問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



31.キミとの記憶/僕らの証

 

 片割れの空護は思いを馳せるように窓の外を見つめている。彼の視線の向こう側には、誰も知らない広大な宇宙が広がっているのだろう。

 天の光は敵か味方か。人類を抹殺しようと襲い来る侵略者、或いは共に生きる道を模索している友と成り得る命が、この宇宙に存在している。

 

 前者だったら確かに大変だろうけれど、後者の可能性があるのなら、浪漫を感じてしまうのは人類共通なのだろう。片割れが宇宙(そら)に思いを馳せる理由が分かった気がして、蒼海は微笑む。

 

 

「いつか、宇宙からの来訪者とも、仲良くなれたらいいのになぁ」

 

 

 夢を語る空護ではあったが、その表情はどこか暗い。確実に余計な副音声が付いている。

 家族や親戚連中が零す言葉――“空護は体が弱いから、長生きできないだろう”――が原因だ。

 儚く笑う弟の姿を見ていられなくて、蒼海は彼の手を握りしめる。

 

 

「なれるよ。くーちゃんなら、絶対!」

 

 

 いつものように、当たり前のように、蒼海は語る。片割れが歩むであろう未来の予想図を。

 

 

「くーちゃんは180超えたイケメン日本男児になるんだから! 和装が似合う格好いい男に!! そんで、美人で可愛いお嫁さん連れて帰って来るの! 天女みたいに素敵な人!!」

 

 

 片割れはきっと――いいや、必ず、素敵で立派な大人になるのだ。物静かで、たおやかで、けれども熱い魂と折れぬ鋼の意志を宿した“空の(まも)り手”に。

 そうして、大切な人たちと出会って、仲良くなって、沢山の絆を結んで――その人たちを連れてここに帰って来る。彼らを迎えた自分は、みんなの話に耳を傾けるのだ。

 

 

 

 

 

 

「あおちゃん、また警察から表彰されたんだってね。今回は何だったの?」

 

「女子生徒に対する露出狂と公然わいせつ」

 

 

 片割れの問いかけに対し、蒼海は淡々とした調子で答えた。

 

 

「くーちゃんも聞いてるでしょ? “うちの中学校だけじゃなく、近所の小学校や高校の女子生徒を狙って現れる変質者”の話」

 

「話だけは。現物を見たことは一度もないかな。ここ1ヶ月は入院してたし」

 

「ごめん」

 

「土下座する程のこと!? そこまでしなくていいって!」

 

 

 話題の持って生き方がまずかったようで、片割れの地雷をぶち抜いてしまった。蒼海は即座に最上級の謝罪を示す。空護はおろおろしながら首を振った。

 空護は好きで病院と自宅療養の往復生活をしているわけではない。普通に生きたいと願い、それを叶えようと最大限努力しているだけなのだ。

 それでも現実は何処までも厳しい。誰かに助けて貰わなければ、誰かに何かしらの負担をかけなければ生きられない――その事実に、彼自身が心を痛めていると言うのに。

 

 

「土下座はもういいから、俺、あおちゃんの武勇伝聞きたいなあ」

 

 

 蒼海の土下座を止めようとしていた空護は、少し考えた後、淡く笑った。それが彼なりのフォローだと理解している。蒼海はそれに乗ることにした。

 

 ここ最近、蒼海の通う中学校の近辺では“女子学生にちょっかいを出す露出狂”という不審者情報が飛び交っていた。被害者は小・中・高校生の女子生徒たちで、第一印象が“大人しそうな子”ばかりだという。話を聞く限り、色々な意味で『反撃してこない、あるいは出来ないタイプ』の人間をターゲットにしているクソ野郎だ。

 正直な話、件の不審者と少女は縁遠い立場のはずだった。蒼海の外見と性格は、奴が好むタイプではなかったためだ。このまま何もなければ、その不審者の話は少女にとっても対岸の火事で済む話だった。――仲の良い同級生が被害にあってしまうまでは。

 

 蒼海の性格は真逆ではあるものの、育ちの良さとお洒落のあれこれを駆使すれば、そいつが好みそうな“大人しそうな子”に擬態することは容易だった。あまり好きではない実家のコネをフル活用し、いざという場面で不審者を捕まえられるような算段を立てて、蒼海は罠を張ったのだ。

 作戦は上手くいき、不審者は御用となった。蒼海も露出狂の被害にあったものの、特段おかしな後遺症やトラウマを抱えずに済んでいる。何かあるとするなら、“他者を食い物にするタイプの人間に対して強い嫌悪感を抱く”ようになったくらいか。

 最も、不審者が取っ捕まったのと入れ替わるようにして同級生一家はこの街を去った。夜逃げ同然だったので、殆どの生徒は同級生一家の行く末を知らないらしい。蒼海は同級生からの電話で別れの挨拶を交わしている。同級生にとっての刃金蒼海は、それくらいには親しみのある存在だったようだ。

 

 

同級生(あの子)には『元気で過ごしてほしい』と思ってる。機会があればまた会えるかもしれないし」

 

「そっか。あおちゃんは優しいね」

 

「ヴッ」

 

「あおちゃん!?」

 

 

 周囲に花をまき散らさんばかりに微笑む片割れの姿に、蒼海は胸を押さえて小さくうめいた。空護は今日も可愛らしくて魅力的だ。明日も可愛らしくて魅力的だし、年月が過ぎれば更にカッコよさとスパダリが加算されるであろう。

 

 彼の未来は明るい。例え周囲が『本家筋の男は長生きできない』だの『大人になる前に亡くなる』だの『かわいそうな子』だのと憐れもうが、本人が頻繁に体調を崩して入退院を繰り返そうが、本人の生きる意志及びその主張が控えめであろうが、蒼海には空護の輝かしい未来図が浮かんでいた。

 身長は180cmを超え、着物が似合うイケメン東洋人になり、“おはなし”をきっかけに夢見るようになった“ユニオン領の精鋭軍人”になって、“おはなし”で出会った軍人たちと一緒にMSを駆って空を飛び回るようになる。その姿を想像するだけで、蒼海は口元が緩んで止まらなくなるのだ。

 

 

「でも、この前もあおちゃん活躍してたよね。“男子生徒を贔屓するだけでなく、成績と引き換えに下世話なことを迫る女教師”を告発したヤツ」

 

「男子の部長先輩とエース先輩が被害にあってた件ね。エース先輩の自殺未遂現場に居合わせたのがきっかけだったなァ。……昔から、そういう事件に縁があるんだよねー」

 

 

 今まで蒼海が直面してきた事件を思い出し、思わずため息をつく。周囲にいる大人たちの悪知恵を拝借し、彼らを動かすために必要な手立てを集めようと奔走していた日々が脳裏によぎる。

 この事件もすでに解決済みで、女教師は蒼海の通う中学校から姿を消していた。噂では教職を辞したと聞くが、奴が受けた社会的制裁の詳細までは把握していない。

 蒼海は、自分の身内と周辺が無事ならそれでいいタイプである。悪の根源がここから立ち去ったのであれば、それ以上追撃しようとは思わない主義であった。

 

 

(まあ、あの一件は“学校に復帰したくーちゃんが標的にされるかもしれない”と思ったから頑張ったんだけど)

 

「あおちゃん、警察官とか探偵に向いてるんじゃない?」

 

 

 空護の言葉に、蒼海は目を丸くする。

 空護はたどたどしく持論を述べた。

 

 

「だって、世の中には“誰かを食い物にして、欲望や私腹を肥やす”輩がいっぱいいるだろ? あおちゃんは『そういうの許せない』って思って動くじゃん。被害者や案件を持ち込んできた人の気持ちにもちゃんと寄り添えるし、証拠を挙げるだけの実力もある。……俺が被害者や依頼者だったら、あおちゃんみたいな警察官や探偵がいてくれたら凄く嬉しいって思うな」

 

 

 べた褒めである。ついでに照れ顔だ。食いしばりが発動していなければ、蒼海は今頃天に召されていたであろう。

 

 蒼海個人としては「片割れが言うならそういう進路もアリ」だが、自分たちを取り巻く環境がそれを許さないであろうことは予測出来ている。自分たちの中に流れる血脈は、旧い文献に名前が載っているレベルで現代まで続いてきた家だ。夢を見るには、環境が少々厳しい。それを蒼海も自覚していたのだろう。すぐに申し訳なさそうに謝って来た。

 

 

「ごめんね。俺のせいで、あおちゃんは――」

 

「――くーちゃんは、余計なこと心配しなくていいの!」

 

 

 表情を曇らせた片割れの姿を見ていられなくて、蒼海はきっぱりと言い放った。驚いた空護に対し、畳みかけるように言葉を続ける。

 

 

「くーちゃんは自分の夢のために頑張ることに集中しなさい! 貴方の夢は、とっても素敵なものなんだから!」

 

「でも、あおちゃん」

 

「あたしには、くーちゃんみたいな素敵な夢なんて無いもの。でも、くーちゃんの素敵な夢が叶ったら嬉しいなって思うんだ。くーちゃんが夢を叶える姿を見たいって思ったんだ! ――だからさ、あたしのことを気にするんだったら、絶対夢を叶えること! いいね?」

 

「……わかったよ、あおちゃん」

 

 

 畳みかけたのが利いたのだろう。空護は――相変わらず控えめではあったものの――淡く微笑み、蒼海の言葉に頷き返してくれた。

 それを見た蒼海は満足げに微笑む。自分の本心が弟に伝わっていて欲しいと思いつつ、今日も蒼海は日々を生きるのだ。

 

 

 

 

 

 

 蒼海は今日も料理を作る。大事な大事な片割れに、早く元気になってほしいので。

 蒼海は今日もネットの海を泳ぐ。素敵な“おはなし”を聞かせてくれる片割れに、少しでもお返しがしたいので。

 蒼海は今日も周りの大人たちの態度に憤る。どいつもこいつも、片割れが早逝するとばかり思いこんでいるので。

 

 

「くーちゃんくーちゃん! 格好いい言い回しの勉強にぴったりのデータあったよ!」

 

「それ、俺よりあおちゃんが勉強したほうがいいんじゃないかなぁ……」

 

「何言ってるの! くーちゃんにこそ、こういう勉強は必要なんだよ! スパダリの第一歩だよ!」

 

「俺はいいから、あおちゃんはあおちゃんの好きなことしなよ」

 

 

 弟に携帯端末を差し出しながら声をかければ、彼は申し訳なさそうに目を伏せる。片割れの物言いからして、また誰かに何か言われたのであろう。

 

 我が家には“直系男児は早逝しやすい”というジンクスがある。可愛い可愛い片割れも、生まれた頃から病弱であった。医者も『成人するまで生きられるかどうか』なんて抜かしおるわ、両親は『才能あるけどどうせ早逝するから……』『惜しいなあ』みたいな調子で接するわで、弟の柔い心を握り潰しにかかるのだ。

 おかげで片割れは“何があっても控えめに笑うばかりで、何事に対しても遠慮する”ようになってしまった。誰かが彼のために何かを成したときは“悲しそうに笑って『ごめんなさい』と謝る”ようになったとも言う。どうしようもないことや仕方のないことなのに、病気を治すために頑張っているのに、どうして周りの連中は、あの子の心労を増すようなことをするんだろうか。

 

 

「あたしは常に好きなことしてるよ。くーちゃんが元気になって、長生きして、好きな人と結婚して、家族作って、幸せに天寿を全うするのを見届けるの」

 

「無理だよ。お医者様も、お父さんも、お母さんも、周りの人も言ってるじゃないか。『くーちゃんは長生きできない』って」

 

「そんなことないの! くーちゃんは元気になって、『お空で待ってる』って言ってた人たちに会いに行くんでしょ? そのためにも、きちんと勉強しなきゃ!!」

 

 

 蒼海は頑として譲らない。何故なら、片割れの“おはなし”に出てくる人たちはみんな軍服を着ていたからだ。軍人になるのなら、様々なことを勉強しなければいけない。『どうせ自分は死ぬのだから』と諦めてしまったら、片割れは『お空で待ってる』と言ってくれた人たちとの約束を破ってしまう。そんなの、どう考えてもハッピーエンドになるわけがない。

 蒼海は『“おはなし”はハッピーエンドで終わってほしい』と思っている派だ。勿論、現実もハッピーエンドになってくれたらいいなと思っている。だから今、自分ができることを精一杯やっているのだ。例えば、片割れのために美味しいごはんを沢山作ったり、ネットや書店から適当な問題集を引っ張り出してきたり、ユーモアの勉強のために動画を見たり。

 今回蒼海が勉強用のテキストとして用意したのは、ウィット――その場の状況に応じて機転の利く会話や文章を生み出す才能のことだ――に富んだ言い回しについて。日本ではお笑い芸人や落語家のような方面でしか使わないモノだと思われがちだが、政治家や軍人のような職業では、それを有しているか否かで状況が大きく変わってしまうことがあるとのこと。

 

 和をもって尊しというのは日本独自の考え方だけど、多国籍の軍で活動するとなれば、そういう役回りがいないと困るのは事実。

 数少ない部分を補える人間であるというのは大事だし、できることや特技は多い方がいい。

 

 

「あたしのオススメはこれだね! 『女王陛下のキス』!」

 

「クイーンエリザベス号とかしまの接触事故で、かしまの艦長が『女王陛下にキスされて光栄です』って言ったやつ?」

 

「『お互いの損傷が軽微でよかったね』って言った後のコレだよ!? あたしがクイーンエリザベス号の関係者だったら惚れちゃうね!!」

 

「俺、どっちかというと、『Made in Japanじゃないからこうなる』の方が好きかなぁ……。でも、あおちゃんが惚れるような言い回しも覚えとくよ」

 

「覚えといて損はないよ。くーちゃんが好きな女の子ができたら、こんな感じに口説いていけばいいんだもの」

 

 

 蒼海がえっへんと胸を張れば、片割れたる空護は淡く笑う。

 

 

「大人になれるかも、好きな人ができるかも分からないけど」

 

「なれる! そしてできる! だってくーちゃんはあたしの自慢の弟だもん! 美人で可愛いお嫁さん連れて帰って来るよ! 天女みたいに素敵な人!!」

 

「……そっかぁ。そうだといいな」

 

「そうだよ! だから、今のうちから沢山頑張らなくちゃ! いざというときに口説き落とせなくて困るかもしれないでしょ!?」

 

「そうだね。じゃあ、頑張ってみる」

 

 

 何度も根気強く言い続けて、ようやく、空護はやる気を出したらしい。控えめな笑みはそのままに、蒼海が差し出した携帯端末の動画を見始めた。そんな片割れの横顔を見守りながら、蒼海は思いを馳せる。

 

 いつか来る未来で、最愛の片割れが、『空で待っている』と約束した友人たちや、片割れが見出した愛する伴侶を伴って帰ってくる姿を思い浮かべる。悲観的な言葉に押され気味ではあるけれど、片割れがひたむきに『頑張りたい』と願う理由なのだ。みんな素敵な人たちなのだろう。

 ならば、最高のおもてなしをしなければ。家の大広間から庭を見渡しながら、行きつけの和菓子屋で素敵な和菓子をたくさん買って、自分と弟の2人でお抹茶を立てて、お客さんたちに振舞うのだ。堅苦しい雰囲気じゃなく、お手軽に楽しめるような雰囲気にした方がいいのかもしれない。

 国内でも海外でも“写真映えするような見目麗しいものがウケる”と相場が決まっている。でも、見た目が地味だったとしても、和菓子の王様や重鎮と言われるような伝統的なものも出したいと思ってしまうのが日本人の性と常であって――ああ、考えなきゃいけないことは沢山ある。

 

 頑張る片割れと、片割れのベッドのそばにある窓から見える景色に視線を向ける。どこまでも真っ青な晴天が広がっていた。

 自分と片割れに待っている未来はどこまでも輝かしいものなのだと信じられる程に、綺麗な空が。

 

 

 

 

 

 

 1990年代頃に発売されて以降、長らく愛された育成ゲームがある。それは300年以上の年月が過ぎた今でもレトロゲームのアーカイブに掲載されており、多くの人々から愛されている作品となっていた。

 新たな世代が発売されていくにつれ、ストーリーは重厚なものになり、育成できるモンスターたちの種類もどんどん増えて、世界大会も開かれていたという。当時の熱狂とその片鱗は、ゲーム関連情報から伺えた。

 

 

「くーちゃんは純和風の戦闘BGMが似合うと思うの。太鼓と三味線が唸るタイプのやつ」

 

「あおちゃん。俺、“虹色の鳳凰”より“仮面の鬼さま”の戦闘曲の方が好きかなぁ」

 

 

 “虹色の鳳凰”のBGMを指し示せば、弟は何とも言い難そうな顔をして別の曲を指さす。そこには、4つの仮面を使いこなす“仮面の鬼さま”のイラストと戦闘曲があった。

 どちらのモンスターも、作品のタイトルを飾った強めのモンスター。ゲームのシナリオとも関わりがあり、和風の戦闘BGMとして人気もある。

 尚、ゲームでの性能面では“仮面の鬼さま”の方が優遇されており、“虹色の鳳凰”は対戦勢から不評だった印象があった。

 

 成程。弟が“仮面の鬼さま”を選んだのは、BGMだけではなく、通信対戦で遊ぶ人間としての視点からか。凝り性故か通信対戦関係に手を出している片割れらしい判断だ。

 

 

「そっかー! “仮面の鬼さま”、強いもんね! 持ち物が縛られるって問題点はあるけど、それを補って有り余るほどの破壊力! 専用技の特徴を使いこなせば、色々な戦術を考えられる!」

 

「モンスターとしての強さもあるけど、シナリオでの活躍が好きなんだ。“積み重ねてきた思い出を力にして、何度も立ち上がる”ってシーン。……俺みたいだなあって思って」

 

 

 片割れはそう言って、照れ臭そうに笑った。弟が“ギャップ萌え”を習得したことに喜びつつ、蒼海は気づく。

 

 空護は幼い頃から体が弱く、周囲の大人たちからは『長生きできないだろう』と常々言われてきた。その影響か、彼自身も『自分は長生きできない』と思い込み、鬱々とした心境になってしまっている。

 そんな彼にとって、彼だけが《識る》ことができる“おはなし”――数多の機動兵器を駆り、愛する地球と人類のために戦う人々の物語――は、片割れの心を奮い立たせる大切な理由になっていた。

 親の予想に反して片割れが“細くもしぶとく生きている”のは、『人の心の光』を目の当たりにして、数多の希望と奇跡に触れてきたためだろう。それらが希望と勇気を彼に与え、生きる意志へと結びついているのだ。

 

 それが現実の話ではなくとも、片割れだけが《識っている》“おはなし”でしかなかったとしても、それらが片割れを生かし、奮い立たせている。その姿は、“仮面の鬼さま”が絡んだシナリオで、“仮面の鬼さま”との真剣勝負(さいしゅうけっせん)――実質4連戦――での演出とよく似ていた。

 主人公との交流で重ねてきた思い出を力に変えて立ち上がって来た“仮面の鬼さま”は、最終形態では『“嘗て一緒に過ごした、一番大切な人”との思い出』を糧にして立ち上がって来る。片割れはそんな“仮面の鬼さま”に、“おはなし”を拠り所にして生きようと足掻く自分を重ねたのであろう。

 

 

「いつか俺も、“仮面の鬼さま”みたいになりたいなぁ」

 

「『ろくでもない連中を棍棒でボコボコにするくらい強くなりたい』ってこと?」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

 

 蒼海は“仮面の鬼さま”がストーリー上でやったこと――大切な人や、彼にまつわる思い出の品を奪った“ろくでもない畜生”どもを棍棒で叩きのめした――を連想したが、そうではないらしい。

 空護は何かに思いを馳せるように、窓に視線を向ける。彼の眼差しの向こう側には、きっと、彼を生かす理由になっている人たちの面影があるのだろう。双子の弟の考えることなどお見通しだ。

 

 

「……『沢山の“おはなし”から貰った勇気や希望を奮い立たせて、どんな困難にも立ち向かえるようになりたい』って思ったんだ」

 

「くーちゃん……」

 

「……でも、無理かなあ。俺がそうなるより、俺が死ぬ方が早いだろうし」

 

「――そんなことない!」

 

 

 儚く笑った空護の手を取り、蒼海は言う。

 彼の“おはなし”には遠く及ばないことを理解して。

 

 自分の言葉が、そのウン億分の1くらいの希望になれたらいい。

 

 

「くーちゃんは180超えたイケメン日本男児になるんだから! 和装が似合う格好いい男に!!」

 

「あおちゃん……」

 

「立派な大人になったくーちゃんは、色々な人たちと出会って、沢山の思い出を積み重ねていくんだ。そうして、それを奮い立たせて、立ち上がれる人になるんだ!」

 

 

 「くーちゃんならできるよ」と少女は締めくくる。だって、蒼海は心の底から、そういう未来が来ると信じていたから。

 

 だがしかし、蒼海の言葉を信じてくれる人間は誰もいなかった。片割れである空護自身だって、何度言い聞かせても『そうだったらいいのにな』程度にしか思わない。――いや、思えないようにされてしまった。

 現状に憤りを募らせているのは蒼海だけだった。『“おはなし”で出会った人たちとの約束を守るために頑張りたい』と思う片割れの願いを肯定し、背を押してやったのも自分だけだった。

 この理不尽に立ち向かえるのも、片割れに『理不尽に立ち向かう権利がある』と訴えることができるのも、自分だけなのだ。蒼海は空護の手を握りしめながら祈る。

 

 

(いつかくーちゃんが、自分の意志で『理不尽に立ち向かう』ことを――『生きるために戦う』ことを、選べるようになりますように)

 

 

 ――自分にも“そうする”権利があると気づいて、それを躊躇うことなく行使できるくらいに元気になってほしい。

 

 今は淡く笑って諦めがちな片割れだけれど、本当は芯が強くて真っすぐな気質の持ち主なのだ。その強さと美しさを、姉はよく知っている。鍛え抜かれた鋼は、そう簡単に錆びたり折れたりしない。

 鍛えている最中だからこそ、脆く折れやすい面が表に出てきているだけだ。正しい意味で鍛えられていないからこんなことになっている。――そんな現状に、姉は全く納得してはいないのだ。

 

 

「くーちゃん」

 

「何?」

 

「鍛え抜かれた“ハガネ”は、そう簡単に折れたりしないんだよ」

 

 

 それを聞いた片割れは、やっぱり、何とも言えなそうな顔をした。姉は力強く宣言する。

 

 

「今まで沢山頑張ってきたじゃん。これからも、沢山頑張るでしょ。――だから、くーちゃんは絶対に大丈夫」

 

「……ありがとう、あおちゃん」

 

 

 空護は控えめに微笑む。それでも、先程までの悲しそうな色は色濃く残ったまま。長い時間をかけて植え付けられてしまった価値観を壊すには、まだまだ時間がかかるようだ。長丁場になりそうである。

 そんなことを考えながら、空護はゲーム画面を覗き込む。そこには、通信対戦を想定して育てられたモンスターたちの一覧が並んでいた。カーソルは“仮面の鬼さま”に合わせられている。

 

 

「じゃあ、くーちゃんは“仮面の鬼さま”を主軸にして対戦用のチーム組むの?」

 

「“世界大会の女神”をサポート役にしたチーム組むけど」

 

 

 片割れはそう言いながら、カーソルを該当モンスターに合わせた。白い体毛と水色の縞模様が目立つ、栗鼠みたいな外見のモンスターだった。

 

 今から300年程前に行われた世界大会で話題になったそのモンスターは、試合での活躍ぶりから敬称を付けて呼ばれるようになった。パラメーターはかなり低く、攻撃手段も乏しいため、お世辞にも戦闘能力は高いとは言えない。援護技が豊富という特徴はあったが、1対1での戦いには向かないモンスターであった。

 件の試合形式は、“4対4で、一度に戦場に出せるモンスターの数は2体づつ”という条件だった。強力で凶悪な面をしたモンスターの中に、可愛い外見の白い栗鼠がお目見えしたのである。単なるマスコットとしてではなく、仲間たちを勝利へ――選手(あるじ)を優勝へ導く女神としてだ。

 彼女は数多の援護技を駆使し、仲間を守った。仲間にとって不利になる攻撃を引き受け、時には敵の動きを封じる形でサポートし、自らの役目を全うした。本質的には仕事人であるが、モンスターの性別と試合での活躍っぷりから女神と称されていたか。

 

 “仮面の鬼さま”の攻撃力と特殊な力を駆使して敵を殴り倒していくのが好きなのかと思っていたが、見立てが甘かったか。

 必殺仕事人というのも似合う気がする。だって、大好きな弟の未来図は、どんな姿でも格好いいと思ったので。

 

 

「“仮面の鬼さま”も好きだけど、やっぱり俺は“世界大会の女神”の方が好きかな。“自分の役割を全うして、みんなを助ける”のって、格好いいと思うんだ」

 

「必殺仕事人ってやつだね! 格好いい! くーちゃんならなれるよ!!」

 

 

 照れ臭そうに笑った片割れは、蒼海が持ってきた端末を操作する。映し出されたのは、2000年代に行われた世界大会の動画。

 外見も実力もいかついモンスターたちがひしめく中で、“世界大会の女神”が戦場に躍り出る。可憐な姿とは裏腹に、彼女は己の役割を全うした。

 強力な相手にはデバフをばら撒いて動きを止め、仲間に対して不利な攻撃を引き受け、勝利への布石を打って出る。可愛い顔した悪魔がそこにいた。

 

 

「日本語の技表記だとあまり格好良くないけど、英語版の表記が良く似合うと思うんだ」

 

「この世で一番格好いい『Follow me』だよね」

 

「映像の日本語解説も好きなんだ。『すりすりしたいですねぇ』っての」

 

「それに応えるかのように女神が出てきたのも含んで、芸術点高いもんね。予想通りに仕事果たしてたし」

 

「“この大会後に使用率が上昇したけど、一般人では使いこなせなくて使用率が元に戻った”っていうオチ含んで綺麗だよね」

 

「白い栗鼠で“世界大会の女神”クラスの立ち回りを披露してるくーちゃんが言うと、色々な意味で情緒壊れると思うんだ」

 

 

 つい数時間前に見た弟のプレイングを思い返し、蒼海は遠い目をした。

 

 世界大会の動画と似たような光景が連発していた映像を思い返す。弟は“世界大会の女神”のように、サポート系に特化したモンスターを扱うのが上手だった。攻撃役がのびのびと活躍できるための地盤を整えるような立ち回り方は、姉から見ても称賛に値する。

 “6対6且つ、勝負の場に出せるのは1対1づつ”というルールにおける戦いはあまり得意ではないようだ。複数のモンスターを場に出して戦うルールと比較して、勝率が振るわない。サポート役ありきの戦術構築になりやすいのが一因だろう。敗北時は『サポーターを潰されて瓦解した』例が多かったから。

 

 蒼海がそんなことを考えていることなど露知らず、片割れは対戦時の設定をいじっていた。

 通信対戦を行う際のBGMを何にするのか考えているらしい。しかし、彼は“仮面の鬼さま”ではなく、別のBGMを設定していた。

 そのBGMが巷で何と呼ばれているかを知っていた蒼海は思わず顔を引きつらせ、問いかけた。

 

 

「そのBGMにするの? 本当に?」

 

「うん。“里の弟との最終決戦”が一番好きだし」

 

「闇落ちのテーマはやめて!!」

 

 

 

 

 

 

「くーちゃんは、もうちょっとボキャブラリーを増やした方がいいと思うの」

 

「……俺のボキャブラリーを増やすのと、競馬の実況を聞くことと何の関係があるの?」

 

 

 蒼海の端末から流れるのは、1900年代の日本競馬の映像だ。“待ちかねた福が来る”という由来から名付けられた競走馬の名前をもじった実況が流れている。件の競走馬が1着を取ったレース会場を引き合いに出し、「此度のレース会場にも福が来た」と締めくくっていた。

 その他にも、蒼海が引き合いに出す映像は“競走馬の名前をもじった実況が行われている”という共通点があった。次に蒼海が再生したのは、先程の映像の1年後に行われた菊の花を冠するG1レース。“青雲の空”という由来から名付けられた競走馬が、見事な逃げを披露して勝利を勝ち取った映像であった。

 

 何とも言えない顔をした片割れに対し、蒼海は力説する。

 

 

「だってくーちゃんの最上級の誉め言葉、『天女』ぐらいしかないじゃん! そんなんじゃ、女の子をドキドキさせられないよ!」

 

「さっきも訊いたけど、競馬の実況と口説き文句に何の関係があるの? 俺には分からないよ……」

 

「その子の名前に関連したコメントをさらっと言えたら、絶対格好いいと思うんだよね! くーちゃんの好きな子をイチコロに出来るよ!!」

 

 

 次に蒼海が再生した動画は、“織姫座の一等星”という由来から名付けられた競走馬が1着を勝ち取る映像2連続。どちらの実況も、彼女の名前となった一等星をもじった実況がされている。

 件の競走馬の勝利を『一等星の輝き』に例えた実況は、どちらも粋な口説き文句として転用できる。特に、樫の木の名を冠したG1レースでは、レースの開催地と一等星が輝く位置を組み合わせていた。

 織姫座の一等星は西の空に輝いている。そして、樫の木の名を冠したG1レースの会場は東京だ。それらを把握していたからこそ、「西の一等星が東の空に輝いた」という言葉が出てきたのである。

 

 “名実況を行うためには、下準備として様々な情報を収集・把握しておく必要がある”――そのことは、蒼海も理解していた。

 

 何も考えないで構えていた場合、咄嗟の場面で粋な発言をすることは難しいのだ。ある程度の文言を用意しておき、状況に合わせて言葉を選んでいることは予想が付く。しかし、それを名実況へ昇華するためのワードチョイスは、実況者の持つセンスにかかっている。

 そして何より、センスというものは一朝一夕で磨けるものではない。『センスを磨くことは、実況云々以外の要素にも深く影響する』と蒼海は考えていた。ついでに、『センスを磨くための情報収集という経験も、別の部門で役に立つ』とも。

 

 

「というか、くーちゃんにとっての最大の口説き文句、あたしが言ってるヤツをそのまま使ってるだけじゃない。自分で口説き文句考えられるようにならなきゃ」

 

「『天女』ダメなの? 俺は素敵な誉め言葉だと思うんだけど……」

 

「お目が高いと思ってるよ。でも、それだけじゃダメなの。多種多様取り揃えておかないと」

 

「成程、“ワンパターンしかない”のがダメってことか。だから『“好きな人の名前”から拾えるように』ってことなんだね……」

 

 

 片割れは蒼海が言いたいことを正しく理解できたようだ。ただ、蒼海の主張に対していささか納得していないのか、すっぱいものを頬張ったみたいな顔をしていた。

 

 映像は、海外の女王の名を冠した王室御用達のG1レースで勝利を飾った競走馬の実況が流れている。“胡蝶蘭”の外国語を由来として名付けられた競走馬に因んで、彼女の勝利は『胡蝶蘭の開花』に例えられた。

 成績不振を経てからの引退試合を勝利で飾ったことも、『胡蝶蘭の開花』に例えられた理由だろう。尚、実況内で『胡蝶蘭の開花』として扱われた回数は3回。彼女が勝利したG1の総勝利数に因んでいた。蒼海にとってはかなりお洒落な内容だと思っている。

 

 蒼海がピックアップした実況を聞いていた空護は、先程と変わらない表情――すっぱいものを頬張ったみたいな顔をしたままだ。実況の良さを理解はしているが、純粋に、空護にとっての好みではなかったのだと思う。

 双子だからと言って何もかもが一緒とは限らない。暫しの沈黙後、空護は端末を操作した。再生されたのは、2010年代の前半に行われたG1レース。日本の皇族の名を冠した秋の盾。

 

 

「俺、こっちの実況の方が好きかなあ」

 

 

 牝馬三冠を降してゴール版を駆け抜けたのは、とある漫画に登場する“爆弾”を由来に持つ競走馬。登録情報にはしれっと“我が道を往く”と記載されていたが、それが後付けであるというのはファン公然の秘密であった。

 最初の頃はとある漫画のタイトルと本人の成績からシルバーコレクターとして扱われていたが、このレースで突如覚醒し、当時のレートで世界一の称号を冠することになる。名前の由来と素晴らしい末脚から、実況者は彼の劇的な勝利を「この破壊力」と称した。

 

 尚、海外の人間にとってこの競走馬の名前は、「とても格好いい名前」として扱われるという。英語にした際、何処を区切るかによって意味が2通りになり、一定の補完が働くためだ。

 1つは名前の由来として明言されている“我が道を往く(だから邪魔をするな)”、もう1つは“早く逃げろ(逃げられるものなら)”。尚、元ネタの爆弾は後者が由来だった。

 一応、この競走馬は珍名扱いされているのだが、公式に登録されている名前の由来や勝利数、この馬が賜った世界一の称号が原因で、『格好いい名前を持つ競走馬』とされてしまった。

 

 

「確かにこの実況も粋だとは思うよ。思うけどさぁ……」

 

 

 珍名馬関連の実況を参考にして口説き文句を鍛えるのは、字面的に問題が多すぎるのだ。ううむと考え込む姉のことなど気にも留めず、彼は他の映像を指し示す。

 

 片割れの指示した映像は、全部“珍名馬の実況”だった。名前から着想を得た実況という意味では、非常に分かりやすい例だろう。食べ物の名前系列は顕著である。

 だが、それだけだ。蒼海が想定するような洒落た言い回しとは程遠い。今度はこちらがすっぱいものを頬張ったみたいな顔をする羽目になった。

 

 

「女の子ウケはよくないと思うんだ」

 

「そんなに?」

 

「笑える要素はあるけど、お笑い担当にされてる感があるっていうか……。心に響くような要素とか、乙女心をくすぐるような要素が薄すぎるというかァ……」

 

 

 何だかよく分かってなさそうな弟に対して、蒼海はどう説明すれば伝わるのか分からなかった。ただ、珍名馬の実況を参考にするのは“毛色違いではないか”と思えてならない。

 どんな形で言語化すれば、片割れにも納得してもらえるだろうか――そう思いながらうんうん唸っていたら、こちらのリアクションから何となく察したらしく、弟は端末を操作して動画を消した。

 

 

「あおちゃんがそこまで悩むんだから、何かあるんだよね? 俺にはよく分からないけど……」

 

「くーちゃん、覚えときなさい。慣れていようといまいと、時には“お笑い担当扱いされるのをしんどく感じる”ことだってあるんだよ。大事な人相手なら猶更だ。気を回してあげてね」

 

 

 姉の言葉を聞いた弟は、神妙な面持ちで頷き返した。元から人の様子に機敏な気質の持ち主なので、ここまで言っておけば大丈夫だろう。スパダリ育成計画はまだまだ進行中である。

 

 

「型に嵌められて扱われるのが辛いって気持ちは、俺も分かるつもりだし」

 

 

 ――前言撤回。余計なお世話をしてしまった。

 

 己の至らなさに頭を抱えた。そんな姉の姿を見た片割れは、心配そうに声をかけてくれる。明らかに蒼海が悪いのに、悪いことした相手を心配してくれる弟は文句なしのスパダリだった。どこに出しても恥ずかしくない、立派な紳士である。蒼海の基準という意味では、家族の大半が首を傾げるかもしれないけど。

 彼はずっと、大人たちから『大人になれない可哀そうな子ども』だと言われてきた。『体が弱いから、大人になるまで生きられない』と、常日頃から、言葉や態度で思い知らされている。生きようと足掻いている片割れにとって、その言葉や態度にどれ程足を引っ張られ、心を傷つけられてきたのか。考えるだけでやるせない。

 

 

「ごめんくーちゃん。気を回してなかったの、あたしのほうだわ」

 

「あおちゃん!? あおちゃん何があったの!?」

 

「いっそ殺して」

 

「そこまで言わなくていいから! 俺、あおちゃんには元気でいてほしいし!!」

 

 

 愚かなことをした姉を必死に励ます弟の姿に、蒼海は後光を見た。

 絶対幸せになってほしいなと思ったし、そのためにも頑張らねばと決意した。

 ついでに、今日の黒歴史は一生忘れてはいけないと強く思った。

 

 

 

 

 

 

「俺、本当はずっと、あおちゃんのことが羨ましかったんだ」

 

 

 弟は申し訳なさそうな顔をして呟く。

 

 

「いつも元気で、何処にでも行けて、何でもできて。俺なんて、家と病院と学校を行き来するので手一杯だ」

 

「くーちゃん……」

 

「あおちゃんは将来の話をしても、『頑張れ』って応援してもらえたり、『厳しい道だぞ』って真剣に心配して貰える。……だけど、俺が将来の話をすると、みんな適当に相槌打つんだよ? 『大人になれない可哀そうな子どもだから』って理由で」

 

 

 「『未来がない人間には、真剣に向き合う意味も価値も無いんだ』って言われているみたいで、悔しかった」――血反吐を吐くような悲痛さを孕んだ声だった。いつも諦めたように笑っていた片割れが、ずっと1人で抱え続け、押し殺してきた本音。

 周りが片割れに対して気を使っていることも、周囲の気遣いから滲んだ蔑むような憐憫も、相手側がふとした拍子に抱いた気遣い疲れによる刺々しさも、弟は肌で感じ取っていたのだろう。もしかしたら――あまり考えたくないが――家族がその場に居合わせていなかったタイミングで、直接的な言葉をぶつけられた可能性もある。

 後でそいつらの名前をリストアップしておかなければ。蒼海は決意を固めつつ、黙って片割れの話に耳を傾ける。本音を押し殺しがちな弟が、やっと零すことが出来た本音なのだ。言いたい言葉や伝えたい言葉は沢山あるが、そのために彼の話を遮るのは本末転倒になりそうな気がした。

 

 弟はぽつぽつと言葉を紡ぐ。

 

 病弱な体故、頻繁に体調を崩しては治療を行うこと。周囲の人々の手を煩わせなければ、まともに生きていけないこと。

 自由に遊びに行くことも、勉強をすることも叶わないこと。それが辛くてたまらなかったこと。

 

 

「俺があおちゃんみたいに元気だったら、みんな、俺の話を聞いてくれたかな。……真剣に向き合って、応援してくれたり、心配してくれたりしたのかな」

 

「あたしは本気で“くーちゃんは素敵な大人になれる”と思ってるよ。……あたしじゃあダメだった?」

 

「そんなことない。凄く嬉しかった。――だからこそ、申し訳なくて」

 

 

 少年は目元を乱暴に拭った後、ゆっくりと口を開く。

 

 

「俺、知ってるんだ。“周りの大人が俺を気に掛けるのは、世間に対していい顔したいからだ”って。看護師さんや他の人から『■■くんのご家族や親戚の方々は優しい人たちなのね』って言われたり、そういう話を俺から聞いたりすると、嬉しそうにしながら謙遜するの。ああいうの、“自分に酔ってる”って言うんだよね」

 

 

 家の大人たちが“何か一物抱えていること”は薄っすら察していた。大人たちが思っている程に、自分たちは愚かで無知で純粋無垢ではない。

 『血縁関係のない第3者からは“聡明な子ども”と評されている』のは伊達じゃないのだ。その辺は本当に腹立たしい限りである。

 

 

「……でも、周りがそういうのに酔っぱらってるせいで、あおちゃんが割食ってばっかりじゃん。今日だって、俺がこうなったせいで剣道の試合の応援すっぽかされたワケだし」

 

「親の協力なんて期待してないよ。あたし的には、くーちゃんにあたしの活躍見て貰えなかった方がちょっと辛かったかなぁ」

 

「……ごめん」

 

「いいよ。ビデオあるし。後で一緒に見ようね」

 

「うん」

 

 

 どさくさに紛れて約束を取り付け、蒼海は片割れの話に耳を傾ける。

 

 

「あおちゃんが色々頑張ってるのは知ってる。毎日沢山宿題出されて予習復習までやってるのに俺の勉強まで見てくれてるし、美味しい料理作ってくれて食べさせてくれるし、外で撮って来た写真も見せてくれるし、今日あった話も聞かせてくれるし、俺が見た“おはなし”の話も聞いてくれるし、何かあったときは率先して俺の面倒見てくれる」

 

「当たり前でしょ。あたし、お姉ちゃんなんだから」

 

「……でも、そういうの、すごく大変なことだと思うんだ。『当たり前』で流していいことじゃないはずなんだよ」

 

 

 俯いた片割れは、そう思った理由を話し始める。以前体調を崩して入院したとき、近くの病室から口論が聞こえてきたという。片割れ曰く、『入院患者の身内同士が激しく言い争っていた』とのこと。

 看護師や入院患者たちの噂話から類推するに、件の口論は“重篤なハンデを持つ患者の今後を憂いた患者の両親が、遠方の親戚と婚姻関係を結ばせようと画策した”ことが起因していたらしい。

 本人たちが納得していれば何も問題はなかっただろう。しかし“患者の両親が遠方の親戚一家の意志を無視して計画したこと”や“患者の介護要員にしようとしたこと”が発覚したという。

 

 その際、怒鳴り込んできた関係者が切った啖呵――『私たちの子どもは、あんたの子どもの面倒を見るために生まれたのではない。あの子の人生はあの子のものだ。あんたたちの一方的な理由で、あの子の人生を歪める権利はないんだ(要約)』――を聞いた片割れは、ずっとそれが心に突き刺さっていたという。

 繊細な片割れになんて話を聞かせるのか。こんな話を聞かされたら、気に病むに決まってる。次からは防音完備の個室に入院できないのか親に打診しなければなるまい。腐ってもいい感じに由緒ある家なのだ。本家の男児の入院費に色をつけるくらいの金は有ろう。……まあ、患者の両親に啖呵切った親戚の気持ちは分からなくはないが。

 

 だって、“片割れが『誰かの一方的な理由で人生が使い潰されそうになっている』という状況に陥った”ら、蒼海も同じことをするからだ。

 

 

「あおちゃんだってさあ、学校終わった後や休みの日は遊びに行ったり、友達や好きな人と一緒に過ごしたりしてもいいんだよ? 好きなことしていいはずなんだよ」

 

「くーちゃん……」

 

「ただでさえ俺のために色々してくれてるし、して貰ってるんだ。……あおちゃんの人生は、あおちゃんのものなのに」

 

 

 「だから凄く申し訳ないんだ」と締めくくった弟は、やっぱり悲しそうな顔をしていた。こういう場合、誰もが“彼を宥めて励ます”ことを選ぶだろう。

 それが最適解であることは少女も何となく理解している。けれど、空護は自分の本音を口にした。彼にとっては一番汚い部分を曝け出したようなものだ。

 

 ――ならば、こちらも曝け出さねば無作法というもの。

 

 

「ねえ、くーちゃん」

 

「何?」

 

「今からちょっとキツいこと言うけど、聞いてくれる?」

 

「……うん。いいよ」

 

 

 物々しい空気を察知したのか、空護は丸まっていた背中を正した。

 黒い双瞼は真っすぐに蒼海を見つめる。蒼海も同じように彼の瞳を見つめながら、口を開いた。

 

 

「――あたし、本当はずっと、くーちゃんのこと羨ましかったの」

 

「え」

 

「周りからは“何でもできる、完璧で模範的な女の子のあおちゃん”を求められるし、努力しても『くーちゃんとは違って健康なんだから出来て当然』って片付けられるし、ベッドの上でゴロゴロする時間なんて全然取れないんだもん! しかも全然自由なんてないし!!」

 

 

 今までの鬱憤を晴らすように、自然と語気が荒くなる。弟は一瞬怯むように肩を竦ませたが、決して目を逸らすことは無かった。片割れなりの優しさと誠意というヤツだろう。

 

 

「ちょっとでも成績下がると母さんウザイの。将来の進路や資格試験に関しても、父さんや母さんが指定するヤツを選ばないとネチネチ嫌味言われるし、勉強や料理の邪魔してくるんだもの! そのくせ、調理師と栄養士の免許取ろうと思って計画立ててたら『時間の無駄』って言われるのよ!?」

 

「あおちゃん……」

 

「部活だって、本当は料理研究部に入りたかった。習い事だって、本当は剣道よりも茶道が良かったの。それか弓道! なのに、『刃金の家の本家筋なんだから』って理由で突っぱねられてさァ!!」

 

 

 片割れに対してみんなが優しく接する理由を、蒼海は誰よりも理解している。『儚く散るだけの少年に対して、現実の残酷さを突き付けるのは酷だろう』という善意の憐憫が起因しているからこその態度だと、ちゃんと知っているのだ。『長生きできないのだから、少しでも、今ここで生きている時間だけは楽しく過ごしてほしい』という周囲の気持ちも。

 だけど。だけれども――彼や彼女らがかける言葉が薄っぺらいものでしかないのを理解していても尚――、片割れにかけられるソレらはみんな、蒼海がずっと望んでいたものだった。『そうなんだ』と、形だけでも受け入れて欲しかったのだ。“蒼海が自らの意志で何かを選び取った”と言う事実を。

 

 たとえそれがどれ程拙くとも、幼く無知故の短慮であったとしても、1人の人間が決断したことなのだから。

 

 

「――そっか。そうなんだ」

 

 

 片割れは、蒼海の言葉を遮ることなく相槌を打った。少女が隠さなければいけなかったドロドロとしたモノを、否定することなく受け止めながら。

 “蒼海が自分の意志で選びながらも、結局は諦めなければいけなかったモノ”を拾い上げて、後悔と怨嗟によって汚れたそれを綺麗にするかのように。

 “ありとあらゆる手段で叩き折られ、粉々にされてしまったモノ”を拾い上げて、嘗ての姿を修復するかのように。

 

 

「あおちゃんは将来のことをちゃんと考えていたから、沢山頑張って来たんだね。……格好いいなぁ」

 

「くーちゃん……」

 

「俺もあおちゃんみたいに、将来のことを考えて、自分で選んで、頑張れるようになれるかなぁ。なりたいなあ」

 

 

 思いを馳せるように、或いは尊いものを見るように、片割れはこちらを見返してきたものだから。

 蒼海は彼の手を握りしめて、真正面からそれを肯定した。

 

 

 

 

 

 

「くーちゃん、大丈夫?」

 

「……なんとか」

 

 

 冷却シートを頭に張り付けた片割れの空護が、か細い声で答える。蒼海を安心させようとして微笑んでいるようだが、本当はかなりキツいのだろう。眉間の皴は深く息が荒い。数時間おきに測った体温は、未だに37.7°をキープしたままであった。

 家にいる大人は誰もいない。雇われていた家政婦は業務時間を終えて引き上げていたし、両親や親戚は1週間程前から忙しそうに方々を飛び回っていた。特に今日は『1週間かけて行った準備と深く関わる日』らしく、「今日中に帰って来れるか分からない」とのことだ。

 

 蒼海の部活や学校行事、友人との付き合いに関する予定を無視されるのはとうに慣れた。だって蒼海は、片割れと違って五体満足の健康体。

 『体の弱い弟が優先されるべき』と言う周囲の言い分は分からなくもないし、蒼海自身も弟のことが大好きだ。思うところは有れどまだ納得できる。

 だが、体が弱い少年を――体調を崩して苦しんでいる空護を放置してまで、得体の知れない『儀式』を優先するのはおかしいと思う。

 

 

「みんな、どこで何をしてるんだろうね」

 

「……忙しいんだよ、きっと」

 

 

 空護は苦笑しながら肩を竦める。緩慢な動作で体を起こした彼は、蒼海が持ってきたお粥に視線を向ける。

 

 

「……牛乳のにおい?」

 

「今回はミルク粥にしてみたんだ。味は保証するよ!」

 

「そっかぁ。あおちゃんのお墨付きなら、何も心配ないね」

 

 

 牛乳粥――字面と日本の文化的に、『米に牛乳を入れる』という発想は慣れないものだろう。だが、海外ではポリッジと呼ばれる料理として親しまれており、“食欲のないときに食べる料理”の定番だ。

 蒼海が作るお粥は和風や中華風の味付けをすることが多いけれど、それのローテーションだけでは飽きが来る。何かいい案は無いものかとレシピを調べまわった結果、今回のミルク粥に辿り着いた。

 今回は日本人である蒼海にとっても慣れない試み故、余計なアレンジは一切していない基本形だ。蒼海にとって基本形の味付けは充分「美味しい」と判定できるが、食べる側の空護はどうだろう。

 

 蒼海や蒼海が作った料理に全幅の信頼を置いている空護は、スプーン一杯分をすくいあげていた。ふうふうと熱を冷ましながら、ミルク粥に口を付ける。

 

 今回の味付けが好評なら、後からベーコンや煮焼きした野菜を追加してもいいだろう。

 コンソメを入れなければフルーツや蜂蜜のような甘い味付けにしても良さそうだ。

 

 

「美味しい」

 

「本当? 良かったぁ」

 

 

 空護は控えめに微笑んだ後、ミルク粥を食べ進めていく。程なくして器は空となり、弟は薬を飲み干した。

 暫し談笑していたものの、薬が効いてきたらしく、彼はそのまま眠ってしまう。蒼海はそれを見守りながら、この場にいない大人たちに思いを馳せた。

 

 

『分家の■■さん、今年の〇月で14歳よね』

 

『成人検査の日だな。彼が住んでいる地域の最寄りは――』

 

 

 両親含んだ親戚縁者の言動がおかしいことには、大分早い段階で気づいていた。

 

 

『来週、■■さんの成人検査が行われる日なの。私たちは準備で忙しいから、留守番お願いね』

 

 

 片割れたる空護が体調を崩して寝込もうが、蒼海の予定が絡んでいようが、彼や彼女たちはそれらを一切無視した。

 両親も親戚縁者も成人検査なる謎の『儀式』を滞りなく行う”ことを至上にし、行動していたのだ。

 

 

(私たちが14歳になったら、同じような『儀式』を――成人検査を受けるのかな……)

 

 

 穏やかに眠る片割れの寝顔を見守りながら、蒼海はため息をついた。

 

 自分の一族はみんな、14歳になると『儀式』を受けることになる。基本は本家である蒼海や空護の家の()()()でその『儀式』が執り行われるのであるが、遠方の親戚縁者は各地にある別荘地で行われると言う。

 『儀式』の内容は一切不明。未経験者に情報が開示されることはおろか、経験者も何も語ってはくれない。ただ曖昧に笑って、『その時が来れば分かる』としか言わないのだ。そうして、『儀式』を終えた人々は大人とみなされるようになる。

 大人と見なされた親戚縁者は、一見すると特に何も変わった様子はないように見える。だが、少女は――少年も口には出さないけれど――不気味な違和感を覚えるのだ。『儀式』を受ける前と後で、何か大きな変化があったように思えてならない。

 

 もし具体例を挙げるとするなら、“「『儀式』に対して良い印象を抱いていない」と語っていた者が、『儀式』後には掌を返して『儀式』を賛美するようになった”くらいだろうか。

 それでもきっと、確証としては非常に弱いのだろうけれど。例えるなら、“何かを亡くしてしまった上に、それに対して何の疑問も持たなくなってしまった”みたいな感じがする。

 

 

『それでね、あおちゃん。アンチスパイラルから銀河の未来を託されたグレンラガンが奴をドリルでぶち抜いて撃破したことで、Z-BULEはエタニティ・フラットを壊すことが出来たんだ。だけど――』

 

『カイルスが休憩入る度に、映画の撮影関係者が定期的に……その、ロープ遊びとか、トイレの洗剤を混ぜる科学実験とか、高いところから紐無しバンジーとかしようとするのを止めるのが大変で――』

 

『仮面付けてる人たちと一緒に同じ空間へ放り込まれたときは『どうして』以外の言葉が何も出てこなかったんだよ。俺は仮面なんてしてないから、明らかに無関係なのに――』

 

『フル・フロンタルへの仕返しに“別の可能性”のフロンタルの姿を見せてやったんだ。『人の総意の器として、世界に希望を示す必要がある』っていう自分の言葉を聞いて愕然としてた――』

 

 

 いつも控えめに笑っていた空護が、きらきらした目をして“おはなし”を語る姿が脳裏をよぎる。

 

 心を滾らせるような勇気と、魂を震わすほどの希望の輝きを、“おはなし”を通して目の当たりにしてきた空護の姿を見るのが好きだった。

 そのお話に背中を押されて、そのお話に勇気を貰って、そのお話に希望を抱く空護の横顔を見つめるのが好きだった。「あの輝きが失われませんように」と祈っていた。

 

 

(――『儀式』を受けた人たちは、みんな、ああいう感じがなくなっちゃうんだ)

 

 

 天啓、ともいえるような閃きだった。蒼海が知っている限りだけれど、『儀式』を受ける前の少年少女たちはみんな、弟と同じようなきらきらした目をしていたように思う。だけれど、『儀式』を終えた彼や彼女たちはみんな、片割れと同じような瞳の輝きを失っていた。

 同年代と比較すると、『儀式』を終えた少年少女――親戚縁者たちは『同年代の子どもたちよりも大人びている』と評価されている。周囲の大人たち、或いは社会にとっては“その方が都合がいい”のかもしれない。……しれない、けれど。

 

 蒼海はぐるぐる考えながら、テーブルの上に突っ伏す。

 現在時刻は深夜11時。片割れは穏やかな寝息を立てて眠っている。

 呼吸も安定してきたようだ。少女はほっと溜息をついて瞼を閉じた。

 

 ――どれだけの時間が経過したのかは分からない。気づくと、どこかからカヤカヤと人の気配があった。

 

 目を開ければ、窓の外はまだ真っ暗だ。時計の時刻は深夜3時。扉を開ければ、少し離れた場所にある応接室から光が漏れている。

 『儀式』を終えた大人たちが帰って来たらしい。差し脚抜き足忍び足。応接室の外の壁にぴったり背中を張り付け、気配を殺し、大人たちの話に耳を傾ける。

 

 

「今回の成人検査も、問題なく突破(パス)できたようで何よりだ」

 

「この前の“■■くん”は不適合だったからなあ。処置は大変だったよ。そちらも滞りなく行われたのがせめてもの救いかな」

 

 

 大人たちが語る“■■くん”なる人物は、蒼海と空護の近所に住んでいた親戚の1人だった。彼は14歳の誕生日に行われる『儀式』のために本家たる我が家に訪れ、刃金姉弟と短い会話を交わしている。生きている“■■くん”と会話をしたのはそれが最後。彼は『儀式』を受けるために家のどこかへ連れて行かれた翌日に、心不全で亡くなってしまった。

 “■■くん”の葬儀はつつがなく行われたが、いつの間にか彼の写真は処分されていた。大人たちは“■■くん”の存在を()()()()()()として扱ったし、“■■くん”と親しくしていたと思しき人々に彼の話題を振ってみると、誰もが口を揃えて「そんな子はいなかった」と答える。――蒼海はそれ以上追求しなかったけれど、不気味極まりない現象だった。

 蒼海は差し脚抜き足忍び足で部屋に戻った後、片割れが眠るベッドの傍に座り込む。穏やかに眠る少年の姿を見つめながら、内心小さくため息をついた。――自分を取り巻く不穏な気配を自覚しながらも、少女は知らないふりを続けている。見ないふりを続けながら、薄氷の如し状況で成り立つ平穏を享受している。「いつかしっぺ返しを食らうだろう」という予感ばかりが募るのだ。

 

 いつまで見て見ぬ振りが出来るだろうか。

 いつまで片割れと共に穏やかな日々を過ごせるだろうか。

 いつまで、いつまで――

 

 

 

 

 

 

「くーちゃん、誕生日おめでとう!」

 

「あ、ありがとう、あおちゃん」

 

 

 蒼海の祝辞を聞いた空護は、淡く微笑んだ。蒼海が手渡したプレゼントを開け――彼は目を丸くする。

 

 

「これ、和傘?」

 

「うん! くーちゃんに似合うと思って!」

 

 

 蒼海が空護に贈ったのは、両親が愛用している老舗の和傘メーカーの商品だ。しかも、子ども向けの小さなサイズではなく、大人が使うような大き目なものである。

 片割れの“おはなし”に出てくるような空の色をイメージした、鮮やかな青の蛇の目傘だ。蛇の目傘は和傘の1つで、雨が降った際に使うことを目的にしている。

 

 空護は呆けたようにそれを見つめた後、悲しそうに笑った。

 

 

「雨の中でも出かけられるようになるかな?」

 

「なれるよ! だってくーちゃん頑張ってるもん!」

 

「……これ使ってても、不格好じゃなくなるくらいには大きくなれるかな」

 

「だからなれるって! くーちゃんは180超えたイケメン日本男児になるんだから! 和装が似合う格好いい男に!!」

 

 

 蒼海は片割れに蛇の目傘を握らせる。空護はこちらを伺うように見つめていたが、暫くの沈黙の後にまた淡く笑って頷いた。

 

 『くーちゃんは長生きできない』という大人たちの言葉は、弟から着実に希望を奪い取っている。諦めの眼差しを向けられても尚、未来を信じることができるのは、片割れに対して『空で待ってる』と言ってくれた人たちが関わる“おはなし”だった。それがなかったらきっと、弟は心を病んで弱っていたに違いない。

 医者でもなければ大人でもない自分にできることはたかが知れている。片割れに対して、根気強く未来図を語ること。未来を信じたいと願いながらも諦めモードに入ってしまいつつある弟に、彼の心の支えである人々の元に辿り着けるように背中を押してやることだ。――だって弟には、幸せになってほしいので。

 空護は慈しむような眼差しで傘を見つめる。蒼海が選んだ傘を気に入っていくれたらしい。室内で傘を広げるような真似はしないが、傘をさして雨の街を歩く光景を思い浮かべるように窓へ視線を向けていた。外には雪が深々と降り続いている。雪景色に青い蛇の目傘という組み合わせはさぞかし映えることだろう。

 

 『くーちゃんは長生きできない』と語る大人たちの根拠は、『直系男児は長生きできない』というジンクスと、実際に直系男児が早逝しているという事実からだ。

 早逝した直系男児の特徴――小柄で病弱、天気や心理的な理由でしょっちゅう体調を崩す――は、今の片割れの状態そのもの。故に、みんなそれに当てはめて考える。

 

 

(そんなことない。くーちゃんは元気になって、“おはなし”で会った人たちに会いに行くんだ。その人たちと仲良くなって、その人たちをウチに招待するために帰って来るんだ)

 

 

 蒼海の訴えを、本当の意味で取り合ってくれる相手は誰もいない。言われている片割れ自身も『そうなったらいいな』程度にしか思っていない。そう思えないようにされてしまった。

 現状に憤りを募らせているのは蒼海だけだった。『約束を守るために頑張りたい』と思う片割れの願いを肯定し、背を押してやったのも蒼海だけだった。

 この理不尽に立ち向かえるのも、片割れに『理不尽に立ち向かう権利がある』と訴えることができるのも、自分だけなのだ。蒼海は空護の手を握りしめながら祈る。

 

 

(いつかくーちゃんが、自分の意志で『理不尽に立ち向かう』ことを――『生きるために戦う』ことを、選べるようになりますように)

 

 

 ――自分にも“そうする”権利があると気づいて、それを躊躇うことなく行使できるくらいに元気になってほしい。

 

 今は淡く笑って諦めがちな片割れだけれど、本当は芯が強くて真っすぐな気質の持ち主なのだ。その強さと美しさを、姉はよく知っている。鍛え抜かれた鋼は、そう簡単に錆びたり折れたりしない。

 鍛えている最中だからこそ、脆く折れやすい面が表に出てきているだけだ。正しい意味で鍛えられていないからこんなことになっている。――そんな現状に、蒼海は全く納得してはいないのだ。

 

 

「くーちゃん」

 

「何?」

 

「鍛え抜かれた“ハガネ”は、そう簡単に折れたりしないんだよ」

 

 

 それを聞いた片割れは、やっぱり、何とも言えなそうな顔をした。姉は力強く宣言する。

 

 

「今まで沢山頑張ってきたじゃん。これからも、沢山頑張るでしょ。――だから、くーちゃんは絶対に大丈夫」

 

「……ありがとう、あおちゃん」

 

 

 空護は控えめに微笑む。それでも、先程までの悲しそうな色はない。それに気づいた蒼海は思わず目を見張った。

 それが嬉しくて、飛び跳ねたいような気持に駆られる。……今それをやったら片割れの体調に影響が出そうだからやらないけど。

 そんなことを考えていたら、大事な弟から名前を呼ばれた。何かと首を傾げれば、空護は柔らかく微笑んだ。

 

 

「俺、絶対、今日のこと忘れないよ」

 

「くーちゃん……」

 

「俺も、あおちゃんに素敵な誕生日プレゼント渡せるくらい、元気になるからね」

 

 

 いつも謝るばかりだった弟が、申し訳なさそうに目を伏せるだけだった弟が、淡く微笑むばかりだった弟が――少しづつ前向きになり始めたことに、蒼海の心は温かくなった。

 

 でも、前向きになって言うことが“蒼海に素敵な誕生日プレゼントを渡す”というのはいただけない。だって自分は、既に沢山のプレゼントを貰っているのだ。

 空護がいつも聞かせてくれる素敵な“おはなし”。数多の戦乱を乗り越えた遊撃部隊が、人類同士の争いに終止符を打ち、異種族との対話を果たし、未来に向かって旅立っていく物語。

 愛と正義と勇気と希望で彩られたソレは、蒼海の心に熱をともした。浪漫あふれる物語を聞くのが、自分にとって楽しい時間だったのだ。――だから、蒼海は満面の笑みを浮かべて告げた。

 

 

「これからも、いつもみたいに“おはなし”聞かせてよ。あたしの欲しいプレゼントは、毎年それがいいからさ!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

<――落ち着いた?>

 

「……大分」

 

 

 片割れの言葉に、クーゴはどうにか頷き返した。着物の袖で乱暴に諸々の液体を拭ったためか、目元が少しひりつく。

 

 記憶の改竄が無効化されて、正しい記憶を取り戻した。本当の片割れ――刃金蒼海の姿を正しく思い出すことが出来た。凄まじい罪悪感に押し潰されそうになったのは事実だけれど、それでも、忘れたままでいるよりはずっと良かったとクーゴは思う。

 今、クーゴの目の前にいる蒼海の姿は、あの日――クーゴと蒼海の14歳の誕生日――のまま。唯一違いを挙げるとすれば、彼女の姿が青い燐光を纏った半透明になっていることだろう。精神体になったということも相まって、彼女は多少浮遊することもできるらしい。閑話休題。

 

 

「――そうだ。テラズ・ナンバー1のデータは!?」

 

 

 この地を訪れた目的の1つを思い出し、クーゴは思わずテラズ・ナンバー1の残骸に目を向ける。蒼海が盛大に破壊したこともあって、この施設の機械群が機能を止めてしまっている。

 クーゴが里帰りをしたのは“あの日の真実を知りに行く”こともそうだが、それと同じくらい大事な目的があった。テラズ・ナンバー1に保存されている、グランドマザー『テラ』の座標データ。

 ハッキング要員たるハーメスやアメリアスが動く前に、テラズ・ナンバー1は完全に機能停止していた。システムの復旧など行えない程、完膚なきまでに破壊し尽くされている。

 

 

<大丈夫よくーちゃん。まだ慌てるような時間じゃないわ>

 

「いやいやいやいや。これを見て焦らない方が問題だと思うけどなぁ!?」

 

 

 肩を叩いてドヤ顔してきた蒼海に対し、クーゴは思わず突っ込みを入れる。だが、次の瞬間、蒼海の周辺に大量のホログラムが提示される。

 画面に表示された座標の位置とタイトルは――“グランドマザー『テラ』本体の在りか”。クーゴたちが求めていた情報そのものだった。

 

 示された地点は月の周辺。とある小惑星の近郊を漂っていると思しき残骸――否、残骸に擬態した建造物。

 

 

<旧三代国家が宇宙コロニーの建設に取り掛かったばかりの頃に建造され、諸々の事情で廃棄されることになったステーションの跡地。……と言っても、諸々の事情自体が“グランドマザー『テラ』の移転”を秘密裏に行うための隠れ蓑だったらしいけどね>

 

<待ってくれ。それはテラズ・ナンバー1の中でも重要な機密じゃないのか!? 何故キミがその情報を引き出せる!?>

 

<アクセス権限と操作権限を奪取(パクッ)た結果の産物。前々からちょくちょく隠れて奪取(パクッ)てたけど、大手を振って使ったのは今回が初めてだよ>

 

<じゃあ、メメントモリでのマザー・ウルリカに介入したのは貴女だったのね>

 

 

 ハーメスの問いかけに答えた蒼海は肩を竦める。その言葉から、アメリアスは先の出来事――メメントモリ攻略作戦(1基目・ソレスタルビーイング担当)――を連想したようだ。

 

 自分たちの前に立ちはだかったマザー・ウルリカの奇行と、ミュウ汚染のレッテルを張られてネットワークから切り離された哀れな姿が脳裏を過る。彼女は最後の最期まで、グランドマザー『テラ』の元へ『還りたい』と叫んでいた。

 グランドマザー『テラ』から見たマザー・○○(ナントカ)の権限はそこまで高くないようだ。マザー・ウルリカが容易にネットワークから切り離され、同じマザー系端末であるマザー・ベラとマザー・ダーナに討たれた様子からして()()なのだろう。

 蒼海の物言いからして、彼女はちょくちょくテラズ・ナンバー1の権限を勝手に拝借していたらしい。結果、4年前が“ソレスタルビーイングが活動する様子がクーゴ関係の端末から生中継される”ことに繋がり、今回の戦いでは“メメントモリ破壊作戦の第1段階で対峙したマザー・ウルリカの暴走”という形で作用した。

 

 

<あのときは今回みたいに“テラズ・ナンバー1の権限を完全奪取”してないし、出来なかったんだ。だから、向こうに気づかれないようにこっそり手回ししてたの>

 

「そういえば、あおちゃんは『転んでもただでは起きない』タイプだったっけ」

 

<“合う人とはドンピシャで好印象抱かれやすくてすぐ仲良くなれるけど、合わない相手からは徹底的に嫌われるタイプ”だからね、あたし>

 

 

 仁王立ちで胸を張る片割れの姿、及び改竄が取り払われた正しい記憶をなぞったクーゴには容易に納得できてしまった。同時に連想したのは、旧ユニオン軍時代のグラハム・エーカーの人物評。

 ある者は彼を“遠くで見る分には綺麗だが、傍によると暑苦しい”という理由からキャンプファイヤーと例えたか。因みに、当人評は“しつこくて諦めの悪い、俗にいう人から嫌われるタイプ”だった。

 グランドマザー『テラ』の代行者と化した刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)の傀儡になって以降、彼の()()()は自我や記憶ごと弄繰り回されて擦り切れる寸前だ。

 

 今、グラハムはどこで何をしているのだろうか。刹那の話を聞く限り、彼に残された猶予はそんなに長くなさそうな気がする。蒼海(アオミ)、或いはグランドマザー『テラ』の様子からして、嫌な予感しかしないのだ。

 最も、グランドマザー『テラ』が生み出した端末の中でも上位機種の最上位であるテラズ・ナンバー1でさえ、アクセスして引き出せる情報には限界がある。蒼海が奴の権限を行使して出せるだけの情報を引き出してくれたが、奴らの傀儡であるグラハムの近況に関しては一切記載されていなかった。

 

 

「グラハムさんに施された思考プログラム、4か月前で更新内容の記載が途絶えてますね」

 

「これで最後なのか、それともこれ以降の情報は誰にも知られたくないのか……どっちなんでしょう」

 

 

 蒼海が展開した情報を覗き見してきたイデアと宙継。2人を見た蒼海は一瞬体を小さく跳ねさせた後、おずおずとした調子で声をかけた。

 

 

<ね、大丈夫? 嫌じゃない? ……ほら、あたしの体を乗っ取ったやべー奴に色々酷いことされたんでしょ?>

 

「でも、貴女はクーゴさんを助けてくれたじゃないですか。今だってこうして手を貸してくれている。僕はそれで充分ですし、それでいいと思ってます」

 

「そりゃあ、刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)のしたことは最悪よ。事実、彼女は世界に歪みをばら撒いている張本人だわ。――でも、それで貴女を粛清対象として見出すのは違うでしょう」

 

 

 宙継とイデアは柔らかに微笑む。蒼海は一瞬虚を突かれた顔をしたが、ややあって、くしゃりと表情を歪ませた。

 

 さもありなん。刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)は2人――イデア側は同胞に対してだが――酷いことをしている。前者は宙継に対して『出来損ない』だの『失敗作』だのと罵詈雑言の言葉を投げつけていた。後者に対しては、イデア当人よりもイデアの関係者が悪意の矛先としてロックオンされていた。

 蒼海のことだ。予め『蒼海(アオミ)によって被害を受けた人々(夫含む)が自分に対して罵詈雑言をぶつけてくる』ことを視野に入れて動き回っていたのだから、“イデアや宙継から非難される”と思っていたらしい。故に、2人から恨まれても仕方がないと思っているためだろう。

 だが、イデアも宙継も、蒼海のことを責めなかった。『斃さねばならない()()()()は、成人検査によって変質させられた刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)である(要約)』と切り替えている。――葛藤や憤り等、沢山思うところがあっただろうに。

 

 蒼海は着物の袖で乱暴に目元を拭う。

 普段と違って拙いものだったけど、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

<――うん。ありがとう、2人とも>

 

 




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