咲-Saki- もし咲が家族麻雀で覚醒してたら   作:サイレン

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今回は説明が若干多いです

菫は苦労人ですね。間違いありません(笑)


2-3

 白糸台高校。

 高校麻雀界において知らない者はいない、激戦区である西東京地区二年連続インターハイ代表、そして全国大会二連覇中の超強豪校だ。今年は史上初の三連覇がかかっている。

 

 本日も白糸台高校麻雀部の部員は練習に励んでいた。

 超強豪校に相応しく部員数も相当だ。そのため部室や練習場も広く、多くの雀卓が用意されてあるのだがそれでも全員が打てるほどではないのだから驚きである。

 聞こえてくるのは牌を打つ音や鳴きの声。卓に着いていないものは迷惑をかけなければ一応自由なのだが、大体の者は対局を観戦したりデータを見直したりしている。部全体の雰囲気として熱気に満ち溢れていた。

 もちろんこれはインターハイの代表を決めるためなので当然なのだが、白糸台高校の代表選考は少し特殊だ。

 ここでは単純に成績上位トップ5が代表になるわけではない。部内に複数のチームが既に用意してあり、そのチームで対抗試合を行って勝ったチームが代表となるのだ。これら各チームにはそれぞれ違ったコンセプトがあり、かなり偏ったチーム構成になっている。そのためこの選考方法には色々賛否両論があるのだが、これが白糸台高校麻雀部の伝統なので変わることはないだろう。

 そしてこのチームの中で代表間違いなしといわれているチームがあった。そのチームのコンセプトは超攻撃特化型。『チーム虎姫』と呼ばれており、白糸台高校麻雀部歴史上最強のチームと呼び声も高い。その最たる理由は、圧倒的エースの存在であった。

 

 部員の皆がそれぞれ熱心に取り組んでいる中、自由時間の際に窓辺で本を読んでいる少女がいた。その少女は髪が角のようにとんがっていて、見た目はクールビューティという形容詞が似合う少女であった。

 彼女の名前は宮永照。彼女こそが先に述べた白糸台高校のエースであり、宮永咲の実の姉である。

 

「相変わらず読書が好きだなお前は。お菓子を食っていないだけマシか」

「ん? 菫」

 

 声を掛けてきたのは藍色のロングヘアーを持つ、照以上にクールな雰囲気も持つ少女。

 彼女の名前は弘世菫。

 『チーム虎姫』の一員で、白糸台高校麻雀部の部長であり実質ここのトップである。実力的には照が他を圧倒しているが、リーダーシップという面では菫が一番だった。また、部長に選ばれるだけの実力も兼ね備えている。

 

「監督との話し合いは終わったの?」

「いや、監督が呼び出されて詳しくは決められなかった。だが例年通り、合宿で代表チームを決めることになりそうだ」

「そう。他には何かあった?」

「特にはないな。ところで、淡のやつはまだきてないのか?」

「うん」

「全くあいつは……」

 

 呆れたようにため息を吐く。菫がそうなるのも無理はなかった。

 菫が言っているのは麻雀部員の一人であり、自分たちのチームの一員である少女のこと。

 名前は、大星淡。

 今年高校に入学したばかりの一年生なのだが、入部初日から他を圧倒する強さを持っていて、一年生ながらにして『チーム虎姫』に加わることを許された期待の新星である。

 正直、一年生にして部活を遅刻するなど言語道断なのだが、実力主義な一面があるここでは淡の態度に強く出られる者が少ない。また、淡自身も自分より弱いと思っている相手の言うことをほとんど聞かない。良くも悪くもフランクで、基本はアホの子だから大きな問題にはなっていないが、不満を持っている部員も少なくない。唯一淡が実力で完璧に劣る照の言うことなら大体なんでも聞くのだが、照はあまりそういうことに頓着しないため野放しにされていた。

 菫はため息をついていたが、今更自分でどうこうする気にはなれなかった。ただでさえ菫は忙しい身なのだ。問題児のお世話など見ていられない。それこそ、照一人で手一杯なのだ。

 

 それからしばらくして、遅れて監督が練習場にやって来た。

 

「「「「「こんにちはっ‼」」」」」

 

 対局している者も一時中断し、運動部顔負けの挨拶が交わされる。白糸台高校で一番厳しいのは挨拶かもしれない。監督はそんな部員に挨拶を返し満足気に見渡した後、用がある部員に呼びかけた。

 

「宮永さん、少しいいかしら?」

「はい、なんでしょうか?」

 

 呼ばれた照は本を畳み、監督の元へと歩く。

 立場上こうした呼び出しが多い照は何用だろうかと勘ぐるが、生憎と心当たりがない。なのでそれほど大した用事ではないだろうとおもっていたのだが、どうにも監督の様子がおかしい。なんというか、なんとも微妙な表情をしていた。

 

「それがですね……。応接室にあなたを訪ねに来た人たちがいるのだけれど」

「今日はそのような約束は承っておりませんが?」

「えぇ、それなんだけど……」

 

 一瞬言い淀んで監督は続けた。

 

「なんでも、あなたの父親さんと妹さんだと言う話しなのよ」

「…………えっ?」

 

 監督は半信半疑の様子だが、照の反応は劇的だった。

 普段目上の人や公の場に姿を出すときは、菫ですら引くほどの猫かぶりようなのに、今は驚きの表情が隠せていない。遠目から見ていた菫もただごとじゃないと思い近寄って来る。

 

「……その、妹はなんて名前でしたか?」

「名前は確か、宮永咲さんと言っていたけど……」

 

(──咲っ!)

 

「えっ⁉ み、宮永さん⁉」

 

 照はそれを聞いた瞬間に駆け出していた。

 そんな照を見て練習場にいるものは一人残らず驚きを露わにしていた。今まであんな照は見たことなかったから当然である。普段は無表情で無愛想がデフォルトな照が、駆け出すなどあり得ないことだった。

 

「ひ、弘世さん! 弘世さんもついて来てください!」

「わ、分かりました! 皆はそのまま練習に励んでくれ!」

 

 そう言い残して監督と菫も照を追い掛ける。

 残された部員たちはしばらくの間身動きをとることが出来なかった。

 

 

****

 

 

「ねぇ、お父さん? 私たち、もしかしなくても不審者扱いじゃない? 警察をすぐに呼ばれなかっただけよかったけど、完璧に得体の知れない人たち扱いだよ?」

「まぁ、そうだな。実際得体の知れない部分は間違ってないんだからな」

 

 一方そのころ、応接室に招かれた咲と父はのんきにそんな会話をしていた。

 警備員に話した時はほとんど信じられていなかったが、内容が内容なのでここに招き入れられ、麻雀部の監督さんと少し話して、「宮永さんを呼んできます」となって今ココ。

 疑われるのも無理はないだろう。

 第一に、事前に来るなど言っていない。

 第二に、なぜ家族がわざわざ高校に訪れるのか、である。

 その辺は掻い摘んで説明したが、半信半疑という様子なのが目に見えて分かった。

 

「まぁ、照が来てくれれば俺たちの疑いも晴れるだろう」

「もし来なかったら私たち、かなりピンチだけどね」

 

 さすがにそんなことはないと思うが、とりあえず照が来ないことには状況が動かないことは確実。そのため二人とも適当に時間を潰していた。と言っても、やることなど持参してきた本を読むことくらいだ。このような状況でも全く動じない咲は、やはり肝っ玉が太いと言えるだろう。

 

 5分程度の時間経ったそのとき、突然部屋の扉が開け放たれた。

 

「はぁ……はぁ……。……ふぅ」

 

 余程急いで来たのかそこには息を切らした照の姿があり、咲たち、正確には咲を見て目を丸くしている。

 

「あっ! お姉ちゃん来たよお父さん!」

「あぁ、これで大丈夫そうだな」

 

 咲たちは咲たちで照の驚愕に頓着することなく、とりあえず自身の無事を得て安心していた。

 照にはそんな会話は聞こえておらず、今は咲の姿しか目に映っていない。

 咲の元に照が歩み寄る。

 ゆっくりとしたその足取りは微かに震え、緊張していることが伺えた。対する咲も、どんな表情をすればいいのか分からず、曖昧な笑顔を浮かべていた。

 

「咲……」

「……お姉ちゃん、久しぶわっぷ⁉」

「咲! 咲!」

 

 なんて言おうか迷っていて、とりあえず無難に挨拶を交わそうとした咲だったが、途中で思いっきり照に抱きしめられた。

 これはさすがに予想外で、久しぶりに姉の温もりを感じて嬉しかったが、それよりも驚きが優ってた。背丈が小さい咲は、照の胸の中にいる状態なので上手く息が吸えない。

 

「お、お姉ちゃん……苦しいよ」

「あっ! ごめんね咲、大丈夫?」

「うん……。改めて久しぶりだね、お姉ちゃん!」

「うん、久しぶりだね咲!」

 

 予想外の展開ではあったが、かなり都合のいい展開であった。まさかこんなに素直に再会できるとは。それだけ、照の咲に対する想いが強かったのだろう。

 

(これだったらわざわざ会いに来なくてもなんとかなったかも。まぁ結果オーライということで)

 

「照、久しぶりだね」

「うん、お父さんも久しぶりだね。それにしても、どうして二人がここに?」

「あぁ、それは咲が照に会いたいって言い出してな」

「そう、咲が……」

 

 それを聞いた照は浮かない顔をしていた。

 

「ごめんね、咲。本来なら私から行かなくちゃいけなかったのに。あんなことになったのは咲のせいじゃなかったのに。でも、勇気が出なくて……」

「ううん、大丈夫だよお姉ちゃん。それに、私もお姉ちゃんには嫌われてると思ってたから」

「そんなことない! 私は咲のことを嫌ってなんていない!」

「うん、それが分かったから会いに来る決心がついたんだよ」

 

 そう言って取り出したのは、先日父から渡された雑誌。

 

「あっ……それは」

 

 これで何故咲が会いに来る決心がついたのか分かったのであろう。

 照としては、あのインタビューは今思うとかなりの黒歴史なので苦い顔をしているが、世に出回ってしまっているのでもう手遅れ。でもそのおかげで咲と会えたのだからまさにプラマイゼロというところだ。

 

「うん、お姉ちゃんが載ってる雑誌。他にもお父さんがいっぱい持っててね。すごいんだよお父さん! 姉ちゃんが載ってる雑誌全部持ってて、写真切り抜いてアルバムとかにしてるんだよ!」

「も、もう! お父さん!」

 

 すごく家族家族していた。

 どこからどう見ても仲良し家族だった。

 ──だが、それを追いついて後ろから見ていた監督と菫は絶句していた。

 空いた口がふさがらないとか、鳩が豆鉄砲食らったような顔とはこのことだ。それほどまでにこの光景は目を疑うものがあり、そして二人とも照に対して思っていることは同じで、

 

((………………あれ、誰だ? 私はあんなやつ知らないぞ………))

 

という身も蓋もないひどい感想だった。

 

「……あ、あの宮永さん?」

「あっ、監督」

 

 その空気の中突っ込んでいったのは監督だった。若干の勇気がいる行動だったが、そのまま放っておくと収拾がつかなそうだったので声をかけた次第である。

 

「そちらのお二方は本当にご家族だったの?」

「はい! 父と妹です!」

「……そ、そう」

 

 今までお目に掛かったことのない天然スマイル。思わず引き攣ってしまい、もう何も言えなかった。

 こんなテンションの高い照をどう扱えばいいのか分からない。監督はすごすごと引き下がったが、

 

「お姉ちゃん、監督さんと一緒にいる人は?」

 

 次は菫にお鉢が回ってきた。

 

「この人は弘世菫。私の友達で麻雀部の部長だよ」

「そうなんだ。はじめまして、菫さん。姉がいつもお世話になってます。妹の宮永咲です」

「あ、あぁよろしく。弘世菫だ。こちらこそ照にはお世話になっているよ。咲ちゃんでいいかな?」

「はい」

 

 なんとか会話をつなげることが出来たために少し余裕が出てきた。

 そこで菫は咲を改めて観察する。

 

(この娘が照の妹。確かにあの角の部分の髪型はそっくりだな。照とは違ってクールというよりかわいいという感じだが。……それで昔照より強かったと)

 

 先ほどの会話を聞いていた限り、咲がインタビューで言っていた子に間違いないだろう。正直全く強そうには見えないのだが。

 

「それで咲? この後は何か予定はあるの?」

「特に何も決めてないよ。お姉ちゃんに会うためだけに東京に来たようなものだし」

「そう……。じゃあどうしようか? 私もまだ部活中だし」

「あっ、それなら」

 

 とそこで、監督が復活した。

 

「妹さんさえ良ければ、うちの見学していかない? 実際に打ってもらっても構わないから」

「えっ? いいんですか?」

「えぇ、大丈夫よ。麻雀部監督って結構権力あるのよ?」

 

(宮永さんより強かったという実力、一度見てみたいしね)

 

 監督にも思惑があり、それ以上に興味があった。照より強いなんて、それこそ尋常ではない。

 それが意味するのはつまり、高校生最強である。照の持つその称号は伊達ではない。プロ雀士相手でも匹敵するその実力は、並大抵の強さではないのだ。確かめないわけにはいかない。

 咲にとっても、この展開を断る理由はなかった。

 

「では、お邪魔します。お父さんはどうする?」

「お父さんは一回お母さんに会いに行くよ。また後で迎えに来ればいいか?」

「うん、じゃあそれでお願い」

 

 話しがまとまった一行は、麻雀部へと向かうのであった。

 

 

****

 

 

(うわー人数多っ! 軽く100人くらいいるんじゃないの? さすが強豪校、清澄とは大違いだね)

 

 麻雀部の練習場にきてまず思ったのはそんなこと。まぁ白糸台と清澄では月とすっぽんであり雲泥の差。比べる対象自体が間違っている。

 咲は部員たちからは注目の的だった。ただでさえ部外者なのに、側にいるのは照に菫に監督というメンバーなのだからより一層に視線の的となっていた。

 

「皆、少しいいかしら?」

 

 そう監督に言われて皆姿勢を正す。

 

「ちょっと色々あって、急遽今日この娘がうちを見学することになりました。じゃあ自己紹介をお願い出来るかな?」

「はい」

 

 咲は一歩前に出る。

 そこで咲は、ちょっとした悪戯心が出てきた。

 

(強豪校だし、強い人も多いのかな? だとするとある程度のプレッシャーに耐える人も多いはず。後々のために全国レベルがどのくらいの実力なのかも気になるし。それにお姉ちゃんの妹として自己紹介するなら、お姉ちゃんの顔に泥を塗るわけにもいかない)

 

 本音と建前も用意できた咲は、息を吸い込み笑みを浮かべる。但し、見た目通りの自己紹介をする気は毛頭ない。気分はそう、手当たり次第に喧嘩を吹っ掛けるヤンキーのような感じ。

 オーラの出し方は、中学生の頃から自由自在なのだ。

 

(とりあえず子供の頃のお姉ちゃんくらいで……)

 

「はじめまして、宮永照の妹の宮永咲です。よろしくお願いします」

 

(──喰らえ)

 

 ──ゴ ッ !

 

「「「「ッ‼⁉」」」」

 

 帰ってきた反応は大別すると三つ。

 口元に手を寄せたり、顔面蒼白にしたりと、要するに怯えているのがほとんど。

 目を大きく見開いて冷や汗を流すにとどめているのが少数。

 まるで動揺せず、表情を動かさなかったのは照くらいだった。

 

(……なるほど、こんなものか)

 

「こらっ、咲!」

「ご、ごめんなさいっ、お姉ちゃん。つい出来心で……」

 

 出来心でそんなことされた部員たちはたまったものではない。照が叱ったことでプレッシャーは消えたが、一瞬にして目の前にいるこの少女が格別に強いことが把握できてしまった。

 加えて、正真正銘あの宮永照の妹だということも。

 

(全く、姉妹揃って恐ろしいな。さてこの後どうするか……)

 

 この固まった空気をどうするか考えていた菫だったが、それは第三者の登場により破壊された。

 

「すいませーん、遅れましたー!」

 

 扉を開けて現れたのは金髪、ロングヘアーのどこか日本人離れした風貌の少女。纏う気配は強者のそれで、とぼけた表情の中には鋭く光る瞳が見える。

 面白そうな存在の到来に咲は笑みを深めるが、その少女は見たことのない咲を見て首を傾げた。

 

「んー? 誰その娘?」

 

 これが後に『清澄の嶺上使い』と『宮永照の後継者』と云われる、宮永咲と大星淡の初邂逅であった。




原作でも咲と照が仲良くなってほしいです

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