咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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 ──Do you believe in destiny?








10-8

 油断はしていなかった。

 靴と靴下を履いた(リミッターを掛けた)状態ではあったが、冷たい赫怒で昂った今の自分は平常の解除時に匹敵すると感じていたから。

 有珠山の親番を安手で流し、南一局での連続和了でネリーの希望を摘む。

 高みから地べたに這い蹲る虫けらを踏み潰して鬱憤を晴らす、その予定だった。

 

「ツモ、700、1300」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、咲の心にはかつてない驚愕が生まれていた。

 

(…………は? なに今の局?)

 

 不快な違和感がこれでもかとこびり付いた、気持ち悪いとすら感じるほどの不自然。

 埒外の現象に咲ですら困惑したのだ。他二人は展開に頭を追いつかせることすら出来ていない。ただただ咲とネリーのご機嫌を窺うように視線を彷徨わせていた。

 そんな二人の反応を視界の隅に置いて、咲は停止した思考を高速で走らせる。

 

(……間違いなく二人はこの事態に関与してない。当然留学生の仕業だろうけど、腑に落ちない点が何個かある)

 

 場の支配に長けた咲ならば、その局に和了るのが可能かどうかがある程度直感で把握できる。これは咲に限らず《牌に愛された子》であれば少なからず身に付けている技術だ。

 

 咲は確信していた、南一局は和了れると。

 なのに和了れなかった。

 まるで逆らうことが許されない人外の力に妨げられたように。

 

(運命ねぇ……)

 

 咲はネリーの力を上方修正する。これは想定以上の領域に達していると仮定した方が賢明だと判断したのだ。

 当然、無条件で使用可能な類の技ではないだろう。

 それに余りにも露骨な現象が仇となっており、分析に秀でた咲は朧げながら正体を掴んでいた。

 

(今の和了りは20符3翻。それはさっき私が()()()()()()()()ものだ)

 

 決まっていたその結末への道筋を歪め、自身の結果へと無理やり結び付けた。

 今回の事態を説明するのなら、感覚的にはこれが最も近い。

 

(どんなカラクリかはさっぱりだけど、名付けるとしたら『運命を覆す力』ってところかな?)

 

 ふんふむと咲は一人納得する。

 完全把握にはまだ材料が足りない。相手が()()()になっているこの対局中に、パターンを揃えるのが無難だろう。

 咲は残り三局の内に見極めるのを目的の一つに加え。

 

 目の前で莫大な覇気を迸らせるネリーを一瞥した。

 

「ふふっ、目が怖いよ?」

「潰してやる、お前だけはな」

 

 剣呑な眼差しに明確な敵意を乗せたネリーを見ても、咲の面差しは何ら揺るがない。

 むしろやっと面白くなってきたと獰猛な笑みが刻まれた。

 

「自信過剰なのはいいけど、これ以上私を失望させないでね?」

 

 

 〜南二局〜

 東 宮守   82,900

 南 臨海  57,200

 西 有珠山  95,700

 北 清澄  164,200

 

 ネリー・ヴィルサラーゼが運命を操ると言われる所以は、過去の多くの対局でまるで最初からその局のツモが良いか悪いかを把握しているように打つからだ。

 和了れない局は迷い無く捨てて守りに徹し、和了れる局は完成形が分かっているかのような闘牌をする。

 現にこの対局でも振り込んだ回数は前半戦の東一局のみで、直撃を受けることは限りなく零に近い成績だ。……ただ咲がバカみたいにツモ和了りするので、点数は減少の一途を辿っている。

 

 受けた屈辱は計り知れない。

 ここまで虚仮にされた経験は過去に一度も無く、元より沸点の低いネリーの怒りは上限を振り切れて憤怒などという生易しい言葉では言い表せなかった。

 

(運の悪いときは地を這い耐える……私の心情だったけど、今後は見つめ直そう)

 

 これも傲慢だったのだろう。

 振り込むことが極端に少なく、最終的には勝利を収めていただけの自分だからこそ生まれた烏滸がましい考え。

 圧倒的な暴力の前では耐えているうちに全てが終わってしまう。ネリーはそれを初めて知った。

 

 だが初めての窮地に怯えでは無く憤りを感じている自身の気質には、感謝に似た想いを抱いていた。

 

 これなら、これ以上の無様を晒さなくて済む。

 

(やっと、やっとだ……)

 

 昨日からこのタイミングに、後半戦南二局以降に最大の()が来るように調整してきた。

 気炎万丈の闘志はその様相を変化させ、煌めく燐光へと姿を変える。

 疎らに散らばる光の粒子はその数を増殖させ、やがてネリーの背に収束し固定された何かを形作った。

 

(今こそ飛翔のとき──!)

 

 

【挿絵表示】

 

 

 形成されたのは翼だ。

 純白とは言い難い、混沌を孕んだ三対六枚の白翼。

 これが運命奏者(フェイタライザー)として力を解放した、ネリー・ヴィルサラーゼの本当の姿である。

 

1(エルティ)

 

 運命の波に乗り、確定された道を飛ぶネリーに無駄足を踏むという可能性は存在しない。

 あらゆる現象を超越し、最短最速で和了りへと翔け抜ける。

 

「ツモ! 6000・12000‼︎」

 

 瞳に宿るのは紅く揺らめく激甚なる烈火。放たれる気迫はこれまでの比では無く、微かに漂っていた慢心の気配は完全に消え失せていた。

 いとも容易く三倍満を和了ってみせたネリーに豊音と爽は戦慄し、正念場はここからなのだと雀士の本能で察する。

 気を引き締め直す二人。

 しかしネリーの視界には映らない。

 

 見据えるのは対面で嗤う最強最悪な化け物のみ。

 

「宮永、お前はここで消えろ」

「ふーん、強気になったものだね。それが貴方の力?」

 

 余裕の笑みなのか、咲はあくまで見定める立場を降りない。その態度がネリーの苛立ちを更に加速させる。

 調子に乗っていられるのも今の内だと、ネリーの怒気が豪と燃え上がった。

 

「運命に掌握された空間。この対局はもう、お前の知る麻雀じゃないんだよ!」

「……いいね、面白くなってきたよ」

 

 挑発には蹂躙で返すのが礼儀だ。

 ならば応えなければならない。

 咲は己を戒めている枷を解き放ち、過去のどの自分をも超える力を手中に収め、血赤の双眸に冷徹を宿らせた。

 

 

 〜南三局〜

 東 臨海    81,200

 南 有珠山   89,700

 西 清澄  158,200

 北 宮守    70,900

 

 ネリーの覚醒。

 予見可能な事態ではあったが、こんな土壇場でこれ程までの力を発揮されるのは深刻に違いなく、最下位に転落してしまった豊音の焦燥は大きかった。

 

(これはマズイかなー……さっきの局なんて和了れる気がしなかったし)

 

 悠長に構えている余裕は既にない。最初から絶望的な闘いだった気がしないでもないが、足掻かなければ決勝進出など夢のまた夢だ。

 

 懸念は尽きない。

 

 ちらりと豊音は咲を窺う。

 全身から途轍も無い威圧感を発し、バチバチとスパークすら纏っているように豊音には見えた。端的に言ってちょーこわい。

 

 一応手はあるのだ。咲の発言が鍵となり、六曜の一つに、この状況を打破出来るかもしれない可能性を秘めた手札を豊音は持っている。

 だが、視線で殺し合いを行なっているような目の前の物騒な二人の間に入ったらどうなるのかが問題だった。

 余波だけで蹴散らされるかもしれない。

 邪魔だと直接被害を受けるかもしれない。

 

 薮蛇、君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし。

 弱気な思考が偉人たちの教訓をこれでもかと押し付けてくる。

 

(……ダメダメ! こんな考えよくない!)

 

 決して大きくではないが首を振って、豊音は気持ちを取り直す。

 みんなで繋いできた襷なのだ。豊音一人の勝手で無駄にするなんてあり得ない。

 そもそも保身など意味が無いと気付く。きっと心の底から辛い思いをする羽目になるかもしれないけど別に死ぬわけでもなし、躊躇いなど馬鹿げている。

 自分の為ではない、みんなの為にと豊音は活を入れる。

 

 静かに瞳を閉じ、呼気を一つ。

 開かれた双眸には、虚の如き深淵が淀んでいた。

 

 ──仏滅

 

 長い黒髪の毛先からどろりと黒が溢れ滴り落ち、豊音を中心に波紋のように拡がっていく。真っ黒な池はあっという間に辺り一帯を侵食し、豊音を含む対局者全てを領域内に収めた。

 静謐を保っていた水面にはやがてゴポリと気泡が泡立ち、一つをきっかけに沸騰した湯のようにその激しさを増していく。

 

 次の瞬間、豊音を除く三人が大きく反応を示した。

 

 爽は目を見開き。

 咲は笑みを濃くし。

 ネリーは自身の力を脅かすモノに身震いする。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 水面より湧き出たのは大量の黒い腕。

 何ものにも染まらない完全なる黒で構成されたその手の群れは、まるで生者を地獄へ引き摺り込むかのように蠢き続ける。

 

 これは最悪の力だと、ネリーは直感で理解した。

 

(……私と反系統の力かッ‼︎)

 

 ネリーが瞠目し翼を広げると同時。

 蠢動がピタリと止んだ黒い腕は時間が止まったかのような静寂の後、一斉に動き出し対局者全員に襲い掛かった。

 

 豊音が持つ六曜の一つ──仏滅。

 有する力は豊音を含んだ全員の運を地の底へと引き摺り落とし、和了るのはおろか聴牌すら妨げるもの。

 全員の運気を上げる大安と対を成す全体効果系の力だ。

 

 この状態で和了るのは至難の技。たとえその道筋を進んだとしても完成する手はゴミばかりになる。

 自殺行為にも等しい力だが、前局の爆発力を考慮するとネリーを放置する方が愚策と豊音はこの暴挙を断行したのだ。

 

(ちぃっ!)

 

 まとわりつく黒手を翼を羽ばたかせてネリーは回避する。どこまでも追いすがる黒の群れは徐々にその量を増していき、ネリーを全方位から囲んでいく。

 咲と爽は既に四肢を拘束されており、あまりの感覚の気持ち悪さに爽の顔面は青を通り越して白くなっている。

 その影響は甚大なものだった。

 

(うーわなにこれ。手牌もひどいしツモもひどい)

 

 爽は空笑いを浮かべる。和了りまで進む気が全くしないしもうお手上げだった。

 カムイも殆ど残っていないし、此処に来てネリーが暴れ豊音が動き出したとなると手の打ちようが無い。

 このまま易々と咲が身を引くとは微塵も思わないが、一先ず様子を見てオーラスに勝負を仕掛けることを決めた。

 

 爽は動かない。

 咲は分からない。

 

 元より信じているのは自分だけ。

 

(邪魔なんだよっ‼︎)

 

 黒の檻に囚われた中心で極光が爆発。煌めきをばら撒いた白翼の輝きが一段薄れる中、ネリーは飛翔を再開する。

 急速に離れる背中を豊音は強い眼差しで見据えた。

 

(逃げられちゃダメ! ここで捕まえる!)

 

 黒に浸かっていた豊音の髪が意思を持ったかのように浮き上がり、先端を手に変形させ超速でネリーを猛追。

 縦横無尽の高速機動でネリーは空を翔け、豊音は幾本もの黒手を操ってネリーを追い詰める。

 二人の鎬の削り合いが苛烈になればなるほど自摸は積み重なり、卓の中央には彩りが飾られていく。

 

 先に終わりが見えたのはネリーだった。

 

(あと一つ!)

 

 最後の牌を彼方に見付けたネリーは一直線に突き進む。

 それを阻むように眼前には黒が密集した幕が下りた。

 眦を決したネリーの瞳に焔が灯り、極光が波動となって迸る。

 

「──消え失せろ!」

 

 幸運が不運を上回り、漆黒のカーテンが引き千切られる。

 豊音との勝利を収めたのはネリーだった。

 

 その刹那。

 

 ──カン

 

 純白の花弁に染められた巨大な烈風が空間を斬り裂き、ネリーを、黒い腕を、目障りな有象無象の悉くを吹き飛ばした。

 

「ツモ」

 

 その宣言に、音が死ぬ。

 

 嘘だ、あり得ない、そんな馬鹿なことがと固まるネリーと豊音を置き去りに、嶺の天辺に座した白き華の主は厳然と告げた。

 

「嶺上開花、ドラ7──4000・8000」

 

 開かれた手牌には非情な現実しか映らない。

 ネリーが全力を費やし、豊音が自滅すら厭わない抵抗を尽くした。

 だというのにその状況で真っ向から相手を押し潰し、倍満という大物手を仕上げるのが《牌に愛された子》──宮永咲である。

 

「……なんだ、こんなものか。あまりがっかりさせないでよね留学生。本領発揮してマシになったのは火力だけ?」

 

 呆然と、放心したネリーは静かに咲と視線を合わせる。

 

 血赤の双眸には、失望しか残ってなかった。

 

 

 〜南四局〜

 東 有珠山   85,700

 南 清澄  174,200

 西 宮守    66,900

 北 臨海    73,200

 

 なんだこれはと、ネリーは前局の衝撃が抜け切れていなかった。

 あの状況で運の波に乗った自分より早く和了るなどあり得ない。あり得てはならない。

 いや、咲との真っ向勝負ならネリーに分があっただろう。感覚頼りの考えだが、豊音の力はある程度指向性を持たせることが可能だとネリーは察した。直接邪魔をされたネリーの異常な手の遅さはそれが理由だと。

 豊音の力の影響で両者共に普段より自摸を重ねていたことから、咲だってかなりの負担になっていたはずだが、ネリー程では無かった。

 

 こうとしか思えない。

 正確に言えば、こう思わなければやってられない。

 

 無意識下でも、ネリーに負けを認めるという結論は許されない。

 でなければ揺らいでしまう。

 ネリーの根幹とも言うべき何かが決壊してしまう。

 

 動揺を赫怒で塗り潰し、ネリーは即座に切り替えた。

 

(三位……二位との点差は12,500……条件は跳満ツモ。……いつもなら苦も無く出来るが……)

 

 現時点の順位が三位という事実に怒りが沸々と煮え滾るのを抑えながら、ネリーは静かに思考を巡らせる。

 形は既に分かっているのだ。後は其処目掛けて飛べば臨海の勝ち抜けは揺るがない。

 邪魔が入りさえしなければだが。

 

(……関係ない。私は飛ぶ!)

 

 翼を広げてネリーは飛翔を開始した。

 

 当然他の者もどう動くか考慮している。

 その中でも現時点で二位である爽の決断は早かった。

 

(和了ればそれで勝ち抜け! 惜しむ必要がないならやるしかないでしょ!)

 

 配牌は酷い有り様だったが、爽にとっては逆に都合が良かった。

 自風以外の風が、一つずつ揃っていたから。

 普通なら嵩張るだけの手牌で処理に困る状況ではあるが、この状態だからこそ輝く力が爽にはあった。

 

 ──フリカムイ!

 

 現れたのは空を覆い尽くす程の巨大な鳥だ。その異形は爽の背後で滞空し、他家に座る者たちを睥睨する。

 

 ──フリカムイ。

 アイヌ民話に伝わる巨鳥であり、その大きさは片翼だけで約七里(約30km)に及ぶとされている。大きな身体を保つためか食事の際には海で鯨を食べていたという。

 フリカムイは本来は人間にとって危険性の無い存在で、そもそも人と関わることすら無かった。善神でも無ければ悪神でも無かったのだ。

 とある人間が神の領域を侵さなければ話だが。

 

(さぁ、お願い!)

 

 爽の願いにフリカムイが翼を動かす。

 生まれるのは尋常では無い暴風だ。その圧倒的質量は羽撃くだけで空気を根刮ぎ押し流し、他家が司る()を荒らして狂わせる。

 

 フリカムイにはこんな伝承がある。

 ある時、一人の女性が食料を求めて山へと入った。探索の途中、泥で汚れた状態で小川を渡ってその川を汚してしまった。

 

 不運だったのは、実はその川がフリカムイの水飲み場であったことだ。

 

 あらゆる神話において神という存在は理不尽に等しい。日本における大神ですら嫌な事があったからと仕事を放っぽり出して引きこもり、世界を常闇に落とし込むという伝承があるくらいなのだから、複数もの神が語られるアイヌにおいても例外ではない。

 

 水飲み場を汚されたフリカムイは怒り狂い、動物や人間を積極的に襲うようになった。羽撃きから生み出される暴風は木々や草花を吹き飛ばし、人家を破壊し尽くした。

 困り果てた人々は反撃を決意するが、人間の攻撃を受け傷付いたフリカムイは更に激怒するという悪循環が発生。

 最終的にはとある一人の英雄に槍で突き殺されてしまうというのが伝承の全貌だ。

 

 死が明文化されているフリカムイを爽が何処で見つけたのかは定かではないが、兎にも角にもフリカムイは召喚された。

 起こす現象は、風をもって他家を荒らすこと。

 

 するとどうだろうか。

 爽の手牌に自風以外の風が集まり始めた。

 

(良かった……カムイならこの状況でも闘える!)

 

 今この場を支配している力が運命などという常識の埒外にある代物だということは、爽も会話の流れから理解していた。

 

 だが見くびってもらっては困る。

 運命とは、神が定めるものだ。

 

 矮小な人間が生み出す力に神たるカムイが劣る筈も無い。

 

 ズンと重圧が対局室を襲い、伸し掛かる。

 ネリーも動いた。

 爽も決戦へと脚を踏み入れた。

 

 豊音は迷いを捨てた。

 

(仏滅の解除は論外。だけどその状態で二位を捲るのは多分できない……なら!)

 

 決勝進出にはツモ条件で倍満が必要だ。他三人が超火力で和了りまくっていて勘違いしそうだが、そう簡単に和了れるものではない。況してや自分含めて不運に陥れる仏滅発動中ではもはや不可能に等しい。

 しかし、ネリーの妨害を考えると仏滅を解除するなど愚の骨頂。自力でネリーを上回れるのなら疾うにその手段を取っている。

 

 あちらを立てればこちらが立たず。

 それでも抗うと決めた。諦めないと仲間に誓った。

 

 なら限界を超えるしかない。

 

 ──仏滅

 

 漆黒の手の群れが四人に殺到する。先程の失態を考慮してより強く深く沈み込ませるように。

 ネリーにも、爽にも、咲にだって和了らせないと彼女たちを縛り付ける呪いは豊音すらも強く拘束し、希望へと繋がる道筋を閉ざしていく。

 

 豊音はその枷を無理矢理こじ開けた。

 

 ──赤口

 

 能力の同時併用。

 過去に試したことはない。監督に何が起こるか分からないからと禁止されていたから。

 

 でもそれでは勝てないのだ。

 

 化け物三人が暴れるこの場において豊音はあまりにも無力。

 だけど限界を乗り越えることなら豊音にだってできる。

 

 何もしないなんて嫌だ。

 

 まだ負けてないのだから。

 

 ──みんなと一緒に来れたこのお祭りを、まだ終わらせない!

 

 ゾワゾワと身体から嫌な感じがするのを豊音は無視して、勝負の場へと踏み込んだ。

 

 三人が三人とも必死に踠いている。

 こんなに絶望的な対局でも誰も諦めず死力を尽くしている。

 

 ──あぁ愉しっ。

 

 実に噛み応えのある相手に、咲は静かに笑った。

 

「……ふふっ」

 

 迸る稲妻、更に強大となる威圧感。

 前局すらをも上回る際限知らずのその異様に、ネリーの背筋が凍える。

 

(コイツ、まだ上があるのか⁉︎)

 

 冗談ではない、なんなんだ此奴は⁉︎ と、ネリーの焦燥は加速する。

 豊音からの侵食は減るどころか増していく一方で、爽からも異質な圧迫感が拭えない。それに加えて咲まで暴れ出したら、いくら波に乗ったネリーでも制御は困難だ。

 もう悠長に事を構えている余裕は絶無だと、心の底まで刻み込まれた。

 

(クソがッ‼︎)

 

 飛翔の最中に、ネリーは咲の親番を飛ばしたのとは別の、もう一つの力を解放する。

 運命の道筋を妨害する黒い手を縫って飛んでいては間に合わない。

 

 ならば無理矢理にでも運命を手繰り寄せるしかない。

 

 彼方より伸びる光の糸。それを掴み取ったネリーは力任せに引っ張る。

 引いたのは有効牌だ。ただし本来の和了りの形からは外れた、点数が落ちることが決められた牌であった。

 

(跳満には届く。このまま和了り切る!)

 

 見せるつもりのなかった手札を二枚も切らされたネリーは、怒りで沸騰寸前の頭を冷却して、最後の局を翔ける。

 

 仏滅によって長期戦へと持ち込まれるオーラス。

 豊音は限界を踏み越えた自爆を厭わない特攻で手を進め。

 爽は運命を超越した神たる超常の力を借りて風を巻き起こし。

 ネリーは自身の力のみで運命という荒波を乗り越えていく。

 

 壮絶なる二位争い。

 和了れば勝利となる爽に連荘する意味がないこの状況。

 誰もが理解していた、この局で終わると。勝者が決定すると。

 もはや観客の焦点は何処が二位となって決勝へと勝ち進むか、それしかなかった。

 

 競う合う彼等からすればこれは真剣勝負だ。

 

 だけど麻雀は、特に高校麻雀は()()()()()()()()()だ。

 

 そしてこの対局は、とある生意気な弱者を徹底的に踏み降ろす舞台なのだ。

 

 表情に亀裂が走る。

 それは歪んだ三日月のような、悪意が凝縮された凄絶な笑みだった。

 

 ──カン

 

 卓上に一片の花弁が舞い落ちる。

 

 長かった準決勝はこうして決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終結果

 一位 清澄高校  171,200

 二位 臨海女子    85,200

 三位 有珠山高校   79,700

 四位 宮守女子    63,900

 

 

 








過去最強のスーパー麻雀……きっと皆さん付いて来れてるって信じてます(笑)

豊音が見たアルティメット咲さん


【挿絵表示】


これにて準決勝は決着。
オーラスにて何があったのかは次回に。前書きでマンキンopを思い浮かべた方とは友達になりたいです^_^

……にしてもおかしいな。
ただでさえ手に負えないから咲さんをこれ以上強くする気無かったのに、気が付いたら勝手に覚醒してやがった……この子はブロリーの親戚か何かなのかな?


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