First Contact of the New World
「あ、テレビも駄目だ」
彼女はテレビの電源を入れた。
だが、そのテレビの電源を入れても、「電波が受信できません アンテナを確認してください」と表示されるだけだった。
新興国とされる
それが映らないとなれば、アンテナ角度を疑うところだったが、彼女は、そうではないだろうということを理解していた。
なぜなら、You TubeやGoogleなど、ワールドワイドのWebサービスに接続できないことを、既に知っていたからだ。
「どうなっているの……」
戸惑った顔で、彼女は自室を見渡した。
エクスプレッセスティ共和国(“Expressesti Republic of South-Southwest Africa”)。
アフリカ大陸南西部沿岸地帯に存在した、およそ189,000 km²の既存の国家の統治の空白地帯に建国された────
「女性と女性的性マイノリティだけの国」
────である。と言っても、外国人としての男性を排除しているわけではないが。
この土地は長く“禁忌の土地”だった。理由は、時折地面上に炎が突発する現象が起きることと、原住民である
だが、前者については、エクスプレッセスティの建国委員会がその原因を特定した。この国の地下にはかなり大規模なウェットガス田が存在し、その自噴によるものだった。ウェットガスとは、通常メタンが主成分で空気より軽い天然ガス(ドライガス)に対して、エタンを主成分とし、それに加えてプロパン、ブタン、イソブタンで大半を占める、空気より重いガスである。
後者は建国後に原因が判明した。フェチ族の居住地域を調べたところ、一般的な成人で年間130rad(SI単位系換算で約1.3Sv)の被曝量を受ける放射線が計測された。土壌や植物、岩石等を調査したが、他の線源による核種変換によって放射化した物質を除くと、自然由来の放射性物質は含まれておらず、結果、地中の深度に放射線源となる層があると推定された。このため、人権保護団体の批判を承知でフェチ族の強制移住が行われた。現在、その一帯の高放射線量地帯は国の厳重な管理下に置かれている。
ただ、当時のエクスプレッセスティ政府はフェチ族が従来の生活様式を保つことができるよう、保護区を建設したのだが、高放射線に晒されるせいで通常の男児の死亡率が高いフェチ族は、その代わり、やはりその為にその発生率が高い女性的な男性、現代的に言えば真性半陰陽やクラインフェルター症候群発症者を神格的に見る文化があり、それはエクスプレッセスティの国家理念に合致した。その為「上からの改革」ならぬ「下からの同化」で、フェチ族の方から他の一般国民のコミュニティに溶け込んでいく現象が起こった。人種的にはニグロイド系にしてはやや薄い褐色の肌をしていてわかりやすいが、様式としてのフェチ族の痕跡は、今は博物館で丁寧に保存されつつ展示される物となっている。
────閑話休題。ともあれ発見されたガス田を含む地下資源によって、エクスプレッセスティは建国後の資金に目処をつけて、成立した。日本の石油資源開発、INPEX(旧・国際石油開発帝石)、中華民国(台湾)の台湾中油に優先採掘権を与えて技術支援を受け、工業と現代的農業の定着を行った。後に軍事技術支援を受けるためにウクライナのNaftgazにも割り当てた。
まぁここまで解説すれば解ると思うが、女性と女性的性マイノリティだけで構成される国と言っても、先進国のフェミニストが描く理想郷でも、男性が思う妄想の世界でもなんでもない。工業、農業やインフラ維持など、肉体労働を厭わない女性によって成立している国だし、首都エムブラセクス(“Embracex”)の通勤時間帯などは日本の中古電車に押し込まれるという、「ただ、構成員が女性というだけの、どの国にもある光景」である。
何はともあれ、「女性と女性的性マイノリティだけの国」「衛生的で安全なフリーセックス社会の構築」を理念として建国された、エクスプレッセスティ共和国は、地球上に存在を許された。
────────その前日までは。
先程、自室でテレビをいじっていた女性、マコト・マリー・フクシマは、半導体製品製造企業、「クイックチップ セミコンダクタース」("QuickChip Semiconductors Ltd")の社員だった。朝は目覚まし時計に起こされ、単身者らしい朝食を採り、駅に行き、ラッシュ・アワーの
窓の外からヘリコプターのローター音がした。それは別に珍しいものではなかったが、そのヘリからスピーカーで音声が聞こえていた。
Ka-26An/D。エクスプレッセスティで多用されているヘリで、元はソ連のカモフ設計局が開発したレシプロ多用途ヘリのKa-26を、エンジンをRED A05航空用ディーゼルエンジンに変更して新たに生産された────ただしウクライナで────ものだ。低空を飛んでいるそれはエムブラセクス市の広報ヘリだった。
『現在、我が国全土は海外との連絡が非常な困難になっています。市民の皆様は、パニックにならずに、自宅で待機できる
その広報ヘリの内容を聞いて、一体何が起きているかいな、とパソコンを立ち上げるも、Googleで検索ができない。Twitterにもアクセスできない。You Tubeも無理だった。ただ、国内のニュースメディアのポータルサイトは接続できた。回線の不調かと思ったが、スマートフォンのWi-fiを切ってLTE波に切り替えても同じだった。
ちょうど、スマホをベッドに放り投げようとしたところで、そのスマホに着信があった。
「え、臨時休業ですか?」
会社からの電話だった。
『ええ、状況が状況ですし……政府からも不要不急外出自粛要請が出ているでしょ?』
電話の向こうの上司はそう答える。
「はい……たしかに、なにがなんだか……」
『うちの会社はそうすることにしたわ。だから、休みだからといって、フラフラしないよーに』
「あ、解りました」
マコトが上司に答え、それから、二、三やり取りをしてから、通話を切った。
それから、テレビを点けてみた。だが、
「あ、テレビも駄目だ」
と、冒頭の通り、放送を受信することはできなかった。
「どうなっているの……」
マコトは、そう言って戸惑った様子を見せた。
すると、エムブラセクス市の広報ヘリから、追加のメッセージが送られてきた。
『衛星テレビ放送は現在、停止しています。市民の皆さんは、ラジオを点け、市または政府からの発表を待ってください』
マコトは、少し疲れたような短いため息を
ただ、AMの国営放送内容はヘリと同じメッセージを繰り返していた。FMのローカル局に切り替えても、国営放送よりは、アップテンポのBGMも流れていてフランクだが、内容的には似たようなものだった。
「休みになったのはいいけど、喜んでばかりもいられないみたいね……」
そう呟いたとき、スマホに着信があった。大学在学時の友人だった。
「もしもし? サラ?」
『ああ繋がった。国内発行のSIMは大丈夫みたいね』
電話の向こうで、友人、サラ・ボロマが言った。
「国内発行のSIM?」
『ええ……マコトは出勤は?』
「臨時休業だって。こんな状態だから」
『そう……こっちも同じよ』
電話口の向こうのサラは、そう言った。サラは「シャープ・エクスプレッセスティ」の本部に勤めている。所在地はエクスプレッセスティ第二の都市であり、最大の港湾・工業都市、エナジポリス(“Enegipolis”)だ。
『ASUS・エクスプレッセスティも同じだそうよ……ただ、エネルガズムは通常通り出勤だったみたい』
「エネルガズム」(“Energasm”)はエタンガス田採掘・燃料加工を行う国営企業だ。
「まぁあそこはしょうがないんじゃない? 海外と連絡取れないんでしょ? あそこには海外のバイヤーもたくさん招待しているだろうし」
『まぁね。でもちょっと気になるところもあるのよね』
「気になるところ?」
『BFAは出勤だそうよ』
「え!」
BFA、「ブリュンヒルデ ファイアーアームズ」(“Brynhildr Fire Arms”)。第3セクターで運営されている、エクスプレッセスティ国内最大の軍産企業体だ。
マコトやサラの友人も、何人かが働いている。
「まさか戦争にでもなるってこと?」
『いきなりそうなる気はしないけど……ちょっと気になったから』
「うーん……まぁでも、私達が考えててもしょうがないんじゃない?」
『それもそうなんだけど、…………まぁ、そうね。ただ話を聞いてもらいたかっただけね』
一般人がこんな事を心配してもしょうがないのだが、日本ベッタリ台湾ベッタリのエクスプレッセスティに対して、周辺国は割りと親中国家が多いのは事実だ。エクスプレッセスティと中華人民共和国との国家間の関係は「最悪」の一言。そもそも、お互い承認していない。エクスプレッセスティが国連正式加入前から中華民国、つまり台湾と国交があるためだ。
「これからどうなっちゃうんだろう……」
サラとの通話を終えたマコトは、僅かな不安の混じった声で、そう呟いた。
まさか、自国がその程度の想像を超えた事態に置かれているとも知らずに。
「これじゃあ、我が国が島国になったみたいじゃない!」
新明和PS-2哨戒飛行艇。
日本製US-2の洋上・対潜哨戒型だ。エクスプレッセスティの国土は湿地帯が干上がった場所が多く、軟弱地盤で、大規模な空軍基地や国際空港に適した場所が少ない。
ガス田地帯だけは割りと地盤がしっかりしているが、過去に“天然のフレアリング”が発生していたことで解る通り、広い面積に基礎杭を打ち込むと、どっかからガスが噴出し、しかも空気より重いウェットガスなので拡散せず、一定量滞留したところで引火でもしたら愉快になることは目に見えている。
なので、自然と飛行艇天国になり、陸上でもSTOLとして運用できるUS-2飛行艇の様々な派生型が運用されている。
ただ、エクスプレッセスティ空軍の主力戦闘機がMiG-29とMiG-23であるため、整備ノウハウが東側型エンジンのものになっており、エンジンはロールスロイス AE2000Jに替えてイーウチェンコAI-20DMが搭載されている。エクスプレッセスティが受け入れている西側型のガスタービン系航空エンジンは
────閑話休題。
PS-2の乗員が見たものは、本来大陸に位置しているはずの自国が、まるで切り取られたかのような状態で海上に存在していることだった。
「南方……少なくとも磁気方位で南方に陸地が見えるな、少し探ってみようか」
「賛成します」
操縦桿を握っている機長、ジェシカ・ウィルソン大尉がそう言うと、他の乗員も同意した。
その大地は、一面の緑地のように、最初は見えた。
「緑地帯の大陸か……無人なのかな? 大きな建造物は見えないようだけど……」
ジェシカ機長はそう言いつつ、
「緩降下、高度7,200ft」
と、乗員に告げてから、機体を降下させた。
「アッ!」
司令部へ送るための偵察写真を取ろうとしていた偵察員が、それに気付いた。
「人工物あります! それなりの規模の都市のようです。緑地の一部は畑です!!」
「え、じゃあ領空侵犯しちゃったってこと?」
副操縦士がそう言った。
「参ったわね、これで帰ったらお説教だわ……」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょう」
ジェシカの言葉に、偵察員が苦笑交じりにそう言い返した、その直後────
「右側方! 不明の飛翔体────いえ、あれは!」
一瞬、そちらを見られる乗員が皆、それを見ようとした。
「ドラゴン……?」
PS-2に並走する形で空を飛ぶそれは、現代地球では想像上の生物となったもの、それに見えた。
「あ、不味い……」
最初にそれを発見した乗員が、そのことにも気付く。
「人が乗っています! それに、防具の類を着けています!」
「軍隊か、ならず者か……どちらにしても振り切った方がいいようね。上昇、26,000ft。離脱する!」
ジェシカはそう言いながら、スロットルを全開にする。
イーウチェンコAI-20DMエンジンが甲高い咆哮を上げた。
1人の、おそらく黒髪の女性兵士が、地上の城塞から弓を射掛けたが、もとよりPS-2に届くわけもなく。
PS-2は、生物が呼吸の補助なく生存できる高度を越えて、海上へと逃れていった。
「
クワ・トイネ公国軍の女性弓兵、イーネは、
「戦意はない、と言うのか?」
これが、地球史上最大のネタ国家と呼ばれたフェミニン国家・エクスプレッセスティ共和国と、クワ・トイネ公国のファースト・コンタクトだった。