窓のカーテンから、少しばかりの陽が差す。
熱く照りつける夏の日差しそのものが朝を告げる合図にもなった。
この光は外出している内は鬱陶しい事この上ない。
汗だくになるし、だるいし、喉が渇くし。肌も焼けるし。
夏の生活を乗り越えていく中でこの上ない天敵だ。
しかし冷房が効いている部屋の中なら話は別だ。柔らかいベットの上なら尚良い。
カーテンの隙間からそっと暖かく、そして心地良い。
うるさい携帯のアラームよりもよほど爽やかに覚醒を齎される。
朝を迎える形としては100点満点だろう。
まあそもそも毎日同じ時間に起きれるから、日光の有無なんて関係無いと言えば関係無いけれど。
――いつも通り6:00ぴったりに起床する。
「―ふぁあ。」
欠伸をする事で筋肉が動き、涙囊から水分が押し出される。それを手の甲で擦って瞬きを2回繰り返す。
自室を出て階段を降りる。
寝起きで力の抜けた右手でドアノブを握り、リビングへの扉をゆっくりと開ける。
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――そこに広がるのは閑散とした、
「父さんは今日も帰ってない、か。」
父は刑事を勤めており、最近は仕事が佳境迎えているとの事で帰れない日が多くなると言っていた。
どうやらその捜査の指揮を執っているのも父なのだという。
俺も気分次第でそれに出来る限り協力はしていたが、息子に手を借り続けるのも親として気が引けると言われ、それっきり一人で右往左往しながら職務に没頭しているみたいだ。
恐らく無関係な子供に深入りさせてはいけないという体裁もあったのだろう。
……いや、いち大人としてのプライドもあるだろうか。
「でも父さんらしい。良いこった。」
なにも独りぼっちの家を寂しく思う事ない。
寧ろ勤勉な父を尊敬した。
自分だけのリビングがそれを物語っているとすら考えられた。
「――なら、いつでも帰って来て良いようにしとかねぇとな。」
家から高校までの距離を考えれば、8:20に家を出れば余裕で間に合う。なんなら予鈴の鳴る5分前には着いてるだろう。
今持てるだけの余裕を確認し彼―、
身支度を整えるのは父と自分の飯を作ってからでも良いだろう。
いつも通り、彼は日常というルーティーンを開始した。
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「ご馳走様でした。」
手を合わせて彼は言った。
今朝は一まとめに多く作りたかったのでサンドウィッチを量産しておいた。
甘いホイップサンドから、王道の卵サンドまで。そこにハムを忍び込ませておけば至高の一品になるし、野菜も入れておけばカロリーと共に栄養も摂取出来る。
スープは適当に昨日作り置きしたオニオンスープにしておいた。
朝には喉越しの良いやつが持ってこいだ。
適当に用意したにしては透き通る朝の陽気にはぴったりのチョイスが出来たと、口角を上げて自画自賛する。
父用に作り置きしたサンドウィッチを皿にまとめラップをする。
いつ帰って来るか分からない上に急な仕事に駆り出される可能性もある以上、簡単に済ませられるサンドウィッチは何かと都合が良い。
余った二つのサンドイッチは学校に持って行って、昼食以外で腹が空いた時に充てるおやつにしよう。
冷蔵庫を開けて、父への作り置きを空いてるスペースに皿を置こうとすると…、
「あ、卵少ねえな……。」
サンドウィッチをしまおうと冷蔵庫を覗けば、卵が残りたった3個になっていた。原因は明白、さっきの
ーーまた買い足しに行くか。
「んでも最近高いんだよな、卵…。」
つい最近鳥インフルが流行したせいで、鶏周りの物価が高騰している。それについてはニュースだけでなく、自分が携わっている養鶏場からも多くの悲鳴が耳に入っていた。
汎用性の王様、料理界のレブ●ン・ジェームズこと卵様が高級品になりつつあるこの頃。王の圧制が財布の苦しめる、世知辛いな世の中になったなとため息を付いてみる。
「良いですよー、俺ん家はお金に困ってないですよーだ。」
些細な話題で世間が一時騒がしくなろうが、相も変わらず世界は歩を進める。無関係な人もそうでない人も同じく。
日常というレールをなぞって歩く。
自分と時間という歯車が噛み合い、次の瞬間へと進行していくんだ。
そこに少しばかりのスパイスの様な変わり映えのあるイベントや感情があれば良い。
使い終わった食器を洗剤と一緒に食洗機に入れる。
その間に身支度を済ませてしまおう。
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「―――。」
寝巻きを制服のワイシャツに着替え下も学校指定のズボンに履き替える。
今時は9月でも茹だるような暑さだ。まだ当分はこの半袖の世話になるだろう。
地球温暖化の所為かはともかく、全くあの暑さだけは勘弁被る。
学校に行けば友達にも会えるし、外出する事そのものは憂鬱ではない。出掛ける口実だと思えば寧ろ足が軽いとさえ思う。
しかし汗でシャツが黄ばむのが厄介なのだ。予洗いしておかないと色が落ちなくなるし、予洗しておかないと他の洗濯物に臭いも付く。
体臭や汗の臭いはそこまで強くない方だとは思うが、洗濯槽の汚臭の原因にもなる。
あれ洗った時まじでくっせえんだわ。
「―ん。」
顔を洗い、洗面台に映る顔と向き合う。
両目を少し覆う長さの前髪に、出来の悪い鳥の巣みたいなボッサボサの髪の毛。
少し悪めの目つきが、より人相を悪くしているように思える。
そんな自分の顔を見つめて産毛が目立っていないかを確認する。
体毛は薄い体質なので最低限処理していれば目立たない。
それに合わせて髪も清潔感のあるようにしたいが…、
(―この、人でなし……!!)
「―ッ。」
少しばかりの頭痛と共に、”彼女”の罵声が脳と耳の奥でこだました。
それに耐えかねて額を押さえる。
余韻は頭蓋の中を反響してズキズキと痛んで、その余波で心まで軋みそうになる。
吐き気まで催してきてえづきそうになるがそれは抑える。
一度でも吐き出そうと息を漏らすと、自分の意思とは無関係に胃液の蛇口が外れてしまいそうになるからだ。
ーー苦痛が峠を越える。
しかしこの痛みを身体が思い出すたび、
…消してしまいたい過去までも溢れてきてしまう。
それこそ抑えようとする力に反して喉の底から吐瀉物が昇ってくるように。
――もうよそう。
”あの日”事を思い出すのはーー。
「ちぇっ。出来れば短めのが良いんだけどなあ。」
長めの前髪へ不満たらたらに愚痴を零しながらも、やはりいつも通りに髪の毛を整え始めた。
髪を濡らしタオルで水分を拭き取る。
片手でくしゃくしゃと揉むようにして水気を取りながら、もう片方の手でスマホをポケットから取り出す。朝のニュースを聞くためだ。
パスコードを右手で素早く打ち込み、アプリを開いてチャンネルを選ぶ。そしてそのまま付けっぱなしにして、洗面台の端に置く。
「―――。」
昨日都心で大停電があったとか、ホームレスが云々かんぬんとか、今日の占いがどうのこうの。もう知ってる事とどうでもいい内容が垂れ流されてるだけだった。
どれも始業式の校長の無駄話と同じくらいには興味の湧かない情報ばかりですぐに聞く気が失せてしまう。
ヘアオイルを髪に塗りドライヤーで乾かす。
学校に行く時は毎日これをしなければ、頭をきのこ雲にして登校しなければならなくなる。
…面倒だが致し方ない。
仕上げにヘアーアイロンを掛けて形を整える。
熱で髪が痛み過ぎないよう手際良く、手慣れた手付きでスタイリングを完了した。
これで1日を過ごす準備は終わりだ。無駄に付けっ放しにしていたニュースを切り、携帯で時刻を確認する。
……まだ7:00回ったばかりか。
朝の予鈴が鳴る時刻が8:45。高校まで歩いて20分もあれば到着出来る事を考えれば…
「めーっちゃ時間あるじゃん…。」
心地良い朝を台無しする大きなため息が出た。
ゆっくりしようにも今になって気が向かなかった。
茶か何か淹れてお菓子でも摘もうかとも思ったが、食洗機を回した矢先に洗い物を増やしたくない。
かといって二度寝なんてもっての外、とにかく何かしていたくなった。
その方が無為に時間を浪費するよりかは良い。爽やかな朝で蓄えた英気を発散したい気分なのだ。
「………。」
何をして時間を潰そうかと思索する。
家事はほぼ済んだので家でやるべき事はもう無い。
ランニングは嫌だ。今日はただでさえ最低気温ですら28℃なのに、朝っぱらから汗で身体を濡らしたくはない。
テレビも退屈だし、目覚ませテレビの目覚ませジャンケンのポイントを貯めるのも飽きている。
他の案、他の案――。
手当たり次第に自分の引き出しを漁る。
――が、結局のところ思い至った結論はいつも通りの”作業”だった。
決まってしまえば後は早い。思い立ったが吉日だ。
他にやる事はないかと考える暇すら惜しんで、足早に自室へと向かう。
「―――。」
ふと、リビングを振り返る。
…そこに取って変わった物は何も無い。
俺が息を殺せば凪いでしまう程に何も無い部屋/リビングの中に…、
あるのは日常を象徴する家具達。いるのはたった1人の自分。
他には、何も無いー…。
筈なのに。
「―ぁ。」
なのに何故か、
―――そこへ、
……捨ててはならない何かを、置いて来てしまった気がした。
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階段を上がり2階の自室へと戻る。
部屋に入るなり右手前のクローゼットに手を掛けゆっくりと開ける。
その中から掌サイズのショーケースを取り出す。
「あったあった。」
手の感触で触れている物が今必要な物である事を確認する。
…といっても”コレ”以外にこのクローゼットには何も入っていないのだが。
そのまま自室の椅子へ座り、ショーケースに少しだけ付いた埃を払って机の真ん中に置く。
―中身は”真っ黒い立方体”だ。
手触りは塗装済みのダイキャストに近い。
少し軽めの感触に、それに反した鋼鉄のような重厚感を帯びた外見/ビジュアル。
艶消し塗装の効いているおかげで光沢も慎ましい。
見ていて飽きず、しつこくない。
何度も見てきたコイツだが、改めて観察しても悪くない見た目をしている。
だがコイツは黒いだけの四角いインテリアなどではない。
こいつには様々な機能を搭載している。
その一つとして、立体の面がそれぞれ縦横3マスの合計9マスで区切られている。
一見すればただの真っ黒いルービックキューブだが、元の6面はそれぞれが違う黒色で配色されてある。
つまりこのルービックキューブは色が揃えられているようでされていない。
そしてこれを解くには6種類ある黒色を判別しなくてはならないのだ。
もちろん設定してある配色は俺も知らない。崩し方も含めてAIに自動で設定させてある。
「〜〜♪。」
鼻歌まじりに黒い立方体を弄ぶ。
右手から左手へキャッチボールして、今度はスナップを掛けて高く頭上に放り投げてみる。
すると少しだけ、
―――宙に浮かんだそれが重力を失ったように静止したのだ。
…が、それもほんの僅かな、錯覚だと思えるような一瞬だけ。
瞬けば重力に従ってすぐ手元へ戻って来た。
「―っと。」
落ちて来たそれをキャッチし、すぐさま面の色を合わせる作業に掛かる。
指を回して横へ縦へ、正攻法に従い素早くマスをスライドさせていく。
手つきは無駄なく弾くように。
いちいちマスの位置は確認しない。さっき弄んだ時間で6面のマスの位置と色を把握し、その上で行程は全て決めてある。
後はその通りに従ってやれば良いし、修正箇所があれば手を動かしてる合間にやれば問題無い。
右人差し指を手前に引いて、次の瞬間には左人差し指が、今度は親指、また人差し指――。
秒刻みに手指を駆動させる。
……するとあら不思議。
ものの数十秒で、6面とも色の揃った真っ黒い立方体が出来上がりだ。
…………。
―――――――。
「って言っても、元から真っ黒なのは代わりは無えんだけどな。」
そうなのだ。
こいつの残念なところは色を揃える難しさではなく、マスを合わせる前と後とで外見が殆ど変わらないから達成感を感じづらいところにある。
難易度もビジュアルもそこそこ悪くないのだが、唯一の欠点がこれなのだ。
「まあ、なんにせよ欠点の無いモノを作るってのは難しいって事よな。」
……ただし不可能だとは言わない。
可能性を捨ててしまっては、それに至るための努力すら不意にしてしまう。
仮に全能を生み出すために開発に勤しんだ者が、万能な物を作り出したとしよう。
結果だけ見れば大きな功績に間違いないが、結局のところ目指したゴールには至れていない。
要は妥協して終わっただけなのだ。
結果オーライでたまたま出来上がった成果に、本質的な価値は存在しない。
――とはいえ物は言いようで評価が裏返るのは世の常。
誰かの役に立つのであれば万々歳だし、目的の50%の出来でも達成感を得られて満足なら良いだろう。
――しかし俺の手元にある”コレ”は違う。
コレは完全なる不完全を目指し、それに至った代物だ。
「―さて、こいつで何をしようか。」
少し遅れたがこの”物体”の正式名称を教えておこう。
その名はーーー、
●全征充《またせみつる》…… 全征秀之亮の父で40歳。警察官として働いており、今は秀之亮と二人暮らしをしている。