────クワ・トイネ エクスプレッセスティ視察団来訪2日目の夜。
エムブラセクス 総統府 総統執務室。
机の上にはWindowsタブレットに、さらにミニタワー型のパソコンのディスプレイまで置かれている。しかも、ミニタワー機の方は正面に19インチスクエア型、左に18.5インチワイド型、右に7インチミニ、と3つのディスプレイがある。
ポーン、とコール音がなり、そのうちのひとつ、7インチのモニターに、バストアップの人物が映し出された。
『遅い時間にすみません、総統』
「いいえ、まだ決済待ちがありましたから。なにか?」
実年齢36歳でありながら10代でも通そうと思えば押し通せるほどの年齢不詳なエミリアに対して、モニターに映し出された人物は、熟年美女のハンナ・テイラー外務省長官だった。
『クワ・トイネ交渉責任者のマリア・ロドリゲス外交官から、クワ・トイネが軍事援助を必要としているとのことです』
ハンナ外相からそう聞かされ、エミリアは僅かに表情を歪める。
「軍事援助とは、穏やかではありませんが、切迫した理由が?」
『はい。ロウリア王国に、クワ・トイネ侵攻の兆候があるとのことです』
感情の表現を最低限にしたやりとりが交わされる。
「我が国が介入することで、平和的解決の可能性は?」
『極めて低い可能性だと考えられます』
「なぜ?」
『ロウリアの戦争目的が単なる領土的野心だけではなく、エルフや獣人などの排除……つまり、民族浄化を含んでいる為との事です』
その単語を聞かされ、エミリアは一瞬、かなり表情を歪めた。
「それはクワ・トイネの視察団要員からの情報のみ、ですか?」
『直接的には。しかし、ロウリアは我が方の使節を無礼と言って退けており、その他の調査も合わせて、排他的かつ覇権国家的振る舞いをする国だと、外務省では認識しております』
「なるほど。それならば、備えが必要かもしれませんね。しかし、どれほどの援助が必要となりますか?」
『マリア外交官からは、クワ・トイネからは戦闘機などの重武装の供与を求められたとのことですが、ロウリア軍は数の上でクワ・トイネ軍を圧倒するものの、軍事技術の水準は大差がないと』
「なるほど。それであれば、特別に整備・補給設備を必要としない程度の支援で、侵攻を断念させるには充分かもしれませんね」
エミリアは、そう言ってから僅かに逡巡した様子を見せた後、
「正式な国交樹立と交易合意はまだですが……ジェノサイドがあり得るとなると、それから準備しては手遅れになりそうですね」
と、言った。
「解りました。国交成立を前提に、議会に提出する許認可決議案の作成に取りかかってください」
『了解しました』
ほぼ同じ頃────エクスプレッセスティ外務省 世界転移外交対策室。
「クワ・トイネの軍事支援の件は総統マターとなりました。国交、交易の交渉は予定通り継続してください」
チャウ・アシュリー・ゴック外務副次官が、そう告げた。
「次に、クイラ王国の調査について報告をお願いします」
「はい」
チャウ副次官が促すと、ザリナ・オリビア・ハイダリ クイラ王国担当外務官が、ラップトップパソコンを操作する。
所謂ノートパソコンではない。本体一体型のキーボードを持ち、ディスプレイを折りたたむことができる可搬型だが、バッテリー駆動能力はなく、小さめのトランクほどの大きさをしている。代わりに、空き状態の3.5インチフロントベイと、PCI-Express x1、Legacy PCI、それぞれ1つずつのスロットが用意されている。
ソーニャが写真を、Acer製高輝度液晶プロジェクターでスクリーンに投影された画面に表示させる。
「これは……油井?」
「はい」
別の外務員が怪訝そうに言った言葉に、ザリナが淡白な返事をした。
表示された画像には、かなりの望遠レンズを使っているためにあまり鮮明ではないが、水飲み鳥のようなポンプユニットが点在していることが見て取れた。
「砂漠地帯で、時折石油の自噴が確認されるようです。クイラの外交官の話では、クイラ自身は可燃性の液体以上の認識がないようでした」
「しかし、ポンプユニットがあるということは?」
「はい。クイラから石油の掘削権を貰っている国があります」
先程の外務員の問いかけのような言葉に、ザリナが即答する。
「ロデニウス大陸には、産業革命が起きている国がなかったはずよね?」
「クイラのさらに南東側、シルカーク王国については、まだ存在以外はっきりとした情報が取れていませんが、おそらくそう考えてよいでしょう」
チャウの問いかけに、ザリナはそちらに顔を向けて、そう答えた。
「だけど、このポンプユニットはどう考えても、近代以降のものだわ」
「この油井の掘削権を持っている国は判明しています。ムー国です」
チャウがプロジェクター画面の方を覗き込むようにしてそう言うと、機先を制するかのように、ザリナがそこまで答えた。
「ムー国って……地球で幻の大陸と言われていた?」
先程の外務間が、問いかけるように言った。
「そこまでは解りませんが、クイラから聞き取れる情報によりますと────」
ザリナは、そう言いながら、マウスとキーボードを操作する。
クイラでのムーに関する聞き取り文書が、ムーの推定位置の絵図とともにプロジェクター画面に表示された。
「位置的には我が国の現在地から、かなり西方に離れています」
「なるほど」
「それと、地球同様、科学による近代産業技術を持っていると推定されます。ただ、他国の感覚からすると、かなり異質のものではあるようです」
「つまり、機械技術による産業革命、というわけね……」
ザリナの報告に、チャウは難しそうな表情をした。
「それで、クイラの石油採掘権は、そのムーの独占状態なの?」
「いえ、それなりの規模ではありますが、独占状態ではないようです」
「それは有り難いわ……我が国にも交渉の余地があるということね」
以前少し述べたが、天然ガス田の付近には油田が見つかることが多いが、エクスプレッセスティのウェットガス田の周囲には、一応採掘可能な油田が存在するものの、その量はかなり限定的で、特に高度経済成長が進んだ現在では、自国消費分を賄えず、外国から石油を輸入していた。
ただ、それ以上に西側先進国を中心に自国産ウェットガスを原料とする燃料やその他の製品を供給していたため、OPECの思惑にはあまり振り回されにくかった。
特に、中東とは深い関係とは言えないベネズエラなど、OPECへの報告外の、所謂“密輸”をやっていた程である。ただ、隣国ガイアナに “火事場泥棒” しようとしたため、2023年に公的な分も含めて禁輸されたていたが。
この為、転移後のこの世界でも、なんとか石油の入手元を、国内備蓄が尽きる前に見つける必要があった。
「我が国自身は、エネルギー資源はほぼ自給できるから、そこまで派手にぶつかることはないと思うけど……むしろ、売ってくれと言うなら、買ってほしいわね」
「まずは正確な所在地の確認と、その後の国交に関する交渉が必要ですね」
ソフィアが言うと、ザリナは何処か淡々としつつも、同意するようにそう言った。
「所在地の確認は国防省に協力を打診するとして……外交交渉に関しては、ナディア、あなたを任命していいかしら?」
「あ、はい」
先程から、ザリナの報告に反応していた、若い外務官がそう言った。フルネームはナディア・デイヴィスという。
「O.K. あとで正式な辞令を発行するわ。と言っても、軍からの回答がないと、まだ始められることはないでしょうけど……」
「いえ、クイラへ飛んで、情報収集してみます」
ソフィアの言葉に、表情を引き締めたナディアが、そう言った。
「そうね。分かったわ。随員も手配するから、その方向で準備を初めて頂戴」
「了解しました」
────翌日。
エクスプレッセスティ外務省、国賓用貴賓館。
その第1会議場で、クワ・トイネの外務官であるヤゴウと、そのクワ・トイネとの交渉をするマリアとが、向かい合って座っている。
所謂実務者間協議だ。
ヤゴウの隣には当然、ハンキが座っているが、外務官同士の協議ということで、この場ではヤゴウの随員ということになる。
ここで、エクスプレッセスティ側がクワ・トイネに求めているものを公開した。
「────我が国は転移前、海外より年間約2,410万トンの食料を輸入していました。我が国の直近の食料自給率はカロリーベースにおいておよそ78%と高い方ではありますが、性急な現代農業の定着化のため、生産品目の多様性に乏しいという欠点があります」
元々湿地帯だった土地が多いせいで、特に多雨多湿に強いとは言えないナス科などは、紫じゃがいも以外は市場流通を前提とした耕作が行われていないのが現状だ。じゃがいもにしても、ある程度はたくましく育つところへ加えて、日本から『タワラヨーデル』という品種を供給してもらい、成立している。
また、元々がアフリカということで勘違いを生みやすいかもしれないが、エクスプレッセスティは比較的高緯度に位置しており、日本と同じ温帯の国で、南半球であるために日本とは四季が半年ずれているだけだ。なんならプラ連山系やその山麓地帯ではほぼ毎年降雪が記録される。
この為エクスプレッセスティの主要な生産穀物は米である。逆に、水はけの良さが求められる麦の生産量は限られており、消費量のほとんどを輸入に頼っていた。
変わったところでは、プラ連山系の山麓地域に苺の生産地帯がある。主な生産品種は『サマーエンジェル』。苺の本格栽培が開始された頃の、日本で開発された最新の四季成り苺だった。当然
────閑話休題。
「そこで、我々はクワ・トイネ公国に、小麦を中心に、農産物の輸入を求めています。より具体的な品目は、お手本の資料にありますので、御覧ください」
マリアに促され、ヤゴウは、すでに一度目を通していた資料の、当該の部分を再確認した。
「そうですね……正直、品目の多さに戸惑っています。カカオ豆とか聞いたこともありませんし……」
そこまでは、何処か戸惑った様子も見せていたヤゴウだったが、そこからは一転、自信有りげな表情になり、口元に笑みを浮かべる。
「しかし、それらを除く、あるいは代替品で良いのであれば、2,410万トン、我が国だけで賄えますよ!」
「!」
マリア達、エクスプレッセスティ側の外務省職員が色めき立つ。
「ただし!」
それを制するかのように、ヤゴウは手を振って、声を上げた。
「ただしです……これほどの量を定期的に運び出す設備を、我がクワ・トイネは持ち合わせておりません」
いくらか落ち着いた様子になって、ヤゴウはそう言った。
「発言、宜しいでしょうか?」
そう言って、エクスプレッセスティ側の参加者が、手を上げた。
「宜しいですか?」
「はい、お願いします」
マリアがヤゴウに問いかけると、ヤゴウは促すように言った。
「私は内務省交通局統括部のレベッカ・デイビスです。ちょうど我が国は、転移前に日本から中古のDD51形、DE10形ディーゼル機関車を購入し、より旧型ではありますが、稼働可能な従来のDD13形ディーゼル機関車に、かなりの余剰が発生しています。軌道敷設技術などはありますし、貨車に関しては我が国でも製造可能です。そこで、これを活用して、クワ・トイネへの鉄道敷設支援を提案しますが、外務省としては如何でしょうか」
「そうですね……」
マリアは、ほんの少しだけ逡巡した後、ヤゴウに笑顔を向けた。
「我が国が支援する形で、鉄道、及び自動車用道路の敷設、また港湾施設の整備を行うことを、貴国側に、我が国として提案しますが、如何でしょうか?」
「そのかかった経費に関しては、どうなりますかな?」
ヤゴウはすでに色めき立ち始めていたが、ハンキが横からエクスプレッセスティ側に問いかけた。
「それについては、我が国が極低金利で貸付を行います。完全な贈与ではなく、少額ずつ返済して頂く形になりますが、貴国側に負担にならないよう、我が国で最大限配慮し、調整致します。如何でしょうか?」
「そ、それは、是非もありません! お願い致します!」
ヤゴウが言う。ハンキも表情を輝かせた。
────クワ・トイネの夜明けだ!!