咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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新年あけまして咲さんおめでとうございます!






8-5

 

「……なんや、大変なことになっとるなぁー」

「そうやなぁー」

 

 竜華の膝の上で寝転びながら、怜は呑気にそう呟いた。態度と発言からお察しの通り、完全に他人事である。

 原因の一端を自身が担っていると自覚はしているが、それでもやっぱりうーん……という気持ちが本音なのだ。ぶっちゃけると、あの面々(照・咲・健夜)に深く関わりたくない。

 

 ──麻雀で対面でもしてみぃ、ウチ今度こそ死んでまうぞ……。

 

 理由はこれに尽きた。あんな目に会うのはもう懲り懲りなのである。

 

(まぁ、決勝に進めば嫌でも照とはご対面やろな。白糸台が敗退は……万に一つもないやろ)

 

 先鋒戦終了時点で白糸台とは十四万点差。一応千里山は二位だが、この点差からの挽回は並大抵のことではないだろう。

 

「泉はどうなっとる?」

「ちょい待ってください。…………ボコボコにやられていますね」

「どれ〜……ホンマやなぁ」

 

 怜は切り替わった画面を眠たげな瞳で観ると、やや憔悴している後輩の姿が目に映った。少ししか見てないのに、周りの三年生に気圧されているのがよく分かる。正直、これはあまり期待出来ないかもしれない。

 

「相手が全員三年生ちゅうのがアカンかったな」

「去年のうちとセーラみたいやね」

「それは言わんといてくれ……」

 

 竜華の遠慮の無い指摘に、セーラは赤くなった顔を逸らす。男勝りな彼女にしてはとても珍しい反応であるが、怜は理由を知っていた。

 去年セーラはインターハイの舞台でエースに抜擢されたにもかかわらず、思うように活躍出来なかったのだ。反して、普段はセーラより弱い筈の先輩たちがセーラとは比較にならないレベルで大健闘。当時は対局後、先輩に合わす顔がないと泣いてしまう程であったらしい。

 

 ジンクスかもしれないが、インターハイでは三年生が化ける。例え相手が自身より自力が高い一、二年生でも、インターハイの舞台では三年生が圧倒することが多い。それは集計したデータから見ても数値として現れるのだ。

 例外は正真正銘の化け物が現れたときくらいであろう。一年だろうが二年だろうが三年だろうが全てを屠れる実力者、そういう選手を世間では《牌に愛された子》と呼ぶ。

 

 今大会での化け物は三年生では宮永照。二年生では去年頭角を現した神代小蒔、荒川憇、天江衣。そして一年生ならば宮永咲、大星淡の名が巷では挙がっている。

 淡は表舞台ではまだ本当の実力を開示してないが、あの白糸台高校の大将を任された超新星として注目されている。

 咲に関しては言わずもがなである。天江衣を圧倒した時点で推して知るべしと言ったところだろうか。また今回の一件で化け物の地位を確かなものとしたのだが、それはまだ本人も知らない事実である。

 

 幸いなことに、セーラが当たる相手に当該選手はいない。勿論全国の舞台で油断していい相手がいるわけないがこれは大きい。

 しかも今年は怜もそうだが、セーラ自身が三年生。側で見てるだけでも分かる。今のセーラは最高に調子が良いことを。

 

「泉の分は俺が取り戻す。まぁ心配すんなや」

「……そうやな。セーラなら安心や……」

「……怜? もしかして眠いん?」

「……ざっつらいと……」

 

 何時にもなく瞼が震えている。怜としては色々と見届けたいが、襲い掛かる眠気が強過ぎた。今すぐにでも夢の国へと旅立ちたいほどに。

 

「怜、無理せんでこのまま寝てええで」

「……お言葉に甘えるわ」

 

(照と咲ちゃんには申し訳あらへんけど、もう無理や……)

 

 照と咲には心の中で謝る。結果は起きたときにでも知ることにしよう。

 

(それにしても……)

 

 怜は自身の調子を不思議に思う。

 身体は睡眠を欲しているのだが、調子自体は対局前より断然良い。高揚感が身を包んでいて、多少の無理なら押し通せそうだ。体感的に判断すると、今の自分なら二巡先(ダブル)を一巡先と同程度の疲労で済む気がした。

 

(あとはあれやな、さっき最後に見たあの未来……)

 

 これまでの数巡先を見る()()の未来視ではなく、全ての可能性を見通すあの現象。

 

(一度見たんや。また出来てもおかしくないやろ)

 

 一番良いのはあの力をコントロールすることだが、そこまでいかなくても、無理を通せば引き起こせるまではいきたい。

 

(……倒れたのが理由やとしたら、もしかしたらウチはサ○ヤ人の血を引いてるのかもしれへんな)

 

 未来が見えるようになった原因が死の境目に立ったことだったので、あながち間違ってないかもしれないが。

 

(……もしくは、咲ちゃんのアレに触れたからか……ハッ、それはないか)

 

 突拍子も無い考えに怜は笑う。どうやら思考も疎らになっているようだ。でも、自身の身体から湧き出るこのオーラは、とりあえず竜華の太腿に注ぎ込んでおこう。

 ゆっくりと落ちる瞼。

 視界が閉ざされる前、最後に見たのは、後輩が容赦無く撃ち抜かれている姿だった。……頑張れ泉。

 

 

****

 

 

「赤土先生、お願いがあります。今すぐ私と打ってくれませんか?」

「……玄?」

 

 普段と様子が異なる玄を見て、阿知賀監督である赤土晴絵は疑問の声を上げた。

 

「今回玄はドラを捨ててないから、無理に打つ必要はないけど……」

「はい、それは分かっています。でも、私もっと強くなりたいんです!」

 

 ここまで我を通す玄は珍しい。テレビを見ていた三人──高鴨穏乃、新子憧、鷺森灼も玄の方へと顔を向けた。

 

「私としては全然構わないよ。……ただ、さっきの対局で何を思ったのか、聞かせてもらってもいいかな?」

 

 晴絵は優しく玄を促した。きっと、その方が良いと思ったから。

 

「……はい。私は、さっきの対局では力不足でした。実力でも、精神面でも、怜さんと煌さんの足を引っ張っていました」

「……一概にはそう言えないよ。玄がドラを抱えていたからこそ、宮永照を止められた面もあった」

「それでも、照さんにはドラを奪われてしまいました」

 

 やはりドラを奪われたことは玄に多大な影響を与えたようだ。一時的に再起不能に到る直前まで陥ったのだから、その苦痛は計り知れないものだったのだろう。

 ただ、玄が悔やんでいることはドラを奪われたことではない。一人で立ち直ることすら出来なかった自身の未熟さを悔やみ、腹を立てているのだ。

 

「情けないです。本当に情けなかった。私は落ち込むばかりで……。対局中辛そうにしている怜さんを見て、あの時ほど自分が許せなかったことはありませんでした」

 

 ──だから

 

「あんな思いはもう二度としたくないんです! 私は、強くなりたいっ!」

 

 玄は自身の想いの丈を叫んだ。

 ──同時に、玄から強大なオーラが迸る。

 

(こ、これは……⁉︎)

 

 晴絵の頬に冷や汗が伝う。

 この感覚は過去に幾度も覚えがあった。最も古い記憶では十年前のインターハイ、最近ならばすれ違っただけの高校生に。……因みに、その高校生というのは咲と淡のことである。

 これら経験の共通点は唯一つ。圧倒的強者と対面した際に感じるものであるということ。

 

(玄が覚醒したってこと……?)

 

 ──たった一回の対局で変わる雀士がいる。

 しかし、必ずしも良い方向に変わるわけではない。むしろあまりの実力差に打ちのめされて、悪い方向に変わる方が多いかもしれない。

 その典型例が晴絵である。十年前のインターハイの舞台で、その年に突如現れた特級の化け物に何もかもを打ち砕かれ傷心し、しばらくは牌に触れることすら出来なくなった。当時の晴絵は、その経験に打ち勝てなかったのだ。

 だが、目の前にいる自身の教え子は違う。味わった悔しさをバネに、更にもう一段進化しようとしている。自分の力で分厚い殻を破り、光り輝こうとしている。

 

「……ふふっ」

 

 晴絵にとって玄の覚醒は予想外ではあったが、転がり込んできた可能性には笑みを隠し切れない。

 玄は元々才能の塊で、磨かれていない宝石の原石のような存在だった。今日まで晴絵なりに研磨してきたつもりだったが、それでもまだ天辺には程遠いものであったらしい。

 

「……うん、いいよ。玄、本気で来なさい」

「ありがとうございます!」

「しずに憧に灼。誰か二人も参加するといいよ。恐らくだけど、今までの玄とはレベルが違うよ」

「それなら私が!」

「ちょっしず! あたしも打ちたいんだから!」

「……私はいいから、二人で打っていいよ」

 

 はいはーい! と此方に走り寄る穏乃に、張り合うように前に出る憧。玄にとって大事な後輩で、かけがえの無い親友。

 

「穏乃ちゃん、憧ちゃん、ありがとう」

「何言ってるんですか玄さん! こんなことでお礼を言う必要なんてありませんよ!」

「そうよ。それに玄のためってよりあたしのためでもあるんだからね!」

「……憧、何恥ずかしがってるの?」

「しずうっさい!」

「……ふふっ、あはは!」

 

 賑やかな仲間の様子に玄は自然と笑みが零れる。

 ふと、こんな風にみんなで楽しくいられるのは何時までなんだろう……と頭を過るが、不穏な考えだと悟り気を引き締めた。現在、考えても仕方がないことを考えている暇は一刻もないのだ。

 

(さっきの対局で分かった。私はまだ、ドラのみんなに認めてもらってなかった)

 

 玄にとって、今までドラは来てくれるものだった。でも、それでは足りないのだ。

 次からは呼び寄せられるくらいに。加えて、一度離れた程度で断たれる絆でもいけない。もっともっと強固なものに昇華しなくては。

 

(次は一つもあげませんよ、照さん!)

 

 ──ドラゴンの嘶きが木霊する。

 

 この日、阿知賀の龍王(ドラゴンロード)が進化を遂げた。

 

 

****

 

 

 比較的近くに発生した新たなオーラに、咲は思わずピクンと反応する。

 

(ん? 強いオーラを二つ感じる、誰のだろう……? でもまぁ、それは一先ず置いといて……)

 

 他人を気にしている場合ではない。最優先は自分たちと、咲は気持ちを切り替える。

 

(さて、ちょっと驚いたけど冷静になってきた。それで思ったけど、これ意外といけるんじゃないかな?)

 

 咲は健夜の登場に少なくとも驚いたし面倒にも思っていたが、悪い展開でもないと感じ始めていた。

 目の前にいるのは、麻雀界を根底から揺るがす影響力を持つであろうビックネームである。味方にさえ付けられればこの状況も勝ったも同然。

 確率は二分の一であるが、咲には自信があった。この場面でハズレを引く訳がないと。麻雀に関わることで自身の豪運が覆されるなんてあり得ないのだと。

 

 そして──

 

「私は、お二人のプロ入りを歓迎します」

 

 ──勝ったっ……!

 

 咲は思わず口元を歪めた。しかしそれも一瞬のこと。

 

「……それはつまり、どういうことですか?」

 

 誰の目にも止まらぬ内に表情を戻し、あたかも困惑してますといった様子で健夜に疑問を投げ掛ける。咲の僅かな変化に気付いたのは恐らく照だけであろう。

 

「そのままの意味です。私はお二人のプロ入りを心より歓迎します。まぁそうですね、本心を述べるのであれば……」

 

 健夜は愉しそうに笑った。

 

「私はお二人と対局したいんですよ。それも、できる限り早くに」

「「……へぇ」」

 

 試すように咲と照を見る健夜の瞳を、二人は挑戦的に見返す。これは咲たちにとって面白い展開になってきた。

 咲は照と再び視線を交わす。ここからは台本なしの一発勝負。ほぼ勝ちは確定してるが、慎重になりすぎて損することはないだろう。

 

 ──どっちが仕切る?

 ──咲は小鍛治プロについてどのくらい知ってるの?

 ──化け物みたいな人ってくらいしか。出来ればお姉ちゃんに任せたい。

 ──分かった。

 

 アイコンタクトで意思疎通を終わらせた。端から見たら、ただほんの少し見つめ合ったようにしか映らないはずだ。

 刹那で行った打ち合わせ通り、咲は僅かに身を引き、照は姿勢を正して笑顔を浮かべた。

 

「小鍛治プロにそのように言ってもらえるなんて、恐悦至極です。しかし、私の記憶違いでなければ、小鍛治プロは近年はランキングに関わる試合には出ていないと聞き及んでいます。……てっきり、表舞台から身を引いたのかと思っていました」

 

 照のこの発言には、沈黙を守っていた会場の面々も騒ついた。まさかそこまで明け透けに真実を述べるとは思っていなかったのだろう。「少しはオブラートに包め!」という声無き声が聞こえなくもない。咲もちょっと思っていた。慎重はどこにいった、姉よ。

 反応がやや怖かったが、当の健夜は微笑をたたえていた。

 

「えぇ、宮永さんの言う通りです。最近はどうにも熱が冷めていたので。でもお二人の麻雀を見て久しぶりに熱くなったといいますか……お恥ずかしい限りです」

「いえ、とんでもありません。小鍛治プロにそこまで認めてもらえてることがとても嬉しいです」

 

 ──あははうふふ。

 互いに微笑みを絶やさずに話す照と健夜。一見和やかにしか見えないのに、記者の方々が青い顔をして震えているのは何故なのだろうか。不思議である。とりあえず自分も笑っておこうと咲も笑顔を貼り付けた。震える人が増えた。解せない。

 

 その後もしばらく笑顔の応酬を続けていた二人だったが、機を見て照が踏み込んだ。

 

「……小鍛治プロは今後はどうされるのですか? 私たちと対局したいと仰ってくれたことは大変嬉しいのですが、このままだと打つ機会に恵まれないと思いますよ?」

 

 にっこり笑顔で照が毒を吐いた。

 照は遠回しにこう告げているのだ。今のまま細々と活動しているあなたと対局することなんてまずないだろう、と。

 

(……どうしてそんな喧嘩腰なの、お姉ちゃん……)

 

 一度頭を叩いた方がいいんじゃないかと咲が真剣に考えるくらいに会場の空気がヤバい。澱みすぎてヤバい。

 さてどうなるかなと咲が健夜を伺うと、本人はその話題を待ってましたと言わんばかりに顔が輝き始めた。

 

「そうですね。確かにこのままではお二人と対局することは難しいでしょう」

 

 ……ですので、と続き。

 

「私は、宮永さんの言う表舞台に戻ろうかと思います」

 

 ──健夜のこの発言は麻雀業界を激震させた。

 あの小鍛治健夜が、国内無敗、元世界ランキング二位の彼女が、第一線に舞い戻ると宣言したのだ。関係者各位はあらゆる意味で震えずには居られないだろう。

 

 突発的に発生した極大の異常事態のせいで、会場は静まり返っている。その中でただ健夜だけが楽しそうに笑っていた。

 

「そう思えば宮永さん。そもそもこの会見は何のために開かれたのでしたっけ?」

「……そうですね。これは私たちが公の場で謝罪するために開かれました」

 

 急に話題を振られた照だったが、この場を切り抜ける最善の応えを返せたようだ。

 照の返答に健夜は満足そうに頷き、更に言葉を重ねる。

 

「あぁ、そうでした。それでプロになることで罰則の免除をお願いしたんでしたね」

「はい、その通りです」

「──いいじゃないですか! 若くて有望な子が、ここまで日本の麻雀業界のために貢献しようとしてくれているんですよ! 私は胸が一杯です!」

 

 健気な二人の姿に心底感激したと、健夜は全身を使って表現する。

 そのまま健夜はくるんと首を回し、近くにいた記者に視線を合わせた。

 

「あなたはどう思いますか?」

「……えっ!? 私ですか」

「はい、あなたです。あなたも麻雀ファンの一人なら、お二人の姿に感動しましたよね?」

「……そ、そうですね……。私も小鍛治プロと同様の気持ちです」

「そうですよね! やっぱりそう思いますよね!」

 

(……す、凄すぎる、この人)

 

 有無を言わさぬ誘導尋問に、淡に性格が悪いと言われ続けている咲ですら引いてしまった。あの状況で同意以外の選択肢を選べる人間なんて、この世にはいないだろう。これはもう、一種の脅迫である。

 健夜の口撃はここでは終わらない。今度は会場全体に目を向けた。

 

「他の方はどうですか? 何か別の意見がある方は、どうぞこの場でお願いします」

 

 返ってきたのは、同意を示す沈黙だけであった。

 

「では、決まりですね?」

 

 ──ここからはトントン拍子で話が進んでいった。

 今回の件に対するあらゆる人の罰則の免除を交換条件に、咲と照は高校卒業後にプロになることを確約。あらゆる人とは咲と照、白糸台高校麻雀部監督に千里山の愛宕監督も含めてである。

 千里山について咲が話を振ったところ、健夜は千里山、もとい怜が気に入っていたのか其方の擁護も十分に行ってくれたのだ。……怜の運命や如何に。

 

 

 

 

 

「「失礼します」」

 

 随分と長く、加えて予想外の方向に流れていった会見もようやく終了した。

 咲と照は最後に頭を下げてその場を後にする。続くように監督と、何故か健夜も此方に移動し、会見会場から完全脱出に成功した瞬間、咲と照は大きく一息吐いた。

 

「はぁぁ〜〜、やっと終わった」

「……流石に今回は私も疲れた」

 

 人の目がなくなって解放感に包まれたためか、二人して化けの皮が一気に剥がれた。咲は公の場での営業スマイルはほぼ初だったので、この中でなら疲労も人一倍である。

 

「小鍛治プロ、この度は助かりました」

「いえ、気にしないで下さい。私にも目的があってしたことですから」

 

 後ろでは監督が健夜に対しお礼を述べていた。

 一応健夜がいない想定で切り抜ける予定だったが、彼女がいなければここまで上手くはいかなかっただろう。正直助かったと言えた。

 

「小鍛治プロ、私からもお礼を言わせてください。この度は本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

 照に倣い咲も頭を下げる。登場した当初は一体どうなるのやらと不安であったが、結果的には助けられた形になったのだ。お礼を述べるのは人として当然のことであった。

 

「だから気にしなくても大丈夫ですよ。あの場に行った理由も、お二人を助けようというものではありませんでしたから」

「いえ、それでも助かりました」

「……そこまで言うのなら受け取っておきましょう」

 

 先程までの笑みと違い、今は呆れが混ざった素朴な笑みを浮かべている。どうやら咲たちと同様、気が昂ると豹変するタイプの雀士のようだ。強い打ち手にはろくなのがいないと証明された瞬間かもしれない。

 ただ、健夜は甘くなかった。

 

「では、何か謝礼などあると面白いですね」

「……謝礼ですか?」

「はい、言葉だけでは誠意も伝わりにくいものでしょう?」

「……そうですね」

 

 照は健夜の提案にやや固まってしまう。唐突過ぎて何も用意できてないので、現状差し出せるものがないのだ。

 だが咲は違った。瞳がキラリーンと輝き、飛び切りの笑顔で挙手をする。

 

「はい! それなら私に一つ提案があります!」

「本当ですか?」

「はい、これなら小鍛治プロもお喜びになると思います」

「それは何よりです。それで、その提案とは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

「あっ、おかえりテルー」

 

 控え室に帰ってきた照を淡は出迎えた。同じくその場にいた尭深と誠子もおかりなさいと声を掛ける。

 

「いやー面白かったよテルー。まさか小鍛治プロまで出てくるなんてね!」

「……うん、そうだね」

「まぁ良かったじゃん。おかげでスラスラと説得出来てた感じだったし」

「……うん、そうだね」

「……テルー、何かあった?」

 

 照が素っ気ないのはいつものことだが、ここまで無愛想なのも珍しい。いや、無愛想という表現は少し違う。どちらかと言うと呆然としている感じだ。

 

「そう思えばサキは? 帰ったの?」

「うん。咲が会場裏みたいなとこで名前を呼んだら龍門渕の執事さんが来て、そのまま帰った」

「……あの人、一体何者なの?」

「……執事?」

 

 咲曰く、「ハギヨシさん(龍門渕家の執事)に不可能なことなんてない」とのこと。

 

「……淡」

「ん? 何?」

「……先に謝っておく、ごめんね」

「……えっ? 何、めちゃくちゃ怖いんだけど」

「……さっきね、咲がね、小鍛治プロとね、愉しそうにね、話しててね、それでね──」

 

 照は淡から目を逸らした。

 

「今度小鍛治プロと対局することになった。私と咲と、あと淡で」

 

 

 

「……………………………うん?」

 

 淡は今まで見たことない可愛らしい仕草で首を傾げた。その脇で話の結末を悟った尭深と誠子は遠く離れた場所でお茶を嗜んでいる。

 

「ゴメンねテル、ちょっと耳か頭がおかしくなったみたい。テルが何言ったのかよく分からなかったの」

 

 ニコニコ笑顔の淡は現実逃避を始めた。

 だが、現実は非情であった。

 

「大丈夫だよ、淡。淡の身体は健康だよ」

「そう? しょうがないなぁー。……でも、もしかしたら聞き間違いって可能性があるからもう一度聞くね。誰と誰と誰と誰が対局するって?」

「小鍛治プロと私と咲と淡が対局するの」

 

 ……………。

 

「……小鍛治プロとテルとサキと?」

「淡」

 

 ………………………………。

 

「……小鍛治健夜と宮永照と宮永咲と?」

「大星淡」

 

 ………………………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!?!!??」

 

 

 

 

 

 控え室に、会場に、淡の絶叫が木霊した。

 

 遠くからあははははと笑う、魔王の哄笑が聞こえた気がした。

 







お知らせです。
全話加筆修正終わりました。
結構手を加えた話とそうでない話の差が激しいですが、時間があったら是非暇つぶしにでも読んでください。

次でこの会見編?は終わりで大将戦に入ると思います。
次の話はなるべく早くお届けしたい思います。


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