ああ。戦闘中にMDが突然暴走し、ユニオンのパイロットたちに襲い掛かった事件だな。後に、『MDには、
シロエの話を聞いたアンドレイは、ふと思い至った。そういえば、アロウズが持て余しているライセンサーの男――ミスター・ブシドーも、元々はユニオン軍に所属していたと聞いたことがある。ユニオンでのMD暴走事件、タクマラカン砂漠でのMD暴走事件の現場にも居合わせていたらしい。閑話休題。
「今回の一件は、それと同じなんです」
「は?」
「この資料を見てくださ……うわぁ!」
シロエの説明を引き継ぐようにして、マツカがわたわたと鞄から資料を引っ張り出そうとして床にぶちまけた。
いくら疑いを賭けていようと、困っている一般人(限りなく黒に近いグレーだが)を見捨てる程、アンドレイは人でなしではない。
慌てて資料を拾い集めるマツカの手伝いをするため、彼の元に駆け寄った。マツカの感謝の言葉を聞きながら、アンドレイは資料を拾い集める。
そうして、ふと、目を留めた。
犠牲者全員の共通点は“スターダスト・トラベラーの人間である”以外にもう1つあった。欄の脇に『
その文面を目で読んだとき、アンドレイの脳裏に嫌な考えが浮かんだ。もし、この記述が本当だったとしたら――オートマトンによって殺された人間の中には、反政府組織と何の繋がりもない、
「これは……」
アンドレイの口元が戦慄いた。
アロウズの上層部は『オートマトンは正常だった』と発表している。『オートマトンによって殺された者たちは全員テロリストだった』とも。
おまけに、一般市民に対する発表も、この情報を得たマスコミの動きも、『アロウズの発表が正しいのだ』と大々的に放送していた。
(――本当に?)
だって実際、上層部はそう発表していた。アンドレイに手渡された資料には、『亡くなった人々全員が
(本当に、
だって上層部は言っていた。『あのパーティ会場に投入されたオートマトンは、
実際の被害者たちだって、テロリストだった証拠が出ている。全員が関連する小物を所持していた。物証は揃っている。――
(――本当は)
ぞわぞわとした悪寒が背中を走る。上層部が打ち出した方針に従い続けてきた模範的な軍人としての自分――或いは良識ある人間としての自分が、酷く息を飲んだような気がした。
前者の自分が後者を引き留めようとしたが、逆に後者の自分に腕を引っ張られる。『都合の悪いことに目をつむるのは、市民を守る軍人として最低なことではないのか』と。
(本当は――)
脳裏に浮かんだのは両親の背中。母――ホリーは作戦行動中にMIAとなり、最終的には殉職として扱われた。“市民を守るために戦った、誇り高い軍人”として。アンドレイ個人としては、無事に帰ってきて欲しかったけど。
母がMIAになる原因の1つは、父――セルゲイの采配だった。軍人として正しい判断だったし、指揮官としての彼の采配は間違いではない。軍人としての母も、職業柄、自分の死を覚悟していたとも思う。それはそれとして、アンドレイは納得していないけれど。
あの一件になると、セルゲイはいつも軍人/指揮官としての見解しか述べない。それ以外の場合では沈黙を保つか、話題に挙げること事態を避ける。アンドレイの父親として、ホリーの夫としての本音は一切口にしなかった。口にされたとて、アンドレイは納得できないだろうけど。
――アンドレイがセルゲイに対して、鬱屈した感情を抱いた理由は何だった?
アンドレイの母だった――或いはセルゲイの妻だったホリー・スミルノフに対し、夫としても父としても一切向き合おうとしなかった姿ではなかったか。
息子であるアンドレイに対して、当時のことも、それから今に至るまでのことも、一切向き合おうとしなかった姿ではなかったか。
(……本当は、
一般人としてのアンドレイに気圧された軍人としての自分は、小さく息を飲む。
そうして、恐る恐る、一歩踏み出した。その先が深淵に繋がっていると理解した上で。
「
「スミルノフ少尉?」
「“市民や社会から反発されないため”に“『オートマトンが殺した人間は、全員テロリストの関係者である』という物的証拠”が
自分で言っていて恐ろしい言葉だった。これが軍内部でまかり通っていたら、遠因であろうとそんなものに加担させられていたとしたら――“市民を守る軍人”からは、あまりにも程遠過ぎる。
「スミルノフ少尉」
アンドレイがその結論に辿り着いたのを察したのだろう。マツカが神妙な顔で頷いた。
「僕も、シロエさんも、絹江さんも、あの場で出会ったルイスさんも、
思い切り、頭を殴られたような衝撃に見舞われた。アンドレイは銃に伸ばしていた手を離し、強く握りしめる。ざり、と、手袋がこすれる音が響いた。
なんてことだ。それじゃあ、アロウズは。自分が所属する組織は、一般市民を虐殺している可能性があるというのか。市民を守る軍人が、市民を惨殺した?
アンドレイが誇りとしていたものが瓦解していく音が聞こえてきた。己の矜持を、他ならぬ己自身の手で踏みにじった可能性に、アンドレイは体を戦慄かせる。
倒れないでいられたのは奇跡に等しい。
愕然とするアンドレイの名前を、絹江が呼んだ。
「スミルノフ少尉のような人がいてくれることが、アロウズにとって唯一の救いです」
絹江はアンドレイに微笑みかけると、哀しそうに俯いた。
「オートマトンの襲撃で亡くなった人たちの中には、私が懇意にしていた友人や情報提供者、取材先でお世話になった人……たくさんいたんです」
「絹江さん……」
「私たちは、亡くなった人たちのためにも、真実を解き明かしたい」
絹江の瞳は揺らがなかった。乙女の気丈な眼差しに、アンドレイの胸の奥が締め付けられるように痛む。その佇まいは正しく、正義の女神――アストレア、あるいはユースティティアを彷彿とさせた。正義の在りかを追い求める探究者とも言えるだろう。
そのために、彼女たちは行くのだ。絹江たちの求める真実は、ここでの取材では手に入らないと知ったから。アンドレイの心配事は完全に杞憂だったと言ってもいい。杞憂どころか、1人で空回りして暴走したとも言える。なんだか申し訳なくなってきた。
自分の馬鹿さ加減に呆れてしまいそうになって、アンドレイは目を伏せた。「すみません」と紡いだ声は、酷く弱々しい。絹江をテロリストの一味と疑った自分が恥ずかしかった。とんでもなく失礼なことだったため、言葉にできそうにないのだが。
改めて、絹江たちはアンドレイに頭を下げた。
アンドレイもまた、絹江たちに頭を下げ返す。
「またいつか、お会いできるといいですね」
「ええ、楽しみにしています」
短い会釈をした後、絹江は何かを思いついたように手を叩く。彼女は暫し自分の鞄を漁った後、何かを引っ張り出した。アンドレイの手を取り、“それ”を握らせる。
“それ”は、片手で収まる程度の大きさの折り鶴のチャームだ。美しい和柄の紙――黄色い千代紙を使ったものらしい。しかし、紙製のはずなのに、プラスチックのような硬度と強度があった。
チャームを結んだストラップ部分をよく見れば、規則的で美しい模様が編まれていた。時々模様がいびつによれているのは、機械ではなく人の手で編まれたためであろう。
目を丸くするアンドレイに対し、絹江は照れたようにはにかむ。
「以前取材したハンクラの作家さんが作り方を教えてくれたんです。折り紙を使ったUVレジンアクセサリーと組紐を組み合わせたものなんですよ」
絹江が一通り説明してくれたが、元よりハンクラなるもの――アクセサリー系列には非常に疎いアンドレイである。挙動不審気味な相槌を打つだけで手一杯であった。
唯一理解できたことは『アンドレイの手の中にある“折り鶴のチャーム(鈴と組紐付き)”は、絹江の手作りである』くらいだ。
「『お守り』とまでは行きませんが、由緒正しいところで“これを受け取る誰かの未来が、明るいものでありますように”と祈って貰ったんですよ」
「……これを、私に?」
「はい! 少尉だからこそ、渡したいと思いまして」
アンドレイの掌の中で、小さな折り鶴のチャームが礼儀正しくちょこんと鎮座している。一緒に付けられた鈴が綺麗な音を立てていた。
「世界は不都合なことで溢れています。誰かが“自分にとって都合の悪いことを隠蔽する”ために、沢山の理不尽をばら撒いている。それで発生する利益を受け取ったが故に、甘んじて目を逸らす人の、なんと多いことか」
「絹江さん……」
「でも、少尉は私たちの言葉に耳を傾けてくれました。アロウズの軍人であったなら、その権限で私たちを亡き者にすることだって可能だったはず」
絹江の言葉に、アンドレイはどきりと身を竦ませた。
テロリストと関係しているであろう相手への対応として、アンドレイの行動――証拠を相手に突き付け、疑惑を問い詰める――は“甘すぎる”部類に入る。本来ならば“疑いが出た時点で即刻該当者を拘束し、然るべき場所で尋問にかける”のが普通だ。慈悲をかける者が居ないわけではないが、独立治安維持部隊の人間としてはやはり“甘すぎる”のだ。
だとしても、アンドレイは絹江たちを拘束することは出来なかった。ギリギリまで悩んだ末に、賭けに出た。独断行動であることも、一歩間違えれば独断専行と規律違反で咎を受けるだろうことも理解して、絹江たちに直接疑惑をぶつけてみたのだ。『彼女たちの返答と言葉を聞き、それを吟味した後でも問題ない』と判断して。
そもそもの話、アンドレイが“絹江たちと話をしよう”と思ったのは何故か。嘗て似たような出来事――母ホリーの殉職――が起きた際、アンドレイはセルゲイとの対話を拒んだのに。
結果、スミルノフ父子の関係はすっかり冷え切ってしまったし、父セルゲイが行った暴挙――『ピーリス中尉をアンドレイの身代わりにするために引き取ろうとした』件に繋がった。
アンドレイはその行動を間違いだったとは思わないし、何も言ってくれなかった父親に非があると思っている。あのときはそこで終わらせたのに、今回の件では、そこで立ち止まれなかったのは――
「少尉と出会えて、本当に良かった。貴方がいてくれて、本当に心強いと思ったんです。『貴方がいてくれるなら大丈夫』だって信じられたんです。だから――」
「――私もです」
――きっとこれは、息子としての後悔だった。
――きっとこれは、息子としての未練だった。
「貴女に会えて、共に過ごせて、本当に良かった」
踏み出したのは、『信じたい』と願ったからだ。
自分を『信じてくれた』絹江と、その仲間たちに『報いたい』と願ったからだ。
短い時間であっても、共に過ごした日々を慈しんでいたからこそ。
千切れて届かなくなって、無価値になってほしくなかったのだ。
絹江とアンドレイは、お互いを真っすぐに見つめていた。お互いに、この出会いに感謝し、今までの日々を『かけがえのないもの』だと認識していた。
そうして何より――互いの無事と未来を願い、武運長久を祈り、これから往く道が明るく輝かしいものであってほしいと望んでいた。……それだけで、充分だった。
「――ご武運を」
「――お互いに」
絹江の背中を見送って、アンドレイは大きく息を吐いた。そのタイミングで、アンドレイの端末に指示が入る。
(次の作戦か)
気を引き締めてかからなくては。アンドレイは端末にチャームを取り付けた。綺麗な鈴の音色を響かせ、折り鶴が揺れる。
自然と口元が緩んだアンドレイは、何の気なしに空を見上げた。空は晴天であった。これ以上ないくらい、澄み切った空であった。
「――!?」
前へ向き直ったとき、アンドレイは息を飲む。自分の眼前に、突然人が現れたのだから。あと一歩気づくのが遅れていたら、自分はその人物とぶつかっていただろう。
現れたのは女性だった。絹江と同じ東洋人だが、彼女とは違い、女性は黒髪黒目である。
見るからに豪奢で高そうな着物を身に纏っていた女性は、アンドレイに対して優雅に微笑んだ。
「――こんにちわ、スミルノフ少尉。少しの間、お話いいかしら?」
◇◇◆
クーゴ・ハガネは、腹芸はそこまで得意な方ではない。空気を読むことにたけている日本人であっても、相手の企てを察知して暴く力があるかと問われたらNoである。辛うじて、“第三者による、何かしらの意図がある”を察せるか否かレベルであった。
『若造。ちょっと頼まれごとを引き受けてくれない?』
『何です?』
『麗しい美女の送迎係。この人を、指定する場所にお連れして欲しいの』
クーゴが身を寄せている居候先――そこの
データを確認すれば案の定、思った通りの内容だった。彼女の名前はリーサ・クジョウ。レイフ・エイフマンの元教え子であり、ビリー・カタギリが長らく懸想している高嶺の花である。
彼女が滞在している住所は、ビリー・カタギリが住んでいる家であった。
旧ユニオン政府が地球連邦政府に吸収統合されたため、旧ユニオン軍も同じような形で地球連邦軍に組み込まれている。ユニオン軍で技術顧問をしていたビリーも、地球連邦軍の技術者になっていたとしてもおかしくはない。地球連邦軍の一角――軍内にある独立治安維持部隊が“ヤバい組織である”ことを把握しているクーゴにとって、今の彼と顔を合わせることは大分複雑であった。
国連軍とソレスタルビーイング及びディヴァイン・ドゥアーズの決戦からそれなりの月日が経過しているが、クーゴ・ハガネは“MIAによる死亡扱い”されていた。行方不明になっている間は民間企業兼秘密結社に居候していたものの、諸事情によって地球連邦軍――特にアロウズとは敵対的な立場を取っている。互いの意図に関わらず泥沼化しそうな気配が漂っていた。
(顔を合わせるのは必須だとして、だ。……俺は、ビリーと何を話せばいいんだろう)
今の自分たちの立場だと、何を話しても拗れるような気がする。
ユニオン軍時代は
軍人は基本、上官からの命令には絶対服従だ。更に言えば、現在の地球連邦政府及び治安維持部隊は“政府の意に反する者”を認めようとしない。実際、政府に対して反抗している人々は容赦なく粛清されている。
生き残った者たちは反政府組織に合流して活動しているようだが、逆にそれが地球連邦にとって都合のいいお題目となってしまっていた。疑似太陽炉搭載型が標準となった連邦軍から見れば、旧式の機体を運用しているタイプの反政府組織は的でしかない。
そんなことをぐるぐる考えながら、クーゴは目的地へ足を運ぶ。ユニオン軍時代は通い慣れた友人の家だが、事情が事情だ。足取りが重くなるのは致し方ない。
彼はクーゴの生存を喜んでくれるだろうか。クーゴが下した決断を尊重してくれるだろうか。……今でも彼は、クーゴのことを『親友』だと呼んでくれるだろうか。
<――――>
<――――>
(――あれ?)
友人の家が近づくにつれて、不穏な気配を《感じる》。同時に、《聲》が聞こえた。男性1人に、女性が2人。
女性1名は覚えがないが、男性1名と女性の片割れには覚えがあった。
片方は親友のビリー・カタギリ、もう片方は――グラハムが愛してやまない女性である刹那・F・セイエイである。
(……なんで、刹那がここに?)
クーゴがそう思ったとき、不意に思念が流れ込んでくる。それは映像という形を取って、クーゴの世界を塗り替えた。《視えた》のは、クーゴが
AEUの軍服を身に纏った女性が、担架の前で愕然としていた。彼女の目の前で息を引き取った男性は、女性の恋人である。AEU軍で発生した友軍同士の同士討ちは、皮肉なことに“双方の戦術指揮官が優秀過ぎた”せいで被害が拡大してしまったのだ。
女性は失意の底に沈み、酒類に溺れる自堕落な日々を過ごす。そんなとき、彼女はとある秘密結社――ソレスタルビーイングからスカウトを受け、戦争根絶のために戦うことを選んだ。そうして彼女は、“戦術指揮官”としてのコードネームを与えられる。
ソレスタルビーイングの戦術指揮官として戦う中で、3代国家陣営やその他諸々の国軍、或いは黒の騎士団の様な同業者たちと鍔迫り合いをした。
そのうちにディヴァイン・ドゥアーズとの邂逅を経て、彼らと共闘するようになる。――そうして迎えた国連軍との最終決戦。
仲間から犠牲者を出した彼女の心は再び失意の底に沈み、嘗ての学友であるビリーの元へと転がり込んで、酒に溺れる生活へと戻ってしまったのだ。
<――はは、あはは、あははははははっ!>
クーゴが世界の狭さに頭が痛くなったのと、高笑いするビリーの《聲》が聞こえたのと、凶悪な顔をした親友が刹那たちに拳銃を突き付ける光景が《視えた》のは同時だった。
ぎょっとしたクーゴの脳裏によぎったのは、以前読破した『Toward the Terra』の一場面。ジョミーとサムがナスカで邂逅した際の一幕だ。
『友達だろ? ジョミー』
『プレゼントを受け取ってくれよ。サム・ヒューストンからの、プレゼントだよ!』
『――はは、あはは、あははははははっ!』
サム・ヒューストンは、ジョミー・マーキス・シンがアタラクシアで養育されていた時期の幼馴染であり、彼の親友であった。だが、その関係性に目を付けられたことで、サムはマザーから強力な暗示をかけられる。
ワープ中の事故と見せかけてジルベスター星系第7惑星に転移したサムはジョミーと再会を果たした際、マザーの暗示によってジョミーに襲い掛かった。彼にかけられた暗示は『ミュウの長であるジョミーを殺す』こと。
けれど、ジョミーの抵抗によってサムは撃退された。しかし、強力な暗示をかけられたこととジョミーの抵抗が重なり、サムは幼児退行――ステージョン以降の記憶や精神と引き換えに、アタラクシアで暮らしていた頃の記憶や精神状態になった――を引き起こした状態で人類側に保護された。
ジョミーが
キースを“おじちゃん”と呼んで懐き、ジョミーを友達と呼ぶ彼の在り方が、ヒトの未来を変える欠片となったのだ。
――今のビリーの顔は、暗示によってジョミーに襲い掛かったサムの顔と同じだった。
<ソレスタルビーイングは、殺さなくちゃ!!>
<駄目だ、ビリー!>
クーゴは能力を使って《飛び》、ビリーの前に立ちはだかる。刹那とクジョウの間に割り込むような形で力を行使すれば、銃弾はクーゴの展開した防護壁に突き刺さった。
「クーゴ・ハガネ!?」
「――っ……!」
「ははは! 邪魔する化け物も、排除しなきゃいけないねっ!」
驚く刹那たちの声に返事をする余裕はなかった。ビリーは相変わらず笑いながら、今度は銃口をクーゴに向けて引き金を引き続ける。
銃弾が防護壁に突き刺さる度に、精神が著しく摩耗するような負荷を感じるのだ。それに伴い、体が脱力していく。
「その光……貴方、イデアと同じ……!」
「何してるんだ! 早く逃げろ!!」
刹那に庇われていたクジョウが、茫然と呟く。
クーゴが攻撃を阻んでいる間に脱出するものだと思っていたので、動き出そうとしない女性陣に痺れを切らして声を荒げてしまった。普段のクーゴならもう少し違う言葉遣いをしたかもしれないが、心身ともに余裕が無いのだ。
自分たちがこんなやり取りをしている間にも、ビリーは何度も引き金を引き続ける。放たれた弾丸が防御壁に突き刺さる度に、心身への負荷と脱力感が襲い掛かる。茫然とするクジョウに激を飛ばした時点で、クーゴは膝立ちという有様であった。
これ以上体勢を崩せば最後、クーゴの後ろにいる刹那やクジョウを弾丸から守れなくなる。いや、膝立ち状態でいられたとしても、シールドを展開できなくなってしまった場合だって結末は変わらない。――なんとか、なんとかしなければ。
(この2人に何かあったら、きっと、
クーゴの脳裏に浮かんだのは、現在は別行動を取っているイデアの姿だった。彼女が嘗てソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして活動していたことは知っている。
彼女は刹那を始めとした仲間たちのことを大切にしていた。特に、恋愛関連を見守っていたように思う。今思えば、彼女が語る『友人たちの話』は、組織の仲間たちのことだったのだろう。
<――“
――勿論、“年上の親友を玩具にされる”というのもだ。
「あはははは! ねぇ、クーゴ。僕からの
「チョイスが最悪過ぎるんだよ、このおばか。だから高嶺の花にドン引きされるんだぞ……!」
「まだまだ
ビリーは不気味に高笑いしつつ、新たな銃弾を取り出す。
その隙を突くような形で、クーゴは防護壁を解いて刹那とスメラギの方に手をかざす。
銃に弾丸が装填された音が響く。防壁を展開していた分の思念波を、刹那とスメラギを《飛ばす》ことにつぎ込んだ。
引き金が引かれたのと、クーゴの肩に痛みが走ったのと、息を飲んだ2人の姿が掻き消えたのはほぼ同時。
「い゛ッ――!」
「――え?」
痛みに呻いて蹲れば、真上から間抜けな声が聞こえた。見上げれば、銃を構えて呆然とクーゴを見下ろすビリー。
彼は暫し呆けたようにクーゴを見ていたが、間髪入れず引きつった声を漏らした。
「なんで、どうして、僕が、クーゴを……!?」
「ビリー……!? お前、正気に――」
「そうだ……! 僕は、僕が、クジョウを殺そうとして……? クーゴのことも、殺そうとした? なんで? どうして、こんなこと――!?」
今の彼は、狼狽する子どものようだった。自分が“してしまったこと”を理解してしまい、それを“受け入れること”が出来なくて錯乱している。
彼は情けない声を上げながら錯乱していたが、愕然とした表情のままクーゴに再び銃口を向けてきた。クーゴはひゅっと息を飲む。
それは、ビリーも同じだった。“自分の体が己の意志に反した動きをしている”という現状に恐怖と困惑を抱いている。
「な、なんで!? なんでクーゴに銃を向けるんだよ!? やめろ、彼は僕の『親友』なんだぞ!!」
「ビリー……」
「あ、ああ、いやだ、いやだ……ッ! ――
「――ッ、くそっ!!」
半狂乱になって叫ぶ親友は、クーゴのことを慮っていた。その事実が嬉しいのに、今は酷く胸を抉る。
次の瞬間、再び引き金が引かれる。だが、銃口が大きくぶれて、銃弾は明後日の方向へと飛んで行った。
ビリーが必死になって抵抗しているようだが、それがいつまで続くかは分からない。
ビリーの言う通りだった。現状の最善手は逃走一択。
クーゴは己の無力さに舌打ちし、この場から離脱することを選んだ。
◆◆◇
悪の組織からの追加人員――医師のユウイ・アスカ、看護婦のカリナ・アスカ、MSパイロット兼技術者の刃金宙継がソレスタルビーイングに加わったのは、つい最近のことである。
互いが有している情報を交換し、ソレスタルビーイングの方針が『宇宙で調整中だったオーライザーなる新武装(?)を受け取りに行く』ことから目的地が宇宙に決まったのも、つい先日のことであった。
『ノブレスさんたちは、これからどうするんですか?』
『僕たちは地上に残ります。アロウズのスパコンが張り巡らせているネットワークについて調べようかと』
ユウイの問いに対し、ノブレスは今後の方針について説明してくれた。
チーム・トリニティ、及びカテドラルの面々は、蒼海の息子の1人が口走った情報――グランドマザー『テラ』の子機に当たる端末たちによるネットワーク網が世界中に張り巡らされており、アロウズはそれを悪用して統一を行っている――を調査するために地上へ残ることにしたらしい。
S.D.体制の遺物に近しい系譜を継いでいるとするなら、各地にある端末子機を叩き潰すことでネットワークの8割~9割をダウンさせることができるのだ。実際、キースの演説を聞いた人類たちは自らの意志でテラズ・ナンバーやマザー
問題点があるとするなら、“悪の組織/スターダスト・トレイマー側は子機に当たる端末の目星がついていない”ことだろう。世界中――もしくは宇宙のどこかに散らばっている端末の場所を探し出し、それらを1つ1つ潰していくというのは多大な労力がかかる。
『S.D.体制の技術が使われているってことは、子機の1つや2つ破壊した程度じゃ“ネットワークを機能不全に追い込む”のは
『『Toward the Terra』のときのように“子機の場所を把握している市民や軍人に一斉蜂起して叩き潰して貰う”くらいの勢いがないと、些か厳しいかもしれません』
『公には“廃棄された施設”と銘打たれていたとしても、子機の機能だけが生かされている場合もあるしな。……本当、賢しいことこの上ない』
『子機の場所に関する情報を有しているのは、アロウズの上層部か、奴らとつるんでいる官僚か、もしくは技術者や研究者ぐらいなものじゃないかなぁ』
カテドラル側の行動方針を聞いたスメラギが顎に手を当てて唸り、カテドラルの艦長たるハーレイが眉間の皴を深くし、クルーであるゼルとヒルマンが肩を竦めていた。
この会話を耳にしたとき、クーゴの脳裏に浮かんだのは年上の親友――ビリー・カタギリと、その叔父のホーマー・カタギリ司令だ。特に前者は、ブシドー同様“蒼海の傀儡”に仕立て上げられている。
「「ビリー……」」
友の名を呼んでもの鬱気にため息をついたクーゴであるが、同じような調子でため息をついたのは自分だけではなかったらしい。
声が聞こえた方向に視線を向ければ、自分と同じリアクションをしていた人物――スメラギ・李・ノリエガと目が合う。
確か、彼女の本名はリーサ・クジョウ。ビリーと同じゼミの出身であり、エイフマンの元で学んだ教え子同士という繋がりがあった。
更に言えば――多分、彼女は与り知らぬことだけれど――ビリーにとっての高嶺の花である。彼と何かしらの結びつきがあるのだから、反応するのは当然だと言えよう。
「そういえば、ミス・スメラギは『ビリーと親交があった』と聞いたのですが……」
「ええ、仲の良い友人よ。彼には本当にお世話になったし、迷惑をかけてしまったわ」
クーゴの問いかけに対し、スメラギは苦笑しながらぽつぽつと話を始める。
彼女がビリーと初めて出会ったのは、学生時代にエイフマンのゼミを取ったことがきっかけだったらしい。スメラギ/リーサは軍人――特に戦術指揮官の道を志しており、争いを迅速に終わらせるための手段としての戦術論を専攻したのだという。ビリーは技術者としての道を目指したため進路は分かたれたものの、頻繁に連絡は取り合っていたそうだ。
その後、彼女はAEUの軍人となり、戦術指揮官として華々しい戦果を挙げてきた。だが、彼女は後に大規模な同士討ち事件を引き起こしてしまい、多くの犠牲者を出してしまう。『有能な戦術指揮官同士が互いの手を読み合い、本気になった結果、被害が拡大化してしまった』のだ。“相手を手早く無力化させることで、争いを迅速に終わらせる”ことを目指した彼女にとって、皮肉なことはないだろう。
恋人を含んだ多くの犠牲者を出したことで、スメラギ/リーサは軍を辞してアルコールに溺れた。ユニオン軍の技術者になったビリーは彼女を心配し、よく声をかけてきたと言う。
丁度その頃、スメラギ/リーサはソレスタルビーイングからスカウトを受けた。彼女はそれを引き受け、ソレスタルビーイングの戦術指揮官として戦った。
そうして国連軍との最終決戦を経て、彼女はソレスタルビーイングを離れてビリーの家へと転がり込んだ。そうして再び、アルコールに溺れる自堕落な日々を過ごし――
「ある日、ビリーが凄い形相で帰って来たの。彼は私がソレスタルビーイングの構成員だと知ったらしく、酷く激高していたわ」
「あいつ――……彼が、ですか?」
「ええ。思いつく限りの罵詈雑言を吐き捨てて、私の胸倉を掴んで、最後は首を絞められたのよ」
「あいつにですか!?」
「あのときの私は自暴自棄になっていたし、アルコールの影響もあって、まともに抵抗できなかったわ。……抵抗する気力も、意志さえもなかった」
ついつい素で驚いてしまったクーゴであるが、相手は友人の友人であり年上である。失礼な言葉遣いをしてしまった。だが、スメラギは気にすることなく話を続けた。そこで飛び出してきた言葉を聞いて、やっぱりクーゴは素に戻って驚いた。
だって、“ビリーがリーサ/スメラギに懸想している”のは、ビリーと親しい面々――特に旧ガンダム調査隊やエイフマンの間では公然の秘密である。“惚れた女が敵組織の構成員だった”となれば、怒りに我を忘れることも有り得よう。だが、クーゴには彼が実力行使に出る光景など想像できない。
グラハムにぶん回されて徹夜コースになっても苦笑いして済ませるくらい、温和で温厚な男だ。ユニオン軍内に不穏な気配が漂っている中でも、理知的に物事を分析できた男だ。そんな彼が、真っ先に暴力的な手段に走るとは到底思えなかった。……そう、
「だけど、激高していたはずのビリーは、突然取り乱し出したの。私を解放して、『自分が何をするか分からない。だから早く逃げて』って叫んで……何が起きているのか分からないまま、私は彼の言葉に従って、着の身着のまま彼の家を飛び出したのよ」
「そうだったんですか……」
「会場に潜入していた貴方たちの話では、『ビリーには思考プログラムが施されている』とのことだったわね?」
スメラギの問いかけに対し、クーゴは頷く。クーゴ自身がその光景を見たわけではないが、蒼海ならやりかねないとは思っていた。
「思考プログラムに抗って、彼は私を助けてくれたわ。そうして今この瞬間も、黒幕の手駒として弄ばれ、歪みを生み出すことに協力させられている……。嘗て共に学んだ友人として、放ってはおけない」
はっきりと言い切ったスメラギの瞳には、強い決意が宿っている。彼女もまた、戦争根絶の理想を掲げて立ち上がった天上人の女傑なのだ――その強さを真正面から見て、クーゴは思わず息を吐いた。
ビリーが想いを寄せる理由の一端を垣間見たような気がして――それと同じくらい、清々しい程に、彼の懸想が報われる気配が感じられない有様を思い知ったような気がして、沈黙することを選んだ。閑話休題。
「……彼が手駒として選ばれたのは、俺のせいだと思うんです」
「刃金蒼海のこと?」
何だか堪えきれなくなって、クーゴはぽつりと呟いた。
スメラギに問われ、頷く。
「俺がビリーやグラハムと親しかったから、その腹いせも兼ねて、選ばれたんじゃないかなって」
「それは、貴方のせいじゃ――」
「――だけど、きっと俺は、そうなると理解していたとしても、友人たちを『諦める』ことはできません」
スメラギの言葉を遮る形になってしまったし、親友たちが姉の玩具にされたことに対して責任感や罪悪感が無いわけではないけれど。
クーゴ・ハガネという1人の人間として、譲れないものはある。空を目指したきっかけとなった
いいや、最早それを手放すと言う選択肢はない。自分を生かしてくれた人たちを、希望を《視せて》くれた人たちを、今度は自分が連れて行く番なのだ。
傲慢だと嗤えばいい。単なるエゴでしかないことなど承知済みだ。
それでも――あの美しい
「生まれた頃から、散々諦めてきたんです。我慢してきたんです。例え誰かの気まぐれでしかなくとも、運が良かっただけだったとしても、今、俺はこうして生きています。生きているんです。その権利を手に入れたんです。――欲張りたくなるのは当然です。その権利を行使したって、バチは当たらないでしょう?」
「……驚いた。意外と強靭なのね。その上、頑固で強情で強欲ときた」
「そりゃあ、俺という“ハガネ”を構成する要素ですから。友人たちが居なかったら、そもそも俺は存在すらしていませんよ。芯がしっかりしてなくちゃ、幾ら鍛えてもすぐ崩れますので」
クーゴは微笑みながら付け加える。
「因みに、『質のいい“ハガネ”を作るには、ほんのちょっとの不純物が必要不可欠』とのことです。『“ハガネ”そのものに粘りを与え、強度を増す働きがある』とかで」
「――成程。イデアが貴方のことを『日本刀みたいな人』と言っていた理由、分かる気がするわ」
スメラギはそう言って、楽しそうに微笑んだ。クーゴも肩を竦めて「恐縮です」と会釈する。
穏やかな空気が漂う中で、自分たちは新たなる戦いの気配が迫って来るのを感じていた。
◇◇◆
カイルス所属のソレスタルビーイングが、宇宙でアロウズと対峙した――その情報が入ったのは、つい数時間前のことである。そうして、エクシアがアロウズの新型機と戦い中破したという報告も、そのパイロットがミスター・ブシドーと名乗るグラハムだという報告も、つい先程齎された情報だった。
ベルフトゥーロに呼び出されて悪の組織へ出戻りしていたイデアにとって、刹那の負傷は寝耳に水だったろう。クーゴにとって“グラハムがミスター・ブシドーと名乗ってアロウズの駒と化した挙句、刹那に重傷を負わせた”という話が青天の霹靂なのと同じように。
その情報が舞い込んできたのが“自分たちの専用機が完成し、1回目のテスト運用で上々の結果を叩きだせた”というタイミングだったのは、良かったのか悪かったのか微妙なところだ。本当はもう少し、テスト運用をしっかりこなしておきたかったのだが致し方がない。
「ほぼぶっつけ本番になりそうだが、致し方ないか」
「そうですね。心配事がこんなにあるんですから」
端末を閉じてぼやいたクーゴに、イデアも神妙な顔つきで頷いた。
休憩室の窓を見つめれば――格納庫を見下ろせば、つい先日ロールアウトされてテスト運用されたばかりのクーゴの新型機――はやぶさが、飛び立つ瞬間を今か今かと待ちわびていた。黒みを帯びた紺色の機体は静かに佇んでいる。
その隣には、イデアのハホヤーをバージョンアップさせた新型機――パハリアが佇んでいた。純白の天女という表現がよく似合う。武装面は強化されたのは当たり前だが、デザインが星を象ったものに統一されていた。
「カイルスの、他部隊の行方に関する情報はどうなってるんだ?」
「ナデシコはアロウズに制圧されて佐世保に抑留され、アークエンジェルはオーブで身をひそめてるらしいです」
「スメラギさんから連絡が入りました」と言って、イデアは大きくため息をついた。半年前の戦いの後も、カイルスは各方面から執拗に攻撃を受けているようだ。
同時に、クーゴが社会から死んだものとみなされてから半年経過したということでもある。半年の間に、世界は争いの泥沼へと突き進みつつあった。
「――カイルスは、今の世界を認めません」
イデアは神妙な面持ちで呟いた。
「統一という名前の強引な支配を、見過ごすことなんてできませんから」
御空色の瞳は叫んでいる。「世界に真の平和が訪れることを心から望む」と。きっと、カイルスに所属する他の面々も同じ眼差しで世界を見つめ、同じ理想を抱いているのだろう。
立場が違えども、クーゴもイデアも平和を望んでいる。特にイデアたち――カイルスの面々は、己が世界から争いの権化と責められても、その理想を手放さない強さを持っていた。
だから、カイルスは再び集おうとしているのだ。再び立ち上がろうとしているのだ。自分たちの大切なものを守るため、彼らが心から望んだ“真の平和”を勝ち取るために。
強い決意を抱いたイデアだったが、彼女の決意を阻害するかのように間抜けな音がした。音の出どころは、イデアの腹部からである。
途端にイデアは気まずそうに視線を逸らした。最近は、カイルスの動向やアロウズの暴走で頭と心を痛めていたのだ。その反動が出てもおかしくない。
「腹が減っては戦はできぬって言うしな。厨房で何か作ってくるよ」
クーゴの申し出に、イデアはぱっと目を輝かせて頷いた。元気のいい返事である。自然とクーゴの口元が緩んだ。一端部屋を出て厨房へ足を踏み入れると、奥の方から物音がした。
「あ、クーゴさん」
どうやら厨房には先客――宙継がいたらしい。彼の手には、色とりどりの白玉団子が盛り付けられた器の乗ったお膳が抱えられていた。水切り棚に置かれた調理器具からして、宙継が白玉団子を作った後に片付けたようだ。
宙継は一端お膳を作業台の上に置いて、棚から爪楊枝を取り出した。白玉団子の1つに突き刺し、クーゴに差し出す。「自分で作ってみたんです」――そう言った彼の面持ちは、どこか緊張している様子だった。
クーゴは白玉団子を受け取り、口に頬張った。つるりとした団子を噛むと、中からじわりと何かが溢れる。すぐに、口の中が甘さでいっぱいになった。
これは、中にチョコレートが入っているのか。確認するように宙継へ視線を向ければ、彼は小さく頷いた。その眼差しは、クーゴからの評価を待っている。
「美味しいよ」――そう言った途端、宙継は目を輝かせて微笑んだ。他の人にも配ってきますと言って駆け出そうとして――ふと、足を止めて振り返った。
「クーゴさんは、カイルスに合流するんですよね」
口に出しているのは疑問なのだろうが、宙継の中では確定しているらしい。己の確信が正しいことを確かめるような問いかけに対し、クーゴは是と答えた。イデアからの報告を聞いた――グラハム/ミスター・ブシドーのことを聞いたときから、決めていたことである。
クーゴの肯定を聞いた宙継は、何かを思案するように目を閉じた。
しかしそれも一瞬のことで、彼は目を開いてクーゴを見上げた。
「僕も、貴方のお手伝いがしたいです」
僕も一緒に戦いたい、と、彼の眼差しは訴えている。半年前、人を殺すのが嫌だと叫んだ少年が、戦いを嫌う優しい少年が、そんなことを言ったのだ。
宙継の手はかすかに震えていた。宙継の小さな体に、戦いと言うものは重すぎる。普通に考えればすぐにわかる話だ。本当は、怖くて堪らないはずだろう。
「宙継」
「半年前、貴方は僕を助けてくれました。その恩返しがしたいし、それ以上に、僕はクーゴさんの役に立ちたい」
彼の声は、少しだけ震えていた。
「確かに、戦いは嫌いです。人を殺さなきゃいけないから」
人が死んでいくから嫌なのだと、宙継は言う。人間であるのなら、それは当たり前のことだ。
戦いが好きで、人の死を好む人間の方が異常なのだ。どこぞの戦争屋が脳裏によぎる。
「だけど、クーゴさんが……僕の大切な人たちが傷つく方が嫌です」
宙継の声は、クーゴの胸を穿つ。
「お母さんや兄さんたちのすることを、黙って見過ごすことはできません。……だから、僕だって、できることをしたい。クーゴさんの力になりたいんです!」
「お願いします」と宙継は言った。揺るぎのない――けれど、どこか悲痛な思いが伝わってくる。
クーゴはふっと微笑み、少年の頭を撫でた。その気持ちだけでも、充分だった。
彼の姿を見ているだけでも、心が温かくなる。子どもの成長は早いものだ。
「ありがとう。その気持ちだけ充分だ。とても心強いよ」
願わくば。この優しい少年が、少年らしく笑っていられる世の中が来ればいい。
それは、クーゴが思い描く真の平和、そのものであった。
*****
「――頼む、少年。彼女を救ってやってくれ」
あの子はまだ間に合うから、と、ブシドーは言った。
「あの子はまだ還れる。……だから、私と同じ轍を踏ませないでやってくれ」
そう言って、ブシドーが寂しそうに微笑んだ姿が《視えた》。彼はもう、『還れない』という方向で覚悟を固めてしまったらしい。
“お前だってまだ間に合う”――クーゴはそう叫ぼうとしたが、ブシドーの表情がそれ以上のことを言わせてくれなかった。
ブシドーの言葉に困惑したオーブのガンダムパイロット――シン・アスカは驚いていたようだが、すぐに行動に移った。
彼の乗るガンダムは、知り合いであり、かけがえのない少女――ステラ・ルーシェが無理矢理搭乗させられたガンダムへと向かう。
だが、シンのガンダムの前に、大量の砲撃が襲い掛かった。攻撃によって、ガンダムの手は空を切る。
「何者だ!?」
突然の乱入者に、シンはその相手を睨みつける。現れたのは、アロウズのライセンサー――センチュリオと銘打たれたMS3機と、その配下であるMDたちの群れだった。
「何やってるんだよ、オッサン!」
「こいつらを皆殺しにするって任務、忘れたわけじゃないだろうな!?」
「そのためにも、デストロイガンダムを止められては困るんですよ」
センチュリオのパイロットたちは口々にそう叫ぶと、陣形を展開して、カイルスとオーブの面々に襲い掛かった。砲撃の雨あられが各方面から降り注ぐ。
あまりの火力に、シンの行く手は阻まれた。そのうちの何発かが、ステラが乗っている機体――デストロイガンダムに着弾する。ステラの悲鳴が響き渡った。
「ほらほらどうした!? このままだと、お前も、お前が大好きなシンって奴も死んじゃうんだぞ!!」
「!! や、やだ! 死ぬの嫌あ!! シンが死んじゃうのは、もっと嫌ああああっ!!」
ステラは絶叫し、その悲鳴に呼応するかのようにデストロイガンダムが動いた。各砲門が火を噴き、周辺を一瞬で瓦礫に変えていく。その威力に戦慄したのは誰だったのか、もうわからない。
敵も味方もMDも関係なく、デストロイガンダムはすべてを吹き飛ばしていく。幼子のような少女の純粋な想いが、破壊の力へと歪ませられ、無辜の人々に向かって放たれる。人の想いも、人の命も、奴らは蹂躙しているのだ。
目の前のデストロイガンダムは加害者であるが、デストロイガンダムに乗せられているステラも立派な被害者だ。怖い、苦しい、哀しい――彼女の声がひっきりなしに響く。何とか助けてやりたいが、あのライセンサーたちとMDが邪魔である。
ライセンサーの搭乗するセンチュリオが、シンのガンダムへ向けて攻撃を繰り出した。展開したブレードが、シンのガンダムの剣とぶつかり合う。火花がばちばちと散った。
何度も何度も剣載を繰り返す。少女を助けに行きたいのに邪魔され、集中力を欠いたのだろう。怒りに任せて振るわれた剣は、いともたやすく弾かれた。
何名かが彼を助けに行こうとしたが、間に合わない!
「あははっ! 墜ちちゃえ!!」
ライセンサーのセンチュリオがブレードを振り上げたとき、斜め向うから“何か”が降ってきた。それは寸分の狂いもなく、センチュリオの手首を穿つ。次の瞬間、爆発音が響いた。
日本の短刀をモチーフにしたようなダガー。それが振って来た場所へと視線を向ければ、白緑の機体が降り立ったところだった。外見ははやぶさと似ているが、はやぶさと比べると少々小柄でスマートなフォルムである。
白緑の機体は他のセンチュリオに向き直った。間髪入れず、センチュリオの羽部分に短刀が突き刺さる。紫電が爆ぜ、センチュリオの動きが止まった。普段はナノマシンが機体の損傷を自動で修理するのだが、ナノマシンは動いていない。
「なんだよ!? 機体トラブル!?」
「あの機体は……!?」
2機のセンチュリオが動揺する中、中央にいたセンチュリオのパイロットは、白緑の機体を操縦するパイロットが誰なのかを理解したのだろう。激しい敵意を向けた。
一歩遅れて、クーゴも、パイロットが誰なのかを理解する。同じタイミングで、白緑の機体から通信が入った。
10にも満たぬ、戦いを好まぬ優しい少年が――刃金宙継が、クーゴの顔を確認するや否や、嬉しそうに微笑んだ。
◆◆◇
プトレマイオスがアロウズのMAに囲まれたという一報が響き渡る。敵指揮官はこちらの動きを読んでいたらしい。格納庫へ向かおうとしたクーゴはふと足を止めて、振り返った。
戦いの予感を察した宙継の表情はどこか暗い。彼は4年前、蒼海の命令に逆らい、人を殺すことを嫌がっていた。宙継は優しい心根の持ち主だ。戦闘に気が進まないのも頷ける。
「宙継。戦いたくないなら、無理しなくてもいい。今からでも間に合う」
クーゴは宙継と同じ背丈になるように屈んで、少年の表情を覗き見た。姉によって調整された影響か、もしくはミュウに覚醒した影響か、若しくはその両方なのか、宙継の成長速度は常人よりも緩やかである。彼の外観は“未だ10歳に満たない子ども”のままだ。
アロウズの要人が集うパーティ会場で相対峙した蒼海の息子たち――宙継の兄たちは16歳程度の少年の風貌をしていた。おおかた、彼らの外見に関する部分を蒼海が調整したのだろう。4年前は“10歳児が軍を出入りしていても違和感を持たれないように手を打っていた”が、今はその手間もなくなったわけだ。閑話休題。
宙継の小さな体に、戦いと言うものは重すぎる。普通に考えればすぐにわかる話だ。どうして、そんな簡単なことが分からなかったのだろう。クーゴは自分自身を殴り倒してやりたくなった。彼の意志を聞かないなんて、蒼海と同じではないか。
クーゴはじっと宙継を見つめた。幼い少年は目を丸くした後、表情を曇らせる。
だけど、それも一瞬のことだ。彼はすぐに、真っ直ぐクーゴを見つめる。
「嫌です」
彼の声は、少しだけ震えていた。
「確かに、戦いは嫌いです。人を殺さなきゃいけないから」
人が死んでいくから嫌なのだと、宙継は言う。人間であるのなら、それは当たり前のことだ。
戦いが好きで、人の死を好む人間の方が異常なのだ。どこぞの戦争屋が脳裏によぎる。
「だけど、クーゴさんが……僕の大切な人たちが傷つく方が嫌です」
宙継の声は、クーゴの胸を穿つ。
「お母さんや兄さんたちのすることを、黙って見過ごすことはできません。……だから、僕だって、できることをしたい。クーゴさんの力になりたいんです!」
お願いします、と、宙継は言った。揺るぎのない――けれど、どこか悲痛な思いが伝わってくる。
彼の想いを無碍にする気にはなれなかった。クーゴはふっと微笑み、少年の頭を撫でた。
宙継は目を丸くしたけれど、クーゴの意図を察したのだろう。ぱっと表情を明るくした。
「頑張ります」と、宙継は元気に返事を返した。漆黒の瞳は真っ直ぐにこちらを見上げている。クーゴは思わず目を細め、頷く。
さあ、格納庫へ――そう思って顔を上げたら、イデアが微笑ましそうにこちらを眺めていたところだった。彼女の眼差しはどこまでも優しい。
クーゴはイデアに笑い返すと、宙継へ視線を戻した。宙継も真剣な面持ちで頷き前を向く。――とうに、覚悟は決まっていた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
丁度そのタイミングで、どこか愛嬌のある機械音声が聞こえてきた。振り返れば、丸いものが勢いよく転がっていく。あれは、狙撃型のガンダムに搭載されるサポートロボット――確か、名前はハロだったか――だ。
そういえば、プトレマイオスは海上へ向かって急浮上していた。そのため、現在、艦内中の至る所が急こう配の坂になっている。クーゴがそれに気づいたとき、イデアの手が青く発光した。途端にハロの動きが止まる。
ハロは「タスカッタ、タスカッタ」と礼を述べて、耳をパタパタ動かす。今回の作戦では、サポート役のハロは留守番となっていた。こんなところに転がしておくあたり、
とりあえず、この子をここに転がしておくのはまずいだろう。クーゴの意図をくみ取ってくれたのか、イデアは手をかざした。
途端にハロの姿が掻き消える。
クーゴは格納庫へ転移して機体に乗り込む。ダブルオーも、はやぶさも、ちょうげんぼうも、緊急発進の準備は万全だ。
イデアのパハリアは他の機体――ケルディム、アリオス、セラヴィーと一緒にプトレマイオスに残り、加速炉としての役割を果たすという。
「――さて、うまくいけばいいな」
クーゴはぼそりと呟いた。それと同時に、加速炉的な役割を果たす機体たちがトランザムを発動させる。その勢いを利用して、プトレマイオスは水中から空へ――そうして、宇宙へと飛び出した。
海面から空へ飛び出したプトレマイオスは止まらない。真っ直ぐ、わき目もふらず、目的地へと突っ切っていく。アヘッドやジンクスたちには目もくれない。勿論、アロウズのMSたちは追いすがろうとしていた。
勿論、その対策も立てていたらしい。発射されたミサイルが、しつこく追いすがるジンクスを叩き落とした。
<またかよぉ……ッ!!>
……今、どこかで聞いたことのある男の声が響いた気がする。情けない叫びは、4年前に何度も耳にしたことはあった。
脳裏に浮かんだのは、不死身のコーラサワーが嘆きを叫ぶ横顔である。どうして今、そんなものが浮かんだのか。
まさか、今、叩き落とされたジンクスに搭乗していたパイロットが彼だと? ――何とも言えぬ予感がしたが、首を振った。
もしも、今、撃墜されたのがパトリックの機体だとしたら、彼は五体満足で帰還するだろう。4年前からずっと、彼はカティ・マネキン大佐に片思いをしている。それも、今まで遊びで付き合っていた女たちとの関係を完全清算し、彼女一筋になるレベルでだ。
そうして、パトリックは最後まで、カティの元へ
心配する必要は、どこにもなさそうだ。心配すべきは、ミスター・ブシドーやクーゴ自身のことであろう。
<スメラギさん、カテドラルから秘匿通信です!>
<『子機の情報収集がてら、近所に展開しているアロウズにちょっかい出してきます。こちらのことは気にせず、迷うことなく、宇宙へ向かってください。ノブレス・アムとカテドラル一同』>
<一部の機体がこの場を離れたのはそのせいね!?>
ブリッジにいた面々のやり取りが《聴こえた》。数時間前に分かれたカテドラルの面々は、プトレマイオスがアロウズの包囲網を突っ切ろうとしたタイミングで動き出したらしい。
彼らは近辺に展開していたアロウズの部隊――丁度、ソレスタルビーイングの動きを呼んで陣取っていた部隊――にちょっかいを出したようだ。
結果、戦術指揮官は部隊を割く必要に駆られたらしい。一部のジンクスがチーム・トリニティとカテドラルを迎え撃つためにこの場を離れていくのが《視えた》。
「今よ!」
丁度そのタイミングで緊急発進の指示が入る。間髪入れず、ダブルオーがカタパルトから飛び出した。はやぶさとちょうげんぼうもそれに続く。
大気圏を離脱したプトレマイオスは、わき目もふらず突き進む。プトレマイオスからやや離れた位置を、2機のMSは飛んでいた。ちょうげんぼうは、ダブルオーやはやぶさとは違うルートを飛んでいた。
このまま何も妨害がなければ――そう思ったとき、極太のレーザーがプトレマイオスに着弾した。その衝撃で、艦の角度がずれる。それでも今のプトレマイオスには、突き進む以外の選択肢など存在していない。
光の方角を見れば、マスターフェニックス・フオヤンとセンチュリオたちが陣取っているところだった。前者は己の役目を果たしたと言わんばかりに微動だにしない。勢いよく飛び出してきたのは後者だった。
センチュリオの群れはプトレマイオスではなく、ダブルオー目がけて殺到する。スメラギの作戦――待ち伏せされていることを承知の上で、ダブルオーを緊急発進させつつ敵の元へ突っ込む――を予期していたかのようだ。
よく見れば、今までのセンチュリオとは違って羽の枚数が4枚に増えていた。MDとして周囲に展開するセンチュリオが今までの外見と変わらないことを見ると、蒼海は息子たち用の機体として新型機を投入してきたらしい。
それだけではなく、「プトレマイオスの別方角から飛来したダブルオーが、敵本丸に直接攻撃を仕掛ける」という部分も察していたようだ。
もしも遊撃役がダブルオー
(怖い戦術指揮官だ)
これ程の戦術眼を持っているのだ。4年前の武力介入が鮮やかで的確だったのは、スメラギ・李・ノリエガあってのことだろう。
他にも色々と要素があったのかもしれないが、人間という点で言えば、彼女の戦術および戦局予想が優れているためだ。
殺到するMDを引きつけるため、クーゴはサイオン波を展開した。案の定、ミュウ殲滅用のプログラムが発動し、大半の機体がクーゴへ群がってきた。しかし相手も馬鹿ではないようで、一部のMDにはミュウ殲滅用のプログラムを搭載しなかったらしい。
一部のMDは、寸分狂わずダブルオーへ突っ込んだ。勿論、ダブルオー/刹那は慌てることなく、的確に敵を屠っていく。はやぶさもダブルオーに倣い、センチュリオの群れを次々に駆逐していった。今更、MD風情で足を止められるとは思わないでほしい。
次の瞬間、ライセンサーのセンチュリオが1機、ダブルオーに躍りかかった。ブレード同士がぶつかり合い、派手に火花を散らす。奴らは梃子でもダブルオーを先に進ませたくない様子だ。クーゴ/はやぶさも援護へ駆けつけようとしたが、残りの2機が襲い掛かる。
「墜ちろよぉ!」
「道を開けろっ!」
ダブルオーとセンチュリオが剣載を繰り広げる。はやぶさも、センチュリオたちと対峙した。
奴らを退けて、早めにプトレマイオスと合流したい。アロウズの部隊が待ち伏せていた場合、トランザムの効果を失ったプトレマイオスは無防備になってしまうためだ。
一応対策は練っているけれど、早いうちに合流した方がいいだろう。――そんなことを考えていたとき、上空から悲鳴が《聴こえた》。慌てる声がひっきりなしに響く。
<アロウズの戦艦です! 敵MSは6体!>
<トレミー、上層部に被弾!>
<トランザムが切れる直前だったのも幸いして、損傷は軽微ッス!>
スメラギの予測通りの展開だ。だが、彼女の表情は晴れない。スメラギが予期する作戦時間およびタイミングにズレが起きているためだろう。そのズレが“予想の範囲内で収まってほしい”という願いがちらついている。
はやぶさに課せられた役目はダブルオーの露払いだ。2機のセンチュリオをいなし、はやぶさはダブルオーの邪魔をするセンチュリオに攻撃を仕掛ける。ライフルの一撃はセンチュリオの肩を掠めた。
しかし、センチュリオはダブルオー以外に見向きもしなかった。4年前だったら、攻撃してきた相手に襲い掛かったはずなのに。
4年という月日は、パイロットとして成熟する――あるいは己の役割を果たすという一念を強くするのに充分な期間だったらしい。
蒼海の子どもたちは精神的な未熟さが最大の欠点だった。そこを突けないとなると、どこを切り崩すべきだろうか。
思案しようとしたが、2機のセンチュリオは猛攻を繰り出す。余計なことなど考えさせぬと言わんばかりの雨あられが降り注いだ。
これは本格的にマズイかもしれない。
クーゴの脳裏に、そんな予感が掠めたときだった。
「うわぁ!」
パイロットの悲鳴が聞こえた。間髪入れず、爆発音。見れば、ダブルオーと戦っていたセンチュリオの腕が吹き飛んでいたところだった。
センチュリオは攻撃主を探そうと遠距離兵装を展開し――今度は兵装が真っ二つに叩き切られた。紫電が爆ぜ、また悲鳴が響く。
これで、ダブルオーを足止めする兵装はすべて失われた。入れ替わりに、はやぶさを足止めしていたセンチュリオたちがダブルオーへ迫る。
だが、彼らの武装も同じ末路を辿った。ブレードも、遠距離兵装も、バターを切るかの如く真っ二つにされる。また紫電が爆ぜ、癇癪のような叫び声が響いた。ダブルオーは驚いたかのように動きを止めたが、すぐにプトレマイオスの元へと飛んだ。
「なんだよ、なんなんだよぉ!? どうしてナノマシンが動かないんだ!?」
「くっ。ここは撤退するしかないな」
「畜生、覚えてやがれ!」
三者三様の捨て台詞を残して、センチュリオたちは空の彼方へ消えていく。クーゴは思わず刹那/ダブルオーの姿を探した。青基調の機体はあっという間にプトレマイオスの元へたどり着くと、敵軍の旗本艦へと襲い掛かる。ビームダガーは指令室を見事に穿った。
爆発と断末魔の叫び声は、敵指揮官の死を意味する。光景を《視て》、声を《聴いて》、クーゴはそれを理解した。ジンクスのパイロットたちが慌てふためく声も《聴こえた》。指揮官を失った兵士たちは慌てた様子で撤退していった。
プトレマイオスから安堵の感情が漂う。だが、はやぶさのカメラアイは敵を捕らえた。微動だにしなかったマスターフェニックス・フオヤンが、再びバスターソードを構えている。照準はプトレマイオスの下部だ。
「――させるかぁ!」
はやぶさは方向転換し、アマツミソラを構えて突っ込んだ。長さを150mのフルサイズに変更し、思い切り振りかぶる。
バスターソードの砲が開き、赤白い炎が燃え盛る。それが撃ち放たれる前に、間に合え――! クーゴは操縦桿を動かした。
その刀身がマスターフェニックス・フオヤンに叩きこまれる寸前に、奴の腕に何かが突き刺さる。日本の短刀をモチーフにしたようなダガー。
マスターフェニックス・フオヤンは怯んだように身じろぎする。もう片方のバスターソードでアマツミソラを受け止めた際、砲身が大きくずれた。
赤白い炎は容赦なく放たれたが、それはプトレマイオスの下部を掠るようにして闇に飲まれた。いや、掠っていたら僥倖だったろう。
プトレマイオスの下部には一切傷がない。青い光が砲撃の炎を弾いたためである。イデアのサイオン波を、ルイスやアスカ夫妻が強化したのだろう。
「く……」
作戦が失敗したのか、マスターフェニックス・フオヤンが撤退していく。追撃する必要性はない。それを察したはやぶさは、ちょうげんぼうを探してみた。
白緑の機体はすぐに見つかった。ちょうげんぼうの構えた短刀は、センチュリオやマスターフェニックス・フオヤンを穿ったものだ。どうやら、あれは宙継の機体の武装らしい。
クーゴと宙継の機体は並んで宇宙へ向かう。程なくして、プトレマイオスとダブルオーの姿が見えてきた。クルーたちの安堵も《伝わって》くる。しかしそれは中断された。
「スメラギさん。敵MSから、有視回線通信によるメッセージが届きました」
敵側からの通信ということで、今度は動揺がプトレマイオスを支配する。スメラギは、フェルトにメッセージを読み上げるよう頼んだ。
「『ソレスタルビーイングの、リーサ・クジョウの戦術に敬意を表する。独立治安維持部隊大佐、カティ・マネキン』」
カティ・マネキン。リーサ・クジョウ。
前者は、パトリック・コーラサワーが思いを寄せる相手だ。彼女がアロウズにいるということは、先程聞こえたパトリックの断末魔は幻聴ではなかったということだ。彼は地球連邦軍に所属を変えた後、アロウズへ向かったカティを守るために独立治安維持部隊へ移籍したのであろう。
後者は、ビリー・カタギリが思いを寄せて止まぬ高嶺の花だ。しかし、どうしてそんなメッセージが、リーサ・クジョウ名義で、スメラギ・李・ノリエガに贈られたのか。――『送り主であるカティ・マネキンが、リーサ・クジョウの名前を知っていた/スメラギ・李・ノリエガというコードネームを知らないから』としか言いようがない。
それを肯定するかのように、スメラギが苦悶の表情を浮かべたのが《視えた》。
周囲に困惑が広がっていく。一難去っても、憂いは断ち切れてくれないらしい。
(こんなときに、そんな厄介な繋がりなんて知りたくなかった……)
クーゴは深々と息を吐いた。
因縁と憂いの先に、帰還の夢は叶うのか。
今はまだ、わかりそうにない。
クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。