問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
0.Wake up,hero
吐き気を催す邪悪がこの世にあるとするならば、それは“エゴまみれの人間”だ。自分たちの都合の悪いことはすべてスケープゴートに押し付け、その対象者を『絶対悪』に仕立て上げる。
そいつらのせいで犠牲になる命の、なんと多いことか。たとえ命が無事だったとしても、被る不利益も計り知れない。立ち止まってしまえば、前回起こってしまった過ちの再来を招くだろう。
治安部隊という名を借りた、一方的な統一支配。それが招いた悲劇と犠牲を、人類の有識者たちは忘れてしまったわけではない。だからこそ、彼らは彼らで、必死になって戦っているのだ。
しかし、世の中には、それと逆行することを率先してやるようなバカもいる。
ハザード・パシャ。あん畜生、名は体を表す、獅子身中の虫……奴に相応しい言葉はいくらでもあった。
奴の策略のおかげで、クーゴの愛すべき仲間たちは翼を雁字搦めにされているのだから。現在進行形で。
「なぜですか!? 今は、世界の危機です! こんなときに出撃できないとは、何のための軍ですか!? 何のための軍人ですか!」
「命令だ。黙って従え」
「その命令がおかしいって言っているんです!」
「そうです! 世界を救うために戦っている奴らを見殺しにするつもりですか!?」
「人を守るための軍人ではないのですか!? この命令は、軍人の本分を踏みにじっています!」
「アンタはそれでいいんですか!? アンタの頭、おかしいんじゃないんですか!?」
「あそこには、副隊長がいるんです! あの人が戦っているんです!」
「出撃許可を出してください! お願いします!!」
「命令は絶対だ!」
出撃許可を出してくれと直訴するグラハムと、それを足蹴りにする上官。上官に食って掛かる仲間たちと、彼らの訴えを踏みにじる上官。話し合いは決裂した様子だった。
振り返ることなく立ち去って行った上官からは、ハザードと同じような悪意を感じる。奴と同じ派閥に属し、勝ち馬に乗ろうとする軍人の1人なのだろう。“あの人”クラスとはいかないものの、薄らと寒気を感じてしまう。ハザード同様、“自分たちが栄華を極めることが出来れば、地球の平和なんてどうでもいい”のだろう。
ハザードは着実に勢力を伸ばし、発言権を強めている。隠蔽工作はお手の物で“アンノウン・エクストライカーズがテロリストとして指名手配され、軍部から攻撃される対象に仕立て上げられた”のもその一環だ。今回の戦闘でも、ハザードはアンノウン・エクストライカーズを討つために、様々な嫌がらせをしてくるはず。
奴が台頭してきたころから嫌な予感を覚えていたが、こんな形――グラハムたちを筆頭とした良識派の軍人さえ巻き込んでしまう――で的中してしまうとは。自分で言ったことであるが、それが友人たちに適用されてしまうなんて思ってもみなかった。ハザード・パシャ、絶対許さない。そんな奴に負けてたまるものか。
「く……!」
「隊長……!」
グラハムが、悔しそうに歯噛みした。
握り締められた拳からは、薄らと血が滲んでいる。
「世界の敵だと言われようと、
血反吐を吐き出すような、悲痛な面持ち。人を守るために帰ってきた男からしてみれば、こんなにも悔しい状況はないだろう。だが、グラハム・エーカーは根っからの軍人だ。いつぞやのライセンサー時代でなければ、むやみやたらな行動はできない。
何て皮肉だ。あのみょうちきりんな仮面と刹那が選んでくれた陣羽織を羽織っていた時期でなければ――1番歪んでいたときでなければ、正しいことをしようとして孤軍奮闘する人々を助けるための権限がないとは。……最も、当時の彼にとって、その権限は“ただのお飾り”でしかなかったのだけれど。
彼が“武士道”名乗っていた頃の事情を把握していなければ、多くの軍人が彼を羨んだことだろう。当時のグラハムは、不本意ながらもヤバイ奴らの手駒に成り下がっていた。“そうならなければ『友人や部下、そうして最愛の好敵手に災厄をまき散らす』と、実例込みで脅されていた”のだ。
勿論、彼は黙って従い続けていたわけではない。お飾りの地位を最大限振りかざし、僚友たちを守るため、最愛の好敵手を守るために駆けずり回っていた。
それが『“
(……今のお前なら、誰からも“ライセンサーの地位に相応しい人間”として認められていたんだろうか。その地位を、正しい意味で使いこなすことが出来たんだろう)
相棒の立場として、副官の立場として、友の立場として、クーゴはそんなことを考える。
しかし、残念ながら、今の地球連邦軍にはライセンサーの立場すら存在していなかった。
(……生存報告できるような空気じゃないな、これ)
クーゴがそう思ったとき、思念が漏れたのを感じ取ったのだろう。グラハムたちが一斉に振り返った。
こちらの姿を目に留めて、面々は悔しそうに目を伏せる。
<援軍に駆けつけられそうになくて申し訳ない>と彼らの思念が言っていた。
クーゴは静かに首を振る。その気持ちだけで充分だ、と。
<今から、加藤機関との決戦に赴く>
「……クーゴ」
<刹那、言ってたよ。世界の敵になることには慣れてる、って>
「!」
途端に、グラハムは眉間に皺を寄せる。泣き出してしまいそうに歪んだ顔を見て、クーゴは思わず苦笑した。
予想通りだ。彼の瞳は、「だからといって、刹那が傷つかねばならない道理はない」と訴えている。
<おそらく、連邦軍もテロリスト掃討のために出撃してくるだろう。完全に四面楚歌になる>
だけど、と、クーゴは言葉を続けた。
<それでも俺たちは、諦めずに飛ぶよ。俺たちのために頑張ってる人や、俺たちを信じてくれる人、俺たちに想いを託してくれた人のために。……その人たちの想いを背負って戦えるのは、俺たちしかいないから>
「副隊長……」
ハワードが悲痛な表情を浮かべて、クーゴの役職を呼んだ。
他の部下たちも、今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。
<だから……なんていうと、相当な自惚れになるんだけどさ。うん。……お前たちの想いも背負って、お前たちの分まで、戦ってくるよ>
クーゴの言葉を聞いた面々が、大きく目を見開く。対照的に、クーゴはゆるりと目を細めた。
ちっぽけな自分にできることは限られているけれど、諦めたくはない。だから自分は、加藤機関との戦いに赴くのだ。
自分たちの還るべき場所を守るために、
そんなクーゴに影響されたのか、仲間たちは顔を見合わせた。
たった1回、断られただけじゃないか。出撃許可が下りるまで、何度だって食い下がればいい。もっと他にも、いい方法があるはずだ。良識派の上官に掛け合って、許可が下りるよう便宜を図ってもらうやり方だってある――。
彼らも諦めていなかった。絶対に援軍として駆けつける、と、グラハムたちの眼差しが叫んでいる。やっと、いつもの仲間たち『らしさ』がもどってきた。これで安心して戦える。クーゴは頷き、瞳を閉じた。
目を閉じてもう一度瞳を開けば、目の前の光景は、地球連邦本部から愛機のコックピットへと早変わりだ。
出撃準備は万全。目的地はすぐそこだ。作戦内容も、しっかり頭の中に入っている。
さあ行こう。たとえ世界中から敵として非難を受けようとも、胸を張って戦い抜く。
「ブ■■ヴ・E■P-■s■onバ■■ト搭載型。クーゴ・ハガネ、出る!」
操縦桿を握り締め、クーゴは空母のカタパルトから飛び出した。
***
どこもかしこも敵だらけ、三つ巴の大混戦。戦力差は圧倒的に自分たちが不利だ。加藤機関と地球連邦軍に挟まれたアンノウン・エクストライカーズの状況は、最悪と言っていいだろう。
特に、若者たちの精神的なダメージが大きい。彼らはみんな“地球を守るために戦うことを選んだ”のに、地球の軍隊からは『テロリスト』呼ばわりされて攻撃を受けている。
それでも諦めずに戦おうとしている者――特に、エイーダが先陣を切って敵をなぎ倒しているが、泥沼と化した戦場では、活路を見出すことはできそうになかった。
好転しない状況に焦りばかりが募る。相変わらず加藤機関のアルマは邪魔だし、古巣である地球連邦軍から罵倒されながら攻撃されるのは辛いし、連邦軍を指揮するザ・ブーム軍のグラサンは煩いし、投げやりになってしまいたくなる。グラハムにぶん回されている方がまだマシだろう。
「教官!」
「■■■……」
「……やっぱり、何も言ってくれないのね」
「……すみません」
視界の端では、仲良し3兄妹の末妹が“高貴なる魂”と対峙している。そんな2人を、女性の兄たちとマサキが神妙な面持ちで見守っていた。特にマサキは、何か言いたげに“高貴なる魂”を見つめている。彼から伝わって来るヴィジョンは、全て石神に関係する者ばかり。
マサキと石神の間に何があったか――その詳細は、よく分からない。ただ、雰囲気的に、クーゴと宙継の関係性に近い気配を感じる。申し訳なさそうにしながらも沈黙を保つ“高貴なる魂”と対峙していた末妹は、意を決したように顔を上げた。
「あたし、教官が何を考えてるか、全然分からない」
「…………」
「言ってくれなきゃ、何も分からないよ。繋ぐための力だって意味を成さない。――あたしたちが頼りないから、何も言ってくれないの?」
「そういうわけでは……!」
「じゃあ、教えてよ」
「…………」
「「「…………」」」
“高貴なる魂”は何も答えない。末妹が憤る様子に何を思ったかは知らないが、マサキは“高貴なる魂”に対し、じっとりとした眼差しを向けてきた。心なしか、苛立っているように見えるのは気のせいか。
激戦区のど真ん中にも関わらず、嫌な沈黙で支配された場所。誰も何も言わないが、言いたいことと言えないことがせめぎ合っていることは確かだ。
幾許の沈黙の後、末妹は真っすぐに“高貴なる魂”を見つめる。シトリンの瞳は、彼女が信頼し、愛してやまない“教官”の姿を映し出していた。
「教官、これだけは言っておくね」
「えっ?」
「あたしたち、教官のこと、信じてるから」
妹の言葉を皮切りに、兄たちも声を上げる。
「アンタが加藤機関にいるのは、何か理由があるんだろ? 俺たちにも言えないような何かが」
「■■■■……」
『ブルーラグーンが似合う男になる』と常日頃から語っていた次男は、茶化したり荒れたりすることなく静かな面持ちで“高貴なる魂”を見つめていた。
ブルーラグーンのカクテル言葉は“誠実な愛”。ちょっとお調子者なのが玉に瑕だが、兄弟や教官に対して向ける愛に関しては、誠実であろうと努力している。
ぶつけたくてたまらない疑念をすべて飲み込んで、目の前に立つ“高貴なる魂”が抱えている事情に向き合いたいと真摯に訴える眼差しに、一切の陰りや迷いはない。
「あのときの貴方もそうでしたね。……私たちのことなど捨て置けば楽だったのに、そうしなかった。そうしないで、真っすぐに向き合ってくれた。私たちを救うために無茶までした」
「■■■……」
「そのとき、私は思いました。“貴方を信じることが出来なかった自分が恥ずかしい”と。……だからこそ、今度は最初から最後まで、貴方を信じ抜くと決めたのです」
『キール・ロワイヤルに相応しい男でありたい』と常日頃から語っていた長男は、深い信頼の色を湛えて目を細めた。
キール・ロワイヤルのカクテル言葉は“品格”で、努めて冷静で在ろうとする彼にはよく似合っていると思う。
『シンデレラを忘れない女』を自称していた末妹も、柔らかに目を細めて頷いた。シンデレラのカクテル言葉は“夢見る少女”で、末妹曰く『思い出深いカクテル』と常日頃から語っていた。
<……ありがとう。こんな僕を信じてくれて>
教え子たちの信頼と敬愛を一身に受けた“高貴なる魂”は、口元をきゅっと結んだ。言いたい言葉を全部飲み込もうとして――でも、《聲》を堪えることは出来なかった。ポロリとこぼれたのは、兄妹たちに対する感謝の言葉。
常日頃から『“坊主憎けりゃ袈裟まで”理論で、どうしてもフォーリン・エンジェルを好きになれない』と零していた“高貴なる魂”の顔は、フォーリン・エンジェルを飲む羽目になったときの顔と同じだった。フォーリン・エンジェルのカクテル言葉は“叶わない願い”である。
武装を展開して戦い始めた“高貴なる魂”と仲良し3兄妹の心の動きは、新人類としての力を持たないマサキには理解できなかったのだろう。何やらもどかしそうに4人の戦いを見つめていた。――最も、加藤機関の兵士たちをなぎ倒してきた森次が近づいてきたため、そちらに意識を向けたのだが。
襲い掛かって来た加藤機関のアルマを刀で一刀両断し、後ろから攻撃を仕掛けてきたザ・ブーム軍のバンクスをライフルで打ち抜く。
イデアのガンダムや宙継の機体が援護してくれているから踏み止まれて入るけれど、他の面々の《聲》が《聴こえてくる》。
<自分たちは地球のために戦っているのに、どうして……>
<数が多すぎる! くそっ、敵が加藤機関だけだったら……!>
<みんなを守るためにここにいるんだ! 誰に何を言われようとも、負けるわけにはいかない!>
現状に押しつぶされそうになる者、加藤機関と地球連邦軍やザ・ブーム軍の混成部隊を相手取ることに負担を感じている者、己を奮い立たせる者など様々だ。
(鍛え抜かれた“ハガネ”は、そう簡単に折れやしない。――折れるわけには、いかない)
クーゴは己を奮い立たせるようにして、仲間たちの顔を思い浮かべる。出撃許可を取るために上官に直訴することを選んだグラハムとソルブレイヴズ隊の姿が脳裏をよぎった。
彼らが加藤機関の最終決戦地に出てこなかったのは、今この瞬間まで出撃許可が下りなかったことを意味している。
万が一許可が下りたとしても“アンノウン・エクストライカーの討伐を命じられた可能性の方が高そうだ”と思ったのは、偏にハザードのせいであろう。
<――頑張れ>
りぃん、と、音がした。澄み渡ったそれは、もう二度と聞けないと思っていた“彼女”の《聲》。驚いて目を瞬かせた途端、
どこかの議会で得意げに笑うハザードの姿が《視えた》。ヘスターもしたり顔で誰かを責めている。だが、ハザードとヘスターが得意満面の笑みを浮かべていられたのはここまでだった。
議会に殴り込みをかけてきた青年アレックス・ディノが己の正体を明かす。ハザードを称賛していた人々の《聲》が、アスラン・ザラが提出した証拠によって疑念の声へと変化した。
クーゴは思わず、武装の1つに手を伸ばす。人の心を繋ぐための力であり、それをクーゴ専用に最適化したものだ。嘗ての愛機の名前に込められた言葉の意味と同じモノ。
それを掲げて力を籠めれば、蒼く輝く旗が形成される。
<みなさん、こちらをお聞きください!>
アスランが提示した証拠は、ハザードとグラサンの会話だった。
ハザードは『地球連邦軍は自分の手足同然』と言い、“それらをグラサンの兵士として貸し出す代わりに、地球がザ・ブーム軍の手に落ち次第、自分を地球の代表の座に座らせる”という密約を交わしていたのだ。件のデータはプラントの関係者が協力してくれたおかげで入手できた代物らしい。
こういうことに協力してくれそうなプラントの人々――ラクス・クラインとキラ・ヤマトの姿が脳裏をよぎる。嘗ての若き僚友たちも、再び混迷していく世界の中で、自分のできることを精一杯模索したのだろう。結果、母国である惑星を売り飛ばしてでも栄華を極めんとするハザードの醜悪さが露呈した。
地球連邦軍の大統領は、眉間の皴を深くした。厳しい眼差しに晒されても尚、奴は取り繕おうと必死に口を開く。しかし、奴への追撃は終わらない。
<間に合ったようですね、エージェント・ヒューズ>
<遅くなりました、大統領>
次に議会へ乗り込んできたのは、エージェント・ヒューズ。
彼は大統領の指示を受けて動き回っていたようだ。
次なる証拠となる映像を、議会にいた全員に向けて映し出す。
<まずは日本で入手した、こちらの映像をご覧ください>
“火星開拓局のマシンが、日本の農村を攻撃している”――ハザードが入手し、アンノウン・エクストライカーズに罪を着せるために改竄した映像の元データだ。
しかもその映像では、火星開拓局のマシンに乗っている連中が自らをザ・ブーム軍と称している。ヒューズは独自のルートでこの映像を入手してきたらしい。
<議会のみなさん、どうか思い出していただきたい!>
アスランは堂々とした調子で、困惑する議員たちに訴える。
<我々は過去、幾多の大戦の反省を経て、地球と宇宙、そしてそこに住む人々のために手を取り合いひとつとなった!>
<だが、今の地球連邦は私利私欲で動く者たちに扇動され、強圧的で排他的な組織に戻ろうとしている>
<『逆らう者は悪だ』と! 『世界の意に反するな』と! 従わないものを弾圧しようとしている! ――これではまた、過去の過ちを繰り返すだけではありませんか!>
彼の言葉が、この場にいる議員の心を動かしていく。真の敵と、獅子身中の虫を見据えていく。
それが“自分の分の悪さと直結している”と気づいたハザードが、アスランの言葉を遮るために声を上げた。
<くっ。あの悪名高きパトリック・ザラの息子である貴様に言えた義理か! 嘗ての大戦で、貴様の父親の手によってどれ程の犠牲者が出たか忘れたのか!?>
<……父の行いで、多くの人々が犠牲になったのは事実だ。そして、そんな父を止めることが出来なかった私自身にも、罪があることは分かっている……>
あの対戦を超えた後も、父親に対して未だ思うところがあるのだろう。アスランは複雑そうな顔をして目を伏せる。
しかし、それも一瞬のこと。
顔を上げた彼の眼差しに、最早迷いはない。
<だが、だからこそ、ザラの名と罪を背負う者として、私は今、この場に立っている! ――もう二度と、あのような悲劇を繰り返さないために!!>
まだ20にも満たない青年が背負うには、あまりにも重すぎる業だった。それでも彼は、全てを背負ってあの場に立っている。平和を求める者の1人として、最善を尽くそうとしているのだ。
彼の言葉が、彼の在り方が、議会に参加していた議員たちの心を動かしていく。嘗ての大戦を――そのときに築かれた地獄を知る若者が真摯に平和を訴える姿は、議会の様子を一変させた。
議会の行く末を見守っていた覇道瑠璃は感服したようにアスランの名を呼んだ。この場で言葉にすることは無かったが、カガリは嘗ての僚友たちへ感謝を述べる。
尚も抵抗しようと――アスランを逮捕するよう訴えるハザードだったが、逮捕・拘束されたのはハザードの方だった。
狼狽するハザードに対し、地球連邦の大統領は冷たい眼差しを向ける。年貢の納め時だと言わんばかりに、彼女は奴を断罪した。
<貴方が地球連邦に対して背任を行っていることは知っていました。今までは証拠がなかったので泳がせていましたが……。ですが、ついに尻尾を掴みました。もう言い逃れは出来ませんよ!>
「もう言い逃れは出来ない」と言ったあたりで口角が上がっていたことから、大統領は予てからこの瞬間を待ち望んでいたのであろう。感情のままに発言していた場合、「言い逃れはさせない」になっていたのかもしれない。茫然とするハザードは連邦軍の軍人によって引っ立てられていった。
これで、アンノウン・エクストライカーズをテロリスト呼ばわりした連中はいなくなった。地球のために、この惑星で生きる人々のために、加藤機関との戦いに馳せ参じたいと願う軍人たちの邪魔をする存在はもういない。
アスランとヒューズは大統領に向き直り、命令撤回を促す。それを聞いた大統領は厳かに頷き、JUDAに秘匿回線を繋いだ。アンノウン・エクストライカーズに対する依頼に関するチャンネルが開かれる。大統領は真剣な面持ちで、高らかに宣言した。
<オーダーUX-E9……。依頼者はこの私、地球連邦政府大統領です!>
――誰もが、呆気にとられた表情を浮かべていた。
まるで夢でも見ているのかと言わんばかりに、仲間たちの視線がクーゴ/“勇者”が掲げる青い旗へと向けられる。それが正しいことは、存外早く示された。
具体的には、エイーダを守るかのように現れたチームDの面々が合流し、ダンクーガがグラサンの機体に一撃喰らわせた直後。
世界の敵になることを承知で、チームDとダンクーガはこの場に馳せ参じた。ソレスタルビーイングの“戦術指揮官”から念押しされても笑顔で彼女たちが答えた、その瞬間。
「流石はチームDの諸君。見事な覚悟を見せてもらったよ。……だが、たった今、我々は世界の敵ではなくなった!」
「えっ!? ってことは、社長、もしかして――」
「先程日本政府を通じて、UXに衛星兵器破壊の依頼があった。大統領――いや、地球連邦政府から直々にね!」
先程《視た》光景は、夢幻ではなかったのだ。石神からの通信でそれを実感した仲間たちが、ぱああと顔を輝かせた。これで、人々を守るために胸を張って戦える。世界の敵を蔑まれ、攻撃を受けることもなくなった。沸き立ってしまうのも必然といえよう。
地球連邦軍の方に視線を向ければ、地球連邦軍由来の機体が続々と撤退していく。撤退していった兵士の中には、グラサンに対して違和感や不信感を抱いていた者もいたらしい。ただ、中には奴が異星人だと気づかないまま従っていた奴もいたようだ。
どうなってるんだ地球連邦軍。ザルすぎやしないか。
この場に残っているのは、加藤機関とザ・ブーム軍。数では相変わらずアンノウン・エクストライカーズが不利のままだ。
だが、風向きは明らかに変わった。守るべき人々に背中を押されることがどれ程心強いのか――UXに所属する者たちはみんな知っている。
彼らの想いを背負って飛ぶからこそ、心に灯った光は消えない。そこに宿る熱も、込められた祈りも、決して絶えることはないのだ。
「どんなに絶望的な状況でも、心が熱を失わない限り、私たちは負けない!」
「そうやって僕たちは、今まで戦い抜いてきたんだ!」
「たくさんの人たちが、僕らに未来を託してくれています! その祈りが、僕たちの背中を押してくれる……!」
葵が、ジョーイが、宙継が、悠々と構えるマサキに対して声を上げる。彼女や彼らの言葉を引き継ぐようにして、ラインバレルを駆る浩一が宣言した。
「そうさ、絶対に諦めたりしない……。なにせ俺たちは、正義の味方なんだからなぁ!!」
***
一難去ってまた一難。加藤機関を退け、衛星兵器をすべて破壊したとしても、まだ終わりではなかったらしい。
加藤たちは地球上にある核保有国の核発射装置をすべて掌握していたようで、満身創痍のUXが“勝利を確信して一息つこうとしていたタイミング”でそれらを操作することを宣言した。奴は『核兵器の照準は核保有国で、“自分の持つ核兵器で滅んでもらう”』と言いながらも、UXに対して『是非ともUXには、自分たちの計画を阻止してほしい』と依頼(???)してきた。
奴らは常日頃から『想像しろ。それが出来なければ、待つべき定めは死のみだ』と語っていた。此度の奴の発言からして、“地球やそこに住まう人々を危険に晒すことは厭わないが、地球や人々に滅んでほしくはない”という矛盾を感じる。今から300年ほど前には『殺したかっただけで死んでほしくはなかった』という狂気的なワードがあったが、あれの類似品だろうか。
太陽炉搭載機、及びソレスタルビーイングはアメリカ上空のミサイルを撃ち落としに向かうこととなった。地球連邦軍のカリフォルニア基地にはグラハムたちがいるが、現時点で彼らが動く様子はない。
ハザードという“ろくでもない邪魔者”が居なくなったとしても、まだ彼らは自由に飛ぶことが出来ないのだろうか。一抹の不安を抱きつつ、クーゴもミサイルを撃ち落とす。
「各機、圧縮粒子制御能力ダウン!」
「トランザムの限界時間が……!」
「まだよ! すべての核を堕とすまでは……!」
オペレーターの姉貴分と妹分が厳しそうな表情で現状報告する。指示を出し続ける“戦術指揮官”だが、彼女の表情も同じようなものだった。
トランザムが使えないなら、次に頑張らなきゃいけないのは自分たちだ。
「イデア、宙継!」
「はい!」
「了解です!」
幾つかのミサイルは堕とすことができたものの、カバーしきれなかったミサイルがどんどん高度を落としていく。振り返って迎撃に向かおうとしたが、到底間に合いそうにない。
万事休すかと思ったとき、どこからか攻撃が降り注ぐ。それらは寸分の狂いもなく核ミサイルを撃ちぬき、堕としていった。見上げた先には――ナイトブルーに輝く“勇者”の指揮官機。
「待たせたな、相棒!」
「グラハムぅ!!」
得意満面に笑う相棒の顔が《視えた》ので、クーゴも思わず破願した。奴は頷き返し、刹那の駆るガンダムに視線を向けて微笑む。
「刹那! 遅ればせながら、地球のため――この私も協力させていただく!」
「グラハム……」
この場に駆け付けたのは彼だけではない。いつもの仲間たち――ハワード・メイスン、ダリル・ダッジ、アキラ・タケイ、ジョシュア・エドワーズが乗る“勇者”たちが空を駆る。
ペールグリーンに輝く機体も、手慣れた様子でミサイル迎撃を行っていた。悪意という鳥籠から解放されたこともあって、自由に飛び回れる彼らの姿を見れたのが嬉しい。
だが、この瞬間を待ち望んでいたのは“太陽の勇者”部隊だけではなかった。彼らと同じように出撃許可を求めていた者や、人々のために戦いたいと願っていた軍人たちが飛び出していく。
「ひゃっほーう! 不死身のパトリック・コーラサワー改め、幸せのパトリック・マネキン、只今参上!」
「父と母が守った大地を、核の炎で染めてたまるものか!」
最近結婚して浮かれていた旧姓コーラサワーに、亡き両親の志を継いだアンドレイを筆頭とした面々が援軍に駆け付けてくれたのだ。
末っ子ポジションのオペレーターが喜色満面でそれを告げる。“戦術指揮官”も嬉しそうに口元を綻ばせ、旧友へと思いを馳せた。
そんな中、蒼い流星がミサイルを爆破させながら近づいてくるのが見えた。獰猛な肉食動物の牙を思わせるような、研ぎ澄まされた
「お待たせ、若造どもォ!」
「グラン・マ!? なんでここに!?」
「他の子たちは別のところでミサイル迎撃やって貰ってるんだ! こっちは連邦軍がいるから余裕あるだろうけど、ウチから誰も派遣しないってのは色々とアレでしょ? だから、手が空いてた
「総帥自ら出向くってのも問題だと思いますけど……」
深緑のマントをはためかせながら空を駆けるのは、この地球に残ることを選んだ異邦人の
嘗ては“ナスカの牙”として国家騎士団の駆る戦闘機や戦艦を落としまくった
どこからか長男の金切り声みたいな悲鳴が《聴こえてきた》気がしたが、その鬱憤は核ミサイルにぶつけることにしたらしい。キレ散らかしながら暴れている姿が《視えた》ような気がした。
勿論、自分たちも黙って見ているつもりはない。他のミサイルを撃ち落とすために、引き続き力を行使したのだった。
◆◆◇
ぼんやりとしていた意識が戻る。クーゴは、はた、と首を傾げた。
自分が何をしていたのか曖昧だったが、ややあって、それをはっきり思い出す。目の前には、クーゴが作った料理の品々――鰻のちらし寿司、鮭のあら汁、林檎とカマンベールチーズのサラダが鎮座していた。全部、クーゴが自分で作り、盛り付けた品々だ。
あともう1品。クーゴが振り返れば、そこには野菜と果物――黄色いトマト、パプリカ、パイナップル、セロリ、バナナ、マンゴー、レモン、人参、パッションフルーツと、野菜ジュースがこれ見よがしにならんでいる。『ならばスムージーを作ろう』とクーゴは思った。
近くに置きっぱなしになっていたミキサーに材料を放り込み、スイッチを押す。物々しい起動音とともに、放り込んだ材料がすり潰され、混ざり合っていった。いい具合にできたのを確認し、ボトルに入れた。我ながら、いい感じの出来栄えである。
そこまで考えて、頭に1つの疑問が浮かんだ。どうして自分は、こんな凝った品を用意したのだろう、と。
何かパーティをする予定もなかったし、誰かに料理をふるまうと約束した覚えもない。
不意に、人の気配を感じて前を向く。見知った顔が、4人。ハワード・メイスン、ダリル・ダッジ、ジョシュア・エドワーズ、アキラ・タケイ――いずれも、かつてユニオンのオーバーフラッグス隊に所属しており、クーゴと親交があった面々だった。
彼らが身に纏っていたのは、クーゴと同じもの――ユニオン軍所属の証である青基調の軍服ではない。深緑の軍服である。未だかつて見たことのない/どこかで目にしたことのある軍服だ。
いいや、格好もだが、クーゴを見るハワードたちの様子が“どことなく鬼気迫っている”ように見えるのだ。何か、自分は、知らず知らずのうちに、彼らを戦慄させるようなことをしでかしてしまったのだろうか。
(どうしたんだよ。まるで、
「しょ……」
「え」
「
クーゴが言葉を言うより先に、仲間たちが突っ込んできた。アラサーのいい大人がするとは思えないほどの泣き顔で、だ。
“引率の先生ってこんな気持ちだったのか”――なんて現実逃避に走るが、このままでは埒が明かない。……とりあえず、この場は。
「ほら、ご飯でも食べて落ち着きなさい」
クーゴはどうにかして男4人の突撃から抜け出すと、テーブルの上に並べた料理を指し示す。それを視界に入れた途端、ハワード、ダリル、アキラの3人は更に涙を流して咽び泣き始めた。一体何があったと言うのだろう。
おいしい、おいしいと泣きながらちらし寿司/あら汁/サラダを頬張る3人に対し、ジョシュアはぶつくさ言いながらもちらし寿司を食べ進めていく。みんなペースが速い。いい食べっぷりである。特に、ハワードたち3人のペースが突出していた。
おいしいご飯で咽び泣いてしまうとは、3人はどんな食生活を送っていたのだろう。考えるだけでゾッとする。原因は思い当たらないわけでもないのだが、本人に悪意がないというのがネックであろう。クーゴはちらりとジョシュアを伺い見た。
彼らは皆、ちらし寿司/あら汁/サラダをかっこむようにして食べながらも、じっくり味わっている様子だった。その様が、まるで
「おかわりあるから、好きなだけ食べな」
ほら、と、追加分をテーブルに乗せる。彼らはそれを見て目を点にし、幾何かの間をおいて、また咽び泣きながらの食事を再開した。
時間が経過するにつれ、彼らも落ち着いてきたらしい。大きく息を吐いて、ゆっくり食べれるようになったようだった。
これなら、会話を振っても大丈夫だろう。
「なあ、その軍服、どうしたんだ? ユニオンのものとは違うみたいだけど……」
クーゴの問いかけに、面々はぴたりと動きを止めた。物々しい空気が漂う。
何か、まずいことを訊いてしまったのだろうか。クーゴは内心冷や汗を流した。
途端に、彼らは今にも泣き出してしまいそうな程に顔を歪めた。一体何が起きたというのか。
「
そう零したのは、誰だったか。
この単語を皮切りに、面々は口火を切ったように言葉を紡ぐ。
「あの後俺たちはアロウズに招集されて、みんなバラバラになっちまったんです」
ハワード・メイスンが嘆きを叫ぶ。
「今の軍はまともではない! 非人道的な行為を繰り返している! しかも、その事実を国民たちに黙っているんだ!」
ダリル・ダッジは義憤に駆られる。
「俺、嫌です。こんなの嫌ですよ! 隊長はおかしくなっちゃうし、技術顧問のカタギリさんもおかしくなっちゃうし、アロウズの動きもおかしいし、下される命令は虐殺まがいのことばっかりだし!」
アキラ・タケイが涙目で訴える。
「アンタ、あの『グラハム・エーカー』上級大尉殿の副官なんだろ!? だったら早く仕事しろよ!
ジョシュア・エドワーズが掴みかからん勢いで捲し立てる。
いきなり詰め寄られたことで、クーゴは思わず目を白黒させた。彼らの様子や言動からして、余程、彼らや親友――グラハム・エーカーやビリー・カタギリは切迫した状況にあるらしい。
詳しい話を聞きだしたかったが、彼らの精神状態も色々と危険な状態らしい。一体、彼らに何が起こっているのだろう。そこまで考えて、自分の異常性が脳裏によぎった。が、それを吹き払うかのように、面々は言葉を紡ぐ。
「俺たちじゃ、どうしようもないんでさぁ……」
ハワードが。
「もう、飛べないんです。自由に飛べないんです」
ダリルが。
「お願いします。あの人たちを助けてください!」
アキラが。
「頼むから、帰ってきてくださいよ……!」
ジョシュアが。
籠に閉じ込められてもがく鳥のように、血反吐を吐き出すかのように、苦悶の声で訴えた。
彼らの眼差しは、痛切に訴えている。『帰って来て欲しい、どうしてクーゴは“ここにいない”のだ』と。
彼らの言葉を引き金にして、ずきりと鈍い痛みが走った。脳裏に断片的な光景が浮かんでは消えていく。
最終決戦、グラハムと交わした「必ず帰る」という宣言、姉の悪意の被害者、踏みにじられた想い、牙を向いた鳥型のMA。
視界を焼き払うような紫の光を最後に、クーゴの頭痛はぱったりと収まる。それと同時に、理解した。
(――俺は、『帰れなかった』のか)
だから、クーゴはこの4人の現状を全く知らなかった。親友たちの現状を全く知らなかった。
そもそも、彼らを取り巻く世界の状況もわかっていない。故に、彼らにどんな言葉をかけてやればいいのか、わからなかった。
◇◇◆
雷張ジョーはグラハム・エーカーとクーゴ・ハガネの部下
同じ日本人ということで、“空の護り手”はジョーのことを気にかけていた。ジョーは“空の貴公子”を慕って敬愛していたし、その延長線として、“自分が慕う男が信頼を置く副隊長”である“空の護り手”にも礼を尽くしてくれた義理堅い男であった。
しかし彼は今、“機密情報を奪おうとして失敗し、そのまま逃げた連邦軍の脱走兵”として――得体の知れぬ無法者の一員・“エースのジョー”として暗躍を繰り返している。
今回、自分たちがこの戦場に降り立ったのは、『ソレスタルビーイングを始めとした寄せ集め部隊による“エースのジョー”、もとい雷張ジョーに関する照会と、彼に関連する情報提供の要請』が理由であった。
地球連邦軍から彼女たちの元へ派遣されることになったのは、雷張ジョーの元上官であったグラハムとクーゴ、そして第三者――それでも、立場は『連邦軍人』――視点から“直感的に、正しい判断を降せそうなエース級パイロット”ということで選ばれたコーラサワーである。
結婚してマネキン姓に変わった彼は、今日も元気に“幸せのコーラサワー”として活躍していた。そういうところでは浮かれ気味であるものの、繊細な操縦技量と反射的に最適解を叩き出す戦闘技術はさらに磨きをかけている。性格もちゃらんぽらん気味ではあったが、軍人としての判断は非常にまっとうな男であった。本当に心強い。
「待たせたな! 地球連邦軍のエース、“幸せのコーラサワー”だ!」
無法者が駆る機体を蹴散らしながら、コーラサワーの駆るジンクスが降り立つ。
それに続くような形で、グラハムとクーゴの“勇者”も無法者の前に躍り出た。
<あれって、“不死身のコーラサワー”って名乗ってた人……?>
<改名したみたいね>
“祝福の聖歌(思考)”と彼の伴侶の会話が《聴こえてきた》。この場にはそぐわない指摘であるが、以前はソレスタルビーイングの居候をしていた身。彼の反応としては通常運転だった。良識人ではあるが、伴侶共々マイペースな気質だったことを思い出す。
<もう1機の方は見たことのないタイプだが……>
<あー! 開発中だったフラッグの後継機!!>
この場に降り立った“勇者”の姿からユニオンフラッグ系列の機体を連想したのか、“勇者”の系譜を看破した者がいた。
幼い少年の声に、クーゴは思わず目を丸くする。ちょっとした驚きは、すぐに納得へと変わった。口元に笑みが浮かぶ。
それは、隊長機に乗っていた“貴公子”も同じだったらしい。ふっと口元を緩めつつ、通信のチャンネルを開く。
「地球連邦軍ソルブレイヴズ隊所属のグラハム・エーカー少佐だ。これより、そちらを援護する」
「同じく、地球連邦軍ソルブレイヴズ隊所属、クーゴ・ハガネ少佐。隊長機に続く」
<――!!>
視界の端で、ジョーが息を飲む音が《聴こえた》。だが、次の瞬間、彼は別の意味で息を飲むこととなる。
「お父さん!!」
<副隊長の子ども!!?>
通信に割り込んできたのは、互いの仕事の関係で離れて暮らしていた息子であった。ぱああと目を輝かせて声をかけてきた息子へ微笑み返す。
脱走兵になったジョーはクーゴの息子関係の情報を一切掴んでいなかったらしい。困惑と戸惑いの感情が《伝わってきて》、ちょっと苦笑した。
ジョーは何を思ったのか、クーゴの駆る“勇者”とイデアが駆るガンダム、そして息子の駆る“小さな隼”を交互に見比べていた。混乱し過ぎである。
「派遣先の情報が入ってこなかったから、もしかしてとは思ってたけど……」
「僕の派遣先、ソレスタルビーイングだったんです。機密情報に抵触しちゃうから、あまり連絡できなくて」
「いいよ。元気にやってるって分かったから。――これからは、一緒に戦えるな」
「はい!!」
息子との会話もそこそこに、クーゴはイデアへ視線を向ける。
彼女はガンダムのモニター越しからクーゴを見つめていた。
<――ここからならば、“
その事実に口元が綻んでしまったのは、致し方ないことだろう。
「これから、よろしく頼む」
「――っ……! 勿論です! 一緒に頑張りましょう!!」
その名を体現するかの如く、イデアは輝くような笑顔で答えた。存外嬉しそうな様子に、こちらも胸が温かくなる。彼女たちと肩を並べて戦えることが嬉しい。
「了解した。協力に感謝する」
<刹那……。共に戦う日が、ついに来たな……>
『好敵手と共に戦えるのが嬉しい』というのは、自分や彼女の相棒の方も同じだったようだ。
グラハムの通信を受けた刹那は、普段よりも口元を緩めて礼を述べていた。それにつられるようにして、グラハムも微笑む。感慨深そうに呟く《聲》からは、今までの出来事に思いを馳せている心境が《伺えた》。
何も知らぬ頃に出会い、次は追う者と追われる者として戦場で対峙し、互いの正体を知っても尚手を取ることを選び、天使の行く末と向き合った日々。自分の掌にある小さな世界と愛する人を人質に取られ、望まぬ選択ばかり選ばされ続けながらも、暗闇の底から天使の姿を見つめ続けた日々。
数多の痛みや悲しみを超えて、グラハムと刹那はここにいる。その事実を噛み締めるようにして、彼の“勇者”と彼女のガンダムは前を向いた。無法者たちは乱入者であるクーゴたち――特にグラハムを狙って攻撃を仕掛けようと動く。
次の瞬間、ジョーが駆っていた機体が無法者に対して攻撃を繰り出した。明らかな怒気と強い敵意を持った一撃に、無法者は驚きの声を上げる。
ここに来る前にどのようなやり取りがあったかは不明だが、無法者のやり方はジョーの逆鱗に触れたらしい。眦を吊り上げ、己の敵に対して刃を向けた。
「俺は、俺の敵を絶対に許さない……!」
「俺たちと一緒に戦うのか?」
「そのつもりはない。だが、一時休戦だ」
「いいだろう!」
連邦軍は雷張ジョーを“機密情報を奪うのに失敗し、そのまま逃げだした脱走兵”として見ている。彼の目的次第では、軍法会議にかける間もなく死刑が執行される可能性もあろう。
けれど、今、無法者に対して刃を向けた彼の姿は――フラッグファイターとして共に空を駆けた頃の彼と、何も変わっていなかった。
ジョーの心は固く閉ざされており、彼の真意は何一つとして伺えない。元上官である自分たちにも言えないことがあって、それが彼の決意に結びついているためだろうか。
今この場は、無法者を倒すために戦ってくれるらしい。フラッグやジンクス以外の機体に搭乗しているジョーの姿を見るのは慣れないが、動きを見る限り、パイロットとしての腕は劣っていない様子だった。そういう所も相変わらずで、あの頃に戻ったような気持になる。
だからこそ、知りたいと願うのだ。手を伸ばさずにはいられない。
『機密情報を奪おうとして失敗し、そのまま逃げた脱走兵』という汚名を被ってでも、彼が成し遂げようとしていることを。
「行こうぜ、2人とも。連邦軍軍人として、無法者を放置しておくわけにはいかないからな」
「了解だ……!」
「勿論!」
思いを馳せていたクーゴを現実に引き戻したのは、からりとした笑みを浮かべたコーラサワーだった。本人はきっと「俺はバカだから空気なんて読めない」と言うだろうが、こうして声をかけてくれたことは非常にありがたい。
彼に続くような形で、2機の“勇者”は空を駆けた。連邦軍の援軍があって勢いに乗ったのか、無法者を撃退するのに時間はかからなかった。ソレスタルビーイングの面々やジョーと連携を図ったのは久しいものの、ブランクを感じるようなことはない。
敵の指揮官機は舞人とマイトガインによって一刀両断され、機体は大破。パイロットは情けない悲鳴を残して撤退していった。それを見届けたジョーは、舞人に対して「決着は別の機会に(意訳)」と言い残し、この場から離脱を図ろうとする。
「待て、ジョー」
グラハムから名前を呼ばれ、ジョーと彼の駆る機体が動きを止める。
軍を裏切り脱走兵になっても、彼の中に燻るものはあるらしい。
「嘗ての上官の言葉は聞く気があるようだな」
「……あなたは俺に、空を飛ぶことを教えてくれた……」
「そうだ。……そして、私は新たな部隊を編成するために、腕利きを集めようとした」
グラハムは訥々と、当時のことを語る。
紆余曲折あって『還って来た』グラハムとクーゴは、新たな部隊を結成するために動き始めた。アロウズに転属し、最終的には良識派と合流してクーデターに参加した旧オーバーフラッグス部隊――ハワード・メイスン、ダリル・ダッジ、アキラ・タケイ、ジョシュア・エドワーズらを中心に、戦乱を生き残ったフラッグやイナクト乗りの精鋭を集めていた。
そのとき、2人は旧オーバーフラッグス部隊の最年少だったジョー・ライバル――雷張ジョーにも声をかけようとしていた。が、2人が“のっぴきならない諸事情”でドタバタしている間に、彼は既に脱走兵となっていたのだ。彼の人柄を知る上官として、或いは1人の人間として、2人はどうしても“雷張ジョーがそんなことをする人間だとは思えなかった”。
「答えろ、ジョー。一体何のために、そんなことをした?」
「……あなたの命令でも、それはできない……」
嘗ての上官からの問いかけにも、ジョーは答えない。ただ、彼に応えたジョーの声は、酷く震えていた。
少し前、“空の護り手”の問いに対し、似たような調子で『できない』と答えた男の声色とよく似ている。
グラハムは“のっぴきならない諸事情”でドタバタしていた頃の自分を思い出したのだろう。大きく目を見開いた彼は、思わずと言った調子で声を荒げた。
「目を覚ませ、ジョー! 例え不本意だったとしても、あのようなアウトローと付き合えば、お前も闇に飲まれるぞ! 今ならまだ――」
「……昔の俺は、もう死んだんだ」
尊敬していた上官の言葉にさえ立ち止まらない。立ち止まろうとさえしない――それは、今、クーゴの前で繰り広げられたとおりだ。
勿論、“尊敬する上官が信頼している副官”でしかないこちらの言葉になど、ジョーが耳を貸すはずもない。……だとしても。
「ジョー」
クーゴは嘗ての僚友の名を呼び、武装を展開する。何の変哲もないただの棒を高らかに掲げて力を発現すれば、それは青い光を収束させた。青く輝く御旗が揺れ、澄み渡った音が響き渡った。
嘗ての日々を思い描く。ユニオンの精鋭部隊として空を駆けた日々を、或いは地上で語り合った日々を。仲間たちは最年少であったジョーを気にかけており、頻繁に世話を焼いていたか――
『うわぁーッ!? なんだこれはァ!?』
『スターゲイジーパエリアだよ! イギリス料理の伝統的なパイ料理を元ネタにした盛り付けにしたんだ!』
『うわあああああん! 何だかもの凄く生臭いよぉぉぉぉ! 前食べたハラワタ味のパエリアより酷い臭いするぅぅぅぅぅ!』
『どうして……どうして、こんなことに……?』
『こんなん人の食うもんじゃねぇよォ……!!』
(いかん、なんか変なの混じった)
「こんなん人の食うもんじゃねぇよォ……!!」
意図せず混入したスターゲイジーパエリア(ハラワタ味)を頭の隅に追いやりつつ、クーゴはジョーへのコンタクトを続ける。思念波による流れ弾を喰らったコーラサワーが当時の心境を思い出してしまったようで、さめざめと泣きだした。
コーラサワーも“あの現場に居合わせ、スターゲイジーパエリア(ハラワタ味)の餌食となった被害者”だ。美食と芸術の国に生まれた彼にとって、アレは耐えがたい地獄であったろう。直近の被害という点を差し引いてもトラウマになっている様子だった。
勿論、意図せず混入したスターゲイジーパエリア(ハラワタ味)のように、頭を抱えたくなるようなこともあった。けれど、そのどれもが“貴公子”・“護り手”にとってはかけがえのない思い出である。
心を閉じていたとしても、柔らかなところに響くはずだ。
だって、ジョーの本質は、あの頃と変わっていないのだから。
ある種の確信を抱きながら、クーゴは問いかける。
「――旗は、見えるか?」
「――――」
ジョーはこちらに背を向けたまま、何も言わずに立ち去った。
<――ああ、よく見える>
だけど、微かに《聲》が聞こえたのだ。
<今の俺には、眩しすぎるくらいに>
◆◆◇
「え」
そこは、剣道場であった。実家の剣道場とよく似ているが、この場所は違う。ホーマー・カタギリ氏の別荘にある剣道場だ。
元日本人で剣道の有段者――珍しい二刀流の型を使う人間――として、彼とここで剣戟を繰り広げたこともあった。といっても、練習試合程度だが。
ホーマーや彼の関係者との試合は本当に有意義だった。興味津々で素振りをしてみる者、二刀流の真似事をして竹刀を吹っ飛ばした者もいた。
背後から風切音が木霊する。クーゴは振り返った。白く輝く真剣を振るっていたのは、金髪碧眼の男性だった。
彼の顔の左半分には、大きな傷が刻まれている。しかし、彼の表情には、一切の痛々しさは感じない。
男性の動きは、誰かの型をなぞるかの様な、どことなくぎこちないものであった。けれど、何度も何度も動きを練習した気配が伺える。
「それ、『彼』の……」
奥から現れたのは、茶髪をポニーテールに結び、眼鏡をかけた学者であった。彼に視線を向けることなく、男性は言葉を続ける。
「『彼』の想いを継いで、私は空を飛ぼう」
男性の眼差しは、窓の外へと向けられていた。窓枠の向う側には、どこまでも澄み切った青い空が広がっている。
翠緑の双瞼が見据えるのは、男性が憧れ、手にしたいと願った空の果てへと向けられていた。
揺らぐことのない眼差しとぶれることのない意志。眼差しの先に、男性が求める明日があるのだろう。
「そのためにも、私は――!!」
男性はそう言って、刀を振るい始めた。
――暗転。
*
晴れ渡る空の下、なだらかな平原には数多の石が屹立している。花や食べ物、その他の調度品やら何やらが供えられていた。その平原に屹立する石の名前を、クーゴは知っていた。
仲間を失う度に何度も訪れ、花や嗜好品を備えた。彼らが安らかに眠れるように、と、祈りを捧げていた場所だ。――ユニオンの、共同墓地である。
どうして自分はこんな場所にいるのだろう。ふと視線を落とせば、真新しい墓石が目に入った。
墓石に刻まれた英語のスペルは『Kugo Hagane』。自分と同じ、否、自分の名前。
「……」
ああ、と、クーゴは己の状況を察した。自分は
墓前にはたくさんの花が供えられている。そのすべては、クーゴの死を悼む人々のものだった。
自分は存外慕われて/懐かれていたらしい。不謹慎かもしれないが、嬉しいことである。自分は果報者であった。
その墓前に、2人の男女が立っていた。
女性は黒髪黒目の東洋――日本人であり、花が描かれた豪奢な桃色の着物を身に纏っている。『死者に花を手向けに来た格好』としては、あまりにも場違いな格好だった。死者を悼む気持ちなど一切感じない。むしろ、その人物が亡くなったことを喜んでいるかのようだ。
男性は金髪碧眼の白人で、端正な顔立ちだった。だが、顔の左半分には痛々しい傷跡が刻まれている。先に行われた国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦で、男性は心身ともに深い傷を負ったのである。終戦から時間が経過したとはいえ、傷はまだまだ癒えていない。
「カタギリに、
男は藪から棒に問いかけた。女性はきょとんとした表情で首を傾げる。
だが、男は引かない。屹然とした眼差しで、再び問いかける。
「彼と彼女を手にかけたのも、貴女なのか」
問いかけの形を取ってはいるが、もはやそれは確信だった。女性の漆黒の瞳と、男性の翠緑の瞳がかち合う。バチバチと火花が爆ぜていた。
女性はくすくすと笑うだけ。男は黙って女を睨むだけ。そんな時間がどれくらい続いたのか、わからない。静かな風が吹き抜ける。
(刹那が、殺された?)
男性の言葉に、クーゴは首を傾げた。
クーゴの記憶は、姉の悪意に晒された友と天使を庇って
女性の狙いはクーゴだったはずだ。クーゴを苦しめるために、クーゴの関係者を標的にすることが多々あっただけである。……もしや、刹那のことも標的にしていたのだろうか。
思い当たる節がなかったわけではない。京都旅行で彼女たちが鉢合わせしたときのやり取りを思い出し、寒気を覚えた。幽霊でも寒気を感じるらしい。不思議なことであった。
「だから、何?」
「――!!!」
女性は悪びれる様子もなく肯定した。
男は反射的に拳を振り上げる。
「アタシに何か起きれば、貴方のお友達は精神崩壊する手はずになっているわ。アロウズに所属する貴方の元・部下たちも、安全じゃないかも」
女性の言葉が意味している内容を無視できるほど、男は非情な性格ではなかった。むしろ男は、「気さくで面倒見がいい」と言われる部類に入る。男は大きく目を見開き、口元を戦慄かせる。この場で男が動けば、そのしわ寄せが仲間たちに及ぶのだ。
そんな脅迫をされれば、彼がどんな反応をするか、クーゴは知っていた。この女性が、そのすべてを最初から理解していたうえで、男にこんな脅しをかけているのだということを。いつの間にか、男は振り上げかけていた拳を下していた。
それを見た女性は、笑みを深くする。対照的に、男は唇を噛みしめる。
「ところで貴方、刹那・F・セイエイに会いたい?」
刹那・F・セイエイ。男にとって、大切な女性の名前だった。
しかし何故、女性がそんなことを訊いてくるのだろう。先程女性は、男の問いかけに肯定で返した。彼女――刹那・F・セイエイを殺したと、認めた。
女性の口ぶりはまるで、刹那が生きていると言わんばかりである。どういうことだと問いかけようとした男に、女は不気味な笑みを浮かべて迫る。
「彼女に会わせてあげるわ。だから――」
「断る。私は彼女と約束した。……生きてくれと、言われたんだ」
男は女の言葉を遮り、女を睨む。何がおかしかったのか、女は思い切り吹き出して嗤った。
「貴方、自分に選択権があると思ってるの? 馬鹿みたい」
女は笑っている。しかし、その目は一切笑っていない。
黒曜石のような瞳の奥に、絶対零度が揺らめいている。
「彼女、生きてるわよ」
「――生きている? 刹那が?」
「ええ。今どこにいるか、何をしているかも、全部把握できてる」
女の言葉に、男は思わず息を飲んだ。女は懐からタブレット端末を取り出し、男に指し示した。
画面に映し出されていたのは、砂漠の街並みを歩く
端末の映像を見る限り、刹那は五体満足そうに見えた。国連軍との戦いでどこかしらにダメージを負ったような様子もない。刹那は静かな面持ちのまま、砂漠の街を散策していた。時折足を止めては、物思いに耽るように胸元を弄ぶ。
そのタイミングでカメラアングルが切り替わり、刹那が眺めていたモノの正体が映し出された。彼女の誕生日に男が贈ったシェルカメオ。飛翔する大天使を見つめる眼差しは、何処までも優しい。贈り物に対してだけではなく、贈ってきた相手に対する愛情で満ち溢れていた。
そんな刹那の姿を見ていた男の口元が緩む。刹那と相思相愛であることを噛み締める度に、彼はそんな風に笑っていたか。
男性にぶん回されていた頃を思い出したのと、女が愉快そうな声色で不穏な発言を零したのは同時だった。
「――前々から思ってたんだけど、この子、
悍ましい悪意を悪寒という形で察知し、クーゴは思わず身震いする。“面白い玩具を見つけてはしゃぐ子ども”みたいな声色だった。
女が言った『
次の瞬間、男の心を満たしたのは、愛する人に害を成そうとする女への怒りだった。『愛する人を守らなければ』という一心で、男は身構える。
「丁度、新しい
「貴様ぁッ!」
憤る男の反応を見た女は、ますます笑みを深める。気のせいか、顔を覆う影が多くなった。
「ああ、そうだ。言っておくけど、“彼女を捕まえる準備は既に終わってる”から。後は実行するだけなの」
掴みかかろうと伸ばした手は、女の言葉によって止まる。彼女の言葉を無視できる程、男は非情な性格ではなかった。クーゴ同様、腹芸は得意なタイプではない。だが、それでも軍人としての試験をパスできた男だ。頭は回る方である。
女性の言葉がハッタリなどではないことを、男は否が応でも《
「貴方の大事なものは、みーんなアタシの掌の上。アタシの意志1つで、自由に動かすことが出来る。貴方がアタシの不興を買ったら――貴方の大事な人たちは、一体どうなるのかしらねェ?」
試すように女が問う。男は大きく目を見開き、口元を戦慄かせる。
それを見た女性は、笑みを深くする。対照的に、男は唇を噛みしめる。
「何が望みだ」
呻くように、男性は言った。女性は満足げに笑い、男の胸倉をつかんで引き寄せる。
女性は、まるで内緒話をするかのように、呟き程度の声量で、男の耳元に何かを囁いた。
――暗転。
◆
目の前に広がったのは、牢獄を思わせるような殺風景な場所だった。鉄格子の向う側に立っているのは、グラハム・エーカーである。
彼の顔はいつぞやの京都旅行で彼自身が購入した仮面がつけられている。顔の左半分は、仮面でも覆い隠せない程の大きな傷があった。
どこか濁った翠緑の瞳がこちらを見返す。無感動な眼差しに、ほんのわずかだが光が差した。じゃらり、と、どこからともなく鎖の音が響く。
「グラハム」
クーゴが親友の名を呼べば、グラハムはのろのろとクーゴの方を見た。幾何かの間をおいて、首を振る。
揺るがぬ意志を湛えた翠緑の瞳には、彼らしくない「諦め」の感情が浮かんでいた。
大胆不敵で野心的な輝きは鳴りを潜め、儚げではあるが悲壮な決意に満ちた闇に満たされている。
知らない。こんなグラハム・エーカーの姿を見たことは、未だかつてないことであった。
彼は本当に“フラッグファイターのグラハム”なのか、と、疑いたくなるくらいに憔悴している。
「フラッグファイターであるグラハム・エーカーは、既に死んだ」
クーゴの動揺を察したかのように、グラハムは呟いた。
“生きてはいるけれど死んでいる”――そんな言葉が脳裏によぎる。
「ここにいるのは、ただの亡霊だ」
「もっとも、キミも似たようなものなのかもしれないがね」――などと、グラハムは自嘲気味に呟く。それは“既に死んでいる身でありながらも、確固たる自我を持つクーゴへの羨望”のように聞こえた。
知らない。こんなグラハムの姿なんて知らない。グラハム・エーカーは、こんな風に弱音を吐くような人間だっただろうか。他者への羨望を爆発的な推進力へと変換するような男が、萎れた花のような姿を晒すはずがなかった。
「どうしてこうなったんだよ。お前、こんな奴じゃなかっただろ?」
クーゴの問いかけに対し、グラハムは力なく微笑む。
「道化でなければ、守れないものがある。そうなってでも、失いたくないものがある。取り戻したいものがある」
自分にはそれしかないのだと、諦めたように。諦めながらも、その方向に決意を固めながらも、その過程をもがいて足掻こうとしているかのように。
昔から、グラハムが一念発起すると、何かがおかしい方向に突っ走り始める。その最もたる例は、刹那を(公私ともに)『お』とそうとしたときの言動であろう。
彼が守ろうとしていたもの。“フラッグファイターのグラハム”を殺してでも、失いたくないと願ったもの。
クーゴは、墓地で会話していたグラハムと女性の光景を思い出しながら、唇を噛みしめた。
友の決意はよくわかる。でも、それで納得していいとは思わないし、思えない。彼の決意の先には、明らかに“己の死”が存在している。
精神的な面だけでなく、肉体的な方面での死も覚悟しているかのように。
そんなこと、誰も望まない。彼が守ろうとしているものすべてが、そう訴えるであろう。クーゴには強い確信があった。
友達が盛大に道を間違うならば、それを引きもどしてやるのも友人の役目だ。共に
「……グラハム」
「だから、グラハム・エーカーは既に死んだと……」
「じゃあ、お前の名前は何だよ? 名前がなきゃ不便だ」
クーゴの言葉に、グラハムは押し黙る。少し考えるような動作をした後、ため息のような声色で宣言した。
「ミスター・ブシドー」
「武士道? そんなナリで?」
「私の格好を見ていた兵たちが、隅の方で噂していた。……まことに迷惑千万なことだがな」
本物の侍に関する知識を有するグラハム――もとい、ブシドーからしてみれば、“似非侍相手に何を黄色い声(?)で囃し立てているのか”という気持ちなのだろう。彼は深々と息を吐いて肩をすくめた。
そうか。
ならば。
「……ああ、そうだ。ミスターブシドー、お前に言伝を頼みたい」
クーゴの言葉に、ブシドーは仮面越しから目を丸くした。
「俺の相棒であるフラッグファイター、グラハム・エーカーに伝えてくれ」
今から告げる言葉は、クーゴ・ハガネの決意だ。
亡霊となってしまっても、大切なものを守りたいという願いだ。
「『どんな手を使ってでも、お前を
死んだ人間が何を、と人は言うのだろう。死んでしまった人間にできることなんてたかが知れている。だとしても、このまま成仏できるはずがない。
部下たちだって言っていたではないか。『グラハムたちを助けてくれ』、『自分たちではどうしようもないのだ』と。
それに、今の彼を見た刹那が、どう思うか。……きっと、悲しむに決まっている。彼女はとても優しい人だから。
ブシドーはぽかんとした表情でこちらを見ていたが、ややあって、クーゴに背を向けた。そのまま歩き出しかけ、脚を止めて振り返る。
翠緑の瞳は、どこか希望を手にしたかのようにキラキラと輝いている。儚げな微笑ではなく、自信満々の不敵な笑みだ。
知っている。その笑い方を、その眼差しを、その表情を、クーゴはよく知っている。今、鉄格子の向うにいるのは、紛れもなく――。
「――ああ、楽しみにしている」
そうして彼は、歩き出す。もう二度と、クーゴの方を振り返ることはなかった。
◆
微睡みの底から、声が聞こえる。耳が聞こえている、ということは、感覚があるということか。
ならば、と、指先を動かす。長らく使っていなかったためか、些細なことなのに億劫さを感じた。
どんなに時間がかかってもいい。動かせるなら動かしたい。そうして、はやく
友と共に、仲間たちの元へ『還』らなくては。どこまでも澄み渡った青空の下。そこが、クーゴ・ハガネが『還る』場所であり、大切な場所なのだから。
ぴくん、と、指先が動いた。それを皮切りに、鉛のように重かった体が、嘘のように動いた。同時に体にかかったのは、無重力空間特有の浮遊感。
そのまま漂ってしまうかと思った刹那、不意に、誰かに手を掴まれたような感触を覚える。真っ暗闇だった視界に、眩い白が差し込んだ。
逆光のせいか、自分の手を引く人物の表情は伺えない。
影からして、それは2人いた。女性と、少年。
(この2人、どこかで――?)
「よう、若造」
クーゴがそんなことを考えたとき、不意に誰かの声がした。からからとした、女性の声。
自分の手を引く影の向う側に、誰かがいる。シルエットからでは性別がわからないが、おそらく、この声の主本人だろう。
女性の声もまた、クーゴはどこかで聞いたことがあった。フラッシュバックしたのは、砂漠の街、転がった車椅子、牙、名刺。
「長い長い夜が明ける。――そうして、目覚めの
ぱちん、と。
何かが弾けるような音がして、クーゴの意識は急激に浮上した。
視界は鮮烈な白に染められる。どこからか、自身の鼓動が聞こえてきたような錯覚に見舞われた。
そして――
◇
このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。
「“同胞”たちの大半が、若い見た目でいますからね。実年齢を聞いたらびっくりしますよ」
「……ちなみに、貴女や社長の御歳は?」
「私は250年以上300年未満ですね。グラン・マは確か、500歳を超えてたかな……」
「…………」
「僕、レイフより7歳年上なんです。アラウンドエインティー、ですかねぇ」
「と、年の差60歳以上……」
「ッ、だからといって諦めるという選択肢はないんだからねっ!!」
「?」
(あの
外見で人を判断してはいけない(特に年齢)ということを。
「若者よ、『目覚めた』キミたちは知る“義務”と“責任”がある」
「我が“同胞”が辿ってきた歴史を、受け継いだ想いを、その“力”の在り方を」
「同時に、知る権利がある」
「私とイオリア・シュヘンベルグが何を願い、何を思い、その道を突き進んでいったのかを」
(……すべて、ってわけじゃないんだけどね。うん)
初代ソレスタルビーイングの生き残りから託される使命(但し、すべてではない)のことを。
「『還りたい』だけだったのに、こんなことになっちゃうなんてなあ」
「随分と面倒なことになった、と言いたそうな顔ですね」
「まあ、サービス残業って考えれば、お釣りがくるレベルだからな。報酬が世界平和、人類の未来なんて言われちゃ、戦わないわけにはいかないだろ」
「――さあ、帰ろう。みんなが待ってる」
『還る』ための戦いが、世界と人類の明日を左右する大事になることを。
「行け、刹那! お前は、ガンダムを超えろ!!」
「刹那、その顔はなんだ? その目はなんだ? そんな状態で敵を倒せるか」
「キミの想いは充分伝わってる。だから、僕らはその道を切り開く力になる!」
「まったく。連邦のスーパーエース殿ときたら……相変わらず、引き際を心得ていないのだな」
「アナタの愛は、そこで朽ちるはずがありません。そうでしょう? カテゴリー平民の異端者」
「行くぞ、アンドレイ。我々は、市民を守る軍人だ!」
「あんたが背負ってる想いは、こんなところで落ちるようなものじゃないだろう!?」
「露払いは任せてもらおう、ライトニング。――伊達に、火消しのウインドを名乗っている訳ではないのでな!!」
いつかの想いが、今ここで生きる人々を奮い立たせる瞬間を、目撃することを。
クーゴ・ハガネの明日は