咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら 作:サイレン
ここの咲さんすら上回る闇落ち外道っぷり。舐めプ、煽り嘲り、死体蹴り、とても教本になります。
そのうちこれと同じコンセプトのはねバド!ssが出てたら私が書いてる可能性がありますかもです。
『ツモ! 東二局の一本場は3100、6100だよー!』
「トヨネッ!」
「やった!」
「あのメンバー相手に和了れるとかすごっ……」
「流石は豊音だね!」
テレビに映る仲間の勇姿に宮守女子の面々は歓喜の声を上げる。
それをきっかけに硬くなっていた空気が僅かにほぐれ、エイスリンを筆頭に笑顔が生まれ始めた。
(よく和了ったわ、豊音……)
教え子たちの様子を暖かく見守り、辛い状況で跳満を和了ってみせた豊音に賛辞を送るトシであったが、瞳の奥には険しさの感情が隠れていた。
未だ点差は絶望的だ。
大将戦開始時と比較すれば手の届く範囲にまで縮まってはいるが、宮守の点数自体はそれなりに減っていた。
豊音は宮守の中で最強であり、全国でも充分に通用する力がある。
だというのに、現状は押され気味だ。
理由は明白。
あの場には三倍満や役満を容易く和了る人外が複数いるからだ。
「……にしてもどうしたんだろう、清澄と有珠山」
「確かに、急に大人しくなったわね」
「スゴクヘン!」
「言い方……間違ってないけど!」
白望のふとした疑問に塞が同感を示し、エイスリンの明け透けな感想に胡桃が苦言を呈しながら同意する。
恐らくこのような会話は全国で繰り広げられているだろう。
それほどまでにこの局は静かだったのだ。
「しかも《赤口》……ですよね、先生?」
「ええ、そうだと思うわ。どうやら今は、丁寧に手作りできる余裕があるようね」
心当たりは直前に発生した地震、に似た理解の枠を超えた現象である。
あれは断じて地震ではない。事実そんな情報はどこにも流れていないのだ。
断片だけでも把握できたのは《牌に愛された子》といった感覚の鋭い一部の雀士か、長年の経験を積んだトシのような熟練者のみだろう。
(多分だけど、獅子原爽は戒能プロと同類だわ。とんだ子がいたものね)
守護霊や物の怪の類いを引き連れた打ち手は厄介に尽きる。
理由は単純で、対策などないからだ。
意味不明、理解不能、訳が分からないの三拍子。
……その筈なのだが。
(さっきの二局、宮永咲含めて全く攻勢に出てなかったのは獅子原爽が何かしたからの筈。でも、あの揺れの後に豊音は和了れた……あれを引き起こしたのは……)
「宮永咲、まさか……」
****
「…………アンビリーバボーです……えっ、マジですか?」
「どうしたのよしこちゃん? さっきまで固まってたのに真面目な反応して?」
都内のとある喫茶広間にて。
高級な紅茶を嗜みながら全国高校生麻雀大会準決勝第二試合大将戦を観戦していたプロの麻雀士──戒能良子は、口をあんぐりと開けて驚愕を露わにしていた。
その場にいたもう一人のプロ麻雀士──瑞原はやりは、良子のエセ日本語が唐突に素に戻ったことが気になったようで間を空けずに相槌を打つ。
「いえ、その、ある意味で私の一大事と言いますか。あとはやりさん、私は常に真面目です」
「あははおもしろ〜い」
よしこちゃんは冗談が上手くなったねと、はやりは良子の発言を全く真に受けずに流した。
絶対あなたの方が面白い要素は多いですよと言い返そうとした良子だったが、場合によっては戦争不可避なのでこの件については引き下がるしかないと諦める。……別にキャラがキツイとか三十路手前でその格好とかマジかなんて決して思っていないのだ。
「よしこちゃん、なんか変なこと考えてない?」
「いえ全くそんなことはございません」
──危ねえ!
「ふーん。それで、何が一大事なの?」
「はい。宮永咲選手なのですが、有珠山のスネイクをサンダーで追い払いました」
「…………は?」
色々な意味で何を言ってるのかさっぱり分からない。
ええとちょっと待ってね……と、はやりはおでこに指を当てながら、事前に伝えられていた情報と自身が見たことある光景を繋ぎ合わせて言葉を紡ぐ。
「スネイクっていうのは有珠山の子の守り神的なやつだよね」
「イエス」
「んで、サンダーってのはアレかな? 咲ちゃんとか照ちゃんとかが出す物騒なアレのことかな?」
「イエス」
「……一つ質問。よしこちゃんの守り神に対して攻撃って可能なの?」
「今までならノーとお答えしていました」
「咲ちゃんすごーい」
大まかな事情を把握したはやりの呟きである。
「ただそれなりの代償はあったようですね。今は鎖に繋がれていますから……まぁもうすぐ砕け散りそうですが」
「そのイメージ画像がどこから出てくるのか気になるな〜」
興味を惹かれたはやりは彼女なりに画面に目を凝らしてみるが、映るのはただ淡々と打牌する咲の姿だけだ。鎖などこれっぽっちも見当たらない。爽と同系統の力を持つ良子だからこそ見えるものなのだろう。
良子は良子で映像を凝視しており、クーラーの効いた涼しい部屋の中にも関わらず冷や汗を流している。
(彼女が高校一年生なんて、にわかには信じ難いですね……)
良子は二年前の高校三年生の時、奇しくも現高校生チャンピオンである宮永照と対局した経験がある。
当時の照は高校一年生。力量はその頃から凡夫とは一線を画した強さであったが、様々な偶然も重なり良子は直接対決で勝利を収めていた。
だからこそ言える。
(二年前の私では勝てたかどうか……)
もちろん、やりようはあるだろう。
良子は爽と同じく初手必殺の力を秘めたものが多い。万端な準備に力を使用する順番、ブラフを交えた駆け引きなどの工夫次第では勝てないことはない。
だかそれは、万全に力を使えた場合に限る。
使役する彼等を盤外から討ち亡ぼすなど、万が一にもあってはならないのだ。
(これが宮永咲ですか……)
常軌を逸した強さ。
攻撃力、防御力、観察力、理解力、胆力、精神力。何もかもにおいて天賦の才に愛されている。
加えて驚くべきことだが、この対局を見ているプロレベルの雀士なら誰もが把握しただろう。
宮永咲は準々決勝まで手を抜いていた。
それでいて他三校の点数を調整し切るという、人外染みた所業を成し遂げたのだ。
化け物と言わずして何と言う。
(ポテンシャルであの宮永照を超える、か……)
昨日の会見を視聴した時は誇張表現だろうと聴く耳を持たなかったが、今ならば紛れも無い真実だったのだと分かる。
(小鍛治プロが出てくるわけですね)
『ツモ! 2700オール!』
対局は宮守の親番。
これまでの失点を取り戻すかのように宮守の大将が二連続和了を決める。
その瞬間に、良子には見えてしまった。
咲を抑え付けていたものがぴしりと音を立てて軋み、稲妻と共に弾け吹き飛ぶのを。
「…………」
良子はカップの取っ手に指を掛け、乾いた口内を潤すために一口紅茶を口にする。
良子は確信していた。
この後はもう、一方的な蹂躙しかないと。
****
「ツモ、600、900です」
──なんだそのゴミ手は?
不自然にすら感じる咲のこの安和了りに、ニュアンスは違えど他三人が思ったことは同じだった。
「ツモ、1000、2000」
最初はあの巫山戯た調整の一環かと勘違いした。
初っ端から倍満を和了り、その次にネリーに三倍満をぶち当てた女なのだ。今さら手心を加えるといった可愛げのある魂胆が、この化け物にある筈がない。
三人の失敗は様子見に回ってしまったこと。
格上相手に正面衝突も間抜けだが、待ちの姿勢など愚の骨頂に過ぎる。
「ツモ、2700オール」
何かがおかしいと気付いた時には、致命的に後手に回っていた。
(……あれ?)
(これって……)
南一局の一本場。
三連続で咲が立て続けに和了り、その点数が着実に増していることに豊音と爽は気付いた。
直後に襲来するのは悪寒と焦燥。
油断していたわけではない。
出来るということも予想が付いていた。
だというのに、強化された本物をつい先日当の本人が行使している光景を見ていた所為か、今の今まで意識の外に置かれていたのだ。
(連続和了!)
(まっずい、それはまずいって!)
豊音と爽は即座に方針を変える。
点差を縮めるための高得点の和了りではなく、咲を止めるための早和了りへと。
そしてもう一人、ネリーも二人より早い段階で咲の狙いを察知していた。
しかもネリーなりの止め方を既に実行しているのだが、芳しくない結果に奥歯を噛み締める。
(コイツ……私からロン和了り出来る場面を悉く無視するなんて!)
内心で思いっきり舌を打つ。
ネリーは自身の運命の波を調整出来るのに加えて、対局している他者の波を感じ取れる。
役はどの程度なのか、鳴くと流れが止まるのか進むのか、何が有効牌で和了り牌なのか、それら全てが朧げながらに可視状態となっていると言ってもいい。
この力を用いたネリーの闘牌スタイルは待ち伏せ型。
運が悪い時は地を這い耐える。
相手の手が高得点に化けそうな時はその前に差し込んで止める。
絶好調になったその瞬間に全てを覆すその為に。
ここまで思い通りにならない麻雀は初めてだ。
傲慢で自信家であるネリーは滅多にないことに、他二人に対する憤懣まで湧き上がる始末。
(二人もやっと気付いたか。……でも……)
もう遅い、一手遅かった。
爽を取り巻く波が急激に弱々しいものへと変わり、黒影に隠れた咲の血赤の双眸から紫電が迸る。
「ロン、12300」
「っ⁉︎ ……はい」
これで四連続和了。
誰もこの化け物を止められない。
〜南一局・二本場〜
東 清澄 120,900 親
南 有珠山 90,100
西 宮守 71,200
北 臨海 117,800
遂に順位がひっくり返った。
たったの半荘、いやそれ以下で十万点超の差を詰め追い抜いた。
尋常ではない偉業に感心する余裕など三人にはない。
絶望は続いている。
咲以外の意思共有は完成していた。
ネリーは有効牌を差し込み。
豊音は速攻を成す力を発揮し。
爽は自身に呪いを与え自己犠牲に近い方法で場を支配する。
それなのに。
それでも、どうやっても止められない。
四巡目、ツモ牌を手牌の上に置いた咲は動きを止めてネリーを一瞥した。
「留学生」
刻子を場に倒す。
「見本を見せてあげる。──カン!」
咲は卓隅へと槓子を滑らせた後、身体を捻り左手で卓の角を掴み取った。
「パフォーマンスってのは、……こうやるんだよ?」
暴風と雷を纏った右手で嶺上へと手を伸ばす。
天空から嵐が吹き降りるように、真白い花弁が舞い乱れる。
「ツモ、6200オール」
──化け物が……‼︎
なんなんだコイツは……と、ネリーは突然変異体にしか思えない咲を険しい瞳で睨み付ける。
同世代の世界トッププレイヤーと対局した経験も多いネリーから見ても、咲という雀士は異常だ。
日本には《牌に愛された子》と呼ばれる存在が複数いることは知っていたが、咲はその中でも極め付けである。姉の照も同類で、神代小蒔や爽という別概念の打ち手を除けば、この二人が日本において飛び抜けているだろう。
波の調整に失敗したのが悔やまれる。
ここまでの無様を晒したのは生まれて初めてだ。
考え方がなんとかしなければという方向に変貌している事実には目を瞑る。
逸早くこの親番を流さなければ。
「うん、
こきっ、と首を鳴らして咲はそんなことを宣った。
驚くを越して、唖然とする。
発言の内容を繰り返し、疑いすらした。
「さっ、愉しい麻雀で私を満足させてよ」
酷薄な笑みを見て冗談が一欠片もないことを理解する。
咲はこう言ってるのだ。
暴虐の限りを尽くしたこれまでを、ただの挨拶だと。
「だけど……」
一転、面貌から表情が欠落する。
その無感情な顔は、闘牌に身を置く実の姉と酷似していた。
「本気で抗わないとあなた達の点棒、全て奪い取られることになるよ?」