問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



29.禁断の扉

 

『やっぱり、間違いない!』

 

『ここは、ラインバレルの電脳世界で見た景色――天児さんが見せてくれた、未来の世界だ!』

 

 

 浩一は、月に広がる廃墟群を見てそう叫んだ。

 

 

『そうか、思い出した! リーンの翼が見せた滅びの未来もこの街だった!』

 

『ああ、確かに。この風景には見覚えがある!』

 

 

 リーンの翼の影響で一時的に姿を消していたエイサップとサコミズも、それに続く。

 

 

『未来から来たヒトマキナが、自分たちの世界に似せてここを作ったとか?』

 

『違う……。そうじゃない』

 

 

 デントンの推論を、ショウが真っ向から否定した。

 彼と彼の相棒たるチャムが、戦慄した面持ちのまま口を開く。

 

 

『だ、だって、この街は……!』

 

『ここは、俺の知る東京……! 俺たちがいた、“並列世界”の東京なんだ!』

 

 

 アルティメット・クロスの面々は、異なる“並列世界”からこの時代・この世界に召喚されて集まった寄せ集めの部隊だった。――今まで、そう思われていた。

 ここにきて、参謀組の推理が崩れ始める。『並列世界だと思っていた/思われていたショウの知る東京の街並みが、浩一が見た滅びの未来と同じ光景である』ことが発覚したためだ。

 エイサップとサコミズの発言――『リーンの翼が見せた滅びの未来もこの街並みだった』――も合わさり、ますます謎が深くなる。誰もが混乱している様子だった。

 

 

『月に未来世界があって、そこが並列世界の東京……?』

 

『訳が分からねーぞコラ!』

 

 

 カレンが首を傾げ、張飛が全員の意見を代弁するが如く火の玉ストレートをぶん投げたその瞬間、轟音が響き渡った。

 

 

『オーバーライド現象を確認! 何かがここに転移してきます!』

 

『気を付けて! この周辺に出現しているヒトマキナとは比べ物にならない反応です!』

 

 

 何事かと身構える仲間たちに、初代“狙い撃つ成層圏”と懇意にしているオペレーターと仲間の操舵手と懇意にしているオペレーターの先輩後輩コンビが状況説明を行う。

 それを聞いた加藤の表情が強張る。彼はここに転移してくるであろう存在に対し、何か覚えがある様子だった。そして、オーバーライドの終わりを告げる光が爆ぜて、転移してきたマキナが姿を現す。

 

 自軍に所属するラインバレルと似通ったマキナが、マントを翻して降臨する。それを見ていた石神は、相棒であるジュダから託された情報を諳んじた。

 

 転移してきたマキナこそが全ての現況。未来世界に滅びを齎し、以後は月を拠点にして人類を監視してきたヒトマキナの統率者だ。

 本来なら存在するはずのなかった、人の手によって生み出された機械の神。アルはそれを『エクストラ・デウス・マキナ』と称する。

 “機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)”。『物語(せかい)の幕を閉じる神』――その名で締めくくったのは道明寺だった。

 

 

『そういうコトだったのね。久嵩が、アタシたちをアーカムシティに向かわせた理由(ワケ)がようやく分かったわ』

 

 

 嘗て加藤機関に潜り込んでいたユリアンヌは納得したように呟く。眼前に現れたマキナは“機械仕掛けの神(デウス・マキナ)”の名を冠しており、それはデモンベイン――“鬼械神(デウス・マキナ)”と同じである。字面が違えど同じ名を冠した機体の存在を知った加藤は、それが気になっていたのだろう。彼は人類の敵として君臨しつつ、人類を救う手立ての模索も忘れていなかったから。

 

 

『――ついにここまで辿り着いたか、人間たちよ』

 

 

 倒すべき敵と対峙したアルティメット・クロスの存在を視認したマキナ――デウスエクスマキナは、厳かな調子でこちらを言祝ぐ。

 今までのヒトマキナは、人間の言葉を介さなかった。赤ん坊の姿を取っていた奴だって、奇声を上げるので手一杯だったというのに。

 驚く仲間たちなど歯牙にもかけず、奴はこの世界に隠された真実を話し始める。こちらが理解できるよう、流暢な言葉を操って。

 

 

『それ程までの力がありながら、お前たちは何故、自ら滅びの道へと向かうのか』

 

『想像力を失った種は、生きるコトを許されない。ならば、死こそが想像の糧。死こそが、命の始まり』

 

『その糧を1つ摘み取れば、人類は1つ、滅びへと向かう』

 

 

 それが意味することは、即ち。

 

 口元を戦慄かせたキラが、恐る恐る口を開く。

 機械仕掛けの神は、それを肯定した。

 

 

『平和になればなる程、人類(僕たち)は、滅びへ近づいていく……?』

 

『そうだ。人類を滅ぼすのは我々ではない。ここに辿り着いたお前たちこそが、滅びの元凶なのだ』

 

 

 平和を求めて戦い続けたアルティメット・クロスは、幾度となく、人類の危機を打ち払ってきた。平和に近づいていくことを実感し、それをモチベーションにすることでここまで辿り着いた。

 故に、デウスエクスマキナの言葉は衝撃的だったのだろう。だって奴の言葉が真実なら、『外敵を退けることは、己の手で自滅スイッチを入れる準備をしているのと同義である』ことを意味している。

 マキナたちが人間を監視していたのは、“適度に戦いを振りまくことで想像力を掻き立て、滅びない程度に人類を飼い殺すため”――奇しくもそれは、天児が否定した、嘗ての加藤のやり方だ。

 

 ――そうしてそれは、クーゴたちとも因縁が深い機械(そんざい)のやり方と、ほぼ一緒。

 

 

「機械に世界の管理を任せると、ろくなことにならない」

 

 

 愕然とする人々の心情をよそに響いたのは、イデアの声だった。

 

 

「どいつもこいつも似たような答えばっかり。本当に辟易しちゃう。神さま気取りの機械はみんな、頭グランドマザー『テラ』なのね」

 

「仕方ないでしょう。最適化を突き詰めて極めれば、ああいう手合いは“同じ答えに辿り着く”よう出来てるんですよ。だって『それが一番効率的なやり方』なんだから」

 

 

 一時期は加藤機関に所属し、ライセンサーという特殊な地位を与えられていたノブレスも、イデアの意見に同調した。

 

 クーゴや宙継、ノブレスはこの地球で生まれ落ちたミュウだ。だが、イデアは母親とその関係者が『機械によって迫害されてきた』タイプのミュウである。故に、“機械による人類の管理”――S.D.体制下を築いたグランドマザーを彷彿とさせるような事象に対し、強い怒りをあらわにしていた。

 ミュウが生まれた理由も機械が絡んでいる。機械が設定した“人間として最低限の能力”を有しているか否かを判別するための検査がミュウ因子に干渉することにより、力に目覚めるという仕組みだ。最も、当時の人類はミュウを拒絶し、殲滅するためにその検査を悪用し始めるのだが。

 終いには、ミュウとの共存と支配の打倒を選んだ人類に対し、機械は『人類とミュウの排除こそが最良の方法である』という答えに行きつき、人類を滅ぼそうとしてきた。人類と地球を守るために生み出されたというのに、機械は目的を外れて支配者/管理者へと進化したことも要因の1つ。

 

 絶対的な力を持つ機械。

 その支配を打ち破ったのは、あまりにもちっぽけで無力な人間たちだった。

 

 

「クーゴさんは、知ってますよね?」

 

「まあな。ただ……」

 

 

 クーゴは周囲を見回す。先程告げられた“滅びの託宣”が尾を引いているらしく、仲間たちの動きが鈍い。平和にするために戦い続けてきたのに、それが滅びへ向かうカウントダウンだったなんて言われて、平然としていられる人間は滅多にいないだろう。

 アルティメット・クロスの面々は「自分たちは人類と地球の平和のために戦ってきた」という矜持を持っていた。それを支えにしていたからこそ――ハザードの策略とはいえども――世界から「テロリスト」の烙印を押されても戦ってこれたのだ。

 

 勿論、その動揺によって引き起こされた隙を見逃してくれる程、機械は甘くない。この場一体に全体攻撃が降り注いでくる。

 どうにかそれを回避し、奴らに攻撃を仕掛けた仲間たちであったが、デウスエクスマキナは尚も言葉を続けた。

 奴の言葉に呼応するかのように、体の傷が修復していく。マキナの持つ自動修復機能なんか比じゃない程の回復力。

 

 

「この力……こんな力を持ってしまったがために、人は滅ぶのか……」

 

 

 神の如き御業を披露を披露したデウスエクスマキナは、相変わらずこちらを憐れむように見下している。

 

 

「人は何故、人のままではいられない。与えられた楽園を、何故享受することができないのか……」

 

 

 『死を想像するからこそ人は生きていける』、『死ぬことこそが命のはじまり』――奴の言い方は何かの核心をついているように思う。命のこたえを得たことで真の力を発揮したサヤであるが、それだけでは答えが足りないのだろうか。

 思考回路を別なところに巡らせていたとき、デウスエクスマキナの攻撃が繰りだされた。躱しきれない。慌てて防御機能を作動させたが、機体に凄まじい衝撃が走る。爆発音に呼応するように、仲間たちの悲鳴が響いた。息が詰まる。

 

 やっと動けるようになったとき、周囲から黒煙が立ち上っていた。

 

 死にたくない。そんな声が、周囲から響く。

 クーゴがそれに気づいたのと、デウスエクスマキナが厳かに語ったのは同時だった。

 

 

「生きたいか? 死ぬのが恐ろしいか? それが想像だ。それが命だ」

 

 

 呼応するように、マキナたちが姿を現す。奴らは現れるなり、間髪入れず攻撃を繰り出す。

 まるで雨あられだ。あちこちから悲鳴と黒煙が上がる。

 

 

「もうやめて! 彼らの存在を消さないで!!」

 

 

 エルシャンクの通信越しに、操が悲鳴を上げた。

 

 

「こんな痛みが……こんな苦しみが、命だっていうの!?」

 

 

 操は彼の創造主たるミールの命を受け、『いのち』について学んでいる最中だ。おそらく彼は、フェストゥムの能力である読心術で、その痛みや苦しみを感じたのだろう。

 フェストゥムは痛みや苦しみに慣れていない。数か月前の戦いで、半ば強引に総士を取り込んだイドゥンが痛みに耐えきれず、『自分を消せ』と叫んでいたことを思い出す。

 

 嘗て、一騎の母親――真壁朱音は、フェストゥムとの全面戦争に異を唱え、フェストゥムを祝福した。彼女がフェストゥムに教えたのは――愛。

 マークニヒトのパイロットをしていた道夫と弓子の幼馴染・狩谷由紀恵は、意図せずフェストゥムを祝福した。彼女がフェストゥムに教えたのは――憎しみ。

 イドゥンによって無理やり同化させられるような形であるが、皆城総士はフェストゥムを祝福した。彼がフェストゥムに教えたのは――痛み。

 

 彼女らや彼の祝福を受けたフェストゥムが生み出したのが、今ここにいる少年・来主操。彼は人一倍、痛みを嫌っていた。苦しみを嫌っていた。それらすべてから、逃れようと足掻いている。

 

 

「こんな辛い思いをしてまで、なんで神様に逆らわなくちゃいけないんだよ!?」

 

「黙れよ!」

「だからよ」

 

 

 それを遮ったのは、浩一とイデアだ。

 

 

「何が『与えられた楽園』だ! 死の恐怖に怯えて、絶えず戦って、地にはいつくばって……! そんな世界の、どこが楽園だって言うんだよ!?」

 

「だ、だけど……」

 

 

 神に逆らい痛みと苦しみを与えられるか、かりそめの楽園を教授するか。

  操は悩んでいるようだった。浩一の言葉を引き継ぐようにイデアが厳しい口調で告げる。

 

 

「その楽園が、人間から人間らしさを奪うの。人の心を壊すの。そして、人を滅ぼすのよ!」

 

 

 ノブレスも蔑むようにため息を吐いた。

 

 

「貴方のようなポンコツ、どっからどう見ても同業者の二番煎じですよね」

 

「貴方は“嘗て存在した支配者”の再来になるつもりですか?」

 

「“『地球』の母親(グランドマザー『テラ』)”か」

 

 

 デウスエクスマキナは2人の言葉からすぐに対応する存在を割り出した。イデアとノブレス、宙継も驚きに目を見張る。クーゴも息を飲んだ。

 このことは前対戦に関わった、ごくわずかな人間しか知らないはずだ。……だが、地球を監視し続けてきたこの神なら、掴んでいてもおかしくないかもしれない。

 

 

「彼女は失敗だった。真綿で首を締めるような管理方法(やりかた)では生温かったのだ。だから私はその失敗を活かし、この管理方法(やりかた)を選んだ」

 

 

 神は思いを馳せるように目を閉じる。嘗て存在し、人間を管理していた同業者に、何やら思うところがあるようだった。

 だが、やはり、人間らしさを潰すようなやり方をしている時点で、こいつはグランドマザー『テラ』と大差ない。クーゴは小さく舌打ちした。

 操縦桿を握り締める。自分の力が発揮されたことを意味する青い光が、ゆらゆらと湧き上がってきた。

 

 

管理をする(まるでモノを扱う)ようなニュアンスで言われるのは、随分と癪なんだがなぁッ!」

 

「これだから、機械に世界の管理は任せられないのよ!」

 

「“『地球』の母親(グランドマザー『テラ』)”の末路をご存じなら、貴方みたいな機械が最後にどうなるのか、ご存知ですよねっ!?」

 

 

 クーゴの機体だけではない。イデアとノブレスの機体も青く輝き始める。

 

 

「そうだ、俺たちは人形じゃない! 人間なんだっ!!」

 

 

 そう叫んだショウも機体からもまた、光が湧き上がる。平和であってほしいと願う戦士の思いが、オーラ力を増幅させているのだ。

 クーゴの持つ力と聖戦士のオーラ力を見た機械が興味深そうに力を分析する。片や人類の進化の可能性のひとつ、片や人の理念が為せる業。

 

 

「死にたくないって想うことが命なら、平和にしたいと思うことだって命でしょう!? だったらショウには……人間には、その想いをカタチにする力があるんだから!」

 

 

 すると、ほんの一瞬、機械の神が考えを巡らせるように目を伏せる。

 

 その隙を逃すほど、自分たちは甘くない。ショウと共に、機械の神めがけて攻撃を仕掛ける。

 次の瞬間、凄まじいエネルギー波が発生し、自分たちの一撃は呆気なく相殺されてしまう。

 

 

「なっ!?」

 

 

 逆にこちらが驚いた。その隙をつかれ、弾き飛ばされてしまう。

 

 仲間たちが息を飲む。自分たちはおろか、ショウのようなオーラバトラーでさえ太刀打ちできないとは。機械神の力は浩一の機体と同じ、圧縮転送フィールドを使っているらしい。

 彼のライバルであるバーンも動揺していた。誰もが諦めかけていたとき、浩一が叫ぶ。この少年は諦めるという言葉を知らない。正義の味方は決して諦めない――その言葉を体現するような子だ。

 浩一の作戦は地獄公務員たちや石神が試みようとしていた対消滅とよく似た原理である。ラインバレルに搭載された圧縮転送フィールドの力をぶつければ、デウスエクスマキナの防御を突破出来るかもしれない。

 

 その、一瞬のスキを突く。成功率は天文学的に低いし、成功したとしても機械の神にダメージを与えられるかもわからないのだ。

 歌姫が不安げに問う。聖戦士と正義の味方は間髪入れずに頷いた。負けることばかり考えれば、本当に負けてしまう。

 

 

「できるかどうかじゃない! 必ずやり遂げてみせるんだァァァァァァァッ!!」

 

 

 浩一の機体から、白い光があふれ始める。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 ショウのオーラ力が爆発する。

 

 

「浩一さん、援護します!」

 

「その賭け、乗った!」

 

「人は機械を超える! 人間の力、ちゃんと見ておきなさいよ!」

 

「人間を舐めないでください!」

 

 

 先陣を切った宙継に続くようにして、自分たちの力を一気に発現させる。荒ぶる青(タイプ・ブルー)の光が爆ぜた。

 

 浩一が駆るラインバレルが先陣を切った。機械神と正義の味方のエネルギーがぶつかり合う。拮抗したエネルギーが弾け、その一瞬のスキをついて、自分たちが攻撃を仕掛けた!

 響く轟音。確かな手ごたえを感じ取ったと思ったとき、爆ぜるような音がした。デウスエクスマキナは驚愕に満ちた顔で自分たちを見返していた。

 無敵だと思われていた機械の神を、自分たちは怯ませた。それは仲間たちにとって、最高の起爆剤になったようだ。仲間たちが次々と普段の調子を戻していく。

 

 何のために自分たちが戦ってきたのか、その意味を思い出せたのだろう。

 誰かの命を守りたいから、人が人として生きる世界を守りたいから、ここまで戦ってこれた。

 

 

「恐れるな、悲しむな! 信じる心が、正義になるんだァァッ!!」

 

 

 ショウの言葉を皮切りに、仲間たちが反撃の狼煙を上げた。

 それを見た機械の神が戦慄する。

 

 

「これが、ニンゲンの力……! これが、人間の可能性……!」

 

 

 怯んだ神とは対照的に、今度は浩一が託宣する。

 

 

「教えてやるぞ、デウスエクスマキナ! 正義は、必ず勝つってことを!」

 

「僕らが手を取り合えば、運命だって変えられる! ――人間の可能性は、機械なんかじゃ測れないんだ!」

 

 

 仲間たちが次々とマキナを撃破していく。防戦一方だった戦いが嘘みたいだ。さすがにマキナたちも焦り出したのか、増援が次々と現れる。

 今の浩一なら、機械の神など襲るるに足らず。クーゴは仲間たちに視線を向け、次に空を見上げた。

 

 曇天を切り裂くように空を翔るのは、白と青を基調にした天使と青い閃光。刹那とグラハムである。

 

 この2人も漏れなく動揺していたのだが、今はもう迷いはない。いつもと変わらぬ戦術を駆使し、最高のコンビネーションを披露して、マキナたちを屠っていく。

 あれならもう、何も心配することはない。イデアに合図をすれば、彼女は自分の力とヴォワチュール・リュミエールを駆使してマキナたちを翻弄した。

 その隙をつくような形で、クーゴとノブレスがマキナたちを倒していく。宙継は浩一と共に、デウスエクスマキナと激しい鍔迫り合いを繰り広げていた。

 

 星屑の渦を突き抜けるような勢いで、アルティメット・クロスの面々は奮戦した。

 人の心が持つ強さを、機械仕掛けの神に示すかのように。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

――まるで、映画やドラマを眺めているみたいな気分だった。

 

 

(これは……?)

 

 

 クーゴの眼前で、沢山の光景が浮かんで消えていく。

 それを、半ば他人事のような気持で眺めていた。

 

 軌道エレベーターの一件で多くの戦力を失ったカタロンはまともな活動を行えなくなった。現状、息を潜めて潜伏するのが関の山らしい。各地に点在していた支部や隠れ家にもオートマトンが突撃したこともあり、特に非戦闘員の面々が安心して休める拠点も少なくなっているようだ。

 『アフリカタワー占拠に関わって弱体化した』という意味では、首謀者が所属していた地球連邦軍も同じだろう。危険分子に対する牽制と見せしめか、或いは先の事件の責任を追及した結果なのか、若しくは効率を良くするための一環か。紆余曲折の末、連邦軍はアロウズの傘下に組み込まれることとなった。

 

 

『これでアロウズの権威は盤石になったな』

 

『今回のような事態が起きてもすぐ対応できるようになるってことだろ? いいこと尽くめじゃん!』

 

 

 軌道エレベーター占拠に居合わせた一般人たちの殆どは、アロウズに協賛している医療団体や部門からのケアやカウンセリング――実際はグランドマザー『テラ』の関連端末による記憶処理――を受けさせられた。今回の事件はアロウズにとって、()()()()()()()()()()()()ためだろう。

 結果、彼や彼女たちは“クーデターを起こした連邦軍人の一派とカタロンのぶつかり合いをアロウズが制圧。後に、クーデターを起こした連中のせいでブレイク・ピラーが発生した際、アロウズが主導になってピラーの破片を破壊した”と認識している。

 メディアにはそれを補強する証言が躍っていたし、その情報を鵜呑みにした無辜の人々がアロウズに感謝の言葉を述べるインタビューの様子が映し出されていた。今、インタビューを受けている人物は『避難列車で無事に危険地帯を脱出することが出来た』と笑っていた。閑話休題。

 

 戦力や地位と権威に影響を受けた2団体に対して、ソレスタルビーイングと悪の組織/スターダスト・トラベラーの場合、戦力には特段大きな変化はない。それなのに、アフリカタワーの一件から時間が過ぎ去っても、両団体は目立った活動を行わなかった。――否、行えない理由があったのだろう。

 

 

『うーん……』

 

『どうしたのリボンズ。難しい顔して』

 

『このデータ、なんか変なんだよ』

 

 

 先に行われた第2回メメントモリ攻略戦――そこで得たテラズ・ナンバー3の情報を分析していたリボンズが、眉間の皴を深くして首を傾げる。

 画面に表示されたデータは、画面の大半が数字で埋め尽くされていた。紫苑の瞳が見ていたのは、僅かに表示される言葉の1つ――『地球の年齢』。

 

 

『現代科学における地球の年齢、通説では“約45億から46億”だろう? だけど、このデータでは“約49億から50億年”ということになってる。約4億から5億の誤差が生じているんだ』

 

『本当だ。……でも待って。どうしてテラズ・ナンバーにこんなデータが保存されてたんだろう? 重要度が高い端末にクソみたいな情報を保存するとは思えないけど……』

 

『だよね。機械は非効率的なものや意味がないものを嫌う。だから、何かしらの意味や理由があるはずなんだ』

 

 

 リボンズとリジェネは首を傾げるながら、他の情報の分析を進めていく。しかし、テラズ・ナンバー3からハッキング出来た情報の多くは、リボンズたちからすれば()()()()()()()()ばかりだったようだ。

 その中でも有益だと思われたのは、『最重要機密情報はテラズ・ナンバー1に保存されている』ことや『テラズ・ナンバー1は、“嘗てグランドマザー『テラ』が安置されていた場所”に安置されている』ことくらいだった。

 

 最も、『テラズ・ナンバー1の座標』や『グランドマザー『テラ』が元々安置されていた場所、及び現在安置されている場所』に関する情報は一切記されてはいなかったけれど。

 

 件の情報はソレスタルビーイングや悪の組織/スターダスト・トラベラー陣営全体に開示されていた。

 だが、情報に込められた意味を精査しきれずにいるのが祟り、持て余し気味になっているという。

 

 

『そういえば、クーゴさんが《視た》虚憶(きょおく)の中には“人類は一度滅びを迎えており、機械(デウスエクスマキナ)邪神(ナイア)の監視と介入によって再建されたウン週目だった”って話がありましたね』

 

『おいおい。それはあくまでも虚憶(きょおく)の話だろ。この世界にはデウスエクスマキナとナイア(どっち)も居ないじゃないか』

 

『そういえば、通説では“植物が誕生したのって大体4億から5億年前頃”なんだっけ?』

 

『待ってくれアレルヤ。何故今そんな話をした?』

 

『因みに、あたしたちが到達した地球(テラ)の再生年月予想も大体それくらいだったね』

 

『貴女も話をややこしくするような発言をしないでくれないか』

 

『……ふ』

 

『刹那も。笑っているなら止めるのを手伝ってくれ』

 

 

 イデアの発言から始まったマイスターの談笑/考察(?)はロックオンの否定で終わるはずだった。だが、アレルヤやベルフトゥーロの発言で変な方向に転がり始める。見るに見かねたティエリアが制止したが、あのまま議論が続いたらどんな話題へ変わっていただろうか。

 

 

『こうなると、テラズ・ナンバー2の在りかを探した方が良さそうですよね……』

 

『ですが、テラズ・ナンバー3にはナンバー2に関する情報は一切入っていないのでしょう?』

 

『何も無けりゃあ“連邦軍の関連施設を虱潰しに”って手段を取るんだろうが、それも今じゃ難しいからな』

 

『今の連邦はアロウズの傘下に組み込まれてるもんね。最近はアロウズの精鋭用の新型MSが出来て、その型落ち機がMDに転用されてるって情報もあるみたい』

 

 

 メメントモリ破壊作戦の際に手を貸してくれた――それ以前から、グランドマザー『テラ』の関連端末探しを買って出ていたカテドラル/チーム・トリニティの面々も、難しい顔で唸っていた。

 アフリカタワーの一件後、“連邦軍がアロウズ傘下になった”という世界情勢の変化が、ガンダムマイスターたちにとって悪い方向に働いたためだろう。

 関連端末がある施設の警備が強化されるということは、“襲撃候補地に目星が付けられる代わりに、数多の戦力が集中している”のと同義なワケだ。激戦必須である。

 

 激戦に見合う成果が出ればいいが、世の中はそう簡単に上手くいかない。経験則上、テラズ・ナンバー系列の端末でなければ()()()()()()は手に入らないだろう。

 最悪の場合、“マザー・○○系列の端末と交戦した結果、戦力に大打撃を受けてしまった”という状況に陥りかねない。下手に動かない方がいいという判断が下されたのは、間違いではないのだ。

 

 ソレスタルビーイングやスターダスト・トレイマーが諸々の事情で攻めの姿勢を取れずにいる中でも、自分なりに攻めの姿勢を取ろうとしている者たちはいる。

 

 

『――スミルノフ少尉が“お父上ごとテロの首謀者を殺害した”ですって!?』

 

『そうだ。()とマリー・パーファシーは、その瞬間をこの目ではっきり見た』

 

 

 驚きの声を上げたのは、栗色の髪を首のあたりでショートボブに切りそろえた東洋人女性だ。性別や年齢などによる印象の変化はあるが、彼女の雰囲気は派遣元が同じ同胞である沙慈とよく似ている。そういえば、クロスロード夫妻はアフリカタワーの占拠時に『姉/義姉の絹江やその戦友たちがアフリカタワーにいる。クーデターに巻き込まれたかもしれない』と心配していたっけ。彼女が夫妻の言っていた姉/義姉の絹江・クロスロードなのか。

 そんな絹江の驚愕に対し、淡々とした調子で――それでも、発言の端々からは強い憤怒と憎悪を滲ませながら――頷き返すのは、マリー・パーファシー……のはずだ。だが、彼女の口調はがらりと変わっている。クーゴの脳裏によぎったのは、4年前の大規模軍事演習――否、旧3大国家によって行われたガンダム鹵獲作戦で顔を会わせたソーマ・ピーリス中尉だ。と言っても、あの頃の彼女と比べると、雰囲気が以前よりも尖っているように思う。

 

 非人道的な実験の被検体だったマリーは、紆余曲折の末、ソーマ・ピーリスという別人格を植え付けられることと引き換えに、ソーマ名義の戸籍や軍人としての身分、そうして自由に動ける肉体を手に入れた。その後ソーマは自分のことを気にかけてくれたセルゲイに心を許し、一時は彼の娘として生きていくことを視野に入れていたらしい。

 ただ、マリーの人格は消えていなかった。同じ境遇で心を通わせたアレルヤとハレルヤ――特に前者――を気にかけ、再開することを夢見ながら、ずっとソーマと共に歩んできた。ソーマと共に、セルゲイの不器用な優しさや誠実さを見つめ続けてきたのである。彼女たちにとってのセルゲイは、信頼できる上官であり、父親の様な存在だったのだろう。

 『セルゲイが殺害された』、『彼を死に追いやったのは、彼の実子であるアンドレイ・スミルノフ少尉である』、『自分はその現場に居合わせた』とソーマは言った。そうして今、この肉体の持ち主であったはずのマリーの心は、暗いところで1人蹲っている。時折、すすり泣きにも思えるようなか細い呼吸が聞こえてくるだけで、一言も発する様子は無かった。

 

 刹那、割り込むかのようにして別の光景が映し出される。そこにいたのは、沈痛そうな面持ちのアスカ夫妻とアレルヤ。

 

 

『今、マリーさんの肉体を動かしている人格はソーマさんで間違いない。マリーさんの意識は、心の奥底で閉じこもってしまっている』

 

『アレルヤくん、言ってたわよね? 『ソーマさんと親しかった軍人さんが、自分の目の前で殺される瞬間を見た』って。……恐らく、人格が入れ替わったのは、そのときのショックによるものでしょうね』

 

『マリーさんの人格が再び表に出てくるには、そのショックから立ち直ることが大前提だろう。ゆっくり時間をかけて、彼女の心を癒していくしかない。……けど、ソーマさんの方にも気にかけてあげて欲しいんだ。親しい人の死に動揺したのは、ソーマさんだって同じだから』

 

 

『ソーマさんが表に出てきたのは、“マリーさんを守る”ことよりも“親しい軍人さんを死に追いやった相手に対して、何かしらの報復をする”ためだ』

 

 

 差し込まれた映像が終わり、絹江とソーマのやり取りが再会される。ソーマから告げられた話を聞いた絹江が反論を試みた。

 

 彼女の脳裏に浮かぶ男性――恐らく彼が、セルゲイの息子なのだろう。穏やかに笑う横顔、軍人としての責務を果たそうとする力強い眼差し、一般市民である絹江を暴漢から庇う果敢な背中、疑念を抱いた張本人たる絹江たちと対話をしようとした実直な心が伺える。

 絹江・クロスロードも弟の沙慈同様、思念増幅師(タイプ・レッド)のミュウだ。彼女が思い浮かべたセルゲイの息子――アンドレイ・スミルノフの姿はすべて、彼女が力と現実を通して見てきた真実なのだろう。彼を心の底から信じられる相手――或いはアロウズの“最後の良心”として見出したからこその反論。

 

 

『待って頂戴! それは何かの間違いじゃないの!? 私はスミルノフ少尉と一緒に行動していたけれど、とても()()()()()をする人間には見えなかったわ!』

 

『事実だ。証拠もあるし証人もいる。あの男はアロウズにとって都合が悪くなった大佐たちを殺したんだ。口封じのために!』

 

『――っ』

 

 

 だが、絹江の言葉はソーマに届かない。むしろ、強い怒気と共に流し込まれたヴィジョン――アンドレイのジンクスが、ハーキュリーのジンクスやセルゲイのティエレンを撃破した――によって叩き潰されそうになっている。

 ソーマが怒りを露わにするのは、アンドレイがセルゲイを手にかけたことだけではないのだろう。断片的に《視えた》のは、アンドレイを気にかけるセルゲイの姿だ。期せずしてアンドレイの同僚となったソーマは、セルゲイへの恩返しの一環としてアンドレイの様子を度々報告していたらしい。

 しかし、アンドレイはセルゲイに対して反抗していた。セルゲイの話題になる度に、悲嘆と憎悪を込めた眼差しで相手を見返した。痛烈な皮肉と嫌悪の言葉を向けたり、場合によってはそっぽを向いてその場から離れていくこともある。複雑な事情があるらしいと察していたソーマであるが、彼の態度にもやもやしていたのは事実だった。

 

 ソーマから見たアンドレイは、父親に対する不信感や憎悪を強く発露していた人間だった。故に、それがセルゲイの殺害に繋がったのだと信じている。

 

 絹江は暫し沈痛な様子でソーマの言葉――或いは、ソーマから流れてきた光景や彼女の憤怒と憎悪を拾い上げていた。

 だが、ややあって、絹江は再び顔を上げる。その眼差しにあるのは、やはり、一時でも傍で見てきたアンドレイ・スミルノフの姿だ。

 

 

『……確かに、私が見てきたスミルノフ少尉は、アンドレイ・スミルノフという人間の一面性でしかなかったのかもしれない』

 

『分かって貰えたようで何よりだ』

 

『でも、それは貴女にも言えることではなくて? ソーマ・ピーリス()()()

 

『――っ!?』

 

 

 絹江・クロスロードはジャーナリスト。真実を追い求めて死地や修羅場に飛び込んだ経験は数知れず。だが、それでも所詮は一般人の非戦闘員だ。戦いに巻き込まれれば、彼女はほぼ無力である。

 対して、ソーマ・ピーリスは元軍人。マリーとアレルヤ関連のアレコレで軍を離れ、暫し彼女の心の奥底で眠っていたというブランクはあるものの、戦うことに関してはプロである。

 

 そんな女性たちが真正面から火花を散らし合っている。どちらも自分の主義主張をひっこめる様子はない。文字通りの互角。

 

 

『地球連邦軍やアロウズ内部には、S.D.体制由来の技術が蔓延しているわ。その中の1つに、思考プログラムと呼ばれる技術がある』

 

『! それは、グラハムの……!』

 

 

 絹江の口から飛び出した単語に刹那が目を剥いた。何せ、彼女の恋人――クーゴの相棒もまた、思考プログラムの被害者筆頭だったから。そんな刹那の様子を見た絹江は頷き返し、ソーマに向き直った。

 

 

『あれを施された人間は、意識の有無問わず、“何かしらの事象をトリガーにして、一定の行動を取るように彫り込まれる”。その行動を果たした後も、施した人間にとって都合のいい扱いを受けることになります。良くて一生、自覚の有無問わず奴らの傀儡。悪ければ、廃人化や自殺、或いは不審死になるよう行動させられた末に処分される』

 

『……まさか、『少尉も思考プログラムが施されている』と?』

 

『可能性は充分にあり得ます。ピーリス元・中尉、貴女もアロウズの非道さを間近で見てきた人間ではないのですか?』

 

 

 バチバチと火花が飛び散る。仲裁しようとしていたクロスロード夫妻であったが、結局2人の間に割り込むことは出来なかったらしい。はらはらとした様子のまま、固唾を飲んで見守っていた。

 暫しの睨み合いの果てに、折れたのはピーリスの方だった。彼女は深くため息をつき、憤怒と憎悪の矛先を収める。納得はしていないが、()()()()()絹江の主張の正当性を認めるに至ったようだ。

 

 

『貴女の言い分にも一理ある。だが、それはあくまでも可能性であり、貴女にとっての希望的観測でしかないことを忘れないように』

 

『存じております。――だからこそ私は、真実を明らかにしてみせます。そのために、私たちのやり方で戦い続ける。だからピーリス中尉も、戦ってください。貴方の恩人を死に追いやったモノが何なのか、本当に倒さなければいけない相手が何なのかを知るために』

 

『……肝に銘じておく』

 

 

 そのやり取りを終えてすぐ、絹江は戦友たちと共に連れ立ってプトレマイオスを後にした。彼女たちはこれからも、命がけで取材活動を続けるのだろう。それは彼女の正義――嘗て心に抱いた英雄(ヒーロー)の姿に応えるためか、若しくは別の理由なのかは分からないけれど。

 ソーマは何か言いたげな顔をして絹江の背中を見つめていたけれど、最終的には彼女に背を向けてその場を立ち去っている。彼女は彼女で、セルゲイを死に追いやったアンドレイに対してアプローチをするため、戦場に飛び出す道を選んだのであろう。

 マリーを戦いから引き離したいと思っていたアレルヤにとっては複雑だろうが、“ソーマの意志を蔑ろにすることがマリーの回復にどのような悪影響が出るか”は未知数だ。故に、『ソーマの意志を尊重してやる』しかないのだろう。そんな彼に対し、ロックオンが声をかけていた。

 

 

(――あ)

 

 

 場面が切り替わる。次に飛び込んできたのは、アロウズの戦艦内部。

 

 

『どうして……どうしてこんなことに……? 私は一体、どうなってしまったんだ……!?』

 

 

 先程絹江とソーマが話題に出していた人物――アンドレイが、途方に暮れたような顔をしてベンチに腰かけている。肩書が中尉になって出世し、表彰されたにも関わらず、だ。今にも泣きだしそうな顔をしているように見えたのは、きっと気のせいではないのだろう。

 こういう時に限って、賑やかにウザ絡みしてくる相手はいない。もっと言えば、そういう相手に遭遇したとしても、アンドレイの口からは無難な言葉しか出てこないのだ。だからみんな『アンドレイは大丈夫』という判断を下してその場を去ってしまう。

 

 

『――キミも、魔道に引きずり込まれたクチか』

 

 

 そんなアンドレイに声をかけたのは、仮面をつけた金髪碧眼の同僚。ライセンサーと呼ばれる独自の権限を持ち、好き放題やっているという厄介者――ミスター・ブシドー。

 アンドレイは何度かブシドーと顔を会わせたことがある。だが、親しいかと問われればNoと返答する程度には距離がある間柄であった。そんな人物から奇妙なことを言われたアンドレイは首を傾げる。

 

 

『魔道に引きずり込まれたとは、どういう……?』

 

 

 そこまで口にして、アンドレイは気づく。それは、アンドレイ自身が疑問に思ったことであり、素直に言葉にしたかった内容だったようだ。

 アンドレイは“自分の行動を否定するような発言”が一切行えなかった。それをしようと口を開けば、別の言葉がすらすらと飛び出してくる。

 周りの人間が『アンドレイは大丈夫』と判断するのも、アンドレイの意図せぬ言葉たちが()()()()()()()()()で纏められていたからだ。

 

 まともに喋れるのは、アンドレイの周辺に誰もいない時だけ。セルゲイとハーキュリーを手にかけて以降はずっとそんな状況が続いていた彼にとって、思ったことを素直に口に出せると言うのは久しぶりだったらしい。酷く驚いた様子で目を丸くしていた。

 

 ブシドーはアンドレイの許可を得て彼の隣に座る。軌道エレベーター占拠からのピラーの破片を破壊した一件で彼とは顔を会わせたけれど、そのときよりも疲労感や苦痛が色濃く滲み出ていた。

 嘗ては意志と矜持でぎらついていた深緑の瞳は淀んで暗い。諦めで満たされながらも、奥底では捨てきれなかった願望(ねがい)と祈りを燃やしている。最期まで足掻き抜こうとしていた。

 

 

『私には、思考プログラムと呼ばれる技術が施されている。……恐らくは、貴殿にも』

 

 

 その言葉を皮切りに、ブシドーは淡々とした口調で思考プログラムの全貌をアンドレイに話し始めた。それを聞いたアンドレイの顔から血の気が引いていく。

 

 思考プログラムの概要もそうだが、“件の技術が連邦軍・アロウズ内部で当たり前のように蔓延している”ことや“一度それを施されたら、何をきっかけにして再び思考プログラムが作動するか分からない”という点が、余計に『詰み』であることを突き付けてくるのであろう。

 アロウズから逃げ出して他の団体に助けを求めることも、軍を辞して一般人に戻ったとしても、何らかの拍子で思考プログラムが発動してしまえば、周囲にどれ程の被害を齎すのか。そうしておそらく、その被害や犠牲は全て“アロウズにとって都合がいいもの”となる。

 

 

『そんな……! 私が軍人になったのは、両親の『市民を守る』姿に憧れたからなのに……! なのに、こんな……軍人の風上にも――……っ!』

 

『……キミが何を思おうが、奴らには“どうでもいい”のだろうな。実際、思考プログラムが施された我々は、最早どこにも行けやしない』

 

 

 真っ暗な目を伏せながらそう語ったブシドーであるが、彼はすぐに顔を上げた。

 諦念の色は、足掻き抜こうとする意志によって塗り替えられる。

 瞳に光はなくとも、彼の心はまだ折れていない。――きっと、誰も侵すことはできないだろう。

 

 

『――だとしても』

 

 

 ブシドーの脳裏に浮かぶのは、彼が守りたいと願った人々。年の離れた親友、嘗ての部下たち、そうして――奴が焦がれてやまないガンダムと、その機体を駆る最愛の女性。

 

 

『そうだったとしても、まだ出来ることはある。世界の歪みを食い止めるために戦い続ける誰かのために、悲劇を終わらせたいと願って行動する誰かのために。その一助になるくらいのことは出来ると、私は信じている』

 

『ミスター・ブシドー……』

 

『自分の末路が()()()()()()ことは、とうに覚悟の上だ。けれど、私の中で息づく天使の姿は、まだ死んでいない。奪われても、失われてもいない。――貴殿も、そうなのだろう?』

 

 

 ブシドーの中で生き続ける英雄は、鮮烈な一目惚れをキメた天使たち――刹那と彼女が駆る愛機(ガンダム)。4年前からずっと、奴は“天使の好敵手として相応しい存在でいたい”という決意を抱いて走り続けている。それは、蒼海の傀儡にされ、何もかもを踏み躙られた後も変わらなかった。

 彼の言葉に感化されたのか、アンドレイは息を飲む。彼が思い浮かべた英雄は、今は亡き両親――セルゲイとホリー――と、短い間であるが行動を共にしていた女神――絹江・クロスロードとその仲間たちだ。アンドレイは手に持っていた折り鶴のチャームに視線を向け、祈るようにしてそれを握りしめる。

 地獄のど真ん中にいて、前にも後ろにも進めない。それでも、ブシドーとアンドレイは諦めていなかった。今も何処かで戦う大切な人たちの力になろうと、或いは、その人たちが信じてくれた自分であろうと、最後まで足掻き抜く決意を抱いて前を向く。2人は何も言わずに頷き合った。

 

 丁度そのタイミングで、ブシドーの端末が鳴り響く。端末画面に映し出された名前は刃金蒼海。

 彼は蒼海と一言二言短い会話を交わした後、端末をしまって立ち上がる。

 

 その際、ブシドーは改めてアンドレイに向き直った。

 

 

『キミと話せてよかった。……キミにとっても、これが何かしらの一助になればいいと思っている』

 

『――私もです』

 

 

 それを最後に、ブシドーはその場を立ち去った。その背中を見つめていたアンドレイは、再び折り鶴のチャームに視線を向ける。心なしか、チャームが赤く輝いたように見えた。

 

 

(――!)

 

 

 直後、全ての映像が消えた。世界が一瞬で塗り替わる。

 クーゴはいつの間にか、見知った場所に立っていた。

 

 

(……俺の、実家?)

 

 

 眼前に広がる邸宅は、クーゴ・ハガネが幼少期を過ごした京都の実家。ユニオン軍の軍人になるために飛び出してからは、いつぞやのオフ会――グラハムの誕生日を祝うための旅行――でしか立ち寄らなかった場所だ。以降はずっと帰っていない。

 心なしか、眼前に広がる景色の色彩が色褪せているように見える。例えるなら、セピア調の写真を見ているような感じだろうか。訳も分からず突っ立っていたとき、視界の端で見覚えのある姿がちらつく。――無地の着物を身に纏った、赤いリボンの女の子。

 クーゴが思わず声を上げた瞬間、女の子はびくりと肩を竦ませて振り返った。彼女は顔を真っ青にした後、逃げるようにして駆けだす。元から着物――特に女性用――は走るのに向いていないはずなのに、その逃げ足はまるで韋駄天の如し。それでも、クーゴは思わず彼女の背中を追いかける。

 

 家の中に飛び込んで、玄関に靴を脱ぎ散らかしたまま駆け出した。

 

 走って、走って、走って、走って――その果てに、クーゴは少女を見失う。辿り着いたのは、物々しい掛け軸が飾られた和式の大広間。

 ずきりと頭が痛む。一瞬ちらついたのは、幼い頃の記憶の断片。嬉しそうに笑う両親と、少女だった頃の姉――刃金蒼海の姿だ。

 

 

『2人とも、14歳の誕生日おめでとう』

 

『“てんしさま”に祝福して貰うのよ。これからの2人の未来が、明るいものでありますように』

 

 

 クーゴと蒼海の手を引く櫻花は、穏やかな微笑を湛えていた。父もまた、掛け軸に歩み寄る。慣れた手つきで掛け軸が外れて――そこから先は思い出せない。

 

 多分、その光景に導かれたのだと思う。クーゴはゆっくりと掛け軸に視線を向けた。

 先の記憶に意味があるとするなら、それが本当だったとするなら、あの向こう側に何かあるはずなのだ。

 

 

「……“メメントモリ攻略戦が終わってから考える”ってことで、保留にしてたんだっけ」

 

 

 つい最近の出来事――メメントモリの破壊作戦から始まり、2基目のメメントモリ破壊作戦からぶっ続けとなったピラーの破壊作業を思い返す。成すべきことが次から次へと押しかけていたせいで、クーゴの中に引っかかっていたアレコレは二の次三の次になってしまっていた。

 

 

(――向き合わなきゃいけないって、決意してたはずなのに)

 

 

 忙しさに振り回されて、忘れかけていた。自分の馬鹿さ加減に苦笑しつつ、想いを巡らせる。

 ブライティクスが活躍した虚憶(きょおく)で、元一朗と九十九が語っていた言葉を思い出す。

 あの日胸に抱いた、クーゴだけの英雄(ヒーロー)。今でもずっと心の中で生き続ける、大切な理想が。

 

 クーゴにも、いたのだ。虚憶(きょおく)の中で『空で待つ』と笑っていたグラハムたちが。

 

 だけど、虚憶(それ)だけではなかった。虚憶(それ)だけが、クーゴが胸の奥で思い描いた英雄(ヒーロー)ではなかった。

 ()()()()()()()。――()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『くーちゃん、大丈夫? 苦しくない?』

 

 

 心配そうにこちらを見つめる片割れは、『ちょっとまってね』と言って何かを持ってきた。

 

 彼女がテーブルの上に置いたのは、美味しそうな匂いと湯気を漂わせるおかゆだった。こんもりと盛り上げられたしらすと小ネギ、卵と出汁の香りが鼻をくすぐる。

 少年は体を起こそうとしたが、片割れは『大丈夫! 食べさせてあげる!』と主張した。何回もこうやって倒れる自分の看病をしてくれていたためか、彼女の介抱は様になっていた。

 そのため、片割れは寝込んでいる少年がどんなものなら食べることができるかも、どんなペースで食べるかも、少年以上に把握している。

 

 

『――美味しい』

 

『そっかぁ! 良かったぁ』

 

 

 少年の感想と笑顔を見た片割れは、ぱあっと表情を輝かせた。

 彼女は嬉しそうに表情をほころばせる。

 

 

『『美味しいごはんは心と体を元気にしてくれる』んだって! だからあたし頑張ったの! くーちゃんに元気になってほしいもん!』

 

『じゃあ、すぐに元気になるね。あおちゃんの料理はみんな美味しいもん』

 

『ありがとう! くーちゃんがはやく元気になれるように、もっと美味しいお料理いっぱい作るからね!!』

 

 

 少年の言葉を聞いた少女は満面の笑みを浮かべた。『くーちゃんが食べたいもの、なんでも作ってあげる!』と胸を張って。

 

 片割れが笑ってくれたのが嬉しくて、自分のために頑張ってくれるのが嬉しくて、そうさせてしまう自分の弱さが歯がゆくて、視界が滲む。

 彼女は『大丈夫だからね、くーちゃん』と声をかけてくれた。不甲斐ない自分はこくこくと頷き返すので精一杯。何も返すことはできなかった。

 

 

『ねえ、あおちゃん』

 

『なあに?』

 

『だいすき』

 

『――あたしもよ、くーちゃん!』

 

 

 だから代わりに、ありったけの想いを伝える。

 片割れの少女もまた、同じものを返してくれた。

 こうやって心を通わせて、笑い合っていたのだ。

 

 

 

 ――()()()()()()()()?

 

 

 

『お前なんかいなければよかったのに』

 

 

 憎悪に塗れた眼差しに射抜かれる。

 

 

『お前が早く死んでくれれば、アタシは幸せになれるのに』

 

 

 鋭利な言葉に射抜かれる。

 

 

『なんでアタシばかりが、こんな惨めな思いをしなきゃいけないの』

 

 

 悲痛な叫びに責められる。

 

 

『あおちゃ――』

 

『そんな風にアタシを呼ばないでよ。気持ち悪い!!』

 

 

 伸ばした手は振り払われて、侮蔑の眼差しを向けられた。

 

 そうだ。少年はずっと、片割れと仲が悪かった。少年は片割れのことを案じていたけれど、片割れにとってそれは屈辱でしかなかったのだ。

 少年は昔から、人よりも多くのことができた。『体さえ弱くなければ』と残念がられ、将来を嘱望される程度には。

 だから片割れたる姉は蔑ろにされた。彼女がいくら成果を出しても、クーゴの成果にあっさりと塗り替えられてしまう。それ故に、誰も片割れを認めなかった。

 

 自分が何を言っても、周りは変わらない。変えることができないまま。

 だから片割れは歪んでいった。攻撃的な気質を強くしていった。

 

 そうして今に至るのだ。

 

 

 

 ――()()()()()()()()?

 

 

 ――()()()()()()()()?

 

 

 

<――忘れてて、いいんだよ?>

 

 

 不意に、《聲》が《聴こえた》。か細い少女のものだった。

 覚えがある(覚えのない)――覚えのない(覚えがある)、誰かの。

 

 

<――忘却は罪じゃない。生きるためには必要なことだもの>

 

 

 とても優しい《聲》だった。

 知らない(懐かしい)懐かしい(知らない)、誰かの。

 

 

<――キミには、つらい思いをして欲しくないよ>

 

 

 とても優しい《聲》だった。

 知らない(懐かしい)懐かしい(知らない)、誰かの。

 

 

<――知らないままでいたって、忘れてしまったって、生きていけることは、沢山あるんだからさ>

 

 

 小さな手が、目を覆う。青い光が舞い上がる。

 

 それが“あの子”の善意なのだと《理解し(わかっ)ていた》。

 それが“あの子”の祈りなのだと《理解し(わかっ)ていた》。

 それが“あの子”の望みなのだと《理解し(わかっ)ていた》。

 

 

「知らないままでいていいとは思えない」

 

 

 ――だけど。

 

 

「忘れたくなんかなかった」

 

 

 ――それでも。

 

 

「たとえそれが、どれ程残酷な結末を迎えようとも、俺は――」

 

 

 目隠しを振りほどいて、青い光を青い光で打ち払って、必死になって目を凝らす。

 

 自分の前に立ちはだかった少女の姿は、あの日の姉と瓜二つ。脳裏によぎるのは、いつかどこかで見た光景だった。

 迫る悪意から守り抜いてくれた少女のことを、自分は見ていることしかできなかった。

 胸の奥底を搔きむしるような衝動に駆られて、手を伸ばす。相変わらず、この手は彼女に届かない。

 

 

「……忘れたくなんかなかったんだ。何1つとも、忘れたくなんかなかったんだよ! ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 真っすぐに、彼女の姿を見つめる。14歳の姉の姿をした女の子と向かい合う。女の子は目を大きく見開いた後、思わずと言った調子で目を伏せた。躊躇いがちに視線を彷徨わせる。

 ややあって、少女はおずおずとクーゴを見上げた。泣き出してしまいそうな顔をしているのに、彼女の眼差しはクーゴのことを慮っている。……()()()()()()()()()()()()()

 

 

<……キミ、大きくなったんだね>

 

「当たり前だろう。今年でもう32だぞ」

 

<知ってる。勿論、馬鹿にするような意図はないよ。感慨深く思ったのと、ちょっと寂しいなって感じただけ>

 

 

 少女は悲しそうに笑った後、掛け軸の方に視線を向ける。14歳の誕生日、両親が双子を誘った――その入り口があると思しき場所へ。

 

 

<今ならまだ、知らないふりできるよ?>

 

「……もういいよ。充分過ぎる程守って貰ったから」

 

<そっかあ。――本当に、立派になったんだね>

 

「身長は180cm越えなかったし、同期の中では細い方だって言われるし、撃墜されたせいで友人にトラウマ背負わせたし、今だってずっと迷走してるのに?」

 

<当たり前でしょ! くーちゃんはずっと頑張ってるんだから! ずっと傍で見てきたもの!!>

 

 

 満面の笑みを浮かべていた少女だけれど、その表情が急に陰る。

 元気と勢いを失った少女は、とてもか細い声で小さく零した。

 

 

<……だからあたし、我慢しようと思ったの。我慢できるって思ったの。本当のこと知ったら、くーちゃん泣いちゃうもの>

 

「そっか」

 

<……でも、ずるい。くーちゃんがあんなこと言ったせいで、思い出しちゃった>

 

「何を?」

 

<……本当は、あたし、()()()()()()()()()()

 

 

 覆水盆に返らず。壊れてしまったハンプディ・ダンプティが元通りにならないように、一度零してしまった弱音はなかったことにはできやしない。堰を切ったように零れるのは、少女の本音。

 

 

<あたしのこと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 少女が手をかざすと青い光が瞬く。次の瞬間、掛け軸が外れて床に転がった。眼前に広がったのは――物々しい空気を放つ鉄製の扉。

 似たような形状の扉を見たことがある。『Toward the Terra』の人類篇の挿絵――ステーションE-1077内部にあった、フロア001へ繋がるための扉と瓜二つだ。

 扉がゆっくりと開かれていく。クーゴが扉へ向かって歩み出した直後、少女はこちらに《聲》をかけた。振り返ったクーゴへ、彼女は言う。

 

 

<――先に行ってるよ。来なくても怒らないから、大丈夫>

 

「――待ってて。必ず行くから」

 

<……わかった>

 

 

 クーゴが胸を張って返答すれば、少女は小さく頷いた。青い光が解けるようにして彼女の姿が掻き消えた。それを見送った後、クーゴは改めて扉へ向き直る。堅牢で頑丈だと思われたソレは、クーゴが真正面に立った瞬間、当たり前のように開かれた。扉の向こうには階段が広がっている。それを下った先には、踊り場とエレベーターがあった。

 『Toward the Terra』の下巻に出てきたグランドマザーの元へ向かうためのエレベーターと瓜二つのデザインと構造をしている。頭痛を伴うような形で脳裏を過ったのは、14歳の誕生日。母に手を引かれ、父に先導された先で、クーゴはこれと同じ景色を目の当たりにしていた。()()()()()()()2()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――では、どうして、ここに踏み込む以前はこの景色を覚えていなかったのか。

 

 その答えも、きっとこの先にあるのだろう。

 クーゴはエレベーターの呼び出しボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

『グランドマザー『テラ』に選ばれたということは、とても光栄なことなのよ』

 

『おまえはグランドマザー『テラ』の代行者――【無垢なる者】として、この世界を管理していく役目を担うんだ』

 

 

 そう言った両親は、不気味な笑みを浮かべていた。血の通った表情ではなく、まるで機械と見間違える程に無機質な表情。

 それに異を唱える自分の言葉なんて全く聞いてくれない。この場にいる大人たちはみんなそうだった。

 

 彼/彼女らの様子がおかしいことには気づいていた。だって、いつもはこんな、血の通っていない無機質な表情(かお)なんてしない。負の感情を見ることの方が多かったけど、みんな血の通った表情を見せる人だったし、顔や声を聞けば感情を察することができた。

 

 昨日まで、何もおかしなことはなかった。おかしくなったのは今朝からだ。正確には、自分と片割れの誕生日。

 虚憶(きょおく)に出てきた男の人から『友』と呼ばれて、虚憶(きょおく)に出てきた女の人から『大好き』だと言われて、14歳の誕生祝いに片割れから青い蛇の目傘を貰った、幸せな日だったのに――!

 

 

『あんなくだらない妄想と引き換えに、お前が元気になってくれるなら安いものだよ』

 

『グランドマザー『テラ』からの祝福を受けて、刃金の当主に相応しい人間になるんだ』

 

『お前はそのために生まれてきた。そうして、そのために生きていくんだ』

 

 

 大人たちの言葉に思わず目を剥く。

 

 自分にとっての虚憶(きょおく)は、心を奮い立たせる大切なものだった。『生きたい』という願いを抱いた大事な理由だった。生きる希望を抱かせてくれた、鮮やかで鮮烈な旅路の物語だった。『空で会おう』という大切な約束を果たすために、自分は今まで頑張って来た。

 多くの大人たちが『長生きできない』と諦めたように零している中、唯一、自分の願いを肯定してくれた片割れ以外で心の支えになっていた希望だった。――それを、大人たちは『くだらない』の一言で切り捨てる。自分の願いを踏み躙り、撃ち落とそうとするのだ。

 嫌がって暴れる自分を無理やり引きずって、大人たちは自分を祭壇まで連れていく。四肢を拘束され、頭を一点に固定される。眼前に浮かび上がったのは、大人たちが“てんしさま”と呼んで崇め讃える存在の端末――マスコットのような楕円形の体に、聖母の彫像を思わせるような顔を持ったナニカの姿。

 

 今ならわかる。あれは『Toward the Terra』に出てきたグランドマザーの子機端末――テラズ・ナンバー。

 ノイズ塗れだった記憶がクリアになる。胸部に記されていた数字の番号は――『1』。

 

 

『テラズ・ナンバー1。後は、いつも通りに』

 

 

 あの異形のことを、大人たちは確かにテラズ・ナンバー1と(そう)呼んだ。

 

 

『成人検査を始めます』

 

『一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間――代行者として、“地球(テラ)”の上に生まれ落ちるのです』

 

 

 ナニカ――テラズ・ナンバー1は平坦な声で言い放った。無数の腕が自分に絡みついてくる錯覚――錯覚にしては、どこかリアルさを伴う感覚(モノ)だった――に、自分の逃げ場がないことを思い知らされる。全天に展開したモニターには、少年が今まで生きてきた記憶の光景や、大事にしていた虚憶(きょおく)の光景が広がっていた。テラズ・ナンバー1の宣言と共に、それらの光景にノイズが走った。

 激しい頭痛。痛みに呻いた少年は、夢か現か、無数の手が自分の目を覆い始める光景を目の当たりにした。完全に光が見えなくなってしまったら――モニターに映る記憶映像が全て消されてしまって――再びこの手が視界を解放したら、きっともう、自分は“この世界”から完全に消え失せてしまうのだろう。何せ、成人検査は()()()()()()だから。

 

 

『さあ、行こうか。フラッグファイター――いいや、■■■■■■ズ隊、副隊長』

 

『キミが空を目指すなら、我々は必ず相見えるだろう。……空で待っているぞ、我が友よ!』

 

 

 金髪碧眼の男性の顔がよぎる。

 自分を友と呼び、快活に笑った彼との虚憶(きょおく)を奪われたくない。

 自分はその約束を果たしたいと願ったから、頑張ってきたのだ。

 

 

『――大好きです』

 

『ずっと、ずーっと、貴方に伝えたかった!』

 

 

 ペールグリーンの髪をハーフトップに束ねた女性の姿がよぎる。

 こんな自分を『大好き』だと言って、幸せそうに微笑んだ彼女との虚憶(きょおく)を奪われたくない。

 彼女の言葉に背中を押されたから、“生きたい”という願いを素直に掲げられるようになったのだ。

 

 

『たとえ、今、お前/貴方/キミの傍にいなくとも』

『――それでも、僕/俺/私/あたしたちは“ここ”にいるから』

 

 

 『だから忘れないで』と言って笑った人々の姿がよぎる。

 彼/彼女が強大な敵に立ち向かう姿に、勇気を貰った。希望を貰った。背中を押された。

 彼/彼女と共に戦い抜いた虚憶(きょおく)を奪われたくない。

 

 虚憶(きょおく)でしかないのかもしれないけれど、彼/彼女たちと一緒に過ごした時間はかけがえのないものだったから。

 

 視界が手で覆われていく。比例するように、視界がどんどん暗くなっていく。

 あっという間に、自分の視界は一筋の光が差し込むまでに狭まり、闇に飲まれていた。

 

 

『だれか、たすけて』

 

 

 ――助けを求める声を上げたのは、誰だった?

 

 

『代わりに、あたしを連れて行って』

 

 

 ――その声に応えたのは、誰だった?

 

 その光景の意味など、クーゴは知っている(知らない)。――よく、知らない(知っている)

 肩まで伸ばした黒髪をサイドテールに結んで、真っ赤なリボンを付け、シンプルな無地の着物を着た女の子。

 年齢は14歳。あの日の自分と同じ年齢だ。どうして断定できるのかって? 当たり前だろう。彼女は自分の片割れなのだから。

 

 

『弟を連れて行かないで』

 

 

 彼女を見ていると、胸が潰れるように痛む。手を伸ばしたくなる。『あの日()()()()()()()()()()()()()()()()』と叫びたかった。

 実際、テラズ・ナンバー1/グランドマザー『テラ』が名指ししたのは少年だった。助けを求めさえしなければ、きっと片割れは、()()()()()()()に成り果ててしまうことはなかったはず。

 

 そんなことを言っても彼女は聞き入れてくれるはずがないと《理解(わか)っている》のに。

 

 

『代わりに、あたしを連れて行って』

 

 

 ――そうだ。

 

 何一つ、奪われたくなかった。何一つ、譲りたくなんか無かった。けれど、自分の願いを叶えるには、1()4()()()()()()()()()()()()()クーゴは無力過ぎた。

 だから『持っていかれてしまった』のだ。忌まわしき機械の端末と、機械の端末に連れられて行った少女の手によって。

 

 

『大丈夫。お姉ちゃんが、守ってあげる』

 

 

 本当は、忘れたくも、離れたくもなかったのに。

 

 

「――――!」

 

<――だって>

 

 

 自分の叫びに呼応するかのように、誰かの想いが流れ込んでくる。

 

 

<――だって本当のこと言ったら、くーちゃん泣いちゃうでしょう?>

 

 

 

 

 

 

 ささやかな見ないふりを繰り返した結果の産物なのだと思う。

 家族や世界のおかしさから目を逸らし続けた結果なのだと思う。

 

 ――だとしても。

 

 ――本当は、忘れたくも、離れたくもなかったのだ。

 

 

 

***

 

 

 

 子どもの泣き声が響いている。双子として生まれた自分の半身。

 泣いているのは男の子。自分よりも後に生まれた、可愛い可愛い弟だ。

 

 

「いやだ、いやだよ」

 

 

 弟は選ばれた。グランドマザー『テラ』の代弁者に。それが嫌で、泣いていた。

 

 弟を選んだグランドマザー『テラ』は、それを名誉なことだという。機械の代弁者になれば、弟は元気になれるという。外を駆け回ることもできるし、病気で寝込むこともないし、空へ行きたいという夢だって叶うんだ、と。

 「そのためには、弟が大切にしている虚憶(きょおく)を全部忘れさせる必要がある」とテラズ・ナンバー1は言った。弟は、虚憶(きょおく)を忘れたくないと泣いている。彼がその虚憶(きょおく)を大切にしていたことは、ずっと見てきたから知っていた。

 嫌がる弟を、テラズ・ナンバー1はむりやり代行者にしようとした。成人検査を決行し、全ての記憶と虚憶(きょおく)を消し去ろうとした。弟は必死になって抵抗する。吹けば飛ぶような頼りない体は、あっという間にテラズ・ナンバー1に拘束されてしまった。鳥の翼をへし折るが如く、テラズ・ナンバー1は記憶処理を始める。

 

 

「だれか、たすけて」

 

 

 弟のか細い悲鳴に、少女は飛び出した。テラズ・ナンバー1と弟の間に割って入る。

 弟を庇うようにして立った少女は、テラズ・ナンバー1を見上げた。

 

 

「弟を連れて行かないで」

 

 

 少女は、テラズ・ナンバー1から視線を逸らすことなく告げた。

 

 

「代わりに、あたしを連れて行って」

 

 

 姉の言葉に、弟は大きく目を見開いた。情けない声で自分の名前を呼ぶ弟に、姉は満面の笑みを浮かべて見せる。

 

 

「大丈夫。お姉ちゃんが、守ってあげる」

 

 

 弟に笑いかけた後で、少女はテラズ・ナンバー1に向き直った。テラズ・ナンバー1はしばらく少女を見下ろしていたが、妥協することにしたらしい。

 弟にかざしていた手を引っ込めて、少女を招き入れた。少女は躊躇うことなくそれに従う。テラズ・ナンバー1は祝福するかのように、少女へ照準を定める。

 少女は逃げなかった。ただまっすぐに、その祝福を――成人検査を受け入れた。それが何を意味しているか、知ったうえで――覚悟したうえで。

 

 

 

 

 

 

 彼女のことを、自分は知っていた。

 ずっと、知っていたはずなのだ。

 

 ――彼女もまた、クーゴにとっては“心の中で燃え続ける英雄(ヒーロー)”の1人だったのだから。

 

 

「――あおちゃん!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「――痛ッッッだ!!」

 

「うわあああああ!?」

 

 

 勢いよく跳ね起きた瞬間、何かにぶち当たったらしい。痛みにのたうち回ろうとしたが、そこで更に足や腕をどこかにぶつけてしまって余計に呻いた。自分のうめき声に紛れるような形で誰かが悲鳴を上げたような気がした直後、体の可動域を制限していた何か――頭や足や腕をぶつけた原因が消え去る。

 痛みに慣れてきた――或いは、痛みが治まって来たのを感じ、クーゴは恐る恐る目を開けて構えを解く。部屋の景色には覚えがあった。プトレマイオスの医療フロアで、クーゴが横たわっていたのは蓋が解除されたカプセル/寝台の上である。それを視認したクーゴは、改めて勢いよく跳ね起きた。

 

 クーゴの動きに気づいたのか、医療フロアの主・アスカ夫妻が声をかけてきた。

 

 

「ああ良かった! 目が覚めたんですね!」

 

「あの後ずっと眠り続けていたので心配していたんですよ!」

 

「ブリーフィングの真っ最中だろうけど、急いで伝えないと――」

 

「ブリーフィング!? 何か、作戦でも決まったんですか!?」

 

「厳密に言えば、“作戦を行うための下準備”みたいな感じかな」

 

 

 思わずクーゴが問いかければ、それに答えたのはユウイだ。カリナは慌てた様子で何処か――十中八九、ブリーフィング中の仲間たちだろう――へ連絡を取り始める。そのやり取りをBGMにして、クーゴはユウイの説明に耳を傾けた。

 

 クーゴが眠っている間に、アフリカタワー占拠から軌道エレベーター崩壊未遂までの一連の事件は事実上収束し落ち着き始めた。メメントモリ攻略作戦で戦い、ハッキングに成功したテラズ・ナンバー3の情報の解析も大方終了したという。ここまでは順調であった。

 だが、テラズ・ナンバー3から入手したデータは、あまりにも不可解な内容が多すぎた。まともに使えそうな情報は『最重要機密情報はテラズ・ナンバー1に保存されている』ことや『テラズ・ナンバー1は、“嘗てグランドマザー『テラ』が安置されていた場所”に安置されている』こと程度。

 重要事項だった『テラズ・ナンバー1の座標』や『グランドマザー『テラ』が元々安置されていた場所、及び現在安置されている場所』に関する情報は手に入らずじまい。そのため、今後の方針――情報収集のために連邦の関連施設に強襲を仕掛けるか、活動を活発化させ始めたアロウズに武力介入を仕掛けるかの話し合いを行っていたらしい。

 

 面々が情報源として探しているのは、更に上位、且つ、テラズ・ナンバー1に近しいであろう子機端末――テラズ・ナンバー2。

 だが、テラズ・ナンバー3からはテラズ・ナンバー2に関する情報が一切手に入らなかったこともあり、探し場所の目途が立っていない。

 

 

「……眠っていたときに《視た》ときと、状況は変わってないのか……」

 

「えっ? あ、待って! どこへ行くんだ!?」

 

 

 ユウイから得た情報は、クーゴが眠っているときに《視た》光景とほぼ同一。恐らく、そこから状況は進展していないのだろう。欲しい情報は手に入ったので、近くにかけられていた上着へ手を伸ばした。

 上着を羽織りつつ、廊下を駆ける。ユウイに呼び止められたような気がしたが、そんなことどうでもよくなるくらい焦っていた。ブリーフィング中なら丁度いい。役に立つか否かは分からないが、何もしないよりはマシだと思ったのだ。

 

 ブリーフィングルームに雪崩れ込むようにして飛び込めば、この場にいた一同――プトレマイオスのクルーや派遣された面々と居候組、画面の向こうにはカテドラルやスターダスト・トラベラーの隊長やクルー、及び第1幹部(リボンズ)その秘書役(リジェネ)――がクーゴに視線を向けてきた。

 

 視線の集中砲火を受けながらも、クーゴは口を開く。全力疾走して転がり込んできたせいか、荒い呼吸の影響もあって多少どもってしまう。

 この住所を唱えるのは久しぶりだ。実家を出てアメリカ国籍を取得してからは、もうずっと使っていない。だけれど、クーゴの口は確かにその住所を言い切った。

 いきなり住所――しかも、日本の京都にある一般的なモノだ――を諳んじたクーゴに対し、仲間たちが疑念の目を向けてくる。

 

 

「うちの実家! ……っ、実家の地下室……!」

 

「そ、それが、何か……? と、とにかく、まずは落ち着いて頂戴」

 

 

 いきなり実家の住所を連呼したクーゴに対し、スメラギが何とも言えない顔をして問いかけてきた。とりあえず、クーゴは呼吸を整える。そうして――感情の赴くまま、口を開いた。

 

 

「――あそこにあったんだ! あそこで俺は、テラズ・ナンバー1から成人検査を受けたんだよ!!」 

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。

 

 




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