問題だらけで草ァ!! -Under the Flag-<2nd Season>   作:白鷺 葵

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【諸注意】
 1.この作品は『大丈夫だ、問題しかないから』シリーズのリメイク版です。
 2.『ガンダム00』を原作に、アニメ版『地球へ...』、及び『スーパーロボット大戦』や『Gジェネレーション』シリーズ等の要素とクロスオーバーしています。
 3.主人公含め、オリキャラが多数登場します。
 4.キャラ改変や原作崩壊、原作死亡キャラの生存要素があります。
 5.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 6.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 7.刹那が先天性TSしており、グラハムとくっつきます(重要)
 8.基本はギャグとラブコメ色強めですが、時々シリアスになります。
 9.読了後に如何なる負の感情を抱かれても、書き手にはどうすることもできません。

 10.『◆◆◇』が「虚憶⇒現実」、『◇◇◆』が「現実⇒虚憶」、『◆◆◆』が「虚憶⇒虚憶」、『◇◇◇』が「現実⇒現実」、『◆』が「特殊な意味合いが含まれている」場面転換、及び視点切り替えになります。
 11.『*』は「短時間経過での場面転換・視点はそのまま」、『**』及び『***』が「長時間経過での場面転換・視点はそのまま」を意味しています。
 12.良くも悪くも飯テロ要素があります。注意してください。

 13.この小説は2023年の10月時点で明らかになっている情報をベースにして執筆しているため、後の公式作品で発表・開示された情報とは矛盾が発生する可能性があります。

上記が大丈夫の方は、本編をお楽しみください。



3.明日への方角

 

「リチャード少佐に代わって、僕がオルフェスに搭乗することにしたんです」

 

 

 そう言ったアニエスは、強い決意を固めているようだった。彼の眼差しはどこまでも真っ直ぐで、迷いなど見えない。彼の姿を見ていると、どうしてか、前大戦の自分たちのことを思い出す。

 クーゴたちの始まりも些細なことがきっかけだった。運命的な何かに引きずられて振り回されて、けれど最後は自分から「運命と向き合う」ことを選択した。『未来のために戦う』ことを選んだときも、『大切な場所へ還る』ことを選んだときも。

 懐かしいような心地と、部下の成長していく姿に、クーゴは感慨深いものを抱いた。もし、クーゴが早い段階で結婚していたら、年頃の子どもがいたのかもしれない。だから、息子を見ているような心地になるのだろう。

 

 

「……そうか。何を言えばいいかは分からないが、それがお前の選択なら、それでいいと思うぞ」

 

「はい」

 

「頑張れよ。俺も、できる限りサポートするから」

 

 

 クーゴが笑いかければ、アニエスも微笑んで頷き返した。

 

 アンノウン・エクストライカーズに居候する羽目になってから、もうすぐ1カ月近くになる。謎の巨大ロボットに後輩共々撃墜され、機体の暴走で死にかけていたところをリチャードたちに助けられたときのことは、遠い昔のように思えた。

 当然だ。アーカムシティに現れた謎のロボに撃墜されて以降、世界を揺るがしかねない陰謀に巻き込まれてしまったのだから。おかげでアンノウン・エクストライカーズはテロリスト認定され、連邦軍やその他諸々から追われる立場にある。

 

 

(心配事がないわけじゃないけどな。グラハムとか、ジンとか)

 

 

 脳裏をよぎった憂いに、思わずため息をつく。クーゴの関係者はみんな、クーゴと同程度、あるいはそれ以上に厄介な事態に身を置かれてしまっていた。その理由は、クーゴが社会的に死んだことにされてしまっているのと、指名手配犯の1人にされてしまったことと深く関わっている。

 露骨な監視である。かねてから親交があった面々は、アンノウン・エクストライカーズや異邦人たちに対して敵対的な人間の下に配属させられていた。その代表は、上司のローニン・サナダやグラハム率いる“太陽の勇者”隊が挙げられる。犯人であるハザードの顔が浮かび、クーゴはひっそり眉をひそめた。

 嘗てクーゴが居候していた悪の組織は、“ハザードからの協力要請を蹴ったこと”や“ハザードに対して反抗的な態度を取ったこと”が理由で戦争幇助企業認定されて追われる羽目になり、そのままアンノウン・エクストライカーズと合流・支援役に回っている。『アロウズが跋扈していたときの状況の再現』と言っても過言ではない。

 

 技術者としてJUDAに出向していた宙継は、悪の組織が戦争幇助企業に認定されたあおりでトラブルに巻き込まれている。紆余曲折の末に“早瀬浩一の子分”的な存在に落ち着いた彼は、今日も元気に正義の味方の仲間として頑張っている様子だった。

 グラハムたちのような良識派の軍人たちが尽力しているとはいえ、ハザード一派は追撃の手を緩めていない。アンノウン・エクストライカーズに身を寄せている、或いは好意的にしている人物たちの関係者が監視対象にされている。関係が親密であればあるほど、監視の目は厳しくなるらしい。

 

 

(特にグラハムは、“自分も監視されている対象”だってのにな……)

 

 

 監視の目を潜り抜けて情報を《聴かせてくれた》親友に思いを馳せる。散々迷惑をかけているにも関わらず、奴は『たまには、私も努力しないとな』なんて笑うのだ。そういう所である。

 

 

「お父さん!」

 

「宙継」

 

 

 不意に聞こえた声に振り替えれば、一仕事終えてきた宙継がこちらに駆け寄って来るのが見えた。クーゴは大きく手を広げて、飛びつくようにして駆け込んだ少年を抱きしめた。

 

 今日あった出来事を楽しそうに報告する宙継の話に耳を傾けつつ、彼の話に適宜相槌を打つ。宙継の交友関係はJUDAに出向する前からどんどん広がっており、今では部隊の10代勢と仲良くなったらしい。年相応に笑い、はしゃぐ少年の横顔を見る度に胸が温かくなるのだ。――“彼が笑えずにいた頃をよく知っている”が故に。

 思えば、宙継は以前からクーゴを神聖視している印象があった。家族として、腹を割って話せる関係を築いていこうとしているクーゴたちであるが、関係を結ぶまでのゴタゴタが尾を引いている部分があるのだろう。無条件で慕ってくれるのは嬉しいが、未だにぎこちなさが残っているのが少し寂しかったりする。

 ……さもありなん。クーゴと宙継が、書類上の親子になったのは2年前。経緯や人間関係のアレコレの変遷を考えると、世間一般の親子のような関係とはまた違うものだ。最近は、どうにか普通に過ごせるようになったと思う。そう思いたい。

 

 

「刃金ー! ちょっと来てくれないかー?」

 

「はーい、今行きますー!」

 

 

 兄貴分である浩一からの呼び出しに、宙継は表情を綻ばせて返事する。

 「行ってきます」と挨拶して駆け出す息子を「行ってらっしゃい」と見送り、クーゴは目を細めた。

 

 宙継は浩一たちに合流し、彼を筆頭とした面々と楽しく談笑している。力を行使すれば会話を把握することは可能だが、何となく野暮な気がしたので控えることにした。放任しすぎるのも虐待だが、干渉しすぎるのも虐待である。親子歴2年とはいえ、丁度いい塩梅を探すのは難しい。

 経歴上、宙継の友人は“悪の組織やスターダスト・トラベラー関係者”ばかりだった。それが今では、浩一や一騎らのような同年代――四捨五入や広義の範囲で――と交流し、友好を育んでいる。彼やその友人たちの姿を見ていると、こみ上げてくるものがあった。

 

 

『キミは立派に父親をやっているよ。自信を持っていいと思うなァ』

 

(石神社長はそう仰っていたけど、俺なんてまだまだなんだよな)

 

 

 宙継と談笑している現場に居合わせた石神からかけられた言葉が脳裏をよぎる。それを思い返し――クーゴはふと気づいた。

 

 

(あの人、なんだか懐かしそうだったな。色々アドバイス貰ったけど、実感が籠っていたっていうか……)

 

 

 石神が刃金父子を見る眼差しは、何処までも優しかった。過去に思いを馳せるように、或いは誰かに想いを馳せるように、クーゴと宙継を通して別の光景を見ていたかのように。

 ミュウとしての力を行使すれば“石神が何を考えていたか”を掴むことは出来たかもしれない。ただ、凪いだ水面の様な眼差しを暴くような真似をすることは、酷く無粋なことのように思えたのだ。

 ……まあ、それ以前の話というか、問題点――“石神の心が固く閉ざされていて、ミュウとしての力を行使しても《触れることさえできない》”という理由――もあったのだけれど。

 

 

(……少しは、父親らしくできてたらいいな)

 

 

 自分と宙継を繋ぐものは、まるで互いが互いの過去/未来の姿をしているとしか思えない外見と、書類上の親子という関係と、短い且つ飛び飛びながらも“一緒に暮らしている”という事実だけである。

 だから、ふとしたときに「自分と宙継が親子関係である」と指摘されたり、「本物の父親と息子のようだ」と感じたりすると、とても嬉しく思うのだ。クーゴはゆるりと目を細める。

 

 

「さて、俺も頑張らなきゃな」

 

 

 自分にできることを、全力で。

 クーゴは、決意を固めるように手を握り締めた。

 

 

 

**

 

 

 

 どんな理由があっても、子どもが親を殺していいはずがないのだと。

 家族が家族を手にかけていい理由などないのだと。

 アニエスはそう言って、サヤの代わりに引き金を引いた。

 

 サヤと寄り添う彼の姿を見ていると、意地の悪い質問をぶつけてみたくなる。

 

 

(なあ、アニエス。お前の理論だと、俺はとんでもないヤツだってことになるな)

 

 

 クーゴは身内関係にある人間に、引き金を引いたことがあった。

 大切なものを守るため、大切な場所へ『還る』ため、暴走し続ける“身内”を止めるために。

 

 その決断が『正しかった』とは、まだ断言することができない。大丈夫だと思っても、日々を生きるうちに、自信が持てなくなる日があった。

 今だってそうだ。若者の背中を見て、自分の歩みを鑑みる。悩んで、迷って、それでも生きていくしかできないのだろう。

 不意に、手を引かれた。振り返れば、イデアが心配そうにこちらを見つめている。クーゴは相当憔悴していたらしい。

 

 

「大変なことって、立て続けに起きるんだな」

 

「そうですね」

 

 

 イデアはクーゴの手を取る。

 

 

「……今のクーゴさんに必要なことは、ゆっくり休むことだと思いますよ。頑張るの、ちょっとお休みしましょう」

 

 

 ね? と笑うイデアの横顔は、とても綺麗だった。

 それにつられて、クーゴも表情を緩める。

 

 

「そうだな」

 

 

 クーゴの手から零れ落ちたものは、沢山ある。前者の方が圧倒的に多いけれど、手の中に残ったものもある。手の中から零れ落ちそうな中で、紙一重で手の中に残っているものもあった。

 “身内”である“彼”こそ、紙一重で手の中に残っているものだ。クーゴは祈るように目を伏せた。もうこれ以上、自分たちの手の中から何も零れ落ちてくれるな――その願いが、叶えばいい。

 

 

 

 

 

 

 死せる者たちの魂が、生きる者たちを走らせる。未来のために散った人々が、未来を生きようとする自分たちに力を貸してくれたのだ。

 

 世界の秩序を守るため、世界のすべてをリセットしようとする女神。その存在こそ、ノーヴル・ディランが“アルティメット・クロスに超えさせようとした強大な壁”だ。

 誰もが決意を固めて神に挑む。大切なものを守るため、人が人として生きる“当たり前”を守るため、積み上げられてきた過去とこれから積み上げていく未来を守るために。

 女神が使役する化身たちを打ち倒し、あるいは掻い潜り、仲間たちは攻撃を叩きこむ。クーゴもそれに続いて攻撃を仕掛けた。機体の武装が唸りを上げる。

 

 強大な力を持つ女神の体が揺らいだのはいつだろう。仲間たちが放った攻撃が効いているのだ。それを確認した面々の士気も一気に上がる。

 攻撃を仕掛け、攻撃を躱し、攻撃を防御し、どれ程の時間が経過したのか。ついに、女神が崩れ落ちた。それを確認した、青い機体が飛び出す。

 

 

「うおおおおおおおっ!」

 

「はあああああああっ!」

 

 

 オルフェスとライラスが合体する。命の答えに到達したサヤとアニエスが手にした、新しい力――オデュッセイアが降臨した。

 

 機体を動かしているのはアニエスとサヤだけではない。2人とは違う方向性から命の答えにたどり着いた者たち――ジンとアユルもいる。彼らが見出した答えが互いの答えを補完し合い、機体の出力を爆発的に引き上げた。

 青白く輝く光は、アニエス、あるいはアルティメット・クロスたちの命の輝きだ。明日を手にし、未来に向かって歩み出すことを望む、人々の想いそのものだ。光の太刀が女神に叩きこまれる。1つ、2つ、3つ。女神は断末魔の悲鳴を最後に、爆炎の中に消え去った。

 自分たちがやり遂げたことを感じ取り、仲間たちが歓声を上げた。お調子者も、物静かな人も、知的な人も、不愛想な人も、誰構わず笑顔を浮かべる。しかし、気づいてしまった。

 

 戦いに勝ったのはいいが、地球に帰還する方法が見つからない。どうしようかと仲間たちが悩み始めたときだった。

 

 

「地上へ帰還するためのエネルギーは、自分たちに任せてほしい」

 

 

 その言葉を皮切りに、この戦いで命を落とした者たちが動き出す。彼らに呼応するかのように、一部の機体と人々が“そちら”側へと向かった。

 異界の歌姫、ホウジョウの王、決して仲間を裏切らなかった少年、悠久を繰り返した大魔導士とそのパートナー、フェストゥムの少年、三国志の修羅2人。

 

 

「せっかく一緒に戦えたのに、これでお別れなのか?」

 

「そんなことはない。我々は『あるべき場所へ還る』だけだ」

 

 

 別れを悲しむ自分たちに、彼らは笑い返す。

 

 一緒に戦えてよかった。一緒に過ごした日々は楽しかった。これから生きるキミたちに、未来を託す――。

 彼らの言葉を胸に刻み、アルティメット・クロスは前を向いた。アニエスとサヤも、晴れやかな笑みを浮かべた。

 

 

「それじゃあ、いくぞ」

 

 

 その言葉を合図に、世界が白く染まる。輪廻の果ての世界が消えて、見えてきたのは青い惑星(ほし)――地球だ。

 自分たちの大切な人たちが待つ、自分たちが生きていく場所。多くの命を育む星。最後に見たのはいつだっただろう。随分昔のことのようだ。

 『帰ってきた』――その言葉が、その実感が、すとんとクーゴの胸に落ちる。自然と頬が緩んだ。

 

 

「さあ、帰ろう」

 

 

 そう音頭を取ったのが誰だったのか。

 

 

「ああ、帰ろう」

 

 

 そう答えたのが誰だったのか。

 

 地球へ進路を取った面々には、些細なことだった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

 遠くからざわめきが響いてくる。悲鳴に近い声だった。ばたばたという足音も聞こえてくる。

 

 

「少佐! リチャード少佐っ!!」

 

「お父さん!」

 

 

 聞き覚えのある声より、ほんの少しだけ若い声がした。クーゴは足を止め、振り返る。担架に乗せられた男性と、単価の周囲に集まる少年少女が見えた。

 担架に乗せられた男性とは直接顔を合わせてはいないが、虚憶(きょおく)では何度も顔を合わせている。彼が弟子によって撃たれる現場に、クーゴも居合わせていた。

 名前はリチャード・クルーガー。虚憶(きょおく)では、UXのまとめ役でオルフェスのパイロットだった人物である。

 

 男性を取り巻く少年の1人――茶髪でくせ毛の少年こそ、彼の弟子――アニエスだ。黒髪の少女がサヤ、紫の髪の少年がジン、金髪の少女がアユルである。

 

 担架と少年少女は廊下の奥に消える。見知った顔で、交流を重ねていた相手でなければ、クーゴはそのまま無視して部屋へ戻っただろう。

 どうしてか、気になって、クーゴは彼らの元へ向かった。途中ですれ違った者たちの声が《聴こえる》。

 

 

<リチャードさん、大丈夫かな。アロウズとの交戦で怪我したって聞いたけど>

 

<アニエスたちを庇ったんだって。大丈夫かな……>

 

<あの傷だと、パイロットとして戦線復帰するのは無理だろうな。むしろ、無理を押して戦おうとすれば本当に死ぬかもしれない>

 

<アーニーたち、これから大変だろうなぁ>

 

 

 誰もが、彼らのことを心配していた。

 

 

(虚憶(きょおく)にも、似たようなことがあったな)

 

 

 すれ違う人々の会話を総合的に組み合わせながら、クーゴは思い返す。いつかどこかで、地球と人類の未来を切り開くために、己の運命に従った男がいたことを。

 死の運命を受け入れ、未来を切り開く礎となった男。それが、リチャード・クルーガーだった。死せる魂が、未来を生きる者たちを走らせる。その光景を《識っている》。

 

 果たして、少年少女の姿は見つかった。廊下の一番奥にある椅子に、4人は座っている。誰1人として、明るい表情を浮かべている者がいない。声をかけようとしたとき、奥の扉が開いた。出てきたのは、医師と思しき格好をした若者である。

 

 

「少佐は!?」

 

「お父さん、大丈夫ですよね!?」

 

「一命はとりとめましたが、戦線復帰は絶望的です。無理を押して戦場に立てば、確実に命を落とすでしょう」

 

 

 4人の言葉に、医師は沈痛な面持ちで告げた。それを聞いた面々は俯く。

 

 

「しかし、オルフェスが中破、ライオットが2機ともシステム崩壊によって修理不能になるとなぁ。ジンの方は新型機の開発がもうすぐ終わるからいいとしても……」

 

 

 悪の組織クルーは“自分の専門分野だけでなく、組織のMS開発状況にも精通している”らしい。難しい顔をして、端末を開き情報を確認している。

 何とも言い難そうにしていたアニエスだが、覚悟を決めたように顔を上げた。彼の横顔は、いつかどこかで《視た》青年の面影を感じる。

 

 

「じゃあ、僕がオルフェスに乗ります」

 

 

 「機体のシステムは、僕が搭乗してたライオットの発展型なんですよね?」と、アニエスは確認するように問いかけた。医師は目を瞬かせたのち、頷く。

 アニエスの決意表明を聞いたジンたちが、驚いて立ち上がった。何かを言う前に、アニエスが放った言葉によって、3人は大きく目を見開く。

 

 

「少佐が意識を失う前に、言ってたんだ。『オルフェスとサヤを頼む』って」

 

「アニエス、お前……」

 

 

 アニエスはジンをまっすぐ見つめて、頷いた。何かを感じ取ったのか、ジン、サヤ、アユルたちは顔を見合わせて、アニエスに視線を戻した。

 訝し気だった3人の表情は、アニエスと同じ微笑みが浮かんでいる。互いの眼差しに応えながら、3人はもう1度頷き合った。

 その光景を、クーゴは《識っている》。輪廻の果てで、未来を求めて戦った青年たちの姿が脳裏によぎった。懐かしさと安堵感が込み上げてくる。

 

 虚憶(きょおく)の中で、クーゴはアニエスとジンを自分とグラハムの関係性に重ねていた。かけがえのない、大切な相棒同士。片方が欠けるなんて、あまり考えたくない。

 彼らの道が分かたれたのはいつだろう。別々の道を行き、刃を、銃口を向け合って、殺し合うことになったのは。もう1度道が重なることを願い、それは2度と訪れなかった。

 

 

(ああ、よかった)

 

 

 この世界の彼らは、虚憶(きょおく)の彼らと同じようなことはないだろう。同じ場所を終着点と定め、同じ道を歩んでいく。

 

 クーゴは思わず表情を緩める。

 不意に、少年少女は顔を上げてこちらへ振り返った。

 クーゴの気配に気づいた彼らは、ぱっと表情を輝かせる。

 

 

「ハガネ()()!」

 

「待てアーニー! ()()少佐って呼んじゃダメだろ!」

 

「でも、国連軍とソレスタルビーイングとの最終決戦で名誉の戦死扱いされて2階級特進したから、少佐が正しいんじゃないのか?」

 

「あっ……」

 

 

 以前見かけたやり取りと違うけれど、彼らは相変わらず仲良しのようだ。その事実が嬉しくて、クーゴの口元が自然と緩む。

 こちらへ駆け寄ってきた彼らに応えるように、クーゴも4人に会釈し返した。

 

 

「久しぶり。元気にしてたか?」

 

「はい! ハガネ少佐も元気になったようで良かったです!」

 

 

 久しぶりに顔を合わせた4人組は、とても元気そうだった。クーゴが国連軍として最終決戦に赴く直前まで、彼らはノーヴルと共にユニオン軍にいたことは覚えている。

 

 

「アニエスたちは、今もユニオン――旧ユニオン領に?」

 

「いいえ。独立治安維持部隊が設立される直前に、契約打ち切りで出戻りしてきました。軍部関連の派遣は軒並み打ち切りになったかなぁ……」

 

「アロウズの理念や成立までのアレコレには、キナ臭い空気が漂っていたんです。……このまま派遣が続いていたら、アロウズに取り込まれて人殺しのための技術開発をさせられていたかも知れない」

 

 

 クーゴの問いかけに応えたのはアニエスで、彼の言葉に補足を付け加えたのがジンである。

 

 国連軍との決戦が終わってから地球連邦軍が再編されて、更にそこから独立治安維持部隊アロウズが成立するまでの間に、アニエスたちは撤退したらしい。地球連邦軍――いや、その中でもアロウズの方針を受け入れることが出来なかったノーヴルの鶴の一声で、彼らは旧ユニオン領から撤退したようだ。

 実際、ノーヴルやジンの予感は正解である。アロウズは連邦政府の方針に従わない人々や国家に対して粛清を繰り返していた。“虐殺のための兵器開発に従事させられる”というのは、悪の組織の方針やミュウのルーツからして怒髪天モノだろう。特に後者は、踏みにじられる側の痛みを《識っている》が故に。

 国連軍から戻った後、アニエスたちはノーヴルと別れて、リチャードと共に行動していたようだ。悪の組織の技術者としてではなく、スターダスト・トラベラーのMSパイロットとして活動を続けてきたらしい。――そうしてこれからも、彼はスターダスト・トラベラーのMSパイロットとして活動し続けるつもりなのだ。

 

 リチャードの機体を引き継いで戦うと言うのは、彼の後継者になることと同義だ。

 いつか《視た》虚憶(きょおく)と同じように、アニエスもまた、修羅の道を往くのだろう。

 

 

『――聞け、地獄の轟きをォ!』

 

 

 蒼穹作戦終了後から暫くして、アニエスは戦闘時限定で大胆なキャラ変を行った。言い回しをすべてリチャードから引き継ぎ、口調はなるべく粗暴で威圧的な調子に変えて。

 

 

『ど、どうかな? サヤ』

 

『少尉……!』

 

 

 それを初めて目にしたときの衝撃も、それを見たサヤが顔を赤らめてアニエスの階級を呼んでいた姿を見たときの衝撃も、一通りの言い回しを披露後にサヤを呼び捨てにしたときの衝撃も、きっと忘れられない。言いたいことはあったはずなのに、何も言葉に出来なかった。

 戦乱が終わった後、アニエスとサヤは僚友を伴い、孤児を支援するための旅へ出る計画を立てていた。その中に、“孤児院建設に関わる支援プラン”の話題があり、購入予定の土地を見せられた相棒とその恋人が酷く驚いていたか。その理由を思い出そうとしてみたが、霞がかかったようにぼやけていた。閑話休題。

 

 クーゴとアニエスの会話が終わるタイミングを待っていたらしく、医者らしき風貌の男が咳払いする。慌てて4人は彼に向き直った。クーゴもつられて背を伸ばし、医者の話に耳を傾ける。

 リチャードは暫く医療用のカプセルで療養することになったらしい。先も言ったとおり『戦線復帰は絶望的。回復できたとしても引退は必須だ』とのこと。

 今後、リチャードがどんな道を選ぶかは未定だ。彼が意識を取り戻してから考えることになる――医者の話を聞いた4人は、何とも言い難そうに目を伏せた。

 

 

「キミたちは一端戻って、しっかり休むんだよ。大丈夫だからね」

 

「分かりました。……それじゃあ、僕たちはこれで」

 

「ああ。ゆっくり体を休めるんだぞ」

 

 

 4人を代表し、アニエスが頷く。未だこの場に留まっていたクーゴに会釈し、彼らは踵を返して去っていく。

 

 『後で何か、彼らに差し入れをしに行こうか』――なんて考えながら、クーゴは廊下を進んだ。端末を起動し、厨房の場所を確認する。地図と内部の情報をすり合わせていた。

 しばらく歩くと、廊下の左側――外の風景を眺めるための大きな窓がある――に人影を見つけた。身長が170~180cm程度の、茶髪の青年だ。

 

 彼はロックオン・ストラトス。ソレスタルビーイングのガンダムマイスターだった男だ。自己紹介では怪我で療養中だと言っていたが、この怪我は最近のものだという。

 松葉杖で体を支えた青年の目は、暗く静かな宇宙(そら)へ向けられていた。何かに、あるいは誰かに、思いを馳せているかの様子だった。

 ロックオンに声をかけようとしたとき、不意に、頭の中に光景が浮かんだ。その光景はハッキリと《視えた》し《聴き取れる》。

 

 

『スナイパー型のガンダムか! 私の変幻自在、天衣無縫の動きを追いきれるかな!?』

 

 

 グラハムの声が響く。ユニオンのガンダム調査隊を率いるカスタムフラッグで、彼は空を翔けていた。遠くの方に見える紫の機体は、AEUのライトニングバロンが駆るリーオーだ。

 ゼクス・マーキスがいるということが何を意味しているか、クーゴは《識っている》。これは、虚憶(きょおく)の光景だ。ユニオン軍とAEU軍が、ZEXISを叩こうとしたときの。

 

 

『この野郎、俺の狙いを甘く見るなよ!』

 

 

 そう言うなり、白と緑基調のガンダムがライフルを構える。この色の機体は、遠距離射撃を得意としたものだったはずだ。

 

 虚憶(きょおく)の中で、クーゴはこの機体とぶつかり合った。

 日本刀対銃の戦い。グラハムの暴走によって、決着は中途半端になっていたように思う。

 

 

『私は彼女が好きだ! 彼女が、欲しいィィィィィィィ!!』

 

『お父さんは! お父さんは赦しません! こんなの絶対に認めないぃぃぃぃぃぃ!!』

 

 

 虚憶(きょおく)がフェードアウトしたと思った刹那、周囲の光景は一変する。薄暗かった山脈の景色とはうって変わって、真昼の蒼穹が広がっていた。

 ユニオン郊外にあったゲッター線の研究施設だ。カスタムフラッグと、白と緑基調のガンダムが戦いを繰り広げていた。

 

 

『何人たりとも、私の愛を阻むことはできない! 阻むものがあるなら、そんなもの、私の無茶で押し通す!』

『年の差その他諸々考えろ、この変態が!!』

『キミにそれを言える資格はないな! キミは私と同類と見た!』

『天地がひっくり返ったとて、お前さんとだけは一緒にされたくないね! こっちは頑張ってお兄さんやってるんだからな!』

『そうやって、キミは愛するものが他人にかっさらわれていくのを、手をこまねいて静観すると? そんなこと、私はお断りだ!』

 

『俺は人殺し、いつかは裁きを受ける身だ。幸福を手にする権利なんか存在しない。あんただってそうだろう? 軍人さん。――その覚悟は、とうにできてるんだよ!』

『ああそうだな! 敵を撃ち、部下や上官を死なせ、屍の山を築いていく……そんな人間がたどり着く場所くらい、私も心得ているさ! そしていずれは、私もそこに墜ちるのだと!』

『だったら!』

『だからこそだ!』

 

『だからこそ、好いた相手を――心から愛した女性(ひと)を! せめて、他ならぬ己自身の手で、幸せにしたいと願うのだよ――!!』

 

 

 この会話は、どこかで聞き覚えがあった。聞き覚えがありすぎた。

 会話している当人たちはとても真面目だった。それ故に、異常な雰囲気があった。

 グラハムが現実に戻ってこなかったときの絶望感ったら、本当にない。

 

 次の瞬間、また風景が変化した。蒼穹は夜空へ、ゲッター線の研究施設はアザディスタンの太陽光発電受信アンテナ施設へと変わる。

 テロリストたちが駆るアンフ、ユニオンのフラッグ、白と緑基調のガンダムの姿がフラッシュバックした。

 

 迷うことなく一方のアンフを倒していくフラッグのカメラアイが、弾かれたように空を見上げた。そこへ、ミサイルが飛来した。

 

 その数、4弾。いや、正確に言えば4弾ではない。クラスター爆弾と同じ原理だ。

 花を咲かせるように展開したミサイルの中から、大量の爆弾が、施設目がけて降り注ぐ!

 避けようとするフラッグだが、数が多すぎてよけきれない。

 

 次の瞬間、白と緑を基調にしたガンダムが見えた。スナイパーライフルを連射して、ガンダムは爆弾を相殺していく。すべてを無効化することは叶わずとも、その十数発がフラッグの命運を分けた。間一髪でフラッグが飛び立ち、コンマ数秒前までフラッグがいた場所が爆炎に包まれる。

 

 

(あれは、俺のフラッグだ。――ということは……)

 

 

 あのとき、白と緑を基調にしたガンダムを駆っていたのは――クーゴが確証を得かけたとき、また風景が変わる。

 ガンダムは、カスタムフラッグと派手な鍔迫り合いを繰り広げていた。

 

 

『お父さん、刹那を私にくださぁぁぁぁぁぁぁいッ!』

『誰がやるかコンチクショウ! お父さんは赦しませんよォォォォ!』

 

 

 どこかで見聞きしたことのあるような会話である。

 

 

『身持ちが堅いな、ガンダム! 流石はお父さんだ!』

『このしつこさ、尋常じゃねえぞ!? 刹那はこんなのに言い寄られてたってのか……!?』

『そうだな。私はしつこくてあきらめも悪い。俗に言う、人に嫌われるタイプだ!』

『言った! 自分で認めやがったぞコイツ!』

 

 

『皮肉なものだ。嘗て空を飛ぶためにすべてを絶った私が、ただひとりを求めて空を飛ぶことになろうとは』

『あんた……』

『そういう訳でお父さん、彼女を私にくださぁぁぁぁぁぁぁいッ!』

『やっぱりあんたはダメだ! 絶対にダメだ!!』

 

『くっ! よくも私のフラッグを傷物にしてくれたな!』

『お前こそ、よくもウチの刹那をたぶらかしてくれたな!』

 

 

 どこかで見聞きしたことのあるような鍔迫り合いである。あのとき、クーゴはグラハムと別行動をしていた。それでも、なんとなく、懐かしさのようなものを感じた。

 クーゴがその虚憶(きょおく)の光景を目の当たりにしていないだけで、もしかしたら、この光景とよく似た虚憶(きょおく)を有していたのかもしれなかった。

 俺の親友がごめんなさい、という言葉が口から出かかって止まる。自分が謝罪しても仕方がないことは、クーゴ自身が重々承知していたためだ。

 

 アザディスタンへの救援要請が入った後も、グラハムとガンダムマイスターの会話は混沌を極めていた。聞いているだけで頭が痛くなりそうだ。

 会話を終えたフラッグが空へ向かう。それを見送ったのち、ガンダムも撤退した。次の瞬間、コックピット内が《視えた》。

 

 搭乗していた人物は、やはり、ロックオン・ストラトスその人だった。コックピットの前方には、丸いペットロボが耳(?)をパタパタさせている。

 

 

「あ」

 

 

 不意に、世界が反転した。回想の世界から現実へと意識が帰還したらしい。

 

 先程まで窓の外の景色へ思いを馳せていたロックオンが、クーゴの方を凝視していた。どうやら彼も、クーゴと同じような景色を《視た》ようだ。

 何か言いたげに口を開いては閉じてを繰り返す。クーゴも似たようなものだった。幾何かの沈黙の後で、クーゴはおずおずと言葉を紡いだ。

 

 

「キミ、あのときのガンダムパイロットだったんだな」

 

「ああ。アンタこそ、あのときのフラッグファイターだったんだな」

 

 

 隣にならんでもいいかと尋ねれば、ロックオンは2つ返事で頷いた。クーゴは彼の隣に並ぶ。

 

 

「……あのときは、ありがとう。助かったよ」

 

「俺は任務を果たしただけだ。礼を言われる覚えはないよ」

 

「それでも、助かったことは事実だ。おかげで生きてる。だから、それでいいんだ」

 

「……そうか」

 

 

 自分たちの間には、変な沈黙が広がった。

 

 2人は黙ったまま、窓の外へ視線を向ける。中庭だけでなく、自分たちがいる大きな窓からも地球を臨むことができた。

 生きとし生ける命、すべてを育む、青く輝く美しい星。宇宙(そら)から見た美しさとは対照的に、地上は諍いが絶えない。

 

 日や争いの火種が巻かれ、燃え上がり、悲しみや怒りを生み出している。長い時が過ぎても尚、人類はそれを繰り返し続けた。終わりは見えない。

 

 

「……信じられないよな。こんなに綺麗なのに」

 

「そうだな。世界規模のテロから個人レベルのいがみ合いまで、なんでもありだ」

 

 

 ロックオンはぽつりと呟いた。クーゴの思考回路を読んだかのような言葉だった。

 クーゴもそれに同意し、ロックオンへと視線を向ける。

 

 

「俺は、テロで両親を亡くしたんだ。妹も、そのテロが原因で意識不明の重体になった。……だから、テロが憎かった」

 

「それで、キミはソレスタルビーイングに入ったのか」

 

「まあな。スカウトされた瞬間から、ロクな最期を迎えられないって覚悟してた。罰が下されるならそれを贖うつもりでいた。自分はどうなったとしても、弟や妹の生きる世界と未来を、もっとよくしてやりたかった。だが――」

 

 

 彼はそこで言葉を切った。ロックオンの横顔は、憤りに満ちている。

 

 

「俺は、こんな世界のために戦ってたんじゃない。俺たちが夢見た世界は、戦争根絶という理想は、こんなものじゃなかった」

 

 

 その言葉が、ロックオン・ストラトスの出した答えだった。眉間に刻まれた皺が、彼の感情の爆発を示しているかのようだ。彼の体が重傷でなければ、彼の愛機がこの場に存在していたら、すぐに戦場へと飛び出してしまいそうな勢いがある。

 ロックオンが悪の組織にいるのは“最終決戦で悪の組織に保護されたこと”と“体が本調子でない”のが理由のようだった。体の方は――先程小耳に挟んだ話なのでよくわからない――最終決戦の傷よりも別件の傷が理由のようだったが。

 確か、『ロックオンの弟が、「恋人の家族の逆鱗に触れた」ことが理由で私刑に処されかけたところを庇い、弟の身代わりになった』という話だったか。クーゴの思考回路がそこに飛んだことに、ロックオンは気づいたらしい。深々と息を吐いた。

 

 

「リハビリが順調に進んでいたときに、弟の恋人と鉢合わせしてな。彼女が俺と弟を見間違えたんだ。弟は恋人のことを長期間放ってたらしくて、恋人の家族が怒り狂っててな……」

 

「見間違われたってことは、怒りの矛先は……」

 

「それで俺が殴られて、寝たきりに逆戻りだ。それが1回目」

 

 

 ロックオンは肩をすくめる。

 

 1回目、と言う言葉に、嫌な予感を覚えたのは何故だろう。

 おそるおそるロックオンを伺えば、彼は遠い目をして天を仰いだ。

 

 

「またリハビリを行って、ほぼ全快だってときだった。廊下を歩いてたら、弟の恋人の家族とすれ違ったんだ。覆面と下駄とバイクを手配しながら、弟を襲撃する計画立ててた」

 

「なんでまたそんな……」

 

「『弟の居場所を突き止めたから、今度こそ責任を取らせる』って……」

 

 

 「俺がいない間に何をしたんだ」と、兄はさめざめと泣いた。

 恋人ができたところまではおめでたかったのに。

 

 

「しかも、音信不通になってた理由が『転職活動で忙しかった』からなんだぜ? 転職活動がひと段落したって連絡が入って、関係は元通りになったんだと」

 

 

 これはひどい。とにかくひどい。べらぼうにひどい。

 

 報われなさすぎである。とんだ骨折り損だ。ロックオンは乾いた笑みを浮かべていた。

 これ以上、この話を続けてはいけない。クーゴは話を逸らすことにした。

 

 

「キミは、体が本調子に戻ったらどうするんだ? ソレスタルビーイングに戻るのか?」

 

「できれば戻りたいと思ってる。……ただ、どうやら俺は戦死したことになってるからな。まともに戻れるかどうか……」

 

 

 「それ以前に、連絡手段が何もないから」と、ロックオンは肩をすくめた。ソレスタルビーイング壊滅の報を聞いて以後、悪の組織とソレスタルビーイングは連絡が取れずにいるらしい。

 悪の組織へ出戻ったイデアからクルーの安否を聞いていたとはいえ、やはり、直接会って確認したいというのが本音なのだろう。連絡が絶たれているという状態は、彼にとって都合が悪かった。

 クーゴがそう分析していたときだった。「あんたはどうするんだ」とロックオンが問いかけてきた。社会的に死亡とされた人間同士、あるいはミュウに目覚めたばかりの同期の間柄として、気になるのだろう。

 

 脳裏に浮かんだのは、クーゴが人生で初めて《視た》虚憶(きょおく)だった。

 

 空で待っていると言った親友たち。彼らは今、独立治安維持部隊に身を寄せている。組織の異常さに気づきながらも、何もできないでいるのだ。

 特にグラハム、もといミスター・ブシドーは悲惨である。クーゴの姉――蒼海の手駒にされ、意志無き人形の如く扱われていた。

 

 空を翔るフラッグファイターを、姉は独立治安維持部隊(アロウズ)という檻に閉じ込めている。

 

 

「目が覚めたばかりのアンタじゃ、まだ決まるはずないよな。時間は充分あるんだし……」

 

「――『還りたい』」

 

 

 ロックオンの言葉を遮るように、クーゴは言葉を紡いだ。ロックオンが大きく目を見開く。

 

 

「俺が軍人になったのは、虚憶(きょおく)で出会った人たちに、『空で待ってる』って言われたからだ。『絶対空へ行く』って約束したからなんだ。現実で会った面々は何も覚えてないけど、ちゃんと待っててくれた」

 

「それって、まさか……あの軍人か!?」

 

 

 クーゴが頷けば、ロックオンは何とも言い難そうに眉をひそめた。

 その虚憶(きょおく)の中にはロックオンとよく似た顔立ちの青年が2人いた――2人は双子だった――のだが、それに関しては言わないでおく。

 

 

「みんな、約束を守ってくれた。だから、今度は俺の番だ。『どんな手を使ってでも、あいつ(グラハム)をみんなの元へと連れ帰る』って約束したから」

 

 

 口に出したことで、もやもやしていた想いがはっきり形になる。まるで――否、正真正銘の言霊だ。

 クーゴは1人納得しながら、何度も頷く。ロックオンはしばしこちらを見ていたが、苦笑しながらため息をついた。

 

 

「意外と肝が据わってるんだな」

 

「そうかな。そうかもしれない。でなきゃ、あいつの相棒なんて務まらないだろうし」

 

「あー……」

 

 

 グラハムのしつこさと暴走具合を思い出したのだろう。ロックオンは天を仰いだ。彼もまた、グラハムの暴走やしつこさの余波を喰らっていた人間の1人である。

 苦労人と言う観点から、クーゴとロックオンは似た者同士らしい。だから、なんだか妙な親近感を感じるのだろう。妙な同族意識を感じていたときだった。

 

 

「目が覚めたばかりだから、決断するのに時間がかかるかと思ったんですけど、余計な心配でしたね」

 

 

 聞こえてきた声に振り返れば、ショートボブの少女が立っていた。

 

 外見は10代前半から半ばくらいにしか見えないが、彼女もミュウなのだ。外見と年齢は一致しない。もしかしたら、年齢が3桁になっている可能性だってある。

 接し方を考えあぐねるクーゴと対照的に、ロックオンは親しいものに声をかけるかのようなフランクさで、少女に話しかけた。

 

 

「エイミー! 無事に帰ってきたんだな」

 

「当たり前よ。これでも、1つの艦と部隊を率いる戦術指揮官なんだから。兄さんが心配性なだけよ」

 

 

 エイミーと呼ばれた少女は薄い胸を張った。彼女はどうやら、ロックオンの妹らしい。随分と年齢が離れた兄妹だ。

 

 

「これでも私、20代前半ですけど」

 

「失礼しました」

 

 

 ジト目でクーゴを見つめてきたエイミーに、クーゴは即座に謝罪した。似たような目に合って嫌な思いをしたことは何度もある。

 誤解を解こうとして奮闘したことを思い出し、いたたまれない気持ちになった。エイミーはクーゴの謝罪を受けてくれたようで、すぐに機嫌を直してくれた。

 

 彼女はこほんと咳ばらいし、問いかけてきた。

 

 

「方向性は決まったみたいですが、今後どうするかの方針は決まっていませんよね?」

 

「……まあ、そうですね」

 

 

 エイミーに痛いところを突かれ、クーゴは苦笑した。いくら『仲間を助けたい』や『彼らの元へ還りたい』と思っていても、クーゴ個人には何の力もない。

 夢の中で仲間たちから聞いたことや先程の話を総合するに、アロウズは統制が厳しいようだ。高性能のスーパーコンピュータに、集中された戦力がある。

 対抗組織となるとされるカタロンも、実際はその体を成していない。本当の意味で対抗組織になり得たであろうソレスタルビーイングは壊滅から立ち直っていないのだ。

 

 真正面からアロウズに挑むなら、苦戦は必須だろう。むしろ速攻で叩きつぶされるに違いない。

 しかも、友人たちに関しては蒼海が関わっているのだ。彼女のやり口を考えると、嫌な予感がしてならない。

 

 

「正直、目的を達成するのは難しいと思ってる。フリーで動いたら簡単に叩き潰されるだろうし、組織に所属するとしてもな。過激なテロ活動をしたいわけじゃないから、カタロンのやり方は好かん。他にアロウズと対抗できそうな組織は――」

 

 

 そこまで口に出して、気づく。エイミーが何を言いたいのかを。

 

 弾かれたようにエイミーを見れば、クーゴの予想を肯定するかのような笑みを浮かべていた。

 しかし、彼女が口にしたことは、おおよそ兵士のヘッドハンティングとは程遠い話だった。

 

 

「貴方はユニオン軍で優秀なMSパイロットだったと聞いています。……最近、技術部の面々が新型MSを開発しようとしているんです。貴方には、その機体のパイロットになってほしい。勿論、その見返りとして、その機体の貸し出しと貴方のバックアップを約束しますが、どうでしょうか?」

 

「……随分破格な条件だな。いいのか?」

 

「ええ」

 

 

 満面の笑みで頷いたエイミーだが、何か気づいたように「ああ、そういえば」と手を叩いた。何やら、クーゴ側に要求することがあるらしい。

 やはり、おいしい話には裏がある。内心無茶ぶりを覚悟しながら条件を問えば、彼女はちょっと困惑したように眉をひそめて、言った。

 

 

「『時々でいい。5分、いいや1分だけでもいいから、ちょっとした世間話をしてほしい』と、総帥(しゃちょう)が」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「……で、彼はOKしてくれたのね」

 

<はい>

 

 

 エイミーからの連絡に、ベルフトゥーロは表情を緩めた。

 

 アザディスタンは今日も快晴。治安の悪さが這い寄っていた首都や、戦いが絶えなかった郊外も、小康状態が続いている。

 以前と比べれば、人々の横顔や街並みから、活気と希望が伺えた。それはとてもいいことである。女王マリナの憂いもなくなれば万々歳なのだが。

 

 

<でも、総帥(しゃちょう)の提示した条件が破格過ぎませんか? 彼へ要求するものもアレですし>

 

「いいのよ。私にとっては、確かに意味のあることだから」

 

 

 訝しむエイミーと短い会話を交わした後、ベルフトゥーロは電源を切った。端末に映し出されたのは、黒髪黒目の青年――若かりし頃のイオリアと、彼に寄り添うベルフトゥーロの写真であった。

 そこには何もおかしいところはない。特筆すべき理由を挙げるなら、それは――若かりし頃のイオリアが、とある青年と瓜二つの顔立ちであることだけだ。ベルフトゥーロの過去を《視た》彼であるが、イオリアの顔は逆光で伺えなかったであろう。

 勿論、それはベルフトゥーロが意図的にやったことだ。現時点で、とある青年はそのことに気づいていない。以前の話を思い出せば気づくかもしれないが、今はそれどころではないだろう。何せ、基本方針が固まったのだから。

 

 丁度いいタイミングで技術班からのメールが届いた。テストパイロットを引き受けてくれたクーゴ・ハガネ専用のドライヴ調整を行うという。機体の改修は8割強終わっており、あとは彼専用ドライヴの完成を待つだけだ。

 専用ドライヴはGNドライヴの派生形であるが、ミュウ由来の技術――主にサイオン波に関係するものだ――を使う。ミュウにしか扱えないのと、各パイロット専用のオーダーメイド品なので調整に難航するという欠点があった。

 

 ドライヴは大まかに、苛烈なる爆撃手(タイプ・イエロー)完全なる防壁(タイプ・グリーン)思念増幅師(タイプ・レッド)荒ぶる青(タイプ・ブルー)という4つの分類の基礎平均数値までは設定しているため、あとは細かな調整だけである。

 

 

(似たような性能のGNドライヴを“狙って”造るよりは、はるかに生産性あるけどね)

 

 

 イオリアが残した『ツインドライヴシステム』のデータを開きながら、ベルフトゥーロはひとりごちた。GNドライヴの欠点は“短期間に量産できないこと”と“個々の性能差が大きいこと”が挙げられている。ソレスタルビーイングにあるGNドライヴ同士の組み合わせで一番同調率が高いのは、0ガンダムとエクシアだ。

 アプロディアたちに探してもらったところ、“ソレスタルビーイングの手元にあるのは0ガンダムの太陽炉のみで、エクシアは機体ごと行方不明”ということらしい。国連軍との最終決戦後、エクシアはソレスタルビーイングから離れて行動している様子だった。メカニック無しで、まともに修理できているかどうかは怪しい。

 

 今から新しいものを造ろうとしても、相当の時間がかかることは確かだ。ソレスタルビーイングだって、アロウズの暴走を静観していられるような人間の集まりではないだろう。むしろ、そんな奴らだったらベルフトゥーロが直々に殴り込みに行く。

 

 端末をしまい、ベルフトゥーロは空を見上げる。テロによって巻き起こった粉塵で空が覆われたのが昨日のような気分だ。一時期、大気圏付近で舞い上がった粉塵やデブリが殻/層を形成し、太陽は完全に遮られてしまったのだ。

 太陽光エネルギーに頼りっぱなしだった3大国家陣営は、唯一無二のエネルギー源を失って大打撃を受けた。価値が暴落した太陽光の代わりに見出されたのは、旧時代にエネルギーの中心にあった化石燃料である。粉塵の影響を受けず、安定的な供給が可能なため、需要は瞬く間に広がった。

 テロの余波が完全になくなった後も、万が一の備えとして、化石燃料の需要が発生している。化石燃料の原産国である中東諸国は、このテロによって息を吹き返したような形だった。そのため、テロの首謀者と関係があるのではとあらぬ疑いをかけられた時期もあった。

 

 勿論、中東諸国がテロと無関係であるということは既に証明されている。たとえ――仮に、テロリストが中東関連の回し者だったとしても、各国が化石燃料を求めることはやめられなかっただろう。生活の質を下げるというのは難しいためだ。特に、テクノロジーが溢れる昨今は。

 

 

「お母さーん!」

 

 

 浅黒い肌に茶髪の少年が、女性の元へ駆け寄っていく姿が視界を横切った。少年を腕に抱く母親は、以前、マリナ暗殺に協力させられていた女性だ。

 彼女はふと顔を上げ、ベルフトゥーロの姿を瞳に捉える。鳶色の瞳が大きく見開かれた。ベルフトゥーロがひらひら手を振れば、女性は深々と頭を下げた。

 

 そこへ、夫らしき男性がやって来た。母子は男性と連れ立って、町の雑踏へと消えていく。平穏という言葉が、以前よりも身近に感じられるような気がした。

 

 しかし所詮は薄氷の上。はりぼて、あるいはかりそめの平和は、いつかボロが出る。誰かの悪意が世界を満たしていく。その足音が、聞こえてきそうだった。

 “誰もが当たり前に生きられる世界”は、簡単なようで難しい。西暦3000年相当のS.D.体制も、西暦2300年代のこの惑星も、根本的な悩みは変わらないのだろう。

 相変わらず、世界は悲しみに満ちている。嘗てのグラン・パや古のミュウたち、そして、ベルフトゥーロとイオリアが夢見た世界は、遠い夢物語の出来事らしかった。

 

 

 

◇◇◆

 

 

 

「はは、ははは、あはははははははははははっ!!」

 

 

 男は笑う。狂ったように笑い続ける。

 

 

「このガンダムは素晴らしい。ゼロシステムによって、僕の思考は無限に広がった! 僕はすべてを理解したよ!!」

 

 

 男は恍惚とした笑みを浮かべた。

 しかし、まだ足りない。

 

 

「喜んでくれ、グラハム! これで君の機体も完成する! クーゴや他の皆との約束を――フラッグの後継機開発を果たすことができるんだ!」

 

 

 いなくなってしまった人たちと交わした、大切な約束があった。

 それを果たすことは困難だった。ほぼ不可能だと思っていた。

 だが、ゼロシステムは齎してくれた。不可能を可能にする手立てを。

 

 

「きっと、エイフマン教授やクーゴだって、喜んでくれるに違いない……!!」

 

 

 白衣を着た男は、明らかに“何か”に取りつかれている。もう正気ではない。

 彼を愕然とした表情で眺めていたのは、仮面で顔を隠した金髪碧眼の男だった。

 

 笑い続ける男と、それを愕然とした表情で眺める仮面をした金髪碧眼の男。彼らの後ろ姿は、薄闇のベールがかかっていてよく見えない。

 

 

「カタギリ……」

 

 

 仮面の男が、茫然と男の名前を呼んだ。

 笑い続ける男は、親友に名前を呼ばれたことに気づかない。

 

 

「キミも、魔道に堕ちたのか……」

 

 

 狂ったように笑い続ける男に、仮面の男の言葉は届かなかった。

 

 

 

◆◆◇

 

 

 

「思念検査の結果、パイロットはマース・コッド、後パイロットはサム・ヒューストンと判明しました」

 

「サム!?」

 

 

 ヤエの報告を聞いたジョミーは、思わず目を見開いた。

 

 

「お知合いですか?」

 

「ああ。彼は、アタラクシアで――」

 

 

 サム・ヒューストンは、ジョミー・マーキス・シンがアタラクシアで養育されていた頃の幼馴染であり、大切な親友である。

 成人検査を受ける直前に彼から受け取った“親友の証”は、ミュウとして覚醒した今でも大切に持ち歩いていた。

 訝し気に眉を顰めたハーレイに対し、ジョミーはサムのことを――アタラクシア時代の親友の話を聞かせる。

 

 しかし、頼れるキャプテンの表情は晴れない。緑の瞳に揺れるのは深い憂いである。

 例え意図せぬことであっても、“人類にミュウの居場所を掴まれるわけにはいかない”と言わんばかりに。

 

 

「例えソルジャーのお友達であろうとも、シャングリラがこの星系にいることを人類に知られてはなりません」

 

「記憶を消さなければならないのか?」

 

「……仕方がありません」

 

 

 悲しそうな顔で問いかけてきた若き指導者に対し、キャプテンは沈痛そうな面持ちで答えた。

 

 ハーレイは長老の中でも“年若いジョミーを補佐し、彼の身上に寄り添おうとする”穏健派である。そんな彼でさえ、今のジョミーの心境には寄り添えないと言うのだ。それがどれ程のことか、ジョミーは理解しているつもりだった。

 ナスカに根を下ろし、新たな命――トォニィが生まれ落ちてから僅か数か月。嘗て人類が遺棄した施設跡地を活用し、野菜や花を植え、収穫を始めたばかりだ。ジョミーと同世代の若いミュウたちはナスカを安住の地と見出し、作物を育てて収穫することに喜びを感じている。

 S.D.体制が“ミュウの生存権を認めず、種族の殲滅を推し進めている”政治体制であることは、今までの逃避行で百も承知。彼らの追手から逃れ、ようやく安心できる暮らしや営みを築けるようになったばかりなのだ。

 

 マース・コッドやサム・ヒューストンの予期せぬ来訪は、一歩間違えれば、ナスカという安住の地や今の暮らしと営みを失うきっかけにもなりかねない。

 人類にナスカの居場所を把握されたら最後、この星系に人類の追手がやって来る。そうなれば、ミュウはナスカを捨てて逃亡生活に戻らねばなるまい。けれど――

 

 

「そんなこと、できるわけないだろう……!」

 

 

 サムはジョミーの友達だ。折角再会できた友達の記憶を弄繰り回す奴がどこにいるのか。

 成人検査によって記憶を消されている可能性が高いことは知っている。

 それでも――彼と共に過ごした時間は、ジョミーにとってかけがえのないものだから。

 

 

「何故です? 人間は既に、成人検査で記憶を消したり植えたりしている。今更我々がそれをしたところで、良いも悪いも無いで――「友達なんだぞ!!」

 

 

 ハーレイは諫めるような口調で、懇々と説いてくる。それを感情任せに一括し、ジョミーはブリッジから駆け出した。

 

 拿捕した宇宙艇の元へ向かう中、ジョミーは嘗ての出来事を思い返す。自分がまだミュウとして目覚める前に過ごした時間であり、今はもう戻ることの叶わぬ平和な記憶。幼馴染のサムやスウェナと一緒に街を駆け抜け、共に遊び、勉学に励み、一緒に笑い合った――とても、大切な時間だ。

 成人検査を受ける直前、サムから手渡された“親友の証”は、人類に追われる立場になった今でも大切に持ち歩いていた。普段はしまい込んでいるそれを懐から取り出し、ジョミーは口元を緩ませる。今も生きているということは、サムは成人検査を無事にパスしたということ。

 

 

(……彼は僕のことを、今も覚えていてくれるだろうか)

 

 

 成人検査が“人の記憶を弄繰り回す”モノだということは、ジョミーも既に理解している。成人検査をパスしたということは、記憶の一部を消去・改竄されているということ。

 もしかしたら、サムは成人検査をパスする過程で、アタラクシアの出来事――ジョミーと共に過ごした日々のことを、消されてしまっている可能性があった。

 あれから随分と時間が経過し、自分たちは20代半ばを迎えたばかり。ジョミーの外見年齢の老衰は緩やかで、同年代のサムと並んだ場合は童顔に見られる程度だ。

 

 

(――いいや、覚えていてくれるはずだ。気づいてくれるはずだ)

 

 

 不安から脱線しそうになる己を叱咤激励しつつ、ジョミーは走る。

 懐かしい友の元へ向かう足取りは、どんどん軽くなっていった。

 

 

(だって僕たちは約束したんだ。『大人になってもずっと仲良くしよう』って!)

 

 

 

*

 

 

 肩に走った痛み、突き刺さったナイフ、不気味に笑う親友。驚くジョミーなど気にも留めず、サムはナイフを振り回す。

 ただならぬ様子に気づき、止めようとしたマース・コッドさえ滅多刺しにしたサムは、僚友だったはずの男を蹴飛ばして迫って来る。

 

 そこに罪悪感や後悔はない。あるのは――命令を忠実に実行するという、伽藍洞の意志(プログラム)だ。

 

 

『友達だろ? ジョミー』

 

『プレゼントを受け取ってくれよ。サム・ヒューストンからの、プレゼントだよ!』

 

『――はは、あはは、あははははははっ!』

 

 

 ナイフを振りかざして襲い掛かって来るサム・ヒューストンは、ジョミーに“親友の証”を手渡してくれたサムとは全然違う。

 だってサムは、ジョミーにナイフを突き立てたりしない。ジョミーを殺そうとなんかしない。彼は言ったのだ。『大人になっても、ずっと仲良しでいよう』って。

 ……じゃあ、こいつは誰だ。不気味に笑い、止めようとした僚友を躊躇わず滅多刺しにし、ジョミーにナイフを振りかざして襲い掛かって来るこの男は?

 

 

『違う』

 

『お前は、サムなんかじゃない――!!』

 

 

 ジョミーの思念によって拿捕した宇宙船は弾け飛び、周囲には数多のデブリが散乱する。手に持っていた“親友の証”は、金属部が真っ二つに割れていた。

 

 

 

**

 

 

 

「精神的疲労が大きいようですが、すぐ回復するでしょう。指導者(ソルジャー)ですから」

 

 

 医師の声が、どこか遠い。

 

 

「申し訳ありません、ソルジャー。貴方のお友達がこの星系に現れたというだけで、疑って然るべきでした」

 

「恐らく、マザーによる思考プログラムでしょう。何らかのイメージが(キー)となって、本人の意志に関わらず、プログラムされた行動を開始する」

 

「……そうか……」

 

 

 ヒルマンの分析は、現実的な視点では何の解決にもなりはしないだろう。だけどその見解は、今のジョミーにとっては一抹の救いには成り得た。

 ジョミーに襲い掛かったサムは、サム自身の意志で“そうした”訳ではない。S.D.体制を存続させるシステムの一部たるマザーによる差し金で、そう動いただけなのだ。

 サムがジョミーに襲い掛かる直前の光景を思い返す。彼はジョミーの気づくと、驚いたのちに嬉しそうに笑った。ジョミーの名前を呼び、『会えて嬉しい』と語り、思い切り抱擁してくれた。

 

 ――マザーの思考プログラムが起動する直前まで、サム・ヒューストンは確かに、ジョミーを『友達』だと思ってくれていたのだ。

 

 それだけでよかった。それだけで充分だった。

 もう戻ることのできない、平和だった頃の記憶。かけがえのない日々。

 

 

「あれだけの思考プログラムを人間の脳に組み込めば、結果は……見えていますな」

 

「これが奴らのやり方だ。例え同胞でも道具にする……!」

 

 

 サムと似たようなことをされた人間――或いはミュウの末路を見たことがあるのか、ヒルマンは重いため息をついた。

 彼の言葉を肯定し、補足を述べたゼルもまた然りなのだろう。ゼルは強硬過激派の筆頭ではあるが、それは仲間を思うが故のことであった。

 

 

「ここの星域にワープアウトしたってことは、ひょっとして、マザーに――」

 

「『我々の位置が特定された』というのか? エラ」

 

「まさか。多分無作為(ランダム)だよ。下手な鉄砲、数撃ちゃ何とやらさ」

 

「――1人にしてくれないか」

 

 

 話始めた長老たちの声や言葉を聞きたくなくて、ジョミーは瞼を閉じて告げる。長老たちの気配が遠ざかって行ったのは、それからすぐのことだった。

 

 

 

 

 

 

 未来を演算するシステムを解析し始めてから、ビリー・カタギリはまともに家へ帰っていない。

 

 ビリーにゼロシステムの解析依頼が入ったのは、高嶺の花であるリーサ・クジョウが転がり込んで有頂天になっていたのと同時期だった。亡くなった親友の姉が、どこぞの伝手で入手した欠陥品だという。どうにかして、このシステムを完全なものにしてほしいそうだ。

 欠陥品とはいえ、ゼロシステムが示す情報は多岐にわたる。最初は制御不能で膨大な情報に振り回されたが、最近になってようやく、欲しい情報をピックアップできるようになってきたばかりだ。欠陥品で初体験の一般人(ビリー本人)が3日間の記憶が飛ぶなら、完成品を一般人が初体験したらどうなるのだろう。

 

 親友曰く、『あれは見ていて恐ろしかった。キミまでもが魔道に堕ちたのかと思った』らしい。見ないうちに武士道にのめりこんだ彼の言う台詞ではないだろう。

 クーゴたちと一緒に京都旅行に行ったときに買った、と、自慢げに見せてきた仮面と陣羽織を身に纏っていた親友は、常に物々しい空気を漂わせるようになった。

 リハビリを終えて退院した彼は、亡くなった親友の姉の元へ出入しているようだ。どことなく不本意そうにしていたが、2人の間に何があったか、ビリーは知らない。閑話休題。

 

 

(彼女はこれを「機体に搭載したい」って言ってたな。パイロットにかかる負荷は相当のものだろう。……対策は、どうするんだろうね?)

 

 

 ゼロシステム搭載機に搭乗するであろうパイロットに思いを馳せながら、ビリーはマグカップへ手を伸ばした。口にいれたコーヒーは、既に生ぬるくなっていた。

 時計を見ると、前回確認したときよりも針が3週回っている。そろそろ休憩しようかと、背伸びをしたときだ。急に、デスクトップ画面に映し出された数字が点滅し始めた。

 何か起こったのか、とビリーが目を剥いた途端、膨大な情報が一気に流れ込んでくる。内側から殴られるような痛みと共に、頭の中が一気に真っ白になった。

 

 がんがんとした痛みの中で、光景がフラッシュバックする。そこにいたのは、ビリーにとっての高嶺の花――リーサ・クジョウその女性(ひと)であった。

 彼女は見慣れぬ制服を見に纏い、戦術指揮を取っている。ときにはアルコールに舌鼓を撃ち、ときには見知らぬ人々と楽しそうに談笑していた。

 

 指揮を執る彼女の眼前に映し出されたモニターに、機体が映った。世界を騒がせたMS――ソレスタルビーイングのガンダムだ。それが意味することは、ただ1つ。

 

 

(嘘だろう……!? クジョウが、ソレスタルビーイングの人間だって……!!?)

 

 

 あまりの情報に、ビリーは我が目を疑った。目の前で点滅する光景を信じられなかった。自分が思いを寄せる相手が世界の敵の一員だなんて、認められるはずがない。

 嘘だと否定しても意味がないことは分かっている。しかし――残念ながら――ゼロシステムが示す情報(もの)が、未来すらも見通す演算能力が、偽りを見せるはずがないのだ。

 ビリーはクジョウの気を引くために、三大国家の軍事演習に関する情報を提供したことがある。まさか、あの情報を入手するために、彼女はビリーに近づいてきたのだろうか。

 

 ビリーの心が疑念に塗りつぶされそうになったとき、頭の中に光景が浮かんだ。

 クジョウは悲しみに満ちた目をして、情報の入ったマイクロチップを懐に戻す。

 

 

『ごめんなさい、ビリー』

 

 

 彼女は、横流しされた情報を使わなかった。ソレスタルビーイングのガンダムパイロットにも、クルーにも、ビリーが齎した情報を口外しなかった。自分たちが敗北し、ガンダムを失うことを分かっていて、パイロットたちを戦地に送り出したのである。

 

 ソレスタルビーイングの新型ガンダムが姿を現したのもこのときであったが、クジョウの作戦プランには、新しいメンバーのことなど一切流れていなかったのだ。

 MDたちが暴走して大変なことになることも予測できていなかったようだし、“クジョウがビリーを裏切った”という馬鹿な予想は的外れだったらしい。

 

 むしろ彼女は、ビリーのために心を痛めてくれた。その事実に、体がじわじわと熱を帯びていく。口元がかすかに震えた。このまま舞い上がってしまいそうだった。

 ぱちん、と、何かが弾けるような音が耳を掠めた瞬間、ビリーは椅子の上から立ち上がっていた。ディスプレイ画面には、相変わらず数字の羅列が表示されている。

 静かな研究室。自分以外、誰も人がいない。街の明かりも大体が消え去っていた。今晩も研究所に泊まることになりそうだ。ビリーは大きく息を吐いた。

 

 同居人となっている高嶺の花に、『今日も研究所に泊まる』とメールを入れた。ゼロシステムで見た情報を話そうかと端末のボタンを押しかけ、ビリーは手を止める。

 しばし迷った後、ビリーは下の文章――クジョウがソレスタルビーイングの人間だと知ったこと――をすべて消して、『飲みすぎないように』と注意する文面を入力した。

 

 

「送信、っと」

 

 

 ピロリン、という軽快な音が響く。

 間髪入れず、『メッセージを送信しました』の文字が浮かんだ。

 

 

(ソレスタルビーイングは僕の友人(グラハムとクーゴ)たちを助けてくれたし、クジョウは僕を庇ってくれた。……これで、いいんだよね)

 

 

 ビリーの脳裏に浮かんだのは、ユニオンの軍事工場。偽物と死闘を繰り広げ、満身創痍だった親友たちを助けてくれた天使(ガンダム)たちの姿だった。

 借りを返すにしては遅すぎるのかもしれないし、自分のやっていることは軍人としてあるまじき行為なのかもしれない。だとしても、ビリーとて人の子である。

 そこには、以前の――三大国家の軍事演習を彼女に漏らした――ときとは違い、“クジョウに気にいられたい”という下心はなかった。

 

 システムを完成させるのは、根気の居る作業だ。少し休んでから、もう一回頑張ろう。

 

 ビリーはコーヒーを追加するために立ち上がった。そのまま、PC画面へ背を向ける。

 真っ暗闇の窓ガラスには、PC画面の光がぼんやりと浮かんでいた。緑と青を基調とした光だ。

 

 

(――!?)

 

 

 ほんの一瞬、PC画面に黄色と赤の光が激しく点滅した。振り返ってPC画面を確認すれば、何事もなかったかのように緑と青を基調とした光が映し出されている。

 

 

「……何だったんだ……?」

 

 

 狐につままれたような気分で、ビリーはPC画面を凝視した。次の瞬間、マグカップを持っていた手に熱が走る。慌てて見れば、白衣にコーヒーが染みていた。

 コーヒーの汚れは落ちにくい。やってしまった、と、白衣の袖を見てため息をつく。連日徹夜の強行軍は、流石にこたえたようだ。今日は少し長めに休息を取ろう。

 ビリーは白衣を脱いで予備のものに着替える。目覚まし時計のタイマーを普段より遅めにセットして、短い眠りの旅へと舟をこぎ始めたのであった。

 

 

 

*

 

 

 

 ゼロシステムの解析は順調(?)に進んでいる。同時に、システムの欠陥の修繕も進んでいた。

 完全まではまだまだ時間がかかるけれど、徐々に近づいているという実感があった。

 

 今日も頑張るぞ、と、ビリーが背伸びをしたときだった。

 

 ぞっとするような悪寒。

 弾かれたように振り返れば、そのタイミングで扉が開いた。

 

 

「失礼するわ。カタギリさん」

 

 

 銀の刺繍で鶴が描かれた、豪奢な着物を身に纏った女性が研究室へやって来る。彼女の来訪時に起きる寒気には、いつまでたっても慣れなかった。

 ビリーは会釈し、女性をソファに促した。女性は優雅に座る。彼女が研究室に足を運ぶようになってから、高級の玉露が常備されるようになった。

 女性の好みに合わない飲み物を出すと、延々と愚痴をこぼされるのである。徹夜で疲れているときに愚痴につき合わされるなんて、悪夢以外の何物でもない。

 

 

「ゼロシステムの解析は?」

 

「ぼちぼちです」

 

「そう。早くしてね」

 

 

 女性の問いに、ビリーは曖昧に答えた。女性が研究所に来ると、決まって『ゼロシステムの解析と欠陥部分のカバーがどれ程進行したか』を訊ね、急かす。

 技術屋のことなど何もわかっていない様子だ。開発やプログラムの見直しには長い時間がかかるということを、彼女には理解してもらえないらしい。

 

 『理系は人生規模で物事を考えるが、文系は即効性を求める傾向にある』――そう零していた人物は、もう、この世にいない。

 

 いつも通りのやり取りが終われば、彼女はすぐ帰ってしまう。だから、今回もそうだろうとビリーは思っていた。

 ビリーの返事を聞いた彼女は緑茶を啜ったのち、妖艶な笑みを浮かべた。大抵の男が見れば、誰もが胸を高鳴らせるような微笑だ。

 しかし、彼女の微笑みを見たビリーは悪寒に襲われた。嫌な予感がする。ごくりと生唾を飲み干した。

 

 

「貴方が高嶺の花と仰ぐ女性の真実を知って、どう思った?」

 

 

 女性が告げた言葉に、ビリーは思わず目を剥いた。どうしてこの女性は、ビリーがゼロシステムで知った真実を知っているのだろう。

 

 

「彼女は貴方を裏切っていたわ。貴方を騙していた。……憎いと思わない?」

 

 

 頭がくらくらしてきた。場にそぐわぬ倦怠感に、意識が沈んでいく。

 

 

「貴方は彼女を憎んでいる」

 

 

 まるで、ビリーに言い聞かせるかのようだった。うつらうつらとする意識の中、女性の声が反響した。

 

 憎んでいる。

 誰が、誰を。

 ビリーが、クジョウを。

 

 ビリーは憎んでいる。

 リーサ・クジョウを憎んでいる。

 

 ――憎んでいる?

 

 誰が、誰を?

 ビリーが、クジョウを?

 

 リーサ・クジョウを憎んでいる?

 ソレスタルビーイングを、憎んでいる?

 

 

「違う」

 

 

 ビリーは、はっきりと口にした。

 

 

「僕は、クジョウを憎んでいない」

 

 

 反響していた女性の声が止まった。曖昧になりつつあったビリーの意識が、一気にクリアになる。目の前にいる女性は大きく目を見開いていた。

 己の意思を確かめるように、相手に確かめさせるように、ビリーは言葉を紡ぐ。

 

 

「僕は、クジョウを憎んでいません」

 

 

 それは、ビリーの確固たる意志だ。

 

 

「――そう」

 

 

 幾何の間をおいて、女性は笑った。妖艶な笑みを、更に深くする。

 ビリーの背中に、これ以上ない程の悪寒が走った。

 

 ビリーの中にある《何か》が悲鳴を上げている。女性が、恐ろしいことをしようとしていると訴えている。今すぐにこの場から離れなければならないと叫んでいる。

 だというのに、ビリーの体は動かなかった。蛇に睨まれた蛙のように、一切の身動きができなかった。心臓が早鐘を打つ。すべての動きがスローに見えた。

 女性はビリーの額に手をかざした。聖母のような、悪魔のような――どう形容すればいいのかわからない、綺麗な微笑を浮かべた女性の姿が視界の端にちらつく。

 

 急に、頭がくらくらしてきた。場にそぐわぬ倦怠感に、意識が沈んでいく。うつらうつらとする意識の中、女性の声が反響した。

 

 

「聞き分けの悪い玩具(オニンギョウ)さん。しょうがないわね」

 

 

 

 

 

 

 このときのクーゴ・ハガネはまだ知らなかった。

 

 

 

 

「オルフェスがライラスと合体できるようになったんだ!」

 

「これで、ベルジュくんと共同作業が……うふふふふふ」

 

「いいなー。お姉さまばっかりずるい! 私もジンと合体したいです!!」

 

「あ、アユル……!」

 

 

「ああああああああおあああああああああっああああああうわああああああああああああああああああっああああああああああ!?!?!?」

 

 

 

 リチャード・クルーガー氏が一時的狂気を発症することを。

 

 

 

「これが、ゼロシステムの力……!」

 

「これさえあれば、私は世界を変えられる! こんなクソみたいな世界を、私の力で変革することができる!!」

 

 

「キミが革新者(イノベイター)として優れた存在であることは事実だ。そこは素直に賞賛し、敬服するよ」

 

「……だが、イオリア計画は……父さんの遺志は、決して、お前のような存在を認めない!!」

 

 

革新者(イノベイター)のなり損ないのくせに! 紛い物のイノベイドが、真の革新者(イノベイター)に勝てるはずないでしょう!!」

 

 

「お前は真の革新者(イノベイター)じゃない」

 

「イオリアが提唱した存在を……本当の意味での革新者(イノベイター)を見出した僕が言うんだ。間違ってなんかいないよ」

 

 

「刹那・F・セイエイ」

 

「純粋種の力、見せてくれるよね?」

 

 

 

 遺志を冒涜する者と遺志を継ぐ者同士の戦いに、ゼロシステム搭載機が関わることを。

 

 

 

 

「貴方の父君は、軍を裏切った。市民を傷つけた」

 

「そうやって、同じように、貴方の父君は貴方の母君を見殺しにした」

 

「貴方は、父君を憎んでいる。――そうでしょう?」

 

 

「――憎い」

 

「私は、あいつが憎い」

 

 

「貴方が想いを寄せる人たちをたぶらかし、光が差さない獣道に引きずり込もうとしている奴。それは、貴方が1番分かっているはずよ」

 

「そうだ……。そいつさえ、そいつさえいなければ……!!」

 

 

「彼女を助けたい?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、どうすればいいか、わかるわね?」

 

 

「――ああ」

 

「ころせば、いい」

 

 

 

 ほの暗い闇の底へ、新たなる迷い子が引きずり込まれていくことを。

 

 

 

 

「もういっそ、MSファイトで決着付ければいいんじゃないのか?」

 

「「そ れ だ ! !」」

 

「えっ」

 

 

「ロックオン・ストラトス!」

 

「スラオシャガンダム!」

「ケルディムガンダム!」

 

「狙い撃つぜ!!」

「乱れ撃つぜぇ!!」

 

 

 

 後に伝説と称された『狙い撃ち合い宇宙(そら)』と呼ばれる、兄弟喧嘩を目の当たりにすることを。

 

 

 

 

 クーゴ・ハガネの明日は何処(いずこ)なりや。




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