咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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4-6

『前半戦終了!』

 

 龍門渕 137200 (+36000)

 清澄  119900 (+5000)

 鶴賀  83400 (-19200)

 風越  59500 (-21800)

 

 

 

 

「……これ、どう思う?」

「どうもこうもないじゃろう……」

「まさかとは思ったけど……」

「咲ちゃんの悪いクセが出たじぇ……」

「またですか……咲さん」

 

 獲得点数だけ見れば、龍門渕の天江衣が断トツトップなのだが、清澄高校の面々はそれに対する心配などなく、むしろ咲の仕出かしたことに呆れていた。

 何故ならこの光景には、嫌というほど見覚えがあったからだ。

 

 ──プラマイゼロ。

 25000点持ちの30000点返しの際、29600〜30500点で終わらせると獲得収支がプラマイゼロになるのが、麻雀の一般的なルールだ。つまり獲得点数が4600〜5500点の間の場合である。

 別にこの点数で終わることは特段珍しいことではない。オカルトを信じていない和でもこの点数で終えたことはあるし、そもそもオカルトですらない。

 では何故清澄の面々が呆れているのかと言うと、咲はプラマイゼロで対局を意図的に終わらせることが大得意であり、点数を自在に調整出来るという神の如き実力を持っているからである。

 

 今回のは正しくそれだ。

 厳密に言うと、団体戦なのでプラマイゼロなど存在しないのだが、見ている清澄メンバーには分かっていた。今のは完璧に調整する気満々だったと。

 

 ──やりやがったなあいつ……。

 

 全員の心の声が一致した。

 

「まぁ、これが咲の場の支配みたいなものだから仕方ないか。とはいえ、あり得ないとは思うけど後半戦でこんなことされたらたまったものじゃないわ」

 

 久もあり得ないと思ってはいたが、咲は放っとくと血迷ったことをするので無視出来ないというのも本音だった。咲は麻雀においては常識の、そして理解の外側にいるのだ。

 

「というわけで和、咲を探してきてくれない?」

「分かりました。私も少し言いたいことがあるので」

「よろしく頼むわ」

 

 和は控室を出て、咲を探すため走り出した。

 

 

****

 

 

 咲は一人、会場の入り口の外で空を見上げていた。

 見上げた先にあるのは、満天の星の中、一際大きく輝く満月が一つ。

 闇夜を切り裂く月明かりに照らされる咲の顔は、感情の読みづらい無表情であった。他人には何を考えているのか分からない。

 そんな彼女を遠くから見ていた和は少し声を掛けるのを躊躇った。咲のその冷たく感じる佇まいに自然と脚が止まってしまったのだ。

 しかし、和はそれを気の迷いと一蹴した。加えて後半戦開始までの時間も押している。和は意を決して咲の側まで駆け寄った。

 

「こんなところにいましたか。探しましたよ、咲さん」

「あっ、和ちゃん」

 

 和が声を掛けた途端、咲の雰囲気が和らいだ。柔らかい笑みを浮かべ、親愛の情を持って和に返答する。

 どこか緊張していた和はそれに安心した。やはり先程の感覚は勘違いだったのだろう。

 

「よくここが分かったね」

「中を探しても探しても見当たらないので、外にいるのかと思い来たんです」

「そっか、なんかゴメンね」

「いえ、それはいいのですが。それでこんなところで何をしてたんですか?」

 

 首を傾げて抱いていた疑問を咲に打つける。短い休憩時間にわざわざ咲は外に出向いたのだ。何か用事があったのだろう。

 問われた咲は小さく笑い、そのまま空を見上げた。

 

「うん、ちょっと月を見にね」

「月、ですか?」

 

 言われた和も空を見上げる。

 視線の先には、金色に輝く満月が星空に浮かんでいた。

 

「綺麗な満月ですね」

「うん、そうだね」

「咲さんは、月が好きだったんですか?」

「うーん、嫌いではないけど、特別好きなわけでもないよ」

 

 要領を得ない咲の行動に和は疑問を覚える。だが、詳しく聞いてもきっと自分には理解出来ないだろうと思ったため、それ以上詮索はしなかった。

 こういうときの咲の行動は、和にとっては突拍子もなく、更に意味不明なことが多いという経験則からだ。

 

「そろそろ時間だね」

「そうですね。それで咲さん、あり得ないとは思いますが、くれぐれも後半戦はプラマイゼロなんてふざけた真似はしないで下さいね?」

「やっぱりバレてた?」

「当たり前です」

 

 苦笑いでアハハと済ませようとしているが、和が真剣な表情だったため、咲も表情を改める。

 

「和ちゃん、約束は守るよ。絶対に全国に行く。だから、私は勝つよ」

「それを聞いて安心しました。でも、私にはよく分かりませんが、あの娘も相当強いんですよね? 咲さんが負けるとは思いませんが、大丈夫なんですか?」

 

 和は咲が負けるとは思っていない、それは本当だ。だが、物事には万が一ということがある。その点を心配した和だったが、咲に不安や動揺は全くなかった。

 

「大丈夫だよ、和ちゃん。……それにもう──」

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

「おかえり。それでどうだった?」

 

 控室に戻って来た和を労いながら、久は尋ねた。

 

「はい、大丈夫だと思います」

「ちなみにプラマイゼロはわざとだったのかしら?」

「それについては、確信犯でした」

 

 キッパリと言い放つ和に、部員全員が苦笑いだ。それにはやっぱりか、という気持ちが大きいからだろう。

 

「でも、最後に一つよく分からなかったんですけど、気になることを言っていました」

「……なんて言ってたの?」

「それが──」

 

 和は最後に咲が言ったことを思いだす。

 

「『もう満月が照らせる海の底は見えた』だそうです」

 

 

****

 

 

 後半戦は開始早々から不気味なほどの静けさを漂わせていた。

 

「「「「聴牌」」」」

 

 流局。

 しかもこれは一回目ではない。今回で四回目。四回連続で流局になっていた。

 

(なんなんだし、これ……)

(流石にこれは異常だ。確かに流局自体はざらにあるし珍しくもなんともない。だが、この対局のは不気味過ぎる)

 

 華菜とゆみもただならぬ気配を感じていたが、その正体までは分かっていない。ただ、言い知れない恐怖に全身の皮膚が粟立つのを感じていた。

 その中でも一番動揺しているのは、衣だった。

 

(なんだ、これは……? 月は出ている……、力も充盈している……、点差も十分……、だが、なぜだ──月に翳りを感じる)

 

 この四回の対局、四回とも衣は海底一巡前にリーチをかけている。なのにいざ海底牌を引くと、それが和了り牌ではないのだ。

 最初の一回でもあり得ないことだったのに、四回も続けば次第に疑惑より恐怖の感情の方が強くなってきた。

 

(何がいったいどうなってる⁉)

 

 焦りからか動揺からか、次の対局でも何の対策もなしに、同じように場の支配を使い海底を和了ろうと試みる衣。

 後半戦全て、途中までは問題ないのだ。他家は一向聴から進まず、鳴きも出来ていない。自身はそれまでに聴牌し、ラスト一巡でリーチを仕掛ける。ここまでは前半戦通り。

 なのに、最後の海底牌で和了れない。

 

「リーチ!」

 

(また、海底一巡前でリーチ……)

(どうなっているんだ、一体……)

 

 華菜とゆみも先ほどから動かないこの状況に憂慮を感じているが、どうすることも出来ない。

 これで積まれたリーチ棒は五本目。なくは無いがそれでも滅多にない状況であることには違いない。

 

 そして、衣の海底ツモ。

 衣は海底牌を手に取った瞬間、直感で分かってしまった。

 

(違う……また違う。……なんだこれは、なんだこれは、なんなんだこれは⁉)

 

 今まで隠してきた内心の焦りや動揺が、ここにきて表へと顔を見せ始めた。冷や汗が流れ、目を見開き表情を歪ませる。

 衣はこんなことは体験したことがない。思い通りにならないこの状況に思考がついていけていない。

 

 そのタイミングで、悪魔が囁いた。

 

「つかぬ事をお聞きしますが──」

 

 後半戦に入ってから全く動きを見せなかった咲が、前半戦と同じフレーズで、同じような笑顔で、衣に問いかける。

 

「今の天江さん、まさか全力ですか?」

 

 これを聞いて、衣はハッキリとした恐怖を覚えた。手が、脚が、身体が震え始め、思うように動けない。

 

 今は前半戦とは状況が違う。

 今の衣は紛れもない全力だ。余裕など欠片もない。

 

 謂わばこれは、咲の最後通牒だったのだ。

 

 手にしている牌を捨てたら、保たれている均衡が決定的に崩れてしまう。衣にはそれが理解出来た。だが、衣に選択肢は存在しない。一巡前にリーチしているため、和了り牌でないのならツモ切りするしかないのだ。

 

(……嫌だ……捨てたくない……ッ)

 

 衣にはもう、目の前で笑っている少女が同じ人間には思えなかった。

 皮肉なことにそれは、過去、衣と対局してきた者たちが衣に感じていたのと同じ気持ち。

 衣はこの時初めて、その気持ちが理解出来たのだった。

 

 小刻みに震える手から牌が零れ落ちる。

 

「ロン」

 

 衣にとってそれは、死刑宣告に等しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 咲は──笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 海底の月を覆い隠すほどの、嶺上の花が舞い乱れる。

 そこからはもう、対等な対局とは程遠い光景が生み出された。

 

 


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