ハンバーグのタネを作り終えてからニンニクとパセリを刻んでおいて、少し休憩がてらテレビを見ている内にもう17:40になっていた。
今から調理し始めれば18:10過ぎくらいには一通り出来上がるだろう。
「さーて作りますか。」
まずは専用のタッパーに水を入れておき、乾麺と適量の塩を突っ込みレンジに入れる。
…三人分の量ならアルデンテになるまで八分くらいで良いだろうと思い、タイマーをセットしてレンチンを開始する。
次にフライパンにオリーブオイルを敷き、台所に常備してあるビニール手袋を両手に着ける。
そしてタネの入ったらボウルを冷蔵庫から取り出す。
「ねえねえ。」
タネの形作りを始めようとしたら愛狐が隣にまでやってきていた。
―――――。
なんだその目は。
…いや、分かる。よーく分かるぞ、何が言いたいのか。
目を星のように輝かせて変身ベルトを眺める子供のような目でこっち見んじゃねえ。
「……作りたいのか?」
「うん!よく分かったね。」
……。
――――。
…非常に迷う。
また愛狐がやらかしてしまう原因にならないかという懸念が頭に媚びり付いて離れない。
……とはいえいくら大ドジ征夷大将軍とも言われる(自分調べ)愛狐ともいえど、ハンバーグを丸い形にするだけの作業ではボケようが無いに決まっている。
――いや、さすがにあり得ない。
精々細かい肉が飛び散るくらいだろう。
それくらいなら少し拭けば解決する。
なによりこの笑顔を裏切るのには少し気が引けたのだ。首肯せざるを得ない。
……もしかして今盛大なフラグを建てたかもしれないと思ったが、杞憂よ杞憂。
まったく全征秀之亮ってやつは心配性が過ぎるぜ。
「良いよ。そら、そこのビニール手袋着けろよ。」
「やったー!」
愛狐は満面の笑みを浮かべてそれを手に取った。
――うん、やはりこの判断は間違ってない。
こんなふうに皆で料理するのも良いじゃないか。
…少し、暖かい感じもする。
「あ。」
――ブビョオッ。
ベッチョオォ…。
……顔に冷たい感じがする。
しかもベトってしているのだが。
チーーン。
…このタイミングでレンチン終わんな。
「…………。」
「愛狐ォお前さあ……、どんな握り方したら手水鉄砲みたくタネが出てくるんだよ……。」
「いやあ、愛を込め過ぎたわね。失敗失敗。」
「愛にタネが押し潰されてんの不吉過ぎんだろ!!しかも指の間から零れる…じゃなくて飛び出てるとかおもくそ厄ネタじゃねえか!」
ハンバーグの形を作る時、強く握りしめる余り勢いよく指の間から飛び出てきたのだ。
――というか待って欲しい。タネの表面を軽くならしてから整えて、空気を抜くために片手から片手へ落とすようにほうれば勝手に形が出来上がる。
そこに”握り潰す”という過程は存在しないが!?
……横着したのかったのだろうか。
「まあいいや。ちょっと動かないでね。」
いや俺の事はええんかいな。
愛狐は右手のビニール手袋を外して、俺の顔に付いたタネを人差し指で取ってくれた。
そしてそれをそのままタネに入れるでもなく、
……舐めた。
―――舐めた?
――ちょ、舐めたの?え、舐め…て。ナメ?舐めたのか!?は??
オイ何やってんだよこの人ォォ!?
「おまっ、なーに生の食べもん口に入れてんだ!ぺっ!早くぺっしろ!!」
「ぎゃー!何をやってるのよナマのお肉はヤバいでしょうがあ!!」
頭を抱えて愛狐が慌てふためくがそれはこちらも同じだ。
開いた口が溢れ出る溜息で塞がらない。
「セルフツッコミしてんじゃねえぇ、こんのあほあほ愛狐がああぁ!!!」
「うわーん私はどうせアホアホの実の能力者の百谷愛狐ですよぉぉ。」
今度は目を”く”の字にして涙を流しながらうがいをし始めた。
――いや今更うがいしようが飲み込んじまったら意味無えだろ……。
「あー…、でもちょっと美味しかったなあ。」
「反省〜しろっ。」
学ばないアホ馴染みに愛の鞭。躾のためにババチョップ。
開いた掌の四指を締めて振り下ろす。
「いでっ。」
ふとまな板に置かれた愛狐の握り潰したタネを見ると、思いの外悪い形をしていない。
触ってみてもちゃんと空気が抜けていた。
「あーあ、今回は綺麗に作れると思ったのに。」
「――そう思ったんならまた練習しような。」
「……はーい。」
話しながら手を動かしている内に、フライパンに乗るだけの分は形作り終えた。
それを既に油の敷かれてあるフライパンに放り込んで火を着ける。
「……そろぼちかな。」
そう呟いたら2回から扉の開く音がした。
恐らく父さんが起きたのだろう。
「あ、シュウのお父さん起きたんじゃない?」
「みたいだな。」
……少し巻きで作るか。
空いているもう一つのコンロに、ハンバーグを作っている物とはまた別のフライパンを置く。
オリーブオイルをサッと敷いて先程刻んでおいたニンニクを投入する。
右のハンバーグを焼いているコンロは強火で焦げ目を着けて、左は弱火にして焦げないように配慮する。
違う調理を両側のコンロでこなす。
「改めて手際良いわねシュウ。」
「ハンバーグは焼いてひっくり返すだけだから、なんて事は無いよ。」
その肉が焼かれる音に紛れてリビングのドアが開く音がした。
「お帰り、父さん。」
「ただいま。…夕食を作ってくれているのか?」
「これくらいやるさ。父さんこそ帰って来て疲れてたのに、洗濯物取り込んでくれてありがと。」
「それくらいしないと家事に携われないだろ?いつも帰って来れば家事が済んでいて、ご飯もある。礼を言うのは私の方だ。」
――生真面目な父さんらしい、大人としての模範的な解答だな。
「そう言えば今日の昼頃…15:00くらいに近くの通りで交通事故があったらしいな。友達は大丈夫なのか?」
…そういえば帰りの道路が混んでいたな。あれはやはり事故が起きていた事が原因だったのか。
右ポケットからスマホを取り出すが何も通知は無い。
――少なくとも俺の知人でその事故に関わった奴はいなかったのだろう。
もしあれば真っ先に京悟辺りが連絡を寄越す。
「多分俺の知り合いで何かあった奴はいないよ。」
「そうか…なら良い。大きな事故でなければもっと良いが。」
「父さん真面目ですねー。家の中でくらいは肩の力抜かないと。」
これに関しては愛狐の言う通りだ…、と言いたいところだが仕方の無い事でもある。
連日警察として事件や事故に関わっていれば、身の回りのそれに対して嫌でも反応してしまうだろう。
父さんの誠実さに起因するところも含め、このリアクションはいたって平常運転だ。
――とはいえゆっくりとして欲しいのは俺も同じだ。
テレビを付けて、敢えてニュース番組のやっていないチャンネルに回しておく。
「そうだよ父さん。今は飯の準備が出来るまでゆっくりしてれば良いんだよ。」
「…そうだな。――そうかもな。」
「そうなんだよ。」
右のフライパンから良い音がしてきたので、ハンバーグをひっくり返して蓋をする。
そして強火から中火に下げておけば、後は出来上がるのを待つだけだ。
「あ〜もう良い匂い。シュウまだー?」
「うるせーやい。どこぞのあんぽんたんが俺の顔に肉塊ブシャーたせいで遅れたんだろうがい。」
「言い方〜。はいはい待ちますよー。」
ぶつくさ言いやがった愛狐のハンバーグに咽せるくらいの七味唐辛子を突っ込んでやろうか。
――やらないけど。
…今度は左の方から良い香りがしてきた。
そこへタッパーの中にある茹で汁と麺を注ぎ、ほんだしを少量入れてからかき混ぜる。乳化させてパスタソースにし、麺と絡ませるためだ。
「うぇ〜い良い匂い。もう出来上がりー?」
「まだ麺を突っ込んだだけだ。大人しく待ってろせっかちさんめ。」
「へーーい。」
…帰って来てすぐおやつでも与えておけば良かっただろうか。
なんだかペットが一匹増えているような気分だ。
「…ふっ。」
自然と笑みが溢れた。
「?何笑ってんのシュウ。」
「ホットドッグマンのコントを思い出し笑いしただけだよ。」
いつもは一人で静かなリビング。
時たま帰る父親と一緒なら、少しばかりの他愛の無い話で場が和む。
この二通りが俺の行くいつも通り。
そんな日常空間も京悟達が来たらクソが付くほどうるさい動物園と化す。
だが愛狐に父さん、この三人が一緒だとそのどれとも違う心地良さがある。
静かな時間も、けたたましくも楽しい空間も好きだが…。
「あははははは!レギュラー三つとハイオク二つって、個数制じゃないし混ぜれないでしょ〜!!」
「セルフサービスではこんな外人が出ないか心配…いや、そんな事する輩が車には乗らないか。」
「………。」
どこか抜けている幼馴染が番組にツッコミを入れて、そこへ父親がマジレスをする。
これが別に悪くはないんだが……。
―――なんかカオスだな。
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「「「いただきまーす。」」」
日本の習慣に倣い三人で手を合わせて、食事を始める挨拶を済ませる。
今夜は愛狐のリクエストしたハンバーグにペペロンチーノ、そして適当に盛り付けたサラダだ。
みんな思い思いの食べ物を口に運んでいく。
「あ〜美味しいー!シュウまじ天才ね。」
「うん。いつも通り…いや、それ以上に美味しいよ。塩っ気がこの前作って貰ったペペロンチーノとはまた違う様な気がする。」
「いいね父さん正解。塩胡椒をいつもより少なめにしてアンチョビを入れてみたんだ。旨みがよく出て味のパンチが強くなるんだ。」
「アンチョビってあのウニの色した明太子みたいな見た目のやつだよね?」
「例え方微妙いな…。でも良い線いってる。その明太子と同じ海産物のイワシを塩漬けにしてから発酵させたやつの事を、アンチョビっていうから。」
「「ほえ〜。」」
普段はどこか抜けている愛狐と常に背筋を伸ばしている紳士的な父さん。対称的とも言える二人がハモるところを見るのはなんだか珍しい。
「んむ!!ねえねえシュウ!このハンバーグ!中にチーズ入ってる!!」
「おお、それ当たりだよ。一個だけチーズインハンバーグ混ぜといたから。」
「良かったじゃないか愛狐さん。」
「やったー!!ラッキ〜。」
愛狐が楽しそうに口に頬張る様を、全征家族が微笑ましい子供を見守る眺める。
「むむっ。」
大きな一口を口へ運ぼうとすると、中から溢れたチーズが鼻の先に付いた。
――あざといのかただの天然なのか。
まあ後者の方だろう。
「おう愛狐、鼻に付いてんぞ。」
自分の鼻の先を指して伝えると、愛狐は口をパンパンに膨らませたリスのような顔をして頷く。
「ゆっくりと食べれば良いのに。誰も取らないよ。」
そう父さんが諭すように言って、愛狐はハンバーグを飲み込んで鼻の先をティッシュで拭く。
その様を横目に父さんは手を合わせて食事を済ませていた。
律儀な事に食器の位置もマナー通りに揃えてある。
「ご馳走様。いつもながら美味しかったよ秀之亮。」
「それはさっき何回も聞いたって。お粗末様でした。」
全征も愛狐もそれに合わせてさっさと残りの食事を口に運び切り、3人共に夕食を終える。
「「ごちそうさまでした。」」
全征は合掌をするとすぐさま立ち上がり、皆の食器を下げにかかる。
それを見て充も手伝おうとするが…、
「あー父さんはいいよいいよ。俺がやるからソファでゆっくりしてて。」
「いやいやこれ以上息子の甘える訳には……、」
トオオウルルンルンルルン。
――唐突に父さんの携帯がなった。
恐らく電話の通知だろう。その画面を見た父さんの目が険しくなった辺り、恐らく仕事関係の人から連絡が入ったのだろうか。
「すまない秀之亮、少し席を外す。」
「お構いなく。」
そう言って父さんはリビングから出ていき、その様を愛狐が目線で見送る。
……これで俺が全ての食器を下げられるな。
と言いたいところだが、今日帰ってきてすぐに仕事の連絡だとしたらあまり喜ばしくない。
父さんには今日くらい羽を伸ばしてゆっくりと過ごして欲しかった。
せっかく愛狐も居合わせていた機会だったから尚更だった。
「ねえシュウ、あれ仕事の電話かな?」
「さあ…。でもそれっぽいからちょい不安だな。」
なにせちょうどさっき近くで交通事故が起きていたのだ。付近にいる父さんに声が掛かる可能性はもちろんある。
……今日ばかりは避けて欲しかったものだが。
扉越しに父さんの声が微かに聞こえてくるが、内容はどうやら俺が予想していた内容とほぼ合致している。
「はあ……。」
つい溜め息が出てきたが、今一番吐きたいのは父さんの方だろう。
父さんの晩酌用に買ってきたつまみも用意してあったのに、それが不意になると思うと落胆せざるを得ない。
――仕方ないものは仕方ないと、割り切るべきなんだろう。
そう肩を落としているとリビングへと父さんが戻ってきた。
「……すまない秀之亮。今からーー、」
「いいよ父さん仕事だろ?因みにどこで?」
「あぁ、さっき少しだけ話していた交通事故のだ。あまり関係者ではない人間に話すべきではないのだが…どうやら事件性があるようらしくてな。増員を要求されたという訳だ。」
「へえ。」
事件性、というと車を運転していた側が特定の人物を狙って轢いてしまったとか…。逆に運転していた側の人が被害者で、車に細工を施されて事故の原因になり周りが巻き込まれてしまったのか……。
…そんな事は俺の考えることではないな。
ともあれ大きな事件で無い事を、そもそも事件ですらない事を祈ろう。
さっさと仕事を終わらせてまた帰って来てくれれば良い。
…それならば良い。
「着替えたらすぐに出発する。忙しなくてすまないな。」
「そう思うならちゃっちゃと済ませて来てよ。もちろん無理の無い範囲でね。」
「お父さん行ってらっしゃい〜。」
いや愛狐、お前の父さんじゃねえよ。
「ああ、愛狐さんは家が綺麗になるまでゆっくりしているといいよ。じゃあ、行ってきます。」
「いってらっしゃい。」
――リビングから出て行く父さんを見届ける。
それを片目に俺は黙々と食器を洗う。
全員分の皿とコップを洗い終える頃には玄関の扉が開く音がした。もう出て行ってしまったのだろう。
その音を聞き届けて5分もする頃には、調理に使っていたフライパン達も綺麗になっていた。
「……ふう。」
――溜め息を吐く程の事ではない。いつもの事だ。
家事も殆ど終わってしまっている。これだっていつもの事だ。
…こんないつもの事が、今はひどく気に掛かる。
部屋の中に代わり映えのしない観葉植物があるのと同じだ。
あっても無くても何も変わらない。
……寧ろ目障りに感じる。
その本質にすら嫌気がさすほどに。
“いつも通り”そのものが、
――今の俺には受け入れられなかった。
「よし、散歩でもするか。」
「――はい?」
急な提案に愛狐は首を傾げる。
「ちょっと外出てくるわ。風呂とか好きに入っといていいぞ。」
「それじゃあ私も一緒に行く。コンビニでアイス買ってこ。」
「アイスならあるぞ?」
冷凍庫の中には安定のバニラからチョコや抹茶、ストロベリーまで完備している。
「コンビニのお肉も食べたいの!」
「その倍美味いやつ作れるぞ?」
また洗い物が増えて面倒だが、手間が増える分だけ暇も減るなら願ったり叶ったりだ。
「コンビニのやつが食べたいの!!」
「じゃあコンビニ買ってこようか?」
「買えるか!」
「買える。」
「買えるんかい!」
まあ買える。
――ともあれ一人でぶらつくよりかは退屈しないだろう。
俺の家で愛狐を一人にして、風呂を沸かさせたりシャワーヘッドを握らせようものなら何が起こるか分かったものではない。
風呂からマグマが沸いたり、勢い余ってシャワーヘッドが弾丸の如く飛び出したって不思議ではない。
家具の一つを愛狐に握らせる事だって恐ろしい。
それこそ思いもよらない災いがシャワーの様に降り注ぐに決まっている。
「あのさあシュウ、まーーた失礼な事考えてるでしょ?」
「愛狐に風呂のスイッチを委ねて、帰宅したら家ん中が浸水したりしてたら嫌だなあと。。」
「むっきー!なんなのこいつ。私を家の壊し屋かなんかだと思ってるのかしら?」
「まさに今日ぶっ壊して来たとこだからな。わたくしぃ、怖くておやつの時間しか眠れませんわよおぉ〜。」
「んまあ失礼遊ばせちゃうわンね!おやつタ〜イムに眠れないならケーキの時間に寝れば宜しくってよ〜。ギロチンに掛けて首を詰めて差し上げましょうかしら〜!」
「んな物騒な事するお嬢がいるか。」
そう言って風呂の予約を21:00にセットしておく。
「そうだシュウ。間違っても気紛れで現場に行っちゃだめだよ。」
「どこの現場だよ。」
……恐らく父さんの向かった先の事を言っているのだろう。
「じ・こ・げ・ん・ば!!暇だから〜とか面白そうだから〜とかで見に行くとか無しだからね。」
「わーってるよ。ただの交通事故なら俺がでしゃばらなくてもすぐに解決するよ。手助けしに行くだけ焼石に水だっての。」
……いや。増員を要する以上、簡単にそうはならないかもしれない。
「そうだといいねえ。」
「まあ行こうとは思わないでもなかった。」
「思っとるやないかい。」
――それに愛狐を危険かもしれない事故現場に連れて行くような事なんてするものか。
行くとしても一人で父さんに許可を得てからかこっそりと実行する。
「思ってたけどやらねー。愛狐に言い当てられて萎えた。」
「ふん。私にバレるくらいなら皆にもバレちゃうからね。」
「間違いねえ。」
そう言ってから立ち上がり、ポケットへ財布を入れる。
「シュウ、鍵持った?」
「財布ん中に入っているよ。」
無くても合鍵がポストの中に隠してあるから問題無い。
――さて、
「…行くか。」
これから少しずつ挿絵を入れていきますので、そこもお楽しみ頂けたら幸いです。byつっつー