問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。


2.ゼロからイチに至るまで

 

「若者よ、『目覚めた』キミたちは知る“義務”と“責任”がある」

 

 

 女性は、この場に集った全員を見回してそう言った。

 

 

「我が同胞――ミュウが辿ってきた歴史を、受け継いだ想いを、その“力”の在り方を」

 

 

 レイフ・エイフマン、ノブレス・アム、ネーナ・トリニティ、ミハエル・トリニティ、ヨハン・トリニティ、ロックオン・ストラトス/ニール・ディランディ、刃金宙継、イデア・クピディターズ、そして――クーゴ・ハガネの9人である。

 つい数分前まで情けない泣き顔を晒していたエルガンは、自分の脇に控えるようにして立っていた。目元がやや赤いが、話をするという点からしてみればまだマシであろう。大体、エルガンが変なことを言うのが悪いのだ。

 

 

『お前から、“世界で2番目に愛される男”になりたい』

 

 

 数十分前の会話が、エルガンの言葉が、女性の脳裏にフラッシュバックする。

 

 どこまでも真摯な眼差し。今まで押し込めてきたものを吐き出すかのように、鬼気迫った声が脳裏に響いた。

 

 

『私がお前の1番目になれないことなど、承知している』

 

『それでも……世界で2番目でもいいから、選ばれたい。1番目はイオリアに明け渡すとしても、それだけは譲れないんだ』

 

 

 確かに、女性にとって1番愛する男はイオリア・シュヘンベルグである。それ以外の男を愛せと言われても無理だ。性格的にも、状態的にも。

 息子認定しているリボンズやイノベイドたち、自分を指導者(ソルジャー)と慕う仲間たちに抱くのは家族愛であり、愛は愛でも例外枠であるが。

 前々から女々しい奴だとは思っていた。変なことを言う奴だと思っていた。長く生きすぎた弊害だとでもいうのだろうか。女性には、彼の気持ちなんてわからない。

 

 わかったとしても、応えることはできないだろう。だから、女性は見ないフリをする。理解することを放棄する。そうすれば、すべてが平穏のまま。

 いつものように軽口を言いあって、喧嘩し合って、背中を預けて、生きていく。女性の命の光が燃え尽きるその瞬間まで、愛すべき日々は繰り返されるのだ。

 

 今までも、これからも。

 

 

「同時に、知る権利がある」

 

 

 ……いけない、盛大に思考回路が脱線してしまった。閑話休題である。

 

 

「私とイオリア・シュヘンベルグが何を願い、何を思い、その道を突き進んでいったのかを」

 

 

 女性は大仰に頷き、手をかざした。青い光が舞い上がる。エイフマン、ネーナ、ミハエル、ヨハン、ロックオン、宙継、クーゴらは反射的に目を閉じた。

 ミュウの有する能力を使った“過去の追体験”だ。これから6人は、ミュウの歴史と歩み、ソレスタルビーイングの始まりについて《視る》ことになる。

 

 彼らがどんな答えを出すかはわからない。しかし、少なくとも、何も知らなかった頃に戻ることは不可能だ。ミュウとして目覚めてしまった彼らは、常に選択を迫られることになる。その試金石が、ミュウと女性の歩んできた軌跡を見た後の判断だ。

 ここに残ることを選んでもいい。古巣へ還ることを選んでもいい。彼らが何を選んでも、女性たちは彼らのバックアップに全力を注ぐつもりだ。同胞のよしみである。この世界はまだ、異質なものに対して厳しい。

 だって、ソレスタルビーイングが壊滅するタイミングや国際状況を鑑みるに、イオリアの夢見た統一には遠すぎる。“統一という名の言論封殺と虐殺が秘密裏に行われている”という時点でお察しだった。8割がた、アレハンドロのせいだろう。

 

 いや、正確に言えば、“アレハンドロを利用しようとしていた存在”のせいなのだが。

 

 

(……すべて、ってわけじゃないんだけどね。うん)

 

 

 女性はひっそりと苦笑しながら目を閉じる。

 新たな同胞たちが目覚めるまで、まだ時間がありそうだ。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 ぐるん、と、体が一回転したような感覚に見舞われた。変な浮遊感と振動が続いた後、浮遊感を残して不快な振動はなくなる。

 それを確認した後、クーゴは恐る恐る目を開けた。自分の周囲に漂っているのは、悪の組織総帥(しゃちょう)によって集められた面々である。

 眼下には、穏やかな街が広がっている。自分たちの見慣れた、平和な光景だ。――しかし次の瞬間、世界は一変する。

 

 高層ビルを思わせるような大きな建造物が見えた。気づけば、いつの間にか施設内部に光景が変わる。

 

 内部には、少年少女が集められていた。背丈や声から判断するに、中学生くらいの年齢だろう。彼らは全員、病院着に似た服を身に纏っていた。

 看護師とよく似た格好をした女性が少年の名前を呼ぶ。金髪に青い瞳の青年が立ち上がり、看護師に促されるまま部屋へと足を踏み入れた。

 ICUを彷彿とさせる機械に横たえられた青年を尻目に、大人たちが機材を動かす。それを皮切りに、世界が目まぐるしく動き始めた。

 

 

『一切の記憶を捨てなさい。貴方はまったく新しい人間として、青い星(テラ)の上に生まれ落ちるのです』

 

 

 ――どこかで覚えのある声。どこかで聞いたことのある言葉。

 

 その既視感を探るよりも先に、世界が変わる方が早かった。青い光、茫然とする少年、悲鳴を上げて命乞いする看護師、部屋に雪崩れ込んできた武装兵。武装兵からの攻撃を受け、少年は倒れた。

 舞台は医療施設らしき場所から実験施設のような内装へと変わる。状況を理解できずに困惑する少年に対し、研究員は淡々とした調子で語る。

 

 

『お前はブルー・1(ワン)、突然変異種【ミュウ】のニュータイプだ』

 

 

 その光景は、どこかで思い描いたことがあった。

 

 

(これは……『Toward the Terra』?)

 

 

 以前、クーゴが読んだことのあるSF小説に、同じ場面が出てきたことを思い出す。『Toward the Terra』を読んだとき、どうしてか、「これはただの創作ではない」と感じたことを覚えている。

 もしかしたら、それは、クーゴのミュウ因子や荒ぶる青(タイプ・ブルー)の系譜が訴えかけてきたものだったのかもしれない。異種族の末裔としての本能が、先祖の記憶に反応したのだろう。

 

 『Toward the Terra』を読破する中で思い浮かべた情景――或いは、どこかの宇宙で実際に起きた出来事の光景が流れていく。

 

 物々しい機械とヘッドギアを装着された少年少女が絶叫し、悶絶し、断末魔の悲鳴と共に動かなくなる。数多の死体が無造作に袋に放り込まれていった。研究者たちは彼や彼女らのことを害獣か何かのようにぞんざいに扱う。殲滅という言葉が軽々しく連呼され、命が容赦なく摘み取られていった。

 研究員たちには良心の呵責や躊躇いという感情はない。人が人の命を奪っているというのに、彼らにはその意識が殆ど無いのだ。その様は、ガンダムが現れた後のユニオン軍内で見られた“異様な光景”と雰囲気が似ている。いつぞや感じた不穏な気配と悪寒が蘇って来たような心地になった。

 目を背けたくなるほどに惨たらしい人体実験。多分、クーゴたちが《視ている》光景は氷山の一角程度でしかないのだろう。これが過去に起こった出来事というなら、これは日常的に繰り広げられていた一幕に過ぎない。そして、『Toward the Terra』の展開がこの光景を元にしたものだとしたら――

 

 

『早く乗り込むんだ! 船に!』

 

 

 燃え盛る街並みから飛び立った宇宙船。当てもなく彷徨い続けた彼ら――ミュウは、長い旅を経て、惑星アルテメシアの育英都市アタラクシアに潜伏する。

 ミュウの初代指導者であるソルジャー・ブルーが後継者を見出した/ある少年が成人検査を受けたとき、長い戦いと旅路の幕が上がったのだ。

 

 少年の名は、ジョミー・マーキス・シン。14歳の誕生日――所謂成人検査を控えた、13歳の健全な子どもだった。

 

 ジョミーはブルー以来の荒ぶる青(タイプ・ブルー)として覚醒したが、最初はミュウを拒絶した。自分がミュウであることを認めず、アタラクシアの自宅へ帰ろうとした。しかし、その行動が原因で、S.D.体制下の軍部から命を狙われることとなってしまう。

 そこをブルーに再び救助されるも、彼を助けるために力を行使しすぎて倒れてしまったブルーを逆に救助したことで、ミュウの指導者となることを選んだ。紆余曲折の末に軍部から目を付けられてしまったミュウの母艦・シャングリラはアルテメシアを脱出し、以後は流浪の旅をすることになる。

 人類との和解を目指してメッセージを送った彼に対して、人類はそれを精神波攻撃とみなして容赦ない攻撃を繰り返した。長い長い逃亡生活の果てに、ひょんなことからシャングリラはとある惑星に辿り着く。ジルベスター星系第7惑星と呼ばれる惑星(そこ)は、嘗て人類が植民惑星にしようとして失敗し、遺棄された場所であった。

 

 

『そうだ、聞いてくださいヒルマン教授!』

 

『どうしたんだね?』

 

『“青い星(テラ)に行く”ことだけが“僕たちの未来を繋ぐこと”だと思ってたけど……』

 

 

 喜びを爆発させながら廊下を駆けていたジョミーは、すれ違ったヒルマンへ向き直り、彼の方に駆け寄った。

 深緑の瞳は希望で輝いている。若き指導者の眼差しを真正面から受け止めたヒルマンは目を丸くしていた。

 そんな年上の同胞に対し、ジョミーは喜色満面の笑みを浮かべて告げる。

 

 

『自分たちの手で子どもを作り、未来を繋ぐことが――僕たちには出来るんじゃないでしょうか!?』

 

 

 ジョミー・マーキス・シンの考えは、S.D.体制下では()()()()()()()()であった。

 

 S.D.体制がぶち上げられて以降、子どもたちは“不特定多数の精子と卵子を受精させ、人工子宮で育成を管理する”という方法で生まれてきた。制度をぶち上げた学者たちは、自然妊娠からの分娩出産を『悪しきもの』と定義し、排除したのである。

 ミュウたちはS.D.体制下における鼻つまみ者扱いではあったが、元々はS.D.体制下での教育を受けた者たちばかり。故に、ミュウの価値観の大半が、S.D.体制下で生きる人類とほぼ同等――自然妊娠からの分娩出産を『悪しきもの』と定義していた。

 

 けれど、その考え方は、ジョミーと同世代のミュウたちによって変革を迎えつつある。それは、人類が打ち棄てた植民惑星を発見したこともきっかけの1つだったろう。

 人類から激しい攻撃を受け、当てもない逃避行で疲れ切っていた新人類たちにとって、人類に打ち棄てられた植民惑星は“安息の地”に見えたのかもしれない。

 

 

『僕らに今必要なのは何だ? みんなも本当は分かっているはずだ』

 

 

 困惑するクルーたちを――或いは、眼前に広がる赤い星を見つめながら、若き指導者は語る。

 生まれながらにして進化の袋小路にいたミュウが、未来を掴むために必要なことを。

 

 

『それは“安息の大地”』

 

『たとえそこが青い星(テラ)でなくとも、僕らを迎え入れ、育んでくれる惑星(ほし)があれば……!』

 

『嘗ての人々がそうしたように、未来を信じ、自然と共に生きよう!』

 

 

 彼の言葉を聞いた多くのミュウたちは、この惑星に根を下ろすことを選択した。長老の1人は頑なに首を振るも、同期の教授に諫められ、最終的には沈黙する。反対意見は見当たらない。

 

 同意を得たジョミーは表情を明るくし、赤い星へと向き直る。

 ミュウの新たなる門出と未来を言祝ぐかのように。

 

 

『――そうだ! 名前を付けよう。人類のではない……僕らミュウだけの、新しい名前を!』

 

 

『――ええ。今宵、このときより、我らが大地として名を授けましょう』

 

『赤き乙女、汝の名は――ナスカ』

 

 

 ミュウの女神として、青い星(テラ)光景(ヴィジョン)を宿す盲目の占い師・フィシスは、かの星に新たな名前を与えた。

 ミュウたちはナスカに降り立ち、命と営みを育んでいく。畑を作り、花や作物を育てて収穫し、想いを寄せる者同士が愛し合う。

 

 移り変わる光景の速度が緩んだ。

 

 固く閉ざされた部屋の向うから、女性の叫び声が木霊する。廊下に並んだ男は、完全に無力であった。

 特に椅子に座っている男性――茶髪で額にバンダナを巻いた青年は、手を組み、願をかけるようにして叫んでいた。

 

 

『嗚呼! 神様、仏様、コーラサワーッ!!』

 

『おい、ちょっと待て。コーラサワーって何だ?』

 

『クレアが言ってた。ご利益あるって』

 

 

 この会話を耳にして、クーゴは思わず噴き出した。コーラサワーは、AEUのエースパイロットであり、国連軍の友僚だ。以前からちょくちょく顔を合わせており、彼の2つ名である“不死身”というのは、クーゴが名付け親である。

 パトリック・コーラサワーの幸運は、確かに後利益ありそうだ。ガンダムと戦い、何度も撃墜されながらも無事に帰還する男。『大丈夫、必ずここに帰る』というフレーズは、彼のためにあるようなものであった。

 

 

(……でも、どうしてこの人たちが知ってるんだろう?)

 

 

 クーゴがささやかな疑問を抱いた刹那、扉の向こうから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。男性たちが、弾かれたように、扉を開けてなだれ込む。

 

 病室の中で、青を帯びた黒髪の女性が、汗だくになりながらもやり遂げたような笑みを浮かべていた。彼女の腕の中には、夜の闇を思わせるような黒髪の女児が元気に動いていた。

 夫がよたよたと近付いてきた様子を見た女性は、満面の笑みを浮かべた。女性を労うようにして、老若男女のミュウたちが、彼女の周囲に集まって来る。

 誰もが、新たな命の誕生に心躍らせていた。S.D.体制では人工授精が一般的であり、自然分娩が廃れていた時代だ。喜ばしいのは当然だろう。

 

 

『お前ら、その子の名前はどうするんだ?』

 

 

 襟元にクラバットを巻いた男性が、夫婦に問いかけた。

 2人は幸せそうに微笑み、おくるみに包まれた娘へ告げる。

 

 

『ベルフトゥーロ・ティアエラ』

 

『ベルフトゥーロ・ティアエラ・シェイド……』

 

 

 フィシスは何かを確認するかのように、女児の名前を鸚鵡返しした。そして、ふっと笑みを浮かべる。金の長髪がさらりと揺れた。

 

 

『“未来の鐘を鳴らす者”……。きっとこの子は、誰も考えられないような偉業を成すでしょう』

 

『はじめまして、ベルフトゥーロ。僕はトォニィ。名前が長いから、キミのことはベルって呼ぶよ』

 

 

 フィシスから託宣を得た少女は、自分より数か月早く生まれていた男児と楽しそうに笑いあっている。

 黒髪に、青い瞳。ベルフトゥーロと呼ばれた女児は、誰かに似ていた。その面影を、クーゴはどこかで見たことがある。

 刹那、女児の姿は幼子へと成長していた。髪をお団子に結んだ少女は、年齢以上の好奇心と行動力を持っていて、縦横無尽に駆け回っていた。

 

 彼女よりも先に生まれた男児や、2人の後に生まれた8人の子どもたちが加わる。それと並行して営まれる、ナスカでの穏やかな日常。それが永遠に続くものなのだと、誰もが信じて疑わなかった。

 しかし、その平和は唐突に終わりを告げた。人類が差し向けたのは、星そのものを破壊する兵器――メギドシステム。安息の地となるはずだった赤い星(ナスカ)は、瞬く間に戦禍に飲み込まれた。

 

 

『どうして!? どうして私の大切な人はみんな、私を置いて逝ってしまうの!?』

 

 

『ユウイ、トォニィ! 私を1人にしないで!!』

 

 

 ベルフトゥーロの友人である男児――トォニィの母親が、悲鳴を上げて泣き叫んでいた。

 彼女は己の能力を暴走させた果てに、愛する人の幻を見ながら死んでいった。その死に顔は、まるで眠っているかの様子だった。

 

 

『言った、だろう? エターナ。……俺は、キミを、1人にしない、と……』

 

『……ありがとう、マーク』

 

 

 瓦礫に潰れた伴侶の手を取って、友人の両親は息絶えた。唯一の救いは、最期の最期に伸ばした手が届いたことだろう。

 

 

『やだよ、こんなの嫌だ……! ずっと一緒だって言ったじゃない! 約束破らないでよ、ラナロウ!!』

 

『……ったく。本当にお前は、しょうがねぇな……クレア』

 

 

 血まみれになって息絶えた男性の傍を、女性は最期まで離れなかった。この2人は、ベルフトゥーロの両親だった。

 この2人は最期まで、滅びゆく星と共に命を散らした。娘の故郷で、意識不明となった娘の目覚めを待ち続ける――その願いに殉じたのだ。

 

 犠牲は終わらない。惑星を破壊し、ミュウを殺す兵器を止めるために、命を賭けた者がいた。

 

 

『……ジョミー、みんなを頼む』

 

 

 ミュウが迎えた危機と共に目覚めたソルジャー・ブルーは、己の命と引き換えに、ミュウの命を救ったのである。

 惑星破壊兵器メギドは彼によって破壊され、彼の尽力によってミュウの母艦は宇宙域を脱出することができた。

 2代目の指導者(ソルジャー)となったジョミーは、優しさだけでは生きていけないことを痛感する。

 

 

『我々は、決して人間たちを憎むものではない』

 

『ナスカに降りて、別種の生き物として生きようともした。だが、人間はそれを赦さない。……いや、彼らの『システム』がそれを赦さないのだ』

 

『我々の目標は、青い星(テラ)に行き着くことだけではない。テラのシステムを1つ1つ破壊し、人間たちに生き方を問う』

 

 

 数多の犠牲を目の当たりにし、その悲劇の引き金が己であると痛感したが故に。

 死した同胞たちに報いる方法はこれしかないと考えたが故に。

 

 

『そこで、我々を生み出し、S.D.体制を支える教育の要、育英惑星アルテメシアを制圧する』

 

『これは相談ではない。命令だ!』

 

『戻ろう。アルテメシアへ! ――そして、青い星(テラ)へ』

 

 

 そうして――彼は、強硬手段に出た。

 

 宇宙(そら)に、爆炎の花が咲く。戦艦が、戦闘機が、次々と撃墜されていった。青い光が宇宙(そら)を飛び回る。その光の中央にいたのは、赤き星で生まれ育った10人の青年たちだった。

 彼らは強制的に、自分の体を成長させた。それも、全ては2代目指導者(ソルジャー)の力となるため。青い星(テラ)へ『還る』という悲願を叶えるためだった。その中に、黒い髪をお団子に結んだ女性――ベルフトゥーロの姿があった。

 彼女の隣にいたのは銀髪の女性。2人の後に続くようにして飛び回っていたのは、鳶色の髪の青年だ。白髪が混じってもう少し老ければ、エルガンとよく似ている――いや、あの青年がエルガンなのだ。クーゴは直感した。

 

 彼らの活躍で、ジョミーはアルテメシアへと帰ってきた。そこで、彼は自分を殺そうとした張本人、テラズ・ナンバー5と直接対決を行う。ジョミーがミュウとして目覚めた因縁の場所で。

 

 

〔無駄です、ジョミー・マーキス・シン。この聖域は、何人たりとも近づくことはできません〕

 

 

 姿を現したのは、テラズ・ナンバー5。

 たらこを模したようなフォルムに、能面のような顔がついている。

 無機質で不気味な赤い瞳が、こちらを静かに見据えていた。

 

 

(こいつ、モラリア戦役で見たぞ!?)

 

 

 クーゴは息を飲んだ。

 

 テラズ・ナンバー5は、モラリア戦役でイデアを追いつめた存在と酷似している。いや、瓜二つと言っても過言ではない。

 何故、S.D体制――西暦3000年代相当の技術が、西暦2300年代に存在しているのだろうか。

 

 

(――()()()()())

 

 

 脳裏に浮かんだのは、いつかの光景。

 クーゴがまだ、子どもだった頃の誕生日。

 

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――?)

 

『ミュウは秩序を乱す。お前たちは存在してはならない』

 

 

 クーゴの思考を断ち切るかのようなタイミングで、奴は告げる。奴らによって管理されたS.D.体制によって、沢山の命が奪われたのだ。ナスカで起きた悲劇を――同胞たちの犠牲を目の当たりにしてきたジョミーが、おめおめ引き下がるはずがない。

 青い光がバリアを打ち破った。サイオン波が、テラズ・ナンバー5の本体を撃ち抜く! 馬鹿な、と、最期の悲鳴を残してテラズ・ナンバー5の映像が掻き消え、本体のコンピュータが派手な爆発を引き起こした。光が晴れ、瓦礫が散乱する。

 岩場が丸々なくなったためだろう。ジョミーの足元は、透き通った水で満たされていた。歩みを進めれば、ばしゃばしゃとと水の音が響く。彼は何かを懐かしむように目を伏せて、懐から何かを取り出した。幾何の沈黙の後、彼はそれを放り投げる。とぽん、と、水の音が響いた。

 

 

『行こう』

 

 

 世界は移り変わる。黄昏の空と、さびれた遊園地。

 

 新緑の瞳が見据えるのは、ブルーが帰りたいと願った青い惑星(わくせい)

 すべての命が生まれ落ちた楽園――青い星(テラ)

 

 

『道は、開かれた』

 

 

 世界が移り変わる。宇宙(そら)に、沢山の花が咲いた。赤く燃える、爆炎の花だ。いくつもの命が、炎に飲まれて散っていった。

 楽園の名を冠した母艦の中庭に、多くの犠牲者が並んでいる。その中には、ベルフトゥーロたちと同じ赤の制服を身に纏った者たちがいた。

 多くの犠牲を払って、ミュウたちは青い星(テラ)にたどり着く。青い星だと思われていたそこは、赤く濁った死の星だった。

 

 その事実に絶望するのは当たり前のことだった。多くの仲間たちが涙をこぼし、咽び泣いた。それでも、彼らは事実に向き合い、生存権を手にするために人類側の面々と対話を行う。

 グランドマザーの元へ向かうことになったのは、ミュウの指導者(ソルジャー)・ジョミーと人類の代表者・キース。2人は地下深くへ向かい、グランドマザーと対峙する。

 

 

『彼を離せ! 貴女は時代遅れのシステムだ、もういい!』

 

『すべてのミュウよ、僕に力を!』

 

 

 キースは人類の未来を示し、それを受けたジョミーがグランドマザーを撃破した。だが、グランドマザーは2人に致命傷を追わせた後、青い星(テラ)に向けて、全メギドシステムのエネルギーを照射しようとしたのである。

 

 軌道衛星上に展開していたメギドの数は6機。それらは人類の手を離れ、勝手に照準を青い星(テラ)へ向けた。ミュウ抹殺が承認され、自分たちが生み出した人類の指導者が“ミュウによる先進汚染を受けた”と断じて処分してしまったが故に、グランドマザーの暴走は止まらない。

 だが、機械に反旗を翻したのはキースだけではなかった。会談前に録画していたキースのメッセージが全宇宙に流れ、それを見ていた人々が立ち上がったのだ。彼らはテラズ・ナンバーやマザーの根城に乗り込み、それらに関する機器を破壊して回ったのである。

 本来であれば、宇宙中に展開したマザーネットワークを破壊することは不可能だった。だが、一定条件――有識者曰く『スケールフリーネットワークなら、ハブの20%が破壊されると80%が機能低下を引き起こす』――を満たせば、奴らを行動不能(ちんもく)させることが可能らしい。

 

 

『トォニィ、ベル、イニー……お前たちは強い子だ。僕の自慢の……人類を、ミュウを……ヒトを、頼む……!』

 

『――次は、お前が人類と手を取り合い、新しい時代を作れ』

 

 

 尊敬する指導者を追いかけてきた若者たちに、未来は託された。青年たちは戦場に躍り出て、種族の垣根を超えたヒトの戦いが始まる。

 光の消えた地下深くに、人類とミュウの指導者たちは横たわっていた。彼らはここで散ることを選んだのだ。

 もうすぐ死を迎えるというのに、ジョミーとキースの表情は晴れやかだった。己の歩んできた道を誇るように、微笑んでいた。

 

 

『……箱の最後には、希望が残ったんだ』

 

 

 最初に力尽きたのは、ミュウの指導者だった。人類の指導者は友の死を見送り、寂しそうに天井を見上げる。

 

 

『…………最期まで、私は独りか』

 

 

 言葉を紡ごうとするキースを制するかのように、天井から巨大な岩が落下してきた。

 キースはそれに抗うことなく、目を閉じる。轟音が何もかもを飲み込んでいく。

 

 それを最後に、世界は闇に飲まれた。

 

 

 

*

 

 

 

 ぐるん、と、体が一回転したような感覚に見舞われた。変な浮遊感と振動が続いた後、浮遊感を残して不快な振動はなくなる。

 それを確認した後、クーゴは恐る恐る目を開けた。自分の周囲に漂っているのは、『悪の組織』総帥によって集められた面々である。

 

 先程、最後に見た暗闇とは打って変わり、天を覆うのは惑星(ほしぼし)だった。遠くに見える青い星は、クーゴたちにとって親しみのあるものだ。

 

 

「地球……?」

 

 

 そう零したのは、誰だったのだろう。声の主を探そうと面々の顔を伺えば、イデアとノブレスが静かに目を逸らした。その横顔を一言で表すとするなら、苦笑いが妥当だろう。

 まるで、バカップルの馴れ初めを延々と聞かされる相手や、そうなるであろう自分の運命を憐れんでいるかのようだ。例えが酷いかもしれないが、そんな気がしてならない。

 次の瞬間、眼下に白い船が見えた。あれは、ミュウの祖先たちが暮らしていた母艦――シャングリラだ。いつか見た白い鯨よりも小さいが、外観はほぼ一緒である。

 

 人革連がガンダムを鹵獲しようとしたときに現れた白鯨――悪の組織の拠点であるザナドゥは、おそらくシャングリラの後継艦なのだろう。西暦3000年相当に発達したテクノロジーの結晶だ。西暦2300年代の技術力が及ぶはずがない。

 資材や食べ物、鉄鋼や特殊金属すら人工で生み出せる世界だ。各惑星で資源の取り合いを行う必要がない。なんと便利な世の中だろうか。ただ、命の重さに関しては最悪の極みだと言えそうな部分はあったが。

 

 気づいたら、見覚えのある芝生の上に立っていた。

 

 ここは、自分たちが集められた中庭とよく似ている。しかし、今、自分たちがいる場所は、自分たちが集められた中庭とは違い、目につくようなオブジェクトや人が座れそうなベンチは見当たらない。心なしか、狭いような印象を受けた。

 赤い制服を身に纏った若者たちが青い星を見上げている。後ろ向きのため表情は伺えないが、彼らが酷く驚いている様子が《伝わって》きた。何に対して驚いているかを探ろうとした瞬間、世界が暗転した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

地球(テラ)を離れるの?」

 

「そうだ。もう僕らに出来ることは何もない」

 

「どこへ?」

 

 

 ルリが訊ねる。目指すべき場所へと辿り着いたが故に、これからの行き先は何も分からない。それはきっと、指示を出すトォニィだって同じだろう。

 けれど、終着点は既に決まっている。『そこへみんなを導け』と、先代の指導者(ソルジャー)――ジョミーから託されたのだから。

 

 

「僕たちの――ヒトの未来へ」

 

 

 

 

 

 

 どこに向かうのかと問われた。未来へ向かうのだと答えた。

 

 赤い空、崩れていく機械仕掛けの巨大樹。命が散っていく姿を、ベルフトゥーロ・ティアエラ・シェイドは今でも覚えている。

 同時に、どれ程の年月が過ぎ去っても、忘れることはないだろう。嘗ての長老たちがメギドの戦禍を忘れていなかったように。

 

 

(あれから、長い時間が過ぎたなぁ)

 

 

 何をするわけでなく椅子に腰かけていたベルフトゥーロは、ぼんやりと天井を見上げた。ニンゲン同士が手を取り合い、未来を生きることを選択してから、3世紀の時間が流れた。人類は数多の代替わりを経たし、ミュウには新たな世代が増えてきている。

 忌まわしきグランドマザーが停止した後の青い星(テラ)は、おおよそ、生き物が住めるような状況ではなかった。星を再生するための環境制御が機能しなくなったため、青い星(テラ)の再生力に頼るしかない。

 グランドマザーは人類の管理だけでなく、惑星の環境も管理していたのだ。青い星(テラ)再生を速めるため、惑星の環境を制御していた。それがなくなってしまったため、青い星(テラ)の環境をいじることができなくなった。

 

 人類とミュウは“青い星(テラ)が再び命が降り立てる場所になるまで、別な惑星で暮らす/流浪する”こととなった。グランドマザーとの最終決戦の後、人類とミュウは共に生きるための体制を整えてきたのだ。300年の間に、シャングリラから植民地惑星に降り立って人類と共に生きることを選択したミュウや、シャングリラと共に宇宙を流浪することを選んだ人類もいる。

 青い星(テラ)は相変わらず死の星のままであった。惑星の環境を変えるなんて、ちょっとやそっとの時間ではどうしようもない。千年、万年、億年……遠い時間がかかる。それこそ、ミュウの長命をもってしても、青い星(テラ)再生を見届けるなんてことは不可能だ。世代をまたぐ勢いで、気長に見守るしかないのであった。

 

 

「あーあ。今日も今日とて、暇だなー」

 

 

 ベルフトゥーロは大きくあくびをし、頬杖をついた。机の上には、彼女が描いた図面が散乱している。

 

 どの図面に描かれた機体も、デザインやフォルムはバラバラだ。ただ、共通点があるとしたら、変形した際の形態または佇まいが人型であるということだろう。

 最近《視る》ようになった光景で目にする機体を、記憶している限り描きだしたものだ。人型ロボに浪漫がないかと問われれば、浪漫の塊しかないと答える。

 

 しかし、残念ながら、S.D.体制の方針、及び西暦3000年相当の技術では『人型ロボットは効率性が悪い』という判断によって開発は放置されてきた。『無駄なことはしない』というのがグランドマザーの基本方針である。その犠牲になった研究は山ほどあった。

 その風潮はミュウと人類の思考回路にも言える。実際、新型戦闘機の開発で、ベルフトゥーロが人型ロボを提案したら「効率性が悪い」だの「開発が難しい」という理由で、最終的には却下されてしまった。近頃の奴らには浪漫が足りない。

 描いた図面をファイルにとじて、再び図面を引き始める。以前《視た》ロボットを思い出しながら、ベルフトゥーロは手を進めた。今回は色のことも覚えていたので、図面に色を付けていく。白と青を基調にした機体。額に刻まれていたアルファベットは――G-U-N-D-A-M。

 

 

「繋げて、ガンダム……。唯一機体名が分かるのは、これだけね」

 

 

 似たような機体をいくらか描き続けた後、それらの共通点であるアルファベットを眺める。ガンダムという機体名は聞き覚えもないし、見覚えもない。S.D.体制の技術では、到底たどり着けない境地のものだ。そもそも、人型ロボを作るという発想がないのだからしょうがない。ベルフトゥーロは苦笑する。

 ベルフトゥーロは、そのまま机に突っ伏した。何をするわけでもなく、ただぼんやりと思いを馳せる。誰も手を出そうとしない、人型ロボの開発。賛同者がいないわけではなかったけれど、ベルフトゥーロ派の発言を組んでくれる者はごく少数派である。

 

 

(……一緒に浪漫を追いかけてくれるような、そんな相手はいないものか)

 

 

 深くため息をついて、目を閉じた。心地よい微睡みに、ベルフトゥーロは身を任せる。

 闇の中には誰もいない。一瞬の浮遊感。意識がゆっくりと沈んで――

 

 

「――……え?」

 

 

 微睡みの闇の底にあったのは、どこにでもあるような2階建ての家だった。1階の部屋は光がなく、2階の一室が妙に明るい。引き寄せられるように、ベルフトゥーロは明るい部屋へと近づいた。サイオン波で浮かんでいるときと同じような感覚で、だ。

 部屋の中にはたくさんの機材や本で埋め尽くされている。どれもこれも、その道の専門家が読む本だ。特に多かったのは、機械関連やロボット工学のものだった。それらに埋もれるようにして、小さな人影が動く。そこにいたのは、まだ14にも満たない少年だった。

 彼は一心不乱にキーボードを叩いていた。PC画面に映し出されているのはプログラムの羅列である。ベルフトゥーロは、自然とその画面に目線を向けた。少年がマウスをクリックすると、画面に画像が表示された。人型ロボットの図面である。

 

 それを見て、ベルフトゥーロは息を飲んだ。先程自分が描いていた図面とほぼ同じデザインの機体である。

 

 この少年こそ、ベルフトゥーロと同じ浪漫を追いかける者だ。本能的に、ベルフトゥーロは悟る。次の瞬間、少年がベルフトゥーロの方を向いた。

 黒髪に黒目。端正な顔から滲み出るのは、彼が持つ才能と、世界に対する絶望だ。すべてを諦めてしまったかのような、達観した境地。

 

 

(…………)

 

 

 ほんの一瞬、心臓がざわめいた。何もおかしいものなど見ていないというのに、心拍数が異常に早くなった気がする。何が起こっているのか、ベルフトゥーロには分からない。

 

 少年の瞳が大きく見開かれる。ひゅっ、と、息が漏れる音がした。色白の肌が淡く染まる。少年は惚けたようにこちらを見ていた。

 彼の瞳には、ベルフトゥーロの姿が映し出されている。……まさか、彼は、ベルフトゥーロを認識しているというのだろうか?

 

 それの真偽を問う間もなく、世界が反転する。がくん、と、体全体に衝撃が走った。

 

 

「痛ァ! っ、何!?」

 

 

 起き上がると、そこは自室だった。机の上に置きっぱなしにしていた図面やファイルが散乱している。どうやら、先程の衝撃は、シャングリラが揺れたことが原因だったらしい。

 各所からざわめきの声が聞こえる。シャングリラに何かが起きた、と言うことだろうか。トォニィたちが慌てふためく思念を追いかけて、ベルフトゥーロは即座に転移した。

 中庭には、多くのクルーが集まっていた。誰も彼も、遠くの宇宙(そら)に釘付けである。ベルフトゥーロも、彼らの眼差しを追いかける。そこにあったものに、目を疑った。

 

 青い星。すべての命を生み出し、育んだ故郷そのもの。

 けれど、それは、違うものだ。自分たちの知る青い星とは、別のもの。

 

 一体全体、何が起きたのだろう。愕然としていたベルフトゥーロの脳裏に浮かんだのは、先程邂逅した少年の姿だった。

 

 ここにいる。彼は、この青い星にいる。

 確証なんて何もないけど、絶対的な確信があった。

 

 

「……うん。行かなきゃ」

 

「は? って、おい――」

 

 

 ふらり、と、ベルフトゥーロは足を踏み出した。視界の端で、エルガンが怪訝そうな眼差しを向けてきていたのが見えたが、それも一瞬のことだった。間髪入れず、ベルフトゥーロは転移した。

 降り立った場所は、先程の夢で見た景色と同じ場所。どこにでもあるような2階建ての家だった。1階の部屋は光がなく、2階の一室が妙に明るい。引き寄せられるように、ベルフトゥーロは明るい部屋へと近づいた。

 次の瞬間、がらりと窓が開く。室内にいた人物が、大きく身を乗り出すようにしてベルフトゥーロの方を向いた。黒髪に黒目、端正な顔立ち。先程、微睡みの底で見かけた少年、その人である。

 

 少年の瞳が大きく見開かれる。ひゅっ、と、息が漏れる音がした。色白の肌が淡く染まる。少年は惚けたようにこちらを見ていた。

 ベルフトゥーロの心臓がざわめいた。心拍数が早くなった気がする。こちらも、惚けて少年を見つめていた。

 

 ベルフトゥーロと同じ浪漫を抱く者。志が同じ、同志となる相手。けれどそれ以上のものを、ベルフトゥーロは感じていた。

 

 

良い男(うんめいのあいて)を見つけた」

 

「え?」

 

 

 込み上げてくる衝動のまま、ベルフトゥーロは少年の手を取る。

 その勢いに身を任せ、ベルフトゥーロは、少年に思いの丈をぶつけた。

 

 

「少年、私はキミが好きだ! キミが欲しい!! ――私にキミの子どもを孕ませてくれ!!!」

 

「待たんかいぃぃぃぃッ!!」

 

 

 カッコよく決めたベルフトゥーロの脳天に、エルガンのサイオン波が叩きこまれた。

 

 

 

*

 

 

 

「……宇宙(そら)からの来訪者、か」

 

 

 嘗ての少年――現在では立派な青年となった男性は、静かに窓越しの空を見上げた。彼に続いて、ベルフトゥーロも同じ景色を見上げる。

 

 

「どうかしたの?」

 

「いや、昔のことを思い出していたんだ。キミと初めて出会ったときのことだ」

 

 

 青年は懐かしそうに目を細め、くつくつと笑いをこぼした。ベルフトゥーロも、当時のことを思い出して口元をほころばせる。己の衝動を告白にした結果が、「私にキミの子どもを孕ませてくれ」だった。

 現在、自分たちは、所謂婚約者同士となっている。式を挙げる日取りも決まっており、その日を楽しみに過ごしている真っ最中だ。将来的には、彼の子どもを孕み、慈しみ、育てる日も近いだろう。無論、同じ浪漫を追いかけることも忘れていない。

 

 この地球に残ることを選んだミュウは、ベルフトゥーロを指導者(ソルジャー)とした団体を作って生活していた。最も、その大半が、青年の掲げる理想実現のために協力する技術者となっている。面々はこの星の社会に順応しつつ、彼がぶち上げた計画を進めている真っ最中であった。

 人間社会に溶け込んでいる代表格は、エルガン・ローディックやイニス・メファシエル・ギルダーらが筆頭である。彼らは青年や、青年の仲間たちと同じ“天才科学者”という隠れ蓑を使って活動していた。実際に、同胞たちの中では策謀とメカニックを担当していただけある。

 

 

「この世界には、キミたちと同じ、外宇宙を旅する流浪の民がいる」

 

「そうね。私たちの場合は外見が人間と同じだったから、力を発現させなければ社会に受け入れてもらえるわ」

 

「……しかし、すべての来訪者が、ヒトと同じ外見であるとは限らないだろう」

 

 

 青年は、憂うようにしてため息をついた。

 

 

「ヒトは、自分と違うものを排除しようとするからな。もし、私の想像するような来訪者が地球へやって来たとしたら、このままの人類だと、対話することは不可能だ」

 

 

 「殺し合いでも始めそうだよ」と青年はため息をつく。ベッドサイドに置いてあった端末をいじれば、ニュース番組が映し出された。

 どこかの国で行われている民族紛争。多くのMSが、戦車やMSに攻撃を仕掛けている。傷ついた人間の姿が画面をよぎった。

 この惑星でも、人類同士の争いが続いている。同じ種族でもダメなのだ。外見や特徴が人とかけ離れていたら、容赦なく迫害する。

 

 ベルフトゥーロは、青年にすり寄った。青年も、ベルフトゥーロを抱き寄せる。

 

 

「……だが、希望はある。外宇宙の人類が、キミたちのような力に目覚めたんだ。他者に想いを伝え、わかり合うために必要な力を、キミたちは持っている」

 

「確かにミュウは、私たちの人類が進化した姿よ。……もしかして、この地球の人類も、私たちと同じような存在として進化することができるってこと?」

 

「ああ。可能性はゼロではない。“人類がミュウを受け入れたことによって、その者がミュウに目覚めた”というケースがあるとキミが言っていたんじゃないか」

 

「確かに、S.D.体制の研究で、“人類すべてがミュウを受け入れると、最終的にはすべての人類がミュウに進化する”だろうとは言われたわ」

 

「それこそが、人類が生き残るために必要な革新(シンカ)なのだと私は思う」

 

 

 青年は静かにベルフトゥーロへ手を伸ばす。大きく、けれども繊細な掌が、ベルフトゥーロの頬に触れた。

 優しい手つきに、ベルフトゥーロは目を細めた。愛おしさに任せて、青年の方に寄り添う。

 

 

「だから、革新者(イノベイター)なのね」

 

「そう。それこそが、人類の未来の姿だ」

 

 

 2人は顔を見合わせ、微笑み合った。そして、何やら重大な決断を下したように、厳かに頷く。

 

 

「よし。じゃあ、今日も愛を育むことにしようか」

 

「オーライ! 再出撃だ!!」

 

 

 女性の元気な返事により、夜戦開始の狼煙が上がった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 世界が白く染まる。光が晴れたそこにいたのは、テーブルに頬杖をついてこちらを見つめる女性――ベルフトゥーロ・ティアエラ・シュヘンベルグの姿だった。彼女の後ろに控えるような形で、エルガン・ローディックが佇んでいる。

 あの光景は、ベルフトゥーロの過去だ。彼女が歩んできた人生だ。クーゴはそう直感した。他の面々が息を飲む音が聞こえる。その中でも、イデアとノブレスは殆ど動じていない様子だった。まるで、以前からその話を知っていたかのように。

 

 

「……だから、世界を統一させるために、ソレスタルビーイングが生まれたって訳か」

 

 

 茶髪の色男が、渋い表情を浮かべてため息をついた。

 

 

「イオリアのメッセージの裏側に、こんなものがあったなんて驚きだぜ。……しかも、その妻が当時の姿のまま、300年間も生きてたなんてな」

 

「ははは。どこぞの“金色が大好きな成金野郎”にも言われたよ」

 

 

 ベルフトゥーロはけらけらと笑う。その言葉を引き継ぐように、イデアが補足を入れた。

 

 

「“同胞”たちの大半が、若い見た目でいますからね。実年齢を聞いたらびっくりしますよ」

 

「……ちなみに、貴女や社長の御歳は?」

 

「私は250年以上300年未満ですね。グラン・マは確か、500歳を超えてたかな……」

 

「…………」

 

 

 ――嘘だ、こんなこと!!

 

 クーゴは大声で叫びたい衝動に駆られたが、寸でのところで押し留まった。

 茶髪の色男も、エイフマンも、少年も、ネーナたちも、あんぐりと口を開けている。

 

 

「老衰の速度にも個人差があるし、場合によっては強制的に体を成長させてる人もいるわ。エルガンなんて、こんな見た目だけど、私より年下よ?」

 

 

 ベルフトゥーロの言葉を肯定するかのように、エルガンが小さく頷く。誰かが息を飲む声が聞こえた気がした。クーゴも、ベルフトゥーロとエルガンを見比べてしまう。

 どこからどう見ても、ベルフトゥーロの方が若い。外見年齢で言うとするなら、20代のバリバリの女性である。車椅子に乗っていなければ、もっと活動的な女性だと思うだろう。

 エルガンは、どこからどう見ても40代後半から50代前半、初老の紳士にしか見えなかった。生来の貫録も相まって、渋く落ち着いているように思える。彼女より年下とは思えない。

 

 「あ、そっか。教官とおじーちゃんのことか」と、ネーナが合点が言ったように手を叩く。その隣で、ノブレスとエイフマンが肩をすくめた。

 その言葉が本当だとすると、ノブレスの方がエイフマンよりも年上だということになる。最早、なんでもありだとでもいうのだろうか。

 

 不意に、肩を叩かれた。見上げれば、茶髪の色男が、クーゴの頭を乱暴に撫でる。

 

 

「そうだよな。びっくりするよな。俺も同じ気持ちだから、よくわかるよ」

 

 

 彼は気を使ってくれているらしい。まるで、弟をあやすかのような手つきだ。そろそろ三十路のクーゴであるが、頭を撫でられるとは予想外であった。

 掌から伝わってくるのは、年下へのスキンシップ。――その感情を読み取ってしまったクーゴは、反射的に色男を見上げた。勘違いが起きているという、確証的な予感を得たためだ。

 

 

「……非常に失礼なんだけどさ」

 

「どうした?」

 

「キミ、何歳?」

 

「25」

 

 

 やっぱりそうだ。彼は、多大な勘違いをしている。

 

 ユニオン軍ではよくあることであり、クーゴ自身も、このことで何度も大変な目に合った。勝手にクーゴを年下認定した面々から兄貴風を吹かされたため、誤解を解こうとして年齢を告げれば『存在自体が詐欺だ』と喚かれたことは1度や2度ではない。

 車を運転すれば呼び止められ、夜の街を歩けば警察に連れていかれ、酒を購入しようとしたら店員に呼び止められた挙句店のバックヤードへ拉致されて説教され、免許証を提示すれば偽装だと決めつけられて警察署へ連れていかれた。

 

 クーゴは生温かい目で色男を見返す。年下からそんな反応が帰ってくるとは思わなかった色男は、目を見開いて狼狽した。

 彼は明らかに混乱している。クーゴへの対処の仕方を考えあぐねているようにも見えた。年の甲とはこういうことを言うのだろう。

 一拍。間をおいた後で、クーゴは苦笑した。困惑する色男に、間違いを修正するため口を開く。

 

 

「俺の方が年上だな」

 

「え?」

 

「29だ」

 

 

 長い沈黙。色男は数回瞬きした後、眉間に皺を寄せた。

 見る見るうちに血の気が引いていく。

 

 

「嘘だろ……? 俺より、年上だと……!? どこからどう見てもティーンエイジにしか見えない、この男が……!!?」

 

「あれ? ロックオン、覚えてないの? この人がクーゴさんよ」

 

 

 イデアが妙なニュアンスで色男――ロックオンに補足を入れた。途端に、ロックオンがぐるんと首を動かす。

 そうして、イデアとクーゴを交互に見返した。……正確に言えば、記憶の中にある何かと、クーゴを比較対象しているようだ。

 しばしの沈黙の後、ロックオンは信じられないようなものを見るような眼差しを向けながら、崩れ落ちるようにして椅子に座る。

 

 

「全然雰囲気違う……!!」

 

 

 『外国人は日本人よりもリアクションが大きい』という話は何度か聞いたことがあるが、ロックオンのリアクションも似たようなものだ。尚、驚きよりも恐怖系の色合いが強いように思う。

 ロックオンとクーゴは今回が初対面のはずだが、何故ここまで怯えられなければいけないのだろうか? 訳も分からず首を傾げたが、ロックオンは沈黙を保った。

 

 ――“彼の背後で、イデアが微笑んでいた”のが、やけに目についたけど。

 

 

「さて、これが“ゼロからイチに至るまで”の歩みだ」

 

 

 ベルフトゥーロはうんうん頷いて、クーゴたちを見返した。ミュウの年齢云々の話でうっかり(精神的に)大炎上してしまった余韻は、未だに燻り続けている。

 彼女の音頭によって空気は一変した。この場に居合わせた面々の多くが、反射的に背筋を伸ばしてベルフトゥーロを見つめる。

 そんな自分たちの様子を見ていたノブレスとイデアは顔を見合わせる。丁度そのタイミングで、2人のひそひそとした《聲》が《聴こえてきた》。

 

 

<あれ? そういえば、今回はグラン・マとイオリアのいちゃいちゃシーンが少ないですねぇ>

 

<いつもだと、32時間ぐらいぶっ続けで年齢指定物のシーンが続くのに……>

 

<ピー音まみれになるのが日常でしたから、夜戦開始一歩手前で止まるのは新鮮です。むしろ異常です>

 

<これに関しては、異常が正常なんだよなぁ。間違っているのが私たちだし……>

 

 

 2人はちらりとアイコンタクトをしただけで、口は一切動かしていない。

 

 何も知らない頃の自分だったら、“2人は一切口を動かしていないのに、2人の声が聞こえる”という現象に恐怖を覚えていただろう。しかし、自分がミュウであることを知り、ミュウの能力について知った今なら納得できる。この現象に、恐怖を抱くこともなかった。

 2人の会話内容を伺うに、ベルフトゥーロは結構自重したらしい。この場には齢7歳に満たない子どももいるのだから当然のことである。むしろ、今回は少年によって救われたということらしい。彼がいなかったら《視せられていた》だろう光景を想像し、クーゴは小さくかぶりを振った。これ以上考えると精神的に凹みそうなので、以後は考えないようにしなくてはならない。

 

 

「ここからは、現在の世界情勢の話になるよ。一部の方々からしてみれば“おさらい”みたいなものかな」

 

 

 そう言って、ベルフトゥーロはクーゴに視線を向けた。この話は、少し前に意識を取り戻したクーゴ向けの内容らしい。迷うことなくクーゴは頷き返した。そのタイミングを待っていたというかのように、ベルフトゥーロは端末のボタンを押す。

 ホログラムの映像が映し出される。燃え盛る炎と、天を遮らんばかりに広がる粉塵。国連軍とソレスタルビーイングの最終決戦で見た機体――ジンクスが縦横無尽に飛び回っていた。まるで、仇敵の行方を探しているかのように。

 

 

「国連軍とソレスタルビーイングの戦いが終わったのち、議会は『世界の戦力を1つに集め、統合軍を作る』ことを提案。各国もそれを承認し、統合軍を作るために動き始めた。でも、それに反対する勢力が大規模なテロを起こしたのよ」

 

 

 「彼らの行動は、結局、己の首を締めるような結果を招いたけどね」――ベルフトゥーロはため息がちに締め括る。ホログラムの映像が切り替わった。

 ジンクスとよく似た赤い機体と、赤を基調にした見知らぬ機体がずらりと並んでいる。ごつごつしたフォルムは、人革連のティエレンを彷彿とさせた。

 エイフマンが苦い表情を浮かべてその機体を見返している。何か憤りに近いものを抱いているようだ。その対象者は、愛弟子のビリーに向けられている。

 

 

「教授、どうかしたんですか?」

 

「……この半年間の間、私の教え子(カタギリ技術顧問)は、何に現を抜かしていたんだと思ってな」

 

 

 ユニオンの技術的権威が、と、エイフマンは小さくぼやいた。

 

 彼の言葉とティエレンの面影を彷彿とさせる機体を見比べ、クーゴは何となく合点が言った。統合軍のMSは、人革連の技術者がメインになって開発を進めているのだろう。

 ということは、平穏な頃にビリーと話した“フラッグの後継機”は、かなり難しい案件になりつつあるということか。エイフマンが憤る理由もわかる気がした。

 

 

「大規模なテロをどうにかこうにか鎮圧した統合軍は、統一を推し進めるために独立治安維持部隊を発足したの。部隊名はアロウズ。この部隊には、各国の精鋭たちが招集されたわ」

 

「アロウズ!? ハワードたちが所属してる部隊の名前じゃないか!」

 

 

 聞き覚えのある部隊名が耳に入り、クーゴは思わず声を荒げた。その言葉を証明するかのように、アロウズに所属している軍人のデータが表示される。

 己の言葉/己が夢で聞いた通りに、見覚えのある名前が提示される。ハワード、ダリル、アキラ、ジョシュア――それらを追いかけて、ふと、クーゴはある名前に目を留める。

 コードネーム、ミスター・ブシドー。その名前を、クーゴは《識っていた》。脳裏をよぎったのは、仮面と陣羽織を身に纏った親友――グラハム・エーカーの後ろ姿であった。

 

 

「どうして意識不明だった奴が、世界情勢の一端を知ってるんだよ?」

 

「……夢で、仲間たちから話を聞いた。多分、ミュウとしての力が理由なんだと思う」

 

 

 ミハエルが怪訝な顔をして首を傾げた。思い当たる節はミュウの能力くらいしかない。

 自信なさげに頷いたクーゴの言葉を肯定するように、ベルフトゥーロは頷いた。

 

 

「アロウズの役目は治安維持にある。但し、奴らのスタンスは“治安を維持するためならば、言論封殺だって厭わない”タイプだ。奴らから邪魔者だと認定されてしまえば、あの手この手で抹殺される。社会的、あるいは肉体的な意味でもね」

 

 

 ベルフトゥーロは深々とため息をつき、肩をすくめた。クーゴも眉をひそめ、名簿に映し出された仲間たちの名前を見つめる。彼らはみんな、虐殺を強要されているのだ。

 夢の中で《識って》いたとはいえ、改めて現実を目の当たりにすると辛いものがある。彼らは自ら進んで、この治安部隊に移ったわけではないと《識って》いれば、尚更。

 

 丁度、ホログラムには戦地が映し出されている。無抵抗の人間たちに、ジンクスとよく似た赤い機体からの攻撃が降り注いだ。

 

 

「これは、連邦政府のやり方に否定的だった少数部族の住む地区に、アロウズが攻撃を仕掛けたところよ」

 

「……こんな光景を見ても、議会や市民は何も言わないのか」

 

「言えないんだよ。議会の連中も、市民も、虐殺が起こっているなんて()()()()んだからな」

 

 

 クーゴの言葉に、ロックオンと呼ばれた青年は首を振った。彼の発言に嫌な予感を覚え、クーゴは息を飲む。

 

 

「まさか、情報統制か!?」

 

「ああ。しかも、情報統制を行っているのは、アロウズが所有するスーパーコンピュータだって話だ」

 

 

 「ソレスタルビーイングの頭脳と同じレベルのモノがあるなんて知らなかった」――そう言って、青年は遠い目をした。彼はそのコンピュータにまつわるものに思いを馳せているように見える。

 彼の言う“ソレスタルビーイングの頭脳”が何を指しているかは、コンピュータという発言からなんとなく予想はできた。クーゴの予測を肯定するかのように、脳裏に光景が浮かぶ。

 

 特攻兵器が飛び交う中に、小惑星が見える。あれこそがソレスタルビーイングの頭脳であると、クーゴは直感した。

 

 スーパーコンピュータに仕掛けられていた防壁を突破しようとするのは、紫基調で重装備のガンダムだ。その隣には、青基調で羽が生えたガンダムが並んでいる。羽の生えたガンダムには、ゼロシステムという“勝利を演算する”システムが搭載されていたはずだ。

 この光景を、《識っている》。虚憶(きょおく)で何度も目にした光景だ。「人間ではシステムが齎す情報に耐えられない」とされながら、防壁を突破しつつ五体満足で帰ってきたガンダムパイロットの名前。確か、名前は――ヒイロ・ユイ。コロニーのガンダム、ウィングガンダムゼロのパイロットだ。

 そういえば、彼はどの虚憶(きょおく)でも、刹那と相棒のような関係にあった。OEでもコンビを組んで飛び回っていたし、Zでは無二の親友と言える間柄だった。それを見たグラハムが何やらぶちぶち言っていたような気がする。奴にも思うところがあったらしいが、今はどうでもいいことだった。

 

 

「しかし、誰もがこの支配を受け入れたわけではない。現状を打破しようとしている者たちは存在する」

 

 

 次に口を開いたのはエルガンだった。

 彼もまた、端末を操作する。

 

 映し出されたのは、旧式のMSたち。疑似太陽炉が流布したことによって廃れた、各国の機体たちだった。ティエレン、ヘリオン、イナクト、ブラスト、そして――フラッグ。

 

 

「政府の強制的な統一に反対する、過激派武装組織カタロン。彼らは第2のソレスタルビーイングになろうとしているようだが、結果は察するに余りあるな」

 

「要するに、世界の害悪とされてるってことか」

 

「ああ。……当然だな。スーパーコンピュータによって、世界に発信される情報には偏っている。箱庭を造り上げる人間にとって都合のいいものばかりだ」

 

 

 箱庭、という言葉を語るエルガンの眉間には、深々と皺が刻まれていた。まるで、その言葉自体に嫌悪感を抱いているかのように。

 エルガンは古のミュウだ。コンピュータ(グランドマザー)が打ち立てたS.D.体制によって故郷を滅ぼされ、家族や仲間を失っている。

 S.D.体制を一言で言い表すなら、箱庭と言う言葉が相応しい。――ああ、だから彼は、この言葉を嫌っているのか。合点がいった。

 

 クーゴはホログラムに視線を向ける。疑似太陽炉搭載型と非疑似太陽炉搭載型の機体が戦いを繰り広げていた。

 どちらが優勢かなんて、見なくてもわかる。疑似太陽炉搭載型1機に対し、旧式の非疑似太陽炉搭載型十数台が戦っていた。

 

 しかし、非疑似太陽炉搭載型の機体は次々と撃墜されていく。カタロンの方がじり貧であった。

 

 ホログラムの映像が変化した。そこに映し出されるカタロンの活動は、第2のソレスタルビーイングを名乗るには、いささか荒々しいものだった。テロリストと言っても過言ではない行動も見られる。

 穏健派よりも過激派の方が多いのだろう。いや、過激な路線を取らないといけない程、カタロンに所属する面々は切羽詰っているように思った。世界から理不尽に責められ、弾圧される側だから仕方ないのかもしれないが。

 

 

「で、その脇で人命救助とボランティア、およびアロウズの妨害に動き回っている組織がスターダスト・トラベラーってワケです」

 

 

 エルガンに代わって、ノブレスが口を開いた。

 

 

「アロウズから攻撃、あるいは弾圧される人々の大部分が、“連邦の支配体制に異を唱えた”あるいは“支配体制に疑問を抱いている”人間です。優秀な軍人や政治家など、その分野は多岐にわたります。しかもその大半が、有能で人望のある場合が多い」

 

「箱庭を造り上げたいと思う人間からしてみれば、邪魔者になり得る存在ってことか」

 

「ええ。……と言っても、アロウズが1枚岩かと言われれば、答えは否ですけどね。組織内の中でも、“支配体制に疑問を抱いている”人間だっています。表だって言わないだけで」

 

「でも、ひとたびそれを口に出すと、即座に抹殺されます。スターダスト・トラベラーの任務は、彼らを保護したり、アロウズの弾圧を妨害したり、現在の支配体制を打倒するための作戦を水面下で行うことです」

 

 

 ノブレスの言葉をヨハンが引き継いだ。クーゴは首を傾げ、問いかける。

 

 

「支配体制の打破って、具体的に何をするか決めているのか?」

 

「一番手っ取り早いのが、アロウズのしていることを世界に発信することかな」

 

 

 「なかなかうまくいかないみたいだけど」――もの鬱げに締めくくったネーナは肩をすくめる。スーパーコンピュータによる厳重なロックを乗り越えるのは、相当骨の折れる作業であることは明らかであった。それでも、スターダスト・トラベラーの面々は諦めていないようだが。

 他に何をしているのかと問えば、やはり、アロウズの作戦を妨害することがメインとなっているという。特に、保護に関することを重点的に行っている様子だった。「守るべきは人材である」ということだろう。次の時代を切り開くには、人の力が必要不可欠だ。

 

 そこまでの話を聞いて、クーゴはふと気づいた。

 

 ネーナを筆頭としたトリニティ兄妹、およびノブレスの話を聞く限り、彼ら自身がスターダスト・トラベラーに所属しているような話しぶりである。

 確認するようにノブレスを見れば、彼は満面の笑みを浮かべて見せた。キミの考えは間違ってないよ、と言いたげな、綺麗な笑みであった。

 笑顔の意味の答え合わせとでも言わんばかりに、ベルフトゥーロが悪い笑みを浮かべる。それこそ、悪の組織の総帥に相応しい笑顔だった。

 

 

「ふっふっふ。キミの想像通りだよ。悪の組織とスターダスト・トラベラーは、同一組織だったのさ!」

 

 

 これ以上にもないドヤ顔だった。そこまで胸を張って言う内容かと思ってしまうくらいに。

 ベルフトゥーロは得意げに笑っていた。何とも言えない空気が漂う。

 

 

「どうだ、驚いたか?」

 

「…………そうですか」

 

 

 どうにかして、それだけを口にした。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 沈黙。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 沈黙。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 沈黙。

 

 

「…………」

 

「…………ちょっとォ! そこは『な、なんだってー!!?』って驚くとこじゃない! ノリ悪い!」

 

 

 ベルフトゥーロが口を尖らせる。彼女の後ろに控えていたエルガンが、額に手を当ててため息をついた。

 ロックオン、ヨハン、ミハエルは顔を見合わせたのち、ベルフトゥーロから視線を逸らして首を振る。

 少年はおろおろと女性と周囲を見回し、イデアとノブレスは生温かく微笑んだ。これが通常営業らしい。

 

 ぶうたれたベルフトゥーロに代わって、エルガンが口を開いた。

 

 

「悪の組織が技術提供や慈善事業による穏健的なアプローチを行い、悪の組織では解決しづらい荒事を担当するのがスターダスト・トラベラーだな。大体の面々が、悪の組織の技術者とスターダスト・トラベラーのMSパイロットおよび戦術指揮官、あるいはクルーの構成員となっている」

 

「ってことは、アニエスたちも……」

 

「ああ。彼らも、若輩者であるが腕利きの技術者であり、MSパイロットでもある」

 

 

 クーゴが頭に思い浮かべたのは、ユニオン軍に在籍していた頃に交流を重ねた若き技術者たち――アニエス・ベルジュ、ジン・スペンサー、サヤ・クルーガー、アユル・クルーガーの4人であった。クーゴを『()()』と呼んだ面々である。

 クーゴの問いかけにエルガンは頷いた。端末をいじり、何かを確認する。「……ふむ。この件が片付けば、彼らは戻ってくるだろう」と、小さく呟いた。彼の様子から察するに、アニエスたちはMSパイロットとして出向いているらしかった。

 

 

「ま、現状確認はこんなものかな」

 

 

 ベルフトゥーロはそう締めくくり、クーゴを見た。何かを問いかけるかのような眼差しだった。今までのこと、現在のことと話が続いてきたのならば、次にする話は1つである。

 

 

「次は、これからの話ってことか?」

 

「そうだね。それに関しては、ここにいる全員に当てはまるよ」

 

 

 ベルフトゥーロは周囲を見回す。ここにいる面々の大半が、訳があって悪の組織/スターダスト・トラベラーに身を寄せている者らしい。

 表では死んだことにされている者、組織の壊滅によって行き場を失ってしまった者、元いた場所に出戻る以外方法がとれない者の3グループに分かれている。

 そして、クーゴ以外の人物が、『どうするかの回答を保留している』もしくは『行動を起こすためのタイミングを待っている』面々なのだ。

 

 ベルフトゥーロは、答えを急がせるつもりはないらしい。時間はまだあるから、と、静かに微笑んだ。20代の女性が浮かべるような晴れやかな笑みではなく、老婦人が若者を見守るような、慈愛に満ち溢れた微笑みであった。

 若々しい外見とは打って変わった表情に、クーゴはほんの一瞬面食らう。どう反応していいのかわからない。それは、イデアとノブレス以外の面々も同じだったようだ。何とも言い難そうな表情を浮かべ、視線を彷徨わせる。

 

 

「さて、今回はここまで。何かあったら連絡して頂戴。もしくは、イデアやノブレス、アスルやエイミー辺りに連絡してくれればいいからね」

 

 

 そう告げて、ベルフトゥーロは車椅子の向きを変えた。刹那、彼女の端末に着信が入る。

 

 

「はいもしもし、悪の組織代表取締役(そうすい)です。――ああ、貴女様でしたか。……はい、……はい! わかりました、即座に向かいます!」

 

 

 並大抵の男が霞むほどのいい笑顔で、ベルフトゥーロは端末越しの相手に答えた。そして、即座にこの場から転移する。ミュウとしての力を使ったのだろう。

 彼女の背中を見送った後、エルガンが肩をすくめてため息をつく。端末を確認した後、彼は「そろそろ時間だな」と呟いた。彼の肩書は国連代表。会議や会合等があるのかもしれない。

 エルガンもベルフトゥーロと同じように転移する。残されたのは、ベルフトゥーロによってここに集められた面々ばかりだ。何とも言い難い沈黙が広がる。

 

 

「……えーと、とりあえず、自己紹介しましょう」

 

「そうだな。名前は会話の最中に訊いたわけだけど、自己紹介はまだだったし」

 

 

 イデアの提案にクーゴは乗った。

 

 クーゴの自己紹介を皮切りに、面々が自己紹介を終えていく。最後になったのは、黒髪黒目の少年だ。

 Unicornのパイロットで、蒼海の息子。少年はおずおずと口を開く。

 

 

宙継(そらつぐ)です。刃金(はがね) 宙継(そらつぐ)。宇宙の『宙』に、跡継ぎの『継』という字を書くんです」

 

「へえ。……そっか、宇宙の『宙』の字も、『そら』って読むからな。そう言う意味ではお揃いかな」

 

「お揃い?」

 

「ああ。俺の名前、『空』を『護』るって書くと言っただろう? 前に使われた『空』()の字が、同じ読みになるんだよ」

 

 

 それを聞いた外国人枠が、面白そうなものを見つけたかのように感嘆のため息を漏らす。確かに、漢字の同音異字については興味深いものがあるだろう。湧くのもわかる気がする。

 周囲の湧きように、少年が目を瞬かせた。おそろい、と、囁くように零して、口元をほころばせる。以前対峙したときに見た悲壮なものではない、年相応の少年の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

「あら、意識あったのね」

 

「……傷に、触るな……!」

 

「嫌よ嫌よも好きのうち、でしょう」

 

「自惚れるのも、いい加減にしろ……! お断りだ……っ」

 

「貴方は彼女を裏切っているのに?」

 

「――!!」

 

 

(――すまない)

 

 

 

 親友が、闇の底に引きずり込まれている真っ最中であることを。

 

 

 

 

<忘れたくなんかなかった>

 

<たとえそれが、どれ程残酷な結末を迎えようとも、俺は――>

 

<……忘れたくなんかなかったんだ。何1つとも、忘れたくなんかなかったんだよ……!>

 

 

 

 今までずっと忘れていた、“忘れたくなかった記憶(モノ)”を思い出すことを。

 

 

 

 

「私の母が亡くなった事故のこと、あまりよく覚えていないんです」

 

「確かに私、事故の現場に居合わせたはずなのに。……確かにそこで、母から希望を託されたはずなのに」

 

「……とても大切なことだったのに」

 

 

 

「グラン・マ、教えて」

 

「――あの日、私は一体『何』を見たの?」

 

 

 

 マリアネラ・ルシアが見た光景が、少しだけ先の未来に起きうる出来事の鍵となることを。

 

 

 

 

「……うちの一族の男って、早逝するんだよ。俺も、子どもの頃は『長くても20代までしか生きられない』って言われてた」

 

「当時のキミがこの光景を見たら、なんて言うのだろうな?」

 

「驚くんじゃないかな。今の俺も、充分驚いてるよ」

 

 

「あれから長い時間が過ぎ去ったけど……これからも、長い時間、生きていくんだろうなぁ。俺たちは」

 

 

 

 予想だにしない程の長い時間を、仲間たちと共に歩んでいくことを。

 

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの明日は何処(いずこ)なりや。




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