問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



23.記憶がないんです

 

 これは、ささやかな餞別だ。

 短い間でも共に過ごした、自分とよく似た境遇の少年少女への。

 

 

「『ステラ・ルーシェ、アウル・ニーダ、スティング・オークレーは、カイルスと勇猛果敢に戦い殉職した』」

 

 

 この場に刃金蒼海の息がかかった連中がいない――つい先程、クーゴの乗る機体と、以前彼がすくい上げた少年が搭乗している機体によって撤退へと追い込まれている――のは確認済み。

 前者の機体であるデストロイは、シン・アスカの駆るインパルスによって沈黙させられた。後者2名の機体も大破しており、搭乗者が戻らなければ死亡扱いにしても通るだろう。

 眼前に視線を向ければ、シンの活躍によって無事救出されたステラ、カイルスに所属するパイロットたちによって無力化され、コックピットから引っ張り出されたアウルとスティングがこちらを見上げている。

 

 少し視線を動かせば、クーゴの乗る機体が掲げた蒼穹(あお)い旗がはためいている。その隣には、グラハム/ブシドーが焦がれてやまない“最愛の人”の乗る機体。

 グラハム・エーカーの帰還を信じてやまない2人の《聲》に、どうしようもなく泣きたくなった。……きっと一生、それを伝える機会(こと)はないのだろうが。

 

 

「そこにいるのは、ただの少年少女にすぎん。……キミたちは自由だ、好きに生きろ」

 

<おじさま!>

<おじさん!>

<オッサン!>

 

<――キミたちは、私のようにはなるなよ>

 

 

 悲痛な顔でブシドーを呼び止めようとする彼女や彼らは、このまま戻った場合の“ブシドーが辿る末路”を悟っているのだろう。度重なる実験が原因で情緒不安定さが目立つが、元々は聡くて身内想いの少年少女たちだ。

 

 ブシドーのように“自らの意志で、世界の闇に足を踏み入れた”訳でもないし、“自らの意志で、世界に歪みを生み出す者に与することを選んだ”訳でもない。無理やり引きずり込まれ、巻き込まれただけに過ぎないのだ。今ならまだ、充分更生の余地がある。まだ『還る』ことができるのだ。

 アロウズ側からの撤退命令は既に出ている。ブシドーがライセンサーでなければ命令違反で始末書ものだろう。いや、始末書で済めば御の字だろうか。……実際は、始末書や除隊よりも悍ましい()が待っているのだろう。『壊れる』のが前倒しになる程度の差異しかないのだが。

 

 

「グラハム・エーカー!」

 

 

 そんなことを考えていたとき、不意に、“少女”の駆るガンダムがこちら目掛けて飛来する。ブシドーは戦う意思はないので、敢えてそのまま動かずにいた。

 ガンダムとの距離がぐんぐん迫る。距離が零になった瞬間が、ブシドーの最期になるのだろう。世界の歪みの1つが破壊され、断ち切られるだけにすぎない。

 胸を抉るような痛みには見て見ぬふりをして、“彼女”から齎されるであろう一撃を甘んじて受ける。その覚悟はとうの昔――刃金蒼海と関係を結んだときから固めていたから。

 

 だが、“少女”のガンダムはこちらに攻撃を仕掛けることは無かった。ガンダムはブシドーの機体の眼前で動きを止める。――そうして、手を差し出した。

 

 

「あんたも来い。俺と共に行こう」

 

 

 迷いも躊躇いもなく、“少女”は真っすぐにブシドーを《視て》いた。赤銅色の瞳に射抜かれ、ブシドーは思わず息を飲む。

 あの頃よりも少し大人びた“少女”であるが、一途でひたむきな在り方は変わっていない。それが嬉しくて、苦しかった。

 

 

「……キミは優しいな、“少女”。あの頃と何も変わっていない。私はもう、とうの昔に、()()()()()()資格を失ったというのに」

 

「そんなことはない。だって、あんたは――」

 

「“キミという存在がありながら、他の女からの要求に応じ、不貞と不義理を働いた男”だ。“世界に歪みを生み出す存在に与する者”でもある。どんな理由があれど、それは純然たる事実だ」

 

 

 “彼女”の優しさごと己をばっさりと切り捨てたのは、少しでも、“少女”の躊躇いや迷いを払拭してやれたらいいと思ったからだ。こんな人間のために心を砕く必要はないと示すためだ。ここにいる男は、世界に歪みを齎すモノの1つでしかない。“少女”に情を向けて貰えるようなモノではないのだ。

 

 

「そうして――私には、【思考プログラム】なるものが施されている」

 

「思考プログラム?」

 

「あそこにいる少年少女とよく似たような技術――或いは、その上位互換と言ってもいい技術(モノ)だな。直接脳に干渉し、弄ぶようなものだろうか。“特定条件が揃うと、指定された行動を取るよう彫り込まれる”と聞いた。具体的に言うなら、『対象者(“キミ”)への暴行、及び殺害』だ」

 

 

 その話を通信越しから聞いていた者、或いは何か特殊な力を介して《聴いた》者たちが息を飲む姿が《視えた》。勿論、ブシドーを呼び止めて手を伸ばした“少女”が愕然とした表情を浮かべている光景も。

 

 

「今こうしてキミと会話が出来ることは、私にとっては僥倖だよ。奇跡みたいなものだ。だが、私が“何を引き金にして、“キミ”を害する存在に成り果ててしまうのか”は分からない」

 

「そんな……」

 

「今の私は明らかな“見える地雷”……。避けるべき危険分子であり、キミたちが破壊すべき歪みの権化――その1つなのだよ」

 

 

 自分がどれ程悍ましいモノに成り果ててしまったのかを確認するかのように言葉を紡いで、ブシドーは自嘲した。彼女の手を握り返してやれなくなってしまった自分の有様を突き付けられ、ますます“どの面下げて”ここにいるのか分からなくなる。

 『天使(ガンダム)天使(ガンダム)を駆る“少女”と戦うのに相応しい存在でいたい』という願いを抱いて天を駆けた日々を想う。あれからまだ数か月しか経過していないはずなのに、遠い昔に思えてならない。今となっては、そんな矜持や心意気も打ち砕かれてしまったが。

 

 あの頃も、いつか来る離別(わかれ)の瞬間に思いを馳せたことがあった。心を通わせ手を取り合っても、いつかそれを離す日が来るのだと覚悟もしていた。

 見通しが甘かったのは『手を離す側が“少女”の方である』と思い込んでいた点だろう。あの頃のグラハムは、まさか自分が“手を離す側になる”なんて予想していなかった。

 正直な話、今この瞬間も、“彼女”を突き放しきれないでいる。『“彼女”が手を離すその瞬間までは、手を繋いでいたい』というエゴを捨てることなんて、出来るはずもなかった。

 

 ――いずれそれが、『“少女”の理想と使命を阻む障害物(ゆがみ)に成り果ててしまう』と《理解し(わかっ)て》いたのに。

 

 

「“キミ”にとって私など、最早“道を阻む邪魔者”でしかあるまい。迷う必要など――」

 

「――だめだ」

 

 

 ブシドーの言葉を阻んだ“少女”の言葉は、我が儘を言う子どもの様な響きを宿していた。

 泣き出しそうなそれに、ブシドーは思い出す。ソレスタルビーイングの一員とはいえ、“彼女”はまだうら若き乙女だった。

 

 

「そんな……そんな、悲しいことを言うな!」

 

<“■■”の言う通りだよ、おじさま! 戻ったら、“■■”の――“おじさまの大好きな人”のことまで“なかったこと”にされちゃうかもしれないんだよ!? そんなことになったら、今度こそおじさまが死んじゃう! ステラ、おじさまに死んでほしくないよ!!>

 

<そうだよ、おじさん! あんた言ってたじゃないか! 『辛いことや苦しいこともあったけど、“その人”のことは何一つだって忘れたくなかった』って! オレが母さんのこと思い出せたのは、あんたのおかげなんだよ……!>

 

<オッサンも行こうぜ! あんた、叶えたい夢があるんだろ!? 『好きな人の名前を沢山呼んで、一緒に手を繋いで、色々な景色を見に行きたい』って言ってたじゃないか! 『その人と一緒にいきたい』って言ってたじゃないか! ――『還りたい』って、言ってたじゃないか……!!>

 

 

 面倒を見ていた少年少女の《聲》が《聴こえる》。ステラたちも“少女”の言葉に賛同し、ブシドーへ手を差し伸べていた。

 

 ……似たような境遇故に、彼や彼女たちを放っておけなかった。彼や彼女たちは自分とは違い、『まだ引き返せる』と思った。迷い彷徨う少年少女に道を指し示し、背中を押してやりたいと願い、行動した結果がコレである。思った以上に、ブシドーは3人に入れこんでしまったらしい。その際、ついうっかり、余計なことを口走っていたようだ。

 唯一及第点があるとするなら、『ステラ、アウル、スティングの3人が、これ以上刃金蒼海や関連組織の玩具にされることはない』という点だろう。どこにも『還れない』ブシドーとは違い、何処にでも行けるはずの3人が籠の鳥にされていたのがどうしても我慢ならなかっただけ。――グラハム・エーカーの未練と、その残骸。

 

 

「グラハム・エーカーは既に死んだ。亡霊の居場所はどこにもない」

 

「そんなことはない! あんたはまだ、生きている……! 生きているんだ。そうだろう!?」

 

「……ありがとう、“少女”。私にとっての“運命の相手”が“キミ”で良かった」

 

 

 ブシドーは目を細めて破願した。“少女”が手渡してくれた愛情を一身に受け止めて、精一杯抱え込む。『壊れる』寸前の自分を救い上げ、奮い立たせてくれたものだ。

 刃金蒼海の傀儡になることを選び、世界の歪みを生み出す存在に与する者となってから――望まぬ行為に手を染めるようになってからは、ずっと、“彼女”の想いに守られてきた。

 ならばこそ、“少女”の運命を、ひいては未来を、ここで絶やすわけにはいかない。身に余る程の幸福を手渡して貰ったのだ。これ以上望むなんて、罰当たりもいいところだろう。

 

 ブシドー/愛機は“少女”/ガンダムに背を向け、この場を離れる。視界の端ではためく蒼穹(あお)い御旗の眩しさを――ひいては己の未練を振り払うように、空を駆けた。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 現を彷徨っていた意識と視界が、急にクリアになった。幾何かの間をおいて、ブシドーは『己が虚憶(きょおく)を見ていた』ことに気が付く。意識が断線していた時間はほんの数秒間。相変わらず状況は変わらない。次に備えたインターバル期間だ。

 

 ミスター・ブシドーには部下はいない。だが、どこかの虚憶(きょおく)では、蒼海経由で3人の少年少女の面倒を見るよう命じられたことがあった。

 件の3人――ステラ・ルーシェ、アウル・ニーダ、スティング・オークレー――は思考プログラムの劣化品のような『処理』が行われており、その副作用に苦しんでいた。

 カイルスとの交戦や僅かな自由時間を駆使し、どさくさに紛れて3人を逃がすことに成功したのは奇跡だと言えよう。それを成し得ることが出来たのは、自分自身に対する傍観の念だ。

 

 

(……それだけではなかったのだろう。あの子たちは“あの頃の“少女””と同年代だった。故に、放っておけなかったのだろうな)

 

 

 何処の自分も、結局は単なるエゴイストでしかなかったワケだ。ブシドーは苦笑する。

 

 グラハム・エーカーと“少女”の関係が築かれたのは、自分たちの過去の歩みがあったからこそ。それがどれ程陰惨で、苦難に塗れた茨の道であろうとも、やり直したいとは思わない。相手のことを想って胸を痛めることはあれど、過去を消去したり改竄したりしてでも取り除きたいわけではないのだ。今までの歩みを対価にするには、大事なものやかけがえのないものが多すぎる故に。

 ただ、期せずして、“少女”の過去と似たような状況にあった少年少女と遭遇してしまったことが、虚憶(きょおく)のブシドーの行動方針を決定づけたのだろう。嘗て“少女”を少年兵として使い潰した男の姿が脳裏をよぎったのも、少年少女の立場が自分や“少女”の過去と重なってしまったのも、『3人を解放する』選択へと繋がった。

 悪鬼外道とは違う道を選んだのも、少年少女だけは自由にしてやりたいと願ったのも、全てはブシドーのエゴ。彼や彼女らを救うことで、ままならない自分自身やあの日の“少女”を救えたような気になっていただけだ。そんなことをしてもブシドーは相変わらず籠の鳥で、“少女”の過去は何も変えられないと言うのに。

 

 ああ、なんて愚かなのだろう。

 こんな人間だから、自分は最早『どこにも行けない』のだ。

 

 

()()()()()()!」

 

 

 ブシドーがそんなことを考えていたときだった。後ろから、自分の名前を呼ぶ声がする。

 

 グラハム・エーカーをこの名で呼ぶ人間など、アロウズでは親友であるビリーくらいしかいない。自分を飼い殺しにしている人間も、嘗てユニオン軍で僚友だった者たちも、“ミスター・ブシドー”名義で接してくる。久しぶりに自分の本名を呼ばれた――しかも、隊長付きだ――ため、内心、少々面食らってしまった。

 振り返った先にいたのは、懐かしい4つの顔ぶれ。特に3人――茶髪のオールバックと伊達メガネが特徴的な白人男性とドレッドヘアでガタイが良い黒人男性、及び黒髪黒目の日系人男性――とは、ガンダムと出会う以前からの付き合いだった。最後の1人――金髪碧眼の白人男性――は、オーバーフラッグスが結成されたときからの付き合いである。

 

 

「貴公らは……」

 

 

 懐かしさに顔をほころばせたブシドーだが、それ以上は何も()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこで言葉を切ったブシドーの様子を、4人がどう判断したかは分からない。

 幸か不幸か、4人はブシドーの『反応』に気付いた様子は無かった。久々の再会と、邪険にされなかったことへの安堵から笑みを浮かべ、こちらへ駆け寄って来る。

 ミスター・ブシドーに関する噂話は玉石混合が飛び交っていたことは把握している。“気難しくて厄介者ではあるが、なまじ実力があるため質が悪い”という扱いだった。

 

 彼らもきっと、ミスター・ブシドーの噂――特に悪い方面――を聞いているはずだ。にも関わらず、彼らは4年前と変わらぬ調子で声をかけてくる。

 

 

「退院後、急に連絡が取れなくなったときは心配したんですよ!」

 

「アロウズに転属した後も、遠くから姿を伺うことしかできずにいたっすけど……」

 

「『ライセンサーの地位を与えられたことで、余計に好き放題してる』って話は聞いてましたね。今回も好き放題した結果ですか?」

 

「おいジ■■■■、口を慎め!」

 

 

 慣れ親しんだ関係性だからこそ繰り広げられる、小気味良いやり取り。

 

 世界の闇など知らず、突如現れた好敵手(ガンダム)と愛しい“少女”を追いかけていられた頃の時間が再現されたような心地になった。

 惜しむべきことは、ここに年上の親友たちや尊敬する教授がいないことか。戻らない時間に感傷を抱く情緒が残っているだけ僥倖なのかもしれないが。

 

 

「我々は、先の戦いで上官が殉職したことが理由で、こちらに転属となったんです」

 

 

 わいわいがやがやと話し始めた3人――特に、金髪碧眼の白人男性とドレッドヘアでガタイが良い黒人男性の口喧嘩――を横目に、茶髪のオールバックと伊達メガネの白人男性が事情を説明する。以前から、『クーゴやグラハムが音頭を取らないときのまとめ役』や『仲間たちのフォロー役』は、もっぱら彼が担っていることが多かった。

 曰く、前回の戦い――ソレスタルビーイングの秘密基地らしき場所への強襲作戦――に参加していた4人は、ソレスタルビーイングに手を貸している“フラッグベースの謎の機体”によって達磨にされたらしい。それが原因で一足先に撤退した彼らが生き残り、戦線に残った上官は支援機によってパワーアップした“2個付きのガンダム”に討たれたという。

 件の戦場には、相変わらず、4年前に殉職したと思われていたクーゴ・ハガネの駆るフラッグベースの機体――“旗持ち”も参加しており、ソレスタルビーイングの味方として飛び回っていたらしい。嘗ての上官に思うところが無いわけではないが、幸か不幸か、今のところ、彼らがクーゴと直接戦う機会はなかったという。

 

 

「我々の機体を解体した機体に乗っていたのは、旧ユニオン基地を襲撃していたパイロットの中で唯一、破壊行為に対して消極的な子どもでした。彼は国連軍との戦いにも参加していて、クーゴ少佐に助けられていたようなんです」

 

「それがきっかけでフラッグに憧れを抱くようになったらしいぜ? フラッグファイターとしては嬉しい話だが、肝心の後継機開発がなァ。元・上級大尉殿は、技術顧問殿から何か聞いてないんですか?」

 

「嫌味を言うのか質問をするのか1つに絞ったらどうなんだ、お前は」

 

「野郎のツンデレは一般ウケしにくいっすよ。メシマズはもっと受け入れられないと思うっすけど」

 

 

 口を開けば皮肉と嫌味で彩られがちな金髪碧眼の白人男性に対し、ドレッドヘアでガタイが良い黒人男性と黒髪黒目の東洋人男性が肩を竦める。

 後者の発言を聞いた金髪碧眼の白人男性はムッと眉をしかめ、2人に対して喰ってかかった。

 

 

「メシマズってどういうことだよ!? 頑張って作ってるんだぞこっちは!」

 

「シチューは虹色にならないんだよ!」

 

「暗いところで光る蛍光色のパンケーキは絶対おかしい!」

 

「この前はついに神話生物錬成したじゃないっすか! そんなんなら、一番最初のマフィンの方が()()見た目は良かった!!」

 

「なんであのマフィンの次に出てきたのがあの茶色くて甘ったるい粥なんだよ!? コーラとチョコレートで粥を煮炊きする奴なんていないだろ!?」

 

 

 4人の会話を聞きながら、ブシドーは曖昧に苦笑するに留めた。

 

 だって、今のブシドーは、()()()()()()()をする資格がない。その話題を持ち出されても、()()()()()()状態ではない。口を開いたら、きっとボロが出てしまうから。

 ただでさえこの4人は、ブシドーのせいでろくでもない状況に放り込まれている。彼らの現状すらままならないと言うのに、変わらずこちらを案じてくれているのだ。

 これ以上、嘗ての部下たちに心配をかけたくはない。憂いで雁字搦めにしたいわけではない。――忠義溢れる彼らにこそ、己の窮状を悟られるわけにはいかない。

 

 彼らの近況報告にも、旧ユニオン軍時代の思い出話にも、ブシドーは曖昧な笑みを浮かべて相槌を打つに留める。なるべく4年前の自分の調子を再現しながら、違和感を抱かれないように振舞った。

 4人のやり取りを見る限り、『彼らはグラハム・エーカーがいなくとも大丈夫だろう』という予感があった。その事実に安堵しつつも、僅かな寂しさを握り潰して見て見ぬふりをする。

 

 

(……彼らを、どうにかして、現体制支持派から離れさせないと)

 

「……なあ、元・上級大尉殿」

 

 

 思考を別方面に割いていたとき、不意に声をかけられる。つい先程まで、3人から料理に苦言を呈されていた金髪碧眼の白人男性だ。

 和やかに談笑していたはずの他の3人も、どこか神妙な顔でブシドーを見つめる。4人の眼差しの奥底に揺れるのは、強い疑念。

 何処までも真摯な眼差しに気圧されてしまったのは、ひとえに己の弱さ故に。ブシドーは思わずたじろぐ。

 

 

「……何か?」

 

「――俺たちの名前(フルネーム)、呼んでみてくれません?」

 

 

 ブシドーの体全体から一気に血の気が引く。鋭く息を飲む音がやけに響いた。何かを言わんとして開いたはずの口からは、詰まるような呼気が漏れるだけ。これでは答えを言ったようなものだ。沈黙を保つにしても、弁明するにしても、取り繕うだけの余裕や態度は何もない。視線を逸らすので精一杯だった。

 4人の部下たちは聡く敏い男たちだ。この反応だけで“グラハム・エーカー/ミスター・ブシドーが()()()()()()()()()()()()”ことに気づいてしまったことだろう。いつもの彼なら揚げ足を取ろうとするはずなのに、目をかっ開いて慄いているあたり、この不自然さが如何程の異常事態なのかを察している。

 

 重苦しい沈黙がこの場を支配する。そんなときに、ブシドーの端末が鳴り響いた。連絡相手は勿論、暗躍する黒幕――刃金蒼海。

 

 予てよりビリー・カタギリが設計開発していたブシドーの専用新型機・マスラオが完成したことを告げるものだ。()()()()()()()()()()ソレスタルビーイングのメメントモリ破壊作戦に対抗するための新型機であり、フラッグの系譜を継ぐMSとしての試金石でもある。

 ゼロシステムの解析に携わっていた影響もあり、GN粒子の解析も進み、ソレスタルビーイングのガンダムが使用できる特殊な戦闘機能――トランザムシステム――の再現にこぎつけたらしい。パトロンである蒼海の影響もあり、鳴り物入りで投入されるという話だ。

 楽しそうに嗤う蒼海の声に内心歯噛みしつつ、ブシドーは事務的に対応して通信を切る。あの女の言葉が事実なら、きっと、ここに“少女”やクーゴたちがやって来る。もう二度と戻れない穏やかな時間――それすらも、ノイズや焼け焦げた痕だらけになってしまった――が脳裏をよぎった。

 

 

()()()()()()、貴方は――」

 

「私のことは気にしなくていい。こうなったのも自業自得だからな」

 

「そんな!」

 

「……貴公らは、まだ間に合う。私のようにはなるなよ」

 

 

 何かを言い募ろうとした茶髪のオールバックと伊達メガネが特徴的な白人男性を制し、ブシドーは苦笑する。

 彼らの眼差しに背を向けて、薄暗い廊下へと踏み出した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 “宇宙船内部にクリーチャーの類が出現した”という議題のパニックホラーものの作品群は、この世に腐る程送り出されている。

 “恐ろしい力を持つ幽霊が出現した”という議題のパニックホラーものの作品群もまた、この世に腐る程送り出されている。

 では、“宇宙船内部に、凶悪な力を有する怨霊/祟り神が突如出現する”系列のパニックホラーが、現在進行形で繰り広げられている例は幾つあるだろうか。

 

 

「■■■■■――――……」

 

 

 そこにいたのは、得体の知れぬ言語を使い始めた化け物――クーゴ・ハガネ。『はやぶさに搭載されていた武装・御旗天際(ミハタテンサイ)を使い、危機を脱することに貢献』してから僅か数時間後の有様である。

 

 

『力を使い過ぎてしまったことが原因の不調ですね。ヒトと比べてミュウはとても繊細で敏感な種族です。そのせいか、肉体面よりメンタル面の不調が大きく出やすいんですよ』

 

『ハガネくんの現状を例えるなら、『徹夜明け』みたいなものかな』

 

 

 アロウズを退けて一息ついた際、強い疲労感を訴えて医務室送りになったクーゴ・ハガネの現状を分析したのは、新たな医務室の主たち――アスカ夫妻だった。

 この時点で、トレミークルー、或いは旧ユニオン軍出身者、及びクーゴ・ハガネの関係者は、嫌な予感を察知していたことだろう。

 

 怨霊/祟り神が徘徊を始めたのはそれからすぐのこと。一番最初の犠牲者は、彼のバイタルを見守っていたアスカ夫妻だった。何も知らなかった夫婦にとっては予測不可能回避不可能の事態だと言えよう。

 

 

『教授! アレなんとかなりませんか!?』

 

『無茶を言うなクジョウくん! ワシは研究者ではあるが、オカルトや除霊は専門外じゃぞ!? そういうキミはどうなんだ!?』

 

『それこそ戦術指揮官に求めるものじゃありませんよ! 怨霊や祟り神相手に戦ったデータなんて無いんですから!』

 

 

 その会話を繰り広げてから数分後、ユニオンが誇った権威ある研究者とソレスタルビーイングの戦術指揮官は怨霊/祟り神とエンカウント。絶叫からの共倒れをキメた。

 ジャパニーズホラー系のパニック映画に対して疎かったのが敗因である。最も、そんなものは実物の怨霊や祟り神を鎮める参考にすらならないのだけれど。

 

 

「悪かった! 俺が悪かったから! 二度とおはぎやかりんとうを『動物の糞』って言わないから許してあ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!」

 

 

 ジャパニーズホラー式お化け屋敷と化したプトレマイオスは、現在進行形で阿鼻叫喚。今しがた、逃げ惑っていた面々の1人――ロックオンが撃沈したところである。

 廊下や部屋には、怨霊/祟り神を直視して気を失ってしまった人々が倒れ伏していた。絵面的には『怨霊/祟り神によってやられた』と言えよう。

 

 アロウズからの襲撃をどうにか乗り切ったというのに、今度は別な理由――しかも、事実上の予測不可能回避不可能だし、予測できたとしても回避不可能という二重の罠――で危機を迎えるとは誰が思っただろう。

 これをどうにかできそうな面々――悪の組織/スターダスト・トラベラーの総帥たるベルフトゥーロ・ティアエラ・シェイド、ガンダムマイスターでクーゴ大好きなイデア・クピディターズ、クーゴを慕う最年少・刃金宙継らは諸事情によって席を外している。3人のうち誰か1人が戻ってきてくれたら突破口が開けそうなのだが。

 「誰でもいいから戻ってきて」と呟いたのは誰だろう。それに反応したのか、ロックオンを仕留めた怨霊/祟り神がぐりんと首を動かした。思わず全員が口元を抑えて息を殺す。クーゴはゆっくりこちら側に歩みを進めてきたと思った途端、突然体をがくんがくん揺らしながら高速移動を始めた。

 

 

「■■■■■■■■■■――――!!」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛――――ッ!!」

 

 

 そうして廊下の向こうから響き渡る悲鳴。常日頃から体を鍛えていようが、体の大部分が義体になってしまっていようが、ハッキングが得意であろうが、ソレスタルビーイングの頭脳たるヴェーダとリンクできようが、そんなもの怨霊/祟り神の前では何の役にも立ちはしない。自分たちは今、無力なだけの一般人でしかなかった。

 

 向こう側が静かになったのと入れ替わりに、怨霊/祟り神が四つ足歩行しながらカサカサと音を立てて高速移動して戻って来る。古いホラー映画のワンシーンを再現したかのような有様だった。

 本当に「どうしてこうなった」の言葉しか出てこない。その次に続く言葉は「これからどうしたらいいんだろう」である。……いやこれ本当にどうしたらいいんだ。

 

 

「――クーゴさん?」

 

 

 地獄絵図に等しいこの状況。それにそぐわぬ透き通った声が響いた。晴れ渡った秋の空を思わせるような雰囲気の主は、諸事情で席を外していたイデア・クピディターズ。

 彼女の声を聞いた途端、怨霊/祟り神と化して俳諧と強襲を繰り返していたクーゴの動きがぴたりと止まる。おどろおどろしい空気が渦巻く男の元へ、イデアは躊躇いなく近寄って行った。

 クーゴは非常に大人しい。クーゴが起き上がれる程度に回復したことが嬉しいのか、或いは未だに本調子じゃないことを心配しているのか、イデアは普段通りの調子で声をかける。

 

 

「クーゴさん、無理してません?」

 

「……んー……」

 

「メメントモリの破壊作戦は、ノブレスくんたちからの解析を待ってからですね。テラズ・ナンバー12を攻略した際に、関係する情報が手に入ったらしいです。なので、もう少し休んでて大丈夫ですよ」

 

「……ん。了解……。……手間、かけて、すまない」

 

 

 イデアと会話を始めたクーゴであるが、会話を続けていくうちに、おどろおどろしい空気が消えていく。真っ白だった顔は段々と血色が良くなり、人語を介するようになっていた。

 クーゴはそのまま回れ右し、ふらふらとした足取りで割り振られた部屋へと歩みを進めた。そんな彼の隣に、当たり前のようにイデアが寄り添う。

 イデアは甲斐甲斐しくクーゴの世話を焼き、普段は世話を焼く側であるクーゴは若干遠慮気味になりつつもそれを受け入れている。これで付き合っていないとか、恋愛事情はよく分からない。

 

 プトレマイオス全土を震撼させた怨霊/祟り神は、イデア・クピディターズによって鎮魂された。周囲に漂っていたおどろおどろしい空気はいつの間にか拡散し、屍累々の有様がよく見える。

 とりあえず、理不尽の権化と言えるような事件や事態は収束を迎えたらしい。緊張状態から解放された面々がずるずると崩れ落ち、気を失っていた面々がぽつぽつと意識を取り戻して起き上がり始めた。

 

 

 

***

 

 

 

 それから数時間後。

 

 

「先程は申し訳ない。色々迷惑かけてしまったみたいで……」

 

「あー……その、こちらこそ申し訳ないデス……」

 

「迷惑いっぱいかけてたみたいで……」

 

「……その、あまり、無理しないようにな……」

 

 

「???」

 

 

 プトレマイオスにいた面々に声をかけて回ったクーゴ・ハガネが、よく分かっていない様子で首を傾げていた。『記憶がございません』とは、こういうことを言うのだろう。

 尚、彼の言う“先程”は『ミハタテンサイ使用後に体調不良になった』ことに対しての謝罪(モノ)であり、『怨霊/祟り神と化して徘徊していた』ことへの謝罪(モノ)ではないことを記載しておく。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

『くーちゃん、大丈夫? 苦しくない?』

 

 

 心配そうにこちらを見つめる片割れは、『ちょっとまってね』と言って何かを持ってきた。

 

 彼女がテーブルの上に置いたのは、美味しそうな匂いと湯気を漂わせるおかゆだった。こんもりと盛り上げられたしらすと小ネギ、卵と出汁の香りが鼻をくすぐる。

 少年は体を起こそうとしたが、片割れは『大丈夫! 食べさせてあげる!』と主張した。何回もこうやって倒れる自分の看病をしてくれていたためか、彼女の介抱は様になっていた。

 そのため、片割れは寝込んでいる少年がどんなものなら食べることができるかも、どんなペースで食べるかも、少年以上に把握している。

 

 

『――美味しい』

 

『そっかぁ! 良かったぁ』

 

 

 少年の感想と笑顔を見た片割れは、ぱあっと表情を輝かせた。

 彼女は嬉しそうに表情をほころばせる。

 

 

『『美味しいごはんは心と体を元気にしてくれる』んだって! だからあたし頑張ったの! くーちゃんに元気になってほしいもん!』

 

『じゃあ、すぐに元気になるね。あおちゃんの料理はみんな美味しいもん』

 

『ありがとう! くーちゃんがはやく元気になれるように、もっと美味しいお料理いっぱい作るからね!!』

 

 

 少年の言葉を聞いた少女は満面の笑みを浮かべた。『くーちゃんが食べたいもの、なんでも作ってあげる!』と胸を張って。

 

 片割れが笑ってくれたのが嬉しくて、自分のために頑張ってくれるのが嬉しくて、そうさせてしまう自分の弱さが歯がゆくて、視界が滲む。

 彼女は『大丈夫だからね、くーちゃん』と声をかけてくれた。不甲斐ない自分はこくこくと頷き返すので精一杯。何も返すことはできなかった。

 

 

『ねえ、あおちゃん』

 

『なあに?』

 

『だいすき』

 

『――あたしもよ、くーちゃん!』

 

 

 だから代わりに、ありったけの想いを伝える。

 片割れの少女もまた、同じものを返してくれた。

 こうやって心を通わせて、笑い合っていたのだ。

 

 

 

 ――()()()()()()()()?

 

 

 

『お前なんかいなければよかったのに』

 

 

 憎悪に塗れた眼差しに射抜かれる。

 

 

『お前が早く死んでくれれば、アタシは幸せになれるのに』

 

 

 鋭利な言葉に射抜かれる。

 

 

『なんでアタシばかりが、こんな惨めな思いをしなきゃいけないの』

 

 

 悲痛な叫びに責められる。

 

 

『あおちゃ――』

 

『そんな風にアタシを呼ばないでよ。気持ち悪い!!』

 

 

 伸ばした手は振り払われて、侮蔑の眼差しを向けられた。

 

 そうだ。少年はずっと、片割れと仲が悪かった。少年は片割れのことを案じていたけれど、片割れにとってそれは屈辱でしかなかったのだ。

 少年は昔から、人よりも多くのことができた。『体さえ弱くなければ』と残念がられ、将来を嘱望される程度には。

 だから片割れたる姉は蔑ろにされた。彼女がいくら成果を出しても、クーゴの成果にあっさりと塗り替えられてしまう。それ故に、誰も片割れを認めなかった。

 

 自分が何を言っても、周りは変わらない。変えることができないまま。

 だから片割れは歪んでいった。攻撃的な気質を強くしていった。

 

 そうして今に至るのだ。

 

 

 

 ――()()()()()()()()?

 

 

 ――()()()()()()()()?

 

 

 

<――忘れてて、いいんだよ?>

 

 

 不意に、《聲》が《聴こえた》。か細い少女のものだった。

 覚えがある(覚えのない)――覚えのない(覚えがある)、誰かの。

 

 

<――忘却は罪じゃない。生きるためには必要なことだもの>

 

 

 とても優しい《聲》だった。

 知らない(懐かしい)懐かしい(知らない)、誰かの。

 

 

<――キミには、つらい思いをして欲しくないよ>

 

 

 とても優しい《聲》だった。

 知らない(懐かしい)懐かしい(知らない)、誰かの。

 

 

<――知らないままでいたって、忘れてしまったって、生きていけることは、沢山あるんだからさ>

 

 

 小さな手が、目を覆う。青い光が舞い上がる。

 

 それが“あの子”の善意なのだと《理解し(わかっ)ていた》。

 それが“あの子”の祈りなのだと《理解し(わかっ)ていた》。

 それが“あの子”の望みなのだと《理解し(わかっ)ていた》。

 

 

<知らないままでいていいとは思えない>

 

 

 ――だけど。

 

 

<忘れたくなんかなかった>

 

 

 ――それでも。

 

 

<たとえそれが、どれ程残酷な結末を迎えようとも、俺は――>

 

 

 目隠しを振りほどいて、青い光を青い光で打ち払って、必死になって目を凝らす。

 

 自分の前に立ちはだかった少女の姿は、よく見えない。いつかどこかで見た光景だった。

 迫る悪意から守り抜いてくれた少女のことを、自分は見ていることしかできなかった。

 胸の奥底を搔きむしるような衝動に駆られて、手を伸ばす。相変わらず、この手は彼女に届かない。

 

 

<……忘れたくなんかなかったんだ。何1つとも、忘れたくなんかなかったんだよ……!>

 

<――ごめんね>

 

 

 渾身の叫びをぶつけても尚、彼女は――“姉”は、この手を取ってくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 刃金空護と刃金蒼海は双子の姉弟である。性別の違いは有れど、顔立ちや特徴、雰囲気などは非常によく似通っていた。

 生まれたときからずっと一緒に生きてきたが、周囲からの扱いには大きな差があった。それが、2人の確執に繋がっている。

 

 

『お前なんかいなければよかったのに』

 

 

 憎悪に塗れた眼差しに射抜かれた。

 

 

『お前が早く死んでくれれば、アタシは幸せになれるのに』

 

 

 鋭利な言葉に射抜かれた。

 

 

『なんでアタシばかりが、こんな惨めな思いをしなきゃいけないの』

 

 

 悲痛な叫びに責められた。

 

 

『あおちゃ――』

 

『そんな風にアタシを呼ばないでよ。気持ち悪い!!』

 

 

 伸ばした手は振り払われて、侮蔑の眼差しを向けられた。

 

 そうだ。クーゴははずっと、片割れである蒼海と仲が悪かった。自分は片割れのことを案じていたけれど、蒼海にとってそれは屈辱でしかなかったのだ。

 クーゴは昔から、人よりも多くのことができた。『体さえ弱くなければ』と残念がられ、将来を嘱望される程度には。

 だから蒼海蔑ろにされた。彼女がいくら成果を出しても、クーゴの成果にあっさりと塗り替えられてしまう。それ故に、誰も片割れを認めなかった。

 

 自分が何を言っても、周りは変わらない。変えることができないまま。だから片割れは歪んでいった。攻撃的な気質を強くしていった。

 「そうして今に至るのだ」――クーゴは、そう認識している。そう信じていたのだ。今の今まで、何の疑問も抱くことなく。

 

 

(だけど、『そう』じゃなかった……?)

 

 

 ノイズ塗れの記憶がよぎる。得体の知れない“ナニカ”――『Toward the Terra』に登場したテラズ・ナンバーとよく似た外見を持っており、少年時代のクーゴはそれを“てんしさま”という呼び名で認識していた――の不気味なアナウンスと、圧倒的な絶望感。

 それに一石を投じたのは、無地の着物を着た女の子。彼女はクーゴの前に立って、身代わりを申し出た。見覚えのある身なりをした彼女のことを、何故かクーゴは“姉”――刃金蒼海と認識していた。彼女との仲はずっと壊滅的なはずで、故に、そんな彼女がクーゴを庇うはずもないのに。

 

 双子として生を受けた空護と蒼海だけど、それでも別の人間だ。何も言わずとも通じ合えることもあるかもしれないが、言葉を尽くしても理解できず、相容れない一面や部分があるのは当然である。

 空護にとっての蒼海は勿論『言葉を尽くしても理解できず、相容れることを拒まれた存在』だ。空護がどれ程努力しても、蒼海はこちらを受け入れてくれることは無かった。憎悪に満ちた瞳は、焼け付くように頭から離れない。

 実家を飛び出してユニオン軍の軍人になる道を選んだ頃には、クーゴは蒼海に手を伸ばすことを諦めた。と言っても、諦めきれずに手を伸ばしかけては、手痛い一撃を喰らうような事態に陥っていたのだけれど。

 

 

(姉さんは、俺のことを嫌っていた。俺のことを憎んでいたはずだ。なのに、どうして――?)

 

 

 言葉から向けられた憎悪も、バルバトロ越しに向けられた殺意も、クーゴにとっては未だ色褪せぬ記憶である。

 それが揺らいでしまうくらいには、“クーゴの身代わりを申し出た蒼海”の図は衝撃的だったのだ。

 

 

(俺は、何か、大事なことを忘れているんじゃないだろうか。……だとしたら、どうしてそれを忘れてしまったんだろうか)

 

 

 ノイズ交じりの記憶に込められた意味を、クーゴはまだ理解しきれていない。自分の記憶に関する矛盾に込められた意味を、まだ嚙み砕いて飲み込むことが出来ずにいる。

 

 過去に、クーゴは蒼海と向き合うことを止めた。現状だって、蒼海とクーゴの間にある溝を考えている暇も時間も存在しない。

 けれど厄介なことに、胸の奥を掻きむしるような焦燥感が、答えの出ぬ思考を止めることを許してくれないのだ。

 

 

<――知らないままで、いいんだよ?>

 

 

 どこからか《聲》がした。聞き覚えのある(聞き覚えのない)聞き覚えのない(聞き覚えのある)、誰かの。

 《聲》が《聴こえた》方向に視線を向ければ、無地の着物を着た女の子がクーゴを見上げている。

 彼女は優しく微笑んで、クーゴの忘却を肯定してくれた。クーゴの罪を許してくれていた。

 

 ――だとしても。

 

 

「――知らないままでいいとは、思えない」

 

 

 クーゴの答えは決まっている。ノイズ塗れの記憶に込められた意味を――自分を庇って『身代わりになってしまった』少女の存在、そうして、クーゴが『彼女のことを“姉”と認識している』理由を知りたいのだ。見て見ぬふりを積み重ねた結果が蒼海の暴走なのだと理解しているからこそ、クーゴは猶更そう思う。

 問題点があるとするなら、それは『近々行われる“衛星兵器・メメントモリの破壊作戦”に支障が出る』ことだろう。居候の身ではあるものの、クーゴも戦力の頭数としてカウントされていた。故に、今この状況では下手に身動きが取れない。

 更に付け加えると“あのノイズ塗れの光景で出てくる部屋がどこのものなのか、全く見当がつかない”のだ。ソレスタルビーイングを離れて真相究明を選んだとて、結局行き場も拠点もない。確証が得られるまでは、下手に動かない方が色々と利便性やメリットが高かった。

 

 

(最低でも『メメントモリの破壊』が終わらないと、動けそうにないな)

 

 

 クーゴがそう結論付けたのと、端末が鳴り響いたのは同時だった。

 

 『ソレスタルビーイングが基地からの脱出を行っていたのとほぼ同時刻に、アロウズのネットワーク施設を強襲していたカテドラルからの連絡が入った』とのこと。

 待ちかねた果報が届いたわけだ。クーゴは立ち上がり、指定された場所――プトレマイオスのブリーフィングルームへと向かうことにした。

 

 

 

***

 

 

 

「ははははは! アロウズってみーんなバカばっかりしかいないのかい!?」

 

「バカなんでしょうねー! バカしかいないんでしょうねー! はははははは!」

 

「お、おにーさん……。今回は一段と荒れてるのぅ」

 

 

 通信を開いて早々、ぐるぐる目で突きぬけた高笑いを披露したのはリボンズとノブレスである。後者の顔を見たエイフマンは、年上の親友の有様にドン引いていた。

 

 この2人の有様を見るだけで、『テラズ・ナンバー12(トゥエルブ)から引き出した情報がろくなものではない』ことが明らかだ。大急ぎで解析を行ったことも在って、睡眠時間もまともに確保できていなかったのだろう。徹夜明けの技術班が妙なテンションでハイになっているというのは、どこでも共通の光景らしい。

 暫しの間壊れたように高笑いして罵詈雑言を叫んでいたリボンズとノブレスであったが、程なく勝機を取り戻した――否、通信が繋がっていたことを思い出したようだ。軽く咳払いした後、2人してばつが悪そうに頭を下げた。「「なんかすみません」」と言った彼らをフォローしようとする面々の様子に既視感を覚えたのは何故だろう。閑話休題。

 

 

「それじゃあ、さっそく本題に入らせていただきますね」

 

 

 ノブレスはそう言って、面々にとあるデータを指し示した。

 

 一番最初に表示されたのは、スイール王国を一撃で焦土にした衛星兵器・メメントモリ。太陽光エレベーターの低軌道ステーション――その中でも、国際条約で戦闘が禁止されているオービタルリング周辺に造られている。

 一介の国家がメメントモリに攻撃を仕掛けようと動けば、速攻で国際条約違反となって孤立は必須。攻撃に打って出たとて、衛星兵器の周辺にはアロウズやマザーコンピュータ『テラ』の端末が陣取っており、厳重な警備が敷かれていた。

 

 

「僕個人としては『応用含んだS.D.体制の技術をメメントモリに詰め込みまくれば、コンパクトサイズや戦艦に搭載可能なメギドシステムが造れる』って点が一番の問題点なんですが、それは一端置いておきますね」

 

「は? クソが過ぎるんですけど?? 関係者の頭S.D.体制か???」

 

 

 メギド――正式名称メギドシステム――の話題が出た途端、ベルフトゥーロの表情があからさまに不機嫌になった。さもありなん。彼女は自分の故郷・ナスカがメギドシステムによって崩壊。跡形もなく滅亡していた。

 その際、ナスカに残ることを選んだ彼女の両親や幼馴染の身内を含んだ同胞が命を落としていた。特に、ミュウの初代指導者(ソルジャー)・ブルーは、己の命と引き換えにメギドシステムを停止させている。

 当時彼女は齢3歳。ナスカが崩壊した現場を直接見たわけではないものの、故郷が滅ぶ瞬間を《視ていた》人物だ。それから500年の年月が過ぎようと、彼女にとっては未だに癒えぬ傷であり、ついこの間発生した身近な悲劇である。

 

 ベルフトゥーロの故郷・ナスカの大きさは、地球と似たり寄ったりの惑星だった。“ソルジャー・ブルーとナスカチルドレン7人によるシールドの流れ弾”と“2発目に発射されたメギドシステムのエネルギー照射3割”で『惑星が完全に崩壊して滅亡するまで、僅か数時間足らず』という結果が出ている。

 アルタミラの悲劇に関する情報は詳しく触れられていないが、恐らくメギドのエネルギーは10割きっちり照射されていたに違いない。そうなれば、惑星が完全に崩壊して滅亡するまでの時間は『ナスカ崩壊までの時よりずっと短かった』はずだ。

 

 

「……S.D.体制時代を生きた連中って、何を思ってそんな兵器(モン)造ったんスかね?」

 

 

 ベルフトゥーロからメギドの威力を《視せられていた》面々の中で、一番最初に口を開いたのがリヒテンダールだった。太陽光エネルギー紛争に巻き込まれた経験者故に、思うところがあるらしい。

 

 

「『できる』か『できない』かで言ったら、人間の大半が『できる』方を選ぶと思うの。あたしも、ハッキングの技術が無かったらソレスタルビーイングにスカウトされてなかったと思うし」

 

「俺がソレスタルビーイングに声をかけられたのも、操舵やMSを扱う腕を買われたフシがあったからな」

 

「――そうして、『『できる』方がいい』を突き詰めた結果が『ベルフトゥーロ女史の銀河にあった“青い星(テラ)の焦土化”を招き、“青い星(テラ)の再生”を至上としたS.D.体制が樹立される』ことに繋がったのね」

 

 

 リヒテンダールの疑問に反応したのは、彼の恋人であるクリスティナと同僚のラッセ。2人がソレスタルビーイングに所属することになった経緯は、自身の持つ才能や適性を見出されたことが理由のようだ。同じ経緯で戦術指揮官となったスメラギが、顎に手を当ててため息をつく。

 『『できた』後のことを考えようとしなかった』から、際限なく争いや汚染が引き起こされ、人類は青い星(テラ)に住めなくなった。自分たちの業を直視し反省した人類は、機械に己の業や欲望を管理させることで平和を手にし、故郷を再生させようと考えた。これによって樹立されたのがS.D.体制である。

 だが、S.D.体制もまた『『できた』後のことを何も考えていなかった』不完全なモノであった。故に、新人類たるミュウが誕生した際、グランドマザーは“ミュウの殲滅か共生か、或いは、ミュウに種の頂点を明け渡すか”を選択する思考回路を持っていなかったのだ。その結果が、ミュウと人類の戦いへ繋がっている。

 

 メギドシステムなる衛星破壊兵器がいつ生み出されたのかは分からない。だが、人間側の『『できる』方がいい』とグランドマザー側の『『できる』方がいい』が絶妙に嚙み合ってしまったことが『ミュウ殲滅のために投入された挙句、再生させるはずだった青い星(テラ)に照準を向けるに至った』のであろう。

 恐らく、メメントモリを建造した連中の思考回路も『『できる』方がいい』を突き詰めた結果だ。質が悪いのは、『自分は『できる』けど、相手は『できない』ようにする』というスタンスでメメントモリを建造・運用していることだろうか。国際条約と武力で守りを固めているのがその証拠。

 

 

「因みに、『メメントモリは3基建設された』こと、『そのうち2基はマザー・○○(ナントカ)系の子機、残り1基がテラズ・ナンバー3(スリー)とマザー・○○(ナントカ)系の子機が複数搭載されていること』、『マザー・○○(ナントカ)系の子機が搭載されたメメントモリ2基を破壊しないと、テラズ・ナンバー3(スリー)とマザー・○○(ナントカ)系の子機が搭載されているメメントモリに手を出すことが出来ない』ようになってる。子機のみ搭載された2基が、本命の1基にシールド効果を発生させてるみたいでね」

 

「成程。頭S.D.体制」

 

「イデアの言う通りだ。悪意以上に、確実性と効率化を追求した感じがするね」

 

「『あんなものを複数所持して運用している』という点でアウトよアウト」

 

 

 吐き捨てるような調子で語るリボンズの言葉を聞いて、即座にイデアが反応する。『頭S.D.体制』というのは、ミュウにとっての最大限の罵倒の言葉であった。

 それに同意したのはアレルヤとアニューである。どちらの表情――いや、この場にいる全員の表情が険しくなった。スメラギが眉間の皴を深くする。

 

 

「私たちの戦力だと、1基づつ潰していくしかなさそうね。戦力を分散させるほどの余裕も無いし……」

 

「――じゃあ、戦力があればいいのね」

 

 

 スメラギの言葉を聞いたベルフトゥーロが、何かを確かめるように問いかけた。いや、問いかけと言うよりは、決定事項を告げているような声色だ。そうして彼女は立ち上がり、厳かに宣言する。

 

 

「緊急コード発動、『星屑の旅人』。秘密結社(かぶしきがいしゃ)悪の組織は、これより私設遊撃部隊“スターダスト・トラベラー”としての活動を再開する!」

 

 

 ベルフトゥーロの宣言を聞いた悪の組織/スターダスト・トラベラー関係者が背を伸ばす。

 居候であるクーゴも自然とそうしてしまったあたり、良くも悪くも居候先に馴染んでいたのだろう。

 眼前にいるのは悪の組織の総帥(しゃちょう)ではない。ヒトと共に生きる未来を模索する新人類・ミュウを束ねる指導者(ソルジャー)だ。

 

 

「今回のミッションは、アロウズの衛星兵器メメントモリの破壊。ソレスタルビーイングとの合同で行うわ。――リボンズ、リチャードたちの他に動かせそうな艦や部隊は?」

 

「キャプテン・Dのホワイトベース隊だね。僕とリジェネは理由(ワケ)あってそっちに行けないけど、ヒリングやリヴァイヴたちは大丈夫だよ」

 

「じゃあ、ヒリングとリヴァイヴたちをプトレマイオスに派遣して。リチャードとは合流後には()()()()をこっちに回して貰って、ホワイトベースにも合流して貰うわ。カテドラルを始めとした地上部隊はそのまま情報収集を続けて」

 

 

 てきぱきと指示を出すベルフトゥーロの変貌ぶりにソレスタルビーイングの面々は呆気に取られていたが、彼女もまたイオリア・シュヘンベルグと共に理想を追いかけている女傑だ。納得できるところがあったのだろう。面々は苦笑しながらも頷き合っていた。

 

 彼女の言葉に呼応するように、プトレマイオスへ通信が入る。相手は悪の組織/スターダスト・トラベラー所属の戦艦だ。

 責任者の名前はクルーガー夫妻とキャプテンD――本名はエイミー・ディランディだが、ベルフトゥーロの意向によって伏せられている――である。

 程なくして表示されたウィンドウには、シニカルに笑うリチャードと静かにたたずむノーヴルの2人と、帽子で髪を隠してサングラスをかけたキャプテンDの姿が映し出された。

 

 

「エイミー!? お前エイミーか!? なんでここにいるんだよ!?」

 

「どちらさまですか? 私には兄が2人いますが、ロックオン・ストラトスという名ではありません。上の兄・ニールは9歳年下の当時未成年と交際した挙句彼女を悲しませてる不甲斐ない奴ですし、下の兄・ライルは稼働年数9年弱(実質9歳児)と交際してるくせに上の兄の恋人に狼藉を働いたろくでもない奴ですが」

 

「エ゛イ゛ミ゛ー!!? 待ってくれ、それには理由(ワケ)が!!」

 

「た、確かに、事実を陳列するとライル・ディランディ(今のロックオン)は“用語不能のクソ野郎”にしかならないが、ニール(前のロックオン)は――……あれ? 待て、待ってくれ。これでは『どちらも大差ない』ことに……!?」

 

「団栗の背比べってこういうことを言うんですねぇ……」

 

 

 キャプテンD――エイミーの変装を見破ったロックオンからの追及を受けた彼女は、淡々とした調子で痛烈な一撃を叩き込んできた。“身内の(ヘキ)を晒す”という諸刃の剣、或いは死なば諸共みたいな発言であるが、ロックオンからの追及を有耶無耶にする効果はあったらしい。

 彼は顔を真っ青にしてエイミーへ弁明していたが、頭を抱えたティエリアと興味津々な顔をしたミレイナのひそひそ話に耐えられなくなったのか、今度は彼らに対して弁明を始めていた。最早、キャプテンDに対する疑惑を追及する余裕も暇も失ってしまったようだ。

 蛇足であるが、最終的に彼は、一連のやり取りを渋い顔をして見ていたアニューとフェルトに土下座していた。そのやり取りが終わる頃にはキャプテンDとの通信も終わっていたため、結局彼女を追及できないまま終わったことを記述しておく。

 

 兄に対して爆弾を投げつけた挙句、その処理を押し付けることで追及を回避したエイミーは、リチャードやノーヴルたちと共に作戦のすり合わせを進言していた。

 阿鼻叫喚になった一画に視線を向けて渋い顔をしていたスメラギであったが、背に腹は代えられないと判断したらしい。件の一角を無視して作戦立案を始めた。

 

 といっても、やることは実にシンプル。リボンズの弟妹たち――ヒリング・ケア、リヴァイヴ・リヴァイヴァル、ディヴァイン・ノヴァ、ブリング・スタビティとプラスαを加えたチーム・プトレマイオスと、リチャードらが率いる部隊と合流したチーム・ホワイトベースによるメメントモリ2基への同時攻撃である。

 

 

「俺たちの部隊にはマザーの子機をハッキングできる面々と、実力ある荒ぶる青(タイプ・ブルー)がいるからな。子機のハッキングは手薄だけれど同等の戦力が揃ってるホワイトベース隊に合わさってもらうことで、戦力を補強するという寸法だ」

 

「そっちにはイデアと共に行動している疑似AI・アメリアスがいるだろう? 子機のハッキングは彼女がメインで行うことになるけど、サポート役として最新型の疑似AIと、戦力としてヒリングやリヴァイヴたちに加わってもらう形で戦力の補強に回ってもらうというワケだね」

 

「子機付きのメメントモリを破壊した後は合流し、一緒にテラズ・ナンバー3と子機付きのメメントモリを破壊する――作戦の基本骨子はこんな感じでしょうね。破壊後の合流タイミングは、互いの損傷度合いによって臨機応変に変えて行くことになりますが」

 

 

 リチャード、リボンズ、キャプテンDはそう言って締めくくる。

 彼らの報告や話を聞き終えたベルフトゥーロがスメラギに向き直った。

 

 

「――こちらの出来る限りを尽くした結果ですが、いかがでしょう? スメラギ女史」

 

「……そうね。ここまでして貰えるのだもの、渡りに船だわ。――イオリア・シュヘンベルグの理想を継ぐ者同士、共に戦いましょう」

 

 

 破格の条件を積み上げられたスメラギは表情を引きつらせていたが、覚悟を決めたように頷いた。そうして、戦力の合流等の細かな部分のすり合わせへと話がシフトしていく。

 

 そのとき、リチャードとノーヴルが映し出された画面の向こう側がカヤカヤと賑やかになる。ほんの一瞬であるが、子どもたちの姿が見切れた。

 それを皮切りに響くのは、聞き覚えのある少年少女――アニエス、サヤ、ジン、アユルの声。子どもたちの談笑に気づいたリチャードとノーヴルが視線を動かした。

 

 どちらも画面外へ微笑ましそうな眼差しを向けていたが、次の瞬間、リチャードの表情に衝撃が走る。

 

 

「オルフェスがライラスと合体できるようになったんだ!」

 

「これで、ベルジュくんと共同作業が……うふふふふふ」

 

「いいなー。お姉さまばっかりずるい! 私もジンと合体したいです!!」

 

「あ、アユル……!」

 

 

 少年少女の会話内容は、機体の合体機能についてのアレコレだ。だが、凍り付いたリチャードは、頭の中で別の答えを弾き出しているように見えてならない。

 確かに、アニエスはサヤ、ジンはアユルと良い感じだったように思う。旧ユニオン時代から、ノーヴルがニコニコ笑顔で外堀を埋めにかかっていた姿は何度も見たことがあった。

 「あらあらうふふ」と微笑ましそうに目を細めるノーヴルの隣で、真顔のリチャードは微動だにしない。代わりに、彼の視線だけがぐるんぐるんと動き回っていた。

 

 程なくして、リチャードは深淵を覗き見てしまったのだろう。

 唐突に頭を抱え、盛大に叫んだ。

 

 

「ああああああああおあああああああああっああああああうわああああああああああああああああああっああああああああああ!?!?!?」

 

「あら。貴方、今更気づいたの?」

 

 

 彼の叫びに如何程の意味が込められていたのかは分からない。だが、リチャードの隣にいたノーヴルはすべてを《聴き取れた》のだろう。余裕たっぷりな調子を崩さず、彼と会話を始めた。

 

 「うわあ」しか言えないリチャードへ的確な返答をしていたノーヴルだったが、リチャードが言語能力を取り戻した際に叫んだ言葉――「助けてくれフィシス様」――を聞いた途端、彼女は夫の胸倉を掴んでがくがく揺さぶり始めた。件の名前に対して何か思うところがあるためだろう。以前夫婦と顔を会わせたときも、その名前を叫んだリチャードがノーヴルに攻撃を受けていたか。

 騒ぎを察したアニエスたちがクルーガー夫婦を止めに入り、騒ぎを聞きつけた面々も慌てた様子で駆け寄ってくる姿が放映されていた。突然の仲間割れ(?)に呆気に取られるソレスタルビーイングの面々であったが、夫婦が画面外へ消えたのと入れ替わりに、他の面々が映し出される。彼らの姿に反応したのは、イデアとクロスロード夫妻だった。

 

 

「征士郎くん!」

 

「夕凪先輩に、一鷹先輩も!」

 

「アリスとハルノも元気そうだね!」

 

 

 どうやら、リチャードの所属する部隊には、イデアやクロスロード夫妻の知人が加わっていたらしい。彼や彼女たちは和やかに談笑を始める。

 その後ろでリチャードとノーヴルの夫婦喧嘩(?)が繰り広げられていたが、この面々からすれば『いつものこと』らしく、完全放置を決め込まれていた。

 画面の向こうの混沌具合を放置できなかったアレルヤが、恐る恐るイデアたちの談笑に割って入る。控えめな調子に見えたのは気のせいではない。

 

 

「後ろのアレ、放置してて大丈夫なの?」

 

「問題ありません! 私たちが物心ついた頃からずっと変わらない夫婦喧嘩なので!」

 

「そ、そう……」

 

 

 青い髪の少女――アリスが勢い良く宣言するので、アレルヤは気圧されてしまったらしい。だが、怯んだ彼に向って追い打ちが飛んできた。

 

 

「些細なことです。施設を破壊するために必要な武装を空にしたわけでもありませんので、そこまで心配する必要もないでしょう」

 

「提供したウェーバー・ガン、役に立ったようで何よりだ。デュナメスやケルディムの武装に応用されたと聞いたが」

 

「待って。ねえ待って! もしかしてキミたち、あの場にいたの!?」

 

 

 狼狽するアレルヤに対し、話題を振った当人――アリスと征士郎は真面目な調子で声をかけていた。どうやらこの面々、どこかの戦場でアレルヤと遭遇した経験があるらしい。そこからまた談笑が始まる。憎み合う関係ではないようで、漂う雰囲気も和やかだ。

 4年前にソレスタルビーイングが行った“旧人類革命軍の『超兵』関連施設への武力介入”が絡んでいるようだが、今度はそこから別の話題へ変わってしまった。そこにマリーやノブレスも加わって、更に和気藹々とした空気が流れる。

 そういえば、カテドラルの面々と通信越しに会話した際、アレルヤとマリーがカテドラルクルーと楽しそうに話していたか。確か、あの艦のクルーたちの大半が“『超兵』としての実験を受けていた過去を持つ少年少女がミュウとして『目覚め』、悪の組織/スターダスト・トラベラーに身を寄せることを選んだ”者たちだった。

 

 彼らに加わっているイデアの様子を暫し見守っていたクーゴは、ふと気づく。

 征士郎、一鷹、夕凪とイデアの距離が、いつもの面々と比べると『気安い』感じがするのだ。

 

 

「あの子たち、『同年代の幼馴染』なのよ。最年長がイデア」

 

「そうなんですか……」

 

 

 クーゴの後ろから声をかけてきたのは、悪戯っぽく笑うベルフトゥーロ。彼女から注釈を受けたクーゴは、再び画面に映る3人――征士郎、一鷹、夕凪と談笑するイデアの横顔へ視線を向け直す。

 

 イデアの年齢は250歳以上300歳未満。ということは、『イデアと同年代』である征士郎たちの年齢もそのくらいなのだろう。だが、3人の外見は10代半ばから20代に入るか入らないかの絶妙な年頃だ。

 外見的な特徴を生かし、一鷹と夕凪は“一介の学生”という身分で人間社会に溶け込んでいたらしい。ベルフトゥーロ曰く『沙慈とルイスを保護することができたのもそれが縁だった』という。

 

 ソレスタルビーイングの仲間たちへ見せる表情も、同年代の幼馴染に見せる表情も、同胞たちに見せる表情も、歌い手のエトワールとしてクーゴと接していたときの表情も、共に戦う仲間として顔を会わせた際の表情も、ちょっとづつ差異がある。それが羨ましいとも思うし、どの表情も魅力的だなとも思うのだ。不思議なことに。

 クーゴが変なことを思案していたとき、イデアがこちらに向き直った。御空色の瞳と目線が合う。2人して瞬きした後、なんだかこみ上げてくるものを感じて口元を緩める。それはイデアも同じようで、ふわりと笑い返してくれた。――その事実が、なんだか嬉しい。……今、クーゴはだらしない顔をしているだろう。そんな気がした。

 

 

「……あれでくっついてないとか嘘だろ」

 

「ですよねぇ」

 

 

 仲間たちの様子を見守っていた刹那と宙継が顔を見合わせていたが、2人が何を言っているかまでは聞き取ることが出来なかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 キラキラ輝く青い旗を見たことがある。

 ()()()()()()()()()で起きた、戦いの虚憶(きょおく)

 

 

『『小隊長くん』。キミは、いつから気づいていたんだ?』

 

『いつから、とは?』

 

『俺が“管制システムに操られながらも、反旗を翻すために暗躍していた”ことに、だ。……どの段階で気づいた?』

 

『最初からです。貴方の動き方は、“洗脳に抗っていた人の動き方”とよく似ていたので』

 

 

 最後の戦いが始まる少し前、『彼』――“自分”の元となった人物であるハーメス・マーキュリーが、『小隊長』と呼ばれた青年と交わした会話だ。

 

 ひょんなことからGユニバースという異世界に迷い込み、管制システムの罠によって傀儡兼虜囚と化したハーメス・マーキュリーは、奴の手駒として動かされながらも、虎視眈々と反逆のタイミングを狙っていた。そんなときに現れたのが、嘗ての己と同じ理由で引きずり込まれた『小隊長くん』とその仲間である。

 管制システムからの指示によって小隊長と交戦したハーメス・マーキュリーは、MSパイロットである『小隊長くん』とプログラマーであるユノ・アスタルトの腕前を認めて以後、管制システムに抗いながら接触・情報提供やサポートを行った。管制システムに反逆がバレて以降は、まともな支援や情報提供すら行えないことも増えたけれど。

 

 人格矯正プログラムや人格リセットに押し潰されそうになったことは一度や二度ではない。その度に、何かを察した『小隊長』が愛機の武装を展開していた。

 キラキラ輝く青い旗。「嘗て自分を救い上げてくれた恩人への憧憬と敬愛の証なのだ」と語った『小隊長』の言葉を、ハーメス・マーキュリーは鮮明に覚えている。

 それ以上に――ハーメス・マーキュリーの愛機ごとMAに取り込まれて『小隊長』に差し向けられた際、損傷も構わず『彼』を救い上げたときに展開していた武装でもあったから。

 

 

『ハーメスさん! ちょっとお時間いいですか?』

 

『ああ、構わないよ『小隊長くん』』

 

 

 『彼』と『小隊長くん』の関係を一言で表すとするなら、“かけがえのない戦友”だろうか。『小隊長』がハーメス・マーキュリーの意図を察し――或いは、ハーメス・マーキュリーが名実ともに『小隊長』の陣営に合流し――て以降は、とても和やかな雰囲気で会話をしていたように思う。

 

 

『ああ、『小隊長く』――』

 

『『小隊長』! ちょっと話があるんだけど』

 

『何ですか? ユノさん』

 

 

『『小隊長くん』。今、時間は――』

 

『『小隊長』さん! 次のミッションについて気になる点があるんだ。ちょっといいかな?』

 

『分かりました。今行きます、サクラさん!』

 

 

 時折、ハーメス・マーキュリーよりも付き合いがある面々――ユノ・アスタルトやサクラ・スラッシュからの声掛けを優先することがあった。『彼』は特に何も言わず、黙って『小隊長くん』が2人との用事を終えるまでを眺めていた。その眼差しがとても優しかったことが印象に残っている。

 ただ、“自分”は()()()()()()()()。幼馴染同士気心が知れたやり取りを繰り広げるユノ・アスタルトや、社交的な性格で積極的に『小隊長くん』へ絡みに行くサクラ・スラッシュの姿を見ていると、何とも言えない不快感や劣等感を抱いてしまうのだ。

 『彼』から見れば微笑ましい光景の1つでしかないのに、“自分”にとっては胸が締め付けられるような心地になる。ユノ・アスタルトやサクラ・スラッシュに対して、ねばついた対抗心を抱いてしまうのだ。それと同じくらい、「何故」と叫びたくて仕方がない。

 

 ハーメス・マーキュリーは、『小隊長くん』やユノ・アスタルトたちの健闘を讃えてGユニバースを去った。だけど、“自分”は『彼』のようにはなれなかった。

 満足げに笑うハーメス・マーキュリーとは違って、別れを受け入れながらも再会を願うハーメス・マーキュリーとは違って、そうは在れなかった。

 

 傍に居たかった。隣に居たかった。共に在りたかった。力になりたかった。これからも、いつまでも、ずっと、傍に――。

 

 

(疑似人格AIとしては、欠陥品だろうな)

 

 

 “自分”が生み出されるまでのアレコレ――主にエラー関係――を思い出し、ハーメスは苦笑する。周囲に散々迷惑をかけて漸く、ハーメスは“ここ”まで辿り着いた。心臓どころか実体すら無いけれど、気分が高揚するこの感覚を何と例えよう。

 

 ユノ・アスタルトは言った。『プログラミングを得意とする人間は、リアリストでなければ務まらない』と。

 ハーメス・マーキュリーもプログラミングを得意としていたが、リアリストとロマンチストという正反対な面を両立していた。

 “自分”はきっと、リアリストにもロマンチストにもなれない欠陥品だろう。馬鹿な我が儘を抱えて生まれた、エラーだらけの何か。

 

 『彼』との共通点は、ガワぐらいしかない。しかも、似通っているだけで細部に違いがある。

 『彼』との友情を大事にしている『小隊長』にとっては、きっと“自分”は、ソレを冒涜したような存在にしかなれない。

 

 ああ、だとしても――ずっと、待っていたのだ。

 

 

「――()()()()()、ミスター宙継。……いいや、厳密に言えば、少し違うか。――『小隊長くん』と言えば、キミは気づいてくれるかな?」

 

 

 なるべく『彼』の調子を再現して――それでも怖くて仕方がなかったのだけれど――、ハーメスは考えていた第一声を諳んじる。

 それを聞いた『小隊長くん』の平行存在――刃金宙継が目を丸くした。何度か瞬きをした後、彼は思わずと言った調子で口を開いた。

 

 

「――ハーメスさん?」

 

 

 虚憶(きょおく)で見たときよりもずっと小さくて――それでも優しいところや凛とした眼差しは何一つ変わっていない少年が、ぱっと表情を綻ばせてくれたものだから。

 ついうっかり、『彼』が見せなかった“照れ臭そうに笑う”動作をしてしまったのは、他でもない“自分”だけの秘密にしておきたいと思ったのだ。

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。




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