問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。





【追記】
2023/12/20 2:00に投稿したものを改定し、同日22:00再投稿しました。
それに伴い、改定前に投稿したものは削除しました。ご了承ください。


26.未来へのしるべ

 

「――“ソレスタルビーイングへの物資補給部隊の護衛役”、ですか?」

 

 

 友人から持ち掛けられた頼みの内容を復唱したノブレスに対し、リボンズは頷き返した。

 

 

<マザー直々の頼みだよ。キミの艦隊、今地上にいる上にフリーでしょ?>

 

「幾つか枕詞が付きますけど……」

 

 

 『情報解析班が仕事を終えるまでは』という枕詞を付ければ、カテドラル艦隊は『地上で待機中』の扱いだ。特に、チーム・トリニティの面々は“事実上の待機≒手持無沙汰状態”と言えるだろう。

 ノブレスも情報解析に回ってはいるものの、有事には機動部隊として出撃できるように対策はしている。その要が、つい先日カテドラルに合流した疑似AIの2人――サクラとユノであった。閑話休題。

 

 悪の組織/スターダスト・トラベラーの状況が“あまりよろしくない”ことは把握している。共に行動していたソレスタルビーイングも“ジリ貧”状態なのも共有済みだ。特に後者は、『母艦たるプトレマイオスが宇宙へ上がれない』、『主戦力であるダブルオー/刹那が行方不明である』という二重苦を背負っている。

 メメントモリの破壊作戦が完了した際、『ネットワークから強制的に切り離されてたことで暴走したマザー・ウルリカからの強襲』と『マザー・ウルリカを処分するために現れた端末からの攻撃に巻き込まれた』ことが理由らしい。事実上、メメントモリの破壊に成功した代償を支払ったような形となっていた。

 リボンズ経由で知らされた情報曰く『手持ちの物資だけでは機体の整備が関の山』とのこと。おかげで、あちらの機動部隊の面々も“事実上の待機=手持無沙汰状態”という状況に陥っているらしい。キャンプ生活に思いを馳せるヒリングやリジェネたちにぶん回されるような調子で、長い待ち時間を過ごしているとのことだ。

 

 

「ソレスタルビーイングにはカタロンとツテを持つマイスターがいますよね? そっちの方は?」

 

<向こうもOKしたみたいだよ。ただ、『近隣にある基地に、プトレマイオスで来てもらう』形式みたい。移動の準備を始めてる>

 

「そうですか……。なら、僕らが動かなくても問題ないのでは?」

 

<――()()のときは、囮役として時間稼ぎも出来るだろう?>

 

 

 笑顔を浮かべたはずのリボンズは、いつの間にか真顔になっていた。真剣な面持ちを真正面から《視返した》ノブレスは思わず背筋を伸ばす。

 リボンズに連絡してきたベルフトゥーロか、或いはベルフトゥーロからつなぎを打診されたリボンズか、あるいはその両方か。

 ノブレスたち――カテドラル艦隊に対して協力要請を出したのは、ただ単に“比較的フリーだったから”だけではないのだろう。

 

 カタロンが所有しているMSの大半が、旧3代国家が主力にしていた旧式の機体ばかりだ。軍のエースパイロット級の腕前があるなら、機体性能差をひっくり返して食いつくことが出来るだろう。だが、疑似太陽炉搭載型MS――ジンクスやアヘッド――、ライセンサーたちが搭乗するセンチュリオ及びMD相手となるとジリ貧となる。単純に、機体性能の差が大きすぎるのだ。

 実際、ソレスタルビーイングにメメントモリの破壊を引き継がせたカタロンの宇宙艦隊はアロウズの疑似太陽炉搭載型から一方的に嬲られていた。相手の指揮官も殲滅戦(ワンサイドゲーム)に適性があるタイプだったらしいのも相まって、壊滅一歩手前まで追いつめられた程。

 

 

<今のソレスタルビーイングは、メメントモリの破壊に成功した代償としてかなり疲弊してる。そんな状態で()()が発生したらジリ貧だ>

 

「……マザーは『ソレスタルビーイングを害そうとしている何者かの悪意を察知した』ということですか?」

 

<マザー本人は何も言ってなかったけど、恐らく『そう』なんだろうね>

 

「――まあ、僕がアロウズの指揮官してたら、今が絶好のチャンスと判断するでしょうね」

 

 

 自分の立場をアロウズの指揮官に置き換えて、ノブレスは己の見解を述べる。実際、今のソレスタルビーイングは隙だらけだ。戦力の要である刹那/ダブルオーを欠き、母艦たるプトレマイオスはほぼ死に体である。多少無理してでも畳みかけようと考えるのは当然であろう。

 指揮官たるスメラギは事実上の『死んだふり』をして窮地を脱したようだが、『アロウズには彼女の戦術指揮能力を把握している関係者が所属している』と聞く。該当者だったら、彼女の戦術に気づく可能性は零ではない。実際、戦場では何度かギリギリの戦いを繰り広げていると聞く。

 

 

(……こういうときのマザーの『勘』や『悪い予感』はよく当たりますからね……)

 

 

 親愛なる指導者(ソルジャー)の後姿を思い返しながら、ノブレスは眉間の皴を揉んだ。

 

 仮面を外して過ごすのが日常になって気づいたことであるが、最近になって“眉間の皴がくっきりと残って戻らなくなっている”ことに気づいた。ノブレスのサイオン波では、外見年齢20代を保つのはもう限界なのかもしれない。閑話休題。

 

 

「補給部隊の現状は?」

 

<今、物資を積み込み終えたところだよ。カテドラル艦隊との距離はこれくらいかな?>

 

「分かりました。1時間程でそちらに向かいます」

 

 

 思念波越しに送り届けられた情報を精査し、ノブレスは答えた。リボンズが満足気に頷き、連絡を終了する。それを見届けたノブレスは、即座にクルー全体に思念波で情報共有を行う。

 

 

<新しくミッションが入りました。ソレスタルビーイングへの支援物資を届ける補給部隊の護衛です>

 

<<<了解!>>>

 

<クルー全員に通達。直ちに出発、及び出撃準備に取り掛かるように!>

 

 

 待機状態だったトリニティ兄妹が元気よく返事をし、艦長たるハーレイがクルー全体に指示を飛ばす。慌ただしそうな思念波が飛び交い始めた。

 

 

<……刹那、今どこで何してるのかなぁ……>

 

 

 ぽつりと零れたのはネーナの《聲》。『刹那/ダブルオーが行方不明』という情報を聞いてからずっと、彼女は刹那のことを案じている。4年前に発生した“誤解からの和解”及び先日の“再会”を経て、彼女たちは“仲の良い友人関係”となっていた。

 『友人が所属していた部隊が大打撃を受け、当の友人は機体ごと行方不明』となれば、心配するのは当然だろう。本当だったら率先して刹那を探しに行きたかったはずなのだ。それを堪え、刹那の仲間たちを支援する艦隊の護衛を引き受けたネーナの心境は如何に。

 出会ったばかりのネーナだったら、ノブレスや他の関係者から指示を受けても無視して飛び出していたはずだ。我慢できずに独断専行していたに違いない。当時の技量では、アロウズの艦隊とまともな勝負も出来ないまま無駄死にしていた可能性が高かった。

 

 そう考えると、彼女も随分と成長している。蛹の羽化を目の当たりにしたような――或いは幼い少女が立派な淑女になった姿を目の当たりにしたような気がして、ノブレスは思わず目を細めた。勿論、今ここで感慨に耽るようなモノではないことは重々承知した上で。

 成長と言えば、4年前の時点から『好きな人がいるらしい』という話題を耳にしている。『相手が朴念仁、或いはクソボケ過ぎて上手くいかないと嘆いているらしい』とも。情報提供は親愛なる隣人にして戦友たるレイフ・エイフマンである。

 

 

(そういえばここ最近、ネーナの恋愛絡みの話題になるとレイフが一段と塩対応になるなぁ)

 

 

 ノブレスにとってのここ最近――大体4年くらい前――を思い出す。

 

 件の話題を相談事として持ち出す度に、エイフマンは眉間の皴を深めて呆れたような顔をする。しかも、今から60年以上前の少年が見せた表情(モノ)と一切変わっていない。

 テオドア・ユスト・ライヒヴァインが“様子のおかしい女性たちの話”をする度に、エイフマンは()()()()顔をしていた。……その理由は、昔も今も一切説明してくれないけれど。

 尚、現在エイフマンはベルフトゥーロ共々プトレマイオスに出向いている。前者はクーゴの機体を改良するため、後者は『どうしても見たいものがある』という理由だったか。

 

 

<仇名が“クソボケ”になるのは時間の問題だな>

 

「何の話です? フェニックス」

 

<何でもないよ。お前さんが理解するには、きっとまだ早いからな>

 

 

 

***

 

 

 

 ベルフトゥーロ・ティアエラ・シュヘンベルグが語る『勘』や『嫌な予感』はよく当たる。

 

 

「Eセンサーに反応出ました! アロウズの艦隊です!」

 

 

 適性反応を分析したエラがモニターに情報を映し出す。そこには、文字通りの全速前進で()()()()進むアロウズ艦隊の反応が表示されていた。進路予測及び近隣の反応の中で、アロウズが狙いそうな標的は――満身創痍のソレスタルビーイング、及びその母艦たるプトレマイオス。

 リボンズ経由で伝えられたベルフトゥーロの『嫌な予感』は、こういった形で当たったと言うことか。つい数時間前にノブレスが言った内容――“自分がアロウズの指揮官だったらどう動くか”という見解がここまで現実に反映されるとは思わなかった。

 

 補給部隊にも戦力となるパイロットと機体はいる。特に、機体に関してはイデアの虚憶(きょおく)をベースにしてノブレスが設計開発したものだ。

 荘厳で女性的な意向が目立つ白いMS――ビギナ・ロナを総大将に据え、額以外に目立った装飾を持たない赤いMS――ビギナ・ゼラで構成された部隊である。

 だが、件の部隊に与えられたミッションは“プトレマイオスに補給部隊を送り届けること”であり、“アロウズ艦隊と交戦(ドンパチ)すること”がメインではない。

 

 

「補給部隊のみなさんは、手筈通りに動いてください」

 

「了解しました! 我々はカタロンの基地へ向かいます。――ご武運を!」

 

 

 補給部隊の面々に声をかければ、彼女や彼らはみんなそう言って自身の任務を果たすために動き出す。ノブレスたちもそれに続くようにして行動を始めた。それぞれが愛機に飛び乗り、カテドラルから飛び立つ。

 

 己の存在を()()()誇示するが如く空を駆る。アロウズ艦隊は自分たちに迫る敵機の存在に気づいたらしく、対応するために起動部隊を展開し始めた。

 ジンクスやアヘッドを主軸に置いたMS部隊と、センチュリオ・アウジリアスで構成されたMD部隊の混合編成だが、心なしか出撃数が()()()である。

 

 

<いつもなら、この倍くらい差し向けてくるはずだが……む?>

 

<一部の艦隊が先に行こうとしてるみたいだな。向こうも囮と本命に分かれようとしてるってことか>

 

 

 接敵するまでの間に分析していたヨハンとミハエルが違和感に気づいたように視線を向ける。アロウズの部隊は“戦力を分散させることになっても、ソレスタルビーイングを叩きたい”らしい。指揮官の本命が『ソレスタルビーイングへの追撃』なのだ。突如すっ飛んできたチーム・トリニティには『戦力を割きたくない』と考えるのは当然である。

 だが、こちらの目的は『アロウズ艦隊の足止め』。補給部隊の護衛が仕事を全うし、こちらへ戻ってくるまでの間、戦線を保ち続ければ勝機はある。もっと言えば――この場にいる艦隊全てを釘付けにしなければならない。ソレスタルビーイング追撃のために戦力を温存させて差し向けるならば、それの阻止も自分たちのミッションだ。

 

 

<『戦力を分ける余裕が無い』と、アロウズの指揮官に思わせるところから始めなきゃね。――そういうことでしょ? 教官!>

 

<正解です、ネーナ>

 

 

 ちらりとこちらを伺ったネーナの横顔を《視つめて》、ノブレスは微笑む。そうして、コンラートとフルールはビットやファンネルを展開した。照準は、ソレスタルビーイングを叩きに行こうとする艦隊。

 

 本命として全速前進しようとしていた艦隊の指揮官も“背後から自立兵器で狙われている”ことに気づいたらしく、少数の機動部隊をけしかけてくる。ネーナ/フルールは全ビットの照準を機動部隊へ切り替えたが、ノブレス/コンラートは違った。

 15基ある自立兵器のうち3基を合体させ、それを遠隔操作で艦の背後に差し向ける。自立兵器や他の武装で機動部隊を翻弄させて注意を逸らしながら、GN粒子を収束させた。――雛型となったのは、いつぞや『搭載したい』と零したロングレンジ・フィン・ファンネル。

 ファンネルとしての性能は既存のものより劣るものの、大型ビームサーベルや高出力大型ビーム砲の欠点である“取り回しの悪さ”を解消したという意味では画期的な武装。此度の運用方法は、“取り回しの利く高出力大型ビーム砲”だ。

 

 放たれた砲撃は、ノブレスの狙い通り、戦艦の下部を大きく抉った。爆発炎上させなかったのは()()()である。“無益な殺生を避けたい”というささやかなエゴ。

 折角なので、展開していた自立兵器を一旦コンラートの方に集め、見せつけるように――否、挑発するようにして3()()()()()()()()()()()()した。

 

 敵指揮官はノブレスの意図を――或いは『この砲撃が1種の脅しであり、戦力的な牽制である』と察したのだろう。残りの機動部隊の全てを投入してきた。

 

 

「よし、乗ってくれましたね! ――それじゃあ、ミッションスタートです!」

 

<さーて、オレのコードを見せてやるぜ!>

 

 

 ノブレスの号令とフェニックスの宣言を皮切りに、トリニティ兄妹たちが動き出す。ノブレスも自立兵器の合体を解いて、アロウズの艦隊へと差し向けた。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 この場で共に戦っていた小隊長が率いるMSパイロット――ハーメス・マーキュリーや小隊長側のオペレーター――サクラ・スラッシュとユノ・アスタルテ曰く、『デビルガンダムは元々、地球環境を改善するために開発された機体だった』らしい。『元々の名前も、悪魔(デビル)ではなく究極(アルティメット)の名を冠するものだった』とのこと。

 地球を再生させるはずの“希望の象徴”は、野心に燃えた科学者たちの暴走によって“絶望的な力を持つバケモノ”に成り果ててしまった。それがGユニヴァースという特異な世界の作用によって()()()()()()()()()()()のが、『コアの代替品として“金属生命体”を取り込もうとしたデビルガンダム』である。

 

 字面だけでも地獄絵図度の高い光景だ。実際、奴と相対峙したクーゴにとっても『地獄絵図』としかコメントできない状態であった。閑話休題。

 

 

「敵、巨大ガンダム撃破……!」

 

「なに!? このブレイク反応!?」

 

 

 前のめりになって倒れたデビルガンダムの沈黙を確認したのもつかの間、間髪入れずに更なる乱入者の出現が告げられる。

 電子世界のエフェクトを思わせるようなホログラムと共に白い光が爆ぜて、ブレイク反応の正体/乱入者の姿が顕現した。

 見覚えのある機体とよく似ているが、雰囲気は全然違う。異質で無機質な――けれどもどこか異形の雰囲気を纏った、荘厳なソレに息を飲む。

 

 それと同時に、大地一面に色とりどりの花が咲き誇る。美しい緑色の粒子は、クーゴたちの世界でもよく見かけたモノだ。

 

 

「緑色のGN粒子……純正太陽炉! ソレスタルビーイング製のガンダムか!」

 

「は、花を咲かせるMS!? ……そんな機体、見たことありません……!」

 

 

 粒子の色からルーツを特定したクーゴの隣で、小隊に属していたガンダムエアリアルのパイロット――スレッタ・マーキュリーが目を丸くする。ややあって、彼女はクーゴたちに視線を向けてきた。

 『あの機体について何か把握しているのでは』という期待の眼差し。残念だが、スレッタの期待に沿えるような情報は思い当たらない。しいて言うなら、思い当たる節が薄らとあるだけ――

 

 

「これは、【■■■■バースト】!?」

 

「何だって!?」

 

 

 ユノから齎された情報に、クーゴは思わず声を上げた。

 

 “花を咲かせるガンダム”には一切の覚えはないが、■■■■バーストという単語は把握している。とある虚憶(きょおく)では“浩一から齎された真実に耐え切れず絶望した加藤に天児の真意を伝え”、またある虚憶(きょおく)では“3万年待ち続けた果てに人類へ絶望したマノンに対して、ゴーグに宿っていた旧友の想いを伝え”ていた。

 他にも■■■■バーストは沢山の奇跡を起こしたし、そのシステムが搭載された機体を駆っていたパイロットの想いや生き方に影響を受けた人たちも沢山いた。クーゴやグラハムもまた、■■■■■バーストによって一命をとりとめた人間の1人である。それ故に、件の機体が何だったのか――或いは、機体に乗っているであろうパイロットについて合点がいく。

 フォルムは大きく変わってしまったが、あの機体は“対話のための機体”だ。ああなったのは、“金属生命体”を含んだ数多の外宇宙生命体と融合した結果なのだろう。言うなれば、件のパイロット――否、革新者たる刹那・F・セイエイが辿り着いた理想と使命、その極地を体現する機体なのか。

 

 脳裏を過ったのは、“金属生命体”との対話が成功した瞬間。

 刹那の想いを受け取った“金属生命体”が宇宙に咲かせた花の美しさだ。

 

 

「――まさかな。よもやキミに出会えようとは」

 

「――人類は未だ、これ程の争いを……」

 

 

 “対話のための機体”とそれを駆る相手が誰か、奴は既に気づいていたらしい。グラハムは感極まったように破願していた。実際、クーゴが驚いたのだってだって、こんな状況で刹那と再会するとは思っていなかったためだ。

 しかし、刹那はグラハムの言葉を無視した。どこか嘆くような調子で呟く。酷く無機質なソレに違和感を覚えたクーゴが首を傾げたのと、量子化した機体が再顕現してこちらへ突っ込んできたのはほぼ同時。

 

 彼女の狙いは――再会を喜んで破願し、喜色満面の思念波と脳量子波をまき散らしていたグラハム・エーカー/エクシアリペア。

 理由は全く分からない。分からないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことは確かだ。

 反射的、或いは咄嗟に、クーゴは愛機の操縦桿を動かす。あまりのことに反応が遅れた相棒を庇うようにして、2人の間に割り込んだ。

 

 

「今再び、武力介入を行う……!」

 

「ッ……!?」

 

「おばか! 敵の前で棒立ちするんじゃないよ!」

 

 

 アマツミソラで実体剣らしき何かを受け止めながら、クーゴはグラハムを叱咤する。奴は激しく動揺している様子だったが、刹那/“対話のための機体”が繰り出してくる攻撃へ対応し始めた。刹那は誰の呼びかけにも答えることなく、誰とも会話を成立させることもなく、ただただ攻撃を繰り出し続ける。――まるで人形のようだった。

 

 

「――何故だ!」

 

 

 攻撃を回避し、時には相殺し、時には鍔迫り合いを演じながら、グラハムが刹那に問いかける。

 

 

「心置きなく旅立ったキミが! 『いつ戻れるか分からない』とまで言ったキミが!」

 

 

 声に宿るのは、困惑と悲痛。

 例えるならそれは、突如別れ話を切り出されて狼狽する恋人の片割れ。

 

 

「問題ない。規定通り行う」

 

「私は、もうキミと戦うことなど望んでいない!!」

 

 

 “対話のための機体”とエクシアリペアがぶつかり合う。

 無機質な女性の声と、今にも泣きだしてしまいそうな男の叫び声が響き渡った。

 

 切っては結び、結んでは切りを繰り返す。クーゴ/“幸福を呼ぶ青い鳥”がグラハム/エクシアリペアをフォローしようと奮闘するが、肝心要のグラハムの精神状態はボロボロだ。先程からずっと<どうして>という悲鳴が響いている。

 一緒に戦ってくれている小隊の仲間――スレッタとハーメス――も刹那/“対話のための機体”と対峙するものの、量子ワープを駆使して転移を繰り返し、“金属生命体”の特性によって予想外の一撃を繰り出してくる彼女たちに振り回され気味であった。

 無機質な返答を繰り返す刹那/“対話のための機体”に対して食い下がり、グラハムが根気強く訴え続けていたときだった。攻撃の手を緩めない“対話のための機体”の態度とは対照的に、刹那が笑ったのだ。どこまでも穏やかで、柔らかな微笑をたたえて――

 

 

「今は、共に行こう。グラハム・エーカー」

 

「な、なんと……!?」

 

 

 彼女の言葉を聞いたグラハムは、酷く狼狽した。しかしそれもわずかな間のこと。すべてを理解した男は笑う。暫し狂ったように笑った後、どこか照れ臭そうに――自分の愚かさを笑い飛ばすような調子で語った。

 

 

「この少女は、私の願望が生み出してしまったものだ」

 

 

 「此度の異変が起きたのは自分のせいだ」と語った男は、どこか申し訳なさそうに――でも、酷く納得したような面持ちで頷く。

 

 

「少女は――刹那は私に後を託した! 『一緒に来い』などと言うハズがないッ!!」

 

「サクラ、それ、本当なの!?」

 

「うん、他の歴史からのブレイク・インじゃない。このミッションで“発生した”データだ!」

 

 

 グラハムの言葉を肯定したのはサクラだった。つい数時間前に説明された()()()()――Gユニヴァースに関する話が脳裏を過る。

 

 この世界が“歴史の歪みによって発生”し、この世界で戦ってきた面々は“他の歴史から迷い込んできた存在”だ。

 グラハム・エーカー/エクシアリペアとクーゴ・ハガネ/“幸福の青い鳥”、或いは、共に戦う小隊の面々その類である。

 しかし、飛翔する“対話のための機体”はこの世界で生まれたデータだった。誕生した原因は、彼女を一途に愛し続けてきた男――グラハム・エーカー。

 

 彼がずっと抱き続けた願望は、刹那がグラハムへ向けた言葉が全てだった。“金属生命体”との対話を終えた刹那は外宇宙へと旅立つ直前、グラハムに対して嘗ての愛機たるエクシアリペアと地球の未来を託している。その際、グラハムは二つ返事で頷き、彼女を見送っていた。

 クーゴも()()()()()()()()()だから、何となくわかる気はする。だが、奴はクーゴと正反対の行動を取っていたらしい。刹那の頼みを二つ返事で引き受けたが故に、刹那の信頼を裏切りたくないと願ったが故に、グラハムは()()()()()()()()()()()()のだろう。

 

 

(あのおばか……!)

 

 

 クーゴが内心頭を抱えていることなど気にも留めず、戦いは続く。刹那はソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして、己の責務を果たそうとしていた。

 

 

<幾らデータとはいえ、彼女にこんな真似をさせ続けるわけにはいかない……! 私は、彼女から託されたのだ! 今こそ、刹那の信頼に応えなければ――!!>

「キミがガンダムマイスターであることは不変だ! だが、今ここにいるべきマイスターではない!」

 

「何度でも平和を求めよう。あの頃存在した、ソレスタルビーイングのように……!」

 

「私が生み出した少女が、私を試すか!」

 

 

 エクシアリペアを駆る男と“対話のための機体”を駆る女性が再び激突する。女性がデータであることを百も承知で――それでも、それ以上に、彼女を愛する男としての責務を果たそうとするかのように、彼は叫ぶ。

 

 

「自己の内側に目を向けても、意味はない……!」

 

「断じて否! 分かり合うためには、己と向き合わなければならない!」

 

 

 それは、自問自答だった。グラハムが心の中に抱え続けた願望によって生み出された刹那は、彼の心を映す鏡のようなものだから。

 エクシアリペアを駆る男は今、己の願望によって顕現した“対話のための機体”を駆る女性と戦うことで、自身の在り方を改めて定義づけようとしているのかもしれない。

 彼女から機体と地球を託されたガンダムマイスターとして――そうして、彼女を愛した1人の男として、どうあるべきなのかを。

 

 ――ああ、なんてはた迷惑!

 ――けれども、きっと、クーゴはそんな彼を見捨てることなどできないのだ。

 

 

「……はぁーあ。相変わらずだな、あのおばかは。結局は、無理に意地張って燻った結果の産物じゃないか」

 

 

 クーゴは盛大にため息をついて肩を竦めた。が、すぐに苦笑した。「付き合ってやる」という言葉を口に出す代わりに、“能天使”の援護に回る。

 それは予測済みだったのか、刹那/“対話のための機体”と剣戟を繰り広げていたグラハムが不敵に笑い返したのが《視えた》。

 

 剣戟は続く。グラハムと、奴が生み出してしまった刹那による自問自答も続く。

 何度、噛み合うようで噛み合わない会話を続けたのだろう。

 対話と言うには無機質な、自問自答と言うには熱の籠った言葉が飛び交ったのだろう。

 

 つい先程は、グラハムは刹那が旅立った後のソレスタルビーイングの状態を聞かせていた。“『刹那から託された』という理由で軍を辞し、言われた通りにソレスタルビーイングへ転がり込んだグラハム”と“『イデアから託された』という理由で軍を辞し、悪の組織に就職した結果、ソレスタルビーイングに出向することになったクーゴ”の再会を皮切りにして、マイスターたちと戦いに明け暮れた日々のこと。

 言いたいことや思うところは沢山あっただろう。最初は敵対し、次は片方が居候でもう片方が黒幕の傀儡として敵対し、“金属生命体”との対話を行うときには非公式で共闘したという複雑な経歴の持ち主2名を――紆余曲折の末とはいえ――ソレスタルビーイングの面々は受け入れてくれた。刹那とイデアの願いを汲むことを選んだのだ。そうして――クーゴとグラハムがGユニヴァースに転移してくる直前という条件付きだが――ソレスタルビーイングとガンダムマイスターは健在である。

 

 

『どうした、そんな『怨霊か祟り神と相対峙して逃げ回った』みたいな顔して』

 

『あ、ああ……。ちょっとな……』

 

 

『生きてる……。俺たち生きてるよ、兄さァん……!』

 

『もう駄目かと覚悟決めたけど……そっかぁ。俺たち助かったんだ、ライルぅぅ……!!』

 

『……し、死ぬかと思った……』

 

『朝が来るって幸せなことなのね、アレルヤ』

 

『……もうお昼だよマリー……』

 

 

 直近の任務終わりのやり取り――徹夜明けで駆けずり回っていたため、直前の記憶が殆ど残っていない――を思い出しながら、クーゴ/“幸福の青い鳥”はグラハム/エクシアリペアの援護に入る。心なしか、“対話のための機体”の動きが鈍くなり、機体の損傷が目立ってきた。

 

 

「今の俺には死の概念は遠いが、この機体は別か……!」

 

「そうだ! 量子の海へ帰れ、刹那! 争いは、ここに生き残った我々が引き受ける!」

 

 

 愛する女に――或いは、戦い続けることを選んだガンダムマイスターに対し、グラハムは宣誓するかのように叫んだ。

 それに呼応するかのように、エピオンを駆っていたヒイロも頷く。彼もまた、戦場でしか生きられないガンダムパイロットの1人だ。

 

 

「俺たちはガンダムのパイロットだ。戦場でしか生きることを許されない。戦いの中で生き残ることこそ、俺たちにとっての“生きる”ということなのだろう」

 

「――ああ、そうだ……。嘗て俺も、このように紛争介入を行っていたのだ……」

 

 

 そこで初めて、刹那/“対話のための機体”はヒイロ/エピオンの方を向いた。彼女はヒイロに対して何かしらのシンパシーを感じたらしい。静かに微笑み返す。

 刹那とヒイロが共に戦場を駆ける場合、2人はどんな虚憶(きょおく)でも“盟友”と呼べるような近しい間柄であった。不思議な絆で結ばれていたように思う。

 口元を緩ませた刹那の姿を《視た》ためか、ほんの一瞬、グラハムの表情が歪んだ。けれども彼は己を奮い立たせるかのような調子で、優しく刹那へと語り掛ける。

 

 

「そして何より、本当にキミが戻って来たとき――……私よりも先に合わねばならん人がいるはずだ」

 

「マリナ・イスマイール……」

 

「そう、誰よりも先にだ。……妬けるぞ、少女!」

 

 

 刹那の口から真っ先に飛び出してきた名前はグラハムのものではない。彼女と不思議な縁で結ばれていた、正反対の位置に立ちながらも同じ理想を抱く同志――アザディスタンの王女マリナ。彼女の名前を紡ぐ刹那の表情と声色はとても優しい。

 

 それを聞いたグラハムは、またほんの一瞬、辛そうに顔を歪ませた。今回は『妬ける』という言葉通り、上手く取り繕うことが出来なかったのだろう。浮かべた笑みはどことなく泣きそうだった。

 クーゴが奴に苦言を呈しようと口を開きかけたのと、刹那/“対話のための機体”がグラハム/エクシアリペアを真っすぐに見返したのはほぼ同時。2人の視線がかち合い――刹那は口元を綻ばせた。

 

 

「そうして俺には、『一番最後でいいから、必ず会いに来て欲しい』と言ってくれた相手もいる。……『全てが終わったら、これからは共に行こう』と約束したんだ」

 

「――!」

 

「だから俺は、進み続けなくては。――いつか、胸を張って『還る』ために」

 

「……っ! ……そう、か。……そうか……ッ!」

 

 

 刹那が手向けた愛情は、確かにグラハムへと伝わったらしい。最愛の人から向けられたソレに、奴はついつい感極まったのであろう。大きく目を見開いた後、嬉しそうに――幸せそうに微笑んだ。

 透き通った金色の瞳が薄らと滲んだのは、ほんの一瞬。奴は普段の調子を取り戻したらしく、即座に不敵な笑みを浮かべて刹那/“対話のための機体”との剣戟を再開する。

 ……成程。クーゴの心配は『お節介』や『余計なお世話』の類だったようだ。ただ、ちょっとだけ、『それはそれ』――寂しさに駆られて零してしまった本音のひとかけら。

 

 ならば、彼はきっと、自分できちんと決着を付けられるだろう。

 クーゴはそう判断し、グラハム/エクシアリペアの援護に入ったのだった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

「今の虚憶(きょおく)、『バトルアライアンス』にしよう」

 

 

 端末を開いて虚憶(きょおく)の情報をラベリングして纏めるのは“軍属時代の名残”である。社会的に死んだ人間となった以後も、クーゴは習慣化してしまった行動を続けていた。

 

 今回の虚憶(きょおく)は『Gユニヴァースと呼ばれる電脳世界に迷い込んでしまったことから、滅茶苦茶になったデータの修正を行うために戦うことになった』世界の話だった。

 一番印象に残っているのは、酷く泣きそうな笑みを浮かべたグラハムの姿。刹那を見つめる彼の眼差しは、度々戦場で《視た》ブシドーの眼差しとよく似ている。

 双方共に“憧憬と切望と深い愛情”で満ちていた。けれど、前者が幸福を噛み締めていたのに対し、後者は悲痛一直線である。それだけでもえらい違いだ。

 

 

(……やっぱり、あいつは快活に笑ってる方がいいよな)

 

 

 いつぞやの虚憶(きょおく)――クーゴがユニオン軍に入ることを目指すきっかけとなった原初のモノだ――を思い返しながら、クーゴは改めてそう感じた。『若くして命を落とすだろう』と哀れまれていた子どもを激励し、『空で待っている』と言って笑いかけてくれた男の眩しい表情は、30代を超えた今となっても色褪せていない。

 4年前まで、グラハム・エーカーは快活な笑みを浮かべてクーゴたちをぶん回す男であった。上司や技術者を泣かせ、嫉妬や悪意を持ってくる連中を容赦なく袖にして、肩書に群がる老若男女を綺麗にあしらい、一目惚れをキメた刹那に対しては人ウン倍のしつこさと一途さを孕んだ数多の愛情を剛速球でぶつけにいく男だった。

 

 クーゴも散々グラハムにぶん回されていたけれど、今となってはそれが懐かしくて仕方がない。蒼海の傀儡にされ、悲痛さを孕んだ儚い微笑を浮かべる/何かを諦めたように悲しそうな顔をして俯くようになったブシドーの姿を見ていると、何だか放っておけないのだ。散々迷惑をかけられて、ことあるごとに頭を抱えていたというのに。

 

 現状、グラハム/ブシドーが置かれている状態は『最悪を突っ切っている』という。刹那からの又聞きになるが、奴には思考プログラムなるものが施されており、他の組織へ転がり込むことができない――逃げ出せば最後、避難先の組織や人々に対して害を成すような行動を取る――よう『調整』されているらしい。

 グラハム/ブシドーは自他ともに認める『我慢弱い男』ではあるが、良識と常識、及び職務や道義的な優先順位に関しては比較的遵守するタイプだった。同時に、他社への面倒見が良く、周囲に目を配ることができる男でもある。人質を取られて蒼海に従うことを選んだのも、奴の面倒見の良さや他者への思いやりを忘れない一面を悪用されたせいなのだろう。

 蒼海が思考プログラムを施した人間――その代表者であるグラハムとビリーも、蒼海がグラハムを傀儡にするために利用した人員である嘗ての部下たち――ハワード、ダリル、アキラ、ジョシュア――も、その多くが“クーゴの関係者”たちだ。他にも利用している人間はいるのだろうが、どうしても、クーゴには件の面々が目に付いてしまう。

 

 

(姉さんのことだ。気に喰わない面々の当人だけじゃなく、その関係者も探って毒牙にかけているんだろう)

 

「――そういうわけだから、貴方たち。キャンプ道具一式を片付けて、移動できるよう準備して頂戴」

 

「「はーい!」」

 

「きちんと仕事するんだな、ライル・ディランディは」

 

「ライル・ディランディ、カタロン出禁になってなかったのか」

 

 

 クーゴがそんなことを考えていたとき、スメラギから言伝を受けたヒリングとリヴァイヴたちがキャンプ道具を片付け始めた。

 

 “2代目ロックオン――本名:ライル・ディランディがカタロンの構成員/諜報員である”というのは公然の秘密である。ミュウたちにとっては“初代ロックオン――本名:ニール・ディランディが元気に活動している”のと同レベルの秘密だった。

 メメントモリ破壊作戦が決行された際、ソレスタルビーイングはカタロンの宇宙艦隊の後を引き継ぐ形でミッションを成功させている。カタロンは壊滅的な被害を受けたが、全滅玉砕という末路を避けることが出来た。その恩を返すような形で、カタロンは2代目ロックオンからの救護要請を受領している。

 

 そのついでと言う形で、悪の組織/スターダスト・トラベラーからの支援物資を乗せた補給部隊を基地内に入れてくれるらしい。プトレマイオス宛の支援物資だけでなく、件の基地で保護されている子どもたちへの支援物資や学校教育用の人員なども積んでいたのが理由だろう。

 『()()()()()()()()()()()、彼らがカタロンの基地に到着するのはプトレマイオスの到着とほぼ同時になる』とのことだ。補給の目途が立ったということで、プトレマイオスの目的地が『近隣のカタロン支部』になったのは当然のことである。

 故に、今、クーゴの眼前に並んでいたキャンプ道具――持ち主はブリングとデヴァイン――を片付けると言う話が出てきたのである。確かにキャンプ生活は楽しかったけれど、補給の目途が立ったのだ。自然溢れる以外何もない山岳地帯に居続ける理由はない。

 

 

「あーあ。とれたてジビエや魚を使ったキャンプ飯とは、これでお別れなんですね……」

 

 

 片付けられていくキャンプ道具を見ていたイデアが口惜しそうに呟く。ソレスタルビーイング内では“食い意地が張っている人物”としてティエリアと1位争いをしている彼女にとって、食に関わるアレコレは一喜一憂する理由に成り得るようだ。クーゴも思わず苦笑する。

 

 

「名残惜しいと言う気持ちは分かるな。――ここ、星が綺麗だったから」

 

「星、ですか……?」

 

「うん」

 

 

 幼い頃の夢――外宇宙探索しに行きたかった――へ思いを馳せるクーゴの姿が意外だったのか、イデアは目を丸くする。クーゴは小さく頷いて、空を見上げながら口を開いた。

 

 

「小さい頃は、青空よりも星空の方が好きだったんだ。家の窓から星を眺めては、宇宙の向こう側に思いを馳せていたんだよ。天体や恒星、人工衛星の名前を暗記して、夜空を見上げていたっけなぁ……」

 

「……どうして、ユニオン軍の軍人になることを選んだんです?」

 

「“虚憶(きょおく)で出会った人たちが、『空で待ってる』って言ってた”から」

 

 

 イデアの問いに、クーゴは迷うことなく返答した。今、クーゴの目の前にいる彼女もまた、人生を諦めかけていたクーゴに希望を見せてくれた人物であり、『空で待っている』と言った人物の1人である。

 そのことを、クーゴは未だ該当者全員に伝えていない。もしかしたら、“元から察しが良い”上に“ミュウとしての能力を持つ”イデアならば、クーゴの発言や内心に触れている可能性もある。

 今この場で告げても良さそうな気もしたが、最終的に沈黙することを選んだ。それぞれの理想や願いを抱えて激戦区に赴かんとする自分たちには、まだこれを言葉にするときではないと思ったのだ。

 

 クーゴの話を聞いていたイデアは、慈しむように目を細める。

 御空色の瞳は、まっすぐにクーゴを映し出していた。

 

 

「貴方が空を目指したのは、その人たちに会いたかったからですか?」

 

「うん」

 

「その人たちには、会えたんですか?」

 

「――会えたよ」

 

 

 「目の前にいるよ」と言う代わりに、クーゴはイデアをまっすぐ見返して微笑む。“いつか胸を張って、彼女にこの言葉を贈れる日がきたらいい”と願いながら。

 

 クーゴの態度は、彼女の目にどう《映った》かは分からない。クーゴの言葉から何を《感じ取った》かも分からない。けれど、静かに目を細めた様子からして、悪感情を抱いていないことは確かだ。

 その事実が嬉しくて――けれど、どこか照れ臭くて、クーゴははにかんだ。イデアも同じように頬を淡く染めて微笑む。クーゴの眼前で輝く“最愛の星”は、今日もいっとう綺麗だった。

 

 

「あれ? お前ら、キャンプ道具片付けないのか?」

 

 

 直後、聞こえてきた声に振り返る。その先には、アニューと一緒にプトレマイオスから出てきたロックオンの姿があった。彼はキャンプ道具を片付けていたはずの面々に声をかけている。

 見れば、ヒリングとリヴァイヴたちは作業を放棄してタブレット端末を凝視していた。4人があまりにも真剣な面持ちをしているものだから、アニューとロックオンがそれを覗き見た。

 動かなくなってしまった人数が4人から6人に増えた直後、未だにキャンプ道具が出しっぱなしになっていることに気づいたティエリアが苦言を呈しに来た。

 

 

「お前たち、一体何を――」

 

 

 しかし、真剣な面持ちでタブレット画面を見つめていた面々につられて、彼も画面を覗く。そうして――ティエリアも動かなくなった。次に声をかけてきたアレルヤとマリーもそれに加わり、合計9人がぎちぎちになって端末画面を凝視している。

 理由がよく分からなくて、クーゴとイデアもタブレット端末を覗き見た。合計11人で見るには、タブレット端末はあまりにも小さすぎる。ちょっとした押し合いへし合いになった後、ようやく見えた画面に映し出されたのはニュース画面の映像であった。

 

 『アフリカにある軌道エレベーターがテロリストによって占拠され、多くの一般人が人質に取られている』という立てこもり事件を伝えるニュース。首謀者として映し出された人物――パング・ハーキュリーの経歴は『地球連邦の治安維持部隊に所属していた現役の軍人』だ。

 

 “現役の連邦軍人が連邦政府に牙を剥いた”という図式故か、事件は大々的に取り上げられていた。生中継でろくに情報が入ってこないということも相まって、現状に至るまでの経緯を何度も何度も放送し直す。その中には、テロの首謀者となったハーキュリーの声明もあった。

 ハーキュリー一派が事実上のクーデターを起こしたのは『アロウズの蛮行を隠蔽しようとしている連邦政府のやり方に反旗を翻したため』だったらしい。彼らは内側から組織を改革しようと試みて悉く失敗し、同志である友軍や無辜の民が無慈悲に踏み躙られていく光景を目の当たりにし続けたことで堪忍袋の緒が切れてしまったという。

 

 

(自分の命と引き換えにしてでも、アロウズの蛮行を世間に公表しようとしたのか……!)

 

 

 裏から連邦政府を牛耳っていた蒼海たちは、体制に逆らう人間たちを悉く死や廃人へと追いやって来た。そう考えると、ハーキュリーやその同志たちも容赦なく粛清対象にされるだろう。

 勿論、ハーキュリーや彼に協力していた一派はそれを織り込み済みで行動している。軌道エレベーターの利用者や関係者――一般人を人質に取ったのも、この事件の真相を被害者たちに語らせるためか。

 自分たちが死んでも、事件の被害者たる一般人たちが生き残って声を上げれば――それが電波に乗って世間に流れれば、アロウズの蛮行が白日の下に晒される可能性が残るから。

 

 ……巻き込まれた側にとっては「そんなの知るかよ」案件なのは百も承知だろうが。

 

 ハーキュリー一派やアフリカタワー占拠に巻き込まれた一般人たちは、何も知らない。連邦政府を牛耳っている人間が有するスーパーコンピュータ――グランドマザー『テラ』やS.D.体制下の技術を駆使して、事態を容易に隠蔽できてしまうことを。

 恐らく、蒼海や軍上層部はことを起こしたハーキュリー一派や巻き込まれた一般人たちを皆殺しにしてでも隠蔽しようとするだろう。実際、今までそうやってアロウズの蛮行を闇に葬り去っては、反対性を訴える人々や組織に責任をおっ被せてきた実績持ちである。

 

 

「ちょっとおさらいしようか」

 

 

 タブレットを凝視したまま、ヒリングが口を開いた。

 

 

「メメントモリは何基あった?」

 

「「3基」」

 

 

 ヒリングの問いに対し、アレルヤとマリーが答える。

 

 

「僕たちが破壊したメメントモリは幾つ?」

 

「「2基」」

 

 

 リヴァイヴの問いに対し、ロックオンとアニューが答える。

 

 

「残っているメメントモリの数は?」

 

「「1基」」

 

 

 ブリングの問いに、クーゴとイデアが答える。

 

 

「反連邦の動きを見せた国や団体に対して、奴らはメメントモリを使用した実績がある。――今回は?」

 

「――勿論、『使う』一択だろうな。使わない理由がない」

 

 

 デヴァインの問いに、ティエリアが答える。

 そうして全員が、慌ただしくキャンプ道具の片づけを始めた。

 プトレマイオスがキャンプ地を出発したのは、それからすぐ後のことである。

 

 

 

***

 

 

 

「あー……。だから、アロウズ艦隊が途中で撤退したんですね」

 

「貴方たち、アロウズの艦隊と交戦していたの!?」

 

「ええ。補給部隊の護衛役をしていたときに偶然見つけまして。プトレマイオスのキャンプ地へ向かって進んでいるようだったので、ちょっかい出してたんです」

 

「あたしが頼んどいたの」

 

 

 カタロン基地へ移動中、通信越しのノブレスが納得したように頷いた。それを聞いたクリスティナが驚きの声を上げた。その横でベルフトゥーロがにんまりと笑う。

 

 クーゴがアニューと話し終えた直後、ベルフトゥーロは誰かに連絡を取っていた。相手はノブレスで、依頼内容は『補給部隊の護衛役をしつつ、有事の際は囮役としてアロウズにちょっかいを出す』というものだったという。

 途中までは何事もなかったのだが、道中でプトレマイオスの潜伏地へ舵を切って進軍していたアロウズ艦隊を発見したチーム・トリニティは囮役として出撃。補給部隊と別れ交戦していたそうだ。だが、アロウズ艦隊は突如戦線を離脱。そのまま撤退してしまったらしい。

 

 

「『アフリカタワーが連邦軍人に占拠された』となれば、時間稼ぎのために乱入してきた反政府武装組織なんか相手取る暇無いもんな」

 

「そっちに貴重な戦力を割くよりも、アフリカタワーの一件を片付ける方が優先されるのは当然のことか」

 

「……どいつもこいつも、何かあったら軌道エレベーターを占拠すればいいと思って……」

 

 

 ミハエルとヨハンが考え込んだのを見て、リヒテンダールが忌々し気に呟く。詳しい事情は分からないが、彼は過去に太陽光発電――軌道エレベーターが絡んだ一件に端を発するテロに巻き込まれた被害者遺族だったらしい。どのような経緯でテロ現場から生還したかは一切語らないものの、アフリカタワー占拠と似たような状況下にあったのか。

 眉間の皴を数割増しにした彼の姿は、普段の調子――お調子者で、ムードメーカーとコメディリリーフを兼任するような振る舞い――とは程遠い。そんな恋人の様子に心を痛めたのか、クリスティナが何も言わず寄り添っていた。それに気づいたリヒテンダールは目を丸くした後、はにかむような調子で苦笑する。

 彼は“人質になった一般人”の情報が気になっているようで、それ関連の情報に変化がないか目を凝らしている様子だ。ソレスタルビーイングの構成員として以上に、“嘗ての己の立場に立たされた無辜の人々”を憂いているのかもしれない。特に今回は、隠蔽工作お手の物と言えるようなやべーブツが連邦の背後に潜んでいるから。

 

 リヒテンダールは何かを確かめるようにしてベルフトゥーロに視線を向けた。ベルフトゥーロはそれを受け止めた上で、小さく頷く。

 ただそれだけで、彼は彼女――S.D.体制を知る存在が言わんとしたことを理解してしまったらしい。憂いに満ちた表情を浮かべて呟いた。

 

 

「やっぱり、皆殺しッスよね。その方が“生存者に箝口令を敷く”や“思考プログラムを施す”より手っ取り早い」

 

「最後は『クーデターを起こした首謀者に全部の罪を背負わせて殺してしまえばいい』ってことだからな」

 

「死人に口はないもの。無実を訴えることはおろか、真実を叫ぶことも出来やしない。怖かったことや痛かったことも、伝えられなくなっちゃうんだ」

 

 

 リヒテンダールの言葉をラッセが引き継ぎ、ヒリングが締めくくる。3人とも険しい表情を浮かべていた。

 

 

「そして、“皆殺しに出来るだけの破壊力を有する衛星兵器は未だ健在。1基だけになってしまったけれど、問題なく使える”ときたワケだ」

 

「……今頃、絶対、撃つ準備してるです」

 

 

 リジェネがしかめっ面で言葉を紡ぎ、ミレイナが俯きながらそれを引き継ぐ。

 

 

「姉さんたち、大丈夫かな……」

 

「お義姉さまたち、アフリカタワーに行くって言ってたもんね……」

 

 

 不安そうに目を伏せたのはクロスロード夫妻である。

 

 沙慈の姉・絹江がジャーナリストとして各地を飛び回っていることは小耳に挟んでいたし、思念波越しで連絡を取り合う姿は何度か目にしたこともあった。

 直近も夫婦は絹江と連絡を取っていたらしく、その際『移動のためにアフリカタワーへ向かう』という話を耳にしていたらしい。

 シャトルの発着時間などの詳細までは訊いていなかったようだが、十中八九巻き込まれて人質にされている可能性が高かった。

 

 

「できれば、早く何とか出来たらいいんスけど……」

 

「リヒティ……」

 

 

 他人事のように思えないのか、夫婦を見ていたリヒテンダールがじれったそうに呟く。

 そんな恋人に寄り添うクリスティナを見守っていたフェルトは、縋るような眼差しをイアンヘ向けた。

 

 

「イアンさん。トレミーは……」

 

「再び宇宙に上れるようになるには、まだまだ時間がかかる。……下手すれば、このテロが沈静化しても間に合わんやもしれん」

 

「メメントモリには本体だけではなく、マザーコンピュータの端末が3つ並んで待っている」

 

「直轄であるテラズ・ナンバー3と、予備端末のマザー・ベラとマザー・ダーナだな。我々ならいつでも行けるが……」

 

 

 2人の言葉を聞いたブリングとデヴァインが顔を見合わせた後、静かな面持ちでスメラギを見る。

 それを真正面から見返した後、スメラギは沈痛そうな面持ちでため息をついた。

 

 

「やっぱり、ダブルオー……刹那なしで作戦を遂行するのは不可能よ」

 

「「だろうな」」

 

「でしょうね」

 

 

 スメラギの言葉に同意したブリングとデヴァインもまた、2人して眉間の皴を深くした。ベルフトゥーロもうんうん頷く。

 クーゴの隣に居たイデアは、憂いを滲ませた様子で目を伏せた。――しかしそれはほんの数秒で、彼女はすぐに顔を上げて微笑む。

 御空色の瞳に宿るのは、刹那・F・セイエイという人間(ヒト)へ対する信頼だ。

 

 

「――大丈夫。あの子は必ず、私たちの元に辿り着くよ」

 

「……だな。彼女はアフリカタワー占拠を見逃すような人間ではないし」

 

 

 イデアの言葉を引き継いで、クーゴも頷いた。

 

 

「もし万が一“行くべき場所が分からなくて迷い歩いている”んだったら、目印くらいにはなるよ。――御旗天際はそういう(モノ)だ」

 

 

 あの武装を掲げたときを思い出す。クーゴ・ハガネとはやぶさの初陣であり、嘗て共に空を駆けた仲間たちに『御旗はここにある』ことを示したときのこと。元・オーバーフラッグス部隊の面々は、クーゴの問いかけに対して<是>と答えた。あの場に居合わせなかったグラハム/ブシドーも、<是>と返した。

 『どれだけ離れていたとしても見える旗』という意味を込めて名付けた武装に込めた想いは、今も変わらずここにある。帰還の意志は未だ健在、帰るべき場所も健在であると示す旗は、今もクーゴの心の中ではためいている。虚憶(きょおく)で出会った人々が見せてくれた『人の心の光』と共に。

 

 

「そのときは言ってください。僕たち、必ず力になります」

 

「私も! 刹那は、私たちの大切な『友人』だもの!」

 

「成り行きとはいえ、この艦に身を寄せている者じゃからな。それくらいは手伝わせてくれ」

 

「僕たちも、微力ながらお手伝いするよ」

 

「そうね。そのときは声をかけてください」

 

 

 名乗りを上げたのは、プトレマイオスに搭乗している非戦闘員たち――クロスロード夫妻、エイフマン、アスカ夫妻だ。非戦闘員とはいえ、彼や彼女たちも思念波を有するミュウである。

 ミハタテンサイは思念波を多く注げば注ぐほど、再現できる虚憶(きょおく)の種類や威力、効果範囲等が上昇していく。彼らの協力あって、あの武装は真価を発揮できるのだ。

 クーゴが武装の特徴と効果を改めて思い返していたとき、不意に服の袖を控えめに引かれた。何事かと見れば、宙継が真っすぐにクーゴを見つめている。彼は淡く微笑んだ。

 

 

「僕も、一緒にお手伝いします」

 

「……ありがとう、宙継」

 

「はい!」

 

 

 拙い手つきで頭を撫でてやれば、宙継は嬉しそうにはにかんだ。褒められたり頭を撫でられたり、抱きしめられたりすると、彼はそんな風に笑うのだ。そんな彼を見ていると、クーゴもつられて嬉しくなって、自然と口元が緩んでしまう。

 いつぞや宙継が零したこと――『クーゴが宙継の父親だったらよかったのに』という羨望めいた発言を思い出し、なんだかくすぐったい気分になる。照れ隠しとして、途中から撫でる手つきを敢えて乱暴にしておいた。それでも宙継は嬉しそうにしていたけれど。

 

 この場にいる誰もが、刹那の帰還を信じていた。そのためにクーゴの力/はやぶさの御旗天際が必要なら『手を貸す』と言わんばかりに頷き返す。

 思い返せば、虚憶(きょおく)で共闘/敵対していた刹那も、共に戦う仲間たちを信じ、共に駆け抜けた仲間たちから信頼されていた。

 助けたことも在れば助けられたことだってある。彼女の理想と理念に影響を受けた者たちは、彼女の理想と理念を後押ししていたっけ。

 

 優しく輝く緑色の光。数多の奇跡を起こし、人類と異種族の――或いは断絶してしまった想いを伝えた輝きは、“対話を成すために戦う”ことを選んだ刹那だからこそ辿り着いた境地なのだ。そうしてそれは、この世界で生きる刹那がいつか辿り着く理想の果てなのだろう。

 

 

(――みんな、キミを信じて待ってるんだ)

 

 

 クーゴがそんなことを考えた瞬間、脳裏を過った光景があった。

 

 プトレマイオスの医療フロア。ガラス一枚隔てた先で、眠り続ける誰かの姿。断片的に響いたのは、聞き覚えのある医師と看護師のもの。

 『脳に強い負荷がかかった』、『いつ目覚めるか分からない』――並んだ言葉には、酷く沈痛な声色が宿る。どう考えても絶望的な状況だ。

 だけど、そんな彼女を目の当たりにしても、奴は信じていた。“彼女が目覚め、再び空を駆ける”ことを確信していた。一途に、真っすぐに、緑色の瞳はただ1人を見ている。

 

 

『少女』

 

『――私は信じているからな』

 

 

「見えてきました! カタロンの支部です!」

 

 

 クーゴは奴の正体を探ろうと思ったのと、プトレマイオスが目的地に到達したのはほぼ同時。

 慌ただしく補給の準備に勤しむ仲間たちを手伝うため、仲間たちの背中を追いかけたのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「貴方の父君は、軍を裏切った。市民を傷つけた」

 

 

 くすんだ金色の目が輝いている。

 

 

「そうやって、同じように、貴方の父君は貴方の母君を見殺しにした」

 

 

 着物を着た東洋人女性は、語り掛けるような調子で言葉を紡いだ。

 

 

「貴方は、父君を憎んでいる。――そうでしょう?」

 

 

 意識は霞がかったようにぼんやりしているのに、女の声は透き通ったようによく響いた。

 促されるようにして、自分はゆっくりと口を開く。

 

 

「――憎い」

 

 

 それは紛れもない本心だった。

 父に対して鬱屈した感情を抱いていたのは事実だったから。

 

 ――確かに、紛れもない本心だった、けど。

 

 

「私は、あいつが憎い」

 

 

 ――本当に、その言葉で終わらせていいんだろうか。

 

 その一言で、断ち切っていいんだろうか。

 だって自分は、同じような疑念を抱いた相手がいたのだ。

 彼女に対して、自分はどう動いたのか。

 

 

『スミルノフ少尉』

 

『――ご武運を』

 

 

 ああそうだ。真正面から疑念をぶつけたのだ。向き合いたいと願ったから。

 それが例え、自分にとって不条理な結末に至るのだとしても――彼女たちを信じたかったから、そうしたのだ。

 

 ――ならば。

 

 あの日投げっぱなしにしてしまった命題に――相互理解を諦めた父親に対して、向き合ってみるべきではなかろうか。

 彼女たちに対して自分がそうしたように。例えどのような結末を迎えるにしても、問わなければいけないことがあるのではなかろうか。

 淡く輝く赤い光。“都合の悪い事実からも、受け入れたくない真実からも、決して目を逸らさなかった”乙女の姿に、自分は勇気を貰ったのだから。

 

 

「――聞き分けの悪い玩具(オニンギョウ)さん。しょうがないわね」

 

 

 

***

 

 

 

(――あれ? 私は何を……?)

 

 

 アンドレイは思わず目を瞬かせた。

 

 直前までの自分が何をしていたのか思い出せなくて首を傾げる。ここは海往く軍艦の甲板で、この場にはアンドレイ以外誰もいない。

 それでも何故か、()()()()()()()()()()()()()()()()ような気がしてならないのだ。()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 首を傾げたアンドレイだったが、ふと、左手に違和感を覚えた。握りこぶしの中に何かある。手を開いてみれば、アンドレイの掌には折り鶴を原材料にして作られたUVレジンのチャームが握られている。

 少し前、アロウズに取材してきたジャーナリストの1人――絹江・クロスロードがアンドレイに贈ってくれた手作りの一品だ。手渡した相手――アンドレイの武運長久を祈ったお守りでもある。

 心なしかほんのりと赤い光が瞬いたように感じたのは何故だろう。そうして、その光を見つめていると、胸の奥底が温かくなるような感覚に見舞われるのは。それにつられるようにして、口元が綻ぶ。

 

 

「絹江さん……」

 

 

 アンドレイの手を取って微笑みかけてくれた乙女の姿を思い描く。それだけで、アンドレイは頑張れるような気がした。市民を守る連邦軍の軍人として、『悪意と陰謀渦巻くアロウズ内部の動きを見極めなければ』という想いが湧いてくる。

 だって絹江は言ってくれたのだ。『アンドレイのような軍人がいてくれることこそが、アロウズにとっての救いなのだ』と。真実を追いかけようとする乙女の眼差しに応えたいと思う。軍人として、或いは彼女が信じてくれた1人の人間として。

 

 アンドレイが絹江に思いを馳せていたとき、不意に、誰かに肩を叩かれた。振り返る間もなく、アンドレイは無理やり抱き寄せられるようにして引っ張られる。視線を動かした先にいたのは、旧AEU軍の自称エースパイロットを名乗るパトリック・コーラサワーだ。奴は得意げにウインクしながらニカッと笑う。

 

 

「恋愛のことなら相談に乗るぜ?」

 

「なっ!?」

 

「このパトリック・コーラサワーさまにお任せあれ、ってな! 話聞いてやるよ!」

 

「や、やめろ! 離せ! 離せー!!」

 

「ほらほらこっちこっち! ――お? それ折り鶴だよな? もしかして、お前の好きな子って日本人か!?」

 

「黙秘だ黙秘! 黙秘権を、黙秘権を行使させろぉぉ!!」

 

 

 アンドレイが奴を振り払う間もなく、何だか強い力で引きずり込まれる。羞恥に塗れた抗議の声は、真っ青な空と海に飲み込まれるようにして消えていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 『悪の組織が戦争幇助企業に認定され、各地に出向していた技術者や関係者の多くが拘束された』というニュースの初報を耳にしたとき、絹江は動揺し取り乱した。何故なら、絹江の弟である沙慈と義妹のルイスは悪の組織の技術者として軌道エレベーターに派遣されていたためだ。

 拘束者の具体的な名前は発表されていなかったものの、絹江の勘が“あの夫婦は確実に巻き込まれている”と叫んでいた。実際、後から本人及び総帥(しゃちょう)経由で『無事に脱出しました。元気にやってます』と思念波で連絡が届いたし、今も思念波越しに連絡を取り合っている。

 初報を耳にしたときは動揺して取り乱した絹江だけれど、一拍の間を開けた途端にすんと冷静になった。弟夫婦は“殺傷力高めの非戦闘員”であったことを思い出したためである。石破ラブラブ天驚拳なんて日本文化、絹江は未だに認めていないし『そんな文化知らない』と必死に訴える側の日本人と化していた。閑話休題。

 

 沙慈は4年前から厄介ごとに巻き込まれがちだった。学生時代の研修旅行ではあわや宇宙を漂流しそうになったり、反ソレスタルビーイングを掲げた武装組織による無差別テロに居合わせたり、ハレヴィ家から招待されたスペイン旅行兼親戚縁者の結婚式では左手を欠損したり、入院時には病室に爆発物を持ち込まれたりしている。

 特に最後の2件は、沙慈の先輩後輩――後に、年齢的にも種族的にも“彼らの方が、数百年単位で先輩である”ことを知った――が傍に居て、ミュウとしての力を行使してくれなかったら、確実に命を落としていたことだろう。そういう所は、シロエとマツカに助けられた絹江にも言えることだった。

 

 そういう事実もあって、絹江は沙慈のことを“トラブルに巻き込まれやすい体質の持ち主”ということで、予てから苦言を呈していた。

 

 シロエやマツカと共に行動する場合は“沙慈から『(恋愛的な意味で)羽目を外さないように』と苦言を呈される側になっていた”けれど、絹江は沙慈の姉である。弟を心配することは何もおかしいことではないはずだ。

 最近は沙慈が絹江を心配する――特に、恋愛的な意味で。しかも瞳から光が消えていることが多い――ケースが多くなったが、絹江にとっては自分のことよりも弟夫婦の身を案じていたし、そっちを優先/注意すべきだと思っていた。……思っていたのだが。

 

 

<……まさか、移動中に“テロの巻き添えになって人質にされる”とは思わなかったわ>

 

 

 連邦軍の制服、或いはパイロットスーツを着た武装兵士に拘束されていた絹江は、思念波を零した。

 絹江たちの現在地はアフリカタワー――旧AEU領時代はラ・トゥールと呼ばれていた――である。

 

 

<僕たちから見れば、センパイも弟くんのこと言えないと思いますけど>

 

<絹江さんもまあまあ巻き添え体質だと思いますよ>

 

<喧しい!>

 

 

 ジト目のシロエと苦笑しながらキツいことを言うマツカの《表情》と《聲》を《視認した》絹江は、思わず思念波越しに怒鳴り返した。

 

 彼らの頭の中には、絹江と行動を共にしていたときのアレコレ――ゲイリー・ビアッジ=アリー・アル・サーシェスからの逃走劇やアロウズの出資者パーティに潜入した時の逃走劇――が浮かんでいる。

 確かにその案件も中々に修羅場だったが、修羅場に巻き込まれた回数は弟の方が圧倒的に多かろう。絹江は思念波で2人に抗議するが、先輩共はどもは生暖かく笑い返すだけであった。

 

 尚、周囲にいる人々――特に、絹江たちと同じ立場である“人質にされた一般人”――の表情は戦々恐々としており、緊張と怯えの思念波が飛び交っている。絹江たちも表面上はそういう表情を浮かべているが、内面のアレコレは周囲とかなりの温度差があった。

 思念波越しとはいえ、こんなやり取りを交わしているのは絹江たち3人だけである。何らかの手段で心の内を覗かれた場合、引かれるか怒られるかの2択だろう。絹江が覗く側だったら、確実にその2択のいずれかの反応を示す。乖離があまりにも酷すぎるので。閑話休題。

 

 

<ところで思念増幅師(タイプ・レッド)センパイ、何か拾えましたか?>

 

<ええ、ばっちりよ。苛烈なる爆撃手(タイプ・イエロー)先輩と堅牢なる守り手(タイプ・グリーン)先輩のサポートのおかげでね>

 

 

 生意気な笑みを浮かべるシロエの《表情》と《聲》に、絹江も同じように返してやる。

 そんな自分たちを見ていたマツカは、ぽわぽわした調子で<元気だなあ>と笑っていた。

 

 

<テロの首謀者は、地球連邦軍所属のパング・ハーキュリー、階級は大佐。連邦軍に組み込まれる以前は旧人類革命連合に所属していた。出身国はロシアで、親しい軍人は同経歴を経て連邦軍へと所属した“ロシアの荒熊”ことセルゲイ・スミルノフ大佐ね>

 

<息子さんの名前はアンドレイ・スミルノフさん。僕らがこの前までお世話になってた連邦軍の軍人で、階級は少尉。その辺は、絹江さんがよーく知ってると思いますので割愛しときますね>

 

<テロの首謀者が『未来の義父さんのお知合い』なんて、こんな偶然あるんですね! 折角なので、足がかりとして取り込んどきます?>

 

<シャラップ! 脱線しないの!>

 

 

 おかしな方向に話を誘導しようとする先輩たちに逆らうように、絹江は思念波越しに怒声を響かせた。ニヨニヨ笑う2人の《表情》に居た堪れなさを感じつつ、咳払いして話を続ける。

 

 

<ハーキュリー率いる一派の構成員は“アロウズに所属している、或いはしていた経歴を持つ連邦軍の軍人”や“その関係者である一般の連邦軍人”が中心。彼らの目的は『世界中にアロウズの蛮行を公表し、民衆に真実を知ってもらう』こと。一般人を人質に取ったのも、『アロウズの蛮行を目の当たりにして貰うことで、有事の際は“生き証人”としての役割を担って貰う』ため。ハーキュリー一派には人質を害するプランニングも無ければ意思もなく、寧ろ人質たちのことを心配している。何なら、巻き込んでしまったことを申し訳なく思っているようね>

 

 

 絹江はそこで話を終わらせ、再び周囲に視線を巡らせた。相変わらず人質は怯えているし、兵士たちは武装して人質が変な動きをしないように見張っている。飛び交う思念にも変化はない。

 手段の是非については一端棚上げして論じるが、絹江的には、ハーキュリー一派の主義主張は好ましい部類に入る。彼らはアロウズの闇を明らかにし、それを正すために行動を始めたのだ。

 “アロウズや連邦内部にも自浄作用と成り得る思考回路を持った軍人がいる”というのは、転がるようにして統一を進める連邦にとっては貴重な人員に成り得る。

 

 連邦政府が情報統制を行い、世論を“連邦政府にとって都合よく作り変えている”のは事実だ。特に、S.D.体制下の技術を搭載したとされるトンデモ性能のスーパーコンピューター――グランドマザー『テラ』という凶悪な存在を使って行われるソレに対抗する術は殆ど無い。

 情報を公開して訴えようとしても、西暦の技術では“グランドマザーの介入によって改竄されてしまう”のが関の山だ。それを突破する程のスパコンが無ければ、或いはマザーネットワークを瓦解させなければ、グランドマザーを突破して真実を公開することは極めて困難だろう。

 

 ハーキュリー一派はそれを理解していた。だからこそ『一般人を巻き込み、事件の映像を生中継することで、自分たちの主張が正しいことを世間に見て貰おう』という判断に繋がった。その方法が一番手っ取り早いのは事実である。

 

 

<ですが、巻き込まれた一般人の反応からして、ハーキュリー一派の意図は作用しているとは言えませんね>

 

<“直接的なアロウズの蛮行を目の当たりにしていない”というのも影響しているのかも知れないけど、今のところ、一般人の意見は大なり小なり『はた迷惑』止まりですし……>

 

 

 シロエとマツカがしょっぱい《表情》を浮かべながら思念波を零す。困惑や恐怖の感情を取り払った人質の思念は、最終的にそこへ帰結するためだ。『一般人からすれば他人事に過ぎない』ことや『やり方が強引過ぎる』ことも絡んでいるのだろうが、やはり『人々が疑問を持たないよう世論操作が行われている』というバックボーンが大きい。

 ハーキュリー一派が起こしたクーデターの行く末は“現時点では不透明”である。だが、絹江たちから見れば、現状“判定負け”としか言いようがない。彼らは“現状に耐え切れなくなり、過激な手段に走った”一派だ。このまま事態が硬直し続ければし続ける程、頑な且つ更に過激な手段に出る可能性もある。

 だが、気にするべき存在はハーキュリー一派だけではない。『ハーキュリー一派を連邦政府がどう扱うか』という不安要素もある。同じ連邦軍人として()()()()()便宜を図るのか、それとも完全に切り捨てるのか。前者ならハーキュリー一派的にマシな展開になりそうだが、後者だった場合は――確実にアロウズが出てくるだろう。

 

 

(……スミルノフ少尉……)

 

 

 折り鶴のチャームを手渡した軍人の姿を思い描く。

 

 テロの首謀者たるハーキュリーは、アンドレイの父・セルゲイとは旧知の仲である。もしかしたら、父親経由でアンドレイとも交流があるのかもしれない。

 アンドレイは『自分は軍人ですので』と言って粛々と任務に当たるのだろうが、その内面では如何程の苦悩や困惑を抱いているのだろうか。

 

 もしも彼が、ハーキュリー一派の鎮圧のためにアフリカタワーへ派遣されることになったら。

 そこでハーキュリーと対峙したら、どうするのだろう? 彼の真意に耳を貸さず、盲目のまま打ち取ってしまうのだろうか。

 それとも、絹江たちに疑念を抱いて直接問い詰めたのと同じように、真実を追いかけ、ハーキュリーに向き合おうとするのだろうか。

 

 

(私は貴方を信じます。信じています。……だから、どうか――)

 

 

 絹江はそっと目を閉じる。

 そうして、優しい青年の行く末を祈った。

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。




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