問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



30.シンソウ

 

 テラズ・ナンバー3をハッキングして手に入れた情報を精査した結果、まともな情報がなくて袋小路に陥ってしまってから暫くして。

 

 

『うちの実家! ……っ、実家の地下室……!』

 

『――あそこにあったんだ! あそこで俺は、テラズ・ナンバー1から成人検査を受けたんだよ!!』

 

 

 ミハタテンサイの使い過ぎで眠り続けていたクーゴ・ハガネが、起き抜けに唐突なことを言い出した。

 

 

 

*

 

 

 

「行かせてよかったの?」

 

「現状、それしか手がかりが無いからね」

 

 

 リジェネからの問いかけに、ベルフトゥーロは頷いた。思えば、母艦兼本社のザナドゥに戻って来たのはミュウ換算で()()()()ぶりである。

 ここ最近――ソレスタルビーイングがオーライザーを受領しにラグランジュ3を訪れてから、ブレイク・ピラーに直面した――はずっと、プトレマイオスにいたのだ。

 “降りるタイミングを失っていた”というのも事実だし、“見たい光景(もの)があった”というのも本当の話。実際、何重の意味で望んだ光景(もの)は見れたので満足だ。

 

 ブレイク・ピラーが起きて以降、攻勢に出るための下準備――上位のテラズ・ナンバー端末の捜索及びハッキングは暗礁に乗り上げてしまった。テラズ・ナンバー3から手に入れた情報には、テラズ・ナンバー系の上位端末の詳細な位置情報が遺されていなかったためである。

 有意義だと思われる情報(もの)は『最重要機密情報はテラズ・ナンバー1に保存されている』ことや『テラズ・ナンバー1は、“嘗てグランドマザー『テラ』が安置されていた場所”に安置されている』ことくらいだ。文字通り『詰み』に近い状況だろう。

 

 

「アロウズや連邦の関連施設で『直近で警備や武力が手厚くなった箇所』を虱潰しに襲うって手もあるけれど、成果が手間と労力に見合わなさそうなのよ」

 

<ライセンサーたちの機体が新調され、型落ちしたMSがMDに転用されているようですからね>

 

ソレスタルビーイング(あの子たち)ソレスタルビーイング(あの子)たちで、武力統制を推し進めるアロウズに対して介入しようとしてる。それに情報収集のための施設強襲まで任せてしまったら、ジリ貧通り越してガス欠になっちゃうわよ。それは避けなきゃ」

 

<クーゴ・ハガネ、イデア・クピディターズ、刃金宙継、ハーメス・マーキュリーを欠いた状態は『ジリ貧通り越してガス欠』ではないと?>

 

「その分、ヒリングやリヴァイヴらの再派遣と機体の改良、アニュー専用支援機のロールアウト、初代ロックオン・ストラトスの復帰前倒しが決まったんだからセーフだよセーフ。僕専用の機体も完成したしね」

 

 

 ベルフトゥーロとアプロディアの会話に割り込んできたのは、自分用の新型ガンダムを戦線に投入する目途が立ってウキウキ気分のリボンズである。

 

 リジェネが“6人の仲間探し”で手に入れた1.5(アイズ)ガンダムのデータを組み込んで色々やった結果、第1幹部たちの機体の改良や新型機の開発へと繋がった。()()()()の機体に乗ってブレイク・ピラーに乱入してきた姿を見たときは大層驚いたが、1.5(アイズ)ガンダムのコンセプトは『イノベイドによる武力介入を効率よく成すための機体』。リボンズたちと相性がいいのは当然と言える。

 1.5(アイズ)ガンダム――或いはその発展元となった1(アイ)ガンダムは、元々コーナー一派たちのコンセプト――“ガンダムマイスターをイノベイドオンリーにし、『彼や彼女らに世界を統一させる』という目的を成就させ、最後は使い潰す”――を基にして設計開発され、リボンズやベルフトゥーロら第1世代マイスターから怒髪天を喰らったことで開発中止に追い込まれた機体群を下地にして生み出されたものだ。

 

 

『世の中、何がどう影響して、どんな方向に転がっていくか分かったもんじゃありませんね』

 

 

 1.5(アイズ)ガンダムのデータを解析し、その上で第1幹部たちの機体の改良に手を貸していたノブレスの言葉が脳裏を過る。初代ライヒヴァインと因縁深い連中の遺物が巡り巡って“奴らが使い潰そうと画策したイノベイドの筆頭たるリボンズたちの利益になる”だなんて、誰も予想していなかったから。

 

 

『待て待て待て! 幾らこっちがジリ貧とはいえ、お前が前線に出る必要はないだろ!?』

 

『私だってライルの手助けがしたいの! それっていけないこと!?』

 

『ねえねえロックオン。マリーが塞ぎ込んでピーリスが戦線復帰することになったとき、キミが僕に何を言ったか覚えてる?』

 

『アレルヤ。お前、本当は滅茶苦茶怒ってるな? そうなんだな??』

 

 

 尚、アニューの支援機の話題が出てきたとき、ちょっとした騒ぎが起きたのはご愛敬である。

 最終的に、アレルヤの言葉によってアニューはマイスターたちと共に戦うことが決まった。

 

 

「機体と戦力の引き渡し、どうしてザナドゥ(ここ)じゃない所で行うことにしたんだい? ソレスタルビーイングの面々は僕らとやり合うつもりないんだから問題ないだろう?」

 

「――嫌な予感がしたんだ。上手く言葉に出来ないけど」

 

「……成程。了解だよ、マザー。こういうときの貴女の『勘』は、本当によく当たる」

 

 

 リボンズの問いかけに対し、ベルフトゥーロは答える。理由の詳細を述べるには足りないが、判断を下すには充分過ぎる程の確証があった。周りを納得させられるかと問われれば微妙だけれど。

 

 指導者が『個人的な理由』――しかも『勘』――で判断を下すと言うのはあまりよろしいことではない。普通ならば苦言の1つや2つ飛んできて然るべきだ。ただ、他の人よりも長生きしていて積み重ねた実績が多いから、周りの面々が『ベルフトゥーロが言うなら一考の価値あり』となるだけで。

 イノベイド最古参のリボンズもまた、そうやってベルフトゥーロの思考回路や行動原理に触れ、下した判断がどう繋がったのかを見届けてきた命の1つ。良くも悪くも『ベルフトゥーロの言動には一考の価値あり』という指針に繋がっていた。

 指針があると言うのは悪いことではない。このご時世、“まっすぐ進んでいたつもりがおかしな場所に辿り着く”なんてよくある話だ。リボンズだって今年で約300歳、人間換算で言えば充分大人である。本人は『自分はまだまだ若輩者。学ぶべきことは沢山ある』と謙遜しているけれど。

 

 最も、ベルフトゥーロは“自分の判断全てが正しかった”とは思っていない。自分の下した判断のせいで失われた命は沢山ある。胸に抱いた後悔は、未だに痛みを伴って責めてくることもあった。

 それでも歩みを止められないのは――止めるつもりは無いのは、忘れられない背中があるからだ。積み重ねてきた後悔と犠牲に、ほんの少しでも報いがあってほしいと願ったからだ。

 

 

『何が正しいか、間違っていたかなんて、終わってみなければ分からないさ』

 

 

 ミュウたちと母艦のシャングリラを守るため、単身メギドシステムに挑んだ初代指導者(ソルジャー)・ブルーの言葉を思い出す。

 実際、ベルフトゥーロのやってきたこと――夫であるイオリアの遺志を継ぎ、ガンダムマイスターやミュウたちと共に“来るべき対話”に備える――の正当性や報いは断言されていない。

 あの日抱いた理想の行方も、それが正しいか間違いだったかの結果も、まだ何1つとして証明されていないのだ。そもそもの話、『結果を出す部分にすら辿り着けていない』のだから当然なのだけれど。

 

 

「……うーん」

 

「どうしたのリボンズ」

 

「300年以上生きているけど、未だに()()()のような『先見の明』や、貴女のような『勘』を持つ境地には至らないなと思って」

 

 

 長男はそう言いながら苦笑した。勿論、リボンズはイオリアではないし、ベルフトゥーロでもない。積み重ねてきた経験も、適性のある能力も、その最高値だって何もかも違う命なのだ。

 同じものにはなれないことを理解しながらも、彼はイオリアやベルフトゥーロの背中を追いかけることを止められない。その度に、『自分はまだまだだ』と思い知らされ、痛感する。

 

 目標があることはいいことだ。理想が高いことだって、悪いことではない。問題があるとするなら、それは――

 

 

『ふざけるな! 何様のつもりだ!?』

 

『僕がいるから、計画が進行してるんじゃないか! GNドライヴも、ガンダムも、僕が一番うまく使えるんだ! そのために僕は創られたんだ! そうだろう!?』

 

『なのに僕は、『純粋種を生み出すための踏み台でしかない』っていうのか!?』

 

『僕は今まで、何のために生きてきたんだ!? 僕はこれから、何のために生きていくんだ!? 教えてくれよ、イオリア・シュヘンベルグ!!』

 

 

 いつか剥き出しにした激情と、それを抱いて動いた青年の姿を思い出す。今のリボンズにとっては立派な黒歴史だろうが、同時にそれは今の彼に欠けているもののように思える。

 

 期せずして、彼は“自分のアイデンティティが壊れる”という異常事態に直面した。『自分はイオリア計画推進の要となる特別な存在なのだ』という自信や矜持を木っ端微塵に打ち壊され、『破滅のために生み出された命である』と定義した連中の言葉や自分が出した答えを真に受けた。

 紆余曲折の末に『それは誤解だった』と分かってくれたし、以後の彼は当時と比較すれば随分丸くなったけれど、あの頃の様な勢いは見られない。自分の意見をしっかり持っているけれど、ベルフトゥーロの考えを優先してくれている――否、()()()()()()()()ように思うのだ。

 勿論、それは悪いことではない。今の彼の在り方を見ていると、ナスカがまだ健在だった頃のジョミーを思い出す。同年代の若者たちやアルタミラの火を経験した長老たちの橋渡し役として行き来し、みんなの意見や考えに耳を傾け、奔走していた頃の姿だ。

 

 優しく思慮深い、仲間を思いやる若き指導者(ソルジャー)。ちょっと頼りないけれど、みんなの幸せを1番に考えていた真面目な青年。そんなジョミーのことが、ベルフトゥーロは大好きだった。恐らくは、トォニィも、アルテラも、コブも、タージオンも、タキオンも、ツェーレンも、ペスタチオも、イニスも、エルガンも。

 だけれど、優しい彼は深い挫折を味わった。ミュウの存在を許さなかった人類側の攻撃、メギドシステムによるナスカの滅亡、ナスカに残ることを選んだ同胞たちとソルジャー・ブルーの死――優しさだけでは何も成せないと知った彼は立ち上がり、強硬姿勢を貫いた。亡くした命に報いるために。或いは、この悲劇を()()()()()ために。

 

 

「あたしだって全然だよ。大グランパみたいに“次世代や仲間たちのために未来を切り開いた”わけでもないし、グランパみたいに“人類(ヒト)新人類(ミュウ)の戦いを終わらせた”わけでもないし、トォニィみたいに“人類(ヒト)新人類(ミュウ)が共に生きる新時代を築き上げた”わけでもない。自分がやってきたことについて考えて、彼らと自分を比べて、『やってられない!』って思ったのも一度や二度じゃないもの」

 

「……直接彼らと顔を会わせていない僕が言うのも癪かもしれない。けど、僕は彼らよりもマザーの方がずっと凄いと思うよ」

 

「そっか。そう言ってくれるんだ。嬉しいなぁ」

 

 

 息子に褒められた――或いは労わられたのが嬉しくて、ついつい抱きしめて頭を撫でてしまう。

 リボンズはちょっと照れ臭そうに視線を彷徨わせ、リジェネが「ずるい」と非難の声を上げた。

 折角なので、次はリジェネを抱きしめて頭を撫でてやる。彼も満足げに胸を張っていた。

 

 

「あたしは大グランパやグランパみたいに『悲劇をこれで最後にする』ために冷徹にも非情にもなり切れないし、1人ですべてをやり遂げられるようなタイプじゃない。トォニィみたいに『清濁併せ飲んで遺志を継いで、新しい時代を築く』ためにみんなを纏めるカリスマ性だってない。みんなと話し合って、相談して、一緒に考えて、時には巻き込むような形でしか前に進めないんだ。みんなから見れば好き放題やってるかもしれないけど、それが出来るのはみんなが背中を押してくれるからだし」

 

「そりゃあ、マザーはいつだって頑張ってるんだ。手を貸したくなるのは当然だろう」

 

「みんな、活き活き元気にやってるマザーの姿が大好きだからね。だからみんなも頑張って来たわけだし」

 

「誰が何と言おうとも、僕らが敬愛する指導者(ソルジャー)は貴女だ。……立ち止まりそうになったら、思い出してね」

 

「……うん。ありがとう」

 

 

 息子に褒められた――或いは労わられたのが嬉しくて、ついつい抱きしめて頭を撫でてしまう。

 リボンズはちょっと照れ臭そうに視線を彷徨わせ、リジェネが「ずるい」と非難の声を上げた。

 折角なので、次はリジェネを抱きしめて頭を撫でてやる。彼も満足げに胸を張っていた。

 

 本当に、優しい子に育った。元気に生きてくれている。与えられた存在意義ではなく、自分が『どうしたいのか』を考えて、迷いながらも前へ進もうと努力を続けている。

 

 

(ねえ、リボンズ。キミはキミが自覚しているよりもずっと、立派な大人になったよ)

 

 

 こちらを見上げる紫苑の瞳に、いつかの自分の姿を見た。尊敬する指導者(ソルジャー)を見上げ、その背を追いかけていた子どもの姿を。

 あの頃の子どもと違うのは、指導者(ソルジャー)の心に寄り添おうと努力し、共に未来を切り開くために何が出来るかを考え続けるその姿勢。

 

 そうして――それを惜しみなく伝えようとする意志だ。言葉で、行動で、向き合って分かり合いたいと願い、示そうと努力するその在り方。

 

 

(あたしには、寄り添うことしかできなかった。尊重することしかできなかった。気圧されて何も言えないままだった。――だから、託された意志を継ぐことしかできなかった)

 

『トォニィ。僕からの、最期の頼みだ……。死んでいった仲間の想いを、無駄にしないためにも……お願いだ』

 

 

 いつかの離別(わかれ)を思い返す。ブルーの補聴器をトォニィに託したジョミーの姿は、数百年経過した今でも色褪せない。きっとベルフトゥーロの命が尽きるその瞬間まで忘れられないだろう。

 いずれ、人は人生の報いを受ける日が来る。自分が歩んできた道が正しかったのか、間違いだったのかを思い知る――或いは断じられる日がやって来る。そのとき、自分がここにいるか否かも分からない。

 そうしていつか、ベルフトゥーロにも()()()がやって来る。そのとき、自分に誰かの意志を継がせる日が来るのだろう。そんなことを考えながら、ベルフトゥーロは思いを巡らせた。

 

 そのとき、()()()は何と言うのだろうか。

 

 

『嫌だ嫌だ嫌だっ! グラン・パを置いてなんか行けないっ!』

 

『僕は強くなんかない……! 僕はまだ子どもだ。グラン・パがいなきゃヤダ……!』

 

『エルガン! タキオン! ツェーレン! ペスタチオ! 手を貸せ、メギドを討つ!!』

 

 

 あの日のトォニィのように、泣くだろうか。

 それでも、最後は意志を継いで、未来を切り開くために戦ってくれるだろうか。

 

 

<うーん……。毒々しくなりすぎたか……?>

 

<悪役! みたいな調子でやってみたら凄い色合いになったな……>

 

 

 格納庫で新型機――レグナントを見上げていたデヴァインとブリングの《聲》がした。2人とも難しそうな顔で顎に手を当てている。

 

 眼前のレグナントは赤と紫を基調にしたもので、エンプラスの発展形である。機体のカラーリングは濃い目の紫と赤。紫は色々な意味で『人を選ぶ色』だと言われているが、今回使われた紫は『大分アレ』だったようだ。悪の組織の幹部より、組織の総帥が使いそうなカラーリングと言えよう。

 リボンズもレグナントのカラーリングを《視た》のか、「うわっ」と感嘆――勿論、悪い意味だ――の声を漏らした。自分専用の新型機のカラーリングを決める際、『上品なんだけど、悪い顔や雰囲気が強調されたガンダム』のイメージに合う配色を考えていた彼からすれば、ただただ毒々しいだけのカラーリングは引いてしまうのかも知れない。

 アニューの新型機であるガッデスのカラーリングを考えたのもリボンズだ。アニューと相談して色味を調節した結果、白と水色を基調にしたカラーリングに決定した。尚、支援機のデザインは『ケルディムと並んだら夫婦に見えるようにする』をコンセプトにしたらしい。

 

 それを聞いたイアンとロックオン(ライル)は深々とため息をついて天を仰いでいたけれど、前者と後者では理由が全く違うのだろう。

 特に前者は『沙慈とルイス(あの2人)があんなにやりたい放題だった理由が分かった気がする』と言っていたので。

 

 

<僕より目立ち過ぎじゃないかい?>

 

<確かに。幹部がどちらか分からなくなるな>

 

<もう少し明るい色合いにしてみるか? これをこうして――>

 

 

 3人でうんうん唸りながら新たなカラーリング案を考案するが、あまりいい色合いが出てこなかったらしい。

 会話を聞く限り、ありとあらゆるピンク系列を網羅した挙句、最終的には紫と赤基調に戻って来た。

 初見で見た毒々しい色合いよりは大分マイルドになったものの、やっぱりリボンズの新型機より目立つ。

 

 

<……ショッキングピンクよりマシか>

 

<エンプラスと同じカラーリングというのも味気ないし、何より『後継機!』みたいな感じがしないしな>

 

あたしたちみたい(シンプルイズベスト)にしとけばよかったのに……>

 

<変に凝って地獄絵図作るよりマシだよ? 実際、変なもの作った僕が言うんだからさ>

 

 

 近くを通りかかったヒリングとリヴァイヴが肩を竦めてため息をつく。特にリヴァイヴは自分のやらかし――まな板に包丁を複数本ぶっ刺したナニカを生成した――を思い出したのか、遠い目をしていた。

 

 能天気なやり取りを繰り広げているように見えるけれど、彼や彼女たちは世界の動きを注視している。地球連邦軍を傘下に収め、更なる権力と戦力を得たアロウズの攻撃は日に日に激しさを増していた。

 嘗てはジリ貧ながらもアロウズに抵抗していたカタロンは、メメントモリの破壊作戦からアフリカタワー占拠までのアレコレで大打撃を受けている。今は潜伏して逃げ回るので手一杯だ。

 クーゴの発言からテラズ・ナンバー関連の突破口――その可能性を掴んだソレスタルビーイングやスターダスト・トラベラーは、それに賭けることを選びつつ、世界の歪みを破壊するために下準備を行っている。

 

 戦力の調整や合流が順次進み次第、段階的に打って出る手筈となっている。今はアロウズの目を惹くため、奴らの凶行に対して武力介入を計画中だ。

 クーゴ/はやぶさ、イデア/パハリア、宙継/ちょうげんぼう、ハーメス/ラトレイアが戦線を離れるのは痛手であるが、テラズ・ナンバー1から情報を引き出せる可能性の方が重要なワケで。

 

 

「『地球の推定年齢に4から5億年の差異』、か……」

 

 

 テラズ・ナンバー3から引き出した情報を思い返し、ベルフトゥーロは改めてそれを諳んじた。

 地球の年齢の測定方法については割愛するが、通説では45億から46億年とされている。

 だが、テラズ・ナンバー3には『地球の年齢は49億から50億年である』というデータが記録されていた。

 

 差異になっている4~5億年は、地球に植物が誕生した年数とほぼ同じ。更に言えば、ベルフトゥーロたちが辿り着いた地球(テラ)の再生年月の予想期間とも一致する。

 赤黒くなった死の惑星(ほし)は大気も海洋も汚染されており、とても人が住めるような環境ではなかった。『再生には数億年単位かかる』とも。

 

 

(あれだけの汚染と荒廃が進んでいる惑星を再生するとなったら、人間側の都合なんて組み込む余地はない。地球環境の改善を至上とし、S.D.体制が敷かれた理由も分かる気がする)

 

 

 『散々地球を人間側の都合に合わせた結果が死の惑星(ほし)なら、次は人類が地球側に寄り添うべきである』――そんな考えに至ったのは至極真っ当だ。僅かでも人の意志が絡めば、いつまで経過しても地球環境の改善は夢のまた夢。自己都合のぶつかり合いで現状維持が手一杯。故に、公平性と効率性を優先した機械に全権が委ねられた。

 

 最も、人の意志を尊重しない機械のおかげで、人類は危うく滅亡の危機に瀕した。S.D.体制は人から“思考すること”や“行動すること”を奪い取り、体制に迎合するだけの人間たちを量産してきた。新人類(ミュウ)を含んだ規格外/落伍者を処分し、S.D.体制の存続を図ることがグランドマザーの至上である。

 幾ら設計者やプログラムした人間たちが『ミュウの可能性を分析する』というプログラムを組み込んでいても、1番優先すべきことが『S.D.体制の存続』ならば、プログラムを書き換えようとした人類の指導者――キース・アニアンを殺害して止まらなくなったのも当然の帰結であった。

 

 人や環境が変化するように、機械も変化に対応できるだけのプログラムを組んでおく必要があった。グランドマザーはそれが足りなかったから、S.D.体制を続けることを至上とした。

 グランドマザーでは対応困難な事象の発生を想定せず、そうなった場合の対策をきちんと講じておかなかった。だからS.D.体制という歪みがいつまでも存続していた。

 プログラムの変更権を有する人間の意志を尊重する――或いは逆らわないようにするためのプログラムをしておかなかった。故に、S.D.体制に反旗を翻したキースを殺害してでも体制を守ろうとした。

 

 

(ずっと疑問だった。この世界にはミュウなんか存在していなかったのに、S.D.体制の遺産と思しき技術が蔓延している。そうして、地球の年齢の通説よりも億単位で大きな差異……)

 

 

『そういえば、クーゴさんが《視た》虚憶(きょおく)の中には“人類は一度滅びを迎えており、機械(デウスエクスマキナ)邪神(ナイア)の監視と介入によって再建されたウン週目だった”って話がありましたね』

 

『おいおい。それはあくまでも虚憶(きょおく)の話だろ。この世界にはデウスエクスマキナとナイア(どっち)も居ないじゃないか』

 

 

 イデアとロックオン(ライル)の会話が脳裏を過る。クーゴが《視た》虚憶(きょおく)の中にあった光景――『麗しのディストピア/UX』の一場面だ。

 確か、“自滅スイッチの発動によって人類は一度滅びを迎えており、以後はマキナたちの監視やナイアの介入で再現されたウン周目が今の世界である”だったか。

 

 宇宙には並行世界や並列宇宙なんてものが存在している。多元世界や第10世界なんてものもその1つだ。

 

 

(もしもそれが、()()()()()()()()()()()のであれば――)

 

 

 いつか見送った指導者たちの背中を思い出す。もう二度と会えない人たちの背中を思い返す。

 あの日、ジョミーとキースが打ち倒したグランドマザーの本体と、その残骸を思い出す。

 嫌な予感がした。――どうしようもなく、嫌な予感がした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 本日の天気は晴天。京都には雲1つない蒼穹が広がっている。

 眼前には立派な日本家屋が鎮座していた。門の表札に書かれているのは刃金(ハガネ)の字。

 

 

(ここに来るのも、4年ぶりか)

 

 

 外観は、4年前の京都旅行――グラハムの誕生日を祝うためのオフ会で蒼海と再会し、櫻華によって自宅に引きずり込まれた――、或いは旧ユニオンの軍人になるために家を出たときと変わっていない。ただ、あの日やあの頃と違う点があるなら、以前に比べて異様に物々しい空気が漂っていることくらいか。

 

 クーゴと蒼海の関係が“普通の家庭”であれば、家に帰ることは何の問題もなかっただろう。だが、元からクーゴと蒼海はいがみ合っていたし、現在は完全に敵対関係。戦場で殺し合いをしたこともある。

 おまけに表社会でのクーゴ・ハガネは『4年前に起きた国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦で殉職した』という扱いだ。今こうして家に帰ってきたとはいえ、何事もなく家に上れるとは思えない。

 普段通りに着物を身に纏ってきたが、有事に備えて動きやすい洋服を着た方が良かったんだろうか――なんて、取り留めのないことを考える。現実逃避はもうやめると決めたのだ。クーゴは深呼吸した。

 

 だけどやっぱり、現実から逃げたいと考えてしまうのだろう。

 視界の端で刃金家を見上げる2人の人物へ視線を向ける。

 

 

「……ところで、良かったのか?」

 

「「何がです?」」

 

 

 クーゴの問いに答えたのは、当たり前のように同行を申し出たイデアと宙継である。2人が持っている端末画面には、アメリアスとハーメスのホログラムが浮かび上がっていた。

 4人の表情はきょとんとしており、『どうしてクーゴがこの状況に疑問を抱いているのか分からない』と言外に訴えている。宙継はともかく、イデアは関係ないはずなのに。

 

 

「宙継は分かるけど、イデアやアメリアス、ハーメスはついてきて良かったのかなって」

 

「あのときも言ったじゃないですか、『クーゴさんのお手伝いがしたい』って。それに、私がソレスタルビーイングに『還れた』のはクーゴさんの手助けあってのことですし」

 

<私はイデアについてきただけ。テラズ・ナンバー1と対峙するわけだし、ハッキング役はいた方がいいと思ったんだけど……?>

 

<俺は『小隊長くん』の役に立ちたいと思っただけだからな。一応、ハッキングが必要になったときは役に立てると思うが>

 

 

 前々から思っていたけれど、みんなそれぞれマイペースが過ぎるのではなかろうか。自分のことを棚上げしている自覚はあるが、クーゴはそう思わずにはいられない。

 “ここまで同行してきた”ことや“帰るつもりがない”ことからして、イデアたちはついてくるつもり満々である。多分、何を言ってもついてくるのだろう。

 クーゴは少し悩んだが、肩を竦めるだけに留めた。そうして、再び門越しから自分の家を見上げる。相変わらず、物々しく重苦しい空気が漂っていた。

 

 

「……俺の記憶が正しければ、この家、○○っていう警備会社入ってるんだ。かなり高い金払って、ガチガチの警備敷いてたはず」

 

<成程。それでは、俺たちの出番かな?>

 

<ほら。やっぱり私たち、いて良かったでしょ>

 

 

 えっへん、と言わんばかりにハーメスとアメリアスが胸を張る。

 <それじゃあ早速>と2人が言いかけた、丁度そのとき。

 

 

<――やっぱり、来たかぁ>

 

 

 懐かしい《聲》がした。14歳の誕生日を最後に、ずっと聞いていない《聲》だった。

 

 間髪入れずに響いたのは、スイッチの切れる音。思わず過去の記憶を辿って防犯カメラの位置を確認すれば、カメラはあらぬ方向を向いたっきり動く様子が無かった。クーゴの記憶が正しければ、あの防犯カメラは動く物に反応して動く仕組みだったはず。

 防犯カメラが変な方向を向いたのに気づいたハーメスとアメリアスが何かを調べまわっていたようだが、ややあって、2人が揃って首を傾げる。イデアと宙継に促されたハーメスとアメリアスは、何とも言い難そうな顔をした。

 

 

<クーゴの言う通りの警備会社と、その警備会社のプランについて調べてみたんだけど……>

 

<動く物に反応するはずのカメラがあんな様子になったことが気になってな。警備関係のシステムにハッキングを仕掛けてみたら、全てのシステムが停止・解除されていた>

 

「ハーメスさんやアメリアスさん以外の誰かが、刃金家の警備システムを止めたってことですか?」

 

「一体誰がそんなことを?」

 

 

 宙継とイデアが首を傾げる。何せ、アメリアスから提示された警備システムはかなり堅牢だ。金をかけたことも相まって、外部からのハッキングも想定されている。

 勿論、ハーメスやアメリアスなら何の苦もなく突破できただろう。けれど、警備システムは2人が手を下す前に完全沈黙してしまった。疑問に思うのも当然だろう。

 クーゴには、()()()()()()をした人物に見当がついていた。だって()()は、『待っている』と言っていたから。警備システムを解除したのもその一環だ。

 

 クーゴは意を決し、玄関をくぐる。イデアと宙継はぎょっとしたような顔をしてクーゴを呼び止めようとしたが、警備システムが作動して大騒ぎになるようなことはない。

 

 カメラは反応なし、警報も沈黙。人が出てくる様子もない。玄関を開け放てば、壁を背に転がっている使用人の人々。思わず靴を脱いで様子を確認するが、みんな眠っているだけだった。

 どういう原理かは分からないものの、みんなぐっすり眠っているようだ。気持ちよさそうな寝息が聞こえてくるあたり、ちょっとやそっとのことで目覚めることはなさそうである。

 

 

「え、えーと……お邪魔しま~す……?」

 

「失礼しま~す……?」

 

 

 おずおずとした調子で挨拶(?)をしたイデアと宙継が、おっかなびっくりに家に足を踏み入れた。勿論、ぐっすり眠っている使用人たちは2人に対して何の反応も示さない。抜き足差し足忍び足で歩いていた2人であるが、最終的には『普通に歩いても大丈夫』と判断したようで、いつの間にか普通に歩いていた。

 

 過去の記憶を辿って歩みを進める。家の構造は変わっていない――家が重要文化財に認定されているため、刃金家の都合だけでは自由に改装や取り壊しができない――から、14歳の誕生日に両親に手を引かれた和室に辿り着く。案の定、大広間の奥の掛け軸も変わっていなかった。

 クーゴは迷うことなく掛け軸を取り払う。眼前に広がったのは、物々しい空気を放つ鉄製の扉。似たような形状の扉を見たことがある。『Toward the Terra』の人類篇の挿絵――ステーションE-1077内部にあった、フロア001へ繋がるための扉と瓜二つだ。

 純和風の建造物には不釣り合いの扉が出てきたことは、宙継やイデアにとっては異様な光景のように見えたらしい。物々しさに影響されたのか、面々は神妙な表情で扉を見つめる。クーゴが扉の前に立った瞬間、何の前触れもなく扉が開かれた。

 

 

(……記憶通りだ)

 

 

 扉の向こうには階段が広がっている。それを下った先には、踊り場とエレベーターがあった。

 『Toward the Terra』の下巻に出てきたグランドマザーの元へ向かうためのエレベーターと瓜二つのデザインと構造をしている。

 

 

<これらはすべて、S.D.体制の技術が使われているようだな>

 

<しかもこれ、あちこちに補修された形跡がある。……どういうことだろう?>

 

「――その答えも、きっとこの先にある」

 

 

 クーゴは確信をもって頷き、エレベーターのスイッチを押す。程なくしてエレベーターの扉が開いた。

 真っ先に足を踏み入れたのはクーゴだ。イデアと宙継も顔を見合わせて頷いた後、それに続く。

 端末内が居場所であるアメリアスとハーメスも、持ち主である2人が乗り込んだことで同行が確定した。

 

 エレベーターは直通なのか、開閉ボタン以外何もない。全員が乗り込んだのを確認して閉ボタンを押せば、扉が閉まってそのまま下へ下へと降りていく。エレベーターの機動音だけが響いた。

 

 

「長いですね……」

 

<これ、地下何階まであるんだろう……?>

 

 

 イデアとアメリアスが端末越しに顔を見合わせる。階層に相当する表記が一切ないため、現在地点が何処なのかも見当がつかなかった。

 流石に暇になって来たのか、宙継やハーメスも雑談を始めた。4人の様子を見守りながら、クーゴはあの日の出来事をもう一度思い返す。

 

 

『グランドマザー『テラ』に選ばれたということは、とても光栄なことなのよ』

 

『おまえはグランドマザー『テラ』の代行者――【無垢なる者】として、この世界を管理していく役目を担うんだ』

 

 

 そう言った両親は、不気味な笑みを浮かべていた。血の通った表情ではなく、まるで機械と見間違える程に無機質な表情。

 それに異を唱える自分の言葉なんて全く聞いてくれない。この場にいる大人たちはみんなそうだった。

 

 彼/彼女らの様子がおかしいことには気づいていた。だって、いつもはこんな、血の通っていない無機質な表情(かお)なんてしない。負の感情を見ることの方が多かったけど、みんな血の通った表情を見せる人だったし、顔や声を聞けば感情を察することができた。

 

 昨日まで、何もおかしなことはなかった。おかしくなったのは今朝からだ。正確には、自分と片割れの誕生日。

 虚憶(きょおく)に出てきた男の人から『友』と呼ばれて、虚憶(きょおく)に出てきた女の人から『大好き』だと言われて、14歳の誕生祝いに片割れから青い蛇の目傘を貰った、幸せな日だったのに――!

 

 

『あんなくだらない妄想と引き換えに、お前が元気になってくれるなら安いものだよ』

 

『グランドマザー『テラ』からの祝福を受けて、刃金の当主に相応しい人間になるんだ』

 

『お前はそのために生まれてきた。そうして、そのために生きていくんだ』

 

 

 大人たちの言葉に思わず目を剥く。

 

 自分にとっての虚憶(きょおく)は、心を奮い立たせる大切なものだった。『生きたい』という願いを抱いた大事な理由だった。生きる希望を抱かせてくれた、鮮やかで鮮烈な旅路の物語だった。『空で会おう』という大切な約束を果たすために、自分は今まで頑張って来た。

 多くの大人たちが『長生きできない』と諦めたように零している中、唯一、自分の願いを肯定してくれた片割れ以外で心の支えになっていた希望だった。――それを、大人たちは『くだらない』の一言で切り捨てる。自分の願いを踏み躙り、撃ち落とそうとするのだ。

 嫌がって暴れる自分を無理やり引きずって、大人たちは自分を祭壇まで連れていく。四肢を拘束され、頭を一点に固定される。眼前に浮かび上がったのは、大人たちが“てんしさま”と呼んで崇め讃える存在の端末――マスコットのような楕円形の体に、聖母の彫像を思わせるような顔を持ったナニカの姿。

 

 今ならわかる。あれは『Toward the Terra』に出てきたグランドマザーの子機端末――テラズ・ナンバー。

 ノイズ塗れだった記憶がクリアになる。胸部に記されていた数字の番号は――『1』。

 

 

『テラズ・ナンバー1。後は、いつも通りに』

 

 

 あの異形のことを、大人たちは確かにテラズ・ナンバー1と(そう)呼んだ。

 

 

『成人検査を始めます』

 

『一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間――代行者として、“地球(テラ)”の上に生まれ落ちるのです』

 

 

 ナニカ――テラズ・ナンバー1は平坦な声で言い放った。無数の腕が自分に絡みついてくる錯覚――錯覚にしては、どこかリアルさを伴う感覚(モノ)だった――に、自分の逃げ場がないことを思い知らされる。全天に展開したモニターには、少年が今まで生きてきた記憶の光景や、大事にしていた虚憶(きょおく)の光景が広がっていた。テラズ・ナンバー1の宣言と共に、それらの光景にノイズが走った。

 激しい頭痛。痛みに呻いた少年は、夢か現か、無数の手が自分の目を覆い始める光景を目の当たりにした。完全に光が見えなくなってしまったら――モニターに映る記憶映像が全て消されてしまって――再びこの手が視界を解放したら、きっともう、自分は“この世界”から完全に消え失せてしまうのだろう。何せ、成人検査は()()()()()()だから。

 

 

『さあ、行こうか。フラッグファイター――いいや、■■■■■■ズ隊、副隊長』

 

『キミが空を目指すなら、我々は必ず相見えるだろう。……空で待っているぞ、我が友よ!』

 

 

 金髪碧眼の男性の顔がよぎる。

 自分を友と呼び、快活に笑った彼との虚憶(きょおく)を奪われたくない。

 自分はその約束を果たしたいと願ったから、頑張ってきたのだ。

 

 

『――大好きです』

 

『ずっと、ずーっと、貴方に伝えたかった!』

 

 

 ペールグリーンの髪をハーフトップに束ねた女性の姿がよぎる。

 こんな自分を『大好き』だと言って、幸せそうに微笑んだ彼女との虚憶(きょおく)を奪われたくない。

 彼女の言葉に背中を押されたから、“生きたい”という願いを素直に掲げられるようになったのだ。

 

 

『たとえ、今、お前/貴方/キミの傍にいなくとも』

『――それでも、僕/俺/私/あたしたちは“ここ”にいるから』

 

 

 『だから忘れないで』と言って笑った人々の姿がよぎる。

 彼/彼女が強大な敵に立ち向かう姿に、勇気を貰った。希望を貰った。背中を押された。

 彼/彼女と共に戦い抜いた虚憶(きょおく)を奪われたくない。

 

 虚憶(きょおく)でしかないのかもしれないけれど、彼/彼女たちと一緒に過ごした時間はかけがえのないものだったから。

 

 視界が手で覆われていく。比例するように、視界がどんどん暗くなっていく。

 あっという間に、自分の視界は一筋の光が差し込むまでに狭まり、闇に飲まれていた。

 

 

『だれか、たすけて』

 

 

 ――助けを求める声を上げたのは、誰だった?

 

 

『弟を連れて行かないで』

 

 

 彼女を見ていると、胸が潰れるように痛む。手を伸ばしたくなる。『あの日()()()()()()()()()()()()()()()()』と叫びたかった。

 実際、テラズ・ナンバー1/グランドマザー『テラ』が名指ししたのは少年だった。助けを求めさえしなければ、きっと片割れは、()()()()()()()に成り果ててしまうことはなかったはず。

 

 そんなことを言っても彼女は聞き入れてくれるはずがないと《理解(わか)っている》のに。

 

 

『代わりに、あたしを連れて行って』

 

 

 ――そうだ。

 

 何一つ、奪われたくなかった。何一つ、譲りたくなんか無かった。けれど、自分の願いを叶えるには、1()4()()()()()()()()()()()()()クーゴは無力過ぎた。

 だから『持っていかれてしまった』のだ。忌まわしき機械の端末と、機械の端末に連れられて行った少女の手によって。

 

 

『大丈夫。お姉ちゃんが、守ってあげる』

 

 

 本当は、忘れたくも、離れたくもなかったのに。

 

 

(――あおちゃん)

 

 

 クーゴが物思いに耽っていたとき、目的地へ到着したことを告げる音が響いた。エレベーターの扉が開く。

 

 眼前に広がっていたのは、巨大な建造物の跡地だ。辺り一面灰色で無機質な空間が広がっており、金属板や電子機器の部品が伺えた。ピリピリとした殺気のようなものが漂っている。全員がエレベーターから降りたのを待ち構えていたかのように、ソレは姿を現した。

 マスコットのような楕円形の体に、聖母の彫像を思わせるような顔を持ったナニカ。その正体は、『Toward the Terra』に出てきたグランドマザーの子機端末――テラズ・ナンバー。奴の胸部に刻まれている番号は『1』。クーゴが14歳の誕生日に見た姿と一切変わっていない。

 ソレスタルビーイングやスターダスト・トラベラーが探していたグランドマザー『テラ』の子機端末、テラズ・ナンバー1がこちらを見下ろしている。機械端末に感情があるはずないと分かっているが、心なしか、奴の口調はどことなく不機嫌そうに感じた。

 

 

「やはり来ましたね、刃金空護。正当なる【無垢なる者】、グランドマザー『テラ』の代行者となるはずだった最高傑作」

 

「俺が今でも()()だって言うんなら、その権限を行使させて貰おうか」

 

「――いいでしょう」

 

 

 ミュウ相手には容赦しないはずのテラズ・ナンバーが――僅かな含みあれど――二つ返事で答えた。天窓を思わせるようなモニターがけたたましい音を響かせて起動する。

 映像媒体は経年劣化が酷かったためか、酷く色褪せてノイズ塗れだった。見覚えのない街並み、見覚えのない機械、見覚えのない服を着た人々の姿が目まぐるしく移り変わっていく。

 

 

「嘗てこの惑星(ほし)は、人類の欲望や浅慮により、重大な汚染を受けました」

 

 

 色褪せた映像でさえよく分かる程、赤黒く変色した惑星が映し出される。どこからどう見ても人が住めるように見えない。

 実際、映像の中に映し出された人々もそう判断したのだろう。多くの船団が赤黒い惑星を置いて旅立った。

 大地に残されたのは、大型の機械。――ベルフトゥーロの記憶で見たグランドマザーとよく似た、けれどどこか違うスーパーコンピューター。

 

 

「人間たちは地球環境の再生を至上とした体制を樹立。スペリオル・ドミナントと呼ばれる時代が始まりました。それから暫くして、既存人類とは違う能力を有した存在・ミュウが現れ始めます」

 

 

 《視た》ことのある景色が広がる。落伍者と判断された人間たち、或いはミュウたちの命が容赦なく摘み取られていく。

 

 けれど、機械は矛盾した命令を遵守していた。ミュウの抹殺を謳いながら、ミュウ因子の駆逐を行わなかった。受精卵を作る段階でミュウ因子の有無を判別できたのに、敢えてそれを無視して命を生み出した。生み出し続けたのだ。

 成人検査で目覚めたミュウが、寸での所で同胞たちに救われる。スーパーコンピューターの命令を受けた人間たちは、その命令に何の疑念も抱くことなく従った。……少し考えれば、スーパーコンピューターがミュウを見逃したと分かっただろうに。

 最も、S.D.体制下を生きていた人間たちにとっては“スーパーコンピューターの指示に従って行動すること”が普通なのだ。幼い頃からそれを至上にして彫り込まれているわけだから、“スーパーコンピューターの行動を疑う”ことは立派な反逆行為だ。

 

 映像が切り替わる。見覚えのある青年2人がスーパーコンピューターと対峙していた。

 ひときわ大きなノイズが響いた直後、壊れた機械と倒れた人間たちの死体が積みあがる。

 

 

「後に、人間の指導者とミュウの指導者がスーパーコンピューターに反旗を翻します。その果てに、スーパーコンピューターは手を取り合うことを選んだ人類とミュウに相打ちとなり、活動を停止。人類とミュウも絶滅しました」

 

 

 汚染された惑星の風景が早送りで進んでいく。真っ赤な空と海は少しづつ青を取り戻し、大地に少しづつ緑が芽吹いていく。花が咲いて、動物が現れて、人間が現れて、文明が築かれていく。

 

 

「それから長い時間が経過した後、スーパーコンピューターは再起動しました。偶然スーパーコンピューターを発見した刃金(ハガネ)という名を持つ女性の遺伝子が、嘗てスーパーコンピューターが生み出した人類側の指導者と酷似していたためです」

 

 

 巨大な機械の残骸を目の当たりにして腰を抜かす若者の姿が映し出される。彼女は驚いた拍子に何かを触ってしまったらしい。物々しい機動音と共にスーパーコンピューターが再起動した。

 若者にとって、この巨大な機械群は『得体の知れない物体』に見えたのだろう。ソレが何かも分からなければ、ソレが自分に何をしたのかさえ分からないようだった。

 顔、あるいは目に該当する部分が不気味な光を放つ。若者は訳が分からぬまま、自我の多くを書き換えられた。スーパーコンピューターにとって都合のいい存在として、その後の人生を生きることとなる。

 

 

「再起動したスーパーコンピューターは、今度こそ、自らの役目を果たそうとしました。人類の暴走によって地球が荒廃してしまわないような体制を築き、その体制を破壊するような反乱分子が二度と現れないように、監視と管理を徹底しました。刃金の一族は『コンピューターの政策をヒトの手で滞りなく行わせるための代行者』として、遺伝子交配や管理を行い、調整を施していたのです」

 

 

 刃金の一族は少しづつ増えていく。日本中だけに留まらず、日本を飛び出して海外へ進出し、どんどん勢力を拡大させていく。そうなるように、スーパーコンピューターが手を尽くしていた。それを見たハーメスが険しい顔を浮かべた。

 

 

<成程な。“人類と新人類がコンピューターと共倒れし、それから地球文明が現在レベルに再建されるまでの時間”がテラズ・ナンバー3の情報に繋がっていたのか>

 

「長い時間が過ぎ去って、スーパーコンピューターは刃金の一族を介して自己改造を繰り返し、ネットワークを構築させました。刃金の一族も代替わりを繰り返し、優秀な遺伝子の交配を繰り返し続けました。その果てに、刃金の若者の直系に双子が生まれます。どちらも嘗ての人類の指導者を超える程の遺伝子を有していましたが、特に弟の方が優れていました」

 

 

 次に映し出されたのは、おくるみに包まれた双子の赤ん坊。姉には蒼海、弟には空護と名札がかけられていた。

 双子は仲良く愉快な日々を送りながら、14歳を迎える。スーパーコンピューターにとって都合のいい存在として生まれ変わるための儀式――成人検査の日だ。

 

 

「刃金の系譜を継ぐ男児は、何故か成人検査との相性が良くありません。何度も何度も遺伝子交配や管理を徹底していたのですが、なかなか成人検査を突破しませんでした。突破したとしても、成人検査を経て以降、急激に衰弱していくようになったのです。幾ら調べても原因は分かりませんでした。ですが、能力は申し分なかったのです。――特に、刃金空護の能力は」

 

「……だから、“ミュウとしての能力を発現していても、成人検査の記憶処理やミュウ因子の封印――或いは切り離しによって、代行者に仕立て上げようと試みた”」

 

「ですが、それは阻まれました。刃金蒼海によって」

 

 

 テラズ・ナンバー1の言葉を引き継いだクーゴだが、それに補足を入れたのもテラズ・ナンバー1だった。

 

 次に映し出された映像は、非常に鮮明だった。成人検査を拒否して逃げようとするクーゴと、彼を守るようにして前に立った蒼海の映像が映る。

 彼女の申し入れを受け入れたテラズ・ナンバー1は、容赦なく蒼海の頭を弄繰り回した。記憶と人格を再構成し、グランドマザー『テラ』にとって都合のいい存在に作り替えた。

 ……けれど、それだけではなかった。蒼海がやった妨害は、クーゴの身代わりになるだけで終わらなかったのだ。――次の瞬間、青い光が爆発する。映像はそこで断線した。

 

 

「この光……荒ぶる青(タイプ・ブルー)!?」

 

「刃金蒼海の場合、刃金空護との交流によってミュウ因子を獲得・覚醒させた個体でした。我々の力では、彼女の自我と因子を切り離し、代行者としての自我と思考回路へ調整することで収めるしかなかったのです。今回の機を逃せば、優秀な代行者を逃すことに繋がりかねない」

 

 

 爆ぜた青い光の意味を、自分たちは知っている。何せその光は、自分たちも有している能力(モノ)だから。

 声を上げたイデアを尻目に、テラズ・ナンバー1は言葉を続けた。

 

 

「グランドマザー『テラ』は、刃金空護の確保を諦めた訳ではありません。どうにかして、再び成人検査を――代行者への目覚めを促そうと手を尽くしました。ですが、何者かによってそれは妨害され続け、今に至っています」

 

「それって、まさか――」

 

「――しかし、今、貴方への干渉を妨害していた力はありません」

 

 

 宙継が何かを言おうと口を開いた刹那、テラズ・ナンバー1の纏う雰囲気ががらりと変わった。映像が映し出されたモニターが一気に暗くなり、再び何かを映し出す。

 それは、クーゴ・ハガネ/刃金空護の歩んできた人生そのもの。或いは、どこかで生きるクーゴ/空護の《視てきた》数多の虚憶(きょおく)

 機械の機動音が響き渡る。大事な記憶、或いは虚憶(きょおく)の数々にノイズが走る。頭の中を鷲掴みにされたような感覚――いつかの子どもが感じた恐怖そのものだ。

 

 

「あの日の続きを始めましょう、刃金空護」

 

 

 心なしか、奴の声が歓喜を帯びたように聞こえた。

 勿論、黙って奴の思い通りになるつもりもない。

 

 

「成人検査を始めます。一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間――代行者として、“地球(テラ)”の上に生まれ落ちるのです」

 

「――そんなのお断りだ!」

 

 

 強制的に行われる成人検査に対抗し、クーゴは思念波を展開する。頭の中を弄繰り回されるような頭痛に怯んでいる暇は無かった。怯んでしまえば最後、クーゴにとって大切なものが根こそぎ奪われてしまうと知っていたから。

 

 人格を滅茶苦茶に変えられてしまえば、この場に同行してくれた面々の安全はどうなるのか。グランドマザー『テラ』の代行者(かいらい)に成り果ててしまったら、彼や彼女たちに何をしでかしてしまうのか。考えるだけで恐ろしい。――だからクーゴは、全力で抵抗する。

 それはテラズ・ナンバー1も同じだった。クーゴの思念波を焼き切ろうと力を解放し、その副産物としてバチバチと電気が迸る。力に押されそうになったクーゴの背中を支えたのは、刃金の地下室に同行していたイデアと宙継であった。

 

 

「クーゴさんには、指一本も触れさせません!」

 

「今度は僕が助けるんだっ!!」

 

 

 荒ぶる青(タイプ・ブルー)の青が爆ぜる。それはクーゴの思念波を一気に強化した。

 けれど、それでもテラズ・ナンバー1を揺るがせるには届かない。文字通りのジリ貧だ。

 歯を食いしばる。力を籠める。このまま『機械の言いなりになる』なんて、絶対にお断りだ。

 

 

「無駄な抵抗を――」

 

<――ねえ、何してるの?>

 

 

 ――りぃん、と、音がした。

 

 響いた《聲》は、あの頃と変わらない。

 いつも傍でクーゴを励ましてくれたものだ。

 

 

<――ねえ。何してるの>

 

 

 トーンが下がった。画面に映し出された映像が暗転する。だが、再び再起動したモニターには、()()()が映し出されていた。

 赤いリボンをし、無地の着物を着た女の子。テラズ・ナンバー1を見つめる少女の表情は険しく、強い怒りを滾らせている。

 テラズ・ナンバー1は振り返る。機械が何かを喋るよりも先に、少女が青い光を放つ方が早かった。

 

 凄まじい爆風が吹き荒れた。クーゴは攻撃に転用していた思念波を防御に回す。轟音と砂煙が収まった後に見えたのは、ひっくり返ってもがくテラズ・ナンバー1とそれを踏みつける着物の少女。

 

 

「そんな、まさか――」

 

<あたしの弟に酷いことしようとしたでしょ、お前>

 

 

 バチバチと青い光が爆ぜる。テラズ・ナンバー1も抵抗を試みたが、少女の放った青い光は防壁を軽々とぶち抜いた。

 

 

<もういいよ。アンタはお終い。――あ、あんたの能力と権限は全部頂戴ね。くーちゃんのために有効利用させてもらうから。感謝しなさい>

 

 

 断末魔の悲鳴を上げる間もなく、テラズ・ナンバー1の姿が掻き消えた。残されたのは奴の残骸と、奴を破壊しつくした張本人たる少女が1人。

 彼女は手や着物についた汚れをパンパンと払った後、着物の袖で汗をぬぐった。一仕事したと言わんばかりにため息をつく。

 

 その仕草も、その態度も、あの日から何1つとして変わっていない。14歳の誕生日からずっとそのままだ。

 

 『成人検査に抵抗し、荒ぶる青(タイプ・ブルー)の力を開花させたことによって肉体と切り離されてしまった』後も、彼女はずっとクーゴの傍にいた。優しかった彼女のことを全部忘れて、彼女を犠牲にして生き延びたことさえ忘れて、暢気に生きていたクーゴの傍に。

 4年前、ソレスタルビーイングの武力介入に関する映像をクーゴやグラハムたちに生放送していたのも、テラズ・ナンバー1経由でマザー・ウルリカをハッキングして彼女をネットワークから孤立させたのも、成人検査をもう一度行おうとしていたテラズ・ナンバー1からクーゴを守り続けてくれたのも、全部彼女がしたことだった。

 

 

『くーちゃんは自分の夢のために頑張ることに集中しなさい! 貴方の夢は、とっても素敵なものなんだから!』

 

『あたしには、くーちゃんみたいな素敵な夢なんて無いもの。でも、くーちゃんの素敵な夢が叶ったら嬉しいなって思うんだ。くーちゃんが夢を叶える姿を見たいって思ったんだ! ――だからさ、あたしのことを気にするんだったら、絶対夢を叶えること! いいね?』

 

 

 彼女はクーゴの夢を守るために、クーゴの身代わりになった。

 

 

『『美味しいごはんは心と体を元気にしてくれる』んだって! だからあたし頑張ったの! くーちゃんに元気になってほしいもん!』

 

 

 クーゴは全部忘れていた。どんな理由があったのかは分からないけれど、彼女のことを忘れてしまった。

 彼女に助けて貰って、沢山のことを教えて貰って、そのおかげで生きてこれたと言うのに。

 

 

『あたしは常に好きなことしてるよ。くーちゃんが元気になって、長生きして、好きな人と結婚して、家族作って、幸せに天寿を全うするのを見届けるの』

 

『そんなことないの! くーちゃんは元気になって、『お空で待ってる』って言ってた人たちに会いに行くんでしょ? そのためにも、きちんと勉強しなきゃ!!』

 

 

『なれる! そしてできる! だってくーちゃんはあたしの自慢の弟だもん! 美人で可愛いお嫁さん連れて帰って来るよ! 天女みたいに素敵な人!!』

 

 

『だからなれるって! くーちゃんは180超えたイケメン日本男児になるんだから! 和装が似合う格好いい男に!!』

 

 

 憧れのままに羽ばたき始めたクーゴの背中を押してくれた。みんな憐れんで、『未来なんて無い』と断言していたけど。彼女だけは――クーゴの未来を信じてくれた、数少ない相手だったのに。

 

 クーゴの身長は、180cmどころか170cmにも到達しなかった。自分の顔面偏差値は平平凡凡の極みを突き進み、和装は好むが似合っているか否かに関しては誰も何も言わない。物珍しい格好を見てテンションが上がるだけだ。

 虚憶(きょおく)で出会った人々とは、現実でも再会できた。グラハムにぶん回され、イデアと刹那と邂逅し、薄氷の上に成り立つ平和を歩いた。徐々に歪んでいく世界に振り回されながらも、それでも『繋いだ心は離さない』と強く思った。

 グランドマザー『テラ』やその忠実な代行者に成り果てた姉とその一派によって、世界はどんどん歪んでいく。親友のグラハムとビリーは奴らの玩具として使い潰されそうになっている。彼ら以外にも多くの被害者が居るのだろう。

 

 だけど、多分、これは。

 1番大事な人を忘れていたクーゴに対する罰だったのかもしれない。

 

 

「――あおちゃん」

 

 

 震える声で紡いだのは、あの頃の彼女を指し示す仇名。刃金蒼海が蛇蝎の如く嫌った呼び名。

 

 それを聞いた少女が振り返る。

 そこに浮かんでいた表情は――どこまでも優しい笑顔だった。

 

 

<――待ってたよ、くーちゃん。やっぱり来ちゃったんだね>

 

 

 

 

 

 

 『運が良かった』と言えば()()なるし、『運が悪かった』と言えば()()とも言える。

 幸か不幸かも分からないけれど、結果として、少女はずっと()()()()()()

 

 但し、文字通り()()()()()()()()に等しい有様だ。漂うだけになってしまった少女は、眼前で繰り広げられる光景を見ていることしかできないでいる。

 

 

『お前なんかいなければよかったのに』

 

『お前が早く死んでくれれば、アタシは幸せになれるのに』

 

『なんでアタシばかりが、こんな惨めな思いをしなきゃいけないの』

 

 

 大切な弟に、悍ましい暴言を投げつけるコイツは何だ。

 少女の体を動かして、少女の口を動かして、大切な弟を傷つけるコイツは何だ。

 

 

『あおちゃ――』

 

『そんな風にアタシを呼ばないでよ。気持ち悪い!!』

 

 

 大好きな弟に、とんでもない暴言を浴びせて突き放すこのバケモノはなんだ。

 少女の体を動かして、少女の口を動かして、大切な弟を傷つけるコイツは何だ。

 

 

『この世界に、あんたなんか要らない』

 

『塵芥と成り果てなさい! 刃金(ハガネ)空護(クーゴ)ォォォォォォォッ!!』

 

 

 生きて欲しいと、幸せになってほしいと思った弟へ、死を望む怨念はなんだ。

 少女の体を動かして、少女の口を動かして、大切な弟を傷つけるコイツは何だ。

 

 

『貴方の大事なものは、みーんなアタシの掌の上。アタシの意志1つで、自由に動かすことが出来る。貴方がアタシの不興を買ったら――貴方の大事な人たちは、一体どうなるのかしらねェ?』

 

『――アタシの人形(オモチャ)になりなさい、グラハム・エーカー』

 

 

『彼が抜けてしまった分は、貴方に働いてもらわないといけないわ』

 

『彼の代わりに、貴方がするの』

 

『――貴方が、貴方自身の手で、貴方の恋人を『壊す』のよ』

 

 

 弟と仲の良い親友――或いは、弟に生きる希望をくれた虚憶(きょおく)の待ち人に対し、残酷な仕打ちを行った下衆はなんだ。

 少女の体を動かして、少女の口を動かして、大切な弟が大事に想っている相手――彼の親友と、その恋人を傷つけるコイツは何だ。

 

 こんな人格(モノ)が、“てんしさま”の――グランドマザー『テラ』の望んだ“理想の代行者”だというのか。

 

 

<――最低>

 

 

 少女は、あの日の自分が下した選択を後悔していない。あの場に居合わせたら、何度だってあの選択をする。あの選択をし続ける。大事な弟を守って、彼の代わりに成人検査を受けるだろう。

 ……だけど、多分、この地獄絵図は弟を選ばなければ――否、()()()()()()()から、弟の大切な人たちが巻き込まれてしまったのだ。それが、少女の怠慢の証であり、罪の象徴。

 

 

<――本当、最低>

 

 

 これじゃあ本末転倒だ。弟は“理想の代行者”と化した抜け殻に散々傷つけられ、苦しめられている。最近は弟の友人や親しい人々に地獄を振りまくことで、弟を追い詰めようとしている。今の自分にはそれを庇う力もなければ、“理想の代行者”の暴挙を止めることさえできない。

 じゃあ、どうしたらよかったのか。テラズ・ナンバー1によって人格を壊される弟を黙って見ていればよかった? ――そんなことない。それをしてしまえば、弟は自分の恩人/希望に悪夢を振りまくバケモノに成り果てていただろう。その地獄絵図を特等席で見せつけられ、苦しみ続けていたはずだ。

 こんな思いを味わうのは自分だけでいい。だって、弟は散々苦しんできたのだ。病弱な体、『長生きすることが叶わない』というレッテルと憐れみ、『望む未来はやってこないかもしれない』という恐怖――それを乗り越えて、やっと走り出すことが出来たのだ。彼が望む場所へ。

 

 今だって、弟はずっと闘っている。自分が望んだ場所へ『還る』ために。

 

 

<……あたしだって>

 

 

 こぶしを握り締める。歯を食いしばる。

 

 

<あたしだって、お姉ちゃんだもの>

 

 

 ――頑張るって、決めたんだもの。

 

 

<大事な弟の泣き顔、見たくないって思ったんだから>

 

 

 だから頑張った。彼にとって都合の悪い記憶を封じ込めて、“昔から仲が悪かった”ことにした。

 だから頑張った。『刃金蒼海は悪い奴だから、何の躊躇いもなくぶちのめせるように』お膳立てした。

 だから頑張った。寂しいのも、思い出してほしかったのも、忘れないでほしかったのも、全部飲み込んで。

 

 

 

***

 

 

 

「――ごめん」

 

 

 きっと、こうなると思っていた。

 

 ボロボロと涙をこぼして、ふらふらとこちらに歩み寄って来る弟。

 32歳になったと言うのに、彼の泣き顔は14歳の頃の面影が色濃く残っている。

 

 

「ごめん、あおちゃん」

 

 

 思い出したのだろう。思い出してしまったのだろう。

 だから、彼は謝罪の言葉を口にする。それだけを吐き続ける。

 

 

「俺が『助けて』って言ったせいで、身代わりになって、あんなバケモノにさせられたのに」

 

 

 ついに耐え切れなくなったのだろう。少女の前までやって来た弟は、力尽きるかのように膝から崩れ落ちる。

 

 

「挙句の果てに、俺は、あおちゃんのこと全部忘れて、のうのうと生きてた」

 

 

 こちらを見上げる黒の双瞼には、深い罪悪感でいっぱいだ。

 だから彼は、「ごめん」と謝り続ける。

 償う術がないと理解しているから、それしかできないと理解していたから。

 

 

<――怒ってないよ>

 

 

 少女は屈んで、弟に目線を合わせる。

 

 

<だってあたし、くーちゃんのこと大好きだし>

 

「あおちゃん」

 

<……だからあたし、我慢しようと思ったの。我慢できるって思ったの。本当のこと知ったら、くーちゃん泣いちゃうもの>

 

「そっか」

 

<……でも、ずるい。くーちゃんがあんなこと言ったせいで、思い出しちゃった>

 

「何を?」

 

<……本当は、あたし、()()()()()()()()()()

 

 

 覆水盆に返らず。壊れてしまったハンプディ・ダンプティが元通りにならないように、一度零してしまった弱音はなかったことにはできやしない。堰を切ったように零れるのは、少女の本音。

 

 

<あたしのこと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それを知った弟が、今こうして泣き崩れてしまうと理解していたのに。

 だから頑張って、何も知らないままでいて欲しいと思っていたのに。

 

 

<……やっぱり、思い出さない方が良かった?>

 

 

 目が溶けてしまうんじゃないかと錯覚しそうになる程に涙を零すものだから、少女は不安になって問いかける。弟は着物の袖で涙を乱暴に拭って笑った。――直前まで泣いていたせいか、少し引きつっていて不格好だったけど。

 

 

「――ううん。思い出せてよかった。……もう二度と、絶対に忘れない」

 

 

 

 クーゴ・ハガネ、只今、明日を探して迷走中。

 

 




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