問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



2ndシーズン終盤が混迷極まってきて草ァ!!
一方その頃.ユニヴァーサル・コントロール


 

 宇宙(そら)に花が咲き誇る。

 

 人間換算で言えば数百年前――或いは、彼女からしてみれば今も色褪せぬ直近の話――から始まった“来るべき対話”は成され、泥沼になりかけた“金属生命体”との戦いに一区切りついた。

 今は亡き嘗ての仲間たちは、どんな気持ちでこの奇跡を見守っていたのだろう。その答えを知る術を、自分は持たない。恐らくは、並行世界の自分やそれにまつわる数多の人格も。

 

 

『ねえ、エルガン。あたし――』

 

 

 ベルフトゥーロは笑っていた。自分自身に課した使命を果たし、ことの終わりを見届けた彼女の笑顔はいっとう美しい。いつかの時代、どこかのエルガン・ローディック(じぶん)は、この笑顔を見届けることなくいなくなったのだろう。

 星屑の旅人を先導した指導者(ソルジャー)は、自分の歩いた軌跡に満足して――自分が進んできた道は『間違いではなかった』と胸を張って、白い船に乗って旅立った。もういない人々の元へ駆け出して、彼や彼女らと談笑しながら。

 ()()()()()()()()にとっても、ベルフトゥーロ・ティアエラ・シェイドは“運命の相手”だった。()()()()では既に退場した身ではあるし、今はAGの中に身を置く人格の1つでしかなくとも、彼女のことを見つめ続けていた。

 

 彼女の旅路を見届けたこと、新たなる旅立ちを迎えた彼女の背中を見送ったことを、()()は誇らしく思う。

 何せこれは、()()()()で、ここまで存在していたエルガン・ローディックが得た成果の1つだから。

 

 

『――あんたのこと、好きよ』

 

 

 ()()()()()()の自分も、これくらいは聞いただろうか。

 多分、聞いただろう。でなきゃ、あんな満ち足りた顔を浮かべるはずがない。

 ()も自分と同じで、報いを求めていたわけではないだろうけど。

 

 

『世界で2番目くらいには!』

 

 

 エルガン・ローディックがイオリア・シュヘンベルグの親友となった頃、彼の隣には既にベルフトゥーロ・ティアエラ・シェイドがいた。何なら、既に式を挙げて夫婦になった後だった。エルガンは勝負の土俵に立つ間もなく、『自分は“運命の相手(ベルフトゥーロ)”の“運命の相手”ではない』ことを思い知らされている。

 

 それから長い時間が経過した。多くの人々との出会いがあり、別れがあり、遺志を継ぐ者たちの邂逅があり、数多の戦いが発生した。イオリアは破界事変で、コロニーの博士たちとエルガンは再世戦争で退場している。尚、エルガンはその後、AGの内部からZ-BLUEの奮闘と活躍を見守っていた。

 だからきっと、これも別れの1つでしかない。()()()()()()は人の理から既に外れた身であり、ベルフトゥーロは今を生きていた新人類(ミュウ)にして生命(いのち)なのだ。()()()()()()()ことは自然の摂理であり、何もおかしいことではないのである。

 

 

「……はは、ひどいな」

 

 

 酷い声が出た。ジ・エーデルやAG(他の自分)が聞いたら腹抱えて笑いだしそうな調子の声だった。

 だのに、奴らは何も言わない。茶化すどころか笑い飛ばしてすらくれない。

 普段は気遣いとは無縁のくせに、どうして()()()()()()は敢えて我関せずの態度を取るのか。

 

 それが絶妙にタイミングが良いものだから。

 丁度この場には誰もいなかったことも相まって、余計に情けない姿を晒してしまう。

 

 

「キミはひどいオンナだ、ベルフトゥーロ」

 

 

 ――あの直前まで、エルガンのことを『論外』と言ったくせに。

 

 

『……ねえ、ベルは女の人がいいの?』

 

『そうだね。女の子可愛いもんね。女性は素敵だもんね』

 

『男の人で、そう思う人はいないの?』

 

『みんな友達だよ。あ、でも、エルガンは論外?』

 

『ろっ……!!?』

 

『いや、だって、何かある度にびーびー泣いてるんだもん。それに、『殴るのも殴られるのも大好き』なんでしょ? そんな変態、論外よ。論外』

 

『違うもん! そんなド変態、僕じゃないよ!!』

 

 

 ――()()()のエルガンに対して、幼少期の頃から散々酷いことを言ったくせに。

 

 

『ねえエルガン。あんたは、あたしのできないことをやって頂戴』

 

『代わりに、あんたができないことはあたしがやる』

 

『ほら、それなら無敵でしょう?』

 

 

 そんなことを言って、挙句の果てにはそれを滞りなく実行してみせた。

 エルガンが取り零した命を拾い上げて、ZEXISに返してくれて。

 『約束なんだから当然』、『戦友なんだから』なんて笑って。

 

 ――()()()()気配なんて、一切見せなかったくせに。

 

 

「ああ、認めよう。ソレは確かに、ワタシが欲したものだ。……しかし、ソレ“だけ”を残されても、ワタシにとっては無価値なんだよ」

 

 

 いつもなら何かを返してくれるはずの声は、もう二度と聞こえない。

 それでも探してしまったのは、声が返ってくることを望んでしまったのは――。

 

 

「今更“そんなモノ”を得たところで、キミが居なければ、何の価値もないと言うのに……」

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 久しぶりに、虚憶(きょおく)を《視て》いた。最近は意識が無い時間か、虚憶(きょおく)を《視て》いる時間の方が長い気がする。

 恐らくは深層チェックによる疲労によるものだろう。そんなことを考えながら、エルガンはのろのろと視線を上げた。

 意識を失う――或いは、虚憶(きょおく)を《視る》前からどれ程の時間が経過したのか。把握するのが不可能であると知りつつも、情報を集めようと試みる。

 

 

「――テラズ・ナンバー1が()()()()()みたいね」

 

「大丈夫ですの? あの端末は、全子機端末の中でも特段“重要度が高い端末”だと聞きましたが……」

 

「全端末の中でも1番権限が高い端末ではあるけれど、グランドマザー『テラ』からすれば()()()()()()よ」

 

 

 心配そうに尋ねてきた留美(リューミン)に対し、蒼海(アオミ)は妖艶に微笑んだ。

 

 奴の眼前に表示されたホログラムには“グランドマザー『テラ』とその傘下たる端末で形成されたネットワーク”が表示されている。地球全体とその周辺宙域に張り巡らされたそれの稼働率は99.999%。ソレスタルビーイングやスターダスト・トラベラーが幾つかの端末を破壊したという情報が入っているが、グランドマザー『テラ』にとっては掠り傷にすらなっていない。

 テラズ・ナンバー1がどのようにして()()()()()のかは分からないが、ホログラムに表示されたテラズ・ナンバー1の扱いは『LINK LOST』。画面の情報からして、テラズ・ナンバー1とグランドマザー『テラ』の繋がりは断たれているように見える。実際がどうなのかは分からないが、蒼海(アオミ)の様子からして『リンクが切れている』という前提で考えた方が良さそうだ。

 

 

(『ネットワークが存続し続ける限り、S.D.体制の管理者たる機械(グランドマザー)は稼働し続ける』仕組みだったが、グランドマザー『テラ』も同じような構造になっているようだな)

 

 

『各惑星で暴動が起こっています。マザーネットワークの破壊、拡大中!』

 

『ネットワークは破壊不可能じゃないのか!?』

 

『スケールフリーネットワークなら、ハブの20%が破壊されると、80%以上の機能が低下します!』

 

 

 グランドマザーが破壊され、人とミュウが新たな時代に踏み出した瞬間の一場面を思い返す。エルガンはメギドの破壊に出向いていたから、ヤエとシドの会話を直接聞いたわけではない。後でシャングリラのブリッジにいた面々から聞き出しており、その会話を覚えていただけだ。

 

 奴は“直轄端末のテラズ・ナンバーが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、例え本体が物理的に破壊されたとしても活動を続けることが出来る”という特性があった。実際、本体がジョミーに破壊された後も、ネットワークを介してメギドの一斉掃射を指示している。

 当時、S.D.体制下で暮らしていた人々はテラズ・ナンバー系の端末やグランドマザーが展開したネットワークによる恩恵を受けていた。彼らは幼少期から『グランドマザーやその子機端末によって敷かれたネットワークは破壊不可能である』と刷り込まれている。

 ジョミーがテラズ・ナンバーを破壊する姿を見なければ――或いは、キースが人類に対して“グランドマザー、及びS.D.体制からの脱却”を呼びかけなければ、人類はずっと『グランドマザーのネットワークは絶対に破壊不可能である』と思い込んだままだったのかもしれない。

 

 地球(テラ)に『還る』ためにテラズ・ナンバーたちを撃破していたジョミーであるが、彼がグランドマザーの仕組みを知ったのは致命傷を負った直後である。

 地球への最短航路を取りつつ、そこに鎮座するテラズ・ナンバーを何基か撃破していたとはいえ、奴らのネットワークを揺るがすには至らなかった。

 

 

(テラズ・ナンバー系列の端末がある程度現存していても、6基のメギドに発射指示を出す程度の権能はあった。だが、グランドマザー『テラ』のネットワーク構築には、テラズ・ナンバー系列だけでなくマザー・○○(ナントカ)系列のものも含まれている。……文字通り、数の暴力だ。ネットワークの堅牢度はこちらの方がはるかに高い)

 

 

 たかが20%、されど20%。100%の総数が多ければ多い程、20%に相当する数字も大きくなる。

 グランドマザー『テラ』のネットワークは、テラズ・ナンバー系列の端末を破壊し尽くしたところで止まらないのだ。

 自己保存と存続という点ではグランドマザー『テラ』の方が「はるかに優れている」と言えよう。

 

 

(――だが、所詮は機械。所詮はプログラム。人の手によって生み出された被造物(モノ)だ。何かしら……或いは、どこかしらに穴があるハズ)

 

「――ただ、テラズ・ナンバー1の陥落(こんかいの一件)から、ソレスタルビーイングやスターダスト・トラベラーが本格的に活動を再開することになるでしょうね」

 

 

 エルガンが思案を巡らせていたとき、蒼海(アオミ)が忌々しそうにため息をついて端末を操作し始める。キーボードを叩く軽やかな音が響き渡った。

 Enterキーを叩く音と入れ替わりに表示されたのは、蒼海(アオミ)――或いは、グランドマザー『テラ』の思考プログラムが施された人間たちのリスト。

 

 

「グランドマザー『テラ』のプランに隙は無い。――勿論、その代行者たるアタシにだって」

 

 

 蒼海(アオミ)がピックアップした人物の姿に、エルガンは覚えがあった。該当者が今どこで何をしているかも、何となく見当がついていた。

 

 だから息を飲んだ。()()()()()()()。それを察したのか、蒼海(アオミ)留美(リューミン)がこちらに視線を向ける。彼女たちは愉しそうに笑みを浮かべている。酷薄で残忍な眼差しは、ミュウを抹殺せんと行動を起こしていた嘗ての指導者と瓜二つだった。

 嘗て人工ウィスキーを飲んだくれていた長老は言っていた。『S.D.体制の存続に与する人類や機械は“ミュウを抹殺するためならば、同胞(ミュウ)だけでなく人類(どうぞく)の命や尊厳すら踏み躙り使い潰す”ことを厭わない』と。

 

 奴らが同族(じんるい)疑似人工生命体(イノベイド)を使い潰している話題や様子は間近で見てきた。新人類(ミュウ)やいずれ革新者(イノベイター)に至る者に対しても負荷をかけるような真似をしている話題や様子だって見てきた。いずれは()()()()()()を講じるであろう可能性だって予見していた。

 ソレスタルビーイングと新人類(ミュウ)たちの共通点を挙げるとするなら、“周囲には敵しかいないため、同胞意識や帰属意識が強い”という点である。要するに“部外者には厳しいが、身内と認定した相手に対しては甘い”のだ。――それ故、身内認定した相手が裏切り行為を行った際、対処に手間取りやすい。

 元から怪しい動きをしていた人間ならともかく、心許せる仲間が裏切り行為を行っていた――しかも、それは本人の意志や意図したものではなく、思考プログラムを介した洗脳によるものだったら。彼女や彼らが動揺する姿が手に取るように想像できてしまう。その衝撃は計り知れない。

 

 

(……それでもお前は、全てを拾おうとするのだろうな)

 

 

 けれど同じくらい、エルガンはベルフトゥーロを信じている。ずっとずっと長い間、彼女の背中を見てきた男として。

 ジョミー・マーキス・シンに憧れ、彼の意志を彼女なりに受け継いで、この地で“革新”と“来るべき対話”に備える道を選んだ女傑の選択を見てきたのだ。

 ベルフトゥーロの運命の相手がイオリアである/エルガンでなかったとして、それは歩みを止める理由にはならない。寧ろ、その逆か。

 

 

(『恋愛は惚れた方が負け』だと聞く。きっと、()()()()()()なのだろう)

 

 

 エルガンはひっそりと苦笑した。この言葉が正しければ、エルガンは生後数か月の時点からベルフトゥーロに負け続けていることになるし、きっと一生彼女に勝つ機会は訪れやしないだろう。

 それでいい。それでよかった。()()()()()()()()()に対し、エルガンは胸を張ってそう言える。今この瞬間――或いは、もうすぐ訪れる()()()に直面したとしても。

 

 

「他にも、人質になりそうな人間には目星がついているわ。……まあ、人間と言うよりは、革新者(イノベイター)()()()と言った方がいいんでしょうけど」

 

エルガン・ローディック(丁度あそこにいるヒト)と同じ?」

 

「ええ。私もアロウズを介して手を回すけれど、それでうまくいくとは限らないからね。お願いできる? 留美(リューミン)

 

「勿論です、おねえさま。私たちも手を尽くしますわ」

 

 

 蒼海(アオミ)留美(リューミン)は楽しそうに会話している。何も知らない第3者が彼女たちを見たならば、誰もが『仲睦まじい姉妹』だと認識するだろう。実際は2人は姉妹ではないし、留美(リューミン)のきょうだいは兄兼使用人の紅龍(ホンロン)だけど。更に言えば、紅龍(ホンロン)は仏頂面で留美(リューミン)の傍に控えたまま微動だにしない。

 留美(リューミン)が命じれば、紅龍(ホンロン)は即座に“完璧な使用人”として動き出すだろう。幼少期に当主から『次期当主として不適合』とみなされた理由の断片が伺えてしまって――本人もそれに反抗する意志がないため、余計に“自発的に動こうとする様子がない”ように感じる――、何だか複雑な気分になる。

 蒼海(アオミ)に同調する留美(リューミン)の指示を忠実にこなし、彼女たちから下された命令の意味を精査せず動き回る様子には覚えがある。グランドマザー、及びS.D.体制下の中で生きることに適した人類によく見られた特徴だった。元から()()教育された賜物なのか、あるいは()()教育に適応()()()()()()末路なのか、判断はつかない。

 

 

「――なあ姐さん。コイツついに()()()じゃなくなっちまったんだけど、本当にコレでいいのか?」

 

 

 蒼海(アオミ)留美(リューミン)が何かの段取りを決め終えたタイミングで、別の部屋からサーシェスが顔を出した。

 

 奴はエルガンのことなど気に留めていない。誰かを強引に引きずってきたらしく、適当なソファ目掛けてぞんざいに座らせる。

 勢いそのまま、なされるがまま。ソファの上に倒れ込んだのは、虚ろな目をした金髪碧眼の白人男性――グラハム・エーカー。

 

 

「最初の頃に比べりゃあ、随分と()()()()()なっちまった。俺としちゃあ、奴と初めて顔を会わせたときの方が()り応えがあって良かったんだがなァ」

 

「あら。雇い主に対する宣戦布告かしら? ミスター。貴方も彼と()()になりたい?」

 

「とんでもない! いつぞやのツケが絡んでることは認めるが、アンタに与した1番の理由は『俺に戦争をさせてくれる』ことだ」

 

 

 雇い主から無機質な眼差し――『反抗するなら自我を壊す』という宣言だ――を向けられたサーシェスは笑顔で肩を竦めた。

 サーシェスは戦争を生業とする傭兵だ。職業も気性も“戦いや争いが絡む戦場(ばしょ)でしか生きていけない”人種である。

 多くの人々が革新という階段を上る中、彼や彼女らに背を向けて階段を下りていくタイプの人間だ。恐らく、時代の流れで淘汰されていくような。

 

 最も、前へ進む誰かがいるならば、留まる誰かがいるはずだ。同じように、逆方向へ走り出す誰かだっている。それらの行動は全て“種の保存”によるものだった。

 前へ進むことだけが最適解ではないように。留まることが安寧に繋がるわけではないように。後ろに走り出すことが間違いではないように。

 

 ――『どの選択が種の繁栄に繋がる(正しい)か』など、終わってみなければ分からないから。

 

 

()()()()()になっちまったら、その時点で俺は俺じゃなくなっちまう。そうなったら戦争どころじゃないからな」

 

 

 『刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)のやり方に対して反感は抱いているが、自分の目的を叶えてくれるという一点を保証してくれる限りは反抗しない』――それが、今のサーシェスの考えらしい。“戦争さえ出来るなら、大人しく理性的でいられる”故の行動だろう。

 彼女たちと奴の共通点を挙げるとするなら“人類を管理するためには、定期的に戦争を引き起こす必要がある”、或いは“戦争は人類にとってのガス抜きである”、だろうか。関係性はビジネスライクであるが、組み合わせが最悪過ぎた。

 

 サーシェスが憐れみ交じりの眼差しで見つめる先には、真っ暗な目をしてあらぬ方向を向いたグラハム・エーカー/ミスター・ブシドー。

 

 彼はのろのろと姿勢を正した――それでも心身の状況を反映しているためか力なくソファの背もたれに体を預けていた――が、そのまま俯いてしまう。

 微かに動いた口からこぼれたのは、音にならない声。或いは、『もう誰にも届かない』と思い込んでいるグラハムの本音か。

 

 

<――“少女(■■■)”>

 

 

 彼が名を呼ぶ/思い描くのは、最愛の女性(ひと)

 多くの記憶を奪われ、自我を失いつつある彼が、必死になって掴んでいる願望(ねがい)

 男がまだ肉塊に成り果てていない――或いは、人というカテゴリにしがみつけている理由。

 

 

<――どうか、無事でいてくれ>

 

 

 男は祈り続けている。祈りの対象が神ではない――最愛の女性(ひと)に捧げたものであることは確かだ。

 

 だが、きっと、その祈りもいずれ刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)――グランドマザー『テラ』によって踏み躙られてしまうのだろう。エルガンには、そんな予感がしてならない。

 ブシドー本人もそれを察しているようで、一筋涙が零れ落ちた。最も、彼が涙を零したのはそれっきりで、後はずっと同じ文言を呟き続けるのみとなったが。

 

 

「ビリー・カタギリへの思考プログラム、もう少し強めた方がいいと思うよ。最近は『彼の自我が殆ど無い』ことに気づく様子を見せるようになったし」

 

「一部の連中がクーデターを試みようとしてるみたいだ。思考プログラムを施した人間を紛れ込ませて内側から瓦解させよう」

 

「えー? そいつら全員纏めて反逆者として摘発した方が早くないかー?」

 

 

 少年たちの声がした。刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)/グランドマザー『テラ』の手によって生み出された無垢なる者の候補者――無垢なる子たち、海月、厚陽、星輝。彼らはアロウズのライセンサーという地位を有している。

 事実上、奴らは刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)/グランドマザー『テラ』の命令を忠実に実行するための私兵。本人たちもその役目を果たすことを至上だと考えているわけだ。そのためならば、文字通り『なんだってする』。

 水面下で反逆の狼煙を上げようとしている者たちに対しても、奴らは一切容赦しないだろう。ブレイクピラー事件で己の在り方を見つめ直そうとする人々にも危機が迫っている。

 

 地位と権力を持っていた頃のエルガンであれば、アロウズの中で燻っている人々に支援することも出来ただろう。今となってはどうしようもない話であるが、思わずにはいられない。

 

 ただ、諦めているかと問われればNoだ。ブレイクピラー事件をきっかけに“アロウズのやり方に疑問を持って動き始めた”人々も、ミスター・ブシドー同様“己の全身全霊を懸けて思考プログラムに抗っている”人々も、“世界の歪みを正すため、或いは破壊するために立ち向かうことを選んだ”人々も、エルガンと同じことを考えていることだろう。

 彼や彼女たちの決意と行動が世界を変えるのだ。軌道エレベーターの崩壊という大問題に直面し、人々を救うためにピラーの破片を破壊し始めたソレスタルビーイングやスターダスト・トラベラーの姿を――或いはクーゴ・ハガネが《視せた》虚憶(きょおく)――人の心の光と己の中で息づく英雄の姿に突き動かされた人々がいたように。

 

 

『私は……君達と、未来……を、……信じて、いる……』

 

 

 エルガンが《識っている》男の最期を思い返す。

 

 彼は笑って死んでいった。ZEXIS――もしくはZ-BLUEが全てを成し遂げると信じていたから。

 実際、AGを通して《視て》いたから。――そして、彼が信じたとおりになった。

 

 

(羨ましい、と、思わないわけではない)

 

 

 望んだとおりの光景を見届けることが出来たエルガン・ローディックは、確かに幸せだったのだと思う。幸せそうだったとエルガンも思っている。きっと自分は、それを叶えることは出来ないだろう――そんな気がするから。

 

 

(少しばかり『哀れだな』、と思うことはある)

 

 

『ああ、認めよう。ソレは確かに、ワタシが欲したものだ。……しかし、ソレ“だけ”を残されても、ワタシにとっては無価値なんだよ』

 

『今更“そんなモノ”を得たところで、キミが居なければ、何の価値もないと言うのに……』

 

 

 ただ、もし、自分が彼とは違って『救われている』と思うことがあるなら――

 

 

『――彼は、私たちの中で永い眠りにつきました』

 

『……耐えられなかったんでしょう。彼女が()()()()()という事実が』

 

『きっと今頃、白い船に乗れたんじゃないですかね?』

 

 

『私の見立てでは、今まさに蹴落とされそうになってると思いますけど』

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「――大丈夫です! 何でもありません! 何でも!!」

 

「そうそう! 本当に何でもないから大丈夫だって!!」

 

 

 ハワード・メイスンはジョシュア・エドワーズと共に、目の前にいる上官――旧ユニオン軍時代に見た上官と同じような挙動を示している――に対し、全力で念押しした。

 自分のすぐ傍に居たダリル・ダッジ、アキラ・タケイも、首を縦にブンブン振りながらハワードの言葉を肯定して念押しする。いや、ゴリ押しと表記した方が正しいかもしれない。

 “突然4人が会話に割り込んできた”という異常事態に目を白黒させる()()()()()()()()――カティ・マネキンとパトリック・コーラサワーにはアイコンタクトを送った。

 

 

<理由は分からないが、今は彼らの意見に同意した方がいいようだな>

「ええ、彼らの言う通りです。何でもありません」

 

 

 カティとコーラサワーがこちらの意図を理解してくれるか否かは賭けだったが、前者は“ハワードたちが助け舟を出してくれた”と判断してくれたらしい。すぐに頷き返してくれた。

 後者は呆気に取られたようにカティやハワードたちを見比べていたが、何かを言う前に上官が会話を打ち切って去ってしまったので事なきを得たようだ。あのまま食い下がっていたらどうなっていたか。

 

 

『すみません。“施設の一部がハッキングされて、ガンダムの映像が放映された”件は解決したんですか?』

 

『……ええと、何を言っているんですか?』

 

 

 4年前――ハワードたちが旧ユニオン軍の軍人だった頃――に発生した“本当にあった怖い話”は、未だに色褪せていない。

 

 “何者かにユニオン軍の施設が一部ジャックされ、ガンダムが武力介入を行う映像の一部が放送された”という大事件が発生したにも関わらず、“あの場に居合わせた情報系列の関係者に問いかけても、彼らは口を揃えて『そのような事態は起こっていない』と答える”という異常事態。

 しかも全員が“ある一定の反応”――最初は本当に困惑している様子で対応してくれるのだが、しつこく問い詰めようとすると殺気漂う無機質な雰囲気に変化していく――を示すのだ。本能的に命の危機を感じてしまい、結局それ以上深堀り出来ずに終わってしまっていた。

 

 

『キミたちの言うような事態は発生していないぞ。軍が何者かの手によって施設の一部を乗っ取られるなんて事象が発生していたならば、我が軍そのものの沽券に関わる。もっと大騒ぎになって然るべきだろう』

 

『――まだ、何か?』

 

 

 一時はガンダム調査隊関係者で人海戦術をして情報収集を行っていたのだが、どこからか『ガンダム調査隊が変なことを聞きまわっている』という噂が流れ、上司に呼び出される羽目になった。件の上司に問いかけてみるも、彼や彼女たちもこぞって()()()()()()()を示している。彼らの場合、“当時のハワードらと同じ、或いは下の階級と比較して、殺意が高かった”ような気がした。

 咄嗟に『自分たちが訊ねた事象が“勘違いである”ことを証明したかった』、『今回の話はこれで解決した』と言うことで難を逃れたような形となり、自分たちは解放されたのだ。上司からはお説教と共に身を案じる労いの言葉を貰い、やたらと休暇を取るよう勧められ、最終的には休みを取るよう約束させられてしまった。

 隊長直伝のゴリ押しと副隊長直伝のアルカイックスマイルが無ければどうなっていたことか――考えるだけで恐ろしい。ある意味『自分たちは異常者である』と宣言させられたような状況に思うところが無いわけではない。だが、圧倒的多数派に対抗するには、ハワードたちの階級や団体としての強さはあまりにも足りな過ぎた。

 

 ここ最近、アロウズの体制を強化しようと動き回っている上層部は異様にピリピリしている。彼や彼女らと親しい、或いは同じ志を持つ同僚たちもだ。

 いつぞやの旧ユニオン軍でよく見られた上層部や一般人の反応を示す人々の数は、日に日に増えて言っているように感じる。

 

 そうこうしている間に、ハワードたちやカティらの周囲から“あの頃の上官や同僚と同じような反応を示していた人々”はこの場を離れたようだ。それを《察した》ハワードたちは肩の力を抜いて安堵の息を吐く。それを見ていたコーラサワーは何か合点がいったらしく、ポンと手を叩いた。

 

 

「お前ら、もしかして大佐や俺を助けてくれたのか?」

 

「当たり前だろ! アンタらは数少ない()()()()()なんだから!」

 

 

 今の今まで頭に疑問符を浮かべていたコーラサワーに対し、ジョシュアが頭を振り乱さんばかりの勢いで叫んだ。

 彼がハワードたちに合流したのはオーバーフラッグス部隊結成以後からだが、それでも充分“周囲の様子がおかしい”のを見続けている。

 

 

「最近はあちこちがピリピリしてるっすからね。同じアロウズ内部でも粛清じみた告発が相次いでるみたいだし」

 

()()()()()()()が常に目を光らせています。不用意な発言はできませんぜ?」

 

 

 先程の上官の様子――自分たちを粛清対象と認識するか否かを値踏みするような眼差し――を思い出し、アキラとダリルが肩を竦めた。それを聞いたカティが不思議そうな顔で問いかけてきた。

 

 

「貴殿らは、今のアロウズの様子に何か心当たりがあるようだが」

 

「似ているんです。嘗て我々が在籍していた旧ユニオン軍で見た光景(モノ)に」

 

「旧ユニオン軍? お前ら、古巣で何を見たんだよ?」

 

「……上手く説明できるか否かは分かりませんが――」

 

 

 思い当たる一件を引っ張り出し、どうにか説明を試みる。あの人形みたいな反応を――或いは得体の知れない殺意を思い返しながら。

 多くの人々が荒唐無稽だと笑うだろう。でも、その予感を《察知する》ことで、ハワードたちはどうにか生き残って来た。

 “周囲が間違っている/おかしいのに自分が責められる”という極限状態で戦うのは、とてもしんどい。

 

 相変わらず頭に疑問符を浮かべたままのコーラサワーと、にわかには信じ難そうな表情を浮かべて考え込むカティ。この2名は数少ない()()()()()()だが、今回の話題はやっぱり荒唐無稽なものだと認識されるのであろう。

 だとしても、この2名には『“旧ユニオン軍時代に直面したアレコレ”の情報共有をしてもいい』と思うレベルには信頼できる。恐らくは、ハワード以外の元・オーバーフラッグス隊の面々も。だからダリルたちはハワードの話を遮らなかった。

 

 話を聞き終えたカティは顎に手を当てて考え込む。コーラサワーは相変わらず頭に疑問符を浮かべるばかりだ。

 

 

「にわかには信じられない話だが、ここ最近の動きから考えると辻褄が合うな」

 

「そうですか。そう、思っていただけるのですね」

 

「……正直な話、私は今のアロウズの体制ややり方にはついて行けないと考えている。貴殿らもそうなのだろう?」

 

 

 大きな声で言えない話だ。でも、ハワードたちも、大分前からカティらと同じことを考えていた。

 

 様子がおかしい元・隊長や元・技術顧問、無辜の人々を虐殺するような非道な任務の数々――もともと抱いていた不信感は、メメントモリ発射からブレイクピラー発生までの一連の事件で確信となった。

 だが、反旗を翻そうと動けばアフリカタワー占拠の首謀者パング・ハーキュリー大佐と同じ轍を踏むことになる。あの場に居合わせた一般人の記憶は改竄され、ハーキュリー一派は賊として貶められた。

 多くの軍人が、今のアロウズのやり方に疑問を抱いている。ブレイクピラーの一件で気運が高まっているとはいえ、ハーキュリー一派の末路もある。下手な戦力では簡単に握りつぶされるだろう。

 

 それ以上に、反旗を翻すにも問題がある。先も述べた通り、“様子がおかしい上官や同僚、或いは部下”だ。上手く言語化はできないが、『あの手合は絶対に()()()()()()()()()()()()()』という確信があった。

 最も、それを言ってしまえば、我らが元・隊長であるグラハムや元・技術顧問のビリーも()()()()()()()()()()()()人員になってしまうのだけれど。特に前者は――最近本人の姿を見ていないが――憔悴っぷりが酷くなったように思う。

 

 

『フラッグを下地(ベース)にした新型機、もうすぐ完成するんだ』

 

『彼、喜んでたよ。『これでガンダムと決着が付けられる』って』

 

 

 最近のグラハム/ブシドー関係の情報は、ビリーから齎されたものだった。ビリーの様子も大分()()()()()()けれど、現状、グラハム/ブシドー関係の情報を持っているのは彼しかいない。

 死んだ魚みたいな目をしてふらふら歩いていた男が、どこまでも真っ暗な目をしていた男が、悲壮感に満ちた儚い笑みを浮かべた男が、フラッグの新型機を喜ぶ余裕があるわけないのだ。

 

 

「今ここで何とかしないと、世界がアロウズに支配されることになる」

 

 

 口火を切ったのはジョシュアだった。それに続いて、ハワードたちも口を開く。

 

 

「統一支配を推し進めることに躍起になってるせいか、部隊内での自浄作用がない。過激な動きを正そうとすれば、反逆者扱いされて叩き潰されてしまう」

 

「『自分たちのやり方に従えないなら、どのような立場であろうと死一択』ってのは滅茶苦茶過ぎるっす」

 

「“人としての尊厳や矜持を踏み躙られ、監視されながら生かされる”――まるで飼い殺しでさァ」

 

 

 顔を見合わせ、頷き合う。

 きっと、自分たちの考えていることは同じだ。

 

 

 

***

 

 

 

『アロウズと地球連邦内部でクーデターの疑いがあり――』

 

『今回の一件で、大規模な編成の変更や人事が行われ――』

 

 

 ニュースキャスターが指し示したテロップに表示された軍関係者の大半が数少ない()()()()()()ばかりだ。良くて左遷、悪くてクーデター未遂の首謀者や関係者として粛清されている。勿論、被疑者にされただけでも末路は『お察し』であろう。

 その中にカティ・マネキンやパトリック・コーラサワーの名前がないことは充分幸運だと言えた。最も、関係者を分散させて中枢から追い出したとて、アロウズの体制に反感を抱く軍人たちは諦めるわけがない。誰だって家畜に甘んじるつもりは無いのだ。

 

 

『貴殿らの警告が無ければ、私もあそこに名前が載っていただろうな。――だが、流石にこれ以上は()()()か……』

 

 

『俺は馬鹿だから、アロウズの上層部が何を考えてるかは分からねえ。そして何より、俺は最後まで大佐についてくって決めてるんだ』

 

『でも、そんな俺でも分かることがあるんだ。“アレを野放しにするってことは、大佐の身を危険に晒すことと同義”ってことが。……だから、決めたぜ。俺は』

 

 

 当局からの横槍に頭を抱えつつも、反抗の準備は進んでいる。

 

 その中でも中核を担っているのが元AEUの指揮官カティ・マネキンと彼女の直属部下――もといストーカー(?)のパトリック・コーラサワーだ。後者は特に、愛する女のためにとやる気を滾らせていた。

 彼の姿を見ていると、嘗ての上司の姿を思い出す。今となっては嘗ての技術顧問からの口頭からしか情報がないグラハム・エーカー/ミスター・ブシドーは、今、どこで何をしているのだろうか。

 嘗てのグラハムならば、こんな異常事態を黙って見ているはずがない。実際、彼を見たときだってそうだった。本人は何も語らなかったけれど、ハワードたちには()()()()()のだ。

 

 

()()()()()()、貴方は――』

 

『私のことは気にしなくていい。こうなったのも自業自得だからな』

 

『そんな!』

 

『……貴公らは、まだ間に合う。私のようにはなるなよ』

 

 

 多分、あのとき、ブシドー/グラハムは既にアロウズの行く末が暗いことを知っていたのだと思う。

 だから彼は、ハワードたちに警告を残した。……自分1人だけ、地獄への道を歩みながら。

 

 

「――僕は、多分、みんなと一緒に行けないと思うんだ」

 

「恐らく、我々には思考プログラムという一種の洗脳が施されている。今はそちらに害を加えないでいられるが、何がトリガーになって敵対行為を働くか分からない」

 

 

 下手くそな笑みを浮かべたのはビリー・カタギリ。真剣な面持ちで補足を入れたのは、アンドレイ・スミルノフ。

 どちらも、アロウズという泥舟と共に沈む覚悟を固めてしまっている。あの日言葉を交わした元・上司のように。

 

 

「だからせめて、頑張る人の力になりたいなって思ったんだ。……きっとこれも、滅茶苦茶に歪まされてしまうのかもしれないけど」

 

「世界の歪みを食い止めるために戦い続ける誰かのために、悲劇を終わらせたいと願って行動する誰かのために。その一助になるくらいのことは出来る。――そう信じて戦い続ける人を、知っているから」

 

 

 彼らが思い浮かべている人間は一緒。《視えた》のは、けったいな仮面と陣羽織を身に纏った軍人――ミスター・ブシドー/グラハム・エーカー。

 

 彼らのように『カティの一派に合流できないが、彼女の一派が反旗を翻すことには可能な限りの支援を行う』ことを選んだ軍人たちは、きっと、ブシドー/グラハムの背中に影響を受けたのだろう。

 “どこにも行けない自分でも、世界の歪みを食い止めるために戦い続ける誰か、或いは悲劇を終わらせたいと願って行動する誰かの一助になるくらいのことは出来る”と信じられた理由になった。

 この場に居合わせた面々――アロウズのやり方に反旗を翻すことを選んだアロウズ及び地球連邦軍の軍人たち――は思わず顔を見合わせる。彼らの言葉を信じるべきか否か、悩んでいるのかもしれない。

 

 ビリーもアンドレイもそれに気づいたのか、悲しそうに苦笑した。

 それでも、こちらに手を貸すことを止めようとしない。

 

 

「軍人の本分は『市民の安全を守る』こと。軍がそれを成せないのなら、軍そのものを正すのが軍人の務めだ。……私にはもう出来ないことだが」

 

「僕の場合は軍人として失格だけど、でも、裏切りたくない人がいるからね。その人の前では胸を張れる自分でいたいんだ。……その我が儘すら、ままならなくなっちゃったんだけどね」

 

 

 「それでも」と2人は笑う。

 何度でも、そう言い続ける。

 

 

「こんなつらいのも、苦しいのも、僕らで最後にしなきゃいけないんだ」

 

「いずれ正された世界で、二度とこんな事態が起きないように」

 

 

 ――2人に背中を押された軍人たちは、明日を求めて駆け出した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「――そう。無事にテラズ・ナンバー1から情報を引き出すことができたのね」

 

 

 エイミーが話している相手は、刃金家に向かった面々――クーゴ・ハガネ、イデア・クピディターズ、刃金宙継らだろう。彼や彼女らは目的を果たしたに違いない。報告を聞くエイミーの反応からして、後はホワイトベースに合流するのを待つだけか。

 妹の相槌をBGMにしつつ、ロックオン(ニール)は思いを巡らせる。3人とプラスαがホワイトベースに帰還し次第、ロックオン(ニール)は彼らごとソレスタルビーイング/プトレマイオスに送り届けられる予定になっていた。

 本来なら、ロックオン(ニール)の合流はもう少し先だった。思念増幅師(タイプ・レッド)のミュウとして覚醒して以降、ずっと力が安定していない。今でさえ『目隠し亀甲縛り(人の尊厳)を犠牲にしてようやく戦線に立てる』という有様だ。

 

 それでも復帰が前倒しになったのは、先のブレイクピラーでの戦闘レポートと、弾圧や統制を推し進めるアロウズの活動が激化したことが理由だろう。

 

 革新者(イノベイター)を名乗る刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)一派/グランドマザー『テラ』も、反政府組織や団体、個人に対しての攻勢を強めている。

 このまま奴らを見過ごせば、人々は尊厳を奪われるだろう。テロを起こす連中が正規軍の弾圧行為に変わっただけだ。

 

 

「本当に戦うべき相手、か……」

 

 

 ロックオン(ニール)はぼんやりと天を仰ぐ。

 

 

(思えば、随分と遠くまで来たもんだ)

 

 

 家族をテロで失い、エイミーが意識不明になって、テロやテロリストに対して怒りを募らせた幼少期。裏社会に身をやつし、戦場を渡り歩いていたときに声をかけられたことで、ニールはソレスタルビーイングに入団する。

 与えられたコードネームはロックオン(狙い撃つ)ストラトス(大気圏)。愛機は緑系列のカラーリングが施された狙撃型のガンダム・デュナメスを駆って戦場を駆け抜けた。その後は九死に一生を経てミュウに覚醒し、妹が率いる艦の居候をやっている。

 

 多くのことが二転三転し、ロックオン(ニール)自身も世界や環境の変化に流され続けた。

 それでも、自分が『還りたい』と願う場所と、大切な人たちの未来を想えるくらいにはなれたと思う。

 まあ、『還れる』か否かに関しては全くの別問題だけれど。閑話休題。

 

 

「これから、アロウズやグランドマザー『テラ』との戦いは激化していくだろう」

 

 

 ロックオン(ニール)の傍で紅茶を啜っていたアスルが、渋い顔をしながらため息をついた。名前の由来――どこかの国の言葉で“青”や“群青”を意味する単語――とは真逆の真っ赤な瞳は、酷く憂いに満ち溢れている。

 

 

「それに伴って、プトレマイオスは悲劇に見舞われるかもしれない」

 

「悲劇?」

 

「キミの弟くんと、その恋人について」

 

 

 その言葉にロックオン(ニール)は思わず顔を上げた。

 

 真っ赤な瞳は酷く透き通っている。

 アスルは小さく頷いた。

 

 

「キミは『自分の『還る』場所に居場所はあるのか』って考えているみたいだけど、少なくとも、キミが『還れば』それを変えられるハズだ」

 

「俺が、ライルを助けられると?」

 

「ああ」

 

「――それは、お前の持つ荒ぶる青(タイプ・ブルー)としての力か?」

 

 

 ロックオン(ニール)の問いかけに対し、アスルは静かに首を振った。

 

 

「キミと共に過ごしてきて思ったことだよ」

 

 

 赤い瞳は、一体どこを見ているのだろう。彼個人の勘は――或いは荒ぶる青(タイプ・ブルー)としての力は何を《視て》いたのだろう。それを推し量ることはもう出来ない。それを訪ねるより先に、彼は他のクルーに名前を呼ばれたため、この場から去っていった。

 ラナロウやマークらと談笑していた背中は廊下の向こう側へと消えていく。それを見送った後、再びロックオン(ニール)はエイミーに視線を向けた。彼女はクーゴらからの報告に相槌を打っていた。その表情は文字通り百面相であった。

 

 その傍ら、エイミーは手慣れた様子で端末を弄繰り回している。

 

 ロックオン(ニール)の知るエイミーは、テロに巻き込まれて昏睡状態になる直前までの期間しか知らない。どこにでもいる10代半ばの女の子だったはずの彼女は、艦の指揮官を務めている。

 あの頃のニールはおろか、今のロックオンでも想像できない成長を遂げてしまった彼女に対して思うところがないワケではない。特に、幼少期のニールはどこにでもいる学生だったから余計に。

 テロを憎んで飛び出した頃も、そうして今この瞬間も、ロックオンは『妹や弟には、争いとは無縁の人生を送ってほしい』と願っている。だが、実際はその願いは儚く消え去った。

 

 

(ライルは大企業を辞めて俺の後釜に座り、エイミーは意識不明の間にミュウに覚醒して戦術指揮官としての才能を発揮して……どっちも俺の後を追いかけるような形になっちまったな)

 

 

 改めて己の歩みを振り返ったロックオン(ニール)は苦笑する。サーシェス相手に命を懸けた/復讐することを優先したことに関しては後悔してないし、討ち取れなかったことを『惜しい』とは思っている。いずれは改めて決着をつけたいとも。

 

 けれど、ロックオン(ニール)は多くのことを忘れていた。両親は亡くなったしエイミーも意識不明の重体になったけど、ライルもエイミーも生きていた。仲間たちだってロックオンを慕ってくれていたし、好きな子だってできたのだ。それを振り払って走り出した末路がコレである。

 こんな自分に、ソレスタルビーイングへ『還る』資格があるのかは分からない。ロックオン(ニール)の後釜に座ったロックオン(ライル)は戦力として充分だし、ロックオン(ニール)なんかいなくとも問題ないように思えた。

 何より、ロックオン(ニール)にとってのスターダスト・トラベラーは自分と妹の命の恩人だし、エイミーも自分たちの艦を居候先として貸し出してくれた。国連軍との戦いがひと段落した頃から今の今まで、ずっと世話になりっぱなしである。

 

 

(――俺も、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターなんだよなぁ)

 

 

 恩知らずであることは百も承知。イデアが受け入れられなかったらどうしたのかというIFについて思いを巡らせなかったのかと問われたら、口ごもってしまうであろうことも事実。

 仲間たちと離れて、同胞たちと共に生きる日常に慣れ親しんだ。その中でもロックオン(ニール)の脳裏によぎるのは、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして戦った日々。

 

 戦線復帰を望んだのも、もう一度立ち上がることを選んだのも、全てはソレスタルビーイングへ『還る』ためだ。

 

 仲間たちを悲しませるような愚行に走ったことも、愛した女を泣かせるような真似をしてしまったことも、取り返しの無い過ちであることは理解している。形はどうあれ、戦いから脱落してしまったロックオン(ニール)の席は空席になり、そこにはもう既にロックオン(ライル)が座っていることも分かっていたのだ。

 だとしても、ロックオン(ニール)にとっての『還りたい』場所はソレスタルビーイングだ。『還る』ことが叶わないと言うなら、せめて仲間たちの力になってやりたかった。良くも悪くも、ロックオン(ニール)もまた戦争根絶を夢見る天上人。4年前の闘いの日々で、既に自分は()()()()()()に成り果てている。

 

 

『私たちは家族だけれど、いずれ自立する。そうしていつか、自分の『還りたい』場所を見つけて根を下ろす』

 

『私はそれをスターダスト・トラベラー(ここ)に見出した。兄さんたちにとっての『還りたい』場所がソレスタルビーイングってだけで、それは一緒でしょう?』

 

 

 『それでいい』とエイミーは笑った。『そういうものだ』と付け加えて。

 

 

(家族を言い訳にして、しがみついていたのは俺の方だったのかもしれない。情けないな、本当に)

 

「――了解。これから兄さんと一緒に迎えに行くね」

 

 

 ロックオン(ニール)が自分を顧みて苦笑したのと、エイミーが通話を切ったのは同時。

 こちらに視線を向けてきた妹の様子から、彼女はロックオン(ニール)をアッシーにするつもりらしい。

 運転免許はまだ使えた――以前きちんと更新したから大丈夫だが、自動車の運転は久しぶりだ。

 

 

「そういうわけだから、安全運転お願いね?」

 

「……了解」

 

 

 意気揚々と下船準備を始めた妹の背中を見送りつつ、ロックオン(ニール)も下船準備に向かった。そうして――ふと、思い至る。

 

 

(そういや、クーゴも双子の姉弟なんだっけ?)

 

 

『――真実を知らなきゃいけないんだ』

 

 

 暫く前、ホワイトベースにやって来たクーゴ・ハガネは、酷く真剣な面持ちをしていたっけ。日本の京都は彼の生まれ故郷と聞いたが、彼の表情からは『帰郷に胸を躍らせている』ようには見えなかった。

 彼の話を聞く限り()()()()()()()()()()()()()に思ったが、どうだったのだろう? 彼は故郷でどのような真実を見つけて、向き合うことになったのか――どうしてか、妙に気になって仕方なかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 アニュー・リターナーは、悪の組織に所属する技術者の1人。得意分野は宇宙物理学、MS工学、再生医療、操舵、料理――主に裏方系のお仕事に特化した、情報収集型のイノベイドだ。

 現在、アニューは仲間たち――筆頭は、仲が良い後輩であるクロスロード夫妻――たちと一緒に、軌道エレベーターの整備に関連する仕事に精を出している。

 

 職業柄、アニューのような技術者が軌道エレベーターの一般利用者から声をかけられることは少ない。一般人が知りたいと望む情報(モノ)は“ターミナルの利用に関するアレコレ”であって、“軌道エレベーターの専門知識や技能”を知りたいわけではないからだ。

 実際、宇宙技術者の制服を着ているアニューやクロスロード夫妻に声をかける一般人は殆どいない。悪意無く人や荷物と接触してしまった際の謝罪や、迷子になっていた子どもや人たちを見かけた際にサービスカウンターへ案内や、一般人利用者として来訪した友人知人が声をかけてきたりするくらいか。

 

 

「――こんにちわ」

 

 

 ――だから、“誰かに呼び止められる”のは、とても珍しいことなのだ。

 

 アニューは足を止めて振り返る。そこにいたのは、豪奢な着物――知人曰く『振袖』といい、未婚女性が身に纏う正装~準正装らしい――を身に纏った、黒髪黒目の東洋人女性だった。

 キラキラしている白地に、どこか古風な雰囲気漂う特徴的な柄が目を惹く。格好からして、富裕層か由緒正しい一族なのかもしれない。故に、余計に、アニューは訝しんだ。

 自分の知り合いに、ああいうタイプの女性はいない。もっと言えば、ああいう女性に声をかけられるような狼藉を働いた覚えもない。半ば困惑しながらも、アニューは対応する。

 

 

「こんにちわ」

 

 

 愛想よく返事をしつつ、アニューは女性の姿を目視する。

 失礼にならないように気を付けつつ、相手の出方を窺った。

 

 ……彼女の顔立ちに既視感を覚えたのは何故だろう。

 

 アニューは元々、情報収集型のイノベイドである。こういうときは即座にデータをヴェーダに送信しているのだが、長兄が『最近のヴェーダはキナ臭いから、思念波でアプロディアや僕らに《聲》をかけるように』と声をかけられて以後はそうしていた。

 だから、今回もアニューはそうしようとした。思念波を介して、アプロディアと長兄に女性の画像データを送ろうと試みる。より正確な情報を送るため、アニューは彼女の顔をまじまじと見つめた。女性は綺麗な笑みを浮かべている。まるで、精巧なガラス細工のようだ。

 

 

(――え?)

 

 

 黒の双瞼がアニューを映している。気づくと、アニューの視線は女性の瞳に釘付けになっていた。目を逸らそうとしたが、逸らせない。強い力で固定されたような、瞳の奥底の闇へと引きずり込まれてしまいそうな心地になる。

 女性は笑みを深くした。アニューの背中に凄まじい悪寒が走る。今すぐ、彼女から離れなければ。今すぐ逃げなければ――本能は必死になって訴えている。アニューもまた、この女性から逃れようとした。

 だが、アニューの意志や思考回路などお構いなしに、アニューはこの場から動けなかった。女性はニコニコ笑いながら、どんどん距離を詰めてくる。だめだ。逃げなければ。アニューの体はピクリとも動かない。

 

 

(――!!)

 

 

 ついに、女性はアニューの眼前に立った。黒い瞳が、どこまでも不気味な金色に光る。その瞬間、アニューの頭が割れんばかりに痛み始めた。

 痛みに耐えられずに目を閉じようとするが、瞼すら動かない。アニューの視界は、取りつかれたかのように女性だけを映していた。

 

 頭をぐちゃぐちゃにされるような感覚。悲鳴を上げて悶え苦しんでいてもおかしくないのに、身体は一切動かなかった。喉が蓋をされてしまったかのように、声を出すことができない。

 

 

<嫌、嫌! 助けて、誰か!!>

 

 

 アニューは必死に叫ぶが、誰も返事を返してくれなかった。いつもならすぐに対応してくれるはずのアプロディアも、飛んできてくれるはずのリボンズたちやベルフトゥーロも反応しない。

 彼らは自身のやるべきことを果たすため、真剣に話し合いをしているところだった。アニューの《聲》が《聴こえた》様子はない。こんなに訴えているのに、どうして《聴こえない》のだろう。

 金色の瞳は、アニューのすべてを見透かしているようだ。見透かしたうえで、アニューという存在を侵そうとしている。自分なのに、自分ではなくなっていく。

 

 自分は自分のはずなのに、自分じゃない“何か”を植え付けられる。得体の知れぬ何かが、アニューと言う存在の中で蠢いているのだ。

 

 怖い。怖い。気持ち悪い。

 誰か、誰か――!!

 

 頭の奥底で、何かが弾けた。スイッチが切り替わるような音が響く。

 

 それを最後に、アニューの意識は断線した。

 

 

 

*

 

 

 

「リターナーさん、休憩時間もうすぐ終わっちゃいますよ!」

 

 

 声が聞こえた。アニューははっとして振り返る。そこにいたのは、心配そうな顔をしていたクロスロード夫妻である。

 時間を確認すれば、2人の言葉通り、休憩時間は終わる直前だ。そろそろ持ち場に戻らねばならない。

 アニューは2つ返事で夫婦の元へ駆け寄ろうとし――ふと、足を止めた。何の気なしに振り返る。当たり前だが、そこには誰もいなかった。

 

 

(……あれ?)

 

 

 頭の片隅によぎった違和感は、一体なんだったのだろう。

 

 考えても思い出せないということは、大して重要なことではなさそうだ。

 アニューはそう結論付けて、クロスロード夫妻の後に続いた。

 

 

 

***

 

 

 ――それが、違和感の始まり。

 

 

 

 

 

 

 アニューが足を止めたのは、誰かに呼び止められたような気がしたからだ。

 

 振り返ると、そこには、黒い輸送船があった。確かあれは、ソレスタルビーイングのエージェント、(ワン)留美(リューミン)が所有する輸送船だと聞いた。

 持ち主の留美(リューミン)はカタロンの構成員たちに声をかけていた。誰もが彼女の美貌に惹かれ、男はデレデレとした、女は羨望の眼差しを向けている。

 例え方は悪いが、その様は、篝火に魅せられ引き寄せられた蛾のようだ。自ら火の中に飛び込み、焼かれて命を落としていく――そんな光景が頭によぎったのは何故だろう。

 

 

「――お久しぶりね」

 

 

 不意に聞こえた声に顔を上げれば、輸送船の奥から女性が降りて来たところだった。古典風の柄が特徴的な白い着物を身に纏った、黒髪黒目の東洋人女性。

 彼女の言葉の意味――久しぶり――の意味を理解できず、アニューは思わず首を傾げる。アニューには()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 ただ、気のせいか、彼女の顔立ちや雰囲気は“誰か”を彷彿とさせた。方向性は全く別なのに、どうしてその人物に似ていると思ってしまったのだろう。

 

 

「……あの、失礼ですが、どこかでお会いしましたっけ?」

 

 

 見知った人物との既視感と、会った覚えのない人物からかけられた再会の言葉に込められた意味――アニューは後者を選び、女性に問いかける。

 彼女は綺麗な笑みを浮かべるのみで、沈黙を保ったままだ。アニューの問いかけに答えるつもりは微塵もないらしい。

 

 黒の双瞼がアニューを映している。気づくと、アニューの視線は女性の瞳に釘付けになっていた。目を逸らそうとしたが、逸らせない。強い力で固定されたような、瞳の奥底の闇へと引きずり込まれてしまいそうな心地になる。

 女性は笑みを深くした。アニューの背中に凄まじい悪寒が走る。今すぐ、彼女から離れなければ。今すぐ逃げなければ――本能は必死になって訴えている。アニューもまた、この女性から逃れようとした。

 だが、アニューの意志や思考回路などお構いなしに、アニューはこの場から動けなかった。女性はニコニコ笑いながら、どんどん距離を詰めてくる。だめだ。逃げなければ。アニューの体はピクリとも動かない。

 

 

(――!!)

 

 

 ついに、女性はアニューの眼前に立った。黒い瞳が、どこまでも不気味な金色に光る。その瞬間、アニューの頭が割れんばかりに痛み始めた。

 痛みに耐えられずに目を閉じようとするが、瞼すら動かない。アニューの視界は、取りつかれたかのように女性だけを映していた。

 

 頭をぐちゃぐちゃにされるような感覚。悲鳴を上げて悶え苦しんでいてもおかしくないのに、身体は一切動かなかった。喉が蓋をされてしまったかのように、声を出すことができない。

 

 

<嫌、嫌! 助けて、誰か!!>

 

 

 アニューは必死に叫ぶが、誰も返事を返してくれなかった。いつもならすぐに飛んできてくれるリボンズたちやベルフトゥーロも反応しない。

 彼らは自身のやるべきことを果たすため、真剣に話し合いをしているところだった。アニューの声が聞こえた様子はない。どうして、聞こえないのだろう。

 金色の瞳は、アニューのすべてを見透かしているようだ。見透かしたうえで、アニューという存在を侵そうとしている。自分なのに、自分ではなくなっていく。

 

 自分は自分のはずなのに、自分じゃない“何か”を植え付けられる。得体の知れぬ何かが、アニューと言う存在の中で蠢いているのだ。

 

 怖い。怖い。気持ち悪い。

 誰か、誰か――!!

 

 頭の奥底で、何かが弾けた。スイッチが切り替わるような音が響く。

 

 それを最後に、アニューの意識は断線した。

 

 

 

*

 

 

 

「アニュー」

 

 

 声が聞こえた。アニューははっとして振り返る。そこにいたのは、何故かボロ雑巾のような成りをしたライルだった。

 確か、彼は、カタロンのリーダーと話していたのではなかったか。アニューが問いかければ、彼はへらりと笑い返した。

 「ひと悶着あったけど、まあ、大丈夫だ」――ライルの言葉に嘘はない。秘密はあったが、多分大丈夫だろう。アニューはそんな予感がした。

 

 どうやら、ソレスタルビーイングは、カタロンの面々を逃がすために囮役をすることになったらしい。そろそろプトレマイオスへ戻って来いということだった。

 アニューは2つ返事でライルに続こうとしたが、ふと、足を止めた。何の気なしに振り返る。当たり前だが、そこには誰もいなかった。

 

 

(……あれ?)

 

 

 頭の片隅によぎった違和感は、一体なんだったのだろう。

 

 考えても思い出せないということは、大して重要なことではなさそうだ。

 アニューはそう結論付けて、ライルの後に続いた。

 

 

 

***

 

 

 

 ――それが、違和感の加速。

 

 

 

 

 

 

 

「アニュー、大丈夫?」

 

「ドクター・ユウイに聞いたら『ここにいる』って聞いたから」

 

「あ……」

 

 

 不意に聞こえた声に顔を上げれば、ヒリングとリヴァイヴが心配そうな顔でこちらを見つめている所だった。

 彼女や彼の問いかけに返答しようとしたアニューだったが、ここ――医療関連フロアに来たのか、直前直後の記憶が曖昧だ。

 

 ……はて、自分は()()()()()()()()()()()()()?

 

 

「イアン・ヴァスディのことが心配なの?」

 

「え……ええ。重症だって聞いたから……」

 

 

 ヒリングの問いかけを聞いて、アニューは()()()()()()()()()()。ガラス戸1枚隔てた向こう側では、先の襲撃によって重傷を負ったイアンが医療カプセル内部で眠っている。命に別状はないが、治療が終わるまではカプセルの中で要安静だ。

 娘のミレイナは父親の容態を気にしてはいたものの、父親の代打として機体整備や調整に精を出していた。協力者として共に行動しているスターダスト・トラベラーの技術者たちも手を貸している。故に、彼が抜けた穴を埋めることに支障はない。

 ソレスタルビーイングとスターダスト・トラベラーによる共同戦線――メメントモリ破壊作戦の開始まであと数時間。現在、プトレマイオスは作戦宙域に向けて移動を始めていた。その間にもメメントモリは次弾が発射され、更に被害を拡大させている。

 

 ここに集った誰もがメメントモリの存在を許容できないし、もう1基のメメントモリに強襲をかけようとしている面々だって同じはずだ。

 

 『S.D.体制下の技術を応用して詰め込めば、小型化されたメギドシステムを造ることが出来る』というミュウの地雷をぶち抜くような情報が入ってきたのが理由である。

 地球クラスの惑星に対してエネルギーを全照射した場合、数時間足らずで崩壊・滅亡することだろう。実際、S.D.体制下の宇宙ではミュウ殲滅のために投入されていた。

 

 

(何がきっかけで、メメントモリ開発に使われた技術が別の兵器開発に転用されるかも分からない。……みんなが憂うのも、当然よね)

 

 

 アニューはそんなことを考えつつ、雑談に興じるヒリングとリヴァイヴの横顔を見つめて――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(――あれ?)

 

 

 ()()()()()()()()()()()()ような感覚に、アニューは思わず目を白黒させた。ブリングとデヴァインがここにやってきてヒリングたちと会話を始めるまでの記憶が()()()()()()()()()()。途切れた時間はほんの僅かだが、何かおかしい。

 得体の知れない悪寒に背中が震える。何も異常がないはずなのに、どうして嫌な予感が拭えないのだろう。『自分の身に何かが起こっている』という強い確信と、『何も起こっていない』という認識が頭の中をぐるぐる回っていた。

 

 “自分の確信や認識に大きな矛盾が発生している”――その事実に、得体の知れない恐怖を覚えた。それと同じくらい、頭の片隅に痛みが走る。アニューは思わず頭を押さえた。

 

 

「どうした、アニュー? 元気がないな」

 

「体調が悪いのか? ドクター・ユウイを呼んでくるか?」

 

「い、いいえ。私は大丈夫です! それより、そろそろ作戦準備に移った方がいいかもしれませんよ」

 

 

 アニューの異変に気付いたブリングとデヴァインが声をかけてきたが、アニューは咄嗟に()()()()()()()()()。何故だかよく分からないが、『()()()()()()()()()()()()()()』と思ったのだ。

 ブリングとデヴァインはあまり納得していなかったけれど、アニューの指摘通り“作戦開始時間が迫っていた”のは事実。ヒリングとリヴァイヴはアニューをハグし、ブリングとデヴァインは小さくハイタッチを交わす。

 

 

「それじゃあ行ってくるね、アニュー!」

 

「僕たち、頑張って来るから!」

 

「武運を祈る」

 

「作戦終了後にまた会おう」

 

「はい! いってらっしゃい、みなさん!」

 

 

 兄弟たちの背中を見送り、アニューも自身の持ち場へ向けて歩き出す。

 状況が状況だったせいか、いつの間にか、アニューは自分の中に芽生えた違和感のことをすっかり忘れてしまっていた。

 

 

 

***

 

 

 ――それでも、疑念はずっと残ったまま。

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、アニュー!」

 

「これがアニューの支援機だよ!」

 

 

 ヒリングとリヴァイヴが満面の笑みを浮かべ、運び込まれた機体を指し示す。眼前に佇む機体は白と水色を基調としたアニュー専用の支援機――ガッデス。

 アロウズ及び刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)/グランドマザー『テラ』との戦いが激化することを鑑みて、アニューが自ら『前線で戦いたい』と申し出た。

 ロックオンは反対していたけれど、それを『ピーリスさんが戦うことに関して背中を押したのは貴方』という理論でごり押しして、ようやく漕ぎつけたのだ。

 

 

(これが、私の専用機……)

 

 

 これで、みんなの力になれる。戦場で戦うロックオン(ライル)のサポートができるのだ。

 

 元々アニューは情報収集型イノベイド。戦闘能力に関する適性はあまり高くはない。無理を言った自覚はあるけれど、どうしても我慢できなかった。

 ブリングやデヴァインから操縦法をレクチャーされる。それに適宜相槌を打っていたが、アニューの心は酷く浮ついていた。

 

 

「後は実際に動かしてみてだな」

 

「まずはシミュレーター室だ。付き合おう」

 

「はい! よろしくお願いします!!」

 

 

 説明役だけではなくシミュレーターの相手を申し出てくれた2人には、本当に感謝しかない。アニューはぺこりと頭を下げた。ヒリングやリヴァイヴも当たり前のように同行してくれる。

 兄弟たちにはずっと世話になりっぱなしだ。機体の設計開発からシミュレーターの相手までしてくれるし、ロックオン(ライル)との仲も応援してくれた。

 アニューや他のみんなには直接的な血の繋がりは無かったし、稼働年数にも大幅な差がある。だけど、アニューはみんなのことが大好きだった。胸を張って家族だと言える。

 

 

(――ライル、驚くだろうな)

 

 

 アニュー・リターナーには大好きな人たちがいる。守りたい場所がある。力になりたい人がいる。戦う理由がある。

 

 戦争根絶を目指すには、あまりにも細やかで身勝手な理由かもしれないけれど。

 小さくてささやかな願いは、いずれ世界を変える力に繋がるのだ。

 ロックオン(ライル)と恋人同士になってから、ずっとそう思ってる。

 

 ――そんなことを考えていたとき、急に世界が断線した。

 

 

「――え?」

 

 

 何かの炸裂音が響く。誰かの悲鳴が響く。

 次の瞬間、眼前には地獄絵図が広がっていた。

 

 肩を抑えて蹲るブリング、足を撃ちぬかれて転がるデヴァイン、切羽詰まった顔で身構えるリヴァイヴとヒリング。そうして――アニューの手に握られた拳銃が、薄く白煙を上げていた。

 

 

「アニュー!?」

 

「嘘、なんで!?」

 

 

 まるで悪い夢みたいな光景だった。現実感なんて一切ない。どこか夢心地のまま――或いは茫然とした様子で拳銃を眺めていたアニューだが、銃口がゆっくり動き出したことで息を飲む。

 アニューは何も意図していないのに、手足が勝手に動き出す。銃口の先にはヒリングとリヴァイヴ。2人は酷く狼狽しながらこちらに声をかけてきた。

 

 

「ち、違う……! 私、私は――」

 

 

 アニューは思わず悲鳴を上げた。間髪入れずに世界が断線する。

 

 次の瞬間には、ヒリングとリヴァイヴが地面に倒れ伏して呻いていた。服にはじわりと赤が滲んでいる。

 2人を助け起こしたいと願うアニューの意志に反し、自分の体はブリッジへと動き出した。

 何も知らずに作業をしていた面々が、返り血塗れのアニューを見て目を剥く。次の瞬間、アニューは彼や彼女らに銃口を向けていた。

 

 

「ひぃッ!?」

 

「アニュー!?」

 

「お、おいおい! これは一体――」

 

「わ、私、こんなことしたくないッ!」

 

 

 アニューは思わず悲鳴を上げた。間髪入れずに世界が断線する。

 

 クリスティナに覆いかぶさったリヒテンダールの義体が火花を散らしてる。顔を真っ青にしたクリスティナが彼の名を呼び続けるが、呻くだけでまともに反応を返さない。

 腹部を撃たれながらも食いしばってこちらを見上げるラッセ、身構えたまま震えているスメラギとフェルト、娘の名前を叫ぶイアン、いつの間にかアニューに押さえつけられたミレイナ。

 

 

「やめて、みんなを傷つけないで!」

 

「あ、アニューさァん……!!」

 

 

 アニューの体は勝手に動いて、ミレイナの頭に銃口を押し付けた。泣き出しそうな顔をしてこちらを見上げるミレイナに害を成そうとする自分が恐ろしくてたまらない。

 自分はこのまま引き金を引いてしまうんだろうか。大事な妹分を傷つけてしまうんだろうか。いや、そもそも現段階でも、大事な人たちを沢山傷つけてしまっている。

 狼狽する女2人の心情など知ったこっちゃないと言わんばかりに、アニューの体は何処かへ向かう――否。ミレイナを人質に取ったまま、来た道を引き返し始めた。

 

 

「あ、ああ……あああ……!」

 

 

 心の中は大混乱なのに、足取りはしっかりしていた。辿り着いた先は――アニュー専用の支援機・ガッデス。

 

 アニューの体は勝手に動いて、ミレイナを乱暴に突き飛ばす。悲鳴を上げた少女はいつの間にか駆け付けてきたティエリアに抱きしめられるような体勢でキャッチされていた。

 いつの間にか、ガンダムマイスターたちが勢揃いしている。彼らは今ここに辿り着いたばかりらしい。ミレイナの無事を確認している隙を突くようにして、アニューの体は機体を操縦していた。

 

 自分が何をしているのか分からない。ガッデスを発進させた自分が何処へ向かおうとしているのかも分からない。

 みんなの力になるはずだったアニューの支援機は、プトレマイオスの方を向いて武器を向ける。

 こちらが攻撃行動に移ろうとしたその瞬間、出撃シークエンスで飛び出してきたガンダムたちに取り囲まれた。

 

 

「わ、私、私――」

 

 

 アニューが何かを言うより先に、どこからともなく白い機体が飛び出してきた。ソレスタルビーイング、ひいてはプトレマイオスと何度も交戦を重ねてきた機体――センチュリオ・レガートゥスの群れ。

 手が勝手に動く。それに連動し、ガッデスが剣を指揮棒のように振るった。センチュリオ・レガートゥスはMDなのか、それに従うかのように武装を展開してガンダムやプトレマイオスへ攻撃を仕掛ける。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――どうしてか、本能的に()()思った。

 

 他の面々がセンチュリオ・レガートゥスを迎え撃つ中、緑を基調としたガンダムがこちらに迫る。機体名はケルディム、パイロットはロックオン(ライル)ストラトス(ディランディ)。アニューが力になりたかった大好きな人。

 ガッデスが容赦なくファングを展開し、ケルディムに差し向ける。心なしか、ロックオン(ライル)が切羽詰まったような様子でこちらの名前を呼ぶ《聲》が《聴こえた》気がした。最も、今のアニューはそれに応える手を持たないのだけれど。

 

 

<アニュー!>

 

「お願い、ライル……!」

 

 

 だからせめてもの抵抗に、アニューは声を張り上げた。

 

 

「殺して……! ――私を殺して! ライルゥゥゥゥ!!」

 

 




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