咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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サクサクいくじぇ!

クオリティ?
咲さんが暴れてれば自然となんとかなる




4-5

 衣が動き出した次の対局。早速状況に変化が訪れた。

 

(一向聴から手が進まない。七、八巡程度ならよくあることだが……)

(配牌からずっと一向聴のままだ。鳴くになけないし……)

 

 奇しくも華菜とゆみは同じことを思っていた。

 

((このツモ、どうかしてる!))

 

 そんな中でも咲は、気持ち笑顔でこの状況を楽しんでいた。咲もどうかしていた。

 

(これが天江衣の……長いな。衣ちゃんでいいや。衣ちゃんの場の支配か。なんにも対抗とかしてないからあれだけど、ツモが酷い)

 

 咲も華菜やゆみと同じく、一向聴から手が進まない。有効牌が全く引けず、鳴くことも出来ない。

 一人がこのような状況になったりすることは、麻雀では案外一般的なことだ。運が悪ければそのまま聴牌すら出来ずに流局までいくことなどもざらにある。

 だが三人同時となると話が変わってくる。三人が三人、ツモだけでは手が進まないというならあり得るかもしれないが、鳴けないというのは不自然過ぎた。異常事態に他ならない。

 これは運などではない。咲は直感的に衣の支配だと分かっていた。これが流局まで続くのなら、かなり強力な支配だろう。

 しかし、それだけで済まないのが天江衣である。

 流局寸前に事態が動き出した。

 

「リーチ!」

 

(ラスト一巡でツモ切りリーチ……?)

 

 ゆみには衣のこのリーチが理解出来ない。ツモ切りリーチとは手牌が変わっていないということだ。それはつまり、今まで闇聴であったことを示す。

 だがそれなら、もっと早い段階でリーチを仕掛けるだろう。わざわざ残り一巡というこの場面でリーチなど違和感しかなく、もしここでリーチすることに意味があるとすれば、流局までのこの四巡の内に確実に和了れることを知っていなければならない。

 しかし、それこそあり得ない。運の要素で構成されている麻雀という競技で事前に来る牌が分かるなど、真っ先にイカサマを疑われるだろう。だからこそ衣のこの行動が理解できない。

 

 対して衣は、ごちゃごちゃと何事かを考えているゆみを見て心の中で嘲笑する。全くもって無意味なことをしていると何故気付かないのか。衣は既に、お前たちと同じ人の領域には立ってはいないのだと。

 

 ──さぁ、来い。

 

 衣は最後の牌を掴み取る。その後の未来を確信して。

 ──麻雀では最後の牌、海底(はいてい)牌で和了ると、嶺上牌で和了るのと同様に特殊な役がつく。

 

(その役の名前の意味は、海に映る月を掬い取る)

 

 海底牌を手に取る衣の瞳は、海の底のように深い碧色に煌めいていた。

 

海底撈月(ハイテイラオユエ)

 

 これこそが、天江衣の真骨頂。

 対局者を問答無用で海の底に引き摺り落とす。

 

 

 

(ラスト一巡でツモ切りリーチ、しかもそれで海底撈月か……)

 

 咲は衣の挙動を注意深く観察していた。衣の能力を看破するヒントを得られることを期待して。

 ひとまず、状況から分かることが二つ。

 

(まずは場の支配。一回だけだから断定は出来ないけど、ツモが極端に悪くなって流局寸前まで他家は聴牌出来ない。

 二つ目はこの海底。確実に海底撈月で和了れると分かっていないと、こんなことはしないでしょ)

 

 偶然にしては出来過ぎてる。咲はそれを偶然と片付けることはしない。意味がないからだ。いつから麻雀がこんな競技になったか知らないが、思考を柔軟にしないとやっていけない。

 その点、咲はある意味で和のことを尊敬している。あそこまで自分のスタイルを確立している打ち手にも関わらず、オカルト的な能力に対面したとしても全く対処を変えない和の芯の強さは並大抵のものではないだろう。

 いつかそのせいで大敗に喫することになる可能性も否定出来ないが、そのときはそのときだ。それに和の場合、団体戦でもなければ運がなかったの一言で済ませそうである。

 

(和ちゃんのことはとりあえず置いといて、今は衣ちゃん。それにしてもこの支配は嫌らしいな。性格が悪いと言ってもいい。ただ便利なのは確実)

 

 淡が聞いたら「サキの方が絶対性格悪いでしょ!」と叫びそうなものだが、これが衣の支配の二つの特性に対する咲の素直な感想だった。

 

(丁度比較対象があるから分かるけど、淡ちゃんの絶対安全圏(笑)より遥かに強力。まぁ、支配力自体で比べると淡ちゃんに軍配が上がるかな? 淡ちゃんの支配に打ち勝つには、配牌に干渉するタイプの支配じゃないとどうにもならないからね)

 

 その程度はすぐに分かるが、咲には一つだけ気になることがあった。

 

(でも、部室で見た牌譜では海底撈月を一回くらいしか和了っていない。というより、どちらかというと高火力を直撃させるスタイルだったはずだけど……去年に比べて単純に強くなったのか、それとも能力に発動条件があるとかかな?)

 

 咲の嶺上開花と同じで、衣の海底撈月は確実に能力だろう。それが去年使えなかったとは思えない。でなければ使い勝手が悪過ぎるのだ。

 そのことから、海底撈月を和了るには何かしらの制限があると推測出来る。

 

(まぁ、どっちにしろもう少し様子見かな。あとはまぁ、全力なのかも知りたいから──)

 

「つかぬ事をお聞きしますが……」

 

 咲は笑顔で衣に問いかける。

 これは挑発だ。

 

「今の天江さん、まさか全力ですか?」

 

 この問いかけに衣は一瞬だけ瞠目したが、その後即座に不敵な笑みを咲に返した。

 

「……烏滸言を。この程度、衣はまだ全力などではない」

「そうですか。それは何よりです」

「そういうお前はどうなんだ? 清澄の嶺上使い?」

「もちろん、全力ですよ?」

 

(……絶対嘘だな)

 

 衣は咲の人を食ったようなこの態度に何も思わなかったわけではなかったが、嘘だということは分かった。衣と対局して、笑顔を保てる者などそうはいない。

 咲は咲で衣の実力がこれで終わりではないことが分かり、内心笑みを深めている。

 

(この程度の場の支配では終わらないってことか。ならやり甲斐があるね)

 

 対局は淀みなく進んでいく。

 

 

 

 

 

(あーもーなんだこれ⁉ 配牌から鳴いて仕掛ける気満々なのに……)

 

 華菜はまたしても一向聴から手が進まない状況に焦っていた。

 現在風越は四位。点差もこの時点で一位と約四万点差あり、のんびりと事を構えていられない。

 

(しかもこのまま行けば、海底をツモるのはまた天江衣……じゃあまぁ、無理してみようか!)

 

「カンッ!」

 

 槓することで、本来の海底牌は王牌に取り込まれる。更に嶺上牌もズレるので、この一手で衣と咲を同時に封印出来るのだ。まさに一石二鳥の最善の一手。

 華菜としては、これで衣と咲をなんとか出来ると思っていた。

 

 だが、それは希望的観測過ぎたようだ。

 

「ポンッ」

 

(これでまた衣ちゃんが海底コース)

 

 ズラされたのなら自分で戻せばいいではないか、とでも言うように、衣が鳴いて仕掛ける。これで衣自身が鳴いて海底コースへ調節することが出来るのが分かった。存外応用が効かせやすい能力だ。

 

 そして、海底牌を手に取る衣。

 

「──昏鐘鳴(こじみ)の音が聞こえるか?」

 

(……昏鐘鳴の音?)

 

 聞き慣れない単語に反応する咲だったが、そのあとは想像通りの展開になった。

 

「海底撈月!」

 

(これで確定かな?)

 

「世界が暗れ塞がると共におまえたちの命脈も尽き果てる‼」

 

 この局で衣の能力が大体分かった。

 極端にツモが悪くなる場の支配。普通の打牌ではかなりの高確率で流局寸前まで聴牌できなくなり、衣は確実に海底牌で上がれる。一応鳴いてズラすことも出来なくはないが鳴くこと自体が難しく、ズラせたとしても衣自身が鳴いて海底コースへ戻ることも出来る。

 更にこれは去年の牌譜を見たことから判断出来るが、恐らく高火力の出上がりも存在するのだろう。

 

(これを破るには、それ以上の場の支配をぶつけるのみ)

 

 咲でもこのままの状態では少し分が悪い。咲が完璧に支配出来るのはあくまで王牌だけだからだ。

 槓材も集めようと思えば集まるが、普段よりはスムーズにいかない。この支配に上手く組み込まなければならないようだ。

 

(リミッターを外せば間違いなく勝てると思うけど、それじゃつまらない。それにお姉ちゃんに当たるまでは隠しておきたいし。まぁ、お姉ちゃんにはバレてるんだろうけど)

 

 リミッターを外さずに勝つには、この支配について観察し、研究する必要がある。

 

(そうと決まればこの支配の条件と限界値を見極める。そして付け入る隙を見つければいいだけ。それに衣ちゃん、今、面白いことを言ってたなー)

 

 対局そっちのけでそれを見極める。

 咲は思考の海へと深く深く潜っていくことにした。

 

(一つ一つ分析していこう。まずは今の発言から。『昏鐘鳴の音が聞こえるか? 世界が暗れ塞がると共におまえたちの命脈も尽き果てる』だったよね。

 昏鐘鳴っていうのは確か夕方を報せる寺の鐘の音のこと。このことから世界が暗れ塞がるっていうのは、単純に夜になるってことで合ってるはず。それと共に命脈が尽き果てるってことは、夜になっていくと共にお前たちに勝ち目はなくなるって意味かな?)

 

 この局は捨てているため、咲は半ば無意識に牌を捨てている。どうせ対抗しようと思わなければ海底までいくのだからと、振り込むことは考えていない。

 

(そして、この発言の中で一番重要なキーは『夜になる』ってところだろう)

 

 前半は夜になることを示す補語で、後半は夜になるとどうなるかという結果を表しているから、咲はそう推測した。

 

(あとは名前と見た目、というより衣装かな。『天江』っていうのは中国語で『天の川』を示していたはず。そして『衣』はきっと『羽衣伝説』と繋がりがある可能性が高い)

 

 咲は文学少女を自負しており、此の手に対する知識が豊富だった。まさかこんなことに役に立つとは咲も思っていなかったが。

 

(『天の川』が大きく関係するのもあるけど、『羽衣伝説』は地方によって色々と説話があるから断言出来ない。でもその中の殆どに、羽衣の色が月の周期に関係してるっていう共通した設定があった。羽衣の色は満月だと白、新月だと黒に変化するとかなんとか。そして今、衣ちゃんが着てる衣装には比較的白が多い)

 

 なんでもないようなことに思えるが、咲は真剣だった。その理由は自分自身が似たような境遇だからだ。

 咲の能力は嶺上開花。それは幼いころ、照に言われた些細なことがきっかけでそうなった。名前が同じ意味、ということだけだ。

 それで実際に咲は嶺上開花を用いて、現在の強さを身につけている。

 小さなことだからこそ注意深く考える必要があると咲は実感していた。

 

(あと頭に着けているそのリボン。初めて見た時も思ったけどウサギそっくり。そして面白いことに、日本にはウサギが月に関係してくる説話が存在する。こっちは特定が簡単、帝釈天のために身を捧げた兎の話、『月の兎伝説』で間違いない)

 

 咲の思考は更に加速していく。

 

(最後の極めつけにさっきから和了ってる役、『海底撈月』。こっちにも漢字の『月』が含まれている)

 

 収束していく思考。徐々に結論へと結びついてきた。

 

(あとはもう、連想ゲームでしょ。夜……月……羽衣……海底撈月……)

 

「……なるほどね。月、それも満月が力の源泉か」

「なっ……⁉」

 

 咲の言葉に衣がはっきりと動揺を示した。どうやら正解だったらしい。

 ゆみと華菜は急に言葉を発した咲に訝しげな目を向けていたが、衣は反応が異なる。ほくそ笑む咲を見て、衣は信じられないと目を見開いていた。

 

(衣の能力が暴かれた⁉)

 

 そのことについて知っているのは、龍門渕高校のメンバーだけだ。透華たちが情報を売るわけがないから、咲は自力でその結論に辿り着いたと衣には推察出来た。

 でも、それが信じられない。

 確かに海底撈月を二回連続で和了れば目立つのは当然だ。だけど、それで満月が能力に関係するなど気付くものではない。

 

(どうやったかは知らないが、例え分かっても衣には勝てない!)

 

「海底撈月!」

 

 一時は動揺した衣だが、すぐに気を取り直す。

 衣が思っている通り、場の支配で負けなければ衣が敗北することはない。いつもの通り敵を蹂躙すれば負けないのだ。

 咲も様子見は終わりとばかりに、今では臨戦態勢に入っている。

 

(タネは分かった。あとはその支配を崩すだけ。そう思えば今日は満月なのかな?)

 

「月が上がるまで待ってあげようか?」

「月が出ずとも問題ない。自惚れるなよ、清澄の嶺上使い」

 

 

 

 ──花天月地。

 

 嶺上の花が咲き、海底の月が夜空に輝く。




文学少女の設定を活かしてみましたが、どうですか?

ちなみに衣の能力に関しては公式の見解などではないです。あくまで独自の解釈なので、それはちょっと違くない?と思った方は、その、許して下さい。

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