咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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怜「泉のことかぁあああああ!!!」


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…………ごめんなさい、ただやってみたかっただけなんです。





9-7

 

 待ちに待った最後の親番を迎えた竜華は、ここで勝負を仕掛けるために早速太腿に宿る力を解放する。

 

(『怜っ!』)

 

 特別な動作は必要なくただ想うだけで発動するこの力によって、竜華の意識は暗闇の精神世界に埋没した。

 最初は驚いたこの現象にもすっかり慣れ始めた竜華は、背後から親友の気配を感じて嬉しそうに振り向く。

 そこには、二頭身ほどになった怜ちゃんがいた。

 

(『怜っ⁉︎』)

(『怜やなくて怜ちゃんや!』)

(『まだ言うんかそれ……。てかどないしたんその格好?』)

 

 これまで何度か使用してきたこの力だが、現れた怜ちゃんはどれもちゃんと現在の怜の姿をしていた。それがいきなり絵に描いたようなミニチュアサイズに変貌していれば、竜華が声を上げて驚くのも無理はない。

 何かの異常かと心配する竜華に対して、怜ちゃんは良いリアクションが見れたと上機嫌な様子で竜華の周りをクルクルと飛び回る。

 ……きっと、端から見ると頭の痛い光景に違いない。

 

(『これはあれや、省エネモードやな』)

(『省エネモード?』)

(『そうや。いくらウチが(スーパー)怜ちゃんになったとはいえ、6回も使(つこ)うてたら節約せなあかんのや』)

(『そういうもんなんか……?』)

 

 怜ちゃんパワーの節約の仕方に疑問を覚えずにはいられないが、回数制限があるのは百も承知。そもそも、怜の力をノーリスクで使用できるだけで僥倖なのだ。

 親友との会話を楽しむのは勝ってからと、竜華は気持ちを目の前の対局に切り替える。怜ちゃんもその気配を敏感に感じ取って、その小さな手を竜華の肩に優しく添えた。

 

(『いくで』)

(『ばっちこいや!』)

 

 力の解放と共に、竜華の瞳が翠色に変色し中心に加速していく。

 そこに映し出されるのは枝分かれした光の軌跡。竜華がこの局で和了ることが可能な最善の未来。

 

 だが、そこで異常事態(イレギュラー)が発生した。

 

(『……なんやこれ?』)

(『怜……? って、なんなんこの……霧?』)

 

 怪訝な瞳をする怜ちゃんに竜華は疑問の声を上げるが、突如現出した疎らに拡がる霧に目を見開いた。遠い未来を映すにあたって未来が霞んでいき、牌を認識することすら困難になる。

 二人は直感で理解していた。

 これは第三者による介入で、決して二人にとって益をもたらす類の現象ではないことを。

 

(『……(スーパー)怜ちゃんを舐めへんでもらおうか』)

 

 しかしこの逆境に対し、怜ちゃんはその風貌に似つかわしくない獰猛な眼差しで霧を睨み付け、そして微かな笑みを浮かべた。

 

 ──未来が霞む? そんな段階はもう慣れてるんや。

 

 むしろ視界にノイズが入ってからが本番やろ? と怜ちゃんは囁く。その言葉を聞いて竜華は心の底で戦慄していたが、怜としては紛れもない本心であった。

 今日対局した圧倒的覇者である宮永照との勝負を経た怜にとって、心身疲弊しきった状態で、それでも無理無謀を押し通してこそ見える未来があると確信しているのだ。

 この程度の苦難に怯む自分など、怜はとうの昔に捨て去っている。

 

(『やっぱり節約はなしや……全力でいくで!』)

(『うん!』)

 

 一瞬の煌めきで元の姿に戻った怜ちゃんは、竜華の太腿に蓄えられた力を十全に発揮する。ここは躊躇する場面ではなく、どんなリスクがあろうと結果をもぎ取りにいく局面だと判断したのだ。

 竜華もその想いに応える。差し出された怜ちゃんの手を取り、離れないようにと指を絡ませる。二人の強固な絆は力をただ足すのではなく、相乗的に増加させ膨れ上がらせる。

 

 その効果は絶大であった。

 

 怜ちゃんの瞳までもが竜華と同様に加速していき、霧に阻まれた未来の道筋はより一層発光して牌の姿を浮かばせていく。遠い未来になるにつれて霧は濃く深くなっていくが、全力を尽くす怜ちゃんの力と繋がれた手から溢れる竜華の想いは煌めく翠色の輝きとなって霧を津波の如く押し退ける。

 

(『『いっけぇえええええええええ!!』』)

 

 ──一閃。

 刹那の瞬き、だが確かに、二人の絆の輝きが濃霧を切り裂き、最後の和了りの未来を映し出した。親の満貫、しかもトップ直撃の渾身の一撃である。

 ただし、怜ちゃんの表情は喜びより焦燥がこびり付いていた。

 

(……やっぱりそこまで上手くはいかへんか)

 

 判断を間違えたとは思っていない。だが、今の一撃にはそれに見合う代償があったことを怜ちゃんははっきりと理解していた。状況から言えば口に出すのも憚れる内容だが、隠す方が後々の為にならないと決心を固める。

 力をほぼ使い果たした怜ちゃんは、一つ呼吸を挟んで気持ちを落ち着かせてから竜華に向き直った。

 

(『すまん竜華、一瞬で消えてもうた。ちゃんと全部覚えとるか?』)

(『当たり前や、怜がこんなに頑張ってくれたんやもん。それに……』)

 

 翠色から元の菫色に戻った竜華の瞳には、前局と同様にリングが浮かんでいた。

 

(『ゾーンに入っとるウチが覚えとらんはずないやろ?』)

(『……なら心配いらへんな。あと竜華、もう一つだけ言っておかなあかんことがある』)

 

 安堵から一転、苦渋の滲む表情で怜ちゃんは言葉を続けようとするが、竜華は怜ちゃんが全てを言うまでもなく何を言おうとしているのか分かっていた。

 

(『もう使えへんのやろ? 大丈夫や怜、心配せえへんでも』)

(『竜華……』)

(『しっかり勝ってくるから』)

 

 

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 無邪気な笑顔で竜華は怜ちゃんの杞憂を吹き飛ばす。何も心配はいらない、あとは私のことを見守っていてと、口に出さずとも伝わる想いを竜華の笑顔は秘めていた。

 怜ちゃんもそれで安心したのだろう。朧げに薄らぐ自身の姿に無力感を感じながらも、優しく竜華に微笑みかけ、固く繋がれていた手をゆっくりと離す。

 

 ──最後にもう一度ここに来るから……

 

 その言葉を残して怜ちゃんは虚空へと消えた。

 同時に、竜華の意識も現実世界へと戻り、熱気すら纏う対局に帰ってきた。

 

(ありがとう、怜。後はうちが決めたる!)

 

 力を使い果たしてまでチャンスをくれた親友に竜華は最大限の感謝を込める。

 そして、それに応える方法など一つしかありえない。

 竜華は光の道標に従って対局を進めていった。

 

 

****

 

 

 千里山女子控え室。

 そこで画面に映る親友を見守っていた怜であったが、自分が竜華の太腿に注ぎ込んだ力が極端に薄れ、もうほとんど感じ取ることもできないことに気付いた。

 

「……今ので最後やな」

「先輩?」

「怜? どないしたんや?」

 

 怜の言葉に反応を示したのは次鋒を務めた一年──二条泉と、中堅を担当した三年──江口セーラだ。

 何かあったのかと瞳で訴える二人に、怜は隠すことでもないかと判断して口を開いた。

 

「竜華にあげた力がなくなったんや」

「あぁ、さっき怜が言うとったやつか」

「たしか、未来が見れるようになるってやつでしたっけ?」

「そうや。それがこの局でなくなってもうた」

 

 怜は既にチームメイトと監督に怜ちゃんパワーのことを話していた。

 当然のことながら最初は怜の言を各々が訝しんで、全員が怜の頭を心配するほどであったが、紆余曲折──不愉快過ぎる対応に半ばぶちギレた怜が予知したように対局の流れを言い当て、それに合わせて竜華が普段とは著しく異なる打ち方をするのを目の当たりにして渋々──を経てようやく信じるに至ったのだ。……ちなみに怜は前半戦が終わる頃まで完全に不貞腐れていた。

 そんな一幕を挟んで説得(?)をした甲斐あって、今では当たり前に怜ちゃんパワーは受け止められている。だからこそ、セーラと泉は怜の表情が重く沈んでいる理由を察することできた。

 けれど、

 

「まぁ、それはそれやろ」

 

 ソファに腰掛け脚を組んでいる女性──千里山女子麻雀部監督──愛宕雅枝はあっけらかんとそう答えた。

 

「そうですね。それに今の清水谷部長がそう簡単に負けるとは思いませんし」

 

 続いて、かちゃりと眼鏡を整え雅枝に同意を示したのは副将を務めた二年──船久保浩子である。

 二人のその何事もなかったような態度に怜は少なくない疑問に似た苛立ちみたいなものを覚える。こっちはこれでも真剣に竜華のことを心配してるのになんだその態度は気に食わんこのメガネドモめ大体ウチはさっきから不安だもうて貧乏揺すりが止まらへんのだぞどうして後輩二人の方が余裕保ってるんや信じられへんというか──

 いかにも何か言いたげな胡乱な瞳をする怜を視界に収めた雅枝は溜め息を吐いた。

 

「……はぁ。そないな顔するなや。そもそもとして、あんなけったいな現象は考慮に入っとらん。言うたら棚ぼたや棚ぼた」

「私からするとあれはもう超常現象の類ですわ」

「咲ちゃんが怜を快復させたあの現象と同じや。そう言えば怜も納得できるやろ?」

「……たしかに、そう言われれば、まぁ、うん、そうやな……」

「どんだけ納得いかへんねん」

 

 むすっとした表情で眉間に皺を寄せる怜に雅枝は再度吐息を漏らした。至極真っ当なことを言っているつもりなのだが、何故不満たらたらな顔なのか。どうやら、この未来視娘にとっての常識とその他の人間の感性は異なるのかもしれないと雅枝は思う。

 よくもまぁこんな摩訶不思議な能力を持った子が現れたものだと最近の麻雀事情に雅枝は改めて感心する。これが怜一人だけなら神様の気紛れで済ませるがそうは問屋が卸さない。むしろ怜で序の口だと言わんばかりの実力者が怜の同年代で指の数くらいにはいるのだから驚きだ。もちろんその筆頭はあの『宮永』であるが。

 そして、雅枝からしたらその数人に竜華も入っている。ゾーンにほぼ自在に入れるポテンシャルはそれ程までに常軌を逸しているのだ。

 

「……怜、アンタは竜華を舐めすぎや。超強豪校である千里山で部長を務める実力は伊達やないで」

「そんなんはウチも分かってます。でも……不安なもんは不安なんや」

 

 怜にとってこれが初の全国。先鋒(エース)として出場ということもあって食べ物が喉を通らないこともあった。

 いざ対局となると重圧を飲み込んで試合に臨める強さを身に付けられたが、今回は緊張の種類が違う。今までは楽勝で勝ち進んできたからこそ実感するのだ。

 ギリギリで勝敗が決するこの緊張感、加えて、それを待っているだけで祈ることしかできないというのは心臓に悪過ぎる。

 

(……それに、嫌な予感がしてたまらへんのや)

 

 これは未来視でも何でもない。ただの気のせいかもしれない。

 それでも、何かを喉元に突きつけられるような圧迫感を竜華の側から、大星淡から感じる。

 

『ロン、12000』

『千里山清水谷竜華! 王者白糸台に直撃!! そして! ついに王者陥落です!!! 千里山がトップに立ったぞぉおおおっ!!!』

 

「やったで、竜華!」

「先輩!」

 

 先鋒戦終了時の絶望的な点差からは奇跡としか考えられない逆転劇。それを一人一人バトンを繋げ、この土壇場でやり遂げた竜華に控え室のメンバーは喜びを露わにする。

 怜も思わず笑みを漏らして安堵の想いを抱くが──。

 

「───ッ!?」

 

 突如感じた圧し潰されるような威圧感に身を震わせる。的中してほしくない嫌な予感が現実となったのだと怜は直感で察していた。

 画面に映るのは、揺らめく髪を棚引かせて鋭利な輝きを宿した瞳で前を見据える淡の姿。今迄大人しかったのは演技かと怜はその豪胆なメンタルに驚嘆する。

 竜華は化け物の逆鱗に触れた。いや、あの場にいる者全員かもしれないが。

 一筋の汗を流して、怜は少しでも親友の力になれるようにと無意識に両手を組んで呟いた。

 

「…………竜華、頑張ってな……」

 

 

****

 

 

「淡が本気になった……?」

「……正直驚いたな。ここまで彼奴を追い込めるとは」

 

 照の言葉に菫は素直に心情を吐露する。本心からまさかという気持ちであった。

 淡は強い。少なくとも菫よりは間違いなく強者である。照や咲と同様《牌に愛された子》であることに疑いはない。

 傲慢を着飾っていた入部当初でも圧倒的な強さを誇っていたが、現在の淡はあの頃を遥かに凌駕する。あの絶対的な格差を押し付けられた咲相手でも、今の淡なら立ち向かっていけると菫は信じている。

 だからこそ、この展開は予想外であった。

 

「これは私の判断ミスだな。手の内をなるべく見せるななんて言うんじゃなかったか」

「いや、菫は別に間違ってない。淡だって合理的に賛成してたし。ただあの場にいる相手が淡の想定以上だった、それだけだよ」

「……過去のデータだけで今の相手を測ろうというのが烏滸がましい考えということか」

「……菫は凄く難しいことを言う。否定はしないけど」

 

 照の対局で分かっていたことなのにまた同じミスを犯したと、菫はこの反省を深く胸に刻み付ける。

 対局の最初と最後でも人は大きく成長して予測を、予想を軽々しくと超えていく。《八咫鏡》を使用し咲ですら勝ち目がないと言わしめた照相手に一矢報いた園城寺怜がそれを証明していたのに、どうやら菫はその事実を失念していたらしい。

 そんな風に、部長として無様と言わざるをえないという態度でいる菫に対し、照は何故そんなに落ち込んでいるのかと首を傾げる。

 

「菫は気にし過ぎだよ。負けたわけでもないのに」

「……たしかにそうなんだが……」

「それに、菫の心配は御門違いだよ」

「ん? なんでだ?」

「だって、淡は凄く楽しそうだから」

 

 照が微笑ましげに見つめる先では、眼から一切の甘えを消し去り全開のオーラを迸らせる淡の姿があった。

 

「……あれは楽しそうなのか?」

「うん。だって淡があんなに感情剥き出しにして対局する姿、最近見てないでしょ?」

「……言われてみればそうだな。そうだった、お前たちはそういう奴等だったな」

 

 納得したと、菫は呆れの混ざった溜め息を漏らす。

 所謂《牌に愛された子》にとって、全力で対局できる相手は極めて稀少な存在である。常に全力でいたならば、最悪対戦相手が壊れてしまうからだ。人によるがとる選択肢は三つ、照のように手加減するか、咲のように自分でルールを創って愉しむか、健夜のようにその気がなくても壊してしまうかだ。

 淡はこの中で照派に当たり、今回の対局でも本気は出さないつもりであった。

 そんな淡が全力を尽くすと決めたとあれば、それは(ひとえ)に三人を対等以上の相手と認めた証拠である。

 楽しくないわけがないのだ。

 

「……まぁ今の淡はただ単にムカついたからコイツラぶっ飛ばすくらいにしか考えてないかもしれないけど」

「おい」

 

 最後の余計な一言で色々と台無しになった。

 

「ただいま戻りましたー」

「お菓子買ってきました」

「ありがとう、誠子、尭深」

 

 画面に賽の目が映し出されるタイミングで、切れたお菓子を補充しに行った後輩二人が帰ってきた。

 照は早速お気に入りのお菓子に手を伸ばしている。まだ食うのかと菫は思うが言葉にはしない。言っても意味がないから。

 

「淡の分もとっておけよ」

「了解」

 

 七つの黒の目を視界に収めた菫は、帰ってくる後輩のために一応二つほどお菓子を確保することした。祝勝には少しばかり貧相だが、わざわざ自分のためにとってくれたと知れば淡は喜んでくれるだろう。

 心配はしても疑うことはない後輩の勝利を、菫はついでにとったお菓子を食べて待つことに決めたのだった。

 

 

****

 

 

 〜南二局・一本場〜

 東 千里山 117200 親

 南 白糸台 108100

 西 新道寺 74000

 北 阿知賀 100700

 

(トップを維持できなかった原因は何だろう……)

 

 淡には対局前に決めていたことが二つあった。

 

(此処までで照が稼いだ点数を失い続けたからだ。でも、私はトップでバトンを貰っていた……)

 

 一つは全力を出さないこと。既に咲に知られている自身の能力でも、力七割程で勝負に挑む気でいた。

 

(じゃあどうしてか。相手の力が想定を上回ったから? 把握してなかった能力が相手に備わっていたから?)

 

 もう一つは奥の手を使わないこと。咲との出会いから死に物狂いの執念で身に付けた自身の新しい能力は、決勝まで隠し通す予定であった。

 

(……そうじゃない、そうじゃないよね。全部私が不甲斐ないだけ、それだけだよ)

 

 制限を掛けていた理由は至極自分勝手なものであるが、淡にとっては決勝が、そこで再会するであろう咲が最終目的であったから。他は所詮前座にすぎないと過信していたから。

 

(……………………もういいや)

 

 だが淡は、その慢心による二本の楔のうち一つを、冷ややかな激情をもって解き放った。

 

 ──潰す

 

『……ッ!?』

 

 解放する全力全開のオーラ。照にも劣らないその威圧は相手の力を跳ね除け、この場全てを支配するかと錯覚させるほどの強靭な領域(テリトリー)を具現化させる。

 今この時、淡は本当の意味で本気になった。

 

「リーチ」

 

 一巡目で自摸った牌を淡は見ることすらなく横向きに捨てた。その光景を見て他三人が目を見張る。

 淡は数局前からダブリーをしていなかったが、この局で周りの面子はこう判断しただろう。何かしらの理由でできなかったのではなく、意図的にしなかったのだと。

 それは正解であり、同時に不正解であった。

 

(高鴨穏乃、山の支配は確かに厄介だよ。だけどね、私だって『場の支配』くらい持ってるんだよ)

 

 穏乃の山の支配に淡の支配が侵されたのは純然たる事実である。絶対安全圏はおろかダブリーまで封じられた。

 だがそれは、淡の力が全開でなかったときのこと。

 

 無効化能力など関係ない。

 それを跳ね除ける程に支配を強めれば押し退けられるのだから。

 

「カン」

 

 加えてこの局の賽の目は七。淡の能力が最速で発動する。この状態の淡を食い止めるのは、例え同じ《牌に愛された子》であっても至難の業。

 天運すらも味方に付ける、これも《牌に愛された子》の力の一つなのだ。

 

(私にここまで本気を出させたんだ。ただで済むと思わないでよね──!)

 

 極夜の如き闇色のオーラをその手から撒き散らし、淡は和了り牌を掴み取った。

 

「ツモ」

 

 堂々たる和了宣言。

 もはや圧巻ですらある淡の闘牌に、竜華と姫子を思わず息を飲んだ。

 

(……なんちゅう一年や。この土壇場でこの胆力、末恐ろしい……)

(これが大星淡の本気……)

 

 全国常連で実力も一流な上級生ですら黙らせる、それ程の畏怖を淡は抱かせた。

 だが、

 

「3100──」

「大星さん」

 

 ドラに手を伸ばしながら点数申告をしようとした淡に対し、穏乃は当たり前のように待ったをかけた。この空気の中、普通に声を掛ける穏乃に竜華と姫子は呆気に取られたが、

 

「──ッ!?」

 

 淡は内から駆け上がるまるで氷を直接体内に入れられたかのような寒気に身体を一瞬震わせ目を見張る。

 ここまでどんな異常事態(イレギュラー)に遭遇しても動揺を表に出さなかった淡が、初めて明らさまに狼狽した。一筋流れる冷や汗が、淡の心境を何よりも明白に物語っていた。

 

「……なに、シズノ?」

 

 焦燥を隠して淡は問うが、声には和了る前の気迫が伴っていなかった。

 

「カン裏、ちゃんと見た方がいいですよ」

「……そう、そういうことなんだね……」

 

 一度止めた腕を伸ばし掴み取ったドラとなる四つの牌を、淡はゆったりと静かに開く。

 常ならばカン裏に槓材がドラとして乗っかっているはずだ。ダブリーをし最後の角の直前で槓をする、そうすればその数巡後には和了れてドラが四つ乗り最低跳満、それが淡の能力なのだから。

 

 しかし結果は、ドラは一つ足りとも乗っていなかった。

 

「残念だけど大星さん、そこはもう、あなたの領域(テリトリー)じゃない」

 

 山の最も深き場所──王牌(ワンパイ)は、時間の経過具合によっては淡の全力の支配でも穏乃の支配には勝てない。

 この事実に淡は少なくない衝撃を受け、既に察していた相手と自分の相性を確信する。

 

(コイツ、最悪だ……)

 

 咲を宿敵と表するならば、穏乃は天敵。

 自身の能力の悉くが穏乃相手では分が悪いなど堪ったものではない。

 

「……ふぅ」

 

 散々な結果であるが、一時激情に囚われていた淡は一息で冷静さを取り戻す。一度の対局でこれ程までに気分を転換させたことは珍しく、自分の追い込まれ具合がよく分かる。

 そして、そんな対局が楽しくて面白くて、仕方がないくらい心躍ることも知っていた。

 

「……点数を申告し直します。一本場だから900、1700だよ」

 

 失った点とは程遠い点棒を何故か笑顔で回収する淡。今の局が予定外の出来事であったはずなのに、逆に元気になった淡は不気味そのものだ。竜華や姫子はもちろん、穏乃ですら気持ち身を引かせていた。

 しかも次は南三局。新道寺のコンボが、最低三倍満の和了りが炸裂する可能性が極めて高いのだ。焦りはあっても、愉快になることなどあり得ないはずなのに、それでも淡は笑っていた。

 

(あぁ、やっぱり麻雀は面白いなぁ。こんなに楽しいの久しぶりだ。テンション上がっちゃうよ……。うん、ごめんね、……スミレ)

 

 そして──

 

「絶対安全圏解除、固定制縛封域(こていせいばくふういき)展開」

 

 ──淡は最後の楔を取り外した。

 

 









ゾーンと言えばこっち?


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…………やばい、咲さんたちがバスケやったら絶対面白い(錯乱)
リアル未来視の眼(エンペラーアイ)いるし、能力的には竜華とかまんま無極天(エンペラーアイ)だし、見た目だけなら風越部長が虹彩異色(エンペラーアイ)。極め付けに咲さんはその異名から魔王の眼(ベリアルアイ)持ってても何の不自然もない。
……なにこの天帝の眼(エンペラーアイ)のバーゲンセール……。

スーパーバヌケにしていいなら連載できるな(大錯乱)
原作キャラとのコラボも面白そう……久々に妄想が迸る気がします(笑)

全然関係ないですが『君の名は。』観ました。
小説も読んだのでこれでssが読み漁れるぜ!
……小説読んでて思ったのですが、ヒロインの名字が宮水っていうですけど、たまに宮永と読んでしまう私はもう重症なのだろうか?

次回で大将戦終了です。

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