咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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前からずっと書く予定だった話。
前話が始めての挑戦だった感動系だったですけど今回は、まぁ、いつも通りです。多分。

では、どうぞー


5-3

「お父さん、お父さん。ちょっとしてほしいことがあるんだけど」

 

 宮永家の夕食時、咲は父にそう提案する。

 

「ん? お父さんに出来ることなら何でも言ってくれ」

「流石お父さん! 話しが早いや。あとその点は全然大丈夫。あのね──」

 

 咲の悪巧み(?)が始まった。

 

 

****

 

 

「この前は散々な目に合ったよ……」

「同感だな……」

 

 ここは白糸台高校麻雀部練習場。

 全国の団体戦、個人戦の結果が全国に明らかになった後であり、今ぼやいているのは淡と菫である。

 二人が言うように、少し前に二人を含めた麻雀部員は悲惨な目に合っていた。

 その原因は、白糸台の絶対的エースであり、現高校生チャンピオンの照の大暴れにあった。

 まず間違いなく個人戦の結果で実の妹である咲の記録に負けたことが原因であろう。怒りなのかただ単にテンション上がってしまっただけなのか判断はつかないが、とりあえずその時の照は凄かったと言い残しておく。

 普段はまだ配慮があるのだが、その日の照は親になったが最後、ほぼ全員を吹き飛ばすというはた迷惑な状態だったのだ。生き残ったのは淡と菫くらいだったから、どれだけ酷かったかが伺える。

 

「まぁ、一日で気が済んで良かったと思え」

「それもそうだけど、やっぱり私たち相手だと自然と手加減してるのがイヤだなー」

「手加減はしていないと思うが、リミッターが掛かっているというのは正しいかもな」

 

 照の強さは圧倒的である。今のところ真面に相手出来るのは咲くらいではないだろうか。

 淡も咲との邂逅から、確実に強くはなっているのだが、まだまだ実力不足は否めない。彼我の力量差は依然にして遠く離れていた。

 照に全力すら出してもらえない。その事実に淡は歯がゆい思いをしている。

 

「そう落ち込むな、淡。お前は強くなっている。近道なんて存在しない。少しずつでも近づいていけばいいんだ」

「……うん、ありがとうスミレ先輩」

 

 この二ヶ月くらいで、淡は大分丸くなった。

 練習にも人一倍真面目に取り組み、先輩に対する敬意というものも芽生え、伸び悩んでいる部員に対しては自分なりのアドバイスをするまで変化した。その甲斐あって親しい友人も増え、部内の中でも少しずつその輪を広げていった。

 今では、自他共に認める白糸台の大将だ。

 

「さて、そろそろいい時間だな。……皆、今してる対局で終わりだ。手の空いた者から片付けを始めてくれ」

 

 菫の指示に景気良い返事が聞こえる。もしかしたら、その信頼度は監督以上かもしれない。

 普段から仕事が多く忙しいから仕方ないが、監督は常に練習にいるわけではない。そのため、リーダーシップの強い菫に信頼が集まっているのだ。

 続々と対局が終わり、ようやく片付けが終わったところで、監督がやって来た。

 

「「「「「お疲れさまですっ!」」」」」

「はい、お疲れさまです」

 

 ひらひらと手を振り監督は応える。

 強豪校の監督にしてはのほほんとしているだろう。それでも結果を出しているから権力は校内でも指折りである。

 そして、今回はその権力を乱用したらしい。……付け加えておくと、常に乱用しているわけではない。

 

「それで、皆に連絡なんだけど、明日土曜日はゲストが来るから楽しみにしててね」

「ゲスト?」

 

 菫ですら聞かされていなかったその内容に、部員全員訝しんでいた。

 このような急なゲストには身に覚えがあった。

 過去に来たそのゲストが照の妹である咲だ。そのせいで、今回も嫌な予感しかしない。

 

「でもあれだよね? 確か団体戦代表校の選手同士は対局しちゃいけないんだよね?」

「あぁ、その通りだ。だから咲ちゃんじゃないだろう」

「テルは何か知ってる?」

「ううん、何も」

 

 側にいた照にも聞くが成果はなく、結局は明日にならないと分からないようだ。

 

「とりあえず、明日だな。監督、他に連絡事項はありますか?」

「いえ、何もないわ。後は弘世さんに任せても大丈夫かしら?」

「はい、問題ありません」

「じゃあ、あとはよろしく頼むわ」

 

 どうやらそれだけを伝えにここまで足を運んだらしい。監督はそのまま出て行ってしまう。

 気になることは気になるが、このままここで考え込んでいても仕方ない。

 菫は手を二回叩いて注目を集める。

 

「じゃあ皆、これで今日の部活は終了だ。気を付けて帰るように」

 

 菫の号令でその場は解散。各々が帰っていくなかで淡も照、菫と一緒に帰る支度を整える。その最中に明日のゲストの正体について考えを巡らせていた。

 

「ゲストって誰だろうね?」

「分からない。でも監督はあれでやることはしっかりやる人。きっと私たちのためになるんだと思う」

「そうだな。まぁ、明日になれば分かる。今日は大人しく帰ることだ」

「はーい」

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「衣は天江衣だ! 衣でいいぞ! 今日はよろしくお願いする!」

「「「「「…………………」」」」」

 

 白糸台麻雀部にとんでもない爆弾が放り込まれた。

 

 

****

 

 

「あぁ、衣は大丈夫かしら? ちゃんと挨拶出来ているかしら? 迷惑かけてないかしら? 心配ですわ……やはり私も着いて行くべきだったのでは……」

「透華落ち着いて」

「そうだぜ、落ち着けよ透華」

「そうですよ、透華さん。衣ちゃんだって高校二年生。きっと大丈夫ですよ」

 

 ブツブツと呟いている透華を落ち着ける三人、一と純と咲、それにその他のメンバーも苦笑い気味だ。

 

「透華は過保護過ぎる」

「智紀さんの言う通りですよ。それに衣ちゃんの気遣いを忘れたんですか?」

「それは、分かっていますわ……衣が自分からあんなことを言うのは初めてのことでしたもの」

 

 今回のことを仕組んだのは当然咲だったが、決めたのは衣だ。

 もちろん最初は透華も着いて行く気満々だった。だが、それを止めたのが衣だ。透華は衣に真摯な眼差しで「透華はいつも衣のために何でもしてくれた。透華には感謝している。だから、今日くらいは衣のことを気にせず自由にしてほしいのだ」と説得され、ちょっと泣きそうになっていたが、透華は衣を送り出すことに決めたのだった。

 

「折角衣ちゃんが用意してくれたサプライズ、楽しみましょう」

「……そうですわね。今日一日は遊びましょうか」

 

 透華はそれで吹っ切れたようだ。いつも通りの様子に戻っていた。

 

「それにしてもいいのかしら? 私たちまでお世話になっちゃって」

 

 そう言ったのは、清澄高校麻雀部部長の竹井久である。

 今この場には龍門渕高校のメンバーと咲を含めた清澄高校のメンバー全員がいた。

 実は県予選の後、正確には咲が衣と仲良くなった後、清澄、龍門渕のメンバーは頻繁に会い、そして仲良くなっていたのだ。

 その一番の理由としては咲のマスコミ回避。やたらと旧校舎の前で張っている奴らをどう撒くか、咲はずっと考えていた。だが、真面な解決方法が浮かばず、それを透華たちに相談ないし愚痴っていたところ、「良い解決方法がありますわ」と言われ何かと聞いたら、「うちで打てばいいのですわ」という超展開。無理があると思ったのも束の間、その提案がなされた翌日の授業終わり、校門の前で龍門渕家に仕える万能執事であるハギヨシが待機していたのを見て咲は一瞬にして考えを改めた。金持ちはやることが違う。

 このような経緯で、まだ短い期間ではあるが交流する回数が増え、仲良くなった次第である。

 

「それについては問題ナッシングですわ! 衣はちゃんと人数分のチケットを用意していましたから」

「まぁ、実際に用意したのはハギヨシだけどな」

 

 純が肩をすくめてそう言う。

 

「ですので、遠慮せずに遊んでくれて結構ですわ!」

「それはありがたいわ。こんなところ滅多に来られないからね。皆! 今日は楽しむわよ!」

「「「「「おぉーっ!」」」」」

「ちょぉっ!! 勝手に仕切らないで下さいまし!?」

 

 全員がチケット片手に、入場門へと歩き出した。

 

 

****

 

 

 土曜日の昼過ぎ、白糸台麻雀部は少しざわついていた。

 それもそうだろう。

 昨日、事前に監督からゲスト宣言されていたのだ。日常に突如加えられるスパイスに敏感なのが高校生だ。楽しみになるのも無理はない。

 

「はーい、皆こんにちは。今日は予告通りゲストが来ています。ちなみに咲ちゃんじゃないですよ」

 

 監督の言葉には部員全員苦笑いだ。

 咲にはお世話になった者も多く、咲のおかげで強くなれた者もかなりの数いる。そのため咲に感謝している者も少なくない。

 だが、それと同時に恐怖の対象でもあった。

 エースである照とタメを張れるのもそうだが、その際の二次災害が恐ろし過ぎたのだ。あれは出来れば関わり合いにはなりたくない、というのがほぼ全員の共通認識であった。

 

「まどろっこしいのもあれだから、早速入ってもらいましょうか。ではどうぞー」

 

 監督の許可と共に扉が開いた。

 開いただけで、最初は人影などなかったのだが、少しすると脇から何かが出てきた。

 

(((((……んっ?)))))

 

 出てきたのは赤いリボン。

 何処かで見たことがあるようなウサ耳リボン。

 次に出て来たのは顔。

 

「「「「「──えっ!?」」」」」

 

 驚きの声が上がる。この時点で全員ゲストの正体が分かった。

 ひょこっと現れたのは、とても可愛らしい顔をした少女。長い金髪を靡かせ、ウサギの耳のような赤いリボンを付けたその少女は、天江衣その人だったのだ。

 

 

 

 

「サキではないけど、確実にサキ絡んでるじゃん!!」

「まぁ、そうだろうな」

 

 淡と菫は衣を見つめながら、裏の事情を把握した。

 まぁこんなことを仕出かすのは咲しか考えられないため、当然の帰結でもあったのだが。

 沢山の部員に注目されている中、衣は周りを見渡していた。ゆっくりと首を動かしながら一人一人の部員の顔を確認し、ある一点を見て顔を輝かせた。

 淡は衣の視線を追う。すると、その方向には咲の姉である照の姿があった。

 辛抱たまらずといった様子で、衣は照の方へとトコトコと歩いて行く。

 

「お前が咲のお姉さんだな。咲と似てるからすぐに分かったよ」

「うん、私が咲の姉、宮永照。よろしくね、えーと、衣?」

「うん。よろしくだ照!」

 

 年上に対して呼び捨てという若干失礼な衣だったが、元々照はそういうことは気にしないタイプなのでスルーされている。

 

「そうだ、照。咲から手紙を預かっているんだ」

「ホント?」

「うん。ちょっと待ってて」

 

 ゴソゴソと持ってきた大きめのバックを漁る衣。

 衣が格別に小さいため、バックが大き過ぎる気もするが、そのアンバランスな様子が見てる者に可愛らしさを与えていた。

 

「これが照のだな。はい」

 

 衣の手には一通の封筒が。そこには『お姉ちゃんへ』と書いてある。

 

「ん、ありがとう。これは今読むもの?」

「そう咲が言ってたぞ」

「分かった」

 

 照は封筒を開け手紙を読むことにした。

 

『久しぶり、お姉ちゃん。

 約束通り全国へ行くことになったから、またそっちで会おうね。

 ちなみに私は今きっと、清澄と龍門渕の皆と某夢の国に来ています。思ったんだけど、なんで千葉にあるのに東京ってついてるのかな? まぁいいか。今度お姉ちゃんとも行きたいです、

 さて前置きはこれくらいで。

 今日? というよりその日は衣ちゃんを送り込んだから、淡ちゃんと一緒に遊んであげて。

 まだまだ覚醒には至ってないけど、お姉ちゃんにも損はないはずだよ。

 というわけで、よろしくねお姉ちゃん。

 

 

 あ、あと最後に。

 照魔鏡で見たことは淡ちゃんには決して言わないように。いいね、約束だよ?』

 

「……ん、了解した。後で打とう、衣」

「うん! えーと、それで照。弘世菫と大星淡はいるか? その二人にも咲からの手紙があるんだ」

「いる。菫、淡。こっちに来て」

 

(……はぁー、嫌な予感しかしない)

(……私にも手紙あるんだ)

 

 思うことは違うがここで逃げてもどうしようもない。菫と淡は大人しく二人の元へ歩いて行く。

 

「挨拶が遅れたな。私が菫、弘世菫だ。ここの部長でもある。まぁ、麻雀しかすることはないが、今日は楽しんでくれ」

「私が淡、大星淡だよ。よろしくね、コロモ」

「よろしくだ! 菫、淡。ちょっと待ってて」

 

 先ほどと同じようにバックを漁る衣。

 出てきたのは、それなりに大きな箱と封筒が二通。

 

「この箱とこれが菫のだ!」

「……ありがとう」

 

 なぜ自分だけ箱付き? と思わなくもなかったが、とりあえず受け取った『菫さんへ』と書いてある封筒を開け、手紙を読むことにした。

 

『お久しぶりです、菫さん。

 私も全国に行けることになったので、そのときはよろしくお願いします。

 早速本題ですが、監督さんとの取り引きした結果がその箱に入っています。この前私と対局して、私に助言を求めてきてくれた人たちがいましたよね? その人たちの次のアドバイス的なものを書き連ねました。

 ご自由に使って下さい

 

 

 最後に。

 衣ちゃんの麻雀スタイルは蹂躙が基本なので、メンタルが弱いと思われる人は対局しないように注意を促した方がいいと思います。

 用法用量守って楽しく麻雀して下さい』

 

「……………………」

 

 菫は箱を開け、適当に中に入ってあった一通の封筒を手に取り開ける。

 そこにはその人が目指すだろうスタイル、そこへ向かうまでの問題点、更にその人が持っている能力のようなものまで様々な情報が書いてあった。

 麻雀の常識的な理論などは殆ど書いていないのだが、どこか妙に的を射ているのが不思議でならない。

 

(あの娘は未来予知すら出来るのか?)

 

「……確かに受け取ったと、咲ちゃんに伝えてくれ」

「承ったぞ! それで淡、お前のがこれだ!」

 

 淡は封筒を受け取る。宛名はこう書いてあった。

 

『泡……淡ちゃんへ』

 

 この時点で破り捨ててやろうか! と思ったがなんとか留まる。以前の淡なら一瞬の葛藤もなく確実に(ゴミ)へと変化させていただろう。

 だが、それではなんか咲に負けたような気がするということで、怒りをプライドで押さえ込んだのだ。

 ただし、封筒を開ける際は容赦無く破り切った。

 

『きゃー、淡ちゃんが怒ったー、こーわーいー(笑)

 衣ちゃんに遊ばれて。んじゃ』

 

「フンッ!!!!!」

 

 握り潰した。そのまま力一杯それを床に叩きつける。

 淡の怒りのメーターは振り切る寸前だ。

 

(サキ、いつか殺す)

 

「コロモー。私早くコロモと打ちたいな。すぐに打たない?」

「うん! 衣も早く照と淡と打ちたい! あと咲から菫も強いって聞いたから菫とも打ちたい!」

 

 菫は絶望した。

 

(な、なんてこと言ってくれたんだ咲ちゃんは⁉)

 

 待ったの声を掛けようと菫が動こうと思った矢先、淡が即座に雀卓まで移動していた。

 

「よし打とう、早く打とう、今すぐ打とう! テル、スミレ先輩早くー!」

 

 淡は淡で別の思惑があり。

 

(私のストレス、ここで晴らす‼)

 

 咲に対する憎悪に塗れていた。

 

「分かった」

「……散々だ」

 

 照が何も反論することなく動き始めるのを見て、菫は早々に逃げることを諦めた。大人しく対局の準備を進めることに。

 

 その様子を周りから見ていた全部員は、哀れな菫を思って合掌していたのだった。

 

 

****

 

 

「衣ちゃん、初めてのおつかい出来たかなー?」

「さすがにそれは出来ているのでは?」

「いや、分からないじぇ。なんたってお子様だじぇ」

「お前が言うな」

 

 京太郎のツッコミまでがセットである。その中で咲は、「あれ? これ周りから見たら京ちゃんハーレム状態?」などとくだらないことを考えていたが。

 

 各々楽しんでいるようだ。

 郷に入りては郷に従えというのに触発されたかわからないが、既に全員の頭には黒い耳が装着されている。

 そして意外なことに、全メンバーの中で透華のはしゃぎようが一番だった。「次はこちら、その次はあちらに行きましょう!」的なノリでノンストップで動き回っていた。どこからそんな体力が来るのかというほどのローテーションの速さのだっため、ずっと透華に着いていた一は現在ベンチでくたばっている。

 それに合わせて今は全員で休憩に入っていた。

 

「透華さん、楽しんでますね」

「まぁな。透華はいつも気張ってたから、ここに来てそれが発散されたんだろ」

 

 純なりの見解に咲はなるほどと納得する。

 透華はただでさえお嬢様であり、更に根がお母さんなので普段は自分を抑えているのだろう。それがここ夢の国の雰囲気にあてられ、このようになったと。

 いつかきっと、その頭に着いている耳付きの自分の写真や動画を見て、悶え苦しむはずだがそんなことは言わない。言ってあげない。

 むしろそれを見て皆でニヤニヤするのが楽しみでもある。バックアップも完璧だ。提供は智紀。

 

「にしても、どうして今日なんだ?」

「ん? 何がですか?」

 

 純の質問に咲は疑問の声をあげる。

 

「だから、わざわざ今日にしたんだろ? それにお前は知ってるんだろ? 衣の能力のこと」

「あぁ、そういうことですか」

 

 咲は純の言いたいことを理解した。

 衣よ能力と日付が関係するとすれば答えは自ずと導ける。月の周期のことだ。

 

「俺たちからすればいつの衣でも強いことには違いないが、それでも今日は()()だぞ?」

 

「……まぁ、深い意味はありませんよ。ただ──」

 

 咲は心底愉しそうに笑ってみせた。

 

「その方が面白いかな〜って思っただけですよ?」

 

 

****

 

 

「菫」

「ん? なんだ照」

 

 照と菫は衣、淡と何度か打った後、メンバーを二人の代わりに尭深と誠子に任せ、今は暫しの休憩をとっていた。

 

「調べて欲しいことがあるんだけど」

「また急だな。構わんが何が知りたいんだ?」

「月齢」

「月齢? 要は月の満ち欠けってことか?」

「そう」

「……ちょっと待ってろ」

 

 色々と聞きたいことはあったが、照の突拍子もない発言は今に始まったことではない。菫はそれらに一々突っかかっていたらキリがないということを経験で学んでいた。そのため菫は特に何も言わず、携帯を取り出して調べてみる。

 

「今日は……新月だな」

「そう。ありがとう」

 

(これで新月か……)

 

 照は一人納得した様子だが、菫にはサッパリだ。

 でも何となく予想はついていた。これも経験の為せる技である。

 

「で、もしかしてこれが天江衣の能力に関係あるのか?」

「流石菫、察しが良い。一応これは他言無用で」

 

 照は菫に衣の能力について話すことに。

 禁止されていたのは淡に話すことだけだったので問題ないだろう。

 

「衣の力は一日の刻限と月齢に合わせて増減する」

「それはまた……今まで何かとそういうのに触れてはきたが、特殊さで言ったら過去一番だな」

 

 照の連続和了。

 淡のダブルリーチ。

 尭深の収穫の時(ハーベストタイム)

 咲の嶺上開花。

 数々の能力を見てきたが、外部の影響を受ける能力は初めて見るものだった。

 

「で、今は全力のどのくらいなんだ?」

「多分50%弱」

「……おいおい」

 

 今の時点でも十分に強いというのに、あれでまだ半分以下とは。はっきり言って冗談ではない。

 

「私たちは運が良かったかもしれない」

 

 照は呟くようにそう言う。

 

「もし咲が、龍門渕に入学してたら……」

 

 菫は想像してみる。

 

 先鋒、宮永咲

 副将、龍門渕透華(vs咲ver)

 大将、天江衣

 

 …………………………………………。

 

「……最悪だな」

 

 

 

 

 

(さすがに強いなーコロモ。一応なんとかはなるんだけど……)

 

 淡は衣に対して疑問を覚える。

 

(この程度ではないでしょ?)

 

 確かに衣は強い。

 でも淡には、咲と対局してた時よりは弱いような気がしていたのだ。

 今の淡はダブルリーチは使っていない。絶対安全圏の場の支配だけで衣を対処している。

 最初はこれだけでは勝つことは難しいだろうと思っていたのだが、そうでもない。今のところ戦績は五分、いや淡の方が若干良いくらいだ。

 

「コロモー。手加減とかいいから全力で打ってよ」

「……ほう」

 

 淡はカマをかけてみる。

 すると、衣はさぞ楽しそうに反応を返してくれた。

 

「咲に聞いていた通りだ。いや、今はそれ以上かもしれない。淡は本当に衣たちと同じなんだな」

「んー、どうだろう。はっきり言ってまだテルとサキには届いてない気がするけど」

「……それは衣も理解している」

 

 倒す倒すと言ってはいるが、淡は咲に実力が及んでいないことも理解出来ている。単純に言って、約二ヶ月前の照を越えなければ咲には勝てないのだ。

 咲との邂逅から少し経ち冷静になったところで、えっ、それどんな無理ゲー? と思わなかったといえば嘘になるが、打倒咲で今まで努力してきたのだ。全国の舞台では必ず度肝を抜かしてやると心に決めている。

 

「それと、淡。衣は手加減はしていない」

「じゃあ、今が全力なの?」

「それも違う。まぁ、安心しろ。夜の帳が下りる頃、衣の力は増幅する」

「あっ、ちなみに淡ちゃん。夜の帳が下りるっていうのは夜になるって意味だから」

「分かってるからッ!! 尭深、私のこと馬鹿にし過ぎだからッ!!」

「嘘……」

「ホント腹立つなお前ッ!!」

 

 心底驚いているという顔の尭深。しかもツモった牌が思わず手から零れ落ちるという演技付き。淡からすると殴りたいとしか思えない。

 

「淡、漫才は後でやれ」

「漫才じゃないんだけど!?」

「うるさい」

「痛いッ!?」

「……白糸台は仲が良いな」

 

 誠子にも注意され、最終的に菫に頭を叩かれた。

 この二ヶ月で淡のツッコミはすっかりと板に付いているのであった。

 

 

****

 

 

「今日は楽しかった! 衣と遊んでくれてありがとう!」

 

 日も落ちてきた夕方、衣は来た時と同じように皆の前で最後の挨拶をしていた。

 

「こちらも良い経験になった。また来てくれ」

「いいのか? 白糸台の部長?」

「あぁ」

 

 代表して菫が衣と言葉を交わす。

 良い経験になったというのは嘘ではない。淡もそうだが、照と打ち合える相手はそうはいない。そのため衣のような打ち手は貴重なのだ。

 

「あっ!!」

「どうしたんだ?」

「最後に淡に渡すものがあったのだ」

「私?」

 

 衣は大分軽くなったバックから、これまた一通の封筒を取り出した。確かにそこには『淡ちゃんへ』と書かれている。

 

「淡、しかと渡したぞ」

「ん、ありがとねーコロモ」

「──衣様」

「ハギヨシ! 出迎え大義!」

 

 いつの間に現れたのか、黒の燕尾服を纏ったおそらく執事と思われる者が衣の背後にいた。びっくりした何名かが小さく悲鳴をあげるほど、ハギヨシの隠密さは神がかかっていた。

 

「ご用意出来ております」

「そうか。では淡、菫、照、みんな、いつかまた会おう」

「またね、衣。咲によろしく」

「うむ!」

 

 衣はそう言い残して、執事と共に去って行く。まるで吹き抜ける風のような呆気なさで、衣は白糸台高校から姿を消してしまった。

 

「それで淡、読まないのか?」

「……読むよ」

 

 一通目がアレだったので進んで読みたいとは思えなかったが、ここで読まないというのもなんか負けた気がする。そんな屈辱に淡は耐えられない。

 仕方なく封を切り、手紙を取り出した。

 

『淡ちゃんお疲れー。

 どうだった? 衣ちゃん強かったでしょ? 勝った? 負けた? あぁ、負けた。知ってる。……えっ、嘘勝ったの? 淡ちゃんやるじゃん。

 それではここで一つ重大なお知らせがあるよ。実はその日の衣ちゃん、全力の60%も出せません、テヘ。というよりその日の衣ちゃんは最弱です(笑)。

 あっ、もしかして衣ちゃんに勝てて喜んだりしちゃった? 残念、それぬか喜びだから、アハハハハハハ(爆笑)。本気の衣ちゃんに勝つなんて淡ちゃん如きじゃ無理無理無理無理絶対無理。ホント無』

 

 ……握り潰した。

 

(あーぁ。淡ちゃん大噴火まで残り……)

 

 その様子を見ていた“チーム虎姫”のカウントダウンスタート。

 淡の身体は小刻みにプルプルと震えている。誰がどう見ても怒りで震えていると分かった。それに合わせるかのように髪の毛もユラユラとゆらめいている。

 

(3……)

 

 淡も最後まで読むつもりではあったのだ。だが、無理だった。プライドで抑えることの出来る怒りのゲージを、それこそ急転直下の勢いで振り切ったのだから。

 

(2……)

 

 拳は硬く握り込まれ、掌には爪が食い込んでいる。眉間にもシワがより、思いっきり歯を食いしばっていた。最早美少女が台無しだ。

 

 そして──

 

(1……)

 

 淡の震えが、止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッッッッザケんなぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡はこの日このとき、少しだけ覚醒したのであった。




大星淡は勇者である

バーテックスという名の咲さんが12体ですか……絶望ですね(笑)

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