咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
(………なんというか、能力者しかいないな。すごく面倒い)
対局が始まって、ある程度経ってから咲が最初に思ったことはそれだった。
揃いも揃って特異な打ち手しかいない。白糸台が強豪である証拠とも言えるだろう。
和ならそんなものはただの偶然で済ませるだろうが、咲はそうは思わない。
何故なら、咲自体が麻雀においてはファンタジーの塊とも言えるからである。
最近の麻雀は、運や勝負強さなどでは片付けることの出来ないことが多すぎるのだ。咲の嶺上開花や、照の連続和了がその最たる例である。
(最初からオーラ全開の淡ちゃんは、初っ端からダブリーの嵐。しかも配牌が悪くなるというセット付き。ツモが悪くなるわけじゃないし、淡ちゃんの場の支配もそこまでではないからどうにでもなるけど、面倒なことに変わりない。……まぁ、淡ちゃんは能力に頼りすぎだね)
ここまで能力者が集まると、咲も嶺上開花を使わざるを得ないかもしれない。手加減して目標が達成出来るほど、甘い相手ではなさそうだ。なるべく使わないつもりだが。
(誠子さんは鳴きが武器なのかな? ただ攻撃に意識を割きすぎて防御がおろそかだから、調整には困らないはず。唯一の懸念は飛ばさないように注意することくらいかな?)
持ち前の観察眼を活かして対局相手の打ち筋を理解していく。これがないと初見相手に点数調整なんて不可能である。
咲はいとも簡単にプラマイゼロを達成しているように見えるが、この技術は神懸かり的な読みと場の支配がなければ到底成り立たないのだ。
(そして尭深さん。点数調整する上で、この人がなんか一番怖い。まだ分からないけど、各局の一打目だけ異様なオーラを纏ってる。今はそれだけで、それ以外は別にどうってことないけど)
咲は観察眼が鋭いだけで、このような特異な打ち手との対局で一瞬にして相手の能力が分かるわけではない。その点で咲は照を下回っている。
照には通称『照魔鏡』と呼ばれる力がある。
一局を犠牲にして、対局相手の本質を見抜くことができるというものだ。本質を見抜くため相手の打ち筋はもちろん、能力なども一瞬で分かる。照もこれがあるから連続和了を比較的容易くできるのかもしれない。元々の場の支配が強いからでもあるが。
(それにしてもやりにくいのは、全員が攻撃特化型ってとこだよね……。放銃のやり合いは疲れるから嫌なんだけど……。淡ちゃんに至ってはバズーカみたいなものだし)
一通り観察し終えた。
あとは上手く調整するだけ。
こんな濃い面子で打つのは初めてだったが、不思議とそこは心配していない。
(まぁ、なんとかなるでしょ)
対局は南場へと突入していった。
****
「あんなこと頼んだが、咲ちゃんは本当に淡に勝てるのか?」
見守るような気持ちで観戦していた菫だったが、南場に
突入して咲に大した動きがないことから、気付けば照にそう尋ねていた。
菫は淡の実力を知っている。
その力は他を圧倒できる力で、ただの打ち手には到底太刀打ち出来ないものだ。咲は昔、照より強かったというのを見込んで頼んだのだが、正直淡が負けるところなどそう簡単に見られるとは思っていない。むしろ咲が負けないかと冷や冷やもしていた。
菫の複雑な心情などは知らない照は、対局から目を逸らすことなく菫の質問に答える。
「この対局では、咲は“勝た”ない。これは絶対」
「は?」
照の答えは要領を得ていない。
菫がその言い方に疑問を覚えるのは当然だろう。
「“勝た”ない? “勝て”ないんじゃなくてか?」
「そう」
「……どういう意味なんだ?」
「見てれば分かる」
改めて対局を見てみるが、菫には咲が極めて強いという風には見えない。
あの淡相手に何事もなく立ち回っている点は驚嘆に値するし、何かこの対局には違和感を感じる点もあるが、それでも勝っているわけではない。
はっきり言って、照が何を言いたいのか全く分からない。
「菫は私のあのインタビューの話知ってる?」
「あぁ、知ってるぞ。滅多に知れないお前の過去が分かると聞いて、店に買いに行ったのをよく覚えている」
今度は照が菫に話しかけた。さすがにあれだけでは分からないと判断したのだろう。
菫の答えに、照は自らの黒歴史が見られてるということで微妙に顔をしかめていた。こんな風に表情を変える照も珍しいのだが、今日に限ってはもう驚くことではない。
「実は、あの話しには続きがある」
「続き?」
「うん」
会話をしているうちにも対局は進んでいく。
その間に、菫は雑誌に書かれていた内容を思い出していた。
「確か、咲ちゃんがわざと負けたりしたとは書いてあったな」
「そう、その続き」
「……一体それはなんなんだ?」
菫にはこの話しの続きが読めなかった。
勝ちすぎて相手の気分がよくなくなるのは理解できる。
それでわざと負ければいいと考えるのも不思議なことではない。
だからこそ分からない。
この状況は、勝っても負けてもダメということだ。麻雀という勝負事においてこれ以上何があるのか。
「咲はね、勝っても負けても怒られる。だから勝ちも負けもしないようになった」
「……どういう意味だ?」
「……少し話を変えるけど、菫は対局前に「この対局は何点で終わらせる」って決めたとして、ちゃんとその点数で終わらせることができると思う?」
「……意味はよく分からないが、まず不可能だろうな。麻雀はそこまで簡単ではない。麻雀のセオリーだけ持った格下相手だったら、運が良ければ出来るかもしれないが、それでも十回に一回出来たら大したものだろう」
急な例え話の意図が読めなかった菫だが、自身の意見を素直に答えた。そんなこと今まで考えたこともないが、普通は出来ないだろう。そんなことが意識的に出来るのなら、負けることなどまずないのだから。
「そう、普通は出来ない。私もそんなこと出来ない。だけど──」
一度言葉を切る照。
その瞳は、鋭く光っていた。
「その点咲は普通じゃない」
対局はいよいよ大詰めというところまで来ていた。
淡がダントツで、咲の逆転ははっきり言って不可能に近い。
だがこの時の菫はまだ知らなかった。
第一に、咲に勝つ気すらなかったこと。
第二に、咲が何を狙っているのかを。
「咲はね、勝っても負けてもダメという状況が続いた後、気付いたらプラマイゼロで対局を終わらせるようになっていた」
「プラマイゼロ?」
「そう、プラマイゼロ。勝ちも負けもしない唯一の手段。この対局でもそれをするはず」
「そんなことが可能なのか?」
にわかには信じられなかった。
それはいくらなんでも非常識過ぎるだろう。つまりそれは、点数を自由自在に操れるということと同義だからだ。
「私も小さいころ何回もやられた。止めようとしたことも何回もあった。それこそ、プラマイゼロにされる前に誰かを先に飛ばそうとしたこともあった。……だけど出来なかった」
照はそれを思い出として語る。あまり良い思い出ではないが、あの出来事があってこそ今の照がある。
照がここまで強さに拘る最大の理由。全ては咲の『点数調整』という、神か悪魔が如き力に立ち向かうため。
「昔は本当に悔しかった。咲にそんなつもりは全くなかったのだけれど、菫が言っていたようにまるで自分が格下なんだと言われてるみたいで」
オーラスももうすぐ終わる。
今はちょうど咲が槓したところだ。
淡の能力から槓自体は見慣れたものだが、槓は麻雀のベテランになればなるほどしない。デメリットのほうが大きいから。
「今は止められない自分が悪いんだと思えるようになったけどね」
咲は嶺上牌を引く。
その姿はまるで、嶺の上で咲く花のよう。
「あれが、私の妹──」
他を蹂躙するわけではなく、全てを柳に風と受け流す鮮やかな手並み。
対局相手の努力を、嘲笑うかのように点数を調整。手の平の上で転がされていたことに気付くのは、全てが終わってしまった後のこと。
「宮永咲の力」
対局の成績は淡が一位、二位が咲、三位が誠子で、四位が尭深。
そして咲は、照が宣言したとおりプラマイゼロで対局を終わらせていた。
****
(………飛ばせなかった? この私が? しかも誰一人として)
淡は本気だった。
本気で咲を含めて全員を飛ばすつもりでいた。なのに、咲はおろか誠子も尭深も飛んでいない。このあり得ない事態に、呆然と固まってしまった。
淡の能力は主に三つある。
一つ目は常時発動型の支配系能力で、配牌時淡以外の他家を強制的に五向聴以下にする。これのおかげで、相手は通常より聴牌までに時間が掛かり、鳴かれない限り他家が最速で聴牌するまで最低でも四巡必要になる。淡はこれを絶対安全圏と呼んでいた。
二つ目は超攻撃型支配能力で毎局ダブリーが可能というもの。ダブリー時は他に役はないのだが、先に説明した能力と併用できるため性能は高いと言えるだろう。
三つ目は二つ目の補強的な能力で、場の4列の山牌の並びを四角形と捉え、局を進めて最後の山牌に入る直前の『角』で、淡が暗槓をすると和了確定能力が発動するというもの。この暗槓した数巡後に確実に上がれるのだ。加えて、暗槓した牌が槓裏ドラとして4枚すべて乗る。
つまり、特に制限なしでダブリードラ4の跳ね満確定という非常識な能力なのだ。
今回淡は、この全ての能力を惜しみ無く発揮した。
これは照以外なら問答無用で、文字通り吹き飛ばすことが可能だった。
なのに今回は、一人として飛ばせていなかった。
(こんなのあり得ない……!)
一位になったにも関わらず、納得していない様子の淡だったが、それは他二人も似たような思いだったらしい。何が起きたかよく分からない、そんな表情をしていた。
一方咲は、安堵の気持ちが大きかった。
(最後の最後で使わざるを得なかったか。てか尭深さん、オーラス怖すぎ! 見たわけではないけど、きっと手牌とんでもないことになってるよあれ……)
手牌にオーラが集まっていく時点でかなりやばいと判断したため、嶺上開花で速攻を決めたのだ。でなければ、この局は尭深が和了っていただろう。
尭深の能力は『
オーラス前までの全ての局の捨て牌第一打が、オーラスに配牌となって戻ってくる能力である。最速で局が進むと七牌しか集まらないが、連荘が混ざるとオーラスで集まる牌が増え、十二、十三牌集まると速攻で役満を和了れるような、まさに一発逆転が可能な能力なのだ。
今回は九牌だったため咲は防ぐことが出来たが、あと一つでも多かったら不可能だったかもしれない。
しかしその点を踏まえても、初見でこの能力に対応しきる咲の実力はやはり化け物染みている。
(私のプラマイゼロの天敵みたいな能力だな、うん)
「お疲れ、咲」
「うん、ホント疲れたよ。いやー、白糸台にはユニークな打ち手がたくさんいるんだね」
「咲ほどの人はいないよ」
「あはは、それはそうかもね」
(なんて恐ろしい会話してるんだ、この魔物姉妹……)
菫は早々に咲と照を魔物認定していた。照はすでに殿堂入りだが、咲も咲で異常というのがこの対局で理解できた。
(……それにしても信じられない。プラマイゼロを達成したこともアレだが、何より誠子と尭深が飛ばないようにもしていたなんて、本当にあり得ないぞ)
「菫さん。少し分かりにくいかもしれないですが、こんな感じで良かったでしょうか?」
「あ、あぁ。十分過ぎるくらいだ」
「サキ! この対局で何をしたのッ⁉」
菫と会話していたところに淡が割り込むように怒鳴ってきた。きっと淡もこの状況が咲のせいだということは分かったのだろう。
(さて、懲らしめるならここからが本番だね)
「何って、ただの点数調整だよ?」
「点数……調整?」
「そう。今回私は最初から勝つ気なんてなかったの。プラマイゼロで上がることしか考えてなかった」
「プラマイゼロ?」
対局後の点数を見る淡。
そこには、確かにプラマイゼロで終わっている咲の得点が記入されていた。
「苦労したよ。淡ちゃんが大きいのバンバン和了るせいで、誠子さんや尭深さんが飛ばないようにも気を使ったからね」
「そ、そんなこと……」
「出来るわけないって? そんなことないよ。相手が“強く”なければね」
「……どういう意味?」
わざわざ強調された部分を、淡が聞き逃すことはなかった。
咲としてはあえて。遠回しに伝えてあげようという性根が曲がりに曲がった親切心だったのだが、そこまで気になると言うなら仕方がない。
抑揚をたっぷりと付け、飛びっきりの笑顔で告げてあげた。
「はっきり言わないと分からない? 淡ちゃん、“弱い”って言ったんだよ?」
この言葉を聞いて、淡はブチ切れた。
「フザけないでッ‼ 私は弱くないッ‼ 私の方が強いッ‼ 次はサキなんて、一瞬で飛ばしてやるんだからッ‼」
「その言葉。そっくりそのまま返してあげるよ」
尋常でない緊張感が場を包み始めた。
両者から発せられる気迫は空気を震撼させ、気炎万丈の闘志を立ち昇らせている。このなかで唯一平然と立っているのは照だけで、菫を含めた全国レベルのプレイヤーですら身体に震えを走らせていた。
(勝つ‼ 絶対に勝つ‼ 私にそんな口利いたことを、心の底から後悔させてやるんだから‼)
「テルにスミレ! 席に着いて」
「分かった」
「……まぁ、そうなるか」
この状況でまともに打てる者はこの二人くらいしかいないと淡は判断したのだろう。事実その通りだったので二人は移動を始める。照は真っ直ぐ向かったが菫には少し寄るところがあった。
「えっと、咲ちゃん?」
「……すいません。売り言葉に買い言葉というやつで。まぁ、売ったのは私なんですけど。あはは……」
「ずっと見てたから知ってるよ」
「ですよねー……本当に申し訳ありません。ですが、淡ちゃんのプライドを傷つけるという点でネタバレは必要不可欠でしたし、結局こうなる運命だったと思いますよ?」
「……確かにそれもそうだな。しょうがない、責任は全て私が取る。だからここまで来たら最後まで頼むよ」
「もとよりそのつもりです」
最終的な打ち合わせも終わり二人も席に向かう。
「お姉ちゃん、手だし無用でお願いね」
「分かってるよ」
あらかじめ照に釘を差す咲。ここで照に大暴れされても困ってしまう。
「じゃあ始めようか」
咲の本日二度目の対局は、一度目に比べ明らかに殺気立った、異常な雰囲気のなか始まった。
咲さんの魔王っぷり再確認
淡ちゃん激おこ
菫さんマジ苦労人
テルテルは超自由
という感じです。