問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



1.再動-もういちど-

 

 デブリが漂う宙域で、イデア・クピディターズは荒い呼吸を繰り返していた。力を行使して吊り上げたMDたちは全機沈黙しており、再起動するような素振りはない。

 

 息を落ち着かせながら、モニターを見つめる。ソレスタルビーイングの母艦にして輸送船であるプトレマイオスは健在だ。疑似太陽炉搭載型が軒並み打ち倒されたため、国連軍は撤退を始めている。

 これで戦闘は終わるだろう。ガンダムマイスターの安否は分からないが、少なくとも、トレミーにいた面々の無事は確定だ。その事実に安堵の息を吐いたイデアだが、帰投することは出来なかった。

 戦いが始まる直前までの自分たちは、確かに仲間だった。心を開いて、歩み寄って、苦楽を共にしてきた。絆と呼べるようなモノは、確かに存在していたのだ。イデアにとっての『還りたい』場所。

 

 

『ち、違う……こんなの、人間なんかじゃない!』

 

『ば、化け物――』

 

 

 残響。イデアが力を行使して倒したジンクスのパイロット――彼が遺した断末魔の声だ。

 

 

『イデア』

 

『貴女は、“何”?』

 

 

 残響。イデアが力を行使して守った仲間――クリスティナが向けてきた、恐怖と拒絶に塗れた声だ。

 

 いつかどこかで、ミュウと遭遇した人類たちの反応と瓜二つだった。あちらでは嫌悪と敵対心も混じっていたし、殲滅のために攻撃されなかっただけイデアの方がマシだと思う。

 けれど、イデアにとっての“希望”からそんな眼差しを向けられるのは辛かった。彼らから“戦争を誘発する存在”と見なされて、武器を向けられることが嫌だった。――怖かったのだ。

 

 

<……この近くの宇宙域に、ホワイトベースが駐留してる。機体の回収、頼んでおいたよ>

 

「……ありがとう、アメリアス」

 

 

『うわぁぁぁぁあああああッ!!』

 

 

 イデアがアメリアスに返事をしたとき、不意にクーゴの《聲》が《聴こえた》。フラッシュバックしたのは、“彼が駆るフラッグが、何者かによって撃墜される”光景。

 “刹那とグラハムの戦いを止めようと割って入り撃墜される”という虚憶(きょおく)を見る頻度が減った代わりに、そちらを見る頻度が増えていた。

 ぞわぞわとした悪寒が背中を走る。一度抱いてしまった嫌な予感を振り払うことが出来なかったイデアは、操縦桿を握りしめた。

 

 

(――行かなくちゃ)

 

 

 宇宙(そら)の闇を切り裂くようにして、白い機体――ガンダムハホヤーは翔け抜ける。

 

 満身創痍なのは機体もパイロットも一緒だ。だが、自身が感じ取った予感と交わした約束が、機体とパイロット(自分たち)を戦場へと駆り立てる。

 限界などとうに超えた。それでも、今は、倒れるわけにはいかない。落ちてしまいそうな意識を奮い立たせ、イデアは操縦桿を動かした。

 

 

 

 

 

 

『うわぁぁぁぁあああああッ!!』

 

 

 漆黒が堕ち、断末魔が響く――その様を、刃金宙継は鮮明に《視た》。

 

 守り抜いたのは神聖なる想い。代償として、黒い機体は悪意に晒された。悲鳴を残して、機体は宇宙(そら)の闇へと消える。

 それを見ていた女性は幸せそうに微笑んだ。『望んだものすべてが手に入る』と、悦に浸った微笑を湛えて。

 

 ぞっとした。堕ちていったのは、先程自分を救い上げてくれた人だったから。

 彼を死なせてはならない。宙継は操縦桿を握り締める。しかし、当然のことながら、機体は動かない。

 先程の戦闘ですべての機能が死んでしまった専用機は、ただただ沈黙を貫いていた。

 

 

(だめだ)

 

 

 機体は沈黙したまま、動かない。

 それでも、宙継は諦めきれなかった。

 

 

(あの人を死なせちゃいけない)

 

 

 戦わなくていい、間違っていない――初めて、その人は少年にそう言ってくれた。

 

 

「ユニコーン」

 

 

 宙継は、己の機体の名を呼んだ。

 

 これ程までに力が欲しいと願ったことはない。自分の翔るガンダムに頼りたいと思ったこともなかった。忌まわしいものだとばかり思っていた。

 でも、今は。己の持つ力のすべてを、つぎ込みたいと思っている。宙継は祈るようにして、自分の機体に呼びかけた。

 

 

「お願いだ、ぼくに力を貸して。――あの人を、助けたいんだ」

 

 

 その言葉に呼応するかのように、青い光が漂い始める。次の瞬間、沈黙していたシステムが動き出した。コックピット内に明かりが灯り、関節部が赤く発光する。

 自分の祈りは、確かに聞き届けられた。機体損傷の具合を確認する。どこからどう見ても最悪の極みであり、間接部分からはうっすらと白煙が上がっているほどだ。

 だからといって諦めたくない。宙継が強く思ったとき、それに応えるかのように機体が動き出した。平時のときと変わらぬそれに、思わず驚きの声を上げた。

 

 けれど、その驚きもすぐに消える。残ったのは、焼け付くような焦燥感。

 急がなければ、母の悪意がすべてを焼き尽くすという、問答無用の確信だった。

 

 

 

 

 

 

 自分の分が悪いことは百も承知。

 それでも、彼の背中を押すことを選んだのは――

 

 

<……あたしは、くーちゃんのお姉ちゃんなんだから>

 

 

 

 

 

 

 乱入者の砲撃によって、GNフラッグは真っ逆さまに()ちていく。イデアは思わず彼の後を追いかけた。それと同時に、ずいぶんと向こうから青い光が近づいてくる。

 光の主もまた、クーゴを助けるために動き出した“荒ぶる青”なのだろう。自分だけでは間に合わない可能性があったが、あの青と自分ならば、すくい上げられる。

 

 GNフラッグは大破していたが、コクピット部分だけが無傷である。微かに漏れる青い燐光は、イデアと同じ“同胞”――ミュウであることの証であり、その中でも最強と謳われる荒ぶる青(タイプ・ブルー)の力が発動していることを意味していた。

 

 

<アメリアス!>

 

<生きてる! 急いで運び込めば間に合うかも!>

 

 

 相棒にスキャンを頼めば、彼女はそれを果たしてくれた。アメリアスに従うようにして、イデアはGNフラッグの腕を引く。

 助けに来たもう1つの機体――虚憶(きょおく)で何度か見かけた一角獣と瓜二つの機体も、それを手伝ってくれた。

 程なくして、イデアを回収しに来た古巣の部隊と旗本艦が見えてくる。近くで作業をしていたMS部隊の手伝いもあって、GNフラッグは格納庫へと運び込まれた。

 

 

 そうして――

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

 変な奴らがいる。

 何度見直しても、変な奴しかいない。

 

 

(通報しよ)

 

 

 男たちを見たクーゴが真っ先に思ったことは“それ”だった。端末に警察署への番号をプッシュしかけた自分は悪くないはずである。

 

 仮面が1人、2人、3人。金髪碧眼、仮面を取ったらイケメンと思しき男が3人、椅子に座って並んでいる。

 その中の1人は見覚えがあった。見覚えのある男が、見覚えのある仮面と陣羽織を身に纏っている。

 彼がそれを買う現場にいたクーゴからしてみれば、何とも言えない気分になるのは当然であった。

 

 先程顔を合わせたキシリア・ザビの目元から下を覆うタイプの仮面もアレだったが、これも相当である。ジオンでは仮面が流行(はや)っているのだろうか。ついていきたいとは思わない。

 

 誰か褒めてほしい。この状況で、大声で「変な奴がいるぞ! この国は皆こうなのか!?」と叫んでトレーズの元へ駆け込まなかったことを。

 誰か褒めてほしい。この状況で、『服装その他諸々に見覚えのある男』に対して暴挙に出なかったことを。

 

 前回のゴタゴタ以来、クーゴと彼が音信不通であったことは事実だ。その間に、彼に何があったかなんてクーゴは知らない。

 

 だけど。

 でも。

 これは。

 

 流石に酷すぎるのではないだろうか。

 

 

(なんだ、この、『子どもから目を離したらいつの間にかはぐれてて、探し回ってようやく再開したと思ったら、子どもがヤンキーになっていたのを目の当たりにした親』のような心境は)

 

 

 クーゴの口元が引きつる。半ば脱力してしまいそうになったが、どうにか踏ん張った。

 目元を覆うタイプの白い仮面をつけた男は何かを察知したようで、陣羽織を羽織る仮面の男とクーゴを何度か凝視する。

 彼は最後にクーゴへ向き直ると、これまた何とも言えない表情を浮かべてこちらを見ていた。

 

 無言であるが、おそらく、彼に台詞を付けるとしたらこうだ。『ご愁傷様。キミも苦労しているのだね』と。

 

 

「少し見ないうちに変わりすぎじゃないのか、“グラハム・エーカー”上級大尉」

 

「“グラハム・エーカー”は既に死んだ。嘗ての名前も、階級も、全ては過去のものだ」

 

 

 そう言った男は、酷く尖った雰囲気を身に纏っていた。空を愛して翔けていたフラッグファイターの面影など見当たらない。

 

 目の前にいるのは侍だ。クーゴはすぐにそう思ったが、同時に嫌な予感も感じていた。彼の愛する侍――もとい日本文化の知識は、9割が思い込みと勘違いで構成されている。

 口を開けばあらびっくり。元日本人の自分が全力でツッコミを入れるような、斜めにかっ飛んだ話をしてくれる。修正すること幾星霜。その努力は、どうやら水泡に帰したらしい。

 特に、『真の愛で結ばれた日本のカップルは、石破ラブラブ天驚拳を放てる』なんて話をされたときはどうしてやろうかと本気で考えた。知らない間に生えていた文化だったので、今でも悩んでいる。

 

 クーゴが目を離さなければ、こんなことにはならなかったのだろうか。

 考えてみても、もはや後の祭りであった。閑話休題。

 

 

「じゃあお前、なんて名乗ってるんだ。名前がなきゃ不便だろう」

 

「人は私をミスター・ブシドーと呼ぶ。兵士たちが自分を遠巻きにしながら、そう口にしていた」

 

 

 ふんぞり返った“グラハム・エーカー”――他称(コードネーム)、ミスター・ブシドーは堂々と名乗った。

 <そりゃあそうだろうよ>――クーゴは心の中で呟き、脱力してしまった。この空間にいると、ものすごく疲れる。

 

 クーゴは仮面の男たちから距離を取る。部屋の外、むしろジオンの外に逃げた方が得策かもしれない。それに、ここにはクーゴの相棒である『グラハム・エーカー』はいないのだ。ならばもう、ここにいる意味など存在しない。

 

 

「帰ります。俺は、“グラハム・エーカー”と話をしに来ただけですので。彼がいないなら、これ以上の話など無意味だ」

 

「待ちたまえ、“星屑の流浪者たち”の客員MS乗り。今は亡きグラハム・エーカーから、キミへの言伝を預かっている。……いいや、遺言と言うべきかな?」

 

 

 ブシドーの言葉に、クーゴは思わず足を止めた。ドアノブにかけようとした手を戻し、振り返る。ブシドーの瞳はまっすぐにクーゴを捉えていた。

 揺るぎない眼差しはグラハムなのに、彼は自ら「そうではない」と主張する。なんて矛盾に満ちた男なのだろう。

 ただ、はっきりとわかることが1つある。『奴』が『奴』である限り、クーゴはずっと『奴』に振り回され続けるのだ。

 

 

「平和工作を目的とした特務部隊・オルトロス隊に入隊し、連邦との平和路線打ちだし、および人類の脅威を討つ戦いに参加してほしい。この部隊には、キミのような人物と、キミが持つ力が必要不可欠なんだ」

 

 

 ああ、やはりこいつはグラハムだ。

 外見が変わろうと、佇まいが変わろうと、雰囲気が変わろうと、根っこは何も変わっていない。

 

 クーゴはふっと笑みを浮かべた。そして、ある確証を得るために問いかけてみる。

 

 

「ひとつ、訊ねたいことがある」

 

「何だ?」

 

「お前、刹那・F・セイエイという女性のこと、どう思ってる?」

 

 

 それを聞いたブシドーは、間髪入れずに返答した。

 

 

「愚問だな! 彼女は私の運め――「うん、わかったもういい。やっぱりお前は“グラハム・エーカー”だ」

 

「“グラハム・エーカー”は既に死んだと言った!」

 

「わかった、わかったから」

 

 

 ぷんすこという擬音がよく似合うような怒り方である。そこも全然変わっていなくて、クーゴは目を細めた。

 

 目元のみを覆うタイプの仮面をした男――シャア・アズナブルは苦笑していた。自分たちのやり取りに、何とも言えない気持ちになってしまったのだと思う。対して、ヘルメットタイプの仮面をした男――ゼクス・マーキスは懐かしそうに微笑んでいた。

 ゼクスの笑い方は見覚えがある。連邦軍時代の戦友にして、年の離れた友人でもあった男だ。自分たちのやり取りを見ていた彼が、柔らかな笑みを浮かべていたことを思い出す。こんな形で3人が揃うなんて、誰が思うか。

 

 

「協力する、“グラハム”」

 

「だから、“グラハム・エーカー”は既に死んだと……っ、本当か!?」

 

「ああ。只今より、クーゴ・ハガネは、オルトロス隊に入隊、貴殿らと行動を共にする」

 

 

 ブシドーはぱっと表情を輝かせた。奴だけではなく仮面2人組も嬉しそうに笑う。面倒なのが倍に増えるなんて、最初から分かっていた。もう諦めの境地である。この際、グラハム級の問題児が何人増えようと同じことだ。

 クーゴが同意の返事をしたのと同じタイミングで、キシリアとトレーズが部屋の中に足を踏み入れてきた。2人は嬉々とした様子で「歓迎しよう。準備をする」と言い残して部屋を出る。もしかして、最初から会話を聞いていたのだろうか。

 協力すると言って数分しか経過していないが、もう後悔し始める自分に気づく。今からでも協力を撤回できないだろうかと考えて、クーゴは心の中で首を振った。そんな外道は“あの人”だけで充分である。現在進行形で、“あの人”は暗躍を続けていた。

 

 ミューカスを始めとした人類の脅威どもが湧いているというのに、人類は内輪もめで手一杯だ。ジオンはジオンでガッタガタだし、連邦は連邦で汚職まみれである。こんな人類で大丈夫か? 大丈夫じゃない、問題だ。むしろ問題しかない。

 今こそ、派閥やら何やらを超えた集団が必要だ。キシリアやトレーズが内密で援助及び協力体制を結んでバックアップしている組織――コネクト・フォースのように。『目覚めた』クーゴだからこそ、その重要性はひしひしと痛感している。

 

 オルトロス隊の和平工作の中には、コネクト・フォースのバックアップも含まれているという。とんでもない多重スパイだ。

 

 

(世界だけではなく、獅子身中の虫も騙さなくちゃいけない、か)

 

 

 クーゴは思考回路を別方面にフル回転させる。考えなければいけないこと、やらなければいけないことを思い浮かべた。その中でも――個人的な主観が入っているけれど――1番の問題は、連邦の不正とズブズブに関わっている“身内”の件だろう。

 手駒の1つを失った“身内”がどんな行動を取るかは未知数だ。だって彼女には、強力なバックアップがついている。できる限りの情報は手に入れた。後は、連邦の腐敗の裏で暗躍する彼女を止めつつ、ジオンと連邦、ひいては人類とミューカスの共存の道(おとしどころ)を探らなくては。

 

 仲間たちにその話を切り出そうとしたとき、机の上に何か置かれた。

 

 並べられたのは仮面、仮面、仮面。フルフェイスタイプのものから目元のみを覆うタイプのものまで、様々な種類の仮面が並んでいる。

 嫌な予感がしたクーゴは、仮面3人組を見上げた。奴らは無邪気な瞳でクーゴを見つめている。子どもみたいに輝く瞳には、強い期待の色が見て取れた。

 ブシドーとゼクスが同意するかのように頷く。金髪碧眼イケメン仮面3人組を代表して、シャア・アズナブル大佐その人が厳かに言った。

 

 

「見ての通り、今日から同志となるキミの仮面は手配済みだ。好きなものを選ぶといい」

 

()らないですゥ!!」

 

 

 間髪入れず、手元にあった仮面を投げつけた自分は、何も悪くないはずである。

 

 

「そんなに嫌かね?」

 

 

 仮面3人組は顔を見合わせた後、残念そうな空気を醸し出す。

 喉元まで出かかっていた言葉が引っ込んでしまい、クーゴは面食らった。

 

 何を思ったのか、シャアはクーゴが投げ捨てた仮面を手に取った。仮面と言うよりは、顔全体を覆うお面と言った方がいいような形のものだ。白くて丸いお面には、目の部分だけを見せるようにしてV字の穴が開いていた。視界は良好どころか最悪そうな仮面である。実用性には程遠い。

 

 2世紀ほど前のゲームのキャラクターに、同じような仮面をつけていた奴がいた。

 確かそのキャラクター、“世界一カッコいい一頭身”とか呼ばれていたような気がする。

 脱線した思考のまま顔を上げれば、シャアが機体に満ちた眼差しを向けてきた。

 

 

「私はこれが似合うと思うのだが」

 

「だから()らないですゥ!!」

 

 

 重ねて言おう。

 間髪入れず、手元にあった仮面を投げつけた自分は、何も悪くないはずである。

 

 

 

***

 

 

 

「グラハム・エーカーはいるか」

 

 

 声色は平坦だと言うのに、地を這うような怒気を宿した声がこの場一帯に響き渡る。嘗ての名前で名指しされた男――元:グラハム・エーカー、もとい現:ミスター・ブシドーは、思わずと言った調子で後ずさった。

 

 現状を一言で表すならば、“プリベンダーの拠点に、刹那の駆るガンダムが強襲をかけてきた”である。この場に居合わせたクーゴも、ゼクスも、クワトロも、カミーユも、どうしてこうなったのか理解できないでいた。

 刹那は相も変わらず、平坦なのに怒気を孕んだ声で「グラハム・エーカーはいるか」と問いかけ続ける。言外に「居るのは分かっているから早く出てこい」と訴えているように聞こえるのは気のせいではない。だが、ブシドーは頑なに動かなかった。

 

 仮面の間から見える肌からは、嫌な汗がだらだらと流れ落ちている。どこか怯えたような調子で視線を彷徨わせる様子からして、戦犯が奴であることは明白だろう。

 今、ブシドーは刹那から“コネクト・フォース関係で起こったドタバタ劇”――“やべー発言が全世界/全宇宙に公開放送された”事件とは違うベクトルの怒りを向けられていた。

 あちらが羞恥由来の怒りならば、こっちは悲嘆と憎悪じみた怒りである。ただ、その奥底に揺れるのは、ブシドーに対する真っすぐな想いだった。

 

 ――言葉にするのも野暮だと思うくらいに。

 

 

「グラハム・エーカーはいるか」

 

 

 また、彼女が問いかけてきた。平坦な声に、僅かながら震えが入る。

 悲嘆と憎悪の奥底で揺れるソレが、じわじわと滲み出ていた。

 

 

「……ミスター・ブシドー」

 

「……何かな」

 

「お前、刹那に何したんだ」

 

 

 刹那の問いかけをBGMにしながら、クーゴはブシドーに問いかける。奴は頑なに沈黙を保っていた。その態度に腹が立ったので、クーゴは核心へ踏み込むことにする。

 

 

「質問を変えようか、ミスター・ブシドー」

 

「……何かな」

 

「お前、この前のホワイトデーで、刹那に何を贈ったんだ?」

 

 

 刹那とブシドーが行った直近のやり取りを思い返しながら、クーゴはブシドーに問いかける。その間にも、刹那による熱烈な呼び出しは続けられていた。

 

 『ホワイトデーの贈り物を選ぼう』と言われて地上に拉致されたのは、クーゴにとってつい先日のことだった。久々の休暇というのもあったし、クワトロ・ゼクス・カミーユにも“今の季節に贈り物を贈りたい相手がいる”というのもあって、プレゼントを見繕っていたのである。

 品物は適宜相手の元へ送り届けられた。クーゴとブシドーが贈り物を手渡したい相手は特殊な環境下にいるため、ピンポイントで届けることは出来ない。だが、クーゴの派遣元である悪の組織を経由すれば、刹那とイデアが所属しているであろう組織に配送することができた。それを利用して、バレンタインのお返しを贈ったのである。

 本日、ホワイトデーから1週間経過後。刹那から漏れ出た思念から辿ると、彼女がブシドーからの贈り物を貰った即日中に、“プリベンダーに所属しているミスター・ブシドーの居場所”を探していたようだ。文字通りの強行軍を組んで、今に至るらしい。『執念ここに極まれり』というところか。

 

 

「“あの人”が居なくなったことで、お前がその名前を名乗る理由もなくなった。なのにお前は、“グラハム・エーカー”に戻ろうとはしなかった」

 

「……“グラハム・エーカー”は既に死んだんだ」

 

「あのときも今みたいなことになったよな。刹那をプリベンダーに勧誘しようとして断られた後、刹那から名前に関する話を持ち出されたとき、お前はそう答えたらしいな」

 

 

 コネクト・フォースとミューカスの最終決戦が済んだときの出来事を再び投げかければ、ブシドーは居心地悪そうに視線を逸らす。その日は確か、バレンタインデーだったか。

 今回のように愛機を駆って強襲されたわけではないけれど、クーゴたちが身を寄せていた母艦に押しかけてきた刹那が今みたいな挙動を繰り返していたのは昨日のことのように思い出せる。

 

 あのとき、刹那の隣にはイデアとヒイロが並んで仁王立ちになっていた。勿論、両名共に怒髪天である。大事な盟友を泣かせるような真似をしたブシドーが悪いのだから仕方ない。

 

 その後はブシドーの自室で1対1の対話を繰り広げたらしいが、そこでどのような取り決めが成されたかは不明だ。それに踏み込むことが無粋であるが故に、誰も何も訊かなかったというのも大きい。

 一応の決着はついたと思っていたのだけれど、ブシドーが年上の貫録を使ってうまい具合に誤魔化したのであろう。“そのツケが今、この形で現れたのだ”――クーゴにはそうとしか思えなかった。

 

 

「彼女は確かに不器用で不愛想だけど、とても優しい人だ」

 

「カミーユ……」

 

「だから、あの人がここまで怒って、こんなことするのには、大きな理由があるはずなんだよ」

 

 

 不機嫌な面持ちと思念を容赦なく発露しながら、カミーユがブシドーを睨みつける。さすがはニュータイプ、とても鋭い読みを発揮していた。

 咎めるような眼差しを送るカミーユに続くかの如く、ゼクスとクワトロがブシドーに視線を向けた。「お前一体何したの」と言わんばかりに。

 ブシドーはしばらく沈黙を保っていたが――視線の集中砲火に気圧されてしまったのか――、か細い声で小さく呟く。

 

 

「…………、を」

 

「?」

 

「…………靴を、贈ったんだ」

 

 

 両手を強く握りしめて、それを小さく震わせて、あまりにも弱弱しい声で、ブシドーは質問に答えた。

 20代半ばの2人と30代のクーゴが首を傾げる中、一番若いカミーユが端末を操作する。そして――彼は怒髪天になった。

 

 

「――アンタ、ふざけるのもいい加減にしろよ」

 

「か、カミーユ……?」

 

 

 ハイパー化でもしたんじゃないかと言わんばかりに、カミーユは怒気を募らせた。クワトロはタジタジになりながら彼に問いかける。カミーユは無言のまま、端末を指し示した。

 

 端末画面には『ホワイトデー 靴』で検索した結果が表示されている。『ホワイトデーの贈り物 意味一覧』という見出しが書かれたページを読み込めば、該当部分に目が留まった。――それを確認したのち、クーゴたちはブシドーに視線を向けた。

 真っ先に思い浮かんだのは“これはキレ散らかして当然だろう”だった。次に思ったのは“グラハム・エーカーらしからぬ行動だな”である。特に、奴の連邦軍時代をよく知るゼクスは、クーゴと同じことを考えたであろう。

 ホワイトデーに靴を贈った場合、『“私の元から自由に飛び立って欲しい”という意味が込められている』と解釈される場合があるらしい。更に言えば、この場にいる全員が、ブシドーがメッセージカードの文面を悩んでいた現場に居合わせている。

 

 ニュータイプであるカミーユが拳を打ち付け、クワトロが額を抑える。元から察しが良かったゼクスもため息をついた。

 ……成程。奴が贈り物に付け足したメッセージカードは、ホワイトデーに靴を贈った意味を補強するような文面だったようだ。

 

 

「……火消しのウィンドを名乗っている身だが、これはもう、どうしようもないな……」

 

 

 思った以上に大炎上不可避な状況に、ゼクスがそっと目を逸らした。

 カミーユなんて、怒りが天元突破しすぎているためか、彼の周囲が歪んで見える。

 

 

「そりゃあ、クワトロ大尉も色々大概ですよ。でも、アンタの方が酷い。正直、今すぐにでもアンタのことを修正してやりたいって思ってますけど、それは俺の役目ではないんで」

 

 

 「お前を殴るのには相応しい人間がいる」――カミーユは言外にそう告げると、逃げようとするブシドーの腕を掴む。クーゴもそれに続いて奴を拘束した。

 

 奴に修正パンチなる一撃を叩き込むべき相手は、自分たちプリベンダーではない。先程からずっと「グラハム・エーカーはいるか」と問いかけ続けている張本人――刹那・F・セイエイだ。

 多分、ブシドーもそれを察しているのだろう。だが、性根が良識人で自分に厳しい乙女座男性であるが故に、ここに逃げ延びる直前のアレコレを重く受け止めている。その結果がコレだった。

 本当は誰よりも我慢弱いくせに、本当は何よりもソレを選びたいくせに、自分の犯した罪を許せないでいるのだ。――刹那がそれを罰するつもりがないから、猶更。

 

 何かで聞いたが、“愛は何もかもを歪ませる”という。グラハム・エーカー――ミスタ・ブシドーがこんな愚行に走っているのは、偏に刹那・F・セイエイに捧げる愛のためだった。

 奴の在り方を歪ませた張本人はもういないのに、歪むしかなかった原因は取り払われたのに、過去に味わったであろう地獄絵図が未だに影を落としている。

 

 

「貴方は、彼女の肩書や過去も承知で手を伸ばしたのだろう? 今だって、貴方の気持ちは変わっていない。……貴方が彼女に捧げた愛と同じものを、彼女が貴方へ捧げているだけの話じゃないか」

 

 

 俯いたままのブシドーの背中を叩いたのはクワトロである。恨めし気に視線だけで彼を見上げるブシドーだけれど、サングラスをかけているクワトロには大したダメージにならない様子だった。もしかしたら、サングラスなんて関係ないのかもしれないけれど。

 とりあえず、プリベンダー全員の総意は“大人しく刹那と対話してこい。場合によっては、彼女からの修正パンチを黙って受けてこい”である。視線の集中砲火を浴びせられたブシドーは、ついに、ようやく白旗を上げた。小さく両手を上げる所作をした後、抵抗する所作の全てをやめる。

 

 そのまま、奴を刹那のガンダムがいる真下まで連れて行く。

 

 彼女の愛機は大地に立っており、プリベンダーの拠点を見下ろしていた。

 全員がブシドーを突きだした直後、コックピットのハッチが開く。

 降りてきたパイロットは、白いワンピースを中心にしたお洒落な服を身に纏っていた。

 

 そこにいたのは、“ソレスタルビーイングに所属するガンダムのパイロットで男装の麗人”としての刹那・F・セイエイではない。

 “グラハム・エーカーを幸せにしたいと心から願っている1人のニンゲン”としての刹那・F・セイエイが、そこにいた。

 

 

「……グラハム」

 

 

 彼女の声が響く。祈りを込めたそれを察知したブシドーが、おずおずと顔を上げた。

 

 

「刹那……その、私は――」

 

「――対話を」

 

 

 刹那の声は酷く震えていた。

 今にも泣きだしてしまいそうな、悲痛な表情。

 

 

「あんたと、話しをしに来たんだ」

 

 

 ブシドーは、地面に降り立った女性の靴を見て息を飲む。

 

 刹那が履いている靴は、お洒落な服に合わせるには些かシンプルなデザインの靴であった。装飾は鳥の翼をイメージした模様がワンポイント入っている程度で、殆どを機能美に振り分けたような外見。しっかりした作りで動きやすそうな印象を受ける。

 奴の反応からして、“今、刹那が履いてきた靴”こそが“ブシドーが刹那に贈った靴”だったのであろう。『私の元から自由に飛び立って欲しい』という願いを込めた靴を履いた刹那は、何の迷いも躊躇いもなく、ミスター・ブシドー――否、グラハム・エーカーの元に駆け付けた。

 

 それが何を意味しているかなんて、言葉にしなくとも伝わったようだ。ブシドーは深々とため息をついた後、申し訳なさそうに――どこか安心したように苦笑した後、観念した様子で仮面に手をかけた。

 乾いた音を立てて仮面が外れ、彼の素顔が露わになる。顔の左側に大きな傷跡が残っていたとしても、端正な顔立ちは変わらない。ブシドーは慈しむような手つきで仮面を軍服にしまう。

 2人は互いの顔を真っすぐに見つめ合った。黙ったままでも伝わっているのか、それとも、言いたいことがたくさんありすぎて言葉に出来ないのか。第3者には判断が付かない。

 

 

<……いいや、そもそも第3者なんていらないよな>

 

 

 クーゴが思念波で呼びかければ、他の面々たちも同じ気持ちを返してきた。ここまでお膳立てしてやったのだから、多分、大丈夫だろう。

 それでダメだったなら、今度はプリベンダー全員が奴に修正パンチを叩き込むだけである。クーゴは力を行使し、この場を離れたのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 クーゴ・ハガネは、腹芸はそこまで得意な方ではない。空気を読むことにたけている日本人であっても、相手の企てを察知して暴く力があるかと問われたらNoである。辛うじて、“第三者による、何かしらの意図がある”を察せるか否かレベルであった。

 

 

『若造。ちょっと頼まれごとを引き受けてくれない?』

 

『何です?』

 

『麗しい美女の送迎係。この人を、指定する場所にお連れして欲しいの』

 

 

 クーゴが身を寄せている居候先――そこの総帥(しゃちょう)からの頼まれごとを引き受けたのは、衣食住プラスアルファを提供されていることに対する恩義を果たすためだった。

 総帥(しゃちょう)が差し出してきた画像は、茶髪でグラマラスな白人女性。彼女本人と顔を合わせた覚えはないが、年上の親友が“高嶺の花”と語っていた女性の写真と瓜二つだ。

 データを確認すれば案の定、思った通りの内容だった。彼女の名前はリーサ・クジョウ。レイフ・エイフマンの元教え子であり、ビリー・カタギリが長らく懸想している高嶺の花である。

 

 彼女が滞在している住所は、ビリー・カタギリが住んでいる家であった。

 

 旧ユニオン政府が地球連邦政府に吸収統合されたため、旧ユニオン軍も同じような形で地球連邦軍に組み込まれている。ユニオン軍で技術顧問をしていたビリーも、地球連邦軍の技術者になっていたとしてもおかしくはない。地球連邦軍の一角――軍内にある独立治安維持部隊が“ヤバい組織である”ことを把握しているクーゴにとって、今の彼と顔を合わせることは大分複雑であった。

 国連軍とソレスタルビーイング及びディヴァイン・ドゥアーズの決戦からそれなりの月日が経過しているが、クーゴ・ハガネは“MIAによる死亡扱い”されていた。行方不明になっている間は民間企業兼秘密結社に居候していたものの、諸事情によって地球連邦軍――特にアロウズとは敵対的な立場を取っている。互いの意図に関わらず泥沼化しそうな気配が漂っていた。

 

 

(顔を合わせるのは必須だとして、だ。……俺は、ビリーと何を話せばいいんだろう)

 

 

 今の自分たちの立場だと、何を話しても拗れるような気がする。

 

 ユニオン軍時代は()()()()()()()()を感じ取って戦々恐々していたけれど、今でも彼がその立場を貫いているのかは未知数だ。多数決の原理という暴挙によって押し流されてしまった可能性もある。

 軍人は基本、上官からの命令には絶対服従だ。更に言えば、現在の地球連邦政府及び治安維持部隊は“政府の意に反する者”を認めようとしない。実際、政府に対して反抗している人々は容赦なく粛清されている。

 生き残った者たちは反政府組織に合流して活動しているようだが、逆にそれが地球連邦にとって都合のいいお題目となってしまっていた。疑似太陽炉搭載型が標準となった連邦軍から見れば、旧式の機体を運用しているタイプの反政府組織は的でしかない。

 

 そんなことをぐるぐる考えながら、クーゴは目的地へ足を運ぶ。ユニオン軍時代は通い慣れた友人の家だが、事情が事情だ。足取りが重くなるのは致し方ない。

 彼はクーゴの生存を喜んでくれるだろうか。クーゴが下した決断を尊重してくれるだろうか。……今でも彼は、クーゴのことを『親友』だと呼んでくれるだろうか。

 

 

<――――>

<――――>

 

(――あれ?)

 

 

 友人の家が近づくにつれて、不穏な気配を《感じる》。同時に、《聲》が聞こえた。男性1人に、女性が2人。

 女性1名は覚えがないが、男性1名と女性の片割れには覚えがあった。

 片方は親友のビリー・カタギリ、もう片方は――グラハムが愛してやまない女性である刹那・F・セイエイである。

 

 

(……なんで、刹那がここに?)

 

 

 クーゴがそう思ったとき、不意に思念が流れ込んでくる。それは映像という形を取って、クーゴの世界を塗り替えた。《視えた》のは、クーゴが総帥(そうすい)から『送迎』を頼まれた女性の過去。

 

 AEUの軍服を身に纏った女性が、担架の前で愕然としていた。彼女の目の前で息を引き取った男性は、女性の恋人である。AEU軍で発生した友軍同士の同士討ちは、皮肉なことに“双方の戦術指揮官が優秀過ぎた”せいで被害が拡大してしまったのだ。

 女性は失意の底に沈み、酒類に溺れる自堕落な日々を過ごす。そんなとき、彼女はとある秘密結社――ソレスタルビーイングからスカウトを受け、戦争根絶のために戦うことを選んだ。そうして彼女は、“戦術指揮官”としてのコードネームを与えられる。

 

 ソレスタルビーイングの戦術指揮官として戦う中で、3代国家陣営やその他諸々の国軍、或いは黒の騎士団の様な同業者たちと鍔迫り合いをした。

 そのうちにディヴァイン・ドゥアーズとの邂逅を経て、彼らと共闘するようになる。――そうして迎えた国連軍との最終決戦。

 仲間から犠牲者を出した彼女の心は再び失意の底に沈み、嘗ての学友であるビリーの元へと転がり込んで、酒に溺れる生活へと戻ってしまったのだ。

 

 

<――はは、あはは、あははははははっ!>

 

 

 クーゴが世界の狭さに頭が痛くなったのと、高笑いするビリーの《聲》が聞こえたのと、凶悪な顔をした親友が刹那たちに拳銃を突き付ける光景が《視えた》のは同時だった。

 ぎょっとしたクーゴの脳裏によぎったのは、以前読破した『Toward the Terra』の一場面。ジョミーとサムがナスカで邂逅した際の一幕だ。

 

 

『友達だろ? ジョミー』

 

『プレゼントを受け取ってくれよ。サム・ヒューストンからの、プレゼントだよ!』

 

『――はは、あはは、あははははははっ!』

 

 

 サム・ヒューストンは、ジョミー・マーキス・シンがアタラクシアで養育されていた時期の幼馴染であり、彼の親友であった。だが、その関係性に目を付けられたことで、サムはマザーから強力な暗示をかけられる。

 ワープ中の事故と見せかけてジルベスター星系第7惑星に転移したサムはジョミーと再会を果たした際、マザーの暗示によってジョミーに襲い掛かった。彼にかけられた暗示は『ミュウの長であるジョミーを殺す』こと。

 けれど、ジョミーの抵抗によってサムは撃退された。しかし、強力な暗示をかけられたこととジョミーの抵抗が重なり、サムは幼児退行――ステージョン以降の記憶や精神と引き換えに、アタラクシアで暮らしていた頃の記憶や精神状態になった――を引き起こした状態で人類側に保護された。

 

 ジョミーが青い星(テラ)への進軍を続けるうちにサムは寝たきりになり、キースがトォニィからの奇襲を受ける直前で彼は亡くなっている。

 キースを“おじちゃん”と呼んで懐き、ジョミーを友達と呼ぶ彼の在り方が、ヒトの未来を変える欠片となったのだ。

 

 ――今のビリーの顔は、暗示によってジョミーに襲い掛かったサムの顔と同じだった。

 

 

<ソレスタルビーイングは、殺さなくちゃ!!>

 

<駄目だ、ビリー!>

 

 

 クーゴは能力を使って《飛び》、ビリーの前に立ちはだかる。刹那とクジョウの間に割り込むような形で力を行使すれば、銃弾はクーゴの展開した防護壁に突き刺さった。

 

 

「クーゴ・ハガネ!?」

 

「――っ……!」

 

「ははは! 邪魔する化け物も、排除しなきゃいけないねっ!」

 

 

 驚く刹那たちの声に返事をする余裕はなかった。ビリーは相変わらず笑いながら、今度は銃口をクーゴに向けて引き金を引き続ける。

 銃弾が防護壁に突き刺さる度に、精神が著しく摩耗するような負荷を感じるのだ。それに伴い、体が脱力していく。

 

 

「その光……貴方、イデアと同じ……!」

 

「何してるんだ! 早く逃げろ!!」

 

 

 刹那に庇われていたクジョウが、茫然と呟く。

 

 クーゴが攻撃を阻んでいる間に脱出するものだと思っていたので、動き出そうとしない女性陣に痺れを切らして声を荒げてしまった。普段のクーゴならもう少し違う言葉遣いをしたかもしれないが、心身ともに余裕が無いのだ。

 自分たちがこんなやり取りをしている間にも、ビリーは何度も引き金を引き続ける。放たれた弾丸が防御壁に突き刺さる度に、心身への負荷と脱力感が襲い掛かる。茫然とするクジョウに激を飛ばした時点で、クーゴは膝立ちという有様であった。

 これ以上体勢を崩せば最後、クーゴの後ろにいる刹那やクジョウを弾丸から守れなくなる。いや、膝立ち状態でいられたとしても、シールドを展開できなくなってしまった場合だって結末は変わらない。――なんとか、なんとかしなければ。

 

 

(この2人に何かあったら、きっと、彼女(イデア)は悲しむ)

 

 

 クーゴの脳裏に浮かんだのは、現在は別行動を取っているイデアの姿だった。彼女が嘗てソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして活動していたことは知っている。

 彼女は刹那を始めとした仲間たちのことを大切にしていた。特に、恋愛関連を見守っていたように思う。今思えば、彼女が語る『友人たちの話』は、組織の仲間たちのことだったのだろう。

 

 

<――“最愛(かのじょ)(えがお)”が(くも)るのは、我慢ならないんだよなぁ>

 

 

 ――勿論、“年上の親友を玩具にされる”というのもだ。

 

 

「あはははは! ねぇ、クーゴ。僕からの銃弾(プレゼント)、そんなに気に入ってくれたのかい?」

 

「チョイスが最悪過ぎるんだよ、このおばか。だから高嶺の花にドン引きされるんだぞ……!」

 

「まだまだ弾丸(プレゼント)は沢山あるんだ。全部受け取ってくれよ!」

 

 

 ビリーは不気味に高笑いしつつ、新たな銃弾を取り出す。装填(リロード)するつもりらしい。

 その隙を突くような形で、クーゴは防護壁を解いて刹那とスメラギの方に手をかざす。

 銃に弾丸が装填された音が響く。防壁を展開していた分の思念波を、刹那とスメラギを《飛ばす》ことにつぎ込んだ。

 

 引き金が引かれたのと、クーゴの肩に痛みが走ったのと、息を飲んだ2人の姿が掻き消えたのはほぼ同時。

 

 

「い゛ッ――!」

 

「――え?」

 

 

 痛みに呻いて蹲れば、真上から間抜けな声が聞こえた。見上げれば、銃を構えて呆然とクーゴを見下ろすビリー。

 彼は暫し呆けたようにクーゴを見ていたが、間髪入れず引きつった声を漏らした。

 

 

「なんで、どうして、僕が、クーゴを……!?」

 

「ビリー……!? お前、正気に――」

 

「そうだ……! 僕は、僕が、クジョウを殺そうとして……? クーゴのことも、殺そうとした? なんで? どうして、こんなこと――!?」

 

 

 今の彼は、狼狽する子どものようだった。自分が“してしまったこと”を理解してしまい、それを“受け入れること”が出来なくて錯乱している。

 彼は情けない声を上げながら錯乱していたが、愕然とした表情のままクーゴに再び銃口を向けてきた。クーゴはひゅっと息を飲む。

 

 それは、ビリーも同じだった。“自分の体が己の意志に反した動きをしている”という現状に恐怖と困惑を抱いている。

 

 

「な、なんで!? なんでクーゴに銃を向けるんだよ!? やめろ、彼は僕の『親友』なんだぞ!!」

 

「ビリー……」

 

「あ、ああ、いやだ、いやだ……ッ! ――()()()()()()()()!」

 

「――ッ、くそっ!!」

 

 

 半狂乱になって叫ぶ親友は、クーゴのことを慮っていた。その事実が嬉しいのに、今は酷く胸を抉る。

 次の瞬間、再び引き金が引かれる。だが、銃口が大きくぶれて、銃弾は明後日の方向へと飛んで行った。

 ビリーが必死になって抵抗しているようだが、それがいつまで続くかは分からない。

 

 ビリーの言う通りだった。現状の最善手は逃走一択。

 クーゴは己の無力さに舌打ちし、この場から離脱することを選んだ。

 

 

 

***

 

 

 

 紆余曲折に紆余曲折を沢山重ねた結果、ソレスタルビーイングとそれに同行しているディヴァイン・ドゥアーズ関係者たちの進路はアザディスタンとなった。救出したマリナ・イスマイール王女を故郷に送り届けるためである。他にも様々な“私情”を抱え、作戦行動に反映するためのタイミングを待っている者もいた。

 勿論、クーゴ・ハガネもその1人である。目的は“グラハム・エーカーを始めとした友人たちや僚友を連れて、望んだ場所へ『還る』”ためだ。目的を果たすために紆余曲折に紆余曲折を重ねたことで、居候先兼派遣先がソレスタルビーイング及びディヴァイン・ドゥアーズに変更となっている。

 戦力がジリ貧状態だったソレスタルビーイングは、ASやコロニー製ガンダムのパイロットたち等を筆頭とした協力者たちや、つい先日救助に成功したガンダムマイスターや先代のマイスターの弟らを仲間に加えており、更には黒の騎士団とも実質的な同盟関係を築いていた。

 

 マリナをアザディスタンに送り届けるために進路を取ったソレスタルビーイングは、“独立治安維持部隊側がそれを予測して罠を張っている”可能性を考慮していた。

 奴らと対峙した際のプランは勿論一点突破。邪魔者はぶちのめして進む方針だ。紆余曲折の末に同行することになった総帥(しゃちょう)は『グラン・パがしたことと変わらない』って言っていたっけ。

 

 

「クルツ機を除くAS各機、サンドロック改、ヘビーアームズ改は伏兵に備えて待機。それ以外は直ちに出撃して」

 

「“戦術指揮官”女史。私にも協力できることはありますか?」

 

「…………総帥(あなた)は名前を呼ばれた面々同様、伏兵に備えて待機してください。我々にとっての最大の伏兵も総帥(あなた)なので」

 

「お任せください、“戦術指揮官”女史。出撃の暁には、必ずや、貴女に最高の戦果と勝利を捧げて見せましょう」

 

 

 “戦術指揮官”と総帥(しゃちょう)のやり取りをBGMにして、クーゴを含んだ面々が空へと飛び出す。こちら側が部隊の展開を終えたのと、アロウズ側がMS部隊を展開したのはほぼ同時だった。

 

 

「アザディスタンとの縁を考えれば、航路を読まれるのも道理か」

 

「完全にアロウズに目を付けられたな」

 

「その分、超合集国への注意を逸らせる」

 

 

 五飛はアロウズとかち合った理由を冷静に分析する。敵対していたときは割と好戦的な一面が目立っていたけれど、考察を語る姿は非常に様になっていた。あと、妻帯者や恋人持ちに対する態度。

 “革新者に寄り添う者”は今までの出来事から“ソレスタルビーイング、及び、この世界におけるディヴァイン・ドゥアーズの立ち位置”を語る。悲観的な発言ではあるが、彼の口調に憂いはない。

 彼らの言葉を引き継いだのはアキトだった。アロウズが目の敵にしている相手の中には、ゼロがぶち上げた超合集国も含まれている。現状、地球連邦と超合集団では前者の方が力が上であった。

 

 

「伏兵の可能性ありってことらしいが……」

 

「問題ない。俺たちで対応可能だ」

 

「いざというときの準備は備えてあるからね。私たちも、ソレスタルビーイングの伏兵として頑張るから」

 

「……まあ、“生身で機動兵器に突撃して破壊する”ってのは、確かに最大の伏兵だわな」

 

 

 伏兵を警戒するクルツに対し、刹那は淡々と応える。彼女の言葉を補強するようにイデアも笑った。諸事情で“同胞”由来の“力”を目の当たりにしていたためか、軽く笑ったクルツの口元が戦慄く。

 2代目ロックオンが何かを考え込んでいるようだが、彼の心は固く閉ざされていた。仲間たちと談笑している姿はよく見かけるが、本当の意味で打ち解けれた相手は恋人だけなのかも知れない。

 

 戦う前のお喋りはそこまでだ。襲い掛かって来た独立治安維持部隊のMS――ジンクスの群れを相手取り、大立ち回りを演じる。

 

 

(今回の戦術指揮官は、数で押すのが好きみたいだな……)

 

 

 襲い掛かって来たジンクスを一刀両断しつつ、戦況に目を配る。

 

 母艦にして旗本艦である輸送戦艦の周囲にMSの姿はないが、“伏兵役が出番を待っている”という点では、現状の優先度は低めだ。ジンクスの群れは未だ健在であるものの、数は着実に減ってきている。僚友の機体には目立った損傷は見られない。

 そのとき、ソレスタルビーイングのオペレーターが戦況の変化を告げた。「新手のMSが接近中」――案の定、独立治安維持部隊は伏兵を用意していたようだ。だが、“戦術指揮官”の予想とは違う言葉が飛んでくる。総数は――1機。

 

 拍子抜けするような情報だった。けれど、この場に増援である機体が姿を現したとき、クーゴは思わず息を飲む。

 その機体を一言で表すなら、戦装束に身を包んだ武士だった。機体の所々に、ユニオンフラッグの面影が滲み出ている。

 アロウズの新型機――否、ユニオンフラッグの後継機が、戦場に降り立つ。クーゴには、機体のパイロットの姿が《視えて》いた。

 

 

(――!!)

 

 

 金髪碧眼の白人男性。どこかで見たことのあるけったいな仮面――目元を覆い隠すタイプ――を被り、どこか虚ろな深緑の瞳を揺らめかせる男。

 仮面の一部からは、顔の左側に広がった大きな傷が伺える。奴の眼差しは、ソレスタルビーイングの2個付き――刹那・F・セイエイの駆るガンダムに向けられていた。

 

 機体越しに、刹那と彼の目が合うのが《視えた》。

 

 

「あ……ッ!」

 

「――グラハム・エーカー?」

 

 

 彼は最初からすべてを見抜いていたから、刹那に釘付けであった。一歩遅れて、刹那は機体のパイロットに気づく。

 彼女の口からこぼれたのは、嘗て日常と戦場で相対峙した愛しい好敵手の名前。

 お互いがお互いを認識したことに気づいた瞬間、彼がぱああと表情を輝かせ――すぐに悲しそうに笑う。あまりにも、儚い笑み。

 

 年上の親友がおかしくなっていたことは知っていた。だって実際、クーゴはその現場に居合わせている。

 年下の親友の行方はつかめなかった。けれど、ビリーの様子からして、嫌な予感を覚えていた。

 

 ――その答え合わせが、ここで行われる。

 

 

「何という僥倖! 生き恥を晒した甲斐があったというもの! ――この機会、逃すつもりはない!」

 

 

 新型機は何の迷いもなく、刹那の機体へ突っ込む。他の何も見えていないかのように、ただ真っすぐ、狂ったように――その修羅は、たった1人を求めていた。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 

 跳ね起きたクーゴが見た景色は、白一色の部屋だった。

 

 小さなベッド、申し訳程度に書物が放り込まれた本棚、花が挿されていない陶器の花瓶。

 壁には、クーゴにとって馴染みのある空色の軍服と、どこかで見たことのある制服が飾られている。

 

 あれは、どこで見たのだろう。そう考えたクーゴの脳裏に浮かんだのは、年若い技術者たちの後ろ姿だった。

 

 

(ああ、アニエスたちが着ていた制服と同じやつか。……あれ?)

 

 

 おかしい、とクーゴは思う。自分が身に纏っているのは、病人が着るような簡素な服であった。

 

 

(俺が意識を失ったときの状況は、どういう状態だった……!?)

 

 

 思い出す。友人たちの決意、汚された想い、牙を向く悪意。宇宙(そら)の果てで向き合った敵の攻撃が、愛機――GNフラッグに降り注いだ瞬間で、クーゴの記憶は断線していた。

 自分は死んでしまったのではないか。ここは死後の世界で、夢うつつのような気分なのだろうか。迷走し始めた己の思考回路を抑え込むついでに、己の頬を抓って見る。痛い。

 死人に痛覚はない。そもそも死人は、外部の刺激に反応しない。そう考えると、多分、クーゴは生きていると言えるだろう。次に浮かんだ疑問は、至極当然のことだ。

 

 “ここはどこだ。愛機のコックピットから、何故、こんな部屋に”――クーゴの思考は、急に開いた扉の音によって中断された。

 

 音に惹かれて、その出どころへ向き直る。そこにいたのは、ペールグリーンの髪を簪でまとめた女性と黒髪黒目の少年だった。

 前者は日常と戦場で何度も顔を合わせてきた相手であり、後者はクーゴが救ったUnicornのパイロットである。

 

 

「クーゴさんっ!」

 

 

 ペールグリーンの髪の女性――イデアがクーゴの眼前に立った。御空色の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちる。女性に泣かれてしまったことなど人生で初めてだ。正しい対応の仕方など知る由もない。

 

 しかし、それだけでは終わらなかった。イデアの隣に立っていたUnicornのパイロットである少年も、くしゃりと顔を歪ませた。

 間髪入れずに嗚咽が響く。目を真っ赤に腫らして、思いの丈をぶつけるように涙を溢れさせる。「よかった」という言葉を聞き取れたのは僥倖だろう。

 どうしたものか。泣きじゃくる女性と少年を、同時に/早いタイミングで泣き止ませる手段など思いつかない。

 

 

「え、えっと、その……」

 

 

 クーゴはおろおろと手を彷徨わせた。2人は相変わらず、涙を零し続けている。クーゴの無事を心から喜んでくれているのだ。

 <目が覚めてよかった>と《聲》がする。聞き覚えのある女性の声と少年の《聲》。その主を、クーゴは《識っている》。

 

 

<助けた後も全然意識が戻らないから、ぼくらが助けるの遅かったからじゃないかと思ったんです。ああ、本当に良かった……!>

 

<そろそろ目覚めると持っていたんだけど、いつになったら“そろそろ”が来るのかなって心配したんですから……!!>

 

 

 脳裏にフラッシュバックしたのは、宇宙(そら)の闇。大破したフラッグが煙を上げていた。血まみれの男を引っ張り出したのは、イデアと少年だった。

 次に映ったのは、白い部屋に横たわったままの青年。眠っていたのは、他ならぬクーゴ・ハガネである。自分を心配そうに見つめている人物もまた、あの2人であった。

 どうやら、自分は2人に心配をかけたようだ。ならば、かけるべき言葉は1つだろう。イデアと少年は、その言葉を待っているに違いない。クーゴはえぐえぐ泣きじゃくる2人に笑いかけた。

 

 

「……心配かけてすまない。俺を、助けてくれてありがとう」

 

 

 クーゴの言葉を聞いた2人は、ぐしぐしと涙をぬぐって笑い返す。

 

 やっぱり、イデアには泣き顔よりも笑顔が似合う。彼女の笑顔を見ているだけで、クーゴの胸があたたかくなるからだ。

 そして、彼女の隣にいる少年もだ。Unicornに搭乗していたときのような、悲痛な顔など浮かべるべきではない。年相応の笑みを見て、クーゴもほっと息を吐いた。

 

 そうして、再び部屋の中を見回してみる。病院の個室を思わせるような内装であったが、窓が一切見当たらない。

 

 

「ところで、ここは一体どこなんだ?」

 

「悪の組織の本社です」

 

 

 クーゴの問いかけにイデアが答えた。

 

 “悪の組織は世界各国に支社を置いている”――その話は、ちらほら耳にしたことがあった。しかし、本社の場所は詳しく明言されていなかったように思う。そこまで思考を回転させたとき、はたと、クーゴは気づいた。思わずイデアを凝視する。

 確か、彼女はソレスタルビーイングのガンダムマイスターだったはずだ。悪の組織とソレスタルビーイングの関係は――その大多数が噂話でしかなかったが――“良好な関係ではなかった”とされている。その疑問を察したのか、イデアはちょっと困ったように苦笑した。

 

 

「元々は私、悪の組織からソレスタルビーイングに出向していた派遣社員だったんですよ。……所謂、出戻りってヤツですね」

 

「出戻り……」

 

 

 その言葉に、クーゴははっと息を飲んだ。クーゴの記憶は、ソレスタルビーイングと国連軍の最終決戦で止まっている。

 “ソレスタルビーイングから離れ、古巣である悪の組織に出戻った”――イデアの言葉を反濁したクーゴは、もう一度イデアの顔を凝視した。

 大至急確認しなければならないことがあった。反射的に、クーゴはイデアの腕を掴んで問いかける。

 

 

「そうだ! 国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦は!? あの戦いは一体どうなったんだ!? キミたちがここにいるということは……」

 

「……あ、そっか。クーゴさんは半年間意識不明だったから、あの戦いの顛末を知らないのか」

 

 

 合点が言った、と言うかのように、イデアがぽんと手を叩いた。うんうん頷くイデアと少年の様子に流されかけ、クーゴは止まる。

 今、何やら聞き捨てならないことを言わなかったか。自分の耳がおかしくなければ、とんでもない言葉を拾ってしまったように思う。

 

 半年。半年とな。

 

 

「俺は、奇襲されてから半年間、ずっとここで眠ってたってことなのか?」

 

「はい」

 

 

 クーゴの問いに答えたのは、Unicornのパイロットをしていた少年だった。

 

 

「貴方が撃墜された現場にたどり着いて、貴方を助けようとしたんです。ぼくより先にイデアさんが貴方の救助をしていて、ぼくはそのお手伝いを。イデアさんのツテで悪の組織本社に運び込んでもらって、治療もしてもらえて……」

 

 

 当時の様子を思い出してしまったのだろう。言っている傍から、少年の瞳が涙で潤む。

 「無事でよかったです」と、彼はしゃっくり混じりの声で締めくくった。

 

 それに続くようにして、イデアも口を開いた。

 

 

「半年前に起きた、国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦。あの戦いで、国連軍は疑似太陽炉を搭載した新型機の大半を失いながらも、ソレスタルビーイングを壊滅させることに成功しました」

 

 

 何も映さない御空色の瞳。彼女が見ているのは、あの戦いで起こった出来事なのだろう。そんな気がして、クーゴは押し黙る。

 いくら自らを派遣社員であった称していたとしても、ソレスタルビーイングもまた、彼女にとっては大切な場所だったはずだ。

 イデアが刹那と仲睦まじげにしていた様子が脳裏を翔けた。ソレスタルビーイングが壊滅したということは、刹那はどうしたのだろう。

 

 

「ソレスタルビーイングが壊滅したってことは、ソレスタルビーイングのメンバーは、全員戦死したってことなのか?」

 

「戦死はしていません。ですが、メンバーは散り散りになってしまっているようです」

 

 

 「詳しいことは、出戻ってしまったためにわからないですけど……」と、イデアは締めくくった。彼女が古巣に出戻ったのは、そういう経緯があったからなのかもしれない。

 でも、どうしてだろう。他にも何か、理由があるかもしれないと思ってしまった。組織が大打撃を受けたという理由だけで、イデアは出戻ることを選べるような人間だろうか。

 

 友人たちの話をするとき、彼女はとても楽しそうにしていた。今思えば、その友人たちこそ、ソレスタルビーイングのメンバーたちだったのかもしれない。

 

 話を聞く限り、イデアは仲間のことを大切にしていた。壊滅したという理由だけで、古巣に出戻るような人間だとは思えない。じゃあ、何故、彼女は出戻ることを選んだのだろう。不意に、クーゴの頭の中に何かがフラッシュバックした。

 2人の男女が、化け物を見るような目つきで『こちら』を見返している。いや、この男女だけではない。この場にいるすべての人間が、『こちら』を化け物だと認識していた。手をかざせば、男女は怯えるように身をすくめる。その瞳には、明らかな拒絶の意があった。

 はっとして、クーゴはイデアを見た。彼女が出戻った理由は、仲間から拒絶されてしまったためだったのか。その疑問を肯定するかのように、イデアは苦笑しながら目を伏せた。寂しそうに、苦しそうに笑うその姿に、胸が締め付けられる。

 

 

「みんなの反応は、当然のことです。私は、ニンゲンとは違いますから」

 

「何が違うんだ。確かに、キミは俺と同じ共有者(コーヴァレンター)で、虚憶(きょおく)持ちだ。でも、それだけじゃないか」

 

「そうですね。私と貴方は同じです。でも、()()()()()()()()

 

 

 イデアはそう言って、静かにクーゴの手を取った。ふわり、と、青い光が舞い上がる。

 

 青。鮮烈な青。荒ぶる青(タイプ・ブルー)。いつかどこかで、この色にまつわる話を聞いたことがある。この色にまつわる物語を紐解いたことがある。

 特殊な力に目覚めたがゆえに、人類から迫害された者たちがいた。命の生まれ故郷――青い星へ、母なる地球へ『還りたい』と、旅を続けた者たちがいた。

 クーゴが初めてその物語に触れたとき、証拠は何一つないにも関わらず、「これはただの創作ではない」と確証を抱いたことを思い出す。

 

 悪の組織からの技術提供――その条件が、『Toward the Terra』というSF小節の読破だった。そこに出てきたのは、ミュウと呼ばれた新人類。

 “機械によって記憶を消す”という成人検査の過程で生まれた、サイオン波と呼ばれる脳波でテレキネシスを駆使する者たちの総称だったはずである。

 

 ある者はサイオン波によるテレキネシスで対象者を攻撃し、ある者はテレキネシスで防壁を作り出し、ある者は他者の感情や思考を深層心理の隅々まで読み取り、ある者は生身のまま宇宙(そら)を翔る。

 特に、生身のままで宇宙(そら)を翔ることが可能な者は、ミュウの中でも最強と謳われる能力者――荒ぶる青(タイプ・ブルー)である場合が多い。そこまで思い出して、クーゴはイデアから発せられる光の色に気づいた。

 イデアの色は、青。生身のまま宇宙(そら)を翔ることが可能な、最強と謳われる能力の持ち主だ。ということは、先程男女が怯えていた理由は――生身で宇宙空間を縦横無尽に飛び回り、且つ、敵を倒していたことが起因していたのだろうか。

 

 

「……だとするなら、共有者(コーヴァレンター)は……ヴィジョンや虚憶(きょおく)は……」

 

「クーゴさんの考えている通りです。これらはあくまでも、ミュウが有するサイオン波による副産物にしかすぎません」

 

 

 イデアは真剣な表情で頷く。

 御空色の瞳は、まっすぐにクーゴを捉えていた。

 

 

「ヴィジョンや虚憶(きょおく)は、その人物が『ミュウ』として『目覚め』を迎える前兆の1つなんです」

 

「……じゃあ、俺は――」

 

 

 彼女の言葉を、クーゴは正しく理解した。

 己が一体『何』かを、理解してしまった。

 

 クーゴがイデアと()()()()()ということは、即ち。

 

 

「俺も、キミと同じ――ミュウなのか」

 

 

 その問いかけに、イデアは静かに微笑んで、頷いた。そうして、クーゴへ手を差し伸べる。

 

 

「立てますか?」

 

「あ、ああ」

 

 

 頷き、クーゴはイデアの手を取った。長らく動いていなかったせいか、体が鉛のように重い。

 よくよく考えてみれば、半年間眠っていた人間が立ち上がろうとするのは無理がある。

 しかし、多少の難はありつつも、クーゴは立ち上がった。よろめきながらも、一歩一歩、確実に足を進める。

 

 これもまた、ミュウの成せる業だというのか。確かに、“ウン年単位で眠っていても問題なく動き回れたソルジャー・ブルー”のような例もあったけれど。

 問いかけるようにイデアを見れば、彼女はふわりと微笑んだ。

 

 

「そういう訳じゃないですけど……うん、大丈夫ならそれでいいです」

 

 

 「グラン・マの言うとおりだったなぁ」とイデアは呟く。はて、グラン・マとは誰だろう。

 

 

「私たちの長です。同時に、悪の組織の代表取締役でもあります」

 

「代表取締役……」

 

 

 その言葉を皮切りに、クーゴの脳裏に1人の女性の姿が浮かんだ。アザディスタンの空港で会った、車椅子の女性。彼女が差し出した名刺に、『悪の組織代表取締役』という文字が書かれていたことを思い出した。

 もしかして、彼女もミュウなのだろうか。そんな疑問を抱いたことに気づいたイデアは曖昧に微笑んだ。「会えばわかります」と言って、クーゴの手を引く。車椅子の女性/悪の組織代表取締役の元へ案内してくれるらしい。

 

 

「その前に、着替えたいんだが……」

 

「あ、わかりました。一応、ユニオン軍の軍服と、私たちが支給される制服と、2種類ありますけど」

 

「ユニオン軍の方でいい。俺はフラッグファイターだからな」

 

 

 そう言ってユニオンの軍服に手をかければ、イデアはふっと表情を緩める。愛おしいものを見つめるような眼差しに、クーゴは何となく気恥ずかしさを感じて目を逸らした。

 イデアと少年は気を使ってくれたようで、「着替え終わったら声をかけてください」と言い残して部屋を出た。彼らの背中を見送った後、クーゴは制服に袖を通す。

 見慣れた制服を身に纏った自分。何の変哲のない、見慣れた姿だ。しかし、言いようのない違和感を感じる。その理由を、クーゴはきちんと自覚していた。

 

 

(独立治安維持部隊……アロウズ、だっけ)

 

 

 深緑の軍服を身に纏った友人や、部下たちの姿が脳裏をよぎる。夢の中で対面した彼らは、誰1人ユニオン軍の制服を着ていなかった。

 彼らが身に纏っていた軍服は、どの組織のものだっただろう。独立治安維持部隊アロウズなんて、クーゴの知識では思い当たらない。

 

 あるとすれば、虚憶(きょおく)から齎されたものだけだ。文字通り、けれども悪い意味での治安維持を任務にしていた部隊と同じ名前である。まさか、やっていることまで同じなのだろうか。

 

 考えすぎていたせいか、制服を着る手を止めていたようだ。これ以上、イデアや少年を待たせてはいけない。

 思考を止めて、クーゴはさっさと制服に着替えた。扉を開けて、着替えが終わったことを告げた。

 

 

「終わった。行こう」

 

「はい。……あら?」

 

 

 遠くから騒がしい声が響いてくる。そこへ、イデアは視線を向けた。

 

 赤い髪の少女、青い髪の青年、鳶色の髪と浅黒い肌の青年が、談笑しながら小走りで翔けてきたところだった。3人とも、パイロットスーツを身に纏い、ヘルメットを脇に抱えている。

 悪の組織の関係者だろうか。職業はクーゴと同じMSパイロット。年齢は、明らかに10代後半か20代前半である。明らかにクーゴよりも若い。

 

 

「あ、イデアーっ!」

 

「ネーナ。ノブレスくんから頼まれたミッション、どうだった?」

 

「ばっちり! 治安維持部隊が行っている虐殺行為に介入して、虐殺対象者の救出および保護任務に成功したよっ!」

 

 

 赤い髪の少女――ネーナは満面の笑みを浮かべてVサインした。後ろにいる青年たちも得意げに微笑む。

 

 

「教官、褒めてくれるかなぁ」

 

「褒めてくれると思うよ。報告を受けたとき、『無事に終わってよかった』って安心してたから。一緒に話を聞いていた教授に、ネーナたちのこと自慢してたのよ」

 

「えへへ……」

 

 

 ネーナは仲睦まじくイデアと話していたが、クーゴの存在に気づいて目を瞬かせる。そして、合点が言ったように手を叩いた。

 

 

「あ、だからおじいちゃんが『紅茶のパウンドケーキを作るのに必要な茶葉を調達してほしい』って言ってたんだ」

 

 

 彼女の言葉を皮切りに、青年たちがクーゴを見た。まじまじと見つめられると、どうにも恐縮してしまう。

 青年たちは端末とクーゴの顔を見比べ、ややあって納得したように顔を見合わせていた。

 

 

「そういや、教官も仰っていたな。『病室の彼がそろそろ目覚める頃だろう』って」

 

「『別の病室にいるヤツも、どうにか話を聞ける状態になる頃だ』とも言ってたよな。双子の弟に間違えられて覇王翔吼拳を叩きこまれそうになったり、双子の弟を強襲しようとする輩から弟を庇って弟の代わりに覇王翔吼拳叩きこまれたりして、病室と外を行ったり来たりしてたらしいし」

 

「……た、大変だな」

 

「ロックオ――……その人、先に待ち合わせ場所に行ってますから、すぐ会えますよ」

 

「そ、そうか」

 

 

 イデアがのほほんと補足してくれた。

 

 青年2人の会話を聞いたせいか、クーゴの背中に空恐ろしい寒気が走った。それ以前に、自分以外にも悪の組織で療養していた人間がいたらしい。

 どんな人間なのだろう、と、クーゴが思ったときだった。青年が握りしめていた端末が鳴り響く。その音を聞いたネーナが、弾かれたように端末を持つ青年の隣に並んだ。

 3人はしばし端末と睨めっこをしていたが、ややあって、クーゴらに視線を戻した。どうしたのだろう。クーゴが問う前に、ネーナがイデアに視線を向けた。

 

 

「悪の組織総帥から、集合してほしいって連絡が来たんだ。イデアたちもそこに行くんでしょ? 一緒に行かない?」

 

「私は賛成だけど、クーゴさんは?」

 

 

 いきなり話を振られ、クーゴは面食らった。

 しかし、断る理由はない。

 

 

目的地(しゅうごうばしょ)が一緒なら、断る理由はないな。一緒に行こうか」

 

 

 彼女たちの申し出を受ける。同行者が増えたためか、周囲の空気が賑やかになった気がした。

 

 

 

*

 

 

 

 端末からの地図情報を確認する。『中庭』という区画に、赤いマークが点滅していた。

 現在位置を表す青いマークは、『中庭』の手前にある。目の前の扉を開ければ、待ち合わせ場所に到着だ。

 

 イデアが先陣を切り、ネーナやクーゴたちがそれに続く。扉が開く音と共に、満天の星空が目に入った。遠くには、青く輝く惑星(ほし)――地球が見える。

 

 

(宇宙……!? ってことは、悪の組織の本社は宇宙にあったのか!?)

 

「ザナドゥ、って言うんですよ。この艦の名前なんです」

 

 

 クーゴがそんなことを考えていたら、隣にいたイデアが補足してくれた。ザナドゥとは“桃源郷”を意味する単語であり、中国にあった(ふる)い都のことを指していたらしい。彼女の案内に従って歩みを進めれば、そこは地上にある公園とよく似た場所であった。

 足元には芝生が生い茂り、所々には座って休めるベンチスペースが点在し、オブジェクトや噴水などが設置されている。つい先程まで誰かがいて遊んでいたのだろう。遊具のブランコが名残惜しそうに音を響かせていた。

 イデアやネーナたちは迷うことなく歩みを進める。広場の中央にある、ひときわ大きなベンチスペースに向かってだ。様々な花で彩られたアーチの下には、丸くて大きいテーブルが置いてある。繊細な装飾が施された、金属製のものだ。光源を受けて、テーブルや椅子らが銀色の輝きを帯びている。

 

 既に先客がいたようで、3人の男性が腰かけていた。

 

 1人目は、茶髪で緑の瞳を持つ白人男性だ。頭や首、服の袖から見える肌には包帯が巻かれており、彼の座る椅子の脇には松葉杖が置かれている。先程青年たちがしていた話――覇王翔吼拳が云々――から顧みるに、彼が『クーゴよりも先に悪の組織にいた人物』であろう。

 2人目は、プラチナブロンドの髪にマルベリーのアーモンドアイが特徴な青年だ。端正な顔立ちを見つめて、気づく。テレビで取り立たされていたアイドル、テオ・マイヤーとよく似ていた。いや、似ているのではない。本人である。エイフマン教授が『昔亡くなった年上の友人とそっくりだ』とよく話していた。

 

 そうして、3人目は――

 

 

「約束の時間10分前には到着しているのがモットーのキミにしては、随分と寝坊したようじゃのう?」

 

「エイフマン教授……!」

 

 

 白髪に青い瞳を持つ老紳士――レイフ・エイフマン。ユニオンのガンダム調査隊、後のオーバーフラッグス隊の技術顧問を務めていた人物にして、クーゴの愛機フラッグの生みの親だった人だ。

 先のMSWAD基地襲撃事件で亡くなったと思っていた。もう、彼と言葉を交わす機会はないと思っていた。その相手が、目の前にいる。込み上げてくるものをどうにか押しとどめながら、クーゴは笑って見せた。

 20代の終わりといういい大人が、泣き顔を晒すことなんてできやしない。ちゃんと笑えていたかどうかはわからないが、エイフマンは幼子に向けるような温和な笑みを浮かべて頷き返してくれた。

 

 

「よがったねぇ。よがったねぇ。感動の再開……」

 

「……2番目もだめ、3番目もだめ、4番目も……5番目も……う、うう……!」

 

 

 不意に、誰かが鼻をすする音が聞こえた。音の出どころを見れば、車椅子に乗った女性が服の袖で涙をぬぐっている。女性の後ろには、顔を覆っている初老の男性。どちらにも、クーゴには見覚えがあった。

 

 黒い髪をお団子に結んだ女性は、イナクトの発表をしていた軍事基地やアザディスタンで顔を合わせている。彼女こそ、悪の組織の代表取締役だ。

 白髪交じりの初老の男性は、イナクトの発表をしていた軍事基地やテレビでよく見かけていた。国連の代表者、エルガン・ローディックその人だ。

 

 どうしてこの2人が、同じ場所にいるのだろう。前者の女性はともかく、後者のエルガンは悪の組織とは無関係ではないのか。それ以前に、国連代表がこんな場所で油を売っていていいのだろうか。

 クーゴの問いかけを察したのか、エルガンは顔を上げた。涙と鼻水にまみれた顔をハンカチで無理矢理拭い、何事もなかったかのように真面目な表情になった。突き崩したら男の矜持と沽券に係わるため、黙っておくことにする。

 

 

「ベル、泣き止め。彼らをここに集めた張本人が泣いていてどうする」

 

「これが泣かずにいられますかっての。そんな風に変なところでドライだから、私にとってアンタは『妥協して100番目くらいに好きな男』って言われるのよ」

 

「……この世は、地獄だ……!!!」

 

 

 再びエルガンが崩れ落ちる。というか、何だ、その『妥協して100番目くらいに好きな男』という微妙な表現は。その言葉だけで、エルガンの扱いに大体予想がつくのは何故だろう。

 周囲の人々は何かを察したようで、エルガンからそっと目を逸らしていた。成程、クーゴの予想は正解だったようだ。居たたまれなくなり、クーゴもまた視線を逸らす。

 

 話し合いが始まるまで、もう少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

「何言ってるんだ。兄さんはこの前、覆面を付けた暴漢に襲われていた俺を助けてくれたんだぞ?」

 

「なんだって!!?」

 

「そのときに酷い怪我をしてな。俺が救急車を呼んだんだ。だから、兄さんが死んでるなんてあり得ないんだよ」

 

「そんな、バカなことが……!!」

 

 

「……あれ? そういえば、あの救急車、病院の名前が書いてなかったような……?」

 

「……は?」

 

「しかも、俺が電話したら、『近くにいるので拾いに行きます。30秒くらいで到着しますから、安心してください』とか言ってた……――ッ!!!」

 

 

 

 覇王翔吼拳の被害者の弟が、紆余曲折の果てに、ソレスタルビーイングに加入することを。

 

 

 

 

「悪の組織は、技術者にとって天国であり、楽園であり、己を磨くのに相応しい環境が整っている場所だと思う。そのおかげで、大破したキミのフラッグをベースにし、思う存分設計開発することができた」

 

「これは……!?」

 

「フラッグの系譜に悪の組織の技術を合わせた物じゃ。ミュウ由来の技術の結晶を組み込んだからな。事実上の、“キミのためだけにチューンされた機体”となる」

 

「俺のためだけに作られた、フラッグの後継機……」

 

「そう。ただな、機体は完成したのだが、まだ完全ではないのだよ」

 

「どういうことですか?」

 

「――機体の名前が、まだ決まっておらんのだ。キミに、名付けてもらおうと思っていたからな」

 

 

 

 フラッグの系譜を継ぐ、新たな翼が舞い降りることを。

 

 

 

 

 

「身バレを避けるためには、やっぱり顔を覆う必要があると思うんだ」

 

「使いませんからねそんな仮面!!?」

 

 

 

 世界一カッコいい一頭身がつけていた仮面を、現実でもごり押しされることを。

 

 

 

 

「……はは、ひどいな」

 

 

「キミはひどいオンナだ、ベルフトゥーロ」

 

 

「ああ、認めよう。ソレは確かに、ワタシが欲したものだ。……しかし、ソレ“だけ”を残されても、ワタシにとっては無価値なんだよ」

 

 

 

 “とある世界”の“どこかの誰か”が、一番欲しかったものを手にし、一番大切だったものを失うことを。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの明日は何処(いずこ)なりや。




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