咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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 とある宿泊所。

 そこで準決勝第一試合大将戦を観戦していた少女──宮永咲は、それはもう愉しそうに微笑んでいた。

 

「ふふっ、驚いた。まさか淡ちゃんがここまで手こずるなんてね」

 

 前半戦までの合計収支では未だ白糸台がトップを守り続けているが、大将戦だけで見れば淡は完全敗北を喫している。咲としては良い意味で想定外の展開であった。無論、淡が負けている姿を拝めるのが楽しいだけである。

 出会えば即、淡をおちょくる咲ではあるが、それは淡を見下しているということではない。ただ反応が面白いからやってるだけで、淡の実力は認めているのだ。

 

 今回の対局相手の情報は、先鋒戦のときに暇だったから淡にもう聞いている。コンボとは何ぞ……? と、淡に聞いた時には思ったものだ。

 そして各選手の情報を聞いた上で咲の見通しでは──淡の自己判断でもそうだったが──ギリギリダブリーを連発せずに勝ちを拾えると踏んでいた。

 それなのに、結果は言ってはなんだがズタボロだ。これには淡も面食らっていることだろう。

 咲は愉快だった。

 

「このまま淡ちゃんを追い詰めてくれると、私が知らない奥の手とかが見れそうだからなぁ。是非とも頑張ってほしいよ」

「──その可能性は高いぞ、咲」

 

 咲の言葉に返答したのは一緒に観戦していた少女──天江衣であった。

 

「ん? それどういうこと衣ちゃん?」

「実はな、衣たちは二ヶ月程前に阿知賀と対局してるのだ」

「阿知賀と? いつの間に……」

 

 県予選後の清澄は龍門渕と打つことが多かったのに、阿知賀と打っていたとは知らなかった。

 別に内緒にされてたのを咎めるなどはありえないが。

 

「それで、どうして可能性が高いって衣ちゃんは思うの?」

「それはだな、阿知賀の大将が本領を発揮するのはこれからだからだ」

 

 衣は二ヶ月程前の対局を思い出す。

 

「穏乃と最初に卓を囲んだ時、既にその跫音(きょうおん)は聞こえていた」

 

 相変わらず衣は難しい言葉を使う。

 咲は教養があるので何を言いたいかは分かる。跫音とは歩いてくる音とか何かが来る予兆などを意味する言葉だ。

 つまりこの場合は能力のことだと推察出来る。加えてニュアンスから考えると、その当時はまだ能力が未完成だったのだろう。

 

「阿知賀との練習試合初日、衣は海底撈月(ハイテイラオユエ)で三回和了った。でも本当は五回和了るつもりだったんだ」

「……へぇ」

「……二日目には、海底に辿り着くことすら出来なかった」

 

 興味深い結果だ。

 衣くらいの実力者が和了ろうと思ったのに実現不可能だったとなると、それは偶然の産物ではなく何かしらの妨害を受けたという証明になる。《牌に愛された子》は並の運に左右される程、低級な性能ではないからだ。

 

 つまり衣が言いたいことはこういうことだろう。

 穏乃は何かしらの『場の支配』を有している、と。

 

「……対局した時間帯と、その日の月齢は?」

「んー、お昼から夕方過ぎ。月は半分よりも大分欠けてたよーな……」

「成る程、なら大したことはなさそうだね」

「当時はだがな」

「あっ、そっか、未完成だったのか。まぁそれを考慮しても圧倒的な支配ではない感じかな。……因みに、和了れなくなったのは局が進んでからでしょ?」

「その通りだ」

「ふーん……気になるのは、時間が経てば経つほど、局一つ一つが終盤になればなるほど効力が増すところって感じかな?」

「……流石咲。今の対局とこれだけの情報で全てを見抜けるのか」

 

 呆れたように衣は笑う。

 押し潰すような『場の支配』に、王牌と槓材を自由自在に操る、これだけで既に手の付けようがないのに、加えてこの常軌を逸した観察力と分析力が咲が無類の強さを誇る秘訣なのだ。

 これでまだ実力を隠しているのだからたちが悪い。長野四校合宿での咲との対局はトラウマものだと、衣は不意に思い出したのを後悔する。

 鳥肌になった腕を優しくさする衣を不思議そうに咲は見つめるが、思考は全く違うところで働いていた。考えているのは当然、穏乃の『場の支配』についてである。

 

「……でも、何の支配なんだろ?」

 

 これまでの軽い分析で判明しているのは、穏乃の支配は時間が掛かること、能力を無効化する類の『場の支配』であることの二点。流石にこの情報だけですべてを察せられるほど、咲は妖怪染みてはいない。

 うーんと悩む咲であったが、衣は自分なりの答えを導いていたようだ。

 

「……恐らくだが」

 

 衣は真剣な眼差しでこう告げた。

 

「穏乃の支配は山の支配だ」

 

 

****

 

 

「なーに黄昏てんのよ、しず」

「憧……」

「はい、糖分補給」

「ありがと」

 

 一人対局室に残り椅子に座っていた穏乃は、憧から差し出された飲み物をストローを使って口に含み喉を潤す。

 

「晴絵からの伝言」

「赤土先生が?」

 

 憧がここまで来たのは飲み物も持ってくるとと言伝を頼まれていたからのようだ。

 憧は指を四つ立てた。

 

「内容は四つ。

 まずは大星淡について。しずも分かってるとは思うけど、大星淡はダブリーに気を付けろって。それとカンするまでは安全かどうかは断言できないけど、カンした直後の数巡は絶対安牌を捨てること。ただし、山が深い場所での勝負ならアリだって。

 次は鶴田姫子。こっちは予想通りだから、後半戦は東二局と東三局、特に南三局は要注意だって。

 んで清水谷竜華。あの人についてはちょっとイレギュラーが入ってる。しずは分からなかったと思うけど、今の対局で清水谷竜華が和了った局は全部、本来の打牌とは掛け離れているんだ。晴絵としてもどうアドバイスしていいか分かんないって」

「……ん、了解」

 

 目を瞑って憧の言葉を聞き、一つ一つ頭の中で整理していく。何となく分かっていたことだが、やはりこうして他人からの意見もあると説得力が違うものだ。

 

「それで、四つ目は?」

「うん。全部まとめて、しずはそのままいつも通り打てばいいって」

「……そんな感じしてた」

 

 この土壇場で下手に小細工をする必要はない。いつも通りの全力で、自分と仲間を信じて打つしかないのだから。

 

「あと半荘一回か〜」

「えっ? あと十一回だよ」

「……ふふっ、だと良いね」

 

 そうだ、あと一回で終わらせるつもりなんてない。

 決勝に行く。

 そこには、再会したいと願った少女がいるのだから。

 

(また和と一緒に遊ぶんだから……)

 

 穏乃の背後で、明滅するように焔が灯っていた。

 

 

****

 

 

 ドスドスという足音を鳴らすほどにイラついた様子の淡は、控え室へと戻る道を早歩きで進んでいた。

 

(なんだあのオーラス! 意味分かんない! 千里山でも新道寺でもなく阿知賀! しかも私の力が発揮出来なかったとか!)

 

 扉の前に着いた淡は息一つだけ吐いてドアノブに手を掛けると、思いっ切り開け放った。

 

「スミレ! とりあえず今の清水谷竜華の牌譜ちょうだい! 絶対アレなんかあるでしょ!」

「そう言うと思って準備してたさ」

「ありがと!」

 

 手渡されたアイパッドを奪い取り、短時間でそれを見通していく。おかしなところ、妙なところ、気になるところなどは全部チェックする。

 一通り目を通して、淡は眉をしかめることになった。

 

「……何これ? 意味わかんない……」

「私もそういう結論になったな」

「テルは?」

「私もよく分からない。ただ、今の半荘で清水谷さんが和了った局は、今までの清水谷さんとは打牌が異なってることは分かる」

「……そうだよね、やっぱり変だよね」

 

 竜華が和了った局は妙なのだ。

 元々デジタル打ちが基本であるはずの竜華が、それらの局だけはセオリーを大きく逸脱している。

 だというのに、それらの打牌が裏めったことが一回足りともないのだ。最早神掛かっていると表現出来るその所業は、見ていて奇妙すぎる。

 

「確かに清水谷竜華は読みが正確、それは知ってる。でもこれは、読みとかそういう次元の話じゃないよ」

 

 はっきり言ってありえない。

 その巡目では明らかに要らない牌なのに、その数巡後で引く牌と合わさると和了りにより早く近付ける。そんなことが度々起きているのだ。

 

「こんなの、未来でも見えてなきゃ……未来?」

「……怜の能力?」

 

 そうだ、これではまるで、照が零した選手──園城寺怜のようだ。

 

「いや、でも園城寺怜だって一巡先、頑張っても三巡先でしょ?」

「でも最後の局は和了りまでの全てが見通せてたんだと思う」

「うーん、まぁそんな感じだったけど。……いや、でも私が対局してるのは園城寺怜じゃなくて清水谷竜華だよ?」

 

 竜華にそんなこと出来るわけない。

 暗にそう仄めかし、真面目に考察することすら馬鹿らしいと淡は吐き棄てる。

 

「もし未来が見えてるとかなら、園城寺怜が自分の能力を譲渡してるってことでしょ? そんなバカなことが…………………あっ」

 

 冗談を言うつもりで淡は口に出したが、ふと、そういうのに心当たりがあると思い至る。

 そうだ、いるじゃないか。そんな奴らが。

 他人と連動した能力を持つ者が。

 しかも、さっきの面子に。

 

「……新道寺みたいに連動もしくは能力を譲渡してるの? 清水谷竜華には本当に未来が見えるとか?」

「……どうだろうな。だが、お前のダブリーをああも簡単に切り抜けたところを見ると、あり得なくはないのかもな」

 

 菫も断言は出来ないようだ。

 まぁそれは仕方ない。こんな超常的な現象、本人にしか分かるはずないのだから。

 

「……一応そういうことにする」

「まぁ、その点はお前に任せる。……ところで淡、さっきのオーラスはなんで和了らなかったんだ?」

「和了らなかったんじゃなくて和了れなかったの!」

「角まで到達したのにか?」

「そう、なんかおかしいんだよ。絶対変な『場の支配』がされてるよあそこ」

 

 槓をして数巡経っても和了れなかったことなど、それこそ照や咲を相手にした時でもなかった。その事実は淡の自慢でもあるし、強力な武器の一つだと確信している。

 だからこそさっきの局はおかしいのだ。普通だったら絶対和了れたのに和了れなかった。照や咲ですら分が悪くなる状況にまで事が進んだのにも関わらず。

 『場の支配』の可能性を考えるのは当然と言えた。

 

「淡は誰の支配が分かってるの?」

「……多分、阿知賀の高鴨穏乃。能力なんてないと思ってたけど、対局してみてなんか違和感があるから」

「そう……それで?」

「……何を支配してるのかは分かってない。でも、これも推測だけど、コロモとかと同じで条件付きの支配だとは思う。ここに戻ったのも清水谷竜華と、あと高鴨穏乃の情報も欲しかったからだし。みんな何か知らない? 『高』『鴨』『穏』『乃』から麻雀に連想出来ることとか、性格でも趣味でも何でもいいから」

 

 淡の言葉に各々記憶を巡って何かないかと考える。休憩時間もあと僅かなので、淡としては迅速な情報提供が望ましい。

 

「……あっ」

「セーコ? 何か知ってるの?」

 

 反応を示したのは副将を務めた誠子だ。

 淡は問い詰めるように誠子に質問する。

 

「役に立つかは分からないが、確か趣味は山登りだって聞いたぞ」

「どこからそんな情報が……」

「対局する前の選手紹介があるだろ? あれには意外と変な情報が眠ってるんだよ。私は釣りが趣味だし、山登りっていうのが印象的で覚えてたんだ」

「成る程……とりあえずありがと」

 

『間もなく対局開始時間です。選手の皆さまは対局室に集まって下さい』

 

 どうやらタイムリミットのようだ。

 

「淡、頑張ってね」

「当然、みんなは大船に乗ったつもりでいていいから!」

 

 グッと拳を握って元気良く返す淡。そんな彼女を見て、まぁ大丈夫だろうと照たちは判断した。

 

「あっ、淡ちゃん」

「ん? なにタカミ?」

 

 控え室を出る直前、小走りで尭深が近付いて来たので淡は首を傾げる。

 個人的なエールだろうか? だとしたら嬉しいな、なんて淡は思う。

 

 尭深はグッと両手を胸の前で握って、物凄く優しい笑顔を見せた。

 

「前半戦だけでマイナス20000点、この調子だとマイナス40000点だね」

「やかましいわっ‼︎」

 

 期待した私が馬鹿だった! と、淡は控え室の扉を力一杯叩き付けるように閉めて出て行った。

 

 

****

 

 

「CM明けたぞーお前らぁーっ! テレビの前に大集合だぁーっ!」

「……そんなCMをないがしろにしていると、またスポンサーからクレーム来るよ……」

「局アナなのにすみません!」

「フリーでもダメだよっ!」

 

 準決勝第一試合実況室。

 そこでは、長年の付き合いからか日常の会話すら既にコントと化している健夜と恒子がいた。

 

「ところで急に麻雀に対してやる気を出した小鍛治プロ? 小鍛治プロ的にこの大将戦はどうなんですか?」

「なんかちょっと皮肉に聞こえるんだけど……。まぁそうですね、非常に見応えのある対局だと思いますよ。

 前半戦同様大きな和了りがあるであろう新道寺、尋常でない読みを見せ付ける千里山、阿知賀に関しては私個人の意見ですが、未だに全貌が明らかになっていないようですし。そして白糸台の大星淡さん。まさかダブリーを連発出来るとは()()驚きました」

「なるほどなるほど……あっ! 小鍛治プロの話が長いせいでもう大将戦開始時間になってしまいました!」

「私のせいなのっ⁉︎」

 

 健夜のツッコミを無視して一人アナウンスに戻る恒子。うぅっと唸っても無視された。こうなった恒子は基本自分のやりたいことを貫き通すまでは梃子でも動かないので、健夜は放っておくことにする。

 恒子の情熱的な実況を聞き流しながら、健夜は画面に現れた選手の一人──淡を見て微笑を浮かべる。

 

(大星淡さん、確かに面白い。あの咲ちゃんがオススメするのも分かる。……でも、あの二人と比べるとまだお粗末ですね)

 

 ダブリー連発には驚いた。これは本当である。

 だけど少しだけだ。

 咲や照の麻雀を見たときのような、身を焦がすような高揚感は訪れていない。

 

(まぁ恐らくですが、大星さんもまだ何か隠しているのでしょう。でなければ、あの咲ちゃんが認めるわけないですし)

 

 実は咲もこれ以上の淡の力についてはまだ知らないのだが、健夜はそう判断して納得していた。才能は申し分無いし、奥に眠る力の片鱗も感じ取れるのだ。ならあり得なくはない話である。

 このようにハードルだけ異様に高くなってることを知らない淡は、背筋に走る悪寒に怯えることになるがそれはまた別の話。

 

(後半戦、色々と動き出しそうですし……ふふっ、楽しみが一杯っていいですね)

 

 ちょっと気分が良くなった健夜からおっかないオーラが放たれ、思わずそれにギョッと反応する恒子。プロ根性で何とか語りに影響を与えなかったのは、褒められていいことだろう。

 

「さぁ! 決勝進出を懸けた最後の半荘が遂に始まります!」

 

 何故か震えてきた身体の緊張を誤魔化すように恒子は叫ぶ。

 これは鎬を削る学生たちの熱に興奮したのか、それとも単純に隣で笑う化け物に怯えただけなのか。

 恒子は深く考えないことにした。

 

 バッとマイクを握り締め、恒子はテンションに身を任せて猛る。

 

「試合ぃぃっ! スタートォォッ‼︎」

 

 運命を決める後半戦が始まった。

 

 

 

 

 

 






やっぱり咲さんが出ると話が引き締まる感じがします。
あわあわも可愛いんだけど、魔王と比べると些か……

あと個人的にタカミーも好きです。
原作のタカミーはあまり喋りませんが。

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