問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



一方その頃:緑の光、金の瞳

 

 果て無く広がる曇天と、見覚えのある技巧が施された建物。家としての形状を保っているものもあれば、何らかの攻撃を受けて一部が崩落、或いは全壊しているものもあった。

 町中に植えられていた――もしくは生えていた木々は、何故だか一切の葉を落としている。砂と土からかおるのは、慣れ親しんだ故郷のものか、或いは硝煙と血を由来としたものか。

 寂れて荒れ果てた街並みには覚えがあった。そこいがい有り得なかった。嘗て自分が己の手で壊してしまった故郷(ふるさと)にして、嘗て存在していた『還る』べき場所。

 

 だけど。それ故に、刹那は困惑していた。

 

 この場所に立っている理由が分からなかったから。

 自分がここに来る以前に何をしていたかすら覚えていないので。

 

 

「ここは――」

 

 

 亡くしてしまった故郷の名を紡ごうとしたとき、不意に刹那の目に飛び込んできたのは一軒の家。他の建物と変わらない、シンプルな土壁と木の扉の小さな家だ。

 

 

「この家は……!」

 

 

 ――けれど、刹那にとってこの家は、絶対に忘れることが出来ないものだった。

 

 過去の記憶を手繰り寄せる。幼い頃の僅かな時間、確かに存在していた幸せな記憶が脳裏を過る。

 もう戻れるはずのない過去の光景に戸惑っていたとき、何処からか息を切らせて走る子どもの声が聞こえた。

 

 弾かれたようにその出所へ視線を向ければ、男物の民族衣装を身に纏った子どもが銃を片手に駆けていく。その子ども――否、()()の姿には見覚えがあった。聖戦に参加し、戦士としての洗礼を受けるために必要な儀式を行おうとする、幼い自分自身――ソラン・イブラヒム。

 ソランを少年兵に仕立て上げた連中は、信仰や聖戦を理由にして『不信仰者を打ち倒せ』と子どもたちを唆していた。“戦士として認められるための第一歩”として、『大人たちの言葉に従わなかった連中の筆頭である家族を皆殺しにしろ』と命じた。

 幼く無垢な少女は大人たちの言葉を――大人たちが言う“神”を信じた。その身を神に捧げると言うお題目のため、『不信仰者を打ち倒さねばならない』と言う教義を成し遂げるため、この家にいる不信仰者たちを――ソランの両親を殺すために走っていたのだ。『自分の行いは正しいものだ』と盲目的に信じて。

 

 

「この身を神に捧げ、聖戦に参加する――」

 

 

 息を切らせて駆ける少女は、驚いて硬直していた刹那の横を通り過ぎた。赤銅色の瞳は何処までも真っすぐなのに、暗く見えるのは何故か。うわごとのように繰り返される聖句には一切の覇気がない。

 ……いや、刹那はその理由をよく知っている。“神”というお題目を妄信しているため、それ以外のものに対する興味関心や良心、及び良識の一切を“取るに足らないモノ”と定義したためだ。

 

 ソラン・イブラヒムにとっての至上は“神”だった。“神”に対して信仰を示すことだった。そのために必要なことが“両親の殺害”だと言うなら、それを成すことこそ至上だった。信仰を示すことは正しいことなのだから、自分の行いは正しいことなのだと本気で信じていた。

 

 聖句を呟いていた男装の少女は、銃を持ったまま家へと飛び込んだ。その光景が何を意味していたのか、刹那は漸く思い出す。

 あの後、ソランは家族の元へ帰った後、何のためらいもなく両親に引き金を引いた。――自分の手で、親を殺したのだ。

 

 

「ソラン! 心配していたのよ?」

 

「今までどこにいたんだ!?」

 

 

 刹那が全てを思い出したのと、背後から両親の声が響いたのはほぼ同時。

 刹那は即座に踵を返し、家の中へと飛び込んだ。

 

 丁度そこでは、無表情のソランが両親に拳銃を突き付けている所だった。我が子から銃口を向けられた両親は動揺し、酷く怯えた様子で――それでも“我が子の暴走を止めなければ”という意思を奮い立たせてながら――ソランに声をかけていた。

 

 

「やめろ!」

 

「!? ――何をする!?」

 

 

 間一髪、刹那はソランから銃を取り上げる。生身の戦闘訓練を受けた20代女性の腕力に、10代にも満たない少女が逆らえるはずもない。ソランから拳銃を奪い取ることは、刹那にとって赤子の手をひねる程度に容易なことであった。

 ソランもそれを察したようだが、彼女にとってそんなこと些事にすぎない。ソランにとっては、“神”への信仰を示すことが至上なのだ。それを邪魔をしてきた不信仰者に立ち向かおうとしているのだろう。彼女は暗くぎらつく赤銅色の瞳を向けて、刹那へ喰ってかかって来た。

 親殺しを引き金にして、己の進む道がどのような地獄絵図を呈しているかなんて彼女は知らない。両親を、友を、姉貴分を、僚友を失い、挙句の果てには“戦うための道具”として使い潰されそうになる未来を知らないのだ。――その先に待つ艱難辛苦を、何一つさえ。

 

 

()()()は、神の教えを守るために――」

 

「――この世界に神はいない!」

 

 

 噛みつくような調子でこちらを見上げたソランに対し、刹那はきっぱりと言い切った。

 

 それは、ソランが刹那に至るまでの過程の中で見てきた出来事が積み重なった末に出した結論だった。数多の屍と瓦礫の山をかき分けた果てに辿り着いた答えだった。

 第3者から見れば簡単に分かることであり、当たり前の話であり、くだらないことでしかないのかもしれない。でも、あの日のソランは、あの地獄絵図を経なければ辿り着けなかった回答だったのだ。

 

 あの日のソランが出した答えの重さを、刹那は嫌と言うほど知っている。

 あの日のソランが出した答えに至るまでに積み重ねた罪の重さを、刹那は嫌が応にも理解している。

 だから刹那は、両親を手にかけようとするソランを――過去の自分の行動を、黙って見ていられなかった。

 

 

「……いないんだ」

 

 

 声が震える。視線を逸らしたくてたまらなくなる。

 けれど、刹那は眦を吊り上げてソランに向き直り、彼女の肩を掴んだ。

 

 怯えるように戦慄く少女に目線を合わせ、刹那は言葉を紡ぐ。

 

 

「お前のしていることは、暴力を生み出すだけの卑劣な儀式だ」

 

 

 ソランを思いっきり引っ張り上げ、突き飛ばす。体勢を崩した少女はそのまま母親の元へと突っ込むようにして前のめりになった。

 怯えていた母親であったが、思わずと言った調子で――当たり前のように我が子を抱きとめる。彼女は夫と共に、驚いた様子で刹那を見返していた。

 最早帰ることの敵わない光景を――両親とソランが共に過ごす光景を目に焼き付けるように見つめた後、即座に行動に移った。

 

 

「こいつを家から出すな!」

 

 

 家を飛び出した刹那は走り出す。当時の記憶を辿りながら。

 

 ソランに銃を手渡したのはサーシェスだった。奴がソランに銃を与えたのは、街の郊外にあった広場である。家からの距離を考えると、銃を手渡したサーシェスの一派はまだあの場所にいるはずだ。

 奴らは子どもたちが家族を手にかけ、戻って来るのを待っていた。今から全速力で向かえば、子どもたちが広場に戻って来るのを待ち構えているサーシェスの元へ駈け込める。間に合うのだ。

 

 

(そうすれば、悲劇を止めることが出来る――!)

 

「――何処へ行くんだ、刹那」

 

 

 不意に声をかけられた。

 

 振り返れば、見知らぬ少年が剣呑な面持ちでこちらを見つめている。背格好は刹那より少し高い程度で、茶髪と藍色の瞳の不愛想な顔立ちが目を惹く。カーキ色のタンクトップに黒の半ズボンという出で立ちは、刹那の故郷クルジスの季候には不釣り合いな恰好であった。

 刹那はこの少年のことなど一切知らない。だが、何とも言えない既視感に立ち止まってしまう。彼は寡黙で物静かな男ではあったが、それ故に、彼の眼差しは雄弁に感情を語っていたし、時折零す言葉には深みと重みが伴っていた。咄嗟に――或いは意図せず、刹那の口から単語が零れ落ちる。

 

 

「ヒイロ……?」

 

 

 ……いいや、刹那は彼を――ヒイロ・ユイを知っている。ここではない何処かで、共に戦っていたはずだ。

 刹那と同じような過去を背負ったが故に、痛みを知っていたが故に、戦うことを選んだ戦士。

 ヒイロの傍らにいた少女が掲げていたのは、戦争根絶とよく似た理想だった。確か――恒久平和。

 

 

「お前は既に理解しているはずだ。ここがお前の過去を元にして作られた光景でしかないことを」

 

 

 思いを巡らせる刹那の意識を引き戻したのは、彼の淡々とした口調だった。その言葉に、刹那は思わず息を飲む。

 しかし、刹那は小さくかぶりを振った。広場へ向かう道――サーシェス一派がいるであろう場所へ向かおうとして、足を止める。

 

 広場へ向かうための道を塞ぐかのように、見ず知らずの男性2人が佇んでいた。

 

 1人は真っ白な髪と青白い肌、そうして目元の隈が特徴的な東洋人男性だ。外見年齢は20代後半から30代程度に見えるが、年季の入った目元の隈と鋭い眼差しは、外見以上の年月を生きてきた――或いは修羅場を乗り越えてきたが故に得たモノだろう。実際、彼は刹那では到底及ばない程の地獄を――自滅スイッチ発動による人類滅亡を目の当たりにしていた。

 もう1人は水色の髪に灰色の肌、そうして金色の瞳が特徴的な男性であった。外見も、身に纏っている服装も、明らかに地球の文明圏ではありえない特徴や形状を有している。彼もまた、地球で文明を育んだ命とどう向き合うかの答えを出すために、数万年の時間をかけて“待ち続けた”男である。故に、人類の暴挙に対する失望は深く、一度は地球文明との全面戦争に乗り出そうとした。

 

 

「一度犯した過ちを“無かったこと”にするのは不可能だ。勿論、その過ちを犯し続けた分だけ降り積もった罪や業、そして――犠牲にしてきた命も」

 

「……加藤、久嵩……」

 

 

 東洋人男性――加藤久嵩が、沈痛な面持ちで言い放つ。憂いに満ちた眼差しは、嘗て彼が最良と判断したやり方を――正義を成し遂げるために積み重ねてきた屍の山を見ているのだろう。

 滅びの未来では、自滅スイッチによって自殺しようとする恩師を見殺しにすることしかできなかった。そこで目の当たりにした滅亡を回避するために、数多の犠牲を積み重ねることを容認してきた。

 だが、彼の献身は“正義の味方”――或いは、“正義の味方”の言葉を経由するような形で、恩師本人から否定されてしまう。故に、当初の加藤は“正義の味方”の言葉を受け入れられなかった。

 

 掲げた正義を、信じ続けた正義を、それを成すために積み上げてきた犠牲の山を、『加藤のやり方では人類は救えない。天児は、そんなことを望んでいなかった』という言葉で片づけられた。

 そのときの絶望と悲嘆は如何程だろう。犠牲にしてきたものに対する罪悪感を、正義の為と言う名目で泣く泣く踏み躙って積み上げてきた罪過を、無意味だったと断じられたあの瞬間は。

 

 

『ふざけるな……。ふざけるなよ、城崎天児ゥゥゥ!』

 

 

 いつかどこかの世界で響き渡った男の咆哮と重なるかのように、背後から銃声が響き渡る。反射的に振り返った刹那は、自分が握っていたはずの銃が跡形もなく消えていることに気が付いた。

 

 響いた銃声は2発。片方は父親を、もう片方は母親を殺した時の音だろう。

 刹那は愕然とした表情で、静まり返った家を見つめていた。

 

 

「希望を抱き、可能性を見出したその瞬間に、何もかもが裏切られる。――そのときの悲嘆と絶望は計り知れない。だからこそ、『共に生きる』という選択肢を選ぶことが出来なくなる」

 

「マノン……」

 

「我々の住居を無遠慮に踏み荒らさんとした人類が『いる』という事実が、奴ら以外にも似たような連中が人類の中に『存在している』可能性が、そう判断するに値する理由だった。……そう思ってしまう程、わたしはあのとき見出した希望を――“あの子”を()()()()()んだ」

 

 

 外宇宙文明を有する指導者――マノンもまた、静かな面持ちで呟いた。懐かしそうに細められた瞳の奥には、袂を分かった盟友や弟の系譜を受け継いだ地球人の少年への友愛で満ち溢れているのだろう。

 

 嘗てマノンは“文化レベルが異なる異文明同士の交流は、互いに滅びを招く”と考え、『地球に住まう現地人の文化が自分たちの文明レベルに追いつくまでは、現地人へ干渉しない』と決めていた。だが、盟友はその取り決めを破って現地人と事実上の駆け落ちを決め、マノンの弟は盟友を支持してマノンの元から飛び出した。

 後に、彼は“盟友の子孫である少年”と“弟が搭乗していた機体”に邂逅し、一度は『地球人と共存することが出来るかもしれない』と希望を見出す。だが、その希望は、“盟友の子孫である少年”とその関係者たち、及び彼と敵対していた連中によって、結果的に裏切られてしまう。

 3万年間待ち続けた結果が手酷い裏切りだったが故に、“盟友の子孫である少年”のことを心の底から信じていたが故に。その出来事は『嘗てマノンが掲げた持論の正当性を証明し、補強してしまう』程の絶望や怒りへと変わってしまった。あと一歩遅かったら、マノンは“自らの手で、自分が見出した“少年”の息の根を止めていた”かもしれない。

 

 嘗てのソランと同じ過ちを犯していたかもしれないのだ。

 ……最も、マノンがそれを知ったのは、彼を手にかけてしまう寸前だったけど。

 

 

『そこの連中は我々の住居を荒らそうとした。しかも、興味本位でだ。共存とは程遠い行為だ』

 

『これが3万年待った結果とは考えたくない』

 

 

 例え人類側が何も知らなくとも、マノン側は人類を信じて“待ち続けてきた”。共存の未来はあると信じて、3万年も待ち続けたのだ。積み重ねてきた努力は確かにあったのだろう。

 いつかのどこかで響き渡った悲嘆と憤怒の言葉に重なるかのように、男装したソランが家から出てきた。暗くぎらつく赤銅色の瞳は変わらぬまま、彼女は立ち止まることなく突き進む。

 

 迷うことも、振り返ることすらせずに、ソランの背中は消えてしまった。それを黙って見送ることしか出来なかった刹那は、途方に暮れたように息を吐く。そんな刹那に声をかけたのは加藤だった。彼はふっと目を細める。

 

 

「『人は何度だって、自らの運命を選ぶコトが出来る』」

 

「え……?」

 

「キミが見せてくれた光が示してくれたものだ。あの輝きが、私に先生の残留思念を届けてくれた。……だから私は、自らの運命を選び直すコトが出来たんだ」

 

 

『加藤機関、全隊員に次ぐ! これより我々は、全力でアルティメット・クロスを援護する!』

 

 

 彼の言葉に呼応するかのように、いつかどこかの世界で響き渡った男の指示が飛ぶ。

 

 数多の罪と業を積み重ねて、遠回りをして、その方法ですら『間違いだった』や『そのやり方では人類を救えない』と断じられて動揺し、途方に暮れていた加藤。しかし彼は、恩師の言葉を正しく受け止めることが出来た。

 彼は土壇場で自分の運命を選び直し、“恩師の遺志を正しく受け継ぎ、マキナの造った『かりそめの未来』を壊す”道を進むことが出来たのだ。その第一歩として、加藤は早瀬浩一と石神邦夫――ひいてはアルティメット・クロスとの共闘を宣言した。

 

 加藤の言葉を引き継ぐように口を開いたのはマノンだった。地球人とは少しだけ違う――少々くぐもったような響きの声だけれど、その声は優しい。

 

 

「『あれは“滅び”の始まりではなく、“始まり”の始まりだった』」

 

「!」

 

「キミが見せてくれた光が示してくれたものだ。あの輝きが、わたしに弟の――ゼノンの残留思念を届けてくれた。……それがなかったら、わたしは取り返しのつかない過ちを犯していたかもしれない」

 

 

『わたしは独りではない。それをあの優しい光に教えてもらった』

 

 

 彼の言葉に呼応するかのように、いつかどこかの世界で紡がれた男の言葉が聞こえてくる。

 

 マノンと邂逅した少年は、嘗てマノンと袂を分かった盟友の血を引いていた。マノンの同族は覚醒する前に命を落としてしまい、彼以外残っていない。だが、マノンの元を飛び出した盟友は地球人と結ばれ、その血縁を地球上に残していたのだ。

 “弟が搭乗していた機体”は『“盟友の子孫である少年”をマノンと引き合わせよう』と考えて動き回り、2人を巡り合わせた。もしも怒りに任せて“少年”の命を奪っていたら、マノンは本当の意味で独りぼっちになっていたことだろう。

 

 

(――ああ、そうか)

 

 

 2人が向けた言葉に込められた意味を、刹那は確かに理解した。

 

 過去に思いを馳せたとて、変えられるのは自分や誰かの気持ちだけ。犯した罪は消えないし、起きてしまった出来事を『なかったこと』には出来やしない。

 けれど、未来は幾らでも変えることが可能だ。例え取り返しのつかない過ちを重ねたとしても、人間は何度だって運命を選ぶことが出来る。選び直すことも出来る。

 『運命を選ぶ』ことは、『“始まり”の始まりへ至る』ために努力し続けることと同義。そのためには、選択する人間自身が自らの意志で代わらなければならないのだ。

 

 思わずと言った調子で、刹那は加藤とマノンに視線を向けた。2人は満足げに微笑んで頷く。

 それを見届けたヒイロは、静かな面持ちで口を開いた。

 

 

「刹那。お前はガンダムになれ」

 

「ヒイロ……」

 

「――そうして、ガンダムを超えろ」

 

「――ああ」

 

 

『刹那、お前はガンダムを超えろ!』

 

 

 ヒイロは、刹那の『ガンダム』に込められた意味を知る数少ない人間だった。刹那にとっての『ガンダム』は『争いを止める存在』である。

 彼は早いうちからソレを察し/見抜き、刹那が思い悩む度に激励してきた。今だって、彼の言葉に背中を押されたのは事実。

 

 刹那が口元を緩めて頷き返せば、ヒイロも満足げに目を細めて頷く。そうして、彼は刹那の向こう側へ視線を向け――どこか呆れたような、或いは咎めるような調子でため息をつく。

 

 

「今まで何をしていた。お前は刹那の“未来への水先案内人”だろう」

 

「……諸事情により、合わせる顔がなかったのでね」

 

 

 聞き覚えのある声に振り返る。そこには、けったいな仮面とアロウズの制服を身に纏った金髪碧眼の白人男性――ミスター・ブシドーの姿があった。

 まさか彼がこんなところにいるとは思わなかったので、刹那は思わず面食らう。ブシドーは居心地悪そうに視線を彷徨わせた後、観念したように肩を竦めた。

 だが、ブシドーは何か言いたげにヒイロを見ていた。その様子だけで、彼は『ブシドーが“ろくでもない”ことを考えている』と察したのだろう。苛立たし気に口を開いた。

 

 

「御託はいい。さっさとしろ」

 

「私の出る幕はないだろう。キミがいるわけだし」

 

「俺を言い訳に使うな」

 

 

 視線を逸らすブシドーと眉間の皴を深くするヒイロによる(一方的な)睨み合いが繰り広げられ、マノンと加藤が苦笑する。

 暫しのやり取りを経て、ヒイロは不服そうな顔をした後、ブシドーの手を乱暴に引っ張った挙句、そこに刹那の手を重ねさせた。

 

 

「「あ」」

 

 

 零れた声は酷く間が抜けていたけれど、それを見ていた3人が満足そうな様子で頷いていたので、多分これでいいのだろう。……そうだと思う。

 

 刹那とブシドーは何とも言い難そうに互いを見つめていたが、最終的には咳払いして振り返る。3人は相変わらず満足そうな顔をして「早く行け(要約)」と急かしていた。

 仕方がないので、刹那は伺うようにしてブシドーの表情を覗き込む。彼は暫く百面相を繰り返した後、観念したように刹那の手を引いて歩き始めたのだった。

 

 

 

*

 

 

 

「事後承諾で大変申し訳ないのだが」

 

 

 ヒイロたちと別れ、少しの間歩いた後。

 ブシドーがおずおずと言った調子で声をかけてきた。

 

 

「どうした」

 

「その……良いのだろうか、と」

 

「なにがだ」

 

「…………」

 

 

 世話しなく視線を彷徨わせていたブシドーが、居た堪れなさそうに一点を見る。つい先程、ヒイロのお節介(?)によって繋ぐことになった互いの手があった。

 刹那は特に何も考えず彼と手を繋いでいたけれど、ブシドーはこちらを伺うような所作を繰り返していた。何かを言おうと口を開いては閉じてを繰り返し、どこか悲しそうに目を伏せる。

 満面の笑みを浮かべていたときのグラハムも“ろくでもない”ことを考えて行動に移していた男だが、こういう顔をしたブシドーもなかなかに“ろくでもない”。

 

 

『“キミという存在がありながら、他の女からの要求に応じ、不貞と不義理を働いた男”だ。“世界に歪みを生み出す存在に与する者”でもある。どんな理由があれど、それは純然たる事実だ。……どのような沙汰も、糾弾も、甘んじて受けよう』

 

 

 アロウズの出資者が集うパーティ会場に潜入したとき、刹那はブシドーと邂逅している。その際、彼が刹那を見つめながら吐露した言葉だ。国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦が終わった後、仲間や友人を人質に取られて刃金蒼海の傀儡になることを選ぶまでの一連の出来事。

 

 あの日、彼の深緑の瞳に浮かんでいたのは諦めだ。何もかもを押し殺そうとするが如く手を握りしめて、それでも「諦めきれない」と叫ぶ代わりに、刹那のことを真っすぐ見つめていた。良くも悪くも“誠実であろうとする”気質故に、彼は自分自身を追い込んでいた。自覚しているか否かは分からないけれど。

 今のブシドーも、あのときと同じ目をしていた。“自分は悍ましいものに成り下がってしまった”と信じて疑わない。“自分は刹那に罰せられる”と信じて疑わない。どのような罰を下されようと、罵詈雑言をぶつけられようと、自分たちの関係を清算されようと、黙って受け入れてしまうのだろう。

 

 

「私は――」

 

「――いいんだ」

 

 

 何も言わない刹那の態度に業を煮やしたのか、ブシドーが口を開く。

 奴が“ろくでもない”発言をするより先に、刹那はきっぱりと言い切った。

 

 

「……いいんだ、グラハム」

 

 

 言い聞かせるように告げれば、ブシドーは悲しそうな面持ちを崩さぬまま儚く笑った。

 

 

「そうか。そう、言ってくれるか。……ありがとう、少女」

 

 

 刹那の意図が正しく伝わったわけではないのだろうが、それでも「手を離した方が良いのではないか」や「自分は刹那を裏切って不貞と不義理を働いた」等の発言や匂わせをしなくなったので良しとする。ブシドーの発言(ソレ)は、彼自身を悪戯に傷つけるだけの凶刃でしかない。これ以上――せめて、刹那の傍にいる間くらいは――、自傷行為を繰り返してほしくなかった。

 ブシドーが蒼海の傀儡にされて以降、彼があの女から何を言われていたかは分からない。だが、自信と誇りに満ち溢れていたグラハム・エーカーからそれらを奪い、踏み躙り、叩き折るような環境下にいたことは確かだ。良くも悪くも“自他共に対して、真っすぐすぎる程に誠実であろうとする”気質もまた、彼自身を責める方向に作用させられていた。

 元凶たる刃金蒼海に対して怒りを抱くのは当然だけれど、今はそれより、控えめな所作で刹那の手を引くブシドーの精神状態の方が心配である。つい先日の任務――衛星兵器・メメントモリの破壊で相対峙したときよりも、明らかに顔色が悪い。本人は上手く誤魔化しているつもりなのだろうが、時折、苦しそうに表情の端々を歪ませている。

 

 そのくせ、“刹那がブシドーを気遣っている”ことを察した途端、普段通りの笑みを浮かべてみせるのだ。「キミは何も心配しなくていい」と念を押して、刹那の手を引く。

 

 相変わらず、刹那の故郷の景色は暗いまま。空は分厚い曇天で覆われており、その影響か、建物の色合いも灰色がかっている。土壁と木の扉でできた街並みには人の気配1つもなく、不気味な程に静かだ。10年以上前の記憶を再現しただけの光景(ソレ)は、似たような景色を延々と繰り返している。

 今こうして刹那の手を引くブシドーは、刹那の生まれ故郷を象ったこの街に足を踏み入れたのは初めてのはずだ。だが、彼は迷うことなく似たような風景の街並みを曲がり、直進し、時には来た道を引き返していく。その足取りには一切の迷いがない。

 

 

(まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 

「しかし、このような形で、キミの故郷の風景を見ることになるとはな」

 

 

 刹那がぼんやりと考えていたとき、刹那の手を引いていたブシドーがぽつりと呟く。

 彼は刹那を先導しながらも、過去から再現された“刹那の故郷の街並み”を観察していたらしい。

 それを聞いた刹那は、思わず声を上げた。心なしか、自分の声は咎めるような怒気を孕んでいた。

 

 

「違う」

 

「少女?」

 

「俺があんたに見せたかった風景は、こんなものじゃない。……こんな、暗くて悲しいだけの風景じゃないんだ」

 

 

 信仰と銃を抱いて戦場へと踏み出したソランだけれど、そんなものを持たずに生きてきた時間は確かに在った。アザディスタンの首都のように都会的で利便性の高い街ではなかったし、そこで暮らしていた人々――イブラヒム家も含んで――は富裕層の人間ではなかったけれど、活気のある街だった。

 慎ましやかな生活の中にも、人々の笑顔が絶えることはなかった。街の行く末や自分の将来に関しては不透明な部分が多かったが、それでも希望はあったのだ。頭の中には当時の光景が浮かんでいると言うのに、眼前には一切反映されない。曇天と暗闇で覆われた、寂れた街が広がるのみだ。

 

 こんな風景が広がるだけの理由を、刹那は自覚している。刹那・F・セイエイの――ソラン・イブラヒムの“取り返しのつかない過ち”と“深い後悔”によるものだ。

 

 刹那は思わず、ブシドーと繋いでいた手に力を込めていた。それは僅かなものではあるが、ブシドーは些細な変化を感じ取ったのだろう。歩みを止めないまでも、刹那に視線を向けた。

 こちらを伺い、案じ、慮るような優しい眼差し。惜しみない愛が込められた深緑の瞳は、4年前に刹那が本音を吐露したときと変わらない。あの日、糾弾する側がグラハムで、される側が刹那だったことを思い出す。

 

 

「――俺は嘗て、少年兵として戦っていたことがある」

 

 

 そのときの心境を思い出したからだろうか。

 

 

「俺の故郷やその周辺国には複数の宗派があり、時折、宗教由来の小競り合いが頻発していた。それでも、概ね平穏だったんだ」

 

 

 或いは、暗くて悲しいだけの風景となってしまった故郷の景色に影響されたためだろうか。

 

 

「当時の俺にとっても、宗教由来の小競り合いは対岸の火事でしかなかった。慎ましやかな生活を営むことに関しては、何の問題もなかった」

 

 

 刹那はぽつぽつと、己の過去に関する話を零す。

 ブシドーは刹那の手を引きながらも、黙って話を聞いてくれていた。

 

 

「あるとき、俺の故郷にとある傭兵団がやって来た。……その頃からだ。宗教由来の小競り合いが、本格的な宗教紛争へと変わったのは」

 

 

 刹那の言葉に呼応するかのように、景色が変わった。

 

 曇天と暗闇で覆われた暗い色合いは何も変わっていないのに、街は一瞬で瓦礫と廃墟へと姿を変える。遠くの方からは銃声と爆発音がひっきりなしに響き渡り、MSの残骸が転がっていた。

 人の気配は全くないにも関わらず、黒く変色した血痕や誰かが愛用していたと思しき嗜好品や生活用品――本や人形、家具の残骸やひしゃげた調理器具等――が散乱している。

 いきなり風景が変わったことに驚いたのか、ブシドーは息を飲んで周囲を見回す。彼は咄嗟に刹那のことを庇おうとしていたが、刹那は小さくかぶりを振ってそれを制し、話しを続けた。

 

 

「奴が次に目を付けたのは、子どもたちだった。『神のために戦おうとしない大人たちは不信仰者である』と説き、『神を信仰する真の戦士であるならば、不信仰者を打ち倒せ』と訴えた」

 

『――この戦いは、神に捧げる聖戦である』

 

 

 刹那の言葉に被さる様にして響いたのは、サーシェスの声。ふと見れば、刹那の足元には見覚えのある旧式の通信機が転がっている。奴の声はここから聞こえているようだ。

 ノイズ交じりに響く演説に対して何か思うところがあったのだろう。ブシドーが忌々しそうに眉を顰める。刹那の過去――或いは、当時のソランの心に寄り添おうとするみたいに。

 

 ……自分がどれ程の窮地に立たされていても、そういう所は変わらないままのようだ。深緑の瞳はいつだって、刹那のことを案じている。――そんなひたむきで一途な男を、誠実で愛情深い男を、こんな形に『歪ませて』しまった。

 

 

『伝統を軽んじ、神の土地を荒らす不信仰者どもに、我々は鉄槌を下すのだ』

 

「多くの子どもたちが、奴の言葉を信じ、賛同し、戦士になることを選んだ。……俺も、その1人だった」

 

 

 それを皮切りに、刹那は己の罪を吐露する。

 

 一番最初の試練として、両親を殺害したこと。以後は“神のための聖戦”というお題目の下、少年兵として多くの街や村でテロ活動を行ったこと。同じような境遇の少年兵たちと共に戦場を駆け抜けていくうちに、様々な理由で彼や彼女らを助けられず見殺しにしてしまったこと。ときには『不信仰者への罰』として、仲間だったはずの少年兵を殺害したこと――。

 

 

「――そうか。だからキミは、『この世界に神はいない』と……」

 

 

 話を聞いていたブシドーが、合点がいったように呟く。

 刹那は小さく頷き返した。

 

 

「気づいたときには、何もかもを失くした後だった。故郷は廃墟と化し、国の名前は地図から消え、多くの命が失われていた。……そして俺自身も、戦争のための道具として使い潰される寸前だった」

 

「少女……」

 

「そんなときに、俺はガンダムと出会った。あのMSに命を救われた俺は、戦争を終わらせる存在――ガンダムになると決めたんだ」

 

 

 刹那の言葉が引き金になったのか、いつの間にか、曇天の空は美しい夕焼け空へと変わっていた。瓦礫と廃墟が広がる街並みの真上に、神々しい光を放つMSが顕現する。

 あの日のソランは、あの機体――Oガンダムに“神”を見出した。それが、ソラン・イブラヒムの――或いは、刹那・F・セイエイが『運命を選んだ』瞬間だったのだ。

 紆余曲折の果てにソレスタルビーイングに所属し、エクシアのガンダムマイスターとして武力介入を行ってきた。それ以降の話は、ブシドーも把握しているだろう。

 

 

「『人は何度だって、自らの運命を選ぶコトが出来る』――あの瞬間、俺は、俺の運命を選んだ。誰でもない、俺の意志で」

 

「そうか。……強いな、キミは」

 

「……そんな目で見ないでくれ。俺は、あんたが思っているような、貴い人間ではない」

 

「そんなことは無いぞ、少女。今まさに惚れ直したところだ。……最も、今の私には、そんなことを言う資格は無いのかもしれないが」

 

 

 ブシドーは眩しいものを見るように目を細めるのに、悲しそうに微笑む。案の定、刹那が危惧していた“ろくでもない”言葉が飛び出してきた。眉間にしわが寄ったのは当然であろう。

 

 脳裏に浮かぶのは、4年前の最後の逢瀬。国連軍とソレスタルビーイングによる最終決戦の火蓋が切って落とされようとしていたときの、短い休暇。想いを通わせて、心身ともに結ばれた、幸福な一夜。――あの日見た夢を、刹那は一生忘れることは無いだろう。否、忘れられるはずがないのだ。絶対に。

 グラハムとの一騎打ちに勝利した後、刹那は彼に言ったはずなのだ。『明日を掴むために生きろ』と。一騎打ちを始める前に、グラハムは言っていたはずなのだ。『刹那と交わした約束と夢の続きが見たい』、『それが、グラハム・エーカーの望む明日なのだ』と。――件の一騎打ちが終わったとき、自分たちは同じ答えを出したはずなのに。

 

 

「あんたがそれを言うのか」

 

 

 刹那は真っすぐ、ブシドーを見つめる。

 

 

「拒絶して突き放そうとする俺の手を取って、盛大に好き放題ぶん回した挙句、俺に希望を見せたあんたがそれを言うのか」

 

 

 握る手に力を籠める。

 

 

「俺の過去を知っても尚、俺へ惜しみなく愛を手渡し続けるあんたがそれを言うのか」

 

「少女……?」

 

 

 繋いでいた手を引っ張って、空いている手を彼の頬に添えて、目一杯背伸びをして。

 いきなりのことに驚いて目を丸くする彼に、触れるだけの口づけをひとつ。

 完全に凍り付いてしまったブシドーの心境を敢えて無視して、刹那は言葉を続けた。

 

 

「この世界には、神はいない」

 

 

 4年前のあの日、グラハム・エーカーと初めて出会ったときのことが脳裏を過る。いつの間にか彼に絆され、いつしか彼の在り方に惹かれていた。

 惜しみなく愛を手向け、満面の笑みを浮かべるグラハムの手を握り返そうと――『彼を幸せにしたい』と思うに至った日々は、今も色褪せずにここにあった。

 

 

「だが――この世界には、あんたがいた」

 

 

 苦悩は勿論あった。追う者と追われる者、或いは軍人とテロリスト。『神に捧げる聖戦』というお題目で、家族や友人、無辜の人々もを手にかけて、卑劣な暴力をまき散らしてきた。“そんな自分は、グラハムを幸せに出来るはずがなかったのだ”と思い知らされて、打ちのめされたことは1度や2度ではない。

 その度に、グラハムは刹那の手を取ってくれた。「大丈夫」と笑って、躊躇うことなく愛を手向けてくれた。彼が見せてくれた希望に背中を押されたことだって、1度や2度ではないのだ。だから、離別の運命にだって『逃げずに向き合おう』と思えたのだから。

 

 

「だから、何も恐れていないし、悲しんでもいない。……大丈夫だ。俺は今この瞬間だって、あんたの心を信じている」

 

 

 今なら、胸を張って言える。『あれは“滅び”の始まりではなく、“始まり”の始まりだった』と。

 

 ソラン・イブラヒムがあの戦場を生き残った理由も、刹那・F・セイエイが今こうして生きている理由も、未だ分からないままだ。戦うことしかできないから、今もこうしてガンダムに乗って戦場を駆けている。そんな中で、刹那は沢山の人と出会った。グラハム・エーカーとの出会いだってその1つに過ぎない。

 追う者と追われる者、或いは軍人とテロリスト。敵対と離別が決定づけられているのに、それでも互いに惹かれ合い、心を通わせた。最初の頃はそれを『“滅び”の始まり』だと刹那は思っていたけれど、彼と共に過ごすうちにその考えは変化していった。そうして今、刹那はあの日の出会いを『“始まり”の始まりだった』と思えるようになった。

 今この瞬間だって、刹那は信じている。『刹那と交わした約束と夢の続きが見たい』、『それが、グラハム・エーカーの望む明日なのだ』と語っていたグラハム・エーカーの言葉を。今この瞬間でも刹那の手を引いて“未来への水先案内人”なるものの役目を果たそうとしているミスター・ブシドーの心を。

 

 人は変わる。嫌が応にも、変わらなければならない日が来る。――それでも、変わらずに抱き続ける想いはあるのだ。

 何も諦めてなんかいない。諦めてやれない。刹那をそんな人間に変えたのは、目の前にいる()()()なのだから。

 

 

「俺には、叶えたい理想があるんだ」

 

「『戦争の根絶』か?」

 

「ああ」

 

 

 4年前、嘗てのグラハム・エーカーが育った施設の跡地で交わした会話があった。あの日の彼は敢えて刹那の言葉を深堀りしないでくれていたっけ。

 だからと言って、ミスター・ブシドーが無粋であると言うわけではない。今の彼は、思考プログラムの副作用で記憶に異常をきたしている。

 “自分はまだ、刹那に関する事象を覚えていられるだろうか”という不安から出た言葉なのだろう。そうして、彼の言葉は正解だ。故に刹那は肯定する。

 

 

「……いつになるかは分からない。そんな日が来ると言う目途も立っていない」

 

「……そうか」

 

「会ってほしい人も、見せたい景色も、もう何1つすら残っていない。けれど――」

 

 

 刹那は震える声で言葉を紡ぐ。

 

 

「“いつかすべてが終わって、その理想を成就することができたら”……一緒に来てほしい場所があるんだ」

 

「! 少女、それは――!」

 

 

 ブシドーは小さく息を飲んだ。あの様子からして、故郷の跡地で交わした言葉と約束はまだ――程度は分からないが――彼の記憶に残っているらしい。

 その事実に安堵したのは、刹那だけではない。それを確認することが出来たブシドーも同じらしく、安堵したように口元を緩ませる。

 

 

「……はは。情けないな」

 

「なにがだ」

 

「こういうときこそ、キミの名前を呼ぶべき場面だろうに。それが出来ない己の不甲斐なさが口惜しくて、申し訳ないと思ったのだよ」

 

 

 ブシドーは苦笑し、刹那の手を引いた。暫し歩いた後、彼は立ち止まる。何事かと問いかけようとしたとき、不意に人の気配を感じて刹那は目を丸くした。

 男女混じった子どもの声。それは聞き覚えのある歌へと変わる。この歌を、刹那はどこかで聞いたことがあった。――つい数刻前、当てなく飛んでいた刹那の耳に届いたしるべ。

 あのときこの歌を歌っていたのはマリナ・イスマイールだった。それに気づいたとき、ブシドーは繋いでいた手を離して刹那の肩をポンと叩く。

 

 

「グラハム……?」

 

「私が案内できるのはここまでだ。後は1人でも大丈夫だろう」

 

「でも、あんたは――」

 

「私のことは気にしなくていい。……キミの役に立てただけで、充分だ」

 

 

 嬉しそうに、幸せそうに、どこか安堵したような調子でブシドーは笑った。そうして、刹那の背中を軽く押す。

 ただそれだけの動作だというのに、彼の気配がぐんと遠くなったように感じたのは何故だろう。

 

 刹那は慌てて振り返ろうとしたが、遠くに感じていたはずの歌声が身近に感じる方が早かった。それを皮切りに、世界が真っ白に塗りつぶされる。そうして――

 

 

 

 

 

 

 ――歌が聞こえる。

 

 重い瞼を開けば、そこは見覚えのある一室。カタロンに保護された子どもたちの遊び部屋だ。

 僅かばかりの玩具や絵本と、子どもの目を楽しませるような装飾が施されている。

 先程聞こえてきた歌は、部屋で遊んでいた子どもたちが歌っていたものらしい。

 

 子どもたちは刹那が目を覚ましたことに気づいたのだろう。

 ぱああと表情を輝かせた後、近くにいるであろうマリナに声をかけていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 刹那が意識を失っていた間に、地球連邦政府を中心とした世界情勢には大きな変化が起きていたらしい。

 

 メメントモリの破壊に成功したソレスタルビーイングは作戦終了後に強襲を受けて地上に降り立った後、2代目ロックオン・ストラトスと悪の組織/スターダスト・トラベラーのツテを借りてカタロンの支部で補給を行っていたという。

 但し、補給を受けた支部は刹那が今いる支部ではない。しかも、プトレマイオスは既に出発しており、その後の行方は分からないそうだ。“刹那がマリナたちが身を寄せている支部に辿り着く少し前”で、ある意味『すれ違った』ような形になる。

 話を聞く限り、ソレスタルビーイングや同行している協力者たちは“残り1基のメメントモリの破壊作戦”に打って出る様子はない。――否、打って出れない状況下にあるのだろう。戦力的な問題か、或いはまた別な理由か。その理由を知るためにも、作戦に移るためにも、早く刹那/ダブルオーは仲間たちの元へと戻らなければ。

 

 他にも、刹那が仲間たちとの合流を急ぐ理由があった。地球連邦の独立治安維持部隊アロウズに所属する現役軍人によるクーデター、及び軌道エレベーターの占拠事件が発生したためだ。

 事件現場は旧AEUが所有していたアフリカタワー。首謀者の目的は『アロウズの蛮行を弾劾する』ためであり、『それを世論に示す』一環として一般人を人質に取っている。

 

 

『旗は、見えるか?』

 

『そこに向かって飛ぶんだ。そうすれば、キミの仲間たちの元へ辿り着く。何せ、私の親友――“空の護り手”の旗だからな。遠く離れていようと、よく見える』

 

 

 宇宙で相対峙したブシドーと別れる際、彼から言われた言葉を思い出す。その言葉に従うようにして、刹那/ダブルオーは空を駆けていた。目的は勿論、プトレマイオスとの合流だ。

 カタロンの関係者――特にマリナは『傷を癒すまでは留まってはどうか』と申し出てくれたが、刹那はそれを断ってカタロン支部を後にしている。

 

 御旗(ミハタ)天際(テンサイ)。意味は『どんなに離れていても見える旗』で、武装の使い手が名付け親である。グラハム・エーカーらの帰還を望むフラッグファイターが掲げる、青く輝く旗だ。

 

 

(旗の場所は――)

 

 

 刹那は感覚を研ぎ澄ませるようにして周囲の反応を探る。プトレマイオスや仲間の反応は一切ない。勿論、視界にも母艦やMS、旗らしきものは見当たらない。だが、それらの代わりに、眼前に飛び込んできた“もの”があった。

 赤と黒を基調にした、ユニオンフラッグベースの機体。だが、頭部のデザインは日本文化で見かける兜を彷彿とさせる。メメントモリ攻略時に対峙したアロウズの新型機・マスラオだ。機体のパイロットは――ミスター・ブシドー。

 

 

「グラハム……?」

 

「…………」

 

 

 刹那は思わず、ブシドーに声をかけた。普段は何かしらのリアクションが返ってくるはずなのに、ブシドーは不気味な沈黙を保っている。満面の笑みを浮かべていたときのグラハムも“ろくでもない”ことを考えて行動に移していた男だし、儚い笑みを浮かべるブシドーもなかなかに“ろくでもない”。

 だが、不気味な沈黙を保つグラハム・エーカー/ミスター・ブシドーを目の当たりにしたのは、刹那にとって前代未聞の光景であった。何度かブシドーに呼びかけたが、ブシドーは一切反応しない。だが、マスラオから漂ってくるのは『この先には進ませない』と言わんばかりの殺気である。

 

 重苦しい空気が漂う中、刹那/ダブルオーとブシドー/マスラオは無言のまま向かい合っていた。

 

 普段の刹那だったら――或いは、目の前にいる機体のパイロットがグラハム/ブシドーではなかったら、刹那は苛立ち紛れに押し通ろうと試みたかもしれない。だが、ブシドーは刹那やソレスタルビーイング、或いは悪の組織/スターダスト・トラベラーのことを気にかけてくれた。

 刹那に至っては、何度も彼に助けられている。刹那がサーシェスに襲われたときは奴を撃退してくれたし、悪夢の中にいたときは手を引いてくれたのだ。特に後者は、夢の中の出来事と言うには不思議なリアルさがあったし、繋いでいた手のぬくもりがほんのり残っていたような気がする。

 

 

(どうしたんだ? ……何か、おかしい――)

 

「――刹那・F・セイエイ」

 

 

 幾許の沈黙の末に、ブシドーが口を開いた。彼が紡いだのは刹那の名前。

 思考プログラムを受けて以降、副作用で呼べなくなってしまったはずのモノ。

 だが、それを紡いだ彼の声は、どこまでも無機質で冷え切っていた。

 

 

「標的確認。任務内容、“ガンダムダブルオーの鹵獲”、及び、“刹那・F・セイエイの拘束と尋問”」

 

 

 淡々とした調子でブシドーは言葉を続ける。あまりの変貌ぶりに、刹那は言葉を失っていた。

 

 得体の知れない寒気が走る。理由は全く分からないが、何故か刹那の脳裏によぎったのは――不気味に笑うサーシェスの姿。奴は刹那に対し、女性としての尊厳を踏み躙る様な真似をしようとしていた。『刃金蒼海の要望』と付け加えて。

 あのときは、何処からともなく現れたブシドーの乱入によって危機を脱することが出来た。助けてくれた相手は自分の目の前にいるはずなのに、どうしてその人物からサーシェスと対峙した際に感じた悪意と同じものを感じるのだろう?

 

 

「尋問の手段は――……ッ!?」

 

 

 無機質に、淡々と、流暢に紡がれていた言葉がぴたりと止まる。

 例えるならそれは、走行中の車が急ブレーキをかけたかのような有様だ。

 再びの沈黙。幾許かの間をおいて響いたのは、苦悶の声。

 

 

「駄目だ……! それだけは……それだけは、絶対に……!」

 

「グラハム!? おい、グラハム!」

 

「断固、拒否……――ッ!?」

 

 

 苦悶の声を上げたブシドーが、何かに気づいたように息を飲んだ。刹那/ダブルオーと向き合うブシドー/マスラオの様子が一変する。

 疑似太陽炉から溢れる赤味がかった橙の粒子がぶわりと舞う。それに呼応するように、マスラオの周囲が淡く発光し始めた。

 

 それが何を意味しているのか、刹那は知っている。だってそれは、刹那たちにとってはとても馴染みのある機能/現象だからだ。そうして、その現象は、連邦のMSではマスラオだけが使える機能である。

 

 

「まさか――」

 

「ッ、少女! 逃げ――ぐあぁぁっ!!」

 

 

 刹那がそれを口に出すよりも、ブシドーが刹那に警告するよりも、マスラオがトランザムを発動する方が早い。ブシドーの警告は最後まで紡がれることなく、代わりに絶叫へと塗り替えられた。

 

 ブシドーの意に反して虎の子を発動したマスラオの動きは、メメントモリでぶつかり合ったときよりも明らかに機体性能が上昇している。あのときは機体性能はダブルオー優勢ながらも、独自開発したトランザムシステムとブシドーの技量で互角に持ち込んでいた。

 だが、あの時点で、マスラオのトランザムはパイロットであるブシドーにかなりの負荷をかけていた。血反吐を吐きながらも刹那/ダブルオーに喰らいついてきたブシドーの気迫ある表情を、刹那はまだ覚えている。己の意志で破滅への道を駆け抜けようとするその痛々しさも、はっきりと。

 今こうして刹那/ダブルオーに襲い掛かって来るマスラオは、機体性能の上昇と引き換えに、パイロットであるブシドーへの負荷を増大させた。しかも、ブシドーの意に反して動いている。無機質の声が告げた言葉通り、“ダブルオーを鹵獲し、刹那を拘束して尋問するため”に。

 

 このままマスラオに翻弄され続ければ、“ダブルオーが鹵獲されて、刹那が拘束されて『壊される』”か“ブシドーが負荷に耐えられず『壊れる』”かの2択を迫られる。

 未だ癒えぬ傷の痛みとままならない状況に歯噛みしながら、刹那/ダブルオーもトランザムを発動した。赤い光を纏ったガンダムが、フラッグベースの機体とぶつかり合う。

 

 

「グラハム、しっかりしろ! グラハム!!」

 

「引き続き任務続行。“ガンダムダブルオーの鹵獲”、及び、“刹那・F・セイエイの拘束と尋問”――ッ、駄目だ……! それだけは……それだけは……!」

 

「グラハム!? おい、グラハム!」

 

「げほっ、ごほっ……! ぐ、ぅぅ……! ……少女……逃げ、ろ……!! ――引き続き任務続行。“ガンダムダブルオーの鹵獲”、及び、“刹那・F・セイエイの拘束と尋問”」

 

 

 剣戟を繰り返す中、刹那はブシドーへ呼びかける。彼は目まぐるしく口調や態度を変化させながらも、必死になって抗っていた。文字通り、命を削るように。

 マスラオはブシドーがどうなろうと知ったこっちゃないと言わんばかりに、機体性能を超えた動きを繰り返す。血反吐を吐こうが悲鳴を上げようがお構いなしだ。

 何かに抗う苦悶の声も、苦しみながらも刹那を案じる声も、か細く弱弱しいものへと変わっていく。冷淡で無機質な口調で話す時間が多くなっていく。

 

 ツインドライヴから溢れた緑色の粒子がちらつく。ダブルオーとマスラオが剣戟を繰り広げ、ぶつかり合う度に、それは2機の周囲を包むように漂ってきた。

 ビームサーベルと実体剣がぶつかり合って鍔迫り合いを繰り広げる。――次の瞬間、刹那の脳裏に“何か”が《流れ込んできた》。

 

 

『――本来だったら、このツケは、テメェの命で支払って貰わなきゃ納得できねえんだ』

 

『でもよ、今の俺たちは同じ雇い主に仕えている身。雇い主の意向は尊重しなきゃいけないんでね』

 

 

 見知らぬ室内の中。片腕を失ったサーシェスが、傷だらけで倒れ伏すブシドーを見下ろしている。どれ程の暴力に晒されたのかは分からないが、ブシドーは沈黙を保ちながらも奴を睨み返していた。『刹那に害を成そうとしたお前が悪い』と言わんばかりに鋭い眼差しを向けられたためか、サーシェスは肩を竦めて部屋を去る。

 

 

『――聞き分けの悪い玩具(オニンギョウ)さん。しょうがないわね』

 

 

 心底迷惑そうな顔をしてブシドーを見下ろしていたのは、連邦政府を裏から牛耳る張本人――刃金蒼海。性別の差異を除けば、弟とほぼ瓜二つの顔立ちをしている。だが、纏う雰囲気は全く違った。

 人の心の悪意を抽出したような、不気味なのに妖艶な笑みを浮かべた女は屈んでブシドーと視線を合わせる。イノベイターであることを示すくすんだ金色の瞳が輝いた。

 

 

『彼が抜けてしまった分は、貴方に働いてもらわないといけないわ』

 

『彼の代わりに、貴方がするの』

 

『――貴方が、貴方自身の手で、貴方の恋人を『壊す』のよ』

 

 

 鋭く息を飲む音が《聴こえた》。深緑の瞳を目一杯見開いて、愕然とした表情を浮かべるブシドー/グラハムの表情がはっきりと《視える》。彼は必死になって抵抗したが、焼け石に水程度にしかならなかった。身じろぎひとつも出来なくなった男に、女は楽しそうに嗤いながら思考プログラムを刻み付けていった。

 <嫌だ>と叫ぶ《聲》がする。<そんな真似はしたくない>と叫ぶ《聲》が《聴こえる》。くすんだ金色が輝く度に、ブシドー/グラハムの自我が滅茶苦茶に《書き換えられていく》。悲嘆と悲鳴が《響く》中、目まぐるしく点滅を繰り返すのは――先程ブシドー/グラハムに暴行を加えていたサーシェスの姿だ。

 下卑たように笑う男の姿と、年若い少女を玩具にして『壊していた』光景がちらつく。『お前も俺と変わらないじゃないか』と嗤うヤツの声が《木霊する》。『俺と同じ穴の狢なんだよ』と嗤うヤツの声が《木霊する》。<あんなものと同じ存在に成り果ててしまうのだ>と突き付けられた彼の、悲嘆と絶望に満ちた《聲》が《響いた》。

 

 

『あはは。傑作ね』

 

『貴方はずっと、仲間や恋人を守るために、私の玩具(オニンギョウ)になっていたのに』

 

玩具(オニンギョウ)になってまで守りたかった一番大事な相手を、貴方自身の手で『壊す』ことになるんだもの!』

 

 

 蒼海が嗤う。

 

 ブシドー/グラハムが傀儡になってでも――道化に成り果てても守ろうとしたものを踏み躙りながら。

 或いは、彼が守ろうとしたものを、彼自身の手で踏み躙らせた先にある地獄に愉悦を感じながら。

 

 

<俺が“あんたを幸せにしてやりたい”等と願ったせいでこうなってしまったんだろうか。俺があんたの愛に応えてしまったから、あんたは今、ずっと苦しみ続ける羽目になっているんだろうか>

 

 

 ――そのとき、《聲》が《聴こえた》。他でもない、刹那の《聲》。

 

 口に出した覚えのないソレは、アロウズの支援者パーティに潜入した際、ブシドー/グラハムと再会したときに思ったこと。

 あのとき、彼は今にも泣きだしそうな顔をした。結局何も言わなかったけれど、多分、本当は、何かを刹那に言いたかったのだと思う。

 思わず神経を研ぎ澄ませたとき、一歩遅れて、ブシドー/グラハムの《聲》が《聴こえてきた》。

 

 

<そんなことない! それだけは絶対にない!>

 

<そんな悲しいことだけは、キミに言わせてはいけなかったのに――!!>

 

 

(――胸が、痛い……!)

 

 

 上手く息が出来なくなったような気がする。胸が潰れるような苦しさには、覚えがある。ブシドーがまだ、特殊なカスタマイズが施された近接戦闘特化型のアヘッドに乗っていたときの戦場で感じたものだった。あのときよりもずっと、痛みも苦しみも増している。恐らくこれは――この痛みは、ミスター・ブシドー/グラハム・エーカーが抱き続けた感情(モノ)だろう。

 

 『壊れて』しまうと思った。『壊されて』しまうと思った。ブシドー/グラハムが蒼海に、或いは刹那に。

 けれどそれ以上に、『壊す』のだと思った。……ブシドー/グラハムが、刹那を守るために。

 

 

(駄目だ……!)

 

 

 刹那は思わず、操縦桿を握りしめていた。太陽炉から溢れるGN粒子が――緑色の粒子が、徐々に光を強くしていくような気がする。

 ダブルオーもマスラオも、トランザムの限界時間が近い。恐らくは、ブシドーの心身も限界なのだと思う。

 最早まともな言語を発することが出来なくなっている。それでも抵抗し続けるのは、他でもない刹那のためなのだ。

 

 

「――グラハム・エーカー!!」

 

 

 感情のままに、刹那は叫んでいた。それに呼応するかの如く、GN粒子の光が眩く輝く。緑と白が混ざったような光がこの場一帯を飲み込んだ。時間にして、ほんの数十秒。けれど、その短い時間の中で、刹那は確かに恋人の気配を感じた。

 光が晴れる。ダブルオーとマスラオのトランザムが限界時間を迎え、機体を包み込んでいた赤い光が解けるように消え去る。実体剣とビームサーベルは、鍔迫り合いを繰り広げていたときの体勢のまま止まっていた。

 

 心なしか、マスラオの纏う雰囲気が変わった気がする。幾許の沈黙の後、か細い《聲》が刹那の耳を打った。

 

 

<……少女? ……無事、か……?>

 

「! あんた、正気に戻ったのか!?」

 

<ああ。……迷惑を、かけたな>

 

 

 血反吐を吐き、弱々しい呼吸を繰り返すブシドーの姿が《視え》て、刹那は思わず声を上げる。

 ブシドーは苦笑した後、申し訳なさそうに謝罪した。首を横に振る刹那を気にせず、彼はゆっくりと手を伸ばしてきた。

 《触れた》場所は、サーシェスに襲われた際に撃たれた場所。未だ癒えぬ傷の痛みに眉をしかめれば、ブシドーは辛そうに目を伏せる。

 

 

<すまない>

 

「謝らなくていい。あんたのおかげで、この程度で済んだんだ」

 

<しかし、私がキミの邪魔を――>

 

「謝らなければいけないのは、俺の方だ」

 

 

 刹那は真っすぐブシドーを《視つめる》。手を伸ばせば《触れられる》ような気がしたのは、きっと刹那の気のせいではないのだろう。

 だが、刹那が何かを言うより先に、ブシドーが強い口調で告げる方が早かった。

 

 

<キミは悪くない。キミのせいじゃない。私が勝手に『選んだ』だけだ>

 

 

 有無を言わせず言い切ったブシドーだが、深緑の瞳は優しいまま。刹那の身を案じ、無事を祈るそれは、4年前の頃から今この瞬間まで、一瞬たりとも絶えることはなかった。

 勿論、何かを言おうと口を開けば即座に「聞く耳持たん!」と叫んで意地を張るのだろう。頑なに無視する彼の姿が容易に思い浮かんでしまい、刹那は沈黙するしかない。

 こちらの心境など露知らず、ブシドーは刹那の傷を心配していた。だが、突如、彼はおもむろに刹那の瞳へと視線を向ける。何かを確認するような眼差しに面食らった刹那は、思わず問いかけた。

 

 

「……なんだ」

 

<キミの瞳>

 

「俺の目がどうした」

 

<少し、気になってな。……ほんの一瞬だが、金色になったような気がして――>

 

 

 刹那の瞳を《視て》いたブシドーが、そこで言葉を切った。彼の視線が刹那の後ろの方へ向けられる。何事かと視線を辿れば、ずっと遠くの方で瞬く青い旗が《視える》。

 御旗天際――『還る』場所の在りかを示すしるべだ。それを《視据えた》瞬間、傍にあると思っていたはずのブシドーの気配が消えていた。

 

 思わず視線を動かせば、刹那/ダブルオーの眼前にいたブシドー/マスラオが踵を返す。

 

 

<キミなら大丈夫だ、少女。――キミの信じるように、思うがままに進め>

 

「待て、グラハム!」

 

 

 刹那/ダブルオーが慌ててブシドー/マスラオの背中を追いかけようとするが、彼の背中はあっという間に見えなくなった。

 ダブルオーの機動性なら充分追い縋れたはずなのに、どうしてか動くことが出来なかったのだ。

 後ろ髪を引かれるような気持になりながらも、刹那は旗の見える方へと進路を取る。

 

 プトレマイオスを視認することは叶わないのに、青く輝く旗の在処は《理解し(わかっ)ていた》。今この場にいるのは刹那/ダブルオーのみ。

 先程まで2人が激戦を繰り広げていた空域には、異様な静かさだけが残っている。――もう、この場に留まる理由は無い。

 

 刹那/ダブルオーは、青く輝く旗を目指して飛び立った。プトレマイオスの上でミハタテンサイを掲げるはやぶさが見えたのは、それから暫く後のことである。




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