鉛筆を走らせる。
黒く歪な三角錐を紙に当てて、削れた跡が白い面に黒い軌跡を成す。
そして形どられた文字の羅列が文章と成る。
今時はシャープペンシルやボールペンの方が主流であると自覚しているが、今は持ち合わせていなかった。
…というか切らしていたのだ。
赤のインクなら山ほどあるからその色のボールペンを使う事も出来た。
それでも今やるべき事の用途には合わない。
私は答え合わせがしたい訳ではない。
○や×で採点したいのではなく、言葉を綴ってメッセージを”のこしたい”のだ。
最もその赤いインクも、持て余していたせいで乾燥し使い物にならなくなってしまったが。
そう考えると、この作業を始めてからかなり時間が経った事を、改めて自覚した。
――急がねば。
時間/生命は有限で、その限界/リミットは既に自分の首根っこを捉えている。
しかしそれは既に受け入れた過去の事実で、必ず自身に訪れる未来だと承知している。
故に恐怖など無い。
寧ろ焦燥感を掻き立てているのはもっと別の問題だ。
たった一枚の手紙に全てを籠めなくてはならない。たった数百文字に自分の意志を収めなければならない。
それを上手く遂行出来るかが現状の最たる問題である。
ちゃんと読めるよう丁寧に、意図が伝わるよう細やかに。それでいて誰の筆跡か分かるように個性を込める。
作業自体はごく単純だが、細かい配慮を行き届かせなくてはならない事がを踏まえれば楽ではない。
溜息をするのと同時に手元に視線を落とせば、右中指の先の大きなマメが露わになっているのが分かった。
今までは大きくなるそれを見つめる事で時間の経過を感じ取っていた気がしていたが、もうそんな事はどうでもよくなっていた。
一時の感情が、時間の積み重ねに押し潰されて忘れ去られたらしい。
…もっと今に向き合うより、振り返っておいても良かっただろうか。
しかしそれを何度も繰り返すのが面倒、と言うより厄介になったからか、いつしか自分は目的の為にだけ回り続ける歯車になっていた。
…いや、その表現は間違いだ。
たった1人、自分だけのこの空間で、他に噛み合って回る歯車が存在しない。
ならば自分という歯車が回る事は叶わない。。
人間もそう、単独/ひとりぼっちでは動く事すら出来ないのだ。
比喩を訂正するならばゼンマイだろう。
自分で巻いて回っている、孤独でみじめな破損寸前の消耗品。
ただ目的を果たすために回っては巻いて回り続けている。
ーーそうしている内に何か変わっただろうか。
…何か伝えられる事が増えただろうか。
何も、変わっていないかもしれない。
ただ…、ただただ時間だけが、いたずらに通り過ぎていっただけかもしれない。
……ふとそんな事実を目の当たりにした。
―老いたな。
と思うものの自分はまだ18歳ではないか。
ピッチピチの高校生だったんだわさ。
着ているのも制服だし。
まだ卒業だってしていない。
20歳の誕生日だってまだまだ先の話だ。
――最もその時は訪れないのだが。
よし、と一息を付く代わりに呟いて鉛筆を置く。
今日書き”のこせる”メッセージはここまでだ。
ありがたい事に終わりが訪れるその日まで、明日は否応無くやって来てくれる。
自分の時間が止まっていようと、世界は進み続け法則は稼働し続けるのだから。
「……」
ーーまさに動かなくなったそれを目の当たりにする。
比喩ではなく、文字通りの意味で。
これ以上無い皮肉を込めて。
――こんな事はやめてしまおうか。
…なんて事は微塵も思えなかった。
ただ一つ、あるのは書き”のこす”という意思。
これだけが、この身体を突き動かす心だけが、自身が人間だった頃の名残とも言える。
翻って今の自分がゼンマイ式の人形である事を証明する事にもなるが、正直もうどうでもいい。
そんな二律背反は嫌という程に直面して来た。
何もかも今更過ぎる。
決意から今に至る後悔も、正し過ぎた余りに生じた失敗も。
それらは余さずはっきりと覚えている。
きっと明日も記憶/それを辿り、ありのままに書き記す。
――終わりに至るまでの既視録、”Archive’s known”を。
―誕生は始まりではない。死が終わりではない。決意に始まり後悔に終わるのだ。―
「それを否定したけりゃ、――まぁ何とかなるまで、あれこれ足掻くこったな。」