咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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9-3

 〜東三局〜

 東 阿知賀  89800 親

 南 白糸台 132700

 西 千里山  90000

 北 新道寺  87500

 

 紅い大地に髪を靡かせる風が吹く。

 何もない荒野には、瞳を閉じた姫子の姿があった。

 

 掲げた左手。

 虹色に煌めくエフェクトと共に地中から召喚されたのは、『8』の数字が記載された金色の鍵だ。

 姫子はその鍵を空へと向け、先程と同様宿る力を光線に変えて天へと解き放つ。

 

(来いっ! 倍満!)

 

 開かれた配牌は二向聴で、萬子を土台とした混一色の手。

 

(こいが、倍満になって……)

 

 姫子からの圧力が増す。

 

 それを敏感に感じ取った穏乃は歯嚙みした。

 

(赤土先生が気を付けろって言ってた東三局。予想通りなら倍満が来る。……こんなときに親番か)

 

 直撃を受けるのは論外だが、出来れば自摸ですら防ぎたい。

 心情としてはそうなのだが、残念ながら穏乃の手牌は五向聴。依然、淡の絶対安全圏が行動を遅々とさせていた。

 

「チー!」

 

 一人、いや、この場合恐らく二人だが、手が軽い淡が鳴いて仕掛けてくる。

 

(大星さんに和了ってもらう方がいいかもしれないけど、やっぱり振り込みは避けたいし……)

 

 点数を失わない方法を真剣に考えるが良い案は浮かばず、しかも手を(こまね)いているうちに、

 

「リーチ!」

 

 姫子に立直宣言をされてしまう。

 

(二巡目⁉︎ 速過ぎる!)

 

 淡の絶対安全圏がないとしても手の打ちようのない速さ。

 

「ツモ! 4000、8000!」

 

 しかも一発を決めるというオマケ付きだ。

 

(本当に倍満……親っ被り……)

 

 これが新道寺のコンボの力かと、穏乃は表情を険しくした。

 

 大きな和了りを決めた姫子は燃える瞳で淡を見つめる。

 

(白糸台の大星淡、確かに強か。流石一年生にして白糸台の大将ば任さるっだけのことはある)

 

 確かに淡は強い。それは認める。

 

(ばってん、此方のコンボは止められん! こん絆、破らるっもんない、破ってみろ!)

 

 新道寺のコンボ。

 副将の哩と大将の姫子の絆の力。

 積み重ねてきた想いが二人を繋ぎ、力として顕現した能力。

 

 これこそ新道寺ダブルエースの切り札──リザベーションである。

 

 

 〜東四局〜

 親:白糸台

 

 東三局の姫子の和了りを見て、竜華は新道寺はやはり強いと確信する。

 

(出来れば今回は防いでおきたいんやけどなぁ)

(「ならやってみればええやん」)

(「ぅおっ⁉︎ ……ホンマ急やなー。出たり消えたり忙しない。ずっとおればええのに」)

(「それもそうもいかへんね。おっ、次見てみ」)

 

 怜ちゃんの指差す先を見ると、再び枝分かれした未来が見える。

 光の道筋の最奥、一際輝く光景が目に映る。

 そこには最終的な和了りの形が目に映った。

 

(「跳満手、これは大きいな」)

(「よっしゃ! ……あれ? この局は新道寺の副将が和了っとたと思うんやけど?」)

(「そんなん知らんわ。でも見えたってことは必ず和了れるはずやで」)

(「それはありがたいな」)

 

 戻った視界。

 竜華は見えた通りの未来を辿っていく。

 面白いように手が進むのにどこか快感を覚えるが、一度しか見てない未来を忘れずに辿るのは意外と疲れる。

 

(さて、これで)

 

 和了り形で聴牌。

 その後数巡もせずに和了り牌が現れる。

 

「ロン、12000」

 

 振り込んだのは淡。

 トップから点数をもぎ取れて竜華としてはありがたい。

 

(「ホンマ凄いな、怜ちゃんパワー……」)

(「せやろ?」)

(「またいきなり……相変わらず忙しないなぁ。ずっとはおれないんか?」)

(「せや。来れるのはあと五回ほどやな」)

(「五回……」)

 

 これは多いと判断できるだろう。

 只でさえ確実な未来が見えて、しかも最高点の和了りとくれば極上の武器となる。

 

(「ギリギリまでパワーを注ぎ込めたんがラッキーやったわ。しかも今はスーパー怜ちゃんやからな、パワーも上がっとるで!」)

(「……対局終わったら咲ちゃんとこに挨拶しとこか」)

(「それは賛成や。ほな後は、用法容量守って、大事に怜ちゃんを使ってなー!」)

 

 最後にそう言い残し怜ちゃんは彼方へと消えていった。今後は竜華が呼んだら来てくれるのだろう。

 

(おし、頑張ったるで!)

 

 気合い充分。

 怜ちゃんが弱気になった竜華を打ち壊してくれたのだ。このまま大人しく引っ込むなんてありえない。

 竜華の集中は徐々にだが確実に増していった。

 

 

 〜南一局〜

 親:千里山

 

 ここまでの結果に、淡は心底ビックリしていた。

 

(……おっかしいな〜、想定より遥かに点数を失ってる)

 

 新道寺のコンボは半分以上諦めていたため想定の範囲内だったのだが、予想外だったのは千里山の竜華だ。

 

(私の絶対安全圏は効いてるはずなのに、なんでそんなポンポンと和了れるのかな……)

 

 竜華が強いことは知っているが、それはあくまで普通の強さだ。

 淡や咲のような場を支配するような底力はなかったはずなのに、これまでにもう二回も和了られている。

 

(私の防御がまだ甘いのは理解してるけど、大きな手に二回も振り込んだ。これはちょっと……)

 

 このまま普通に打つとヤバい気がすると淡は考慮する。

 しかも今は南一局だ。

 

(南一局ってことは……)

 

「ツモ! 3000、6000!」

 

(やっぱり新道寺……東四局で千里山に振り込んだのも、てっきり新道寺が和了ると思って油断してたのが原因だし……)

 

 これは言い訳なのだが、とにかく点数を失い過ぎていることに変わりはない。

 

(そ・れ・に、さっきからどんどこずんどこ和了られましてからに……ちょっと耐えられないってね)

 

 淡の決断は迅速だった。

 

 ──やっちゃおっと。

 

 淡は口を三日月型に歪ませる。

 裡から湧き出す猛りと共に、金色の髪がユラユラと揺らめいた。

 

 

 〜南二局〜

 親:新道寺

 

「リーチ」

 

(((なっ……⁉︎)))

 

 淡の立直宣言。

 しかもまたダブルリーチだ。

 

(またダブリー⁉︎)

(東一局でもダブリーしてたけど……)

(まさか大星淡は……)

 

 東一局の時点では偶然と判断していたが、ここにきてまたダブリーは少々異常だ。

 

(こっちは配牌五向聴なのに、もしダブリーを自由自在に出来るとかだったら……)

 

 ──強烈過ぎる。

 

 手が重いけど、三人は淡に振り込まないようにと警戒しながら局を進めるしかない。そのせいで突っ撥ねていいのか悪いのかの判断が難しく、自然と打牌は振り込まないことが優先になってしまう。

 局も終盤になって、ようやく淡が動き出した。

 

「カン」

 

 淡の暗槓。

 この光景に三人は見覚えがあった。

 

(カンって……)

(そう思えば東一局でもカンしてた)

(何やろうな……普通だったらありがたいんやけど、嫌な予感しかせぇへん)

 

 嫌な予感とは大抵、嫌な未来を引き寄せるものだ。

 竜華はその直感に従い流局までは安牌しか捨てないと、この局を完全に降りることにした。

 穏乃も直感が働く方がなので、悩んだ末に降りることを決断する。

 その中で姫子だけが勝負に出た。

 

(聴牌……親番やけん、ここは無茶ばする!)

 

 力強く突っ撥ね捨てた牌。

 

 それを見て、淡が愉快そうに笑った。

 

「ロン」

 

 宣告と同時に、淡は指を軸にして支えた手牌を回転させる。

 開かれた手牌の役はダブリーのみ。

 ただしそんな安手で終わらせるほど、白糸台大将は甘くない。

 淡はカン裏を表にしてドラを明らかにした。

 

(カン裏……⁉︎)

 

「12000」

 

 淡の背後から、全てを焼き尽くす豪炎が巻き起こった。

 

 

 〜南三局〜

 親:阿知賀

 

「リーチ」

 

(((またダブリー⁉︎)))

 

 二度ある事は三度あるとは言うが、これはもうそういう話ではない。

 ダブリーなどという役を連発した時点でこれはもう確定だろう。

 白糸台大将──大星淡はダブリーを意図的に引き起こせる。

 

(只でさえ手が重いのに……)

(ダブリー連発出来るとか……)

(反則やろ……)

 

 ──これはもう、卑怯とかそんなレベルの話じゃない‼︎

 

 野放しにしたら取り返しが付かないことになる。

 即座にそう判断した竜華は手札を切った。

 

(「怜っ!」)

(「──呼んだ〜?」)

(「呼んだ! 怜、お願いや!」)

(「お安い御用や」)

 

 怜ちゃんの手を取って未来を映し出してもらう。

 枝分かれする光の軌跡。どうやら自分が和了れる未来はあるようだ。

 

(「満貫やな、結構大きな手やで」)

(「流石や怜っ!」)

(「ほななー」)

 

 消えていった怜ちゃんを見送った竜華は対局へと戻る。

 

(さぁ、来いっ!)

 

 八巡後。

 

「ツモ! 2000、4000!」

 

 竜華の和了り。

 それを見て、淡は大きく目を見開いた。

 

(うっそ……私のダブリーが正面から打ち破られた……? しかも新道寺のコンボでもなく千里山になんて……)

 

 これは淡にとっては驚愕的な事実だ。

 全国一位の白糸台に身を置く淡は、全国トップクラスの高校生や監督のコネで打てるプロとも対局してきた。

 その経験から分かったのは、淡のダブリーを正面から破れる者は極少数しか存在しないということだ。

 それがこうもいとも簡単に和了られるとは予想外であった。

 

(……あ、ありえない。ただ強いだけの雀士に和了られるほど、私の支配は甘くないはずなのに……。何かある、絶対に)

 

 以前の淡とは違う。

 咲を倒すためにとやれることは全部やってきたのだ。

 ここで大事なのは思考を停止させることではない。何が起きてるのか、その可能性は何なのか、自分に落ち度はあったのか、一から冷静に状況を分析することである。

 

(清水谷竜華。名門千里山女子の部長。二年生からインターハイで活躍するほどの実力者。

 読みと手作りの正確さはずば抜けて凄いけど、私やテルのような能力はない。唯一能力と言えるようなのは確かゾーンってやつ。極度の集中状態で、そのときの清水谷竜華は絶対に振り込まないとまで言われてるやつだ。……これだけだったはず)

 

 竜華についての情報はこれで終わりである。これ以上のことは菫に聞いても出てこなかったのだから間違いない。

 

(ゾーンに入ってるから競り負けた? それとも単純に、清水谷竜華が本当に強いだけなのか……。チッ、ダメだ分からない。一先ずパス)

 

 竜華の異常を探すのは手詰まりだから一旦流す。

 それよりも自分の落ち度を見極めたほうが賢明である。

 

(……そう思えば、南場あたりから靄が掛かったように視界が悪い気がする。気のせいかと思ってたけど、これが原因か……?)

 

 可能性の一つは見つかった。

 この短時間では詳細までは掴めないので、思考を一時中断することにする。

 

(とりあえず、もう一度ぶちかます!)

 

 次はオーラス。加えて淡の親番だ。

 淡はここで見極めると決めた。

 

 

 〜南四局〜

 親:白糸台

 

「リーチ」

 

 再び淡のダブルリーチ。

 ここで連荘して違和感の正体を突き止めるのが淡の狙いであった。ついでに点数を稼ぐつもりもあったが。

 

(さぁ、どうでる千里山!)

 

 対して竜華。

 此方も勝負に出ると決断していた。

 

(今の大星淡に親で暴れられるのは厄介や。ここも使う!)

 

 太腿に宿る通称怜ちゃんパワーを意識して、竜華は新たに得た武器を行使をする。

 

(「怜っ!」)

 

 竜華の呼び声と共に怜ちゃんが出てくれる。これで残りはあと三回になったのだろう。

 

(「怜、お願い!」)

(「……ごめんな竜華。今回は無理や」)

(「……そうなんか、おおきにな」)

(「ほななー」)

 

 退場する怜ちゃんは妙に呆気ないのが竜華としては残念だが、一々そんな茶飯事を気に掛けている暇はない。

 未来は見えなかったが、そこから分かることもある。

 

(やっぱり和了れる未来がない場合は何も見えへんのか。その場合は多分やけど結果は二通り、誰かが和了るかこの局が流れるかや)

 

 そして、今回最も可能性が高いのは淡が和了ることだろう。

 

(和了れないことが分かっとるなら、うちのやることは振り込まないことや)

 

 竜華は警戒を高めながら牌を捨てていった。

 

 局が進むにつれて、今回は多分順調だと淡は判断した。

 ならもう和了るしかない。

 

「カン」

 

 最後の山の角で淡は槓をする。

 これであと数巡以内に和了れるのが淡の能力。

 

 だからこそ、淡は起きるはずのないイレギュラーに困惑した。

 

(……は? 和了れない? おかしい、これは絶対におかしい⁉︎)

 

 いつまで経っても和了れない。気付けばもう海底(ハイテイ)にまで至ろうとしていた。

 過去一度もなかった展開に拭い切れない違和感を伴いながら、淡は自摸った牌を捨てる。

 

 直後、上家から異質なオーラが襲ってきた。

 

「ロン」

「………………えっ?」

 

 今まで動き一つ見せなかった選手──穏乃が淡の捨て牌にロン宣言。

 

「8000です」

 

 前半戦は、とても静かに終了した。

 

 白糸台 113700(-19800)

 新道寺 101500(+16200)

 千里山 101000(+13100)

 阿知賀  83800(-9500)


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