咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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……お待たせしました。
本当に申し訳ないです。

14巻のある意味でのネタバレがあるのでご注意を。
ではではどうぞー!




8-3

「……とりあえず、お父さんとお母さんに連絡しないとだね」

「そうだね。お母さんの連絡は私に任せて」

「うん、私はお父さんに連絡するから。お願いね、お姉ちゃん」

 

 千里山の控え室を出る前に、咲と照は両親にメールで一報を入れることにした。そうでもしないと、後でもし両親までもがマスコミに迫られた際に、辻褄が合わないという事態に陥りかねないからだ。

 その展開は冗談抜きでヤバいやつである。下手したら二人の人生が社会的に終わってしまう。これは至極当然の判断であった。

 

 二人は適当に文面を考え、まぁ大丈夫だろうと思うものを作り上げそのまま送信した。内容は簡潔に述べると『謝罪、マジ謝罪、本当に謝罪、んじゃよろしくねー』といったものである。

 当事者以外が読めば、「オイ、ふざけんな」と言われること間違いなしの内容だが、恐らく両親も娘二人に対して少なからず負い目を感じているだろう。二人はそう推測していた。

 そのため、二人はこの我儘を突き通す腹積もりである。

 許して下さいごめんなさいと、心の中で全力で謝ったので問題ないのだ。……多分。

 

「それじゃ、皆さん。お世話になりました。怜さんは体調に気を付けて下さいね」

「じゃあね、怜。また、機会があったら」

「ありがとうな、咲ちゃん。照もおおきにな。今度時間あったらメシでも行こな?」

「うん、そのときはみんなでね」

「せやな」

「……淡も挨拶くらいしなさい」

「ハーイ」

 

 照にそう言われた淡は、今日の対戦相手である竜華に視線を向ける。対する竜華も、泰然とした態度で応えていた。

 

「今日の大将戦、楽しみにしてるよ。関西最強だか部長だか何だか知らないけど、私たち白糸台に歯向かうなら容赦しないから」

「うちも楽しみにしてるで。一年生で大将を任されるその実力、拍子抜けにならんことを祈るわ」

「言ってくれるね……。せめて私に本気を出させてみせてよ。そしたら認めてあげる」

「……その生意気な態度、絶対改めさせたるわ」

 

 バチバチと火花を散らし睨み合う二人。戦意は十分以上に充填されたようだが、些か包む空気が殺伐とし過ぎている。

 他校の上級生に対する淡の不躾な態度に、照は自然と溜め息が溢れた。

 

「……淡、私は挨拶しなさいって言った。喧嘩を売れとは言ってない」

「まぁまぁお姉ちゃん。淡ちゃんは馬鹿なんだから仕方ないよ」

「うっさいわッ!」

 

 爽やかな笑顔で悪意全開の発言をする咲。その点だけはいつも通りであった。

 その後はしばらく、改めて咲に対する感謝を千里山勢は告げていたが、機を見て三人は抜け出ることにする。

 

 扉を前にした咲は苦虫を噛み潰したような表情に変わる。

 

(あぁ、面倒だな〜……)

 

 正直この後のことを考えると憂鬱であったが、いつまでも此処にいても仕方がない。

 それよりも逸早く監督の救助と、清澄と白糸台の面倒ごとを片付けなければならないのだ。一々文句を垂れている場合でもない。

 

 よしっ! と気合いを入れて、咲は控え室の扉を開けた。

 その先に、沢山のカメラとマイクを持った人が見えた。

 バタンッ! と、咲は反射的に扉を閉めた。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 ドアノブを握ったままの姿勢で固まる咲。

 その側でいつも通りの無表情を貫き通す照。

 ついでに面白そうなものを見たと、心底愉しそうにニヤニヤしている淡。

 

「………………ハァ…………」

 

 咲の口から疲れ切った息が漏れた。

 まさかこの早さで第一関門があるとは予想外であった。加えてアレらは避けようにも避けられない。窓から逃走など、幾ら咲でも不可能なのだ。

 取れる手段はただ一つ。正面突破である。

 

(……ふむ)

 

 ……さて、どうしようか……?

 ーーそうだ、生贄を捧げよう!

 

 結論は迅速だった。

 

「……というわけで淡ちゃん、あの人たちを引き付ける役を任命してあげるよ」

「おい、フザけんな。ここで私を巻き込むとか、サキやっぱ頭オカシイんじゃない?」

「失礼な。常に頭お花畑の淡ちゃんには二度と言われたくない一言だよ?」

「ーーいいから潔く死ねぇえッ!!!」

 

 沸点の低さに定評のある淡は物騒な叫びを上げた。これは決して、口喧嘩に敗北した負け犬の遠吠えではない。

 

「やぁッ!」

 

 淡は咲が油断している隙に、開けることを躊躇っていた扉を強引にこじ開けたのだ。

 

 淡ちゃん大勝利の瞬間であった。

 

「あっ……」

 

 対応間に合わず、時既に遅し。

 開かれた扉の向こう。

 先頭にいた咲含め三人を盛大に出迎えたのは、雨霰のように降り注ぐフラッシュの数々であった。

 

「宮永姉妹が出てきました!」

「宮永咲選手! 会見前に一言!」

「チャンピオンも何か一言お願いしますっ!」

「おい、期待の新星である大星選手もいるぞ!」

「皆さんは元々お知り合いだったのですか!」

「何か、何か一言だけでも!」

「「「「「宮永選手っ!」」」」」

 

(……あぁー、うるさいうるさいうるさい……)

 

 ーーいけない。このままでは、生ゴミを見るような目でマスゴミを睥睨してしまう。

 

 そう直感した咲はすぐさま作戦を考察する。

 この鬱陶しい状況を打破できる最善の一手とは何か。自身の立ち位置、ポテンシャル、周りの存在。

 全てを考慮に入れた末に、中々に面白い妙案が浮かんできた。

 それは非常に簡単なこと。

 一芝居打てばいい。

 

「ーーひぃっ!?」

 

 人の圧力に怯え咄嗟に、といった様子で、咲は淡の後ろに隠れることに成功した。瞳には涙を溜めて、ついでに淡を微妙に前に押し出すのも忘れない。むしろ遠慮無くグイグイ押していく。

 

「……はッ?」

 

 素っ頓狂な声を上げたのは淡である。

 今の状況の意味が分からない。

 何故今回の騒動に無関係な自分が最前線にいるのかも、突然猫被りやがった背後の悪魔のことも。

 

(こんのッ!?)

 

 早速生贄に捧げられたことを理解した淡は、怒鳴り付けてやろうかと後ろを振り向く。咲は示し合わせたかのように瞬時にしゃがんだ。とことん逃げる姿勢である。

 そのため淡の目に映ったのは、普段公の場で魅せる笑みとは異なる微笑をたたえた照の姿で。

 

「ーーッ!??」

 

 ーーそれを見て、心底ゾッとした。

 

 背筋に氷を当てられたように鳥肌が立ち、一瞬身体の自由が奪われるほどの恐怖を感じていた。

 怒髪天を貫くとは正にこのことだろう。まるで照が発する怒気が、可視化されたのではないかと錯覚する。

 

 瞳が一切、笑っていない。

 

 深淵の底の如く黒く深いその瞳は、淡を含めてその周りにいた全ての人間を呑みこんでいた。その証拠に、騒がしかった廊下はいつの間にか静まり返っている。

 照はその笑顔のまま、マスコミに話し掛けた。

 

「……申し訳ありません。妹はまだこのような場面に慣れていないため、出来るのならば今は引き上げてもらえないでしょうか? 語るべきお話は、会見でしっかりお伝えしますので」

 

 小首を傾げお願いを告げる照。

 それに対し、マスコミは反応を返せない。照がこのような態度を取ったことが一度もないため、どのように動けばいいのか判断が付かなかったのだ。

 暫しの間、固まる空気。

 

「……はぁ、仕方あらへん」

 

 その状況を見て溜め息を吐き、助け舟を出してくれたのは愛宕監督であった。

 

「皆さん。控え室前で騒がれては困ります。今は宮永選手の言う通り、引き上げてもらえないでしょうか? 私も後日、勝手に選手を招き入れた件について謝罪いたします」

 

 それが駄目押しとなった。

 

 この場での責任者にこう言われては引き下がるほかなく、渋々といった様子でマスコミ関係者は消えてゆく。

 

 その成り行きを見届け、咲は口許を歪めた。

 

(……ふふっ、上手くいった)

 

 誰の目にも映らないように、咲は密かに(わら)っていた。ここまで思い通りにことが進むとは。これでは笑わない方が難しい。

 咲は理解していたのだ。

 例え嘘だと分かっていても、涙を浮かべる自分を見れば、優しい姉は激昂するであろうことを。愛宕監督の助け舟までは予想できなかったが、照さえいれば邪魔な有象無象を蹴散らすことに成功したのは変わりない。

 これで会場までの猶予期間を手に入れられた。

 辻褄合わせと台本作りをしたい咲としては、照と二人きりになる時間が欲しかったのだ。千里山の控え室では、きっと虚実入り混じったカオスなことになるので、有益な話し合いが不可能だと判断したためである。

 あとは何不自然なく、速やかにここから退散するだけであった。

 

「ありがとう、お姉ちゃん。愛宕監督もありがとうございました」

「ご迷惑をお掛けしました」

「別に構わんよ。私にはこれくらいしか出来んからな。ここからは付いて行ってやれへんけど、大丈夫か?」

「はい、問題ないです。ありがとうございました」

 

 頭を下げて別れを告げる。

 控え室前に集まった千里山メンバーに手を振られ、見送られる咲と照と淡。特に怜と竜華は感謝の念が絶えないのか、いつまでも「ありがとう!」と言っていた。

 

「照! 次会うときは決勝やで!」

「分かった。楽しみにしてる」

 

 最後に怜と照が再会の約束を交わし、千里山とはお別れとなった。

 

 三人はゆっくりとした足取りで角を曲がり、控え室からは見えない場所に到着する。

 念の為に周囲を確認するが、その場にいるのは自分たちだけであった。

 

「「「……ふぅ」」」

 

 三人同時に一息吐き。

 

「……こんの悪魔がぁーーッ!!」

 

 案の定淡がキレた。

 炸裂する鋭いアイアンクロー。怒り30%、殺意70%が込められたその一撃は、淡の限界値を遥かに超えた底力があった。

 対し咲は、手を一閃することでその凶手を軽々と弾き返した。

 

「ーーッ!?」

 

 眼を見張る淡だったが、攻撃の手を緩めることはない。強烈な一発を顔面に打ち込む気満々であった。

 

 しかし、相手が悪かった。

 

 咲は立て続けに襲いくる物理攻撃も、ステップを刻みながら踊るように躱しきる。何処でその戦闘技術を身に付けたのかと疑問に思う程に、咲の動きは洗練されていたのだ。

 

 激しい攻防の最中に、咲は隙を見て淡の懐に侵入し、アッパーの要領で顎を穿つーーことは流石にしなかった。

 

「どーどー、まぁまぁ落ち着いて淡ちゃん。カルシウム足りてる?」

「足りてるわボケェッ! 毎日摂取してるお陰もあって、サキみたいな貧相な胸してませ〜ん♪」

 

「ーーあ゛っ?」

 

 …………淡は知らなかった。

 今の発言が、魔物の逆鱗に触れるものであったということを。

 地雷原を素っ裸で爆走するに等しい愚かな行為をしたことを。

 

 

 

 ーーコロス。

 

 

 

 地獄の底から響く怨嗟の声が、咲の口から溢れ出る。

 

「ーーフッ!」

「うぐッ!!?」

 

 淡が捉えることの出来ない早さで、咲の拳が腹部へと叩き込まれた。

 衝撃と痛みに腹を抑え前傾姿勢に変わる淡だが、咲はそれを許さない。

 

「ーーハッ!」

 

 咲は両手で、淡の胸を鷲掴みにしたのだ。

 

 モニュンッ♪

 

「ーーぁんっ……!」

 

 触りどころが絶妙だったのか、淡から妙に(なまめ)かしい声が漏れる。醸し出される(あで)やかさは、異性を魅了して虜にすること間違い無しであろう。

 だが、残念ながら咲は同性。

 そもそも、淡の艶声自体耳に入っていない。

 

 咲は二度三度ソレ()をモミモミしながら、全神経を手の平に集中させていた。

 

「ちょっ……サキ、やめ、……んぅっ! あんっ!」

 

 抵抗できずに身体を()じらせる淡。顔は段々と熱を帯びていき、纏う色香は周囲へと発散されていく。

 それでも咲は反応を示さない。

 

 触れた感触は、おもちのように柔らかな弾力。丁度手の平に収まるソレ()は、人間の理想を象ったと錯覚する程に完成されていた。

 同時に、今触れているソレ()が、紛れもない本物だというのが嫌でも理解できてしまった。

 

 その瞬間、咲の瞳から光が消え去った。

 

 微かにあった瞳の煌めきは瞬時に闇へと侵食され、何物を見通せない暗黒へと姿を変える。

 変貌を遂げた咲の瞳は、殺人鬼そのものであった。

 

 ギリギリギリと、ナニカが軋む。

 明かされた屈辱的真実に、醜い憎悪が溢れ出る。

 

 ーー……滅っ!!!

 

 気付けば咲は、ソレ()を万力の如き力で握り潰していた。

 

「……って痛いイタイイタイ痛いッ!?」

「……胸が何だって? 淡ちゃん?」

「もげるもげるオッパイもげちゃうッ!?」

「……おかしいなぁー。前会ったときはこんなんじゃなかったと思うんだけどなぁー?」

「ギブギブマジギブッ!! 私のオッパイがぁッ!!」

 

 完璧に八つ当たりであった。

 それも、最もタチの悪い私怨に充ち満ちたタイプの八つ当たりであった。

 

「……あぁ、憎たらしい。……えっ? 何なの? 何なのこのたわわに実った脂肪は? 私に何の恨みがあるの?」

「恨みしかなイッタぁあああいッ!!? 助けてテルー!!」

「……砕け散れ」

「ヒドイッ!!?」

 

 ……淡は学んだ。

 貧乳を馬鹿にすると、碌なことにならないことを。

 

 解放されたのは一分程度の時間が経ってからで。

 咲が憎しみを込めて握り潰そうとした淡の胸は、一時的に形が変わるほどであったらしい。

 

「……オッパイがイタイ……」

 

 尭深の話によると、控え室に戻ってからの淡は終始そう呟いていたそうだ。

 

 

****

 

 

「こんな感じでオッケーかな?」

「多分大丈夫だよ、咲」

 

 二人の目の前には、会見会場へと繋がる扉。ここを開ければ戦場である。

 覚悟は決めた。

 概ねの台本も考えた。

 もしものために目薬もさした。

 

 準備万端、完璧である。

 最後に必要なのは度胸のみ。

 

「それじゃあ、行こうかお姉ちゃん?」

「そうだね、咲」

 

 二人は笑い合い、せーのっと声を合わせ、勢いよく扉を開け放つ。

 

 これが、咲と照。

 宮永姉妹が踏み出す新たな世界への第一歩であった。

 




ゆるゆりになると思いました?
残念でした(笑)少なくともここの咲さんにその気はありません。
でも!この展開はやりたかったんです!
淡ちゃんのおっぱいネタは14巻読んで絶対やらなければと!

……それでホントにすいません!
更新も遅く、展開も遅いというこの体たらく……反省しなければ!
なのに最近新作が書いてみたいという欲求まで湧く始末……。時間が足りない!

リリカルマジカル頑張ります!

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