咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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「はいッ! レディースランチッ!」

 

 ガシャンッ! と、ちょっと苛立ちを込めて運んできたトレイを机に叩きつける。

 

「おぉっ、サンキュー咲ー」

「相変わらず人使い荒いよね京ちゃん。」

「いやー、だって今日のレディースランチ、メチャメチャうまそうだったからさ」

 

 遠回しにグチる咲だったが、鈍感な京太郎は全く気づかず、すでに「頂きます」と箸を手にとっていた。

 目的のランチは想像通りの美味しさだったのか、京太郎は満足そうに舌つづみを打っている。

 そんなに美味しいのだろうかと咲は改めてメニューを見てみるが、割と普通の定食である。もしかしたら男性受けはいいのかもしれない、レディースランチなのに。暇を持て余した咲は、今度父親に作ってあげようとメニューを頭に叩き込むことにした。

 咲の様子にも気付くことはない京太郎は、しばらくすると箸を片手にスマホをいじりだした。

 

「食事中にそういうのはマナー悪いよ京ちゃん。さっきから何ピコピコやってるの?」

「ピコピコって……、お前はおばあちゃんか」

 

 今時スマホに対してピコピコなんていうオノマトペを使う女子高生など、それこそ天然記念物並に珍しいのだが、咲は生粋の機械オンチなのだ。「これ、私がいじったら爆発しない?」とか普通に言う。

 更に付け加えると方向オンチスキルも完備されてあるため、本格的に迷子になると大変な思いをする。主に周りが。

 

「むっ、別にいいでしょ。それで何してるの?」

 

 「んっ」と見せてくれた画面。

 そこには、咲にとって苦い思い出の塊が鎮座していた。

 

「ま、麻雀!?」

「うぉっ! びっくりした。急に大声出すなよ咲」

「あっ、いや、ごめん京ちゃん」

 

 普段では見られない咲の反応に京太郎は驚く。

 文学少女のイメージがある咲が、声を荒げることなんて過去何度もなかったからなおさらであろう。

 

「もしかして咲、麻雀出来んの ?」

「うっ……まぁ、その、うん……」

「へぇー、知らなかったなあ」

 

(そりゃあ隠してきましたからねぇ)

 

 辟易した顔をする咲だが、もちろんそんなことは口に出さない。

 

「俺なんて、ようやく役を覚えたばっかだけどな」

 

 京太郎の言葉に、咲は苦々しい思いを抱く。

 咲からすると、京太郎が麻雀に興味を持つことは正直やめてほしかった。だが現在は「世は正に麻雀時代!」なんて言われてもおかしくないので諦めていた部分もある。

 「小学生が普通に麻雀を嗜んでいるなんて、世も末だな……ハッ」なんていう現実逃避は、咲にとってはもう日常茶飯事なのだ。

 こんなことで落ち込んでいたらキリがないので、麻雀に関するネガティブなことは2秒で切り返す(諦め)、というスタンスを咲は身につけていた。

 

「……それにしても、麻雀っておもれーのな」

 

 スマホを操作しながらそう言う京太郎は、心の底から麻雀を楽しんでいるように見えた。

 咲がそんな気持ちで麻雀をしてたのは随分と前で。

 もう何年もやっていないのに、そんな風に楽しそうに麻雀をする京太郎は、正直羨ましかった。

 

「麻雀かぁ、私はあまり良い思い出がないからなぁ」

「なんかあったのか?」

「うーん、色々とね」

「ふーん」

 

 興味なさげな京太郎だったが、「あっ、でもいないよりかはマシか……」と呟き、残っていたランチを急いで食べ始めた。

 

「どうしたの? そんな急いで?」

 

 ガタッと、勢い良く立ち上がる京太郎。そんな彼の様子を訝しむ咲だったが時すでに遅し。

 

「ついでに付き合ってよ。面子が足りないんだ」

「面子ってまさか……」

「んんっ、麻雀部」

「……さいですか」

 

 断る選択肢はなさそうだった。

 雨が降る前にさっさと帰って読書の続きをするという、咲の完璧な予定が崩れた瞬間だった。

 

 

****

 

 

「それで、どこに行くの?」

「旧校舎。そこの屋上に部室があるんだ」

 

 旧校舎。

 咲たちが普段過ごしている新校舎から離れたところにあるそこは、思っていたよりかは綺麗にされていた。窓がガタガタとやや不穏な音を立てているがその程度だ。

 上階へと続く階段を上り、着いたのは重々しい扉の付いた一つの部屋。[麻雀部]と立て札が打たれた扉の前で、京太郎恭しくは一礼する。

 

「ようこそ、お姫様」

 

 わざとらしい演技なのだが、意外と様になっているのが微妙にムカつくとか咲は思ってない。断じて思ってない。

 まぁそのあとの「ニィッ」という人の悪い笑みで台無しだったのだが。

 

「カモ連れてきたぞー!」

「……はぁー」

 

 カモ扱いなどそれこそ人生初なのである意味新鮮だったが、ため息は隠せない。とりあえず中に入ることにした。

 外見もそうだったが、中もそれなりに整頓されている。大きなホワイトボードに、奥の机の上にはパソコンまで備え付けられていた。部屋の中央には麻雀部だからこそ存在する雀卓が鎮座している。

 意外と整っている部室に感心する咲であったが、中にいた少女の姿を見て今度は驚いた。そこには、先ほど見かけた少女がいたのだ。

 

「……お客様?」

「あっ、あの時のオッ……ゲフン」

 

 つい本音を漏らしそうになった咲だが、なんとか誤魔化すことに成功する。

 

「えっ? なになにお前、和のこと知ってんの?」

 

 彼女の名前は原村和。麻雀部の一員らしい。

 もちろんそれも含めて全然知らなかったのだが、印象が強かったので覚えていた。主にある一部分のせいで。

 

「あぁ、先ほど橋のところで本を読んでいた」

「うぇ、見られてたんですか……」

 

 咲としてはあんなところで、しかも一人でいた姿を覚えていてほしくはなかったのだが、存外和は記憶力がいいらしい。

 

(友達がいない可哀想な子とか思われてたら嫌だなー)

 

 なんて暢気なことを思うが、今更そんなことを気にする咲ではない。どうせ今日ばかりの出会いなのだから。

 

「知り合いなら話しが早いな。和は去年の全国中学生大会の優勝者なんだぜ」

「……それはすごいの?」

 

 話の流れ的に麻雀の大会のことだろうが、生憎世間一般の中学生がどの程度の強さか分からない咲はそんなことを聞く。

 

「当たりまぇ…「すごいじょー!」」

 

 呆れたように答えようとした京太郎だったが、彼の言葉にかぶさって、もう一つ別の声が聞こえた。

 

「どーーーーーーん!!」

 

 声の在りかに目を向けると同時、その声の人物であろうハイテンションな少女が部室に突撃してきた。

 

(……なんで中学生がここに?)

 

 咲がそう思うのも無理はない。

 事実としては、目の前の少女は歴とした高校生なのだが、その少女は咲がそう疑うくらいには見た目中学生だったのだ。

 この時点でかなり失礼な眼差しを向けていた咲だったが、ロリ体型な彼女──片岡優希は咲の視線を気にすることなく、元気良く戦果を見せ付けた。

 

「学食でタコス買って来たじぇい♪」

「またタコスか?」

「ん、やらないじょ」

「取りゃしねーよ……」

「……お茶入れますね」

 

 咲からすると今の会話にはツッコミどころが一つや二つはあったのだが、ここでは日常的な光景なのだろう。誰も何も言わずにスルーしている。

 呆気にとられていた隙に優希がずいっと咲に近づいてきたので反射的に仰け反るが、優希は咲の困惑した様子に気付くことなく話し始めた。

 

「のどちゃんはホントにすごいんだじょ! 去年の全国中学生大会で優勝した最強の中学生だったわけで……」

「はぁ……」

「しかもご両親は検事さんと弁護士さん。男子にもモテモテだじぇ!」

「誰かさんとは大違いだな」

「ぶっ飛ばすよ京ちゃん?」

「ごめんなさい」

 

 思わず笑顔で毒を吐く咲であるが、今のは完全に京太郎が悪いので反省はしない。

 但し事実には変わりないので、こちとら友達すら少ないですよと、持って生まれた格差を天に嘆く。

 本当にいるのなら、神様を一度は殴ってみたいなどと意味不明なことを考えていた咲だったが、

 

「あのー……」

「「ん?」」

「お茶、出来ました」

 

 その間に四人分の紅茶を用意し終えた和が雀卓の側のテーブルに配膳していた。どうやら気遣いも完璧らしい。女子力が高い。

 くだらないこと思っているうちに、対局の用意が完了していた。咲を除いた各々が、極自然な成り行きで席に着く。

 

「部長は?」

「奥で寝てます」

「じゃあ、うちらだけでやりますか」

「そうですね、始めましょうか」

「はい……」

 

(トントン拍子で既に断れない空気に……まぁいいんだけどね)

 

 既に諦めていたので、咲はおとなしく席に着く。

 幸い自動卓だったためボタン操作で準備完了。

 

「25000点持ちの30000点返しで順位点はなし」

「はい」

「タコスうま〜」

 

(結局こうなるんだね……。でも……家族以外と打つの、初めてだな)

 

 久しぶりの麻雀。

 しかも気を使わなくていい麻雀。

 人知れず咲は笑みを浮かべていた。

 

(とりあえず、一番慣れてる打ち方でいいかな?)

 

 いきなり無双してドン引きされたくない咲は、超接待麻雀を始めるのだった。


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