問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season> 作:白鷺 葵
1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。
10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。
13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。
上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。
アンドレイ・スミルノフの嫌いな季節がやって来た。
しんしんと雪が降り続くのと対照的に、街は喧騒に満ちている。煌びやかに輝くイルミネーションで満ち溢れていた。
踊る文字はどれもこれも同じで、クリスマスを祝う文句ばかりであった。アンドレイは、それらすべてが寒々しく思える。
「今年のサンタさんはサヤたちだからな。頑張れよ」
「任せてください! 極楽亭サヤ、落語のオチは完璧です!」
「アユルもな。期待してるぞ?」
「はい! 極楽亭アユルも頑張ります!! 孤児院のみんなやジン、喜んでくれたらいいな……」
「ええ。きっと喜んでくれるわよ」
楽しそうに過ごす家族が視界の端を過ぎ去っていく。髪の一房に茶色のメッシュを入れた男性が、2人の娘に笑いかけていた。彼より少し離れた位置から、けれども心の距離には一切の隙間も感じられない程の距離で金髪の女性が続いた。
あの少女たちと同じ年頃だったときの自分を思い出した。軍人と言う職業柄、両親が揃って休みを取ることは滅多になかったように思う。けれど、両親の休みが一致して、家族団欒を過ごしたことは、心の片隅に残っていた。
父と母に手を引かれて、雪と光の化粧を纏った街の中を歩いた。2人の手はとても温かくて、優しかった。今となっては色褪せた記憶だ。母は任務中に、父に見捨てられて亡くなった。父はそのことに対して何の弁明もしなかった。それが許せなくて家を出た。
それ以来、アンドレイは実家に帰っていない。父に連絡を取ったこともないし、父から接触してくることもなかった。その事実が、ますますアンドレイの心に影を落とす。
父親のことなんて大嫌いだったが、不思議なことに、現在の自分の職業は軍人である。期せずして、父と同じ職業に収まったという訳だ。母の職業でもあったのだが。
「最近、ライルから連絡が来ないの。仕事も辞めちゃったっていうし……」
「うわあああ!? 泣かないでアニュー!」
「あの野郎、僕らの可愛い妹分を泣かせやがって!!」
「……ふむ。これは、ヴェーダを使わざるを得ない」
「やめてくださいリボンズさん! スパコンの使用用途間違ってます!!」
「大丈夫だよ。イオリアだって、マザーが出産するときは、毎回ヴェーダで母子の生存確率から先天性の病気の有無まで調べてたんだから。ライル・ディランディの行方くらい一発で検索できるさ」
「だからと言って、『覇王翔吼拳を使わざるを得ない』のノリで語っちゃダメですよ!!」
藤色の髪の女性を励ます美男美女。見た目の差異が大きいことから、彼らは血のつながった家族ではないのだろう。だが、家族以上の絆で結ばれていることは容易に伝わってくる。女性からしてみれば、彼らの行動は過保護の域に入るらしい。その様に辟易しているが、どこか嬉しそうに見えたのは気のせいではなさそうだ。彼らの姿も、あっという間に雑踏に消えた。
「じいさんへの贈り物、何にするか決まったか?」
「悠兄さんは決めたの?」
「いや、全然。役に立つものをあげたいんだけどな」
「アリスに訊いたら『一鷹さんや悠凪さんから貰えるものなら、博士は何でも喜ぶので問題ありません!』って言われたんだ」
「ハルノに訊ねても似たようなこと言われたぞ。何でもいいってのが逆に困るんだよ……」
茶髪の青年と緑の髪の少年が、うんうん唸りながらアンドレイの目の前を横切った。かと思えば、立ち並ぶ店のショーウィンドウに沿って歩き始めた。視線は看板や品物へと向けられている。2人の眼差しはどこまでも真剣であった。
数メートル歩いた彼らは足を止めた。どうやら彼らのお眼鏡に適う店/商品を見つけたらしい。2人は顔を見合わせて頷くと、躊躇うことなく店の中へと足を踏み入れた。その横顔は、プレゼントを贈る相手が喜ぶさまを想像しているかのようだった。
「なあネーナぁ。何件梯子するつもりなんだよー?」
「寄る所すべてで買い物しているのは感心しないな。無駄遣いは控えるようにと言っているだろう」
「ごめん! でも、あとはこの品物だけだから! 教官が欲しがってたし……」
「マジでか!?」
「そう言う話は早くするようにと言っただろう。急ぐぞ」
赤い髪の少女に続くのは、青い髪の青年と茶髪で浅黒い肌の青年だ。誰かに贈り物をしようとしているらしい。
ざわめく人の波を流し見ていたアンドレイは、店の中に陳列されていた棚に山積みされていた袋に目を留めた。アレーシュキ――ロシアの焼き菓子である。
『アンドレイ』
『この焼き菓子はね、お父さんが作ってくれたの』
『私とお父さんが恋人同士になったきっかけは、このアレーシュキなのよ』
幸せそうに笑った母が、アレーシュキを片手にしてくれた話を思い出す。父と母の馴れ初めだ。
幼い頃はいつもその話を聞きたがっては、父を赤面させていたか。照れる両親を見るのは、とても珍しい光景だった。
しかし、足を止めたのはほんの数秒のみだ。何の感慨も抱くことなく/抱きかけた何かを振り払って、アンドレイは街を歩く。
肌を掠める風はどこまでも冷たいのに、耳に入る笑い声はどこまでも温かい。その差異が、アンドレイの奥底に閉じ込めていた過去を引き出そうとするのだ。
だから、この季節は好きではない。もう戻れぬ/戻らぬ時間に感慨を覚えたところで、どうしようもなかった。……最も、アンドレイがこの季節を嫌う理由はそれだけではないのだが。
クリスマスで多くなるのは家族連れだけではなかった。周囲を見回せば、恋人たちの様々な姿が、嫌が応にでも目に入ってくる。
「先輩、あっちにも寄りましょう!」
「待てひまり。流石にこれ以上寄り道したら帰りが遅くなるだろう」
ほんの一瞬、アンドレイのすぐ横を突風が駆け抜けた。振り返れば、荷物を抱えた男女が店の中へと消えていく。
しかし、左手は固く繋がれていた。互いに、決して離そうとしていない。羨ましいなとは思ってない。断じてだ。
「ふふふー」
「……どうしたんだよクレア。さっきから、変な笑い方して」
「マフラー、お揃いだなーって思って。そう考えてたら、幸せな気分になってさー。笑いが止まらないんだー」
「ば、馬鹿」
先程の2人の背中を追いかけていたら、それを阻むかのように、別の男女がアンドレイの視界を横切った。
茶髪の男性と青みを帯びた黒髪の少女が、同じ色のマフラーを身に着け、寄り添っている。幸せそうに笑う少女に対して、男性は頬を赤く染めて視線を逸らした。
男性の口調はぶっきらぼうだが、彼の口元はむずがゆそうに緩んでいた。マフラーに顔をうずめて誤魔化していた男を見て、少女はますますにやける。
幸せだなぁ、と、吐息のように言葉を続ける。しばしの間をおいた男は同意するように小さく頷いた。その姿もまた、雑踏に紛れて消えてしまった。
「えーと、あれもこれもそれも買ったし、買い足りないのは……」
「待ってくれベル。もう動けないんだが」
車椅子を漕ぐ女性の後ろに続く初老の男性は、荒い呼吸を繰り返していた。彼の手には、文字通り「積み上げられた」プレゼントの山。
ひいひい言いながら女性を呼び止めた彼に、女性は冷たい眼差しを注ぐ。
「体が鈍っているんじゃないの? 他にも、孤児院のみんなに配るプレゼントは足りないのよ。方々に頼んで買い出ししてもらってるけど」
「…………はあ」
強い調子で言い返した女性は、すぐに踵を返して車椅子を漕いだ。男性は泣き笑いに近いような表情を浮かべた後、文句ひとつ言わずに彼女についていく。
アンドレイの隣には、誰もいない。ついでにやや前方にも、誰もいない。
生まれてこの方、プライベートな意味で、女性と並んで歩いたことはなかった。
(リア充め……!)
家族連れを見てもアレだが、恋人たちの姿を見ても(別の意味で)アレである。顔がいかつかったのは父親だが、アンドレイは幸いなことに母親似だ。
だが、顔がいかつかった父でさえ、マドンナ級と称された母を落としたのだ。母に似た顔つきであるアンドレイが女性と縁がないと言うのはおかしな話ではなかろうか。
アンドレイは顎に手を当てた。冷たい風が頬を打つ。びょう、という風音が耳を掠めた。足元の枯葉が飛んでいく。寒さが一段と厳しくなったような気がした。
深々と息を吐きだす。やけに、頭上に様々な光がちかちか点灯しているように思えた。見上げれば、大きなクリスマスツリーが鎮座している。
軍部ですれ違った僚友――物々しい仮面をつけた金髪碧眼の男が、「都内で一番大きなツリー」と、悲壮感を漂わせながら零していたのを思い出す。
今、アンドレイのすぐ近くにでツリーを見上げる男性は、軍部ですれ違った僚友と瓜二つである。男性の手には『恋人と行きたいクリスマスのデートスポット特集』という文字が躍る雑誌が握られていた。誰かを待っているように見えたのは、きっと気のせいではない。直後、派手な着物を着た東洋人女性に腕を絡められ、引きずられるようにして雑踏に飲まれていったか。
仮面をつけた男性の様子からして、着物を身に纏った東洋人女性は待ち人ではなさそうだった。だが、女性に腕を絡められて引かれたとき、悲しそうに、苦しそうに――何もかもを諦めてしまったかのように目を伏せたのが、妙に印象に残っている。まるで、誰か――彼が待っていたであろう本来の相手――に謝罪しているかのようだった。閑話休題。
アンドレイは周囲を見回した。どこもかしこもカップルだらけである。アンドレイの体感気温がぐっと下がった気がした。マフラーやセーター、および防寒着でしっかりガードしているにもかかわらず、だ。リア充たち自身だけはぬくぬくしているのは不公平である。最も、世の中と言うものは大抵が不平等でできているものだが。
「……はー……」
アンドレイは遠い気分になった。独りに身クリスマスは毒でしかない。
そろそろ婚活に励むべきだろうか――アンドレイがふと視線を動かしたときだった。
そこに乙女がいた。透き通ったプラチナブロンドの髪に、青い宝玉を思わせるような双瞼。陶器のように白くてなめらかな肌は、寒さに晒されたせいか、ほんの少しだけ赤らんでいる。彼女が吐き出した息が白くけぶった。
一瞬で、アンドレイはすべての感覚を奪われた。
呼吸も、鼓動も、何もかもが止まってしまったような錯覚を覚える。
「か、可憐だ……」
今のアンドレイには、そう言葉を吐き出すだけで精いっぱいだった。
人生初の一目ぼれである。ああ、恋に落ちるとはこういうことを言うのだろうか。
アンドレイは一端足を止め、方向転換した。ふらふらと可憐な乙女へと歩み寄る。
できることならお近づきになりたい。まずはお友達から、と、アンドレイが脳内で計画を立てていたときだった。
乙女がぱっと表情を輝かせる。
彼女の視線の先には、向う側から駆けよってくるさえない男。
「ああ、沙慈ー! 遅ーい!」
「ごめんよルイス。色々あって……」
「許さなーい! 本当に申し訳ないと思ってるなら、今すぐ私にちゅーしれー!」
「ちょっと待ってよルイス! ここ、人がいっぱいで、その……」
「うふふ、そういうところがかわいいのよねー。からかうの楽しいー」
「る、ルイスっ! ……ぼ、僕だって、僕だって男なんだからね」
「!」
「…………」
「…………」
じゃれあっていた2人は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
幾何かの沈黙の後、どうにか立ち直ったようだ。短く会話を交わしたのち、男が乙女に引っ張られるような形で、彼女たちは雑踏の中へと消えてしまう。乙女の肩に触れようとしていたアンドレイの手は、宙ぶらりんに彷徨っていた。
物事の理解が追い付かない。頭の中で、何度もバク転を繰り返す――そんな無茶な運動を繰り返したような感覚を得て、アンドレイは1つの結論にたどり着く。アンドレイの出した答えを肯定するかのように、冷たい風が吹き抜けた。
「………………失恋した」
崩れ落ちなかったのは僥倖と言えよう。
生まれたての小鹿を思わせるような足取りで、アンドレイはツリーの前から歩き出した。
「アンドレイ……。……強くなれ、息子よ……!」
「どうかしたんですか? 大佐」
敗北した息子の背中に、届かぬ声援を贈る男がいたことを、アンドレイは知る由もない。
◇◇◇
アンドレイ・スミルノフの嫌いな季節がやって来た。
しんしんと雪が降り続くのと対照的に、街は喧騒に満ちている。真昼間だというのに、煌びやかに輝くイルミネーションで満ち溢れていた。
踊る文字はどれもこれも同じで、バレンタインディを祝う文句ばかりであった。アンドレイは、それらすべてが寒々しく思える。
「もうちょっと大きな花束にしたかったな……。もっと節約してればよかった……」
「……ジン、流石に80本もあれば充分じゃないか?」
「アユルは『100本のバラの花束が欲しい』って言ってたんだぞ。叶えてあげたいじゃないか」
紫の髪の少年は、難しそうな顔でバラの花束を睨みつけている。予算不足で、望んだ本数の花束を作れなかったらしい。どこかで聞いたが、3000円で花束を作ってくれと頼むとカスミソウオンリーの花束が出来上がるという話を思い出した。
対して、鳶色の髪の少年は、完璧主義の友人の背中と花束を複雑そうに眺めていた。彼の抱える花束は、紫の髪の少年と比較すると2回り――否、3回りほど小さい。おそらく、“花束”というカテゴリにぎりぎり収まるほどの大きさ/本数しかなかろう。
花束の大きさには差はあるが、少年たちが花束を贈ろうとしている相手への想いに差異などない。貰う側はきっと幸せだ。雑踏に消えていく少年たちの背中を見送る。現在、アンドレイがいる国では、2月14日は家族や恋人、親しい人々に花を贈る風習があったことを思い出した。
ちなみに、どこぞの東洋の国では“好きな男性にチョコレートを贈る”なんて風習があるらしい。今では、性別関係なく“お世話になった相手にチョコレートを贈る”場合もあるのだそうだ。先程すれ違った浅黒い肌の女性が読んでいた雑誌の表紙にでかでかと書かれていた。
彼女はどこか寂しそうな眼差しを空に向けながら、赤いマフラーに顔をうずめて通り過ぎて行った。この季節に1人身とはキツイだろう。『“お仲間は自分だけでなかった”ことに安堵した』――なんて、かなり酷いことを考えたものである。
「グラン・マに花束贈るつもりなのだが、どんな花にすれば良いだろうか?」
「この季節になると、バラの花は人気らしいね。どこもかしこも売り切ればかりだ」
「特に赤はな。残っているのは白、黄色、青……」
花屋のショーウィンドウに釘付けになっているのは、青い長髪の女性と深緑で短髪の女性2人と、銀髪で赤い瞳の少年だ。
女2人も侍らせて、だなんて思っていない。しかし、少年が侍らせていた女の人数は2人だけではなかった。
「ルナは何をプレゼントするか決めたのかい?」
「私はチョコレートにするつもりです。以前の無茶ぶり出撃は死ぬかと思いましたが、おかげで給料がっぽがぽ! お財布の潤い具合が半端なくて」
少年の問いかけに、短い藍色の髪の女性が現金な笑みを浮かべて答えた。が。
「それじゃあ、お財布が危なくなったら言って頂戴。頑張ってもらうから!」
「お財布が危なくなくても出撃させる気満々じゃないですかぁぁぁぁぁッ! エイミー艦長の鬼ィィィィィ!!」
女性の悲鳴が延々と響く。哀れな光景だとは思わないわけではない。そういえば、アンドレイがひっそりと出入している電脳掲示板に『こんな仕事なんて聞いてない』なんてスレッドがあったことを思い出す。事務職で採用されたはずなのに、何故かMSパイロットとして戦う羽目になった女性の愚痴が書かれていた。
後に、『しばらく会えなかった妹が、再会したら鬼指揮官になってた』というスレッドに出てきた登場人物と被っていたことが発覚し、『アニキと事務員の災難』にスレッドの名を変更し統合した。最近は多忙でスレッドを覗きに行けなかったが、今度久々に覗いてみるとしよう。アンドレイはなんとなくそう思った。
「ふふ、うふふふふふ……」
不意に、不気味な笑い声が聞こえた。声の方向へと視線を向ければ、赤い髪の少女がショーウィンドウを凝視していた。彼女の隣に並び、心配そうに彼女を見ていたのは、杖をついた白髪の老紳士である。
少女は明らかに未成年だった。おおよそ、アルコールには縁のなさそうな雰囲気が漂っている。
対して、老紳士は積み重ねてきた人生の貫録が伺えた。少女の様子に困惑している様子だったが。
「酒で人の理性をどうこうできるかなって思うんだけど、おじーちゃんは何かいい知恵知らない?」
少女は至極真面目な顔で老紳士に問うていた。
「酒を混ぜるとすごいことになるって情報を手に入れたのよ。日本語で確か、『チョポン』っていうんだっけ? でも、あたし未成年だから買えなくて」
「ワシ、MS論には精通しているが、アルコールによる欲情、およびその因果関係については専門外なんじゃよ。あと、『チョポン』ではなくて『ちゃんぽん』だからの」
「とりあえず、度数高いヤツを混ぜまくって責めればいけるかな」
「いや、無理だと思うぞ。おにーさんは家系的な遺伝でワクだったし、飲み会では“間接的に相手を潰しにかかることで身を守る”タイプだったからの。十中八九返り討ちにされるぞ」
「スピリタス、エバークリア、ノッキーン・ポチーン、ハプスブルグ アブサン プレミアムリザーブ、ドーバースピリッツ88……」
「聞いとらんな」
まるで呪文を諳んじるかのごとく、高アルコール度数の酒の銘柄を呟く少女。
老紳士は額に手を当てて深くため息をつく。もう諦めの極致に入ったようだった。
黒魔術でも始めてしまいそうな空気が漂う。無関係を決め込んだ方が良さそうだ。
「大佐ぁぁぁぁ! 俺と石破ラブラブ天驚拳を一緒に打ちませんかーっ!?」
不意に、アンドレイの眼前をつむじ風が横ぎった。鳶色の髪の男が、眼鏡をかけた知的な女性の後ろを全速力で追いかけている。不思議なことに、女性は速足で歩いているだけなのに、全力疾走していると思しき男が追い付けるような気配はなかった。
高嶺の花を全速力で追いかけている――先程のつむじ風を例えるなら、その言葉がぴったりだろう。追いかける対象がいるだけマシか。残念ながら、アンドレイには追いかけたい高嶺の花もいない。……いや、いないと言うには語弊がある。
クリスマスに見かけた乙女の姿がよぎった。透き通ったプラチナブロンドの髪に、青い宝玉を思わせるような双瞼。陶器のように白くてなめらかな肌は、寒さに晒されたせいか、ほんの少しだけ赤らんでいる。彼女が吐き出した息が白くけぶった。
だが、乙女には既に相手がいた。さえない顔をした茶髪の青年。人生初の一目惚れは、開始わずか数秒で終わりを迎える。
略奪愛、という単語が脳裏に浮かんでは消えていく。そこまでの畜生になるだけの覚悟は、残念ながら持ち合わせていなかった。
「……はぁ」
びゅう、と、一陣の風が吹き抜けた。枯葉がくるくると舞う。この枯葉もまた、友に踊る相手がいないらしい。似た者同士のようだ。
枯葉が舞う方向に向かって視線を動かせば、先程とは違う花屋の看板と心配そうに向うを見つめる店員の姿が目に入った。
店員の方に視線を向けると、襟元にクラバットを結んだ青年が、誰かと押し問答をしている姿が映る。
相手のものと思しき車のトランクには、大量の、赤いバラの花がバケツごと入れられていた。花屋にあったものすべてを買ったのだろう。
青年は、バラの花を譲ってもらいたいと頼み込んでいた。
頑なに切り捨てる相手に怯むことなく、青年は叫ぶようにして言葉を紡ぐ。
「貴方程の人物であるならば、プロポーズでYESを引き出すために必要な花と、その色を知っているはずだ!」
青年の言葉に、相手は大きく目を見開く。どこまでも真摯な鳶色の瞳に圧倒されたように相手は息を飲んだ。幾何かの間をおいて、相手は微笑み、青年にバラを分けてやる。
バラの花束を手にした青年は嬉しそうにはにかむと、相手に礼を言って駆け出した。程なくして、男の姿は雑踏に飲まれる。相手も車に乗り込んだ。その後ろ姿は遠ざかって行った。
セリフも気障だが、イケメンが言うなら何でも許されるという風潮がある。先程の青年もその類に相当した。悔しくない。断じて悔しくない。“告白が失敗しますように”だなんて、祈ってない。呪いはかけたかもしれないが。
アンドレイは大きくため息をついた。こんな日に街の中をうろついていても、いいことなんて何もない。
独り身であることが辛くなるだけなのに、どうして自分はあてもなく街を歩き回っているのだろう。
吹き抜ける風は冷たい。先程までは粉雪だったはずなのに、いつの間にやら綿レベルの大きさに変わっていた。
「……はー……」
そろそろ婚活に励むべきだろうか――アンドレイが真剣に考えたときだった。
視界の端に、乙女がいた。栗色の髪を首にかかる程度の短髪に、宝玉を思わせるような琥珀色の瞳。凛とした眼差しに宿るのは、真実へのあくなき探求心だ。彼女の屹然とした瞳は、どこか遠くを見つめていた。
一瞬で、アンドレイはすべての感覚を奪われた。
呼吸も、鼓動も、何もかもが止まってしまったような錯覚を覚える。
「う、麗しい……」
今のアンドレイには、そう言葉を吐き出すだけで精いっぱいだった。人生2度目の一目ぼれである。ああ、恋に落ちるとはこういうことを言うのだ。
前回の乙女とは人生最短で恋破れてしまったが、今度こそは。アンドレイはふらふらと麗しい乙女へと歩み寄る。
できることならお近づきになりたい。アンドレイは脳内で計画を立て始める。“まずはお友達から”――なんて、暢気に考えていたときだった。
「おねーさん。ちょっとこっちで一緒にお茶しませんか?」
「私、連れと待ち合わせをしているんです。これから用事があって……」
「待ち合わせってことは、まだ時間あるんでしょ? その間だけでいいからさァ!」
聞こえてきた声に意識を向ければ、麗しい乙女は得体の知れない輩――何だかきな臭い雰囲気を纏った、中華系の不審者――に粉をかけられている所だった。
アンドレイの職業は軍人で、MSのパイロットだ。職業柄、洞察力はある方だと自負していた。仕事で鍛えた観察眼が、乙女に声をかけている不審者が“一般人に擬態しているだけで、裏があるタイプのごろつき”であると訴えていた。
乙女は毅然とした態度で男からの誘いを断り続けていたが、男の方が異様にしつこい。何度袖にされても諦めることなく喰らいついている。異様な雰囲気を感じ取ったためか、断り続ける乙女の表情がどんどん強張ってきていた。
「――おねーさん、ジャーナリストでしょ? 4年前、ソレスタルビーイングを追いかけてた」
「っ!?」
「次は何を追いかけてるんです? ……内容によっては、このまま貴方の手を離すわけにはいかないんだよねェ」
空気が一変したのは、男が乙女の腕を掴んで顔を近づけながらそんなことを言い放ったときだった。それを聞いた乙女はひゅっと息を飲み、怯えと緊張を孕んだ目で奴を睨み返す。
乙女は自分が不利な状況に陥ったことを理解していて、それでも毅然とした態度と強い意志を失ってはいない。逆境でも立ち向かおうとする彼女の横顔に、どうしてか目が離せなかった。
勿論、職業軍人としてのアンドレイもまた、この状況を黙って見ているつもりはない。“まずはお友達から”――なんてふざけた思考回路を投げ捨てて、咄嗟に駆けだす。
「何をしている!? 彼女、嫌がっているだろう!」
アンドレイが声を上げれば、不審者と乙女は弾かれたようにこちらへ視線を向けた。その際、不審者は驚いて彼女の手を放してしまったらしい。
その隙を見逃さず、アンドレイが自分の体を2人の間に割り込ませ、不審者を睨みつけた。不審者は慌てた様子で弁明を始める。
「じ、自分は何も……。このおねーさんと、ちょーっと、お話がしたかっただけで……。ってか、アンタこそ何なの? これは自分とおねーさんの問題であって、アンタには関係ない――」
「あるとも! 私は市民を守る、連邦軍の軍人だ!」
「ぐ、軍人!?」
アンドレイが自らの身分を名乗れば、中華系の不審者はすさまじい勢いで飛び退った。奴は一言二言何かを零したのち、踵を返して走り去る。アンドレイは奴を追いかけようとしたが、女性がそのままずるずるとへたり込んでしまったのを見て足を止めた。
「大丈夫ですか!?」
「あ……ありがとう、ございます……」
冷や汗を流しながらも気丈に振舞う乙女の姿に、一般人男性としてのアンドレイが「はわわ」と声を上げながら狼狽する。勿論、奴は軍人としてのアンドレイによってぶん殴られていた。
彼女が落ち着くまで声をかけつつ、先程の不審者情報を各機関へ連絡する。女性の方も、待ち合わせをしていた相手に何かしらの連絡をしては謝罪していた。電話口の相手は男2名である。
一般人男性としてのアンドレイが「失恋した」と嘆きを叫んでいたが、勿論、軍人としてのアンドレイに張り倒されて沈黙する。今はそんなことで取り乱している場合ではない。彼女の心の方が心配だ。
乙女は“変な輩に絡まれ、あわや何処かへと連れ込まれそうになった”のだ。変質者の物言いからして、連れ込まれた後“何をする”予定だったのかなんて想像に難くない。女性としての尊厳を踏みにじるような真似をされたのか、それとも命を奪われていたのか――アンドレイは思わず手を握りしめていた。
彼女の職業が何であれ、アンドレイ――地球連邦軍の軍人にとって、この乙女が無辜の市民であることには変わらない。軍人としての責務を果たせたこと、彼女が無事で済んだことに安堵しつつ、アンドレイは女性に寄りそう。時間経過によって落ち着いてきたのか、彼女の表情は平静を取り戻しつつあった。
「絹江さん!」
「センパイ、無事ですか!?」
「マツカ、シロエ! ――って、どうしたの2人とも!?」
「いやー、色々ありまして……」
「危機一髪って、こういうときに使う言葉だと実感してた所です」
一番最初にやって来たのは、変質者に連れて行かれそうになっていた乙女――絹江・クロスロードの待ち人である男2人。彼らの姿を見た絹江はぎょっとしたように目を剥いた。
銀色の髪を束ねた穏やかそうな青年――ジョナ・マツカも、黒髪黒目の童顔で生意気な気配を漂わせる優男――セキ・レイ・シロエも、何かと1戦交えてきたみたいな風貌をしている。前者は白衣や着衣が所々汚れており、服の一部が破れていた。後者は前者と比較して服は破れていないものの、所々に傷や打撲の跡が伺える。
この青年たちはどうやら、絹江と待ち合わせている場所に向かっている途中で不審者に声をかけられたらしい。奴らから逃げるために散々抵抗し、どうにか逃げおおせることができたという。それを聞いた絹江は「待ち合わせ時間になっても来なかったのはそのせいか」と納得していた。直後に警察や何やらがこの場に駆け付け、事情聴取が始まる。アンドレイもそれに協力を申し出た。
聴取が終わったのは、それからとっぷりと日が暮れた頃。イルミネーションはより一層明るさと煌びやかさを増し、仕事終わりのリア充どもが更なる跋扈を始めていた。どこを見渡しても街はリア充でいっぱいいっぱいで、なんだか世知辛い気持ちになって来る。……それでも、こういう季節柄に感じる虚しさより、今年は幾分かマシだった。
現在、アンドレイは絹江と2人で連れ立っている。別にやましい意味や下心はない。ないったらない。
彼女の連れと入れ違いになった――病院で治療を受けた後、警察からの聴取に応じた――ため、護衛として彼女をホテルへ送ることになったのだ。
『ヤバいものに足を突っ込んだアンタたちの自業自得でしょ? ガードが緩いそっちにも責任があるんだよ。今回の件で痛い目を見たんだから、これに懲りて大人しくした方がいい』
(あの警察官はダメだな。名前と階級は覚えたから、後で抗議の電話を入れておこう)
「ここまで送ってもらってありがとうございました。スミルノフ少尉」
被害にあった女性への対応としてぶっちぎりの落第点を叩き出した警察官に憤っていたアンドレイは、絹江の声によって現実へと引き戻された。絹江はぺこりと頭を下げる。
彼女の国籍は日本生まれの日本人。『日本人は礼儀正しく真面目な民族だ』なんて話を聞いていたが、彼女もまた、その系譜を色濃く引き継いでいるのだろう。
短い間とはいえ濃密な時間を過ごしたためか、彼女はアンドレイに対する警戒心など抱いていない様子だった。感謝と信頼を一身に向けられ、アンドレイは照れ臭くなって視線を彷徨わせる。
「……わ、私はただ、軍人としての責務を全うしただけです。“当然のこと”をしたまでで、貴女に褒めて貰えるようなことは、何も……」
「そんなことはありません。スミルノフ少尉が駆け付けてくれなかったら、今頃は……。本当に、ありがとうございます」
真正面から感謝と尊敬の眼差しを向けられて、アンドレイは余計にどうしたらよいのか分からなくなった。だってむず痒い。凄くむず痒い。麗しい乙女が微笑む姿を直視できないのだ。先程から挙動不審になってしまっている。
下心丸出しになってしまった自分を抑え込もうとするが、胸の高鳴りは余計に増していくばかり。平常心という言葉を何度も唱え続けていたとき、絹江が自分の私物が入った鞄を漁り始める。何かを見つけた彼女はぱっと表情を輝かせた後、それを引っ張り出し、アンドレイへと差し出した。
それは、一口サイズのチョコレート菓子だった。英語で書かれた商品名と、日本語――漢字で書かれた文字が目を惹く。包装は緑色で、物々しい陶器の中に入った濃い緑色の液体の写真が印刷されていた。僚友の日系人が力説していた“抹茶”とやらとよく似ている。
「つまらないものですが」と言って、彼女は目を伏せた。『日本人が言う“つまらないもの”は“お返しの必要がないものだ”を意味している。なので、その発言に対して『贈り物に自信がないのか?』や『ならばもっといいものをよこせ』と言うのはNG』と言っていた日系人の言葉を思い出しながら、アンドレイはチョコレート菓子を受け取った。
柔らかに微笑む絹江の姿に、胸が温かくなる。単なるチョコレート菓子でしかないのに、アンドレイはそれを大切にしまい込んでいた。
面と向かって誰かに感謝されると、本当に嬉しい。ましてや、相手は一目惚れした女性だ。年甲斐も性格もなく舞い上がってしまいそうだ。
「今日は本当にありがとうございました。お仕事頑張ってください、応援しています!」
「――!」
「ご武運を!」
祈りを込めた眼差しに囚われる。アンドレイが呆けている間に、絹江はホテルの中へと消えていった。
呆けた状態でも見送りが出来ていたという事実に驚愕しつつ、アンドレイは帰路に就く。
ポケットの中には、絹江から貰ったチョコレート菓子があった。その包み紙を破り、咀嚼する。
「……美味しい」
日系人の僚友経由で味わった抹茶味と同じ味がする。けれど、それよりも香りが強くて味に深みを感じたのは、きっと――。
(……絹江さん……)
先程別れたばかりの女性の姿を思い浮かべながら、アンドレイは街を歩く。煌びやかさをうっとおしく感じていた例年とは違い、イルミネーションで照らされた街並みに心が弾んだ。口元が緩む。
店先の売り物を改めて眺めていたら、今日が何の日かを思い出した。思わず、後で捨てようと思ってポケットにしまい込んでいたチョコレート菓子の袋を確認してしまう。
「…………いいや。いやいや、いやいやいや!!」
馬鹿みたいな思考回路に発展する自分自身を叱咤しながら――だけれど妙に浮ついた気持で、アンドレイは家路につく。
帰り道に見かけた日本雑貨の輸入店にふらりと足を踏み入れ、抹茶味の菓子類を爆買いしたことに、やましい意味はないのだ。何も。
「アンドレイ……。おめでとう、おめでとう……!」
「大佐? 何かあったんですか?」
数時間後に“抹茶味にドはまりし、抹茶味をキメるようになる”未来はおろか、女性からチョコレート菓子を貰って浮つく背中を見て男泣きしていた男がいたことを、アンドレイは知る由もない。
◇◇◇
アンドレイ・スミルノフが嫌いな季節がやって来た。
だけど、例年とは違い、今年は心弾んだ状態で迎えている。
街に踊るのはホワイトディの文字。関連商品が店先に並んでおり、誰も彼もが浮かれているように見えた。いつもは寒々しく感じるのに、今年は浮足立って仕方ない。菓子店で見かけた瓶詰めキャンディを購入してしまったのも、バレンタインの一件が理由だろう。
馬鹿なことを考えている自覚はある。先月ここで出会った女性ジャーナリスト――絹江・クロスロードとのファーストコンタクトは偶然の産物だ。彼女は仕事で世界中を飛び回っているから、またここで再会できる可能性は皆無に等しい。
なのに、アンドレイは瓶詰めキャンディを購入して持ち歩いていた。日本の輸入雑貨店で購入した抹茶味のチョコレート菓子をつまみながら、彼女と出会った周辺をうろうろしてしまう。軍人としてのアンドレイが「お前は馬鹿か!?」と盛大に罵倒するレベルだ。
正直な話、自分でも呆れてしまう程だった。初恋に浮かれる子どもでもあるまいし、本当にどうかしている。落ち着かない気持ちを押さえつけるため、アンドレイは抹茶味のチョコレート菓子を頬張った。抹茶味はいい。不安な気持ちもスーッと落ち着く。
(……何を馬鹿なことをしているんだろう)
落ち着いた結果、自分自身のやったことを思い出して頭を抱えたくなった。
何が楽しくて割高な瓶詰めキャンディを持ち歩かなければいけないのか。渡したい相手と出会える確率は低いし、相手は『つまらないものですが』=『お礼は必要ありません』という枕詞を付けてチョコレート菓子を手渡してきたというのに。
感謝と尊敬を込めて手渡した一口サイズの菓子に対し、瓶詰めキャンディが返って来るのはどうかと思う。絶対負担にしかならないだろう。だって滅茶苦茶重すぎる。質量的にも気持ち的にも。アンドレイは深々とため息をついた。
(これは持ち帰って、1人で食べよう)
自分で決断して虚しさを感じるあたり、頭が悪くなってしまったことを思い知らされる。本当に自分は何をしているんだろうか。
アンドレイが深々とため息をついた横で、靴屋のショーウィンドウを見つめる男がいた。金髪碧眼に仮面をつけた男で、たまに顔を合わせる軍人と瓜二つである。
彼が悲壮感マシマシで見ている靴は、女性用の動きやすいものだ。ホワイトデーのお返しに関する話題が脳裏をよぎる。その通りなら、彼は恋人に別れ話をするつもりなのだろうか?
確か――『ホワイトデーに靴を送る場合、“私の元から自由に飛び立って欲しい”という意味になる場合があるらしい』だったか。
暫し靴を眺めていた男は、無言のまま俯いてしまった。拳を強く握りしめているあたり、何か思うところがあるらしい。彼は踵を返すと、ふらふらとした足取りで雑踏へと消えていく。
その背中を何の気なしに眺めていたアンドレイは、視界の端に映った女性の姿に息を飲む。2人の男性に挟まれる形で談笑していたのは、バレンタインディに遭遇した乙女――絹江・クロスロード。
「スミルノフ少尉!」
アンドレイが声をかけるよりも、絹江がこちらに気づく方が早かった。彼女は表情を明るくさせた後、こちらへと駆け寄って来る。
シロエとマツカは目を瞬かせた後、敢えて自分たちとは少し離れた位置で足を止めた。アンドレイを信頼しているが故の反応だろうか。
「こんなところで会うなんて、奇遇ですね! 少尉はどうしてここに?」
「今日は非番なんです。絹江さんは?」
「取材です。ここのホテルを拠点にしていて――」
「「――ヒッ!!?」」
アンドレイが絹江と談笑を始めた直後、男2名の情けない悲鳴が聞こえてきた。
彼らは悍ましいものを間近で見たかのように、顔面蒼白になっている。間髪入れず、絹江もさっと顔を青ざめさせた。――刹那、アンドレイの背中に殺意が襲い掛かる!!
慌てて振り返ると、そこにいたのは1組のカップル。片や、アンドレイが恋に落ちたコンマ数秒で失恋した可憐な乙女。片や、可憐な乙女ときゃっきゃうふふしていたさえない青年。
可憐な乙女は特に問題なかった。問題だったのは、さえない青年の方である。どこまでも濁った鳶色の瞳は、アンドレイを含んだ男たち2人に向けられていた。
「すみません。姉と貴方方は、どのようなご関係なんですか? 貴方方のいずれかが、僕の、未来のお義兄さんになるんですか?」
殺される。返答を間違った瞬間、自分はこいつに殺されるんだ。
アンドレイは直感した。修羅場を潜り抜けてきた軍人だと言うのに、一般人から放たれる圧力に反論できない自分がいる。
青年2人は情けないことに、麗しい乙女の陰に隠れるように身を縮こませた。できることなら、アンドレイもそうしたかった。
「すみません。姉と貴方方は、どのようなご関係なんですか? 貴方方のいずれかが、僕の、未来のお義兄さんになるんですか?」
「やめなさい沙慈! 私たちはそういう関係じゃないの!! それに、スミルノフ少尉は単なる巻き添えじゃない! 私の命の恩人に失礼でしょう!?」
どうやらこのさえない青年は、可憐な乙女の彼氏であり、麗しい乙女の弟にあたるらしい。運命とは色々な意味で不公平且つ不平等だ。アンドレイは漠然とそう思った。
「貴方、お義姉さまとはどんなご関係なんですか?」
前言撤回。運命は自分に味方してくれた。
可憐な乙女がアンドレイに話しかけてきた。思っても見ない絶好の機会である。あわよくば、絹江と親交を深めるためのきっかけや情報を入手できるかもしれない。
勿論、それを表に出すような、馬鹿な真似はしない。アンドレイは絹江の弟の詰問から逃れるように、可憐な乙女の問いかけに答えた。
「絹江さんとは以前この街で会ったことがあるんです。不審者に絡まれていた彼女を放っておけなくて声をかけたんですよ」
「あー! お義姉さまから聞いてますよ! 『非番の軍人さんに助けてもらった』って! 最近、世界情勢も混沌としているから、治安も不安定になってしまうんですよねー」
「確かにそうですね。ソレスタルビーイングが壊滅し、地球連邦政府が樹立した後も、武装集団が各地で動き回っているようですし。軍人として耳が痛い話です」
「私と沙慈は技術者として色々飛び回っているんですけど、所々不穏な気配を感じるんです。変なことに巻き込まれなきゃいいんですけど……」
絹江の弟――沙慈・クロスロードの意識が別方向を向いている間に、アンドレイは情報収集を行う。
結果、“絹江はあの一件におけるアンドレイの振る舞いを好意的に捉えている”ことは把握できた。
他にも何か有益な情報を得られないだろうか――なんて思案していたとき。
「ああっ、いけない! 沙慈、映画始まっちゃう!!」
可憐な乙女――ルイスが慌てた様子で金切り声をあげた。彼女の言葉につられ、沙慈が腕時計を確認する。
絹江・クロスロードもそれに便乗し、沙慈を促す。ようやく沙慈は追及することを諦めたらしい。
「帰ってきてから話はじっくり聞かせてもらうから。姉さん、変なことやったりしないようにね。そこの3人もだよ!」
そう言い残し、ルイスと共に駆け出していった。若者2人の背中を見送り、4人は大きく脱力する。さて、これからどうしようか――アンドレイがそう思ったのと、端末が鳴り響いたのは同時だった。
連絡してきた相手は上司からだ。近隣で武装集団のテロが発生したらしい。軍部の再編が行われているとはいえ、万年人手不足気味である。職業上仕方がないことだ。アンドレイはため息をついた後、絹江に向き直る。
アンドレイの顔を見て何かを察したのか、絹江は目を瞬かせた。そうして、再び鞄を漁り始める。どうしたのだろうと首を傾げたタイミングで、彼女はお目当てのものを見つけたようだ。鞄からソレを引っ張り出すと、アンドレイに差し出す。
バレンタインディのとき、彼女が手渡してきたチョコレート菓子と同じものだ。唯一の違いは、ガラス瓶に漢字が書かれたラベルが張られた写真が映し出されている点だろう。抹茶味とは違う味らしい。きょとんとしていたアンドレイに、絹江は微笑む。
「これ、日本酒をモチーフにした味なんです。仕事が終わった後にどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
「少尉、ご武運を」
尊敬と祈りを込めた眼差しに射抜かれる。アンドレイは一瞬言葉を詰まらせたが、どうにか頷き返した。早速仕事へ向かおうとし――ずっと持ち歩いていたモノの存在を思い出して足を止める。
足を止めたアンドレイに疑問を抱いたのか、絹江が小首を傾げた。些細な動作に生唾を飲み干してしまったが、それを誤魔化すようにして瓶詰のキャンディを押し付けるようにして手渡す。
「――貴女も」
「――はい! お互いに!」
言葉に出せたのはそこまでだった。絹江は驚いたように目を丸くした後、力強く笑って頷き返してくれた。それだけで、燃え上がるような熱を感じる。今度こそ、アンドレイは踵を返して駆けだした。
ちょっと浮足立ってしまったのが悪かったのか、何人かの通行人とぶつかりそうになった。特に危なかったのは、赤いマフラーを巻いた中東系の女性である。
だが、彼女はスレスレのところで回避していた。一応謝罪はしたものの、その後の彼女がどのような反応をしていたかを確認する余裕はなかった。
「……久々に、アレーシュキでも作るかな」
「どうかしたんですか? 大佐。そちらは家と反対方向ですが……」
「少尉。買い出しに付き合ってくれないか」
いかつい顔の男が、銀髪の乙女を伴いマーケットへ向かったことを、アンドレイは知る由もない。
◇◇◇
「……ん?」
ポストに何か入っていた。
アンドレイは訝しみながら、“それ”をポストから取り出してみる。小奇麗にラッピングされていた包装紙をはがせば、ビニールの袋が露わになった。中身はロシアの伝統的な焼き菓子、アレーシュキである。
袋の口に巻き付けられていたカードを見る。差出人の名前を見て、アンドレイは表情をこわばらせた。思わず力が入り、ぐしゃりという音と一緒に袋に皺が刻まれる。幾何かの間をおいて、アンドレイは舌打ちした。
扉を開けて、家の中に入る。迷うことなくゴミ箱へと直行したアンドレイは、まず包装紙をゴミ箱へぶち込んだ。
続いて、袋ごとアレーシュキを。最後に、包みについていたメッセージカードを放り込む。
その作業を終えた後、アンドレイは踵を返した。部屋を出ようとして、何故だかわからないが足を止めた。振り返る。
ゴミ箱から覗くアレーシュキ。脳裏を駆けたのは、もう戻らない優しい時間。
『アンドレイ』
『この焼き菓子はね、お父さんが作ってくれたの』
『私とお父さんが恋人同士になったきっかけは、このアレーシュキなのよ』
何の感慨も抱くことなく/抱きかけた何かを振り払って、アンドレイは部屋を出た。
薄暗くなった部屋の中。ゴミ箱の中に落ちたカード。
差出人の欄には、セルゲイ・スミルノフという名前が書かれていた。
【参考及び参照】
『「覇王翔吼拳」を使わざるを得ないとは (ハオウショウコウケンヲツカワザルヲエナイとは) [単語記事] - ニコニコ大百科』より、『「覇王翔吼拳」を使わざるを得ない』
『どこかの英会話のCM(ソース不明)』より『プロポーズでYESを引き出すために必要な花と、その色をご存知ですか?(うろ覚え)』
『ペルソナ3 恋愛コミュ』より『3000円で花束を作りたい。え? カスミソウ? ……やっぱいいです(うろ覚え)』
『【危険】世界で一番強いお酒 TOP3発表【注意】 - NAVER まとめ』より、『スピリタス』、『エバークリア』、『ノッキーン・ポチーン』
『意外!世界で最も強いお酒は日本酒だった?! TABIZINE~人生に旅心を~』より、『ハプスブルグ アブサン プレミアムリザーブ』、『ドーバースピリッツ88』
『JapanWonderGuide』の『ゲストに喜ばれる!外国人に人気のある日本のおかし8選』より、『KitKat 宇治抹茶味』
『信元 夏代のスピーチ術』より、『日本の心を英語で伝えたい:なぜ日本人は「つまらないもの」と言うのか?』
『MOOD MARK IDEA(ムードマークアイデア)』の『ホワイトデーのお返しは意味を大事に。意味一覧&相手別おすすめギフト特集』より、『キャンディ』、『靴』
『KitKat』より、『KitKat 日本酒味』
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