問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
有識者曰く、『プネウマ・ブルは陸専用・砲撃特化/遠距離戦を得意としたMAであり、ヒュイオス・スカイは空戦用・近接戦闘を想定/接近戦を得意としたMAである』とのことらしい。
前者が上部の主砲や脚部のあちこちに設置されたレーザー砲からの砲撃で攻め込むタイプならば、後者は巨大なビームサーベルや有線アームクロー等の接近戦用武装で身を固めたインファイターである。
尚、ヒュイオス・スカイには足に相当する部分にもビームサーベルを形成できるようで、時折アクロバティックな動きを繰り出すこともあった。攻撃範囲はプネウマ・ブルに劣るが、一騎当千を狙える機体と言えよう。
「お、おいおい!? 話が違うじゃねえか!」
「言ってたッスよね!? 『マサーネットワークのリンクが切れたら、あの子機は自壊する』って!」
「逆にやる気出て襲い掛かってきたけど!?」
「……成程。ネットワークから切り離されたことで“自我らしきもの”が生まれたのね。それが『親機であるグランドマザーの元への帰属』、か」
メメントモリの破壊成功で浮足立っていたラッセ、リヒテンダール、クリスティナが悲鳴を上げた。特に後者2名は――以前、恐ろしい目に合ったというのに――ベルフトゥーロに苦情を入れている。だが、ベルフトゥーロは極めて冷静沈着だった。どこか皮肉たっぷりにため息をつきつつ、思念波/シールドを展開してプトレマイオスの防衛を行っていた。
ベルフトゥーロは“嘗て
マザー・ウルリカと対峙していた面々が再び向きを変え、降り注いでくるミサイルの迎撃に移る。その間に、マザー・ウルリカは猛スピードで彼らを追い抜いた。
「嘘でしょ!? なんであたしたちを無視するのさ!?」
「子機には『ミュウの抹殺』を至上とするようプログラミングされてるはずなのに……!」
<恐らく、マザーネットワークから除外されてしまったのが原因だろう。“データの統括化が行われなくなったことで、独自の判断基準を得た”と見る……!>
ミサイル迎撃に手間取っている間に素通りされたヒリングとリヴァイヴが、わき目を振らずに前進を続けるマザー・ウルリカ/ヒュイオス・スカイに目を見張る。
それは、マザー・ウルリカの変化を分析したハーメスも同じらしい。“
メメントモリ破壊作戦の諸事情により、作戦終了時に動ける機体は“マザー・ウルリカを相手取っていた面々”――宙継/ちょうげんぼう、ハーメス/ラトレイア、ヒリング/ガラッゾ、リヴァイヴ/ガデッサ、ブリング/ガラッゾ、ブリング/ガラッゾ、デヴァイン/エンプラス、及び“プトレマイオスの上部にいた機体”――クーゴ/はやぶさ、イデア/パハリアのみ。
前者を突破されれば、奴の進撃を阻める機体はクーゴ/はやぶさとイデア/パハリア以外ない。イデア/パハリアは先の作戦でかなり無理をしていたし、クーゴ/はやぶさだってミハタテンサイの展開や調整で大分しんどい状況下にある。それは、手を貸してくれたアスカ夫妻やクロスロード夫妻、エイフマンだって同じはずである。
だが、泣き言を言っていられるような状況ではないのだ。例え満身創痍だろうと、敵は待ってくれないのだから。
「――ウルリカがミュウに汚染されていないことを、示すのです」
自我が芽生えたマザー・ウルリカ/ヒュイオス・スカイは飛翔を続ける。プトレマイオスも逃げの一手を打っているが、十中八九振り払えないだろう。
プトレマイオス上部に乗っているはやぶさとパハリアが遠距離兵装で牽制攻撃を行うが、ヒュイオス・スカイは両手両足からビームサーベルを形成して切り払った。
「――ウルリカが役目を果たせることを、示すのです」
切り払った際の勢いすら推進力へ変えて、ヒュイオス・スカイが迫る。空戦型MAの名は伊達じゃない。
「――そのために」
両手の有線アームクロウが放たれた。片方ははやぶさのミハタテンサイで打ち払い、もう片方はプトレマイオスの左舷を掠っただけでパハリアの盾で弾かれる。
ヒュイオス・スカイの背後には、奴を猛追するちょうげんぼうとラトレイアが迫っていた。その少し後ろに、ガッデスやガデッサたちが続く。
ネットワークに繋がっていた頃だったら、背後の脅威を処理しながらプトレマイオスに襲い掛かる程度の反応を示したことだろう。だが、今のマザー・ウルリカは背後の脅威など目もくれない。
「――私に与えられたミッションを、完遂するのです!!」
マザー・ウルリカに課せられた使命は『メメントモリの守護』と『アロウズに反抗する戦力の殲滅』。前者はもはや意味を成さないため、残された後者――ソレスタルビーイング/プトレマイオスを撃墜するために動いているのだ。
有線式アームクローが定位置に戻った直後、それは巨大なビームサーベルを形成する。勿論、足の部分にも同じものを展開させていた。空戦用MAとしての推進力に物を言わせた突撃が迫る。プトレマイオスの防衛の要であるGNシールドは諸事情により展開できない。
思念波によるシールドだって、満身創痍の自分たちでは焼け石に水程度にしかならないだろう。あの突撃が直撃した場合、プトレマイオスの壊滅は確定だ。
「リヒティ!」
「了解ッスぅぅぅぅ!!」
スメラギの指示を受けたリヒテンダールが操縦桿を動かした。プトレマイオスが大きく傾き、はやぶさとパハリアは踏み止まりながら武装を展開し続ける。
結果、ヒュイオス・スカイの一撃はプトレマイオスの左舷表面を抉るのみで終わった。体勢を崩したヒュイオス・スカイに、ようやくちょうげんぼうとラトレイアが追い付く。
足掻くようにして再びビームサーベルを展開して振り回すヒュイオス・スカイだが、最小限の動きで回避したちょうげんぼうとラトレイアの射撃をもろに喰らった。
それが決定打となったのか、ヒュイオス・スカイの上部から黒煙が上がる。明らかに機動性が低下し、動きが鈍くなった。
紫電が走り、音声もノイズ塗れになってまともに言葉も紡げなくなったにも関わらず、マザー・ウルリカ/ヒュイオス・スカイのカメラアイがぎらつく。
その様は――音声の不具合も相まって、まるで呪詛のようだった。
「――還る、帰るのです。ウルリカは、ウルリカは、『テラ』の元へ。帰る還るかえるカエル、ウルリカ、ウルリカ、ウル、カ、『テラ』へ――!!」
「――!」
クーゴは悪寒を感じて息を飲む。あの殺気には覚えがあった。具体的には、MDが暴走してクーゴ/フラッグに襲い掛かって来たときに感じたものと同じ。
なのに、マザー・ウルリカの悲痛な叫びには、遠い昔に
「今度こそ終わらせる!」
「これでミッションクリアだ!」
ブリング/ガラッゾ、デヴァイン/エンプラスが、満身創痍状態のヒュイオス・スカイへ迫り――
「スメラギさん! E-センサーに敵機反応ですぅ!!」
ミレイナの切羽詰まった声が響く。見上げた先には、2機のMAがいた。
1つは、メメントモリ破壊作戦進行中に相対峙したプネウマ・ブルの面影がある戦艦型MA。もう片方はヒュイオス・スカイの面影を宿した近接用MAだ。武装の形状から考えるに、プネウマ・ブルやヒュイオス・スカイより1世代前――俗にいう『プロトタイプ』と言えそうである。
つまるところ、件の2機もまた“マザーネットワークに属する者”。新手の出現だ。敵機の接近に気づいたブリング/ガラッゾとデヴァイン/エンプラスは慌てて回避行動を取って離脱する。宙継/ちょうげんぼうやハーメス/ラトレイアがプトレマイオスを守るよう前に出た。ヒリングとリヴァイヴもそれに続く。
援軍/同胞が近づいてきたことを察したのか、マザー・ウルリカ/ヒュイオス・スカイの頭部が動く。カメラアイに映し出された2機のMAを視認した途端、彼女は声を張り上げた。ノイズ塗れの声に喜色を感じたのは、きっと気のせいではない。
彼女のホログラムが表示される環境だったら、きっと、マザー・ウルリカは満面の笑みを浮かべているはずだ。
そんなことを考えつつ、クーゴ/はやぶさも身構える。形勢不利は相変わらず、ただ度合いが上昇しただけ。
「マザー・ベラ、マザー・ダーナ! よく来てくださりました。ウルリカは――」
「――マサー・ウルリカはミュウによる汚染を受けた」
「え?」
「――グランドマザー『テラ』はマザー・ウルリカを
「「――グランドマザー『テラ』の命令により、
喜色満面の声色で同胞――マザー・ベラとマザー・ダーナの名を呼んだマザー・ウルリカであったが、2人/新手のMA2機は彼女の救世主ではなかったらしい。淡々とした声色のまま武装を展開する。
双方、攻撃照準はマザー・ウルリカ/ヒュイオス・スカイ。戦車型MAに搭載された主砲と近接用MAに搭載されていたミサイルが、満身創痍のマザー・ウルリカ/ヒュイオス・スカイに降り注ぐ!!
マザー・ベラとマザー・ダーナが繰り出してきた攻撃の有効範囲は、プトレマイオスとその周辺にいるすべての機体。マザー・ウルリカ/ヒュイオス・スカイなど遮蔽物にもならないレベルの破壊力だ。目視だけでそれを察せる程の、眩い光が降り注ぐ!
今のプトレマイオスに、あの攻撃を防ぐ術など皆無。
可能性があるとするなら、それは――
「――っ、サイオン・フルバースト!!」
クーゴ/はやぶさは再びミハタテンサイに力を籠める。満身創痍だろうが何だろうが、こんなところで終われない。終われない理由があるのだ。
そんなクーゴの判断と意志を《察した》のか、この場にいるミュウ全員がミハタテンサイに思念波を集中させてくれた。それを《感じた》クーゴは、思い切り声を張り上げる。
「なんとか……なんとかなれぇぇぇぇぇぇッ!!」
「ラッセ、アニュー、お願い!」
降り注ぐ砲撃とマザー・ウルリカの断末魔に紛れて、指揮官たるスメラギが指示を出す声を聞いた気がした。
◇◇◇
刹那の元に『メメントモリの破壊に成功した』という連絡が届いたのは、ブシドー/マスラオと剣戟を繰り広げている最中のことだった。
その一報は現場で戦っていた兵士たちにも届いたらしく、戦闘宙域から離脱を図る機体が視界やレーダーの端にちらつく。
刹那/ダブルオーは戦う意思のない者を追いかけて追撃する意思はない。ただ、現状で一番問題なのは、ダブルオーに尚も追い縋ろうとするマスラオだ。
「げほっ、ごほっ……! ぐ、ぅぅ……!!」
ぜいぜいひゅうひゅうと荒い呼吸を繰り返し、苦悶を滲ませた呻き声を漏らし、口から血反吐を吐き出して、概算度外視で戦おうとするブシドー/グラハムの鬼気迫った《顔》が《視えた》。
メメントモリの陥落は、アロウズの兵士たちに通達されたはずだ。だが、ブシドー/マスラオは命令に従わない。ライセンサーという権限を悪用し、刹那/ダブルオーに挑みかかって来る。
元々、グラハム・エーカーは“そういう”――諦めが悪くてしつこい、俗にいう『人に嫌われる』――タイプだ。特に、刹那と刹那の愛機に対しての執着は折り紙付きである。
4年前も今も、数多の意味でそれを味合わされている身だ。嫌と言う程熟知している。
最近の彼を見ていると、今は『悪い意味で』その気質が発揮されているように思うけれど。閑話休題。
機体の損傷率はほぼ互角。能力はダブルオー優勢だが、ブシドー/グラハムは4年前の時点で機体の性能差をひっくり返してエクシアに食らいついてきた技量の持ち主だ。「気が抜けない」のは刹那も同じである。
(こいつを振り切らなければ、トレミーに合流することはできない……!)
グラハム・エーカーとは、何度も戦場で相対峙している。彼を相手取るときは――たとえ恋人同士であっても――手を抜いたことは一度もない。寧ろ、それ自体が相手に対する非礼と侮辱に直結している。
戦場とは得てして“そういうもの”であるし、ソレスタルビーイングのガンダムマイスター/軍所属のフラッグファイターの任務には常に生死が懸かっているのだ。互いに、互いの立場は熟知していた。
「――っ、まだだ……!」
マスラオは懲りずにダブルオーへ躍りかかる。振り上げたビームサーベルを実体験で受け止め、また剣戟が始まった。
相手の攻撃を捌き、隙を狙う中、不意に《聲》が《響く》。
<少女を先に行かせてはいけない>
《聲》の主は、道理を無茶で押し通ろうと向かってくるミスター・ブシドー/グラハム・エーカー。
<今は駄目だ。今行ったら、間違いなく、
断片的に《視えた》のは、どこかの宙域。
破壊された建造物と、途方に暮れたように佇むMA。
それを狙って宇宙を駆ける2機のMA。
そうして――4年前、刃金蒼海の駆るバルバトロによって、クーゴ/GNフラッグと刹那/エクシアが撃墜されたときの光景が《視えた》。
怪我の影響で開けぬ左目の分まで右目を見開いて、泣き出しそうな顔をして、友と恋人の名を叫んだ金髪碧眼の男の絶叫が《聴こえる》。
「まだ、何も終わっていない……!」
<
「――!」
「この程度で、私とマスラオが終わるわけがないだろう!!」
<限界が何だ。命の危機がどうした。――そんなもの、あの日の絶望に比べれば些細なことにすぎん。現状については言わずもがな!>
――ああ。
――目の前にいるのに、どうして。
「付き合って貰うぞ、少女!」
<どうせ尽きる命だ。……最期に見る景色も、そこに至るまでの道のりも、私の意志で選びたいじゃないか>
――どうして、こんなにも、遠いのだろう。
「――あんた、馬鹿だろう……!」
手を伸ばせば届く距離にいるのに、刹那の手は何も掴めないままだ。テロリストに洗脳されて両親を手にかけた頃から、何一つ変わっていない。“戦争を終わらせる存在”――『ガンダムになりたい』と願ってからある程度の年月が過ぎたと言うのに、どうしてこの手は届かないままなのか。
目の前の男は、刹那に対して躊躇うことなく手を伸ばしてきた。何度振り払っても、手を繋ぐことを拒否しても、構わず手を取ってくれた。惜しみない愛を手向けてくれた。刹那が彼の手を握り返せるようになる頃には、手を離さなければならない瞬間が刻一刻と近づき始めたのに、彼は『全てが終わったら、もう一度手を繋ぎたい』とまで願ってくれたのに。
4年という年月は、“心のよりどころを自らの手で壊し、自罰的に生きる道を選んだ”刹那と、“そんな刹那に対して手を伸ばし、掴み、握り返してくれた”グラハムの立場をそっくり入れ替えた。なのに、4年と言う年月では“刹那がブシドーの手を掴めるような人間”になるには足りなかった。足りな過ぎたのだ。
伸ばす手は悉くやんわりと押し返され、儚い笑みは痛々しさを強く滲ませる。
そのくせ、刹那に向ける愛だけは、あの頃と何も変わっていないのだ。
――なんて
「何故、明日を見ようとしない……!? 何故、俺を信じてくれないんだっ!!」
何もかもを諦めたように笑う男に対して、刹那は思わず怒りを募らせた。それが八つ当たりでしかないことを重々理解して、それでも口に出さずにはいられなかった。
脳裏に浮かぶのは、4年前の最後の逢瀬。国連軍とソレスタルビーイングによる最終決戦の火蓋が切って落とされようとしていたときの、短い休暇。想いを通わせて、心身ともに結ばれた、幸福な一夜。――あの日見た夢を、刹那は一生忘れることは無いだろう。否、忘れられるはずがないのだ。絶対に。
グラハムとの一騎打ちに勝利した後、刹那は彼に言ったはずなのだ。『明日を掴むために生きろ』と。一騎打ちを始める前に、グラハムは言っていたはずなのだ。『刹那と交わした約束と夢の続きが見たい』、『それが、グラハム・エーカーの望む明日なのだ』と。――件の一騎打ちが終わったとき、自分たちは同じ答えを出したはずなのに。
刹那が思わず怒鳴ったとき、それに呼応するかのようにブシドー/マスラオがぎくりと動きを止める。
心なしか、刹那のすぐ傍で、ブシドーが情けない顔で狼狽している姿が《視えた》ような気がした。
控えめに伸ばされた彼の指が、たどたどしい動きで刹那の目元を拭う。苦しそうに、辛そうに、申し訳なさそうに俯いた。
<……すまない>
「謝るくらいなら、共に来ればいいんだ……!」
<……前も言っただろう。『私には思考プログラムが施されている』と。キミに害を成す危険性がある以上、私は――>
ブシドーがそこまで言いかけたときだった。どこか遠くから、悲嘆にくれる女性の断末魔が《聴こえる》。思わず視線を向ければ、蒼穹を思わせるような青い光の旗が翻った。
旗が翻った方角の先には、刹那たちが破壊を目指していた兵器・メメントモリがある。戦闘中に《聴こえてきた》ブシドーの《聲》や発動したミハタテンサイの様子から考えるに、十中八九“メメントモリ破壊後に、プトレマイオスが強襲を受けた”のだろう。
だが、青い旗の輝きは未だ健在。アレは所持者であるクーゴ・ハガネの“命の色”そのもの故に、光が尽きぬことは彼の無事を意味している。刹那がそれを察したのと入れ替わりに、青い光はプトレマイオス及び協力者たちの無事を《伝えて》きた。
思わずと言った調子で刹那が安堵すれば、控えめに肩を叩かれた。視線を向ければ、先程まで放っていた殺気など嘘みたいな調子の――4年前や潜入任務で見たときのような、凪いだように微笑むブシドーが佇んでいる。彼は旗が降下していった方角を指さした。
<旗は、見えるか?>
「ああ」
<そこに向かって飛ぶんだ。そうすれば、キミの仲間たちの元へ辿り着く。何せ、私の親友――“空の護り手”の旗だからな。遠く離れていようと、よく見える>
自信満々に告げられたそれは、“ミハタテンサイの持ち主なら、プトレマイオスの仲間たちを守り通せる”という長年の親友/副官に対する信頼で満ちている。その横顔は4年前――彼がグラハム・エーカーだった頃に見たソレと変わっていなかった。
刃金蒼海の傀儡になることを選んでからはずっと、望まぬ行為に手を染めさせられ続けて、それ以外にも何かしらの言葉の刃を向けられて、心身共にズタズタにされて疲弊した。その際に、矜持も自信も踏み躙られ、叩き折られたのだろう。ミスター・ブシドーになってから、こんな風に笑う機会は無かったのかもしれない。
ただ、自分自身に対する自信を失くしてしまっただけで、嘗ての友人や仲間たち、或いは戦場で相対峙したソレスタルビーイングの構成員たちに対して抱いている信頼や情までは失くしていないのだろう。そうしてそれは、刹那に対する愛情や信頼も当てはまる。
<キミなら大丈夫だ、少女。――キミの信じるように、思うがままに進め>
ブシドーが愛おし気に目を細めた気配を《感じた》その刹那、傍らにいたはずの彼の姿は気配ごと消え失せていた。刹那が目を白黒させたのと、沈黙していたマスラオが踵を返して離脱したのはほぼ同時。
「待て、グラハム!」
刹那/ダブルオーが慌ててブシドー/マスラオの背中を追いかけようとするが、彼の背中はあっという間に見えなくなった。ダブルオーの機動性なら充分追い縋れたはずなのに、どうしてか動くことが出来なかったのだ。後ろ髪を引かれるような気持になりながらも、刹那は眼下に視線を向けた。
プトレマイオスを視認することは叶わないのに、青く輝く旗の在処は《
刹那/ダブルオーは、青く輝く旗を目指して地球へと降り立つことを選んだ。
◇◇◆
第1次蒼穹作戦――人類軍側の作戦名は“
脳量子波やサイオン波に惹かれて近寄ってきた挙句人間と同化しようとする“金属生命体”、核兵器で焼き払われた憎悪と憤怒を募らせるフェストゥム、フォールド波に惹かれて集まってくるバジュラ、地球人のくせにろくでもないことばかりしでかすハザードなど、不安要素が多すぎる。
特にハザードは“
「みなさんこんにちわ、イザベル・クロンカイトです。連日お伝えしている謎の異星体、通称“金属生命体”についてですが――」
誰がニュースにチャンネルを合わせたのかは分からない。だが、映し出された映像を見て、クーゴは思わず紅茶を噴き出した。宙継が慌てて台布巾を取りに行こうとして凍り付く。
丁度それと同じタイミングで、物資を運び込んでいたノブレスが抱えていた物資を取り落とし、恋愛話で盛り上がっていたイデアからありとあらゆる表情が抜け落ちた。
スメラギはあんぐりと口を開け、刹那と何かを話していたグラハムも表情を引きつらせている。同行していた“太陽の勇者”隊も声を上げた。
「カタギリ技術顧問がハザードと一緒にテレビ出てる!?」
「すげえ嫌そう!」
ジョシュアとアキラがテレビ画面を指さして叫んだ。人類軍の総司令官への態度ではないが、ハザードへの態度としては多分間違ってないだろう。
イザベルから『英雄』と呼ばれたハザードは有頂天で笑っている。対して、対談相手として連れてこられたビリーの口元は引きつっていた。
「ハザードの奴、自分から『なんでも聞いてください』とか言ってるけど、“金属生命体”の解説は全部ビリーに丸投げしてるな……」
「どうせ『邪魔者はみんな殲滅すればいい』と思ってるんでしょ。クソすぎません? 頭“
「頭グランドマザー『テラ』なんでしょう、きっと」
「教官。その悪口、アタシたちの中でしか通用しませんよ」
「前大戦の知識がないと通じない悪口はやめるんだ。十中八九、ハザードに意味が伝わらない」
補給作業の手伝いをしていたネーナとリボンズは苦言を呈したが、多分、内心は2人と同じことを考えているのかもしれない。目が笑っていなかった。
テレビ画面ではビリーとハザードの対談が行われている。和やかなのは表面だけだし、ご満悦なのはあん畜生ただ1人だ。ビリーの気苦労を思うと複雑であった。
奴は「各所から提供された技術を用いて決戦兵器を作っている。準備は万全」と豪語している。イザベラはそこで話を一区切りさせ、視聴者に対して適切な行動をするよう呼び掛けていた。
「……あの人に地球任せたら、文字通り『お終い』になりそうですよね」
「何回も滅びかけてるし、今も滅びそうなんだよなあ。それを止めるために、アルティメット・クロスは頑張ってるワケだけど」
宙継から手渡された台布巾を受け取り、噴き出した紅茶の処理を手早く済ませる。脳裏によぎったのは、数時間前のブリーフィングルームでの報告会だ。
蒼穹作戦終了後、ファフナーのパイロットたちは竜宮島で療養するために戦線離脱していた。同化現象の回復に一定の光明が差したので、治療に専念するためだ。少しづつではあるが体調は改善し、安定してきているという。他にも、本日から一騎の後輩にあたる子どもたちの訓練を始めるそうだ。
彼らが戦線に出される前にすべてを片付けられたらよかったのだが、いかんせん、ハザードやその他外宇宙生命体の問題が思った以上に根深い。後者は対話や融和、共存の可能性が見えているだけまだマシである。問題は、同じ人類なのに共存も共栄も和解もできなさそうなあん畜生の方だった。
(どこもかしこも決着待ちが多すぎる。……事態が動くとしたら、きっとこれからだろう)
クーゴは新しい紅茶を淹れる傍ら、端末のメッセージを確認する。送り主は“とある理由”で親しくなった道夫からのもの。メッセージには、彼の妻・弓子と娘・美羽との家族写真が添付されていた。
フェストゥム因子が関わった両親から生まれたためか、美羽の成長は常人よりも著しく速い。写真に写る少女は2歳ぐらいの外見だが、実際はまだ生後2か月しか経過していないのだ。
彼のメッセージは『他の子どもと少し違うところがあっても、美羽は俺の大切な娘なんだ。何があろうと、この手で守ってみせる』という心意気と、激励の言葉で締めくくられていた。
UXに参加してからは、いろんな方面で仲間が増えたような気がする。つい先日も、歌い手夜鷹としてエトワールと共に歌手組とコラボする羽目になったか。世の中何が起きるか分かったのもではない。
……それはきっと、クーゴのすぐ近くで談笑しているグラハムと刹那にも当てはまる。この2人も、何か一歩を間違えていたらこの世にいなかったかもしれないのだ。いかなる状況でも手放さなかった願いが、数多の軌跡を引き起こした。そうして今、この瞬間に繋がっている。願いは誰にも撃ち落とすことはできないのだ。
柔らかな表情をするようになった刹那と、本来の気質に戻ったものの時折儚い微笑を浮かべることが増えたグラハム。やり取りはあの頃と変化した部分もあるけれど、互いをまっすぐ見つめ合う部分は今でも変わっていない。そんな2人――特にグラハムのやらかしをついつい許容してしまうクーゴも、変わっていないのかもしれなかった。
「――竜宮島から救援要請! 実践訓練中に突如フェストゥムが出現したそうです!!」
――短い平穏が終わり、最後の戦いの幕開けが告げられたのは、それからすぐのことである。
*
<ねえ、俺も質問していい?>
《聲》が《聴こえる》。意識を集中させれば、淡い栗色の髪の少年――来主操が無邪気に笑っていたのが《視えた》。
<あのね、空が綺麗だって思ったことある?>
<空? あ、ああ。あるが……>
<あはははは、やっぱり! 俺はキミたちを理解できる!>
操からの質問に若干の困惑を滲ませつつ、真壁は答えた。質問の意図がよく分からなかったためだろう。だが、真壁の答えは操にとっての正解だったらしい。操は嬉しそうに表情をほころばせる。
どこからどう見ても、来主操の外見は人間にしか見えない。何も知らない一般人が彼を見て、その正体――彼の種族がフェストゥムである――を看破できるものは皆無であろう。
空について語る少年の姿は、いつぞやの友人のことを思い出させてくれる。クーゴはちらりとグラハムを見た。奴はアルトと一緒に何やら討論している様子だ。
奴は空を愛し、空を自由に翔けたくて空軍に入った男である。空を愛したきっかけは、空の美しさへの憧れだった。
クーゴも同じような――けれど少しずれた理由で、空軍に入った。その根底には、『「空が綺麗だ」と思ったから』もある。
(『空が綺麗』か……)
こんなにも単純な共通認識。共有できる感情。“目覚めた”クーゴだからこそ、胸に響くものがあった。
<キミたちを消したくないんだ。そのためにも、一緒に戦ってほしい>
<戦う? 誰と……?>
<――人類や、俺たちの他の群れと>
「えっ」
――だからこそ、だろう。
操の言葉を《聴いてしまった》クーゴが、料理の途中に手を止めてしまう程の強い衝撃を受けたのは。
危うく包丁を取り落としそうになったのはここだけの話である。
***
操のミールは“人類はクソだけど、一騎を始めとしたファフナーのパイロットが所属するアルティメット・クロスなら信じられる(意訳)”という派閥らしい。更に、フェストゥムの勢力図的な面でも、割とマイナーな派閥に属しているようだった。操曰く、人類に対して攻撃的な派閥が優勢とのこと。
『お互いが疲弊するまで力を削げば、二度と争いは怒らないだろう』という考えのもと、操のミールはアルティメット・クロスに共闘を申し込んできた。『アルティメット・クロス以外の人類と、操のミール以外の勢力をすべて叩き潰さない限り、共存の道は開けない』とまで言い切って。
アルティメット・クロスを信じて共存の道を模索してくれたことは嬉しいが、共存のために他の勢力をすべて殲滅するというのは大問題だ。そもそも、アルティメット・クロスは人類の守護者として戦い続けてきた集団だ。幾ら異種族との共生のためとはいえ、守るべき相手を傷つけることなど出来るはずがない。
操がアルティメット・クロスに求めているのは、嘗てのソレスタルビーイングによる武力介入の再現である。前の大戦で刹那やイデアらが行っていた“人類の意思を統一する”に近い。ただし、ソレスタルビーイングのような『自身にヘイトを集めたあと、公的機関の手によって滅亡する』という方法とは違い、『異なる意見を掲げる連中を殲滅しつくす』ことで意志の統一を図る方法だった。
操のミールは共闘の条件として、竜宮島のミールと同化することを要求している。彼らに痛みを教えた竜宮島のミールと同化すれば、自分たちの中に芽生えた痛みを消せると思い込んでいるようだ。尚、彼らを島のミールと同化させるということは、この島にいるすべての命が操のミールに握られることになる。――要は、共闘とは名ばかりの、永続的な隷属を強要しているのだ。
『そして奴らは、『ミールを同化させるまで、継続的にこの島を攻める』と言っている』
『つまり、『無条件降伏しろ』ってことじゃないか! 何が共存の道だよ!』
『やっぱり頭グランドマザー『テラ』なんじゃないの! ハザードといい勝負よ!』
『涼しい顔してとんでもねえ野郎だな!』
司馬懿の話を聞いた浩一・イデア・張飛らがキレ散らかす一幕もあったが、割愛する。
彼が伝えた内容とミールの判断によっては、来主操はアルティメット・クロスと敵対する可能性もあり得た。
その証拠が、竜宮島の空を覆う赤いオーロラ――この島のコアを殺すためのもの。
『人の心を理解するのは難しいよ。でも、『空は綺麗だ』って思ってくれて嬉しい!』
出撃前、操が言っていたことを思い出した。あのときは何も言えなかったけれど、「俺もだ」と頷きたくて堪らなかった。
仲間たちは今、状況の報告を待ちつつ、竜宮島での自由時間を過ごしている。わずかな休息期間だ、今のうちにゆっくり休んで欲しい。
クーゴはそんなことを考えつつ背伸びした。少し離れた場所では、道明寺が司馬懿に教えを乞うている。
互いの情報交換は捗っているらしく、熱を帯びた会話が続いていた。
「――ひどいぞ刹那! キミは私の想いをいなす気かっ!?」
「ええいやめろうっとおしい! 今この場ですることじゃないだろうそれは!」
「はっはっは、相変わらず愛が痛いな! 勿論、肘鉄ごときで諦める私ではないさ!」
話は変わるが、本日のグラハムは“やたらとテンションがぶち上ってる日”だったらしい。先の大戦が始まる以前の調子で刹那へちょっかいを出しては宙を舞っていた。受け身の態勢が様になっており、何度倒されてもすぐに立ち上がる。
彼女の顔は真っ赤だ。照れ隠しでやっていると知っているからこそ、グラハムは積極的にスキンシップを取りたがる。刹那のリアクションに一喜一憂したいようだった。惚気話すらできなかった時期があると考えると、今こうしていられるグラハムの心境を考えてしまい、止めるのを躊躇ってしまうのだ。
周囲に集う人々に至っては『恒例行事だ』と言って静観している。茶化す者もいるが、馬に蹴られたくないので、深く追及することはしなかった。
そんな痴話喧嘩と惚気の合体技を見て首を傾げる操の元へ、クーゴは歩み寄った。こちらに気づいた操がきょとんと見返してきた。
敵意がないことを示すように、クーゴはふっと頬を緩める。どうやらそれが伝わったらしく、操の方も無邪気に笑い返した。彼はそのまま、クーゴの隣に腰掛ける。
「キミは確か、クーゴ・ハガネだね。名前に『空』が入ってる」
「ああ。『空』を『護る』と書いて、クーゴなんだ」
読心術が発動していたようで、操はクーゴの名前を言い当てた。補足してやれば、彼はより一層表情を輝かせる。
「いい名前だね」
「友達にも言われたよ」
「あそこで刹那に蹴り飛ばされた人?」
「…………ああ」
操が指をさす。その先で、グラハムが吹っ飛んだ。巻き添えで浩一が下敷きになり、それを助けようとした美海と絵美が睨み合う。
軍配は真っ先に浩一に駆け寄った矢島に挙がった。漁夫の利。少女2人が彼の背中を射抜かんばかりの勢いで睨みつけている。文字通り目が光っていた。
グラハムはまた立ち上がった。満面の笑みを浮かべて刹那にまたちょっかいをかける。流石、しつこくて人に嫌われるタイプと自他ともに認められた男だ。
正直、これを「友人だ」と言いたくない。実際に友人なんだけど、他人のフリをしたくてたまらなかった。
「貴方も、空が綺麗だって思ったことがある?」
「あるよ。そんな空が大好きだ。……だから、今の竜宮島の空を見ると、とても悲しい」
クーゴはそう言って、竜宮島の空に思いを馳せる。
コアの代替えとして乙姫のサポートへ向かった芹が、「青い空が見たい」と叫んでいた姿を思い出した。
操も悲しそうに目を伏せる。「俺だって、こんなことしたくない」と、憔悴しきった声で呟いた。
だが、自分たちは彼のミールの提案に従うつもりにはなれなかった。その先にあるのは、竜宮島の終わりである。
竜宮島の子どもたち、およびアルティメット・クロスは、第3の道を模索していた。未だ、答えを探している最中だ。
「じゃあ、島の機能は?」
「完全にとは言えないケド、各機能の安全稼働が確認できたわ」
山下の問いに、レイチェルが報告する。代替えの効果が出ているという証拠だ。それを聞いたアレルヤが安堵の表情を浮かべる。
「これで、真壁司令のように倒れる方もいなくなるんですね」
「まだ楽観視はできません。コアの代替者が負担を軽減できるのは、数週間が限界……。それを過ぎれば、芹さんの命は……」
しかし、彼の言葉を聞いて表情を曇らせたのは遠見だった。代替という手段が『問題の先送りにしかならない』という事実を嫌でも突き付けてくる。
仲間たちの表情も晴れない。タイムリミットは刻々と近づいてきている。仲間と共に話を聞いていた操も心配そうに眉を下げた。
「だからさぁ、早く降伏すればいいんだよ。そうすれば、キミたちはみんな助かる」
「アンタ、まだそんなこと言うとるんか! 一騎の話を忘れたんか?」
「『俺たちのミールに伝えろ』って話? 俺の情報はミールにすべて伝えてある。これ以上、何を伝えろって言うの?」
クーゴの隣に座っていた操が立ち上がり、不満そうに仲間たちに言った。だが、いくらミール側からの善意とはいえ、その案に従うことだけはどうしてもできない。
彼らの望みは竜宮島とそれに与する人類の隷属であり、その第1段階として無条件降伏しろと迫っている。紆余曲折あっても、現時点では、彼らの主義主張を変えるには至らないようだ。
ミールの代弁者として振る舞い続ける操の姿勢にいきり立ったのはシズナだった。しかし、彼女が続けようとした言葉を遮るようにして操が首を傾げる。
彼の眼は本気であり、彼の問いかけは純粋な疑問だ。何が問題なのか分からないと言いたげである。それをきちんと言葉にして指摘したのは一騎だった。
「『戦いたくない』ってお前の気持ちは伝えたのか?」
「『アルティメット・クロスを消したくない』というのは来主さんの意志ですよね。それを言わないと、ミールには伝わりませんよ?」
一騎と宙継の問いに、操はますます眉をひそめた。
操はミールの代弁者としてアルヴィス及びアルティメット・クロスと接触してきた。ミールの意志――共闘とは名ばかりの隷属を強要してきたとき、彼は確かに言っていたのだ。『アルティメット・クロスを消したくない』と。
でも彼は、それをミールに訴えようとするそぶりはなかった。アルティメット・クロスに対して『消したくない』、『戦いたくない』とは言うものの、『ミールが戦う意思を示したら、自分はそれに従わなくてはならない』と言い切っている。
頑ななまでに自分の役目――ミールの代弁者にして、ミールに情報を伝える指――を果たすことに固執する理由とは何か。反対する立場を表明できないのは何故か。――その答えを告げたのは、他でもない来主操本人。彼は悲しそうな顔をする。
「無理だよ。ミールは俺にとって、キミたちで言う神様なんだ。神様には逆らえないでしょ?」
「それは、お前が思い込んでいるだけだ」
操の言葉をやんわりと制したのは、グラハムを押しのけた刹那だった。彼女は嘗て“神のための聖戦だと信じ、少年兵として戦っていた”ことがあったらしい。
悲痛な表情で『神などいない』と断じた少女は、今では静かな目をした女性へと成長した。その背中を見つめ、グラハムは愛おしげに目を細める。
刹那が紡いだ言葉の意味を理解できずに首を傾げた操であるが、それに乗っかるようにして張飛が声を上げる。
「アニキが証明して見せただろうが! 俺たち人間の意志が、天や神様だって動かすんだよ!」
「そう言われても……」
「ねえ。ダメ元であんたのミールに伝えてみたらどう?」
「話さなければ何もわからないよ。相手の気持ちも、自分の気持ちも」
孫尚香と真矢の言葉に、操は首を振った。
「ミールは俺の話を聞かない」とはっきり言い切る。
自分は指だから、神様を変えることなど不可能だと。
「キミたちだって、相手が自分の話を聞いてくれなきゃ、いつか諦めちゃうでしょ?」
「いや、俺は諦めない」
操の後ろ向きな言葉を遮るように、浩一が立ち上がった。
「たとえ話が通じない相手だろうと、何度だって諦めずわかりあおうとしてみせる。刹那さんがそうだったようにさ」
「確かに刹那は“金属生命体”相手でも後先考えず突っ込むようなヤツだったからな」
「あの頃はこうなるだなんて思わなかったぜ。……本当、変わったよな」
浩一は力強く笑った後、刹那の方に視線を向けた。2代目ストラトスと初代ロックオンが苦笑しながら顔を見合わせる。
2代目はどこか呆れた調子の笑い方で、初代は酷く懐かしむような調子の笑い方。外見がほぼ同じの双子であるが、刹那に対して抱く感情は全然違った。
「そこが彼女のいいところだよ」
「可能性が1%でもあるなら、諦める理由なんてないわ」
「だな。可能性が0じゃないなら、それだけで充分試す価値がある」
「対話の可能性が残っているのなら、捨てるべきではないと判断したまでだ」
グラハムとイデアも、刹那に優しい眼差しを向けながら頷いた。その通りだとクーゴも思う。
刹那は表情を緩めた。可能性が残っているのなら、チャンスを捨てるべきではない。
それを聞いた操は押し黙る。一騎が彼を諭したが、最後は固く目を閉じて首を振った。
世界を敵に回し、すべてを滅ぼす戦いに身を投じてしまえば、アルティメット・クロスの面々は『自分自身ではなくなってしまう』だろう。
だけど、件の少年も同じだった。アルティメット・クロスの助言に従い、ミールを裏切るような真似をすれば、彼も『自分自身ではなくなってしまう』。
『空が綺麗』だと笑った少年。『自分と同じように、『空が綺麗』だと思ってくれて嬉しい』と笑った少年。
同じだと笑いあえたはずなのに、どうしてこうもうまくいかないんだろう。
世の中は本当に世知辛い。世界は、思った以上に難しいようだ。
◆◆◇
「先日発生した『
ソレスタルビーイングとスターダスト・トラベラーによる合同ミッション・メメントモリ破壊作戦の第1段階が終了してから、それなりに時間が経過した。
連邦政府はメメントモリという存在自体を隠蔽しているらしく、衛星兵器の話題は一切登場しなかった。今回の一件を『
後者に関しての表現は、あながち間違いではない。クーゴたちが破壊した側のメメントモリには、反連邦政府のスタンスを取っている武装集団――カタロン、ソレスタルビーイング、スターダスト・トラベラーが勢揃いしていたためだ。
ついでに、今の連邦政府――或いは、アロウズにはグランドマザー『テラ』という厄介なスパコンがある。情報の隠蔽だけでなく、民衆や関係者の意識に介入して記憶や認識を改竄するくらい朝飯前だろう。
端末からニュース映像を確認していたクーゴはため息をつく。振り向いた先では、満身創痍のプトレマイオスが鎮座していた。
母艦の姿を隠すためのステルス機能は中途半端にしか機能しておらず、一部――特に、損傷が激しい下部――が丸見えだ。
(周囲は『この程度で済んだだけマシ』だって言ってたな……)
つい先日意識を取り戻して早々、母艦と機体の修理・調整デスマーチに放り込まれることが決定したイアン・ヴァスディ氏の発言を思い返す。メメントモリ攻略戦の映像ログから逆算した形になるらしいが、『マザー・ベラとマザー・ダーナが搭乗していた機体の攻撃は、ミハタテンサイが無かったら、母艦は跡形もなく消し飛ばされていた』とのことだ。
ミハタテンサイの能力は“
クーゴがそんなことを考えていると、鼻をくすぐるような良い臭いが漂ってくる。視線を向ければ、鹿肉を使ったスープが良い感じに煮えていた。
つい先日ブリングが狩って処理した鹿肉に、野菜やスパイスを放り込んで煮込んだだけのシンプルかつワイルドな
スープを煮込んでいる焚き火の周囲には、本日デヴァインが釣ったばかりの魚が串に刺された状態で焼かれていた。見る限り、こちらもいい感じの焼き加減だ。
不時着した場所が大自然溢れる山岳地帯で、近くに食用の野生植物や動物、更には清流があったのが功を奏した形となる。大喜びし、率先して食料調達に励んだのが悪の組織・第1幹部の部下たちだ。特にブリングが狩猟、デヴァインが魚釣りや銛を使った漁が得意だった。
『『イエーイ! 大量大量ー!』』
『暫くの間はキャンプ飯だな、ブリング!』
『そもそも、キャンプ自体が久々だな! デヴァイン!』
『お前ら……』
『……そうね。暫くは、そうなるわね……』
狩って/釣って/仕留めてきた獲物やキャンプ道具を並べてドヤ顔していた悪の組織勢を目の当たりにし、ティエリアとスメラギがため息をついたのは記憶に新しい。
『あー! ティエリアずーるーいー!』
『ずるいも何も、先に取ったのは僕の方だぞ。大体キミの方こそ、この前は――』
『そこ、喧嘩しないの!!』
尚、スメラギと共に呆れる側に立っていたティエリアは、ごはん時になった途端、イデアと一緒に食い意地を発揮して呆れられる側に回っていたけれど。
この場に刹那がいたならば、以前の食卓――鶏肉の奪い合いになったとき――同様、いい感じの大岡裁きをしてくれたのかもしれない。
クーゴが任されていた方は問題なく出来上がった。隣を見れば、ヒリングたちが“先日ブリングが狩ったイノシシ肉”を使って燻製を作っている所だった。
技術持ちがデスマーチに励んでいる中、技術関係に技能を割り振っていない面々――主にMSパイロット勢――は、比較的時間が余っているような状態である。
さもありなん。機体は未だに整備中。母艦であるプトレマイオスは文字通りズタボロ状態のため、修理が終わらなければ身動きが取れない。
機体の整備が終わったとしても、最後のメメントモリを破壊するためには色々と『足りないもの』が多すぎる。
特に、ソレスタルビーイングにとって戦術の要となる存在――ガンダムダブルオー/刹那・F・セイエイの不在が大きい。
メメントモリ破壊作戦で先発役を買って出た彼女とは、作戦行動中にすれ違って以来行方知れずなのだ。
(……刹那は今、どこで何をしてるんだろう)
それぞれのやり方で時間を潰しているであろう面々を呼びに行く傍ら、クーゴはぼんやりと考える。最後に見た刹那/ダブルオーは、ブシドー/グラハムが駆る新型機と鍔迫り合いを繰り広げていた。
メメントモリの破壊に成功した後、スメラギは通信で刹那へ作戦成功の一報を入れていた。だが、直後に“マザー・ウルリカ/ヒュイオス・スカイの暴走”と“マザー・ウルリカの廃棄処分を行うために差し向けられたMAからの砲撃”が立て続けに発生しており、以降は彼女に連絡を取れずじまいになっている。
スメラギの作戦――プトレマイオスが撃墜されたように誤魔化す――上、恐らく件の宙域にはプトレマイオスの残骸が漂っていることだろう。それを目の当たりにした刹那/ダブルオーがどのような判断、或いは行動に出るかは未知数である。こちらの意図を汲んでくれたらいいのだが、果たして。
(彼女を信じよう。可能性は0じゃないんだ。きっと、プトレマイオスの無事を察して、合流するために動いているはずだ)
いつか《視た》
アルティメット・クロスに所属していた“正義の味方”早瀬浩一が、“フェストゥムの指”として現れた来栖操に対して告げた言葉を思い返す。
あの日、彼は言ったのだ。『自分は絶対に諦めない』と。
発言内容は“全てを敵に回して戦い続けようとする加藤久嵩を説得する”ことへの意思表示であるけれど、その他の理由でも、彼は諦めなかった。加藤久嵩の説得も、デウスエクスマキナとの決戦も、“金属生命体”との対話を目指したときだって、絶対に諦めなかった。
彼が加藤久嵩との対話に乗り出したのは、“金属生命体”との対話を目指した刹那の在り方に感銘を受けたためだった。実際、“金属生命体”との対話を試みた決戦時に彼は『あと少しで刹那さんの理想が届くんだ』と叫んで、彼女の道を切り拓いていたのだから。
いいや、浩一だけじゃない。刹那が不完全な大規模意識共有領域を展開したときに現場に居合わせていた加藤だって、GN粒子の輝きを目の当たりにした操だって、彼女の在り方に影響を受けた人間の1人だった。アルティメット・クロス以外の具体例を挙げたなら、もっとキリがないだろう。
(アムロ大尉やバナージを始めとしたニュータイプ勢も、アンジュを始めとしたアルゼナルの面々だって、ルルーシュやカレンたちを始めとした黒の騎士団の面々だって、彼女の想いを目の当たりにした人たちだった。そのおかげで可能性を見出した人たちだった。他にも、たくさんの人たちが、刹那の在り方に影響を受けて、奮起した人たちだった)
そして何より――彼や彼女たちもまた、刹那を信じ、彼女の助けになるために戦った人たちなのだ。多くの人々を動かした彼女の在り方を、そうして強さを、クーゴは《識っている》。
(いざとなったら、俺も手を貸せばいいんだ)
クーゴの脳裏に映るのは、全てが始まる直前にはやぶさへ搭載された武装――
ミュウの力は“
もしも刹那が迷い歩いているのなら、目印くらいにはなれるはずだ。
「――はい。……はい。……まだ、万全ではありません」
それぞれ時間を潰している面々を探し回っていたとき、不意に、聞き覚えのある声がした。クーゴは声をかけようとしたが、普段の調子と違う声色に違和感を覚え、咄嗟に沈黙して聞き耳を立てる。
“彼女”の声は普段と違い、どこか無機質で虚ろだった。一切の感情を配したような淡々とした口調で、ぼそぼそと呟くような話し方をしている。この場には自分と“彼女”以外、誰もいない。
だが、途切れ途切れながらも僅かに拾えた言葉から見るに、“彼女”は誰かと話しているように見えるのだ。“彼女”の手には通信機は無いし、思念波を展開しているような様子もなかった。
「――はい。……はい。……そちらに一任します」
「用事終わった?」
「えっ!?」
“彼女”――アニューが『誰かと話し終える』のを待って、クーゴは声をかけた。声をかけられたアニューは酷く驚いたように目を見開いて困惑する。
「誰と話してたの?」
「え、ええ……? ええと、その……仰っている意味が分からないんですけど……?」
「いや、だって、今……」
「……そもそも私、
クーゴの問いかけに対して、アニューは何とも言い難そうに首を傾げた。誰かと話をしていたことだけでなく、人気のない区画にいた理由すらも思い出せずにいるらしい。
「最近、こういうことが多いんです」と零したアニューは訝し気に思案する。曰く、「医師であるアスカ夫妻に相談はしているものの、改善する気配もない」のだとか。
「ドクター・ユウイは『ストレス性のものではないか』って言うんですけど……」
「まあ、最近は何かと忙しかったしな。知らず知らずのうちに、疲れが溜まっているのかも」
ここ最近の出来事――主に、アニューがプトレマイオスに乗ることになった経緯や対アロウズとの戦いを思い出し、クーゴは肩を竦める。
アニュー・リターナーは技術者として軌道エレベーターに派遣されていたが、悪の組織が戦争幇助企業に認定されたことで政府当局に拘束され、コロニー・プラウドへ送り込まれることとなった。その際、“規定をはるかに超えた重力場が発生している環境下で、かなりキツイ作業に従事させられた”という。
そんな中、アロウズは拘束した悪の組織やカタロン関係者に強制労働させていたコロニー・プラウドへオートマトンを投入。関係者たちの皆殺しを画策するも、ソレスタルビーイング再始動のどさくさに紛れるような形でプラウドから逃げ延びている。以後は非戦闘員としてプトレマイオスに同行し、後にベルフトゥーロからの辞令を受けて正式派遣されるに至った。
以後、彼女はみんなと一緒に様々な戦場を乗り越えててきた。アロウズからの襲撃に対応したり、戦闘力を失くしたカタロンの退避を手伝うために陽動役になったり、自組織の非戦闘員を逃がすために殿戦を買って出たり、衛星破壊兵器メメントモリを破壊するための強行突破戦術を成功させるために奔走したりしてきたのだ。
小刻み、あるいは中繋ぎ的な休息は出来たとしても、知らず知らずのうちにストレスが積み重なっていることもある。
特にミュウは、サイオン能力を手に入れた代わりに各感覚器官が人よりも鋭敏化するため、ストレスや負の感情に対して過敏反応しやすい。
「ところで、何か用ですか?」
「ごはんが出来たから呼びに来たんだ」
「分かりました!」
クーゴからの報告を受けたアニューは二つ返事で頷き、ぱたぱたと走り去っていく。
それを見送ったクーゴは、残る面子に声をかけに行かなければと思い直し――
「若造」
「!? ――って、ベルさんじゃないですか」
突如背後に《転移》してきたベルフトゥーロの存在に、思わず飛び退ってしまった。
事前動作も宣言もなしに大きなものが自分の後ろに合ったら誰だって驚く。
更には、現れた人物が剣呑な面持ちをしていたら猶更であろう。
「どうかしたんです?」
「今、すっごく不穏な気配がした」
「気のせいだと思うんだけど」と念押ししたベルフトゥーロの表情は、やはり剣呑なままだ。彼女は暫し何かを思案した後、静かに目を閉じる。青い光が舞った。
どうやら彼女は“思念波を使って誰かと連絡を取っている”らしい。だが、不思議なことに、クーゴには彼女の指示内容を《聴き取る》ことはできなかった。
程なくして、ベルフトゥーロの周辺に漂っていたサイオン波の光が消える。彼女は満足げに小さく頷いた後、クーゴの方に向き直った。
「若造」
「何です?」
「なんか良い匂いする」
ベルフトゥーロはすんすんと鼻で匂いをかむ。そこでクーゴは、自分の役目を思い出して口を開いた。
「ベルさん。ごはんできましたよ」
◇◇◇
撃たれた箇所が熱と痛みを持つ。崩れ落ちる刹那を見下ろすのは、長髪と無精髭が特徴的な男――アリー・アル・サーシェス。嘗ての刹那――ソラン・イブラヒムという少女を始めとした街の子どもたちを少年兵に仕立て上げ、テロ行為に加担させた張本人だ。
銃弾が当たった個所は刹那の左肩。“急所は外れているものの、このまま放置すれば出血多量で死に至る”という絶妙な塩梅である。刹那がまだソランだった頃、サーシェスから戦闘関連の技術を叩き込まれたときに言われた
「大人しく機体を渡してりゃあ良かったのにな」
へらへら笑うサーシェスが近づいてくる。こちらを見下ろす榛色の瞳には、下卑た色が滲んでいた。
その眼差しには覚えがある。刹那がまだソランだった頃、近所に住んでいた姉貴分――当時の彼女の年齢は、4年前の刹那と同じ16歳――をどこかの部屋へと連れて行ったときのサーシェスと同じものだ。
戻って来た姉貴分は、この世の全てに絶望したような目をしていた。何故か土埃で汚れた男物の服と、不自然にはだけた部分から見えた肌に刻まれた、無数の鬱血痕と噛み痕。
何も知らず首を傾げたソランに対し、彼女は『もう無理だ』と零した。悲痛な響きを宿した声で。そうして彼女は、直後の戦闘で自爆テロを行い命を散らしたのだ。遺体も何も残さない死に様だった。
その姉貴分と同年代だった少女もまた、サーシェスやその仲間と思しき傭兵たちに声をかけられ、部屋に連れ込まれていた。そのとき奴らが浮かべていた下卑た笑みも、少女に向けた眼差しも、何一つ変わっていない。
何度も呼び出されていた少女は段々と情緒不安定になり、戦場だろうと待機中だろうとおかしなことを口走り始め、最後は戦場で気がふれたことが原因で敵からハチの巣にされた。狂気的な笑みを浮かべたまま倒れこんだ姿は、何故かソランの脳裏に焼き付いている。
「俺個人としては、テメエの命に関しては興味ないんだ。けどよォ、依頼主サマが『できれば“散々痛めつけた上で”生け捕りにして欲しい』って言うんだぜ?」
痛みに歯噛みしつつ、刹那はこの危機から脱するための好機を探る。勿論、奴の言葉から出来る限り情報を拾い集めることも忘れていない。
依頼主というのは恐らく刃金蒼海だろう。サーシェスは再生医療の治療費を盾に取られたことが理由で、あの女の私兵として動いている。
「傭兵は依頼者の願いを叶えなきゃいけねえからなァ。……まあ、好みじゃねえが、ヤるだけなら問題ないだろ」
「――!!」
「ほぉ? あの頃のガキだったお前だったら、そんな反応しなかったろうな! やっぱり、
ソラン・イブラヒムという少女だったら、サーシェスの言葉の意味を理解できないままだったろう。あの少女は、良くも悪くも無知過ぎたから。
だが、刹那・F・セイエイは理解できていた。下卑た笑みを浮かべて距離を詰めてくるサーシェスが“刹那に対して
思わず目を見開いて息を飲んだ刹那の様子に気づいたのか、サーシェスは愉快そうに笑った。人間の悪性を凝縮したような不気味さを滲ませて。
不意に刹那の脳裏によぎった光景は、文字通りの地獄絵図。サーシェスを始めとした傭兵たちの慰み者にされ、女性としての尊厳を踏み躙られ、弄ばれた少女の姿だった。泣き叫んでいたのは、自爆テロで命を散らした姉貴分。狂ったように泣き笑いながら暴力を快楽として享受するだけの人形に成り果てていたのは、戦場で気がふれたことでハチの巣にされた姉貴分と同年代の少女。
流れ込んできた光景の出どころは勿論、刹那の眼前にいるサーシェスに他ならない。奴にとっては、刹那の姉貴分や姉貴分と同じ年頃の少女もまた、都合のいい
利用できるうちは徹底的に使い、自分が飽きたり相手が壊れたりして必要なくなったなら、捨てて新しいものを補充する。奴はそれを面白半分で――或いは心の底から愉快に思って動いているに過ぎない。
――この世に悪魔がいるのなら、きっとコイツのような見た目と性格をしているのだろう。奴自身がその権化だと言われたら、誰もが納得するに違いない。
(どうにか、この場から逃げないと――)
『――ソラン、何処に行くの?』
咄嗟にダブルオーのコックピットへ乗り込もうと試みたとき、体を押さえつけられたような感覚に見舞われた。それと同時に響いたのは、随分昔に聞いた――或いは、もう二度と聞くことは無いと思っていた人物の声。
出血でろくに回らない頭が見せた幻か、それとも実際に存在している怨念による仕業なのか、判断がつかない。だが、確かに彼女はそこにいた。焼け焦げて真っ黒になっているが、分かる。刹那の姉貴分だった少女。
『あんただけ、逃げられるとでも思ってるのかい?』
次に響いた声も、聞き覚えのあるものだった。
出血でろくに回らない頭が見せた幻か、それとも実際に存在している怨念による仕業なのか、判断がつかない。だが、確かに彼女はそこにいた。銃弾でハチの巣にされた傷跡と、血と硝煙が混じったような異臭が漂っているが、分かる。姉貴分と同年代だった少女だ。
否、彼女たちだけではない。ソランが戦場を駆ける中で、善意と信仰で手にかけてきた無辜の人々がいた。ソランが戦場を駆ける中で、助けることが出来なかった僚友たちがいた。彼や彼女たちは当時の死に様を再現したような姿で刹那を取り囲み、逃げられないように抑え込む。
『自分だけ幸せになろうったって、そんなこと許さない』
『お前もこっちに来るんだよ』
視界がぐにゃりと歪む。自分の足元に黒々とした液体が滲みだす。見上げれば、ソランが関わった死人たちはいつの間にか、黒々とした液体を頭から被ったような姿へ変貌していた。
体中を抑え込まれて拘束される。逃れようと身じろぎするが、まともに動かすことは叶わない。そうこうしている間にサーシェスとの距離がどんどん近づいてくる。
“気に入った玩具をどうやって壊すか”を思案しながら、悪辣さが混ざったような下卑た笑みを浮かべて、怯える刹那の様子を楽しみながら。
そんな刹那の様子と、近づいてくるサーシェスの姿を見ていた黒い影たちが嗤う。
嬉しそうに、楽しそうに、愉快そうに――これから刹那に起こるであろう地獄を夢想して嗤うのだ。
『『ソランはずるい』』
『『わたし/あたしは、好きでもない連中の玩具にされたのに!』』
『『だからソランも、同じ目にあってよ/あえよ!!』』
「――コイツがガンダムのパイロットだって? どこにでもいる、ただのちっぽけな女じゃねえか!」
思った以上に近い場所から響いた声に、歪んでいた景色がクリアになった。刹那を押さえつけていた死人の群れは消えていたが、眼前には下卑た笑みを浮かべるサーシェスがいる。
いつの間にか、刹那は奴の接近を許してしまったらしい。ここまで近づかれてしまったとなれば、傷を負った刹那では抵抗すらできずに抑え込まれ、一方的に組み敷かれてしまうだろう。
だが、サーシェスは敢えて抑え込みも組み敷きもしなかった。まずは言葉で刹那を嬲るつもりらしい。げらげらと笑いながら、銃を持っていない手を刹那へ伸ばしてきた。
<――彼女に触るな!!>
――次の瞬間、この場にいるはずのない男の怒声と共に、晴れ渡った蒼穹を思わせるような青い光が爆ぜた。
光の膜は刹那を包み込むように展開し、ありとあらゆる悪意や害意を遮断する。見覚えのある男の気配を感じて視線を向ければ、刹那のすぐ傍に仮面をつけた金髪碧眼の男――ミスター・ブシドーが寄り添っている。刹那を抱え込むようなその体制は、サーシェスから刹那を庇っているように見える。
光の出どころは、刹那のパイロットスーツの首元だ。思わず手を突っ込んで引っ張り出せば、飛翔する天使が刻まれたシェルカメオのペンダントブローチが姿を現す。刹那がガンダムマイスターとして初陣を飾る前にグラハムから贈られた、誕生日のプレゼントだ。
刹那に触れようとしたサーシェスが地べたを転がる。よく見れば、奴が刹那に伸ばした腕が跡形もなく消滅していた。暫しサーシェスはのたうち回っていたが、体を起こし、こちらを睨みつけた。奴が睨んでいたのは刹那ではない。刹那を守るような体勢を取って身構えているブシドーだった。
「テメェ……ブシドー! よくもやりやがったなァ!?」
<言ったはずだ。『少女に悪意を持って指一本でも触れるなら、ただでは置かない』と>
「クソが! お前……俺の仕事の邪魔しただけじゃねェ。明確に、あの女に逆らったんだ……! どうなるか、分かってンだろうな……!?」
<愚問だな。――もとより覚悟の上だ>
普段よりもワントーン低い声。酷く淡々とした調子で、ブシドーは吐き捨てた。手を失った痛みで動けなくなったサーシェスを目の当たりにしてようやく、刹那は己の成すべきことを思い出した。苦悶の声を上げてのたうち回るのが関の山なサーシェスを無視し、刹那はダブルオーのコックピットに乗り込む。
目的地はプトレマイオス、目印は青く輝く御空の御旗。つい数時間前にブシドーが教えてくれた通りのことを思い出しながら空を駆ける。だが、傷と出血の影響か、視界が定まらなくなってきた。目印であるはずの青い旗が見えない。
(くそ……! どこに、どこに行けば――)
闇雲に飛んでもどうにもならないことは理解している。でも、刹那は一刻も早くプトレマイオスに戻らなければならない。
なのに、どこに行けばいいのか分からない。真っ暗な世界に1人、放り出されてしまったような心地になる。
そのとき、ふと、誰かの気配を感じた。見上げれば、今にも泣きだしそうな顔をしたブシドーが傍に寄り添っていた。
「グラハム……?」
<少女、意識をしっかり保て。どこに向かって飛べばいいか、分かるか?>
「……分からない。……旗が、見えないんだ……」
<ッ!? ――ならば少女。他に何か見えるものは? 聞こえるものでも構わない! 何でもいいんだ!>
彼が何を言っているのかよく分からなくて、刹那は思わず首を傾げた。
そのとき、不意に《聲》が《聴こえてきた》。聞き覚えのある女性の声。一瞬、刹那はそれを母のものだと認識したが、母は既に自分自身の手で死に至らしめたことを思い出して否定した。
この声の持ち主はもう1人いる。4年前、ひょんなことから顔を合わせて以来、何かと刹那と縁のある女性――アザディスタンの王女、マリナ・イスマイール。
「歌……」
<少女?>
「歌が聞こえる。……マリナ・イスマイール……?」
刹那が夢うつつの調子で零せば、ブシドーはほんの一瞬、辛そうな顔をした。だが、それもすぐに喜色満面の笑みに変わる。
<ならば、歌が聞こえる方へ飛ぶんだ。良いな?>
刹那はブシドーの言葉に頷く。遠くから聞こえてきたマリナの歌を目印に、歌が聞こえる方向へと舵を切った。
歌声が大きくなるにつれて、心なしか、傍に居るはずのブシドーの気配が遠くなっていくような気がする。
そんな不安を感じる度に、優しい《聲》が響いた。何を言っているかは分からないけれど、刹那に対する愛情だけは感じ取れる。
<少女。どうか、無事で――>
彼の気配と《聲》が完全に途切れたとき、刹那/ダブルオーの眼前に、見覚えのある輸送艦が飛び込んできた。
クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。