咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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こういうの見たことないなぁーと思い、書いてみました。魔王な咲さんが見たかっただけです。


プロローグ

 春の薫りが桜の花弁と共に舞い漂う季節。

 雲の間から差し込む陽光は暖かく、絶好の日向ぼっこ日和なそんな日に。小さな橋の架かった小川のほとりの木陰で、一人本を読んでいる少女がいた。

 彼女の名前は宮永咲。今年からこの清澄高校に入学した新入生である。見た目はどこにでもいるような普通の女子高生だ。強いて特徴を挙げるとするなら、髪が角のようにとんがっていることぐらいだろうか。

 実はもう一つ、常人を遥かに上回る超人的な“能力”と呼べるような力もあるのだが、今の状況ではあまり意味のない力である。むしろ、このご時世ではデメリットであると言えるかもしれない。少なくとも本人はそう思う節が幾度かあった。

 

「……うぅ〜んっと」

 

 丁度きりがいいところまで読み終えた咲は、伸びをして周りを見渡す。

 入学直後のこの時期に、校舎の外れで読書に勤しんでいる者など咲ぐらいしかいない。

 先に仄めかした能力にも関係あるが、ある事情から咲は人と関わるのが少し苦手であった。友人はいるが親友と呼べるような存在はおらず、一番仲がいいのは中学から付き合いのあるあの少年だろう。

 そのため、午前中に授業も終わったこんな日に、わざわざ図書室から本を借りてこんな場所でのんびり読書をしていたのだ。

 

(ん? 向こうから人が……)

 

 友達が少ない可哀想な子と他人に思われるのを避けるために、わざわざ人と出会わなそうな辺鄙な場所を選んだつもりだったのだが、少し遠くからこちらに歩いて来る少女を見かけた。

 

(うわぁ……綺麗な子)

 

 整った顔立ちは造形めいた美しさを纏っていて、二つに束ねた桃色の髪は陽光を反射して煌めいている。

 まるで女神に祝福されたかのようなその容姿は、同性の咲でも思わず息を呑む程の美麗さであった。

 そして、一番の驚愕すべき点がそのスタイルである。

 

(スカーフが同じ色ってことは同級生だよね? ……嘘でしょ詐欺でしょ大きすぎでしょ⁉)

 

 反射的に自分の胸を見下ろす咲であったが、そこには広がるのは凹凸などではなく、双丘とは夢のまた夢と思わせる貧相なもの。

 

(まぁお母さんもこんなだったから、最初から望みなんてなかったんだけどね)

 

 ため息一つついて空を見上げる。

 先程まで広がっていた青空に少し雲が目立ち始めていた。今朝観たニュースで夕方頃ににわか雨が降るという予報を思い出し、降られないうちに帰ろうと本を閉じる。

 

(もう何年も会ってないなー。お姉ちゃんとお母さん、元気にしてるかな?)

 

 ふと、そんなことを思う。

 現在咲は父と二人長野で、母と姉は東京で暮らしている。両親は離婚をしているわけではないのだが、訳あって別居状態なのだ。

 

(そう思えばあの日からだよね、色々変わっちゃったのは……)

 

 今のようになった原因とも呼べる日のことを、咲は鮮明に覚えていた。

 

 その日は、家族で麻雀をした最後の日だった。

 

 

****

 

 

「咲ッ‼ いい加減にしてッ‼」

 

 咲がこの件で、姉に叱られたのは何度目だろう。

 

「照、落ち着けって。たかが麻雀だろ? こんなことで怒るなんて咲がかわいそうだろ?」

 

 父が宥めるように声をかけるが、今の姉は全く聞く耳を持っていなかった。

 姉の名前は宮永照。咲と同じように髪が角みたいにとんがっていて、咲より少し長い髪と切れ目が似合うクールな見た目の少女である。

 

「だって、咲がまたプラマイゼロにしたんだよ! お父さんとお母さんは悔しくないの!?」

 

 大人びた印象のある照だが、この時はまだ小学生。このように癇癪を起こすことも少なからずあった。と言っても、普段はイメージ通りな温厚篤実な人柄の持ち主。

 しかし、ある事柄が混ざるとこうなるのだ。

 そのある事柄というのが麻雀である。

 

「私は悔しい‼ だって手加減されてるみたいだもん‼」

 

 照は本当に麻雀が大好きであった。実力も高く、きっと同世代の中でも並ぶものが殆どいない、他とは隔絶した強さを誇っていた。

 現在、麻雀は世界的に流行している。麻雀は賭博に使われるイメージが強いが、今では一種の知的なスポーツとして認知され、中学生・高校生の競技麻雀公式大会も行われるほどである。毎年開催される高校生雀士による全国大会は、テレビ中継されるほどポピュラーな競技になっているのだ。

 プロの女流雀士ともなると、ほぼアイドルと変わらない扱いを受けているのが今の世。

 そんな世の中だからか、小さな頃から麻雀に触れ、プロを目指す少女たちが続々と増えている。照もそんな少女たちの一人で、両親はこのままいけば間違いなくプロになれると確信していた。

 

 だが、その照すらも上回る実力を持っているのが咲であった。

 

「……まぁ照の気持ちもわからなくもないわ。確かにあまり良い気分ではないもの」

「お前まで何を言ってるんだ。そんなこと言ったら……」

 

 あぁ、またこうなるのか……と、咲は両親の口論を聞きながらため息をついた。いつからこうなってしまったんだろう。二、三年前はこんなではなかったのに。

 その頃は、咲も心の底から麻雀を楽しんでいた。でも時が経つにつれてそんな気持ちも薄れていった。きっかけは、ちょっとした賭け事みたいなのが始まったからであろう。

 それからは勝ち過ぎると嫌な顔をされ、負けると自分が損をするし手加減されたと疑われる。

 そんな状況が続いたからか、気がつけば勝ちも負けもしないプラマイゼロで終局させる技術を身に付けていた。

 最初のうちはそれでごまかせていたが、そのうち咲がプラマイゼロを意図的に打っていることが家族に筒抜けになっていた。それからはプラマイゼロで終わらせても嫌な顔をされ、最近ではこのように照に怒鳴られることも少なくなかった。

 そして、徐々にだが咲にも変化が起きていた。簡単に言えばストレスが溜まってきたのだ。

 当然といえば当然である。

 勝っても、負けても、プラマイゼロにしても怒られるこの状況は、幼い咲にはかなりの精神的苦痛であったのだ。

 それと同時に、この理不尽な仕打ちに着実に、確実にストレスが咲の中に溜まっていて、それもそろそろ限界に近かった。

 

「咲、次もまたプラマイゼロだったらお姉ちゃん、本当に怒るからね」

「そうね、咲、次プラマイゼロだったら今月はお小遣い抜きにするわ」

 

 ……今思えば。この言葉が最後の一線を越えた原因だったのだろう。

 

「おいお前たち、いくらなんでもそれは……」

 

 照と母の発言に流石に怒ろうと父が言葉を続けようとした刹那。

 

 ──ゴ ォ ッ !

 

「「「ッ!!?」」」

 

 空間を支配する圧倒的な威圧感が怒気と共に放たれた。尋常ではないオーラは重圧として三人に伸し掛かり、湧き上がる恐怖が反射的に身を竦ませる。

 驚愕から立ち直った三人は恐る恐る、オーラの発生源へと視線を向けた。

 そこには今の今まで俯いていた少女の姿はなく、年齢に似合わない毅然とした態度で家族を見据える魔物が存在していた。

 

 咲の、宮永家の運命が狂い出したのは、この瞬間を置いて他にないだろう。

 

「……分かった。じゃあ私からも勝ったら一つお願いがある。それを叶えてくれる?」

 

 咲がしゃべったことにより、硬直が解かれた三人。

 しかしすぐには返答は出来ず、暫しの間をとって父が咲に話し掛けた。

 

「……そのお願いっていうのはなんなんだい、咲?」

「勝ったら言う」

 

 代表して父が聞いたが、その剛毅な発言に対しては照と母が顔をしかめた。まるで、絶対勝てるというその口ぶりは、二人をやる気にさせたのだ。

 

「分かった。それでいい」

「お母さんもそれでいいわ」

「……お前たちがいいならお父さんもそれで構わないよ」

 

 四人が卓につく。

 最後の家族麻雀が始まった。

 

 

****

 

 

(あの後は一瞬だったな。東一局の私の親番で連荘して、三人同時に飛ばしたんだっけ。そしてお願いを叶えてもらった)

 

 お願いの内容は至極単純。『もう二度と家族麻雀をしない』、それだけだった。

 

(でも、あの日からお姉ちゃんとお母さんと気まずくなって、結局お母さんの仕事で東京に行くってなったときに、お姉ちゃんが一緒に出て行っちゃったんだよねー)

 

 その日以来、会うどころか連絡もしていない。咲としては仲直りしたかったので着いて行きたくもあったが、父を一人にさせられないし、なによりまだ気まずかったので残ることにしたのだ。ろくにお別れも出来なかったことに後悔していた。

 でもあんな別れ方をしたのだ。嫌われていても文句は言えない。此方から会いに行くなど、到底出来そうにない。

 今は何をしているのだろうと詮無いことを考えているうちに、先ほど見かけたあの少女はどこかへ行ってしまっていた。

 

「私も帰ろっかな」

「──おーい、咲ー」

 

 腰を上げた咲だが、彼女に声をかけてくる少年が向こうから走ってきた。

 

「んっ? 京ちゃん? どうしたの?」

 

 咲は少し驚いたように返事をする。このタイミングで出会うとは予想外であったのだ。

 彼の名前は須賀京太郎。咲の数少ない親しい友人である。

 あの最後の家族麻雀の日、色んな意味で覚醒した咲はその後の学校生活で困ったことになった。どうやら咲は、無意識のうちにクラスメイトを威圧してしまうほどの刺々しいオーラが、常時滲み出るようになってしまったらしいのだ。

 麻雀に興味がない、または鈍感な人なら問題ないのだが、ある程度麻雀に嗜みがある人だとそれだけで咲のプレッシャーを感じ取れてしまうらしい。

 それに気づいた咲は意識的に抑えるよう努力したのだが、効果はすぐには現れなかった。

 加えて間の悪いことに、麻雀を嗜む少年少女が増えてきたこのご時世。咲の無意識のプレッシャーを感じ取れる人が多く、そのために友人ができにくくなってしまったのだ。当時はかなりショックなことであった。

 中学生の半ばにしてに、やっと自由にコントロール出来るようになったのだが、それでも時間がかかり過ぎた。咲のコミュニティは相当小さい。

 そんな中で京太郎は、麻雀に興味なし&鈍感という、最近では珍しい人種であり、仲良くなれたのだ。

 

「いやー、丁度お前を探しててな」

「なにかあったの?」

 

 普段から付き合いがあるため軽く声をかける。京太郎が自分から咲に頼みごとなど、大抵は面倒事なのだがそこはもう慣れていた。

 

「なぁ、咲……」

「な、何京ちゃん?」

 

 ここまでためられると少し警戒心が強くなるのだが、基本それは無意味に終わる。経験上なんとなく分かる。

 

「学食行こうぜ‼」

「……なんだそんなことか。別にいいよ」

 

(あの日から私、タフになったよなぁ)

 

 こんなことを思いながら友人と一緒に学食へ向かうのであった。




加筆&修正しました。
後の話もする予定ですが、まだ全て終わるのには時間がかかりそうなので、途中で文書の形式が変化するのが気になるかと思いますが広い心を持って無視して頂けると幸いです。

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