問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。




32.おうちに帰った長男くんは

 

「この家で意識を失ってた人たちは大丈夫なの?」

 

<だいじょーぶ、問題ないよ。あたしたちがここを立って暫くしたら意識が戻るように細工しといたし、痕跡も残らないようにしといたから>

 

 

 イデアの問いかけに対し、蒼海は力強く笑って言い切った。彼女は長い時間をかけてテラズ・ナンバー1の権能を掌握している。その中には、本邸にいる人間たちの行動をや思考に介入・改竄するプログラムも含まれているのだろう。

 S.D.体制下の技術で辛酸をなめさせられていた種族(ミュウ)としては色々と思う所――主に負の感情――があるが、テラズ・ナンバー1/蒼海が有する権能がなければ今頃どうなっていたか。世界の歪みと化した刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)を止めることは出来ないままだったことは確かだ。

 

 ハガネの()()()()を余すところなく把握し終え、家からトンズラしたときには夜空に星が瞬く時間帯だった。

 予め伝えておいた合流ポイント――ハガネ邸から離れた商業施設の駐車場に向かえば、そこには既に“アッシーくん”が待機済み。

 日本の都内で走らせるには少々場違いな大型四輪駆動車から顔を出したのは、ロックオン(ニール)とエイミーの兄妹だ。

 

 

「思ったより早かったな」

 

「本当に、このまますぐ出発して大丈夫なの? 折角の帰郷でしょ?」

 

「いいや、大丈夫。用事は終わったから」

 

 

 こちらを気遣うエイミーに対し、クーゴは静かに首を横に振った。

 

 兄妹は何か言いたげにこちらを見ていたけれど、帰郷に関する話題はここで切り上げることにしたらしい。内心それに感謝しつつ、クーゴは四輪駆動車に乗り込んだ。クーゴの後に続くような形でイデアや宙継も車に乗り込む。

 程なくして四輪駆動車は発進。夜の大都会からどんどん離れていく。地上の星と言わんばかりに煌びやかなビルや照明はまばらになり、コンクリートよりも生い茂る緑の面積が増えていった。ゆっくりと空が明らみ、日が昇っていく。

 四輪駆動車の用途はレジャー。都市から田舎へ移動するのも、自然が豊かで“人が寄り付きにくい”方面に進路を取るのも、アウトドア目的の観光客と認識されるのも、特段おかしな話ではない。すれ違う車や人も、特にこちらを気にする様子は無かった。

 

 運転手は『戦線復帰の最終調整及び予行練習』兼ねてロックオン(ニール)の専任だ。長時間の作戦行動に適応しなければならないという点では、長時間の運転もリハビリに丁度良かったのかもしれない。

 但し、リハビリの負荷度合いを間違えてしまえば、悪化からの復帰先延ばしに繋がってしまう。何事にも限度は必要なのだ。――“新旧人類種の生存権を脅かしてでも地球の再生を優先した”グランドマザーの凶行というケースもあるわけだし。

 

 クーゴがそんなことを考えていたとき、ロックオン(ニール)が車線を変更。道路から駐車場へと入り、その一角で車を停めた。

 こぢんまりとした喫茶店の看板には、鈴なりに咲いた桃色の花が描かれている。悪の組織のシンボルマークであり、指導者の故郷の名を冠したモノ。

 目的地までまだ距離はあるが、安心できる場所であることには変わりない。仲間たちは警戒を解いて、小休止に入った。

 

 

「こちらへどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 店員に案内され、大人数向けのボックス席に座る。店内の雰囲気は大正モダンのアンティーク調で統一されており、木目の美しさを活かした家具が並んでいた。雰囲気的には“文明開化を成し得た頃の洋館”が近いのかもしれない。先進的な西洋文化を取り入れつつも、端々に日本文化が混ざり合っている。

 外に広がる景色は23世紀なのに、店内に足を踏み入れれば大正時代真っ只中。蓄音機のレコードから流れるゆったりとした曲と客の談笑する賑やかな声が合わさり、穏やかな雰囲気が漂う。心なしか、時間の経過が酷く緩やかに感じた。現在時刻は午後1時半。少し遅めのお昼時である。

 

 

「それじゃあ、詳しい話を聞かせてくれる?」

 

「了解。と言っても、まずは何から話せばいいのか――」

 

 

 クーゴたちが刃金(ハガネ)邸で見聞きしてきた出来事や情報を語る中、何度軽食や飲み物が運ばれ、空になり、食器類が片付けられたのか。

 話終わる頃にはもう、窓から夕陽が差し込む時間帯である。勿論、時間経過によって客層や彼らが頼む料理の種類も様変わりしていた。

 来店時は年齢差の少ない少人数の客が軽食系のメニューを注文するのが多かったが、今は核家族世帯と思しき団体客が割とがっつり食べられる系のメニューを注文している姿が目立つ。

 

 ……思った以上に、時間がかかってしまったかもしれない。

 

 

「――そんなことがあったのね」

 

「“機械の代行者になるために調整された一族”、か。話がどんどんSFちっくになってくな……」

 

 

 クーゴたちの報告を聞いたエイミーがガトーショコラにフォークを突き刺し、口に運ぶ。隣に座ったロックオン(ニール)は紅茶を飲んで喉を潤していた。

 この兄妹の場合、先にミュウとして目覚めたのは妹の方だ。4年前に覚醒した兄とは十数年の差があるが、ミュウという種族の体感時間からすれば誤差でしかない。

 

 

ロックオン(ニール)は未だに他人事みたいに語るのね」

 

「あのなぁ。御年ウン百歳のお前さんからすれば、俺とエイミーたちは同世代って括ってるんだろうけど、覚醒してからの経過年数でも全然違うんだって! 特にお前さんは、S.D.体制で傷ついた世代の連中と大なり小なり触れ合ってたんだろう?」

 

 

 ロックオン(ニール)の言葉には、クーゴも同調できる部分があった。彼もクーゴや宙継同様、つい先日ミュウとして覚醒したばかりの“新しい世代”。古参勢から見た自分たちは『赤子のようなモノ』と認識されていたとしてもおかしくはない。

 

 それと同じくらい、新参者の意識や考え方は元の種族――旧人類側に近しいのだ。更に、ミュウの種族的特徴としての長命や精神・身体的な老化の緩やかさもあり、『世代交代の循環に時間がかかる』と言う問題が起きがちである。

 更に言えば、『若者特有の“実体験ではない/体験していない”が故の意識差』によってより一層、世代間の断絶や隔たりが大きくなっているのであろう。ブルーと同世代の長老たちとジョミーと同年代・同世代のミュウたちが、ナスカに永住するか地球(テラ)を目指す旅を続けるかで揉めたように。

 

 

「イデアも悪の組織じゃかなりの古参じゃないか。愛しの君との年齢差的に、お前さんからすれば俺とソイツは――」

 

「それはあなたのセキュリティクリアランスには開示されていません」

 

 

 ロックオン(ニール)の言葉は最後まで紡がれることは無かった。

 肩を竦めてシニカルな表情を浮かべていた色男の表情が凍り付く。

 彼の斜め右向かい側には、威圧たっぷりの笑みを浮かべたイデア。

 

 

「市民。即刻抹殺です」

 

 

 次の瞬間、ロックオン(ニール)は声にならない断末魔を残してフェードアウトした。

 兄が大変なことになっていると言うのに、妹は涼しい顔をしてカフェラテを飲み干す。

 

 

「キミのお兄さん、大変なことになってるようだけど……」

 

「いいのよ。自業自得だから」

 

<古参で止めとけば良かったのに……>

 

<普通、好きな人の前で年齢に関する話題振られたくはないでしょ>

 

(辛辣……)

 

 

 おずおず問いかけたクーゴに対し、エイミーはぴしゃりと言い放った。アメリアスと蒼海が顔を見合わせてため息をつく。いつの間にこの3人は仲良くなったのだろうか。

 

 最終的にロックオン(ニール)は伸びてしまったようだ。ぐったりと脱力して椅子にもたれかかる様子を『仮眠』とゴリ押し、イデアが会話にログインする。

 

 

「ハガネの一族は、グランドマザーにとってのキース・アニアン的な立ち位置にある。唯一の違いは、キース・アニアンには『形式上』でも“グランドマザーのプログラムを書き換える権限が与えられていた”という点ね」

 

 

 例え『グランドマザーがキースの選択を拒絶し、S.D.体制存続という己の存在意義を果たすだけの装置』として動き出したとしても、プログラムの中には『キースがプログラムを書き換える、或いはキースの選択が行使された場合はそれを妨害しない』余地があった。

 『人間たちにS.D.体制の真実を暴露し、「人類はグランドマザーによる庇護から離れ、自らの意志で選択しなければならない」と発破をかける』というキースの行為に対し、グランドマザーは一切の介入を行わなかったのもその1つなのだろう。

 幾ら報道関係者であるスウェナ・ダールトンに件の遺言映像を流すよう命じた――或いは、映像発進が滞りなく行われるよう、人類の統治者としての権威を行使した――として、グランドマザーのネットワークなら容赦なく握りつぶせたはずなので。

 

 

「グランドマザーの至上命題は『S.D.体制の存続』。キース・アニアンの宣言がS.D.体制崩壊の引き金を引く行為だというのは、彼女だって理解していたはずだもの。メギドシステム一斉掃射以降からネットワークの完全破壊までの間に何の抵抗もしなかったのは不自然だわ」

 

 

 そこまで語り終えたイデアは、レモンティーを飲んで喉を潤す。彼女の話に耳を傾けていたクーゴもまた、彼女の考えは間違っていないと思った。

 機械が血も涙もない――『S.D.体制を存続させる』という至上命題のために、都合が悪いと判断した旧人類や新人類の命を踏み躙った――ことを把握していたから、余計に。

 

 

<『人が機械に組み込んだ“矛盾する命令(プログラム)”が、巡り巡ってS.D.体制の打倒に繋がった』という解釈か。実に浪漫溢れる話だな>

 

 

 腕組してうんうん頷く所作を見せたハーメスであるが、彼の表情はすぐに真剣な面持ちへと変化した。赤い眼鏡のブリッジを指で押し上げて一呼吸入れたハーメスの声は、どことなく固い。

 

 

<だが、『我々が相対峙するグランドマザー・テラには、そのような(セーフティ)が存在しない』と言い換えが可能になる>

 

「実際、テラズ・ナンバー1が言ってましたよね。『再起動したスーパーコンピューター(グランドマザー・テラ)は、反乱分子が二度と現れないよう、監視と管理を徹底した』って」

 

 

 宙継は何とも言い難そうな表情を浮かべて目を伏せる。彼の視線の先には空になったグラスがあるが、実際に見ている対象物(こうけい)は違うらしい。

 外見年齢は子どもだけれど、聡明な子だ。現状がかなり厳しいことを正しく理解しているはずだ。最も、表情が曇るのは精神年齢的な理由なのだと思う。

 子どもが表情を曇らせているだけでなく、年相応の表情を浮かべることすらできない状況は痛ましいことこの上ない。大人として、思うところがあるのは当然であった。

 

 最も、宙継はそんな大人たちの機微を感じ取ってしまったらしい。一瞬狼狽したように視線を彷徨わせたが、無理矢理明るい表情を張り付けた。……最も、彼の口角は不自然に引きつっていたけれど。

 

 

「で、でも! 虚憶(きょおく)では似たような機械と戦って勝利を収めているわけですし! 元は人間によって生み出された被造物だから、何かしらの欠陥はあると思うんですよ!」

 

<確かにな。デウスエクスマキナ、ブラックノワール、ネバンリンナ等々、具体例は幾つもある。そのすべてが『完璧を自称していた機械の策を人間が飛び越えた』ケースだ>

 

 

 宙継の言葉を補足したハーメスが、該当する虚憶(きょおく)のデータを指し示す。

 名指しされた敵たちは皆『人類、或いは高度文明を有する存在によって造られた機械』であった。

 

 デウスエクスマキナは一度人類滅亡に直面し、マキナの利用者にして創造主たる人類を失ってしまう。紆余曲折の末に「自分たちには利用者である人類が必要」という答えを出したヒトマキナは、「担い手である人類の滅亡を回避する」ために行動を起こした。志は立派であるが、人類存続の手段として選んだ方法が俗にいう“飼い殺し”。「彼らの意に反する結果が出る度に世界をリセットし続ける」というものであった。

 ブラックノワールは自称“高次元人”――簡単に言えば人類よりも上位に位置する生命体――で、その実態は超高度文明を持つ種族によって生み出された社会管理システム。クーゴたちが生きている宇宙及び次元を「ゲームの舞台」、その宇宙及び次元で生きている知的生命体のことを「ゲームの登場人物」と認識。奴は命を好き放題に弄んだ果てに、「自分が選んだ『主人公』が敗北して死ぬバッドエンドを迎えるゲームがしたい」と暗躍した。

 ネバンリンナは超高度文明を有したガーディム人、及びガーディム文明を再建・復活させるという使命を有するシステムだ。ガーディム滅亡後に目覚めた彼女はガーディム再建のために行動を始めるが、紆余曲折の果てに「ガーディムは滅亡して当然だった」と答えを出す。だが、彼女の暴挙を止めようと立ちふさがった人類――特に、愛というモノを理解できなかったことで激高。自身の理解できぬ愛を持つ人類を滅ぼそうと襲い掛かって来る。

 

 どいつもこいつも強大な力と冷酷無比な演算(はんだん)を有する連中であり、ろくでもない奴等だった。だが、完全無欠を謳った機械たちは総じて『人類の生きる意志を理解できずに敗北』している。人々が積み上げ、引き継いできたそれに押し負けていたのが印象的だ。

 

 

<それに、マザーやその夫たるイオリア・シュヘンベルグもまた、虚憶(きょおく)やグランドマザー関連の情報を有する者。我々のような疑似AIもまた、()()()()()()に備えて生み出されたカウンターとしての側面があるからな>

 

<とは言っても、条件が揃わないと効果的に作用しないんだけどね>

 

「……そ、そりゃあ、戦いが激化することは当然だって分かってますけど……」

 

<……レディ・アメリアス>

 

<気持ちは分かるけど、ぬか喜びは逆効果だと思うよ。現実も受け入れないと。その上で浪漫を語るからこそ、でしょ?>

 

 

 朗々と、けれど力強い調子で言い切ったハーメスに対し、事実で強襲してきたのはアメリアスだ。彼女の言葉を聞いて勢いを削がれた宙継が苦笑する。そんな相棒の姿に思うところがあったのだろう。ハーメスが何か言いたげにアメリアスへ視線を向けた。

 弟に当たる疑似人格AI(ハーメス・マーキュリー)の恨めし気な眼差しなど何のその。アメリアスは涼しそうな態度を崩さない。姉貴分の疑似人格AI(コード・アメリアス)を見つめていたハーメスであったが、最終的にはアメリアスの言い分を受け入れたらしい。小さく肩を竦めた。

 

 

<『疑似人格AI(自分たち)現実主義(リアリスト)でなければやってられない』、か>

 

<分かっているならいいのよ>

 

<……これでも“現実に起きた出来事を下地にして発言した”つもりなんだがな、俺は>

 

<でも貴方、どちらかと言えば理想主義者じゃない。ただ、現実にも目を向けるし、いざというときは己を切り捨てることを厭わないタイプなだけで>

 

「あー、成程。他者優先の尽くす系……」

 

<小隊長くん!? なんだその『理解できる』みたいな反応は!?>

 

 

 宙継が零した呟きに喰いついたハーメスだが、相棒たる宙継はどちらかというとアメリアスの立場に立っているらしい。

 最も、苦言のようなボヤキを零した宙継自身もハーメスのことを咎める立場にはないわけで。

 最終的には、大人たちの代弁者と化したアメリアスから苦言を呈され、相棒とともに身を竦ませていたのだけれど。

 

 そんな光景を見守っていたクーゴに声をかけてきたのは、無言のまま仲間たちの姿を静観していた蒼海。

 彼女は小さく肩を叩いて、囁くような声色で、悪戯っぽく笑いながら言った。

 

 

<友達増えたのね>

 

 

 ――脳裏によぎったことは、沢山ある。

 

 所属組織や帰りたい場所の関係上、この面々とは一時的な共闘関係でしかない、とか。

 今ここにいない面々の中にも、蒼海に紹介したい『友達』が沢山いる、とか。

 全てが解決した後も、今みたいに穏やかに語り合える仲のままでいられるとは限らない、とか。

 

 だけど。

 それでも。

 

 

「――うん」

 

 

 姉の問いかけに頷き返したことは嘘ではないし、間違いではないと思ったのだ。

 

 

「――うぅ……。お、俺は今まで何を……?」

 

「あら兄さん。仮眠は取れた?」

 

「仮眠? 俺寝てたのか? その割には、全然疲れが取れたような気がしないんだが……?」

 

 

 丁度そのタイミングで、フェードアウトしてから音沙汰がなかったロックオン(ニール)がのろのろと起き上がった。エイミーはイデアの主張を引っ張って『仮眠を取っていた』と言うが、言われた方は釈然としなさそうに首を傾げる。

 心なしか、仮眠を取る前のロックオン(ニール)より、目が覚めた彼の方が疲れているように見えるのは何故だろう。体の調子を確かめるように軽くストレッチしていたロックオン(ニール)だが、最終的にはフェードアウトしていた時間を休憩と見なしたようだった。

 そろそろ休憩時間もお終いだ。ロックオン(ニール)は車へ戻って出発の準備を整えるらしく、一足早く店を出る。兄の背中を見送ったエイミーは4人分の会計を済ませるため、カウンターへ向かった。残された面々も店を出る準備を始めた。

 

 程なくして、クーゴたちは目的地へ向かって再出発。暫しの車移動が始まった。

 

 そのうち人里からも離れ、人の手が加えられた里山を分け入り、更に獣道を超えた後。

 眼前に広がったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()光景である。

 

 

(『外国人が日本の土地を買い漁ってる』とか、『購入した土地を利用して日本を侵略しようとしてる』なんて陰謀論がまことしやかに囁かれてたけど……)

 

「お帰りなさい、艦長! それとイデアさんたちも!」

 

「おいクレア! 仕事を放り出すんじゃない!」

 

 

 数世紀前からまことしやかに囁かれていた眉唾な陰謀論を思い返したクーゴは、迷彩皮膜を展開していた戦艦――ホワイトベースから飛び出してきたクレアがラナロウに回収されていく姿を見送った。

 実際、この山の所有者は悪の組織関係者――しかも、“海外生まれ海外育ちの資産家”ということになっている。悪の組織だけでなく、姉妹団体であるソレスタルビーイングの結成秘話も絡めれば、数世紀前の陰謀論はある意味『正しかった』と言えよう。

 どちらも“人々の意識改革を数世代単位で行ってきた”組織だ。しかも、その目的は戦争根絶。陰謀論が流行っていた時代の人々――或いは、陰謀論を流した張本人でさえ、この話を聞いたら鼻で笑いかねない。

 

 

「準備終わりました! いつでも出発できますよ!」

 

 

 クーゴがくだらないことを考えている間に、ホワイトベースは出発準備を整えたようだ。ルナから声をかけられ、クーゴも乗り込む。

 そうして、ホワイトベースは飛び立った。目的地はソレスタルビーイング/プトレマイオスの合流地点である。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

『私専用の機体が出来たんです! これで私も一緒に、ライルやみんなと戦える……!!』

 

『自分の能力や担当分野に不満があるわけではないんです。……けど、やっぱり私、MSでの戦闘が得意な人たちに憧れがあって』

 

『リボンズさんたちのことも、ガンダムマイスターのみんなのことも、ZEXISの最前線で戦ってる人たちのことも、羨ましかった。あんな風になれたらなあって思ってたんですよ』

 

『機体もそうなんですけど、私自身の調整の問題があって、初陣はもう少し先になりそうなんですけどね』

 

 

 クーゴの脳裏に浮かんだのは、白い牙(ホワイトファング)とZEXISとの激突が始まる直前の一幕。ロックオン(ライル)/ケルディムの支援機にして自分の専用機――ガッデスを見上げていたアニューが、照れ臭そうに語ってくれた。

 後方支援を担当していたアニューが最前線に出てくることに対して、ZEXISに所属している面々の反応は大きく分けて2つ――“後方支援担当として有能な人員が欠けることに対する懸念”と“優秀な前線要員が増えて助かるという確信”――だ。

 

 それでもみんな、最終的には『アニューの希望を尊重し、彼女を前線へと転属させる』方針を後押し/受領した。

 今回の戦闘での初陣はお預けになったものの――あまり嬉しくない話であるが――、戦いはまだまだ激化する予定だ。

 どのタイミングになるかは未定だが、いずれは前線に合流し、ロックオン(ライル)/ケルディムと共に出撃するのだろう。

 

 ――戦いが始まる少し前のクーゴは、そう思っていたのだ。

 

 

<――ショーはここからが本番よ。面白くしてあげましょう>

 

 

 聞き覚えのある《聲》が《聴こえた》。ぞわりと背中を駆け抜けた悪寒の出所は、激戦区からずっと離れた向こう側。

 その悪意と《聲》の持ち主を、クーゴ・ハガネはよく《理解(わか)って》いる。だが、この場に該当者の姿は無い。

 

 

(ねえさん……?)

 

<あの女、一体何するつもり!?>

 

 

 刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)の気配を察知したのはクーゴだけではない。とある一件からZEXISに合流し、クーゴと共にいる双子の片割れも同じだった。

 特に彼女は“肉体の方を【無垢なる者】/機械にとって都合の良い存在としての人格に奪われ、好き放題させられている”。憎悪を剥き出しにするのは当然だ。

 

 

<――――>

 

 

 何やら、騒がしい気配がした。出所はプトレマイオス。

 

 たくさんの悲鳴が聞こえる。困惑した人々の《聲》が重なり合ってしまったせいか、その詳細を《聴き取る》ことは不可能だった。きぃんと響く数多の声に気圧されてしまい、クーゴは反射的に身を竦める。

 次の瞬間、プトレマイオスから1機のMSが勝手に飛び出した。戦場に降り立ったのは、白と空色を基調にしたMS――ガッデス。ケルディムの支援機として追加された、アニュー・リターナーの専用機。

 『アニューの転属と初陣はもう少し先』――即ち、『今回の戦いでは、プトレマイオスで後方支援を行う』という方針だった。急に方針が変わった場合であっても、あのスメラギがZEXISの面々にそれを報告していないわけがない。

 

 

「アニュー!?」

 

「ま、待って待って! なんで――」

 

 

 訝し気に声をかけたのはリヴァイヴ/ガデッサとヒリング/ガラッゾ。機体の位置的に、アニュー/ガッデスに一番近いのがこの2人/2機だ。妹分の奇行に驚いた2人/2機に対し、ガッデスは沈黙を保っている。

 

 だが、次の瞬間、ガッデスは一気に距離を詰めて攻撃を仕掛けた。文字通りの不意打ち。大切な妹分から攻撃を受けたことで動揺したのか、リヴァイヴ/ガデッサとヒリング/ガッデスはガッデスが繰り出した攻撃を喰らってしまう。

 コックピットは無事だが、ガデッサはランチャーごと片腕を失い、ガラッゾは片腕と片足を持っていかれた。嫌な色をした煙や火花が舞っており、どこからどう見ても戦える状態ではない。

 

 

「アニューさん!? 何してるの!?」

 

「一体何が起きたってんだ!?」

 

<嫌ぁ! やめて、みんなを傷つけないで!!>

 

 

 叫んだのは、一体誰だったのか。“仲間が仲間を傷つけている”という異常事態。混沌とした状況を理解できずに声を上げてしまうのは当然のこと。

 ブリング/ガラッゾとデヴァイン/レグナントに襲い掛かるガッデスと、それを拒むような悲鳴を上げるアニューの《聲》が響いたとなれば、猶更だ。

 アニューの悲痛な叫び空しく、彼女の愛機はガラッゾとレグナントを嬲りつくした。この2機もまた、リヴァイヴとヒリングの機体と同じ状態である。

 

 ブリングとデヴァインのうめき声と、愕然としたアニューの引きつった《聲》が響いた。

 だが、アニューの気持ちなど「知ったことではない」と言わんばかりに、ガッデスは進路を変える。

 

 進路方向の延長線は――刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)の悪意、その出所。

 

 

「――思考プログラムか!!」

 

<ふっっざけんなよ、あの(アマ)ァ!! いつの間に仕込んでやがった!?>

 

「何!?」

 

 

 刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)の悪意が何を意味しているのか、クーゴには合点がいった。それを聞いた蒼海(あおみ)の怒声が響き渡り、ハガネ姉弟の発言を聞いた刹那が顔をこわばらせる。

 さもありなん。思考プログラムはクーゴの親友/刹那の恋人であるグラハム・エーカー/ミスター・ブシドーに施されたS.D.体制の『負の遺産』――“機械にとって都合のいい存在として人格や記憶を書き換え、作り替えて使い潰す”という悍ましい技術だ。

 ZEXIS全体に動揺が走る。自分たち――否、コックピットに座らせられているアニューさえも置き去りにして、ガッデスは何処かへ飛び去って行こうとする。それに気づいたアニューは悲鳴を上げた。

 

 

<ま、待って! 嫌! 止まって、止まってよ……! 私、ライルの――みんなの傍に居たいの……!!>

 

「アニューッ!!」

 

 

 混迷する仲間たちの中で、いの一番に動き出したその機体は――ソレスタルビーイング製のガンダム。緑を基調にした機体・ケルディムだ。パイロットはロックオン(ライル)ストラトス(ディランディ)

 愛する女の名を叫び追い縋る姿に何を思ったのか、ガッデスは動きを止めて振り返った。パイロットの意志で止まったわけではない。アニューに思考プログラムを施した人間――刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)の考えの元で動かされている。

 

 ――十中八九、『止まった方が面白くなりそう』という悪意由来の行動だろう。

 

 ロックオン(ライル)もそれを重々承知していた。

 だから、思いっきり声を張り上げる。

 

 

「ふざけんなよ、自称・新人類(イノベイター)ども! 俺の女をどこへ連れて行くつもりだ!?」

 

 

 ガッデスは動かない。

 蒼海(アオミ)からの返答もない。

 この場に響くのは、ロックオン(ライル)の怒声だけ。

 

 

「何が革新者だ、この卑怯者! 隠れていようが、お前らがこの辺に潜んでるのはお見通しなんだよ!」

 

 

 ケルディムはライフルを構え、ビットを展開する。

 ガッデスは動かない。勿論、蒼海(アオミ)からの返答もない。

 

 

「姿を見せやがれ! そうしたら、お前らなんか、1人残らず全部狙い撃って叩き落してやるからよぉ!!」

 

<――ふーん。じゃあ、()()は狙い撃てるのかしら>

 

<やめて! ライルやみんなに酷いことしないで!!>

 

「っ、気を付けろロックオン! 何か仕掛けるつもりだ!!」

 

<すっくん! 来るよ!!>

 

 

 蒼海(アオミ)の悪意が動いたのと、ガッデスが剣を掲げたのはほぼ同時。その動きに呼応するかのように飛び出してきたのは、数多のセンチュリオ・レガートゥスたち。

 思わずクーゴと蒼海(あおみ)が叫べば、ロックオン(ライル)/ケルディムは弾かれたように回避行動を取る。自分の挑発に対する答えとして『相手から攻撃を受ける』ことを想定したようだ。

 だが、ガッデスとセンチュリオたちはケルディムを無視した。前者はブレードを指揮棒に見立てて振るい、後者はそれに従うようにしてZEXISの面々に攻撃を仕掛ける。

 

 仲間たちはそれぞれ回避や防御行動に移るが、降り注ぐ弾幕とその衝撃には悲鳴や呻き声を上げてしまう。

 センチュリオ・レガートゥスは、ガッデスのブレードの動きに呼応しながら、容赦なく攻撃を仕掛けてきた。

 

 倒しても倒しても、どこからか新手のセンチュリオが飛び出す。奴らはみな、アニュー/ガッデス越しから蒼海(アオミ)の指示を受けて暴れていた。それを見抜いたイアンが仲間たちに忠告する。

 

 

「センチュリオたちを止めるには、奴らを使役している張本人をどうにかするしかない! ガッデスを止めるんだ!!」

 

「くそ……ッ!」

 

 

 唯一、ガッデスやセンチュリオから狙われていないのはロックオン(ライル)/ケルディムだ。クーゴ含んだ他の面々がセンチュリオや他の敵からの攻撃に晒されている今、ガッデスを止められるのは彼しかいない。

 ロックオン(ライル)はライフルやライフルビットを構えてガッデスを狙うが、一向に攻撃行動に移ろうとしなかった。仲間の危機と恋人の存在を無理矢理天秤にかけられているという極限状態。それでも、選ばなければいけない。

 

 けれど、結局、ロックオン(ライル)は撃たなかった。撃てなかった。

 己の覚悟を詰るロックオン(ライル)の悲痛な《聲》が木霊する。

 それを塗りつぶすかのように、蒼海(アオミ)の嘲り笑いが《聴こえた》。

 

 

<――それじゃあ、後はお願いね>

 

<お任せください、お姉さま。紅龍(ホンロン)、行くわよ>

 

<了解しました>

 

<貴方もよ、サーシェス>

 

<はいよ。新入りの世話も仕事のうちってね>

 

 

「新手が来ます! 奴ら、このままアニューさんをZEXISと戦わせるつもりだ!!」

 

「何だって!?」

 

 

 宙継の警告にアムロが驚いたのと、蒼海(アオミ)の仲間たち――(ワン)留美(リューミン)/ハルファスベーゼ、(ワン)紅龍(ホンロン)/マスターフェニックス・フオヤン、アリー・アル・サーシェス/アルケーが戦場に降り立ったのはほぼ同時。

 

 

「奴らがイノベイター。そして、グランドマザー『テラ』の支配体制を盤石にするための代行者たちか」

 

「クワトロ大尉! あれが俺たちの倒すべき敵だ! 機械(かみ)代行者(みつかい)として、革新の名の元に、人類を弄ぶ連中が俺たちの敵だ!」

 

 

 アムロはクワトロへ向き直り、彼へ呼びかけた。嘗て共に戦った仲間として、信頼できるパイロットとして、クワトロを説得しようと試みている。

 

 だが、悠長に説得する時間は与えられない。更なる乱入者――ゼクス、もといミリアルド/エピオン率いるMS部隊が現れたためだ。嘗ての友軍だった青年は何も語ることなく、自分の副官や好敵手たちを見つめている。

 アムロはミリアルドのことも説得しようと呼びかけた。だが、彼の決意は固く揺るぎない。カミーユが噛みついても表情が崩れることは無かった。それを察したのか、アムロは再びクワトロに向き直った。

 

 

「クワトロ大尉! 貴方も分かるはずだ! イノベイターの玩具にされている彼女も、戦いが生んだものだと!」

 

「クワトロ大尉! だからこそ、その根を断つために、我々は戦うことを決めたはずだ!」

 

「それが更なる戦いを呼ぶことを何故分からない!」

 

 

 アムロだけではない。ミリアルドもクワトロを説得しようと声を張り上げる。

 そんなミリアルドに嚙みつくカミーユの意見は辛らつだ。

 文字通りの板挟み。クワトロは沈黙したまま、微動だにしなかった。

 

 クワトロを優柔不断の4文字で片付けることは簡単だろう。詳細は知らないが、彼は彼なりに思い悩む理由があるのかもしれない。

 慎重派なのか、迷い過ぎてウジウジしているだけなのかは分からなかった。だって本人は、何も言ってくれないので。

 

 クワトロがZEXISの面々の気持ちを理解していないのと同じように、アムロもクワトロの気持ちは理解しきれていない。でも、理解できていないことは重々承知した上で、アムロは言葉を続ける。クワトロに選択を促すために。

 

 

「自分で選ぶんだ、クワトロ大尉。シャアとして戦いを広げるか、それともZEXISとして戦いを止めるか」

 

「私は……」

 

「大尉……!」

 

 

 クワトロもまた、アムロの気持ちを全て理解できるわけではない。けど、アムロの言葉が琴線に触れたことは確かだ。

 ダメ押しとばかりに、カミーユもクワトロに呼びかける。彼への信頼と懇願に満ちた感情が伝わってきた。

 

 

「――クワトロ・バジーナだ。それ以上でも、それ以下でもなく」

 

「クワトロ大尉……!」

 

「キミは本当の名を選んだ。だが、私は指導者として理想を追うのではなく、1人の兵として目の前の戦いを止める」

 

 

 それは、ミリアルドへの決別の言葉だった。

 

 クワトロ/百式は方向転換し、ZEXISと共に戦うことを選んだ。彼が出した答えに、カミーユが表情を綻ばせる。クワトロが目をかけていた若者であるのと同時に、カミーユも同じようにしてクワトロを信頼していた。故に、共に戦えることが嬉しいのだろう。

 数刻前まで僚友だった相手の心変わりを目の当たりにしても、ミリアルドは揺るがない。ただ粛々と、クワトロが出した答えを受け入れる。クワトロもまた、ミリアルドの掲げる理想――変革には犠牲(いたみ)が必要である――を否定しなかった。

 2人が道を違えた理由は、『今、世界に必要なものは、本当に犠牲(いたみ)しかないのか』という問いに対する答えだけ。ミリアルドが「是」、クワトロが「否」だっただけだ。故に、2人の応答は厳かでありながらも、負の感情は見当たらない。

 

 

「ごちゃごちゃとうるせえんだよ、金ぴかが!」

 

 

 だが、クワトロとミリアルドの敵対宣戦に茶々を入れる奴がいた。戦争大好きな焼野原広し――アリー・アル・サーシェス。

 クワトロ/百式に狙いを定めて襲い掛かって来たサーシェス/アルケーを阻んだのは、嘗て奴と因縁があるらしい刹那/ダブルオーだ。

 

 

「アリー・アル・サーシェス! お前は、ただ戦いを求めるか!」

 

「それの何が悪い! 俺には理想も何も必要ねえのさ!」

 

「貴方は好きにしなさい。私たちは動けなくなったプトレマイオスを狙いますので」

 

 

 激しい剣戟を繰り広げつつ、刹那はサーシェスに問いかける。だが、奴は相変わらずの焼野原広し思考の持ち主だった。(ワン)留美(リューミン)が呆れた調子でため息をつくくらいには。

 だが、そんな留美(リューミン)の言葉に呼応するかのように、静止していたガッデスが動き出す。機体の狙いは――ガッデスを撃てなかったロックオン(ライル)/ケルディム。それに気づいたアニューが、悲鳴に近い声を張り上げた。

 

 

「お願い……! 殺して……! ――私を殺して! ライルゥゥゥゥ!!」

 

 

 

 

 

 

 敵の数は次第に減ってきた。蒼海(アオミ)たちの協力者たちは既に退けられており――「イノベイター陣営では」という枕詞が必須だが――、残るはケルディムとガッデスの一騎打ち。

 案の定、思考プログラムによって的確な攻撃を()()()()()()()ガッデスの方が優勢だ。パイロットに()()()()()()アニューやその恋人であるロックオン(ライル)の気持ちなんて、一切考慮しなくていいのだから。

 それでも、ロックオン(ライル)は諦めずに食い下がる。彼の意地が競り勝ったのか、ついにガッデスが動きを止めた。損傷度合いは、ガッデス出陣時に撤退に追い込んだ他の“ガ”シリーズと同等だ。

 

 “戦闘続行は不可能だが、航行だけなら充分に可能”――つまり、“戦況が不利になったとしても、この場から逃げおおせることが出来る”状態。

 アニューに施されていた思考プログラムもまた、『戦闘不可能だが離脱は可能』という事態での行動も予め定められていたらしい。

 

 ガッデスはややふらつきながらも、この場からの離脱を図る。それに気づいたアニューは悲鳴を上げた。

 

 

「ま、待って! 嫌! 止まって、止まってよ……! 私、ライルの――みんなの傍に居たいの……!!」

 

 

 顔面蒼白になりながら、アニューは必死になって首を振る。

 彼女の体は、彼女の意志を無視して機体を動かしていた。

 

 

「もうどうしようもないなら、せめて、最期だけは、ライルが見えるところに居たいの……! 好きな人の近くに居たいの!!」

 

 

 「だからお願い」とアニューは叫ぶ。死にたくないと、大切な人たちと一緒に居たいと、それが無理ならせめて大事な人たちに近い場所に居たいと。

 そんな願いを無視して突き進むガッデスに追い縋ったのは、勿論、アニューの恋人であるロックオン(ライル)とその愛機・ケルディム。

 文字通り組み敷くような体勢だ。パイロットの意志を反映するかの如く、ケルディムはガッデスを逃がさない。

 

 

「行かせるもんか! 行かせるもんかよ! ――このまま諦めさせてたまるか!」

 

「ライル……」

 

「俺の女が、『俺の女で居たい』って泣いてるんだぞ! ――応えるのが漢ってもんだろうが!!」

 

 

 思考プログラムを無力化する術は分からない。けど、きっと、この場にいる誰もが、その技術を生み出すために力を貸すだろう。ZEXISにとってのアニューは『大切な仲間』なのだから。

 

 『何をしてでも恋人を取り戻すのだ』というロックオン(ライル)の意志を目の当たりにしたアニューは、思わず口元を綻ばせる。しかし、そのタイミングを待っていたと言わんばかりに、蒼海(アオミ)の悪意がこの場一帯に蔓延した。

 異常事態に気づいた者が声を上げるが、時すでに遅し。間髪入れず、ガッデスがケルディムに一撃を叩き込む。文字通りの不意打ちだ。無防備状態のケルディムにとって、その奇襲は痛恨の一撃である。

 

 まともに動けなくなったケルディムに向かって、ガッデスはじりじりと距離を詰め始めた。先程まで口元を綻ばせていたアニューの表情が絶望に染まる。

 動作の停止を求めるアニューの悲鳴も、恋人の名を呼ぶことしかできないロックオン(ライル)の苦悩も、全部纏めて踏み躙るために。

 ガッデスとケルディムの近くには誰もいない。ケルディムを屠らんと武装を展開するガッデスを阻める機体は何もない――誰もがそう思ったとき。

 

 

<――ロックオン・ストラトス! スラオシャ、狙い撃つぜ!!>

 

 

 ロックオン(ライル)と瓜二つの《聲》と共に、鮮やかな光が降り注いだ。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 現地時刻は丑三つ時。星も月も、分厚い雲に覆われている。光さえない荒野のど真ん中が、プトレマイオスとの合流場所だ。目的地到着まで残り数時間。何事も無ければ、『約束の時間より少し早めに到着する』手筈となっていた。

 直近の定期連絡では、プトレマイオス共々『現時点では異常なし。このままなら、予定時刻に合流することが可能』である。ここ最近は立て続けに、文字通り“色々あった”しトラブルが目白押しだった。

 

 ――故に、今回こそは、何も問題なく合流できたらいいと思う。思わずにはいられない。

 

 

<それで、それが、あれで――>

 

「分かるなそれ。俺も弟と妹がいるから。だから――」

 

 

 虚憶(きょおく)を纏め終えたクーゴが視線を向ければ、談話室の一角で雑談に花を咲かせているロックオン(ニール)と蒼海の姿があった。

 2人が顔を会わせて1日程度しか経過していないが、幼少期から一緒に過ごしてきたと言われても違和感がない程仲良くなっている。

 話の内容は『妹や弟がいる人間のあるある』。自身が弟、且つ、下にきょうだいがいないクーゴにはイマイチ分からない議題だ。

 

 

『俺は、テロで両親を亡くしたんだ。妹も、そのテロが原因で意識不明の重体になった。……だから、テロが憎かった』

 

 

 ニール・ディランディが“ソレスタルビーイングのガンダムマイスター”の1人・ロックオン・ストラトスに至るまでの経緯は、軽くだが本人の口から聞いている。

 

 何事も無ければ、彼は“世話好きで、愛情深く家族思いの好青年”として、日の当たる道を堂々と歩いていたのであろう。機動兵器を駆って戦場へ飛び出していくことも、正確無比な射撃の腕を持つスナイパーになることも、戦争根絶なんて大それた理想とも縁がなかったはずだ。

 ……否。テロによって人生を歪ませられたとて、真っ当に生きる道はあった。社会に迷惑をかけない一般的な生き方を選べば、ニールは――枕詞には一生“テロを憎む”が追加されただろうが――“無辜の一般人”として、“世話好きな愛情深い好青年”で一生を終えていたかもしれない。

 

 

『スカウトされた瞬間から、ロクな最期を迎えられないって覚悟してた。罰が下されるならそれを贖うつもりでいた。自分はどうなったとしても、弟や妹の生きる世界と未来を、もっとよくしてやりたかった』

 

 

 彼が『無辜の一般人』としての人生を投げ捨てたのは、自分の手に残された最愛の肉親/弟と妹の為だった。『ライルとエイミーの人生が、少しでも良くなるように』という兄心。2人への愛情深さが、戦争根絶と言う夢物語の原点だった。

 愛する者の為ならば、自分の人生など二の次三の次。世話好きな上に自己犠牲心の強い男だ。多分、そういうところが『貧乏くじを引きやすい』と揶揄される一因なのだろう。ZEXISで鎬を削った/肩を並べた貧乏くじ同盟の仲間たちの姿が浮かんだが、今は彼らの出番ではない。閑話休題。

 己の人生を生贄に捧げ、ソレスタルビーイングの構成員――戦争根絶と言う理想を掲げた殉教者となったロックオン(ニール)だが、ある意味、彼の祈りは踏み躙られたようなものだ。弟のニールは自分の後を継いだ2代目となり、妹のエイミーは同じルーツを持つ別組織で戦術指揮官をしているのだから。

 

 ――多分、今この場で口にしていないだけで、兄妹の選択に対して思うところはあるのだろう。

 何せ彼は『兄妹には日の当たる場所で真っ当な人生を歩んでほしい』と願っていたのだから。

 

 

(……まあ、ロックオン(ライル)やエイミー女史が戦うことを選んだ気持ちは分かるけどな)

 

 

 ニール・ディランディが家族への愛とテロへの憎悪で茨の道を突き進んだように、ライルとエイミーも同じ道を選んだ。

 

 立つ場所や理由は違えど、この2人の根底にある原点もまた、家族への愛なのだろう。何も言わずにどこかへ去ろうとした兄への反発であり、反抗であり、1人の人間としての意志表明。

 『自分はもう、ニールに庇護されるべき存在ではない』、『一人で勝手に何処かへ行かないで欲しい。置いていかないで欲しい』、『同じ理想を抱く対等な存在として、一緒に戦いたい』――目下のものだからこそ、この焦燥と憤りを抱かずにはいられない。

 

 何せ、ライルとエイミーからすれば『兄の身勝手で放置された』ようなものだ。双方口に出さずとも、憤りや不満を抱えていることは容易に想像がつく。

 ソレスタルビーイングに居候していたときに共に戦ったロックオン(ライル)も、今目の前で思案中のエイミーも、同じような顔をしてた/いるから。

 ……最も、ライルやエイミーが兄の事情や考えを聞いた場合、全身全霊で引き戻そうとしたのだろうが。

 

 それを理解していたからこそ、ニールは何も言わないことを選んだのだ。

 当人や一般人からすれば美談かもしれないが、弟妹側からすればたまったものではない。

 

 

(俺も、あおちゃんに“置いていかれた”側だ)

 

 

 つい先日取り戻した記憶が脳裏を過る。グランドマザー『テラ』の子機端末であるテラズ・ナンバー1と、姉の善意によって封印された成人検査――或いは、14歳の誕生日。蒼海がクーゴの身代わりとなり、刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)に肉体を奪われる羽目になった一件だ。

 蒼海は『クーゴが泣いてしまうから』という理由で記憶の改竄を黙認したのだろう。だが、クーゴの記憶は完全に封印されたわけではなかった。周囲から指摘された“異様に低い自己評価”もまた、その片鱗/後遺症の1つだった。

 

 

『だってあたし、くーちゃんのこと大好きだし』

 

『……だからあたし、我慢しようと思ったの。我慢できるって思ったの。本当のこと知ったら、くーちゃん泣いちゃうもの』

 

 

 クーゴへ()()()()を語った際、姉はそう言って笑ったけど。

 実際、『地獄絵図を見ていることしかできず歯噛みしていた』らしいけど。

 ある意味で、彼女はクーゴのことを『置いていった』ようなものだった。

 

 

『――忘れてて、いいんだよ?』

 

 

 それが、姉の善意なのだと《理解し(わかっ)ていた》。

 

 

『忘却は罪じゃない。生きるためには必要なことだもの』

 

 

 それが、姉の祈りなのだと《理解し(わかっ)ていた》。

 

 

『キミには、つらい思いをして欲しくないよ』

 

『知らないままでいたって、忘れてしまったって、生きていけることは、沢山あるんだからさ』

 

 

 それが、姉の望みなのだと《理解し(わかっ)ていた》。

 

 実際、刃金の()()()()を知ったクーゴは泣いた。自分がアラサーの男性であることも、イデアや宙継が傍に居ることも全部忘れて、情けない面を晒していた。蒼海が危惧した通りになった。

 蒼海の献身と犠牲を忘れていたからこそ、刃金空護はユニオン軍の軍人になる――否、虚憶で出会ったグラハムたちに会うために渡米することを選ぶことが出来た。予てから思い描いていた理想を叶えたのだ。

 他にも、彼女の選択によって、マザーコンピューター『テラ』から物理的に距離を取ることに繋がった。だからクーゴはこうやって“クーゴ・ハガネの確固たる意志を保ったままでいること”ができる。

 

 姉に守られていたおかげで、クーゴの人生は――百点満点とは言えないけれど――順風満帆と言えるようなモノだった。

 きっと蒼海は、これからもずっと、クーゴの記憶を封印し続けただろう。悍ましい存在と成り果てたナニカを嫌悪し、それからクーゴが距離を取れるように。

 

 

 ――だけど。

 

 

(忘れたくなんかなかった)

 

 

 ――それでも。

 

 

(たとえそれが、どれ程残酷な結末を迎えようとも、俺は――)

 

 

 脳裏によぎるのは、刃金空護と刃金蒼海の14歳の誕生日。この日を境にして、刃金空護と刃金蒼海の人生は一変した。

 迫る悪意から守り抜いてくれた姉のことを、自分は見ていることしかできなかった。胸の奥底を搔きむしるような衝動に駆られて、手を伸ばす。

 届かない、と思った。少し離れた場所でロックオン(ニール)と談笑している蒼海との距離は、そこまで離れていないはずなのに。

 

 

(忘れたくなんかなかったんだ。何1つとも、忘れたくなんかなかったんだよ)

 

<――――>

 

 

 クーゴが目を伏せ歯噛みをした直後、不意に、蒼海が沈黙した。先程まで楽しく談笑していた相手であるロックオン(ニール)が、蒼海の変化に目を丸くする。

 

 

「おい、どうした。いきなり黙り込んで――」

 

<――ふっっざけんなよ、あの(アマ)ァ!!>

 

 

 文字通りの怒髪天。何も知らない人間がこの怒鳴り声と般若顔を見たならば、刃金蒼海の性格を大いに誤解――口が悪くて粗暴な少女だと思い込んだ――していただろう。数百年の伝統を持つ名家のお嬢様なんて誰も思うまい。実際、怒髪天になった姉の姿に恐れおののいた同級生――当時小学生~中学生の前半程度――は沢山いた。

 今回のロックオン(ニール)は“刃金蒼海のバックボーンを知ってはいたが、実際に目の当たりにして驚いた”タイプである。それと、外国人特有のステレオタイプ的な色眼鏡――日本人は大人しい気質の持ち主である――というのもまた、ギャップを感じた理由だったのかもしれない。

 

 最も、蒼海の発言は、子ども――特に宙継くらいの年齢――に聞かせるには不適切な内容である。クーゴが思わず窘めようとしたとき――

 

 

<お願い……! 殺して……! ――私を殺して! ライルゥゥゥゥ!!>

 

 

 文字通りの悲鳴だった。聞き覚えのある女性の《聲》。

 

 プトレマイオスの乗組員(クルー)であり、2代目ロックオン(ライル)の恋人であり、ミュウとして目覚めた情報収集・支援特化型イノベイドのアニュー・リターナーのものだ。

 談話室にいたクーゴたちが呆気に取られている間に、焦燥に駆られるアニューの思念を通じて――断片的であるが――プトレマイオス側の光景が頭の中に流れ込んでくる。

 倒れ伏したヒリングやリヴァイヴたち、酷く混乱し取り乱したような顔をしたスメラギやラッセたち、泣きそうな顔をしたミレイナ、勝手に出撃するアニューの支援機・ガッデス。

 

 ガッデスはソレスタルビーイングに反旗を翻すような挙動を繰り返す。いつの間に“そうなっていた”かは分からないが、ガッデスは数多のMD――否、センチュリオたちに指示を出す指揮官機と化していた。アニューの意に反して動き続けるガッデスを止めようと飛び出したソレスタルビーイングのガンダムたちは、殺到するセンチュリオへの対応で忙しい。後方支援も望めない状況に追い詰められている。

 唯一、ガッデスやセンチュリオから狙われていないのはロックオン(ライル)/ケルディムだ。他の面々がセンチュリオや他の敵からの攻撃に晒されている今、ガッデスを止められるのは彼しかいない。ロックオン(ライル)はライフルやライフルビットを構えてガッデスを狙うが、なかなか攻撃に移れない様子だった。……致し方あるまい。仲間の危機と恋人の存在を無理矢理天秤にかけられているという極限状態だ。

 

 

「ライルとその恋人!? なんで、どうしてこんな――……っ、まさか、これが思考プログラムってヤツか!」

 

「緊急連絡です! プトレマイオスで異常発生! アニューさんとガッデスが、トレミークルーに攻撃を仕掛けている、と!」

 

 

 クーゴが何かを言う前に、ロックオン(ニール)は思念波越しに伝わって来た惨状を《()った》らしい。険しい表情を浮かべて立ち上がる。

 間髪入れずに舞い込んだのは、合流予定であったプトレマイオスで発生した異常事態――十中八九、先程の思念波で《()た》光景だろう。

 

 

<イデアさん、クーゴさん、宙継くん! 出撃お願い!>

 

<了解! すぐ行くわ! アメリアスもサポートお願い!>

<任せて!>

 

<分かりました!>

<俺も行こう、小隊長くん>

 

<了解!>

 

<あたしも行く! テラズ・ナンバー1から拝借した権限が役立つかも知れないでしょ?>

 

 

 エイミーへ返事したクーゴに声をかけてきたのは蒼海だった。彼女は真剣な眼差しでこちらを見上げている。

 自分の肉体を奪い、好き放題に()()()()刃金(ハガネ)蒼海(アオミ)の暴挙を許しておけないのだろう。

 あの頃と変わらない真っすぐな眼差しと心根に、クーゴは少し泣きたくなった。――大好きだった姉の姿そのものだったので。

 

 

<それじゃあ、頼りにさせて貰うよ。あおちゃん>

 

<当然! お姉ちゃんに任せなさい!>

 

 

 あの頃と同じように、蒼海は満面の笑みで答える。それを真正面から見つめ、クーゴは頷いた。

 そのまま踵を返し、愛機・はやぶさの元へと駆け出した。

 

 

<エイミー! 俺も出る! 許可を出してくれ!!>

 

 

 クーゴたちが出撃準備を整えていたとき、ホワイトベースの戦術指揮官/エイミーに対して出撃を求める《聲》が響いた。《聲》の主は初代ロックオン・ストラトス――ニール・ディランディ。

 世話好きで家族や仲間を想う彼にとって、“帰るはずの古巣の惨状”や“大事な弟とその恋人/未来の義妹が殺し合いをさせられている”光景を見て、黙っていられるはずもない。

 

 

<元々イノベイターとの戦いで戦線復帰する予定だったんだ。多少前倒しになるだけで、誤差の範囲だろ!?>

 

 

 <今の自分は、何処へ行っても足手纏いにしかならない>とロックオン(ニール)は零す。

 その詳細を彼の思念波から辿ることは出来なかったが、“他人に知られたくない”事情であることは確かだ。

 エイミーとの会話からして、『大なり小なりデメリットが伴う』という推測が成り立つくらいか。

 

 対するエイミーは、沈黙を保っている。漂う思念波から《()かる》のは、『兄に対して複雑な心境を抱えている』ことくらいだ。

 

 

<だからこそ、行かなきゃいけない。――俺も、ソレスタルビーイングのガンダムマイスターなんだから>

 

<……兄さんは、いつだって自分勝手ね>

 

 

 しばしの沈黙の後、エイミーが呆れたようにため息をつく。

 彼女の口から零れたのは、兄に対する不平不満。

 

 

<何でもかんでも勝手に背負い込んで、誰にも何も言わずに駆け出して、私たちに対して何も言わずにいなくなって>

 

<う゛>

 

<今回だって、私たちの気持なんか考えずに突っ走ろうとするんだもの。本当にしょうがないわね!>

 

 

 <本当にしょうがない>の部分をやたらと強調していたエイミーであったが、ややあって、苦笑交じりにため息をついた。

 <ため息ばかりで幸せが逃げちゃったわ>なんて笑っているけれど、彼女の声色には兄への親愛で満ち溢れている。

 

 

<今この場でアニューさんを――未来の可愛い義妹(いもうと)を救えるのは、兄さんしかいないんだもの>

 

<――ああ、任せろ! 未来の義妹(かぞく)を守るのも、(おれ)の役目だからな!!>

 

 

 ――(エイミー)の言葉に応えた(ニール)の姿は、(クーゴ)を守るために前に立った(あおみ)と同じ笑い方をしていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「――お待たせ、みんな!」

 

 

 センチュリオに群がられて身動きできないでいた刹那/ダブルオー、アレルヤ/アリオス、ティエリア/セラフィムの元へいの1番に飛び出したのは、イデア/パハリアだった。

 クーゴ/はやぶさと宙継/ちょうげんぼうはイデア/パハリアのエスコートを買って出ており、彼女の邪魔をするセンチュリオたちを叩き切っていく。見事な連携であった。

 

 

「状況がこんな有様じゃなければ、今すぐ、里帰りの結果を聞きたいんだが……!」

 

「こっちもだ。みんなに話したいことが沢山ある。けど、今は――!」

 

「そうだね。こいつらを倒して、ロックオンの援護に行かないと……!」

 

 

 テラズ・ナンバー1の情報を求めて里帰りをしていたクーゴ/はやぶさの帰還――本来ならば、皆にとっての朗報として歓迎されていたことだろう。何せ、『停滞した状況を変える突破口が得られる』のだから。

 

 だが、のっぴきならない状況――遠隔操作による仲間の裏切り行為、イノベイター陣営側からの強襲――で奮闘するガンダムマイスターにとっては、優先順位が下がるのは当然のことだった。何せ、この状況を乗り越えなければ「それどころではない」ので。

 それ故に、ティエリア/セラフィムとアレルヤ/アリオスはクーゴらの帰還を喜びつつも、センチュリオの殲滅に精を出すことを選んだ。イデア/パハリアと背中合わせでセンチュリオを迎え撃つ刹那/ダブルオーも彼らに加わり、切った張ったの大立ち回りを演じる。

 

 素早い動きで敵機を攪乱するアレルヤ/アリオスとイデア/パハリア、それに翻弄されて動きが止まったセンチュリオを屠っていく刹那/ダブルオーとクーゴ/はやぶさ。

 手の空いた宙継/ちょうげんぼうが縦横無尽に飛び回りながらセンチュリオを誘導する。そこに待ち構えていたティエリア/セラフィムが、砲撃を撃ち放った。文字通りの一網打尽である。

 

 

(――ああ、良かった。みんな元気そうだ)

 

 

 嘗ての仲間たちが敵を屠る姿に、ロックオン(ニール)は懐かしさを覚える。自分が離れているうちに、彼らは彼らで強くなっていたようだ。

 自身が予想したとおり、ロックオン(ニール)ストラトス(ディランディ)の居場所はどこにもない。自分などいなくとも、皆はやっていけそうだ。

 それを突き付けられても尚、ロックオン(ニール)の出した答えは揺らがない。嘗ての古巣に『(かえ)る』という意志は、より確固たるものへと変わった。

 

 

(ライルの奴も、いつの間にあんな操縦技術を身に着けていたんだか)

 

 

 ロックオン(ニール)が最後に見たライルは、AEUの大手商社に勤める商社マン。『アマチュア、或いは企業部門のMSファイトで一定の成績を修めた』という話を聞き及んでいた程度である。傭兵家業に身を置いていたロックオン(ニール)とは違って、戦争や戦場には縁がない人生を歩んでいくはずだった。

 誰が想像できるだろう。順風満帆であるはずの人生を、ライルは自らの意志で捨てていた。いつの間にか会社を辞めて武装組織カタロンの構成員へ転職し、MSでの戦い方を学んだ挙句、自分の古巣であるソレスタルビーイングのガンダムマイスターとしてスカウトされるだなんて。

 

 

(そんなことをさせないために、俺は、この道を選んだっていうのに……。――本当、何もかもが裏目に出てるな)

 

 

 幸せになってほしかった弟妹は、自らの意志で戦場へ飛び出した。“戦場から遠い場所に居て欲しい”という兄の願いとは裏腹に。

 ……しかし、皮肉な話だ。そのおかげで、ロックオン(ニール)は命拾いする羽目になっている。世の中本当にうまくいかない。

 

 敵の数は次第に減ってきた。メインはケルディムとガッデスの一騎打ち。案の定、思考プログラムによって的確な攻撃を()()()()()()()ガッデスの方が優勢だ。

 

 パイロットに()()()()()()アニューやその恋人であるロックオン(ライル)の気持ちなんて、一切考慮しなくていいのだから。

 それでも、ロックオン(ライル)は諦めずに食い下がる。彼の意地が競り勝ったのか、ついにガッデスが動きを止めた。

 

 “戦闘続行は不可能だが、航行だけなら充分に可能”――つまり、“戦況が不利になったとしても、この場から逃げおおせることが出来る”状態。

 アニューに施されていた思考プログラムもまた、『戦闘不可能だが離脱は可能』という事態での行動も予め定められていたらしい。

 ガッデスはややふらつきながらも、この場からの離脱を図る。それに気づいたアニューは悲鳴を上げた。

 

 

「ま、待って! 嫌! 止まって、止まってよ……! 私、ライルの――みんなの傍に居たいの……!!」

 

 

 顔面蒼白になりながら、アニューは必死になって首を振る。

 彼女の体は、彼女の意志を無視して機体を動かしていた。

 

 

「もうどうしようもないなら、せめて、最期だけは、ライルが見えるところに居たいの……! 好きな人の近くに居たいの!!」

 

 

 「だからお願い」とアニューは叫ぶ。死にたくないと、大切な人たちと一緒に居たいと、それが無理ならせめて大事な人たちに近い場所に居たいと。

 そんな願いを無視して突き進むガッデスに追い縋ったのは、勿論、アニューの恋人であるロックオン(ライル)とその愛機・ケルディム。

 文字通り組み敷くような体勢だ。パイロットの意志を反映するかの如く、ケルディムはガッデスを逃がさない。

 

 

「行かせるもんか! 行かせるもんかよ! ――このまま諦めさせてたまるか!」

 

「ライル……」

 

「俺の女が、『俺の女で居たい』って泣いてるんだぞ! ――応えるのが漢ってもんだろうが!!」

 

 

 思考プログラムを無力化する術は分からない。けど、きっと、この場にいる誰もが、その技術を生み出すために力を貸すだろう。ソレスタルビーイングにとってのアニューは『大切な仲間』なのだから。

 

 『何をしてでも恋人を取り戻すのだ』というロックオン(ライル)の意志を目の当たりにしたアニューは、思わず口元を綻ばせる。

 しかし、そのタイミングを待っていたと言わんばかりに、蒼海(アオミ)の悪意がこの場一帯に蔓延した。

 

 

「だめだ、ロックオン!」

 

 

 異常事態に気づいたクーゴが声を上げるが、時すでに遅し。間髪入れず、ガッデスがケルディムに一撃を叩き込む。

 文字通りの不意打ちだ。無防備状態のケルディムにとって、その奇襲は痛恨の一撃である。

 

 まともに動けなくなったケルディムに向かって、ガッデスはじりじりと距離を詰め始めた。先程まで口元を綻ばせていたアニューの表情が絶望に染まる。

 動作の停止を求めるアニューの悲鳴も、恋人の名を呼ぶことしかできないロックオン(ライル)の苦悩も、全部纏めて踏み躙るために。

 ガッデスとケルディムの近くには誰もいない。ケルディムを屠らんと武装を展開するガッデスを阻める機体は何もない。

 

 ――奴らの死角でライフルを構えるロックオン(ニール)/スラオシャ以外は。

 

 

「――長距離からの精密射撃(スナイピング)は俺の十八番だ。だから、いつも通りすればいい」

 

 

 射撃の才能を目覚めさせた学生時代、テロを憎んで戦場へ飛び出した傭兵時代、戦争根絶という理想に殉じる茨の道を進むことを選んだガンダムマイスター時代――今までの軌跡を思い返す。

 

 自身が唯一『盛大に外した』のは、国連軍とソレスタルビーイングの前哨戦。両親を失い、エイミーが意識不明のまま眠り続ける羽目になったテロを企てた張本人・アリー・アル・サーシェスとの戦いだ。あのとき奴の息の根を止めることが出来ていたら、どれ程良かったことだろう。

 あのときは“過去に決着をつけ、未来へ進むため”に引き金を引いた。今回引き金を引く理由は、“弟ライルと未来の義妹アニューを救うため”。弟と未来の義妹の将来は、兄であるロックオン(ニール)の指に懸けられた。

 

 

「当てる。当ててみせる。――俺の大切な人たちのために、未来のために!」

 

 

 いつも通り、自分の得意なことを――やり慣れたことをするだけでいい。ただそれだけのはずなのに、引き金が重く感じる。心臓の鼓動が響き、息が詰まる様な感覚に見舞われた。

 失敗出来ない。するわけにはいかない。したくない。だってロックオン(ニール)は、弟妹の幸せを祈ったが故に、茨の道を進んだのだから。

 

 ――ここで成功できなかったら、何のために戦うことを選んだのか、分からないじゃないか!!

 

 

「……だからさぁ……!」

 

 

 決意を込めて、指に力を籠める。

 こめかみを伝う汗が流れ落ちたとき――

 

 

<大丈夫だよ、ロックオンさん。アンタの腕は、俺が保証する>

 

 

 誰かがそう言って力強く微笑んだ。栗の渋皮を思わせるような色味を纏ったプラチナブロンドに、視力矯正用の眼鏡をかけた青年。スナイパー仲間として切磋琢磨してきた、かけがえのない友人だった。

 

 

<無茶はするな……と言いたいところだが、今回は別だな>

 

 

 誰かがそう言って静かに頷いた。深い緑青の髪に、やや浅黒い肌の偉丈夫。自分が利き目を負傷した際、心配してくれたスナイパー仲間だ。同じ部隊に所属し、共に戦ってきた戦友でもある。

 

 

<俺とお前のスナイパー勝負……あの熱い戦いを思い出せ! お前なら楽勝だろ!?>

 

 

 誰かがそう言って肩を叩いてきた。金髪碧眼の色男。こいつ誰だったっけ、という言葉が喉元までせり上がってきたが、寸でのところで飲み込んだ。そういえば、スナイパー勝負を繰り広げてきた敵と似ているような気がする。

 

 

<まあ、俺も“不可能を可能にする男”と呼ばれたパイロットだ。ゲン担ぎくらいにはなるだろう>

 

 

 誰かがそう言ってお茶目にウインクした。顔に傷のある、金髪碧眼の色男。そういえば、彼も奇跡を起こした――もとい、無茶をやらかして女性を泣かせたことがあった。ニールと同じような行動をしたくせに、ニールに説教して、恋人に怒られて、お互い様だと笑いあった戦友である。

 

 

<おうおう。今度こそ、あんたも貧乏くじ同盟卒業か……。ちょっと寂しくなるけど、いいぜ。盛大に祝ってやる! だから、ド派手に祝砲打ち上げろ!!>

 

 

 誰かがそう言ってニヤリと笑った。茶色の長い髪を三つ編みに結んだ少年。貧乏くじ同盟を担う仲間として共に戦った戦友だ。死神の名を冠する、ガンダムのパイロット。

 

 

<冷静になれよ。簡単なことじゃないか。いつも通り、狙い撃てばいいんだ>

 

 

 誰かがそう言って頷いた。どこか苦労人の香りが漂う、黒髪の東洋人。彼もまた、貧乏くじ同盟のお仲間であり、同じ部隊で戦ってきた戦友であった。民間企業所属の正義の味方。

 

 

<俺も一緒に狙い撃つ。……心配すんなよ、きっちり当ててやるさ!>

 

 

 誰かがそう言ってニヒルに笑った。群青のくせ毛が特徴的な男性。彼もまた、貧乏くじ同盟の仲間であり、親友だった。彼のボケに対し、自分がツッコミを入れる――それが自分たちの日常だった。借金返済のため戦う、天秤の機体を駆るスフィアリアクター。

 

 自分は、“彼ら”のことを全く知らない/よく知っている。

 不思議な懐かしさが心を満たし、自分自身を奮い立たせてくれた。

 

 さあ、しっかり狙いを定めて。“彼ら”が信じる/信じた『成層圏の狙撃手』は、伊達じゃないのだから。

 

 

<アンブレイカム・フルクラム……! 折れない意志!>

 

 

 揺れる天秤のスフィアリアクターが笑う。彼が愛機の力を引き出す際に口にする文言――あるいは詠唱。

 天秤はフラフラ揺れ動いていたけれど、支柱は折れない。その在り方を体現するような男だった。

 奴の言葉に呼応するかのようにスピゴットが展開。リブラスタクロウにGN粒子が充填されていく。

 

 蒼海(アオミ)が勝利を確信したが故の奢り――その一瞬。

 満身創痍のケルディムに、死刑宣告をするかのように、ゆっくりとガッデスが動く。

 

 チャンスは1回きり。やり慣れたスナイピング。

 

 

<リスク・オブ・マイライフ……! 喰らいな!!>

 

「――狙い撃つぜぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

 2つの声が重なった。引き金は引かれ、放たれた砲撃がスピゴットを経由して拡散する。その攻撃はロックオン(ニール)側から見て無防備同然だったガッデスへと命中した!!

 当たった個所は全て“ガッデスの航行機能を司る”部位。予想外からの強襲に驚いたアニューが悲鳴を上げ、ロックオン(ライル)/ケルディムが砲撃の主(こちら)へと視線を向ける。

 

 

「お前……! よくも、よくもアニューを!!」

 

「今だライル! コックピットを引き抜け!!」

 

「――は? え!? に、兄さん!!?」

 

「いいから早く! 急げ!!」

 

 

 憎悪と敵意を剥き出しにしてこちらを睨んで来たロックオン(ライル)を、ロックオン(ニール)は思い切り怒鳴りつけた。

 急所は外したものの、今のガッデスの状態からして、いつ爆発するか分からない。この問答をしている間にも、刻々と時間が経過している。

 状況が理解できないでいたロックオン(ライル)であったが、一歩遅れて『ガッデスがヤバい』ことを把握したらしい。二つ返事でコックピットを引き抜いた。

 

 一歩遅れて、限界を迎えたガッデスが爆発する。煙が晴れた先にいたのは、コックピット部分を抱えたケルディムの姿だ。

 コックピットは爆発に巻き込まれずに済んだらしい。しかし、肝心なのはパイロットであるアニューの命。

 

 

「ライル兄さん、アニューちゃんは!?」

 

「大丈夫だ! 気絶してるけど生きてる!」

 

「「良かった……!」」

 

 

 ロックオン(ライル)からの報告を聞いて、ようやくロックオン(ニール)は安心することが出来た。それはエイミーも同じだったようで、彼女も安堵の息を漏らす。

 

 丁度そのとき、自分の傍に居た男――揺れる天秤のスフィアリアクターが、何かに気づいたように<あ>と零した。

 奴は見る見るうちに表情を引きつらせる。否、奴だけではない。先程の射撃時にロックオン(ニール)に声援を送っていた全員が、奴と同じ顔をしていた。

 

 

<――貧乏くじ同盟卒業は、しばらくお預けだな>

 

 

 それだけ言い残し、奴らの姿が掻き消える。入れ替わりで開いたのは、ソレスタルビーイングとの()()()()()

 

 

「う、うわああああああああああああ!!?」

 

「な、何だその恰好は!? 破廉恥だ!!」

 

「嘘!? そ、そんな趣味があったの!?」

 

「待って! 絵面、絵面が最悪の極みなんですけどォ!?」

 

 

 悲鳴を上げたのは誰だったのか。ロックオン(ニール)の現在の格好に言及したのは誰だったのか。それを確認する間も無かった。そこでようやく、ロックオン(ニール)は思い出した。――『自分が戦線復帰をする際、一体何を犠牲にしたのか』を。

 現在のロックオン(ニール)の格好は、目隠し亀甲縛りである。しかも、亀甲縛りの縄はパイロットスーツの上――つまり、皆に見えるようになっていた。文字通り、最悪な絵面である。それを目の当たりにする羽目になった仲間たちが驚愕の声を上げるのも、何やらおかしな勘違いが加速してしまうのも、当たり前のことだった。

 

 

「うそだ……兄さんが、兄さんが、こんな変態だったなんて……!」

 

「待てライル、誤解だ。話を、話を聞いてくれ。一端冷静になろう」

 

「ロ、ロックオン……。わ、私、頑張る。頑張るから……!!」

 

「落ち着いてくれフェルト。鞭と蠟燭は要らない。だから今すぐそれを片付けてくれ。な?」

 

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 

 先のクーゴ・ハガネの帰郷が波乱万丈であったのと同じように――しかし、全く違うベクトルで。

 ロックオン(ニール)ストラトス(ディランディ)の帰還もまた、一筋縄ではいかないようだった。





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