「うぉ!」
車窓を見ていたフィアームは、その瞬間、驚愕の声を上げてしまった。
窓を挟んで元鼻の先、車体との僅かな隙間の向こうを、銀色の物体が後ろに去っていく。 ── ──実際にはこちらが高速で前に進んでいる。
エナジポリス都市圏の通勤電車、都市型ワンマン用の、3DR131系・3DR135系の4両編成が駅に停車しているところを、『ラヴィサンセクス』14号は130km/h超で追い越していく。
西中央本線は、最初から準高速鉄道として建設されたため、特急・急行停車駅以外は、待避線構造になっている分岐側にホームが設置されていて、優等列車は速度制限のない本線側を使って通過する。
「に、200km/hに至らない速度でも、感覚はこうなるのか……」
フィアームは胸元を押さえてしまいつつ、その衝撃を口に出して呟いた。
「ライドルカ、君は平気なのか……」
「え?」
ライドルカとしては、唐突に声をかけられたと認識して、マルチエンターテイメント端末を興味深そうに操作していたのを中断し、フィアームの方を見た。
「どうかしたんですか?」
「い、いや、何でもない……」
ライドルカの問いかけに、フィアームは少し気まずそうな様子で誤魔化した。
「さて、と」
ライドルカがそう言って、リクライニングソファの座席から立ち上がった。
「ちょっと、カフェカーに行ってみます。小腹も空きましたし」
「確かに昼食を摂っていなかったな……」
ライドルカの言葉に、フィアームは、そう言いつつも、
──私は驚きすぎて胸がいっぱいだが……
と、言外に付け加えた。
「だが、この車両の乗客は、軽食の注文は……アテンダントが運んでくれると、プラム外交官は言っていたが……」
フィアームは不思議そうにしつつ、ライドルカに訊ねた。
基本はマルチエンターテイメント端末からメニューを直接選んで、アテンダントが運んできてくれるが、タッチスクリーン端末の操作に慣れない乗客の場合、ホーム画面に大きく表示されたアテンダントコールボタンをタップすればアテンダントが対応してくれる。
「調査の一環ですよ」
ライドルカは、悪戯っぽく笑ってそう言った。
「そうか」
フィアームは、そう言いつつ自分も立ち上がりかけた。
「フィアームさんも来られますか?」
「いや。別件だ」
ライドルカが、キョトン、としかけたような表情でフィアームに問いかけると、フィアームは、やり返すように苦笑しながら、言う。
「花を摘みにだよ」
「プレジャーパイプ駅接近」
エクスプレッセスティらしい扇情的なデザインの制服に身を包みつつも、真摯な眼差しで前方を注視しつつ、声に出して確認する。そして、左手を、マスコンレバーを“切”にしてから、交直切替スイッチに手を伸ばす。
運転台は、オリジナルのJR西日本681系の運転台とほぼ同様のレイアウトだが、速度計だけひと回り大きくなっている。
置かれている懐中時計の秒針が、時間を刻む。
「進行現示確認」
5灯式信号機が青を表示している事を確認する。そしてその信号機には、「ATS終わり」と書かれた標識が添えられていた。
プレジャーパイプ駅までは直流1,500V、そこから東側、エムブラセクス近郊のプレポイント駅まで、交流20kV/60Hzになる。
プレジャーパイプ駅は複線の軌道の間が広くとられ、下り方(エナジポリス側)からしか進入できない直流ホームと、上り方(エムブラセクス側)からしか入れない交流ホームがあり、最外側2線が直通列車用ホームで、その上り方に交直デットセクションがある。
黄色の点滅灯が添えられた「切替」の文字の標識が近づく。
「切替」
声に出して点呼しながら、交直切替スイッチを「直流」から「交流」に倒す。
一旦、列車の電気回路が全て停止する。制御用と照明用のみバッテリーで供給が続く。冷房シーズンであれば冷房機が停止するので乗客にもすぐ解るが、この時期は乗客にはあまり影響がない。
交互に点滅する赤と黄色の点滅灯と共に、「ATCここから」という標識が運転士の視界に捉えられる。
パンタグラフからの母線に交流を検出したユニットから、電気回路が再投入される。
それと同時に、速度計の、ゲージの内周に15km/h刻みの数字の表示が点灯し、
「ATC入確認」
と、運転手が点呼する。
160km/h運転開始と同時に、交流区間は
ちょうど電気方式別に切り分けられたため、常用時は交直切替と
運転士は、全ユニットが交流に切り替わったのを確認してから、マスコンハンドルを慎重に操作して、力行に投入する。 ────
──今、少し減速したな……
カフェカーで、軽食を注文し、待っていたライドルカは、言葉に出さずにそう言った。
動揺自体は明らかに感じられたが、物が勝手に移動する程のものではない。
ライドルカがそれを確認したとき、『ラヴィサンセクス』14号は、ちょうどプレジャーパイプ駅のホームを通過しているところだった。
ホームの反対側に、ステンレス車体にレモンイエローの帯を巻いた、ワンマン対応の変則3扉(前後は片開き、中央扉のみ両開き。オフピーク時のワンマン運転時は中央扉を閉め切る)となっている3DR805系、交流用近郊型電車が停車している。
同じく現用の3DR807系共々、日本出身者のエクスプレッセスティ国民や日本人旅行者から「アフリカのジェットカー」と呼ばれたこの2形式は、681系と同時に導入された。
足回りは3DR805系が元・日本国鉄103系(MT55型主電動機)、3DR807系が同じく113系、115系(MT54型主電動機)なのだが、駅間で681系から
本家阪神ジェットカーと比べた場合、やや高速寄りのセッティングで、どちらかと言うと関東のカッ飛ばし屋・京浜急行に近い。
ちなみに言うと、これの調達費用が直流区間の保安装置変更断念にも繋がっていたりする。
────閑話休題。
駅のホームを通過して、2本の軌道が3組、走っている短い区間を走る。
──線路が3本ある理由が気になる……
そう興味を惹かれたライドルカだったが、今まさに、自身が乗っている列車が、交直デッドセクションを通過している事を、知ることはできなかった。
交流専用の
カフェ室内に設置された乗客向けの速度計が、一度95km/hあたりまで落ちていたのが、110km/hを超えてさらに上昇していく。
──今度は加速……駅の構内を出たから再加速したと言うことは解るけど、これだけ動揺を感じさせないで加減速できるのも、かなり高度な技術を持っていると感じられる……
ライドルカは、そんなもん存在しない技術を感じて、胸中で感服と憔悴を勝手に感じていた ──── ────
────────いや、技術という単語を使うのであれば、その範疇には含められる。
ただ車両の技術ではなく、操る人間、運転士の技術、所謂“職人芸”だ。
VVVFインバータ制御はなめらかな加速も特徴のひとつだが、だからといっていきなり
なので、特急列車の運転士は繊細なマスコン操作・ブレーキ操作を要求される。
しかも、通勤電車の乗組だと、逆にダイヤ維持のために、ある程度の急加速・急減速をする方が望まれる。ラッシュアワーなど過荷重で「停まりきれない!」と、ブレーキを非常制動まで使ってしまってしばらく空気圧縮機がゴンゴンゴンゴン回りっぱなしになったりする。特急乗務になる運転士はこのクセを
このあたりと、日本の旧型車が多い(しかも国鉄だの西武だの相鉄だの保守的なところから来たのが多い)事もあって、エクスプレッセスティは国内製の新車・部品転用車も加速用のマスコンレバーとブレーキレバーが独立している形態を採用している。日本では関西圏で採用しているところが多い。
運転士は速度計を一瞬確認した後、そっとマスコンレバーを操作する。
「ん……? 何だこれは……」
「えっ、ちょっ、何……吸い付く!?」
「やっ、ひッ!? はっ、ひぃッ!? これっ、水!? ブラシ!?」
「だめっ、磨いちゃダメ!! お豆優しく磨いちゃらめッ!!」
「あひぃいぃぃぃぃっ!!!!」
「お待たせしました。ル・ブリアス風タコス、ミートソースと、ポテト、それとドクターペッパーですね」
「あ、はい」
カフェカーで、ライドルカは注文を受け取る。小さめの紙製の、カゴのように深いトレイに載せられている。
『ラヴィサンセクス』のカフェカーも、供食はニッポンハム・エクスプレッセスティ・ダイナーサービス。
なぜカフェカーだけ旧型車改造になっているのかと言うと、旧型車時代、日本の中古寝台車をカフェカーに改造する際、改造費用の一部をここが負担している関係で、資産としての車両の権利を持っていた為に、国鉄だけの事情で処分できなかったからだ。
──カフェ……というよりは軽食メインのビュッフェのような雰囲気だな。
トレイを手に持ちながら、ライドルカは、車内の様子を再度見回してから、声に出さずに呟いた。
ライドルカはそれを知らないが、カフェというよりはファーストフード店の装いだ。
意外な事にエクスプレッセスティにはマクドナルドが上陸しておらず、ニッポンハム・エクスプレッセスティ・ダイナーサービスの『ハンバーガー・ファン』がほぼ寡占している。
カフェカーの編成位置がここである理由は、ライドルカにもすぐ理解できた。
現在の位置関係でカフェカーより後ろにある全車は特等・1等・2等とも全車指定席だが、先頭車両は自由席になっている。
つまり、自由席の乗客が、不用意に1等車・特等車に入らないように、ここで編成を仕切っているわけだ。
──あけっぴろげで自由な国だと思っていたけど、そのあたりはやっぱり気にするのか。
自室にたどり着いたライドルカは、そう思いつつ、ドクターペッパーをひと啜りする。
「!?!?」
不思議な味がした。強烈だが、不味くはない。ただ、人を選びそうだなとは思った。
そんな事を考えていると、
「どうしたんですか? フィアームさん」
「……………………スゴかった」
ライドルカの言葉に、フィアームはそうとだけ答えた。
「おっと」
列車は既に、エムブラセクス近郊の直流区間に入っている。
同じ101系でも国鉄の101系が掲げていたような、『 特別快速 』の大型サボを掲げた、レモンイエローの元
サボというのは、日本の鉄道で、電動ロール幕やLED表示器が一般化する前、手交換の行先・種別表記の板の事を「サービス・ボード」の略称として使っていた。 …………が、このサービス・ボードという言葉が和製英語臭かったりする。
で、なんで101
同時に、18m車の台車を京阪の廃車発生品のKS63系・KS76系エコノミカル台車を1,067mm軌間用に組み直したものと交換し、軽量化を図っている。
「安全だと解っていても、一瞬驚いてしまいますなぁ」
ベルーノは、苦笑しながら向かいにいるマリナにそう言った。
「そうですね。160km/h運転が始まった時は、結構そう感じられる人も居られましたよ」
「御国の方でもですか?」
マリナの言葉に、ベルーノは意外そうにそう言った。
ちなみに、プラムは、4人とは別に、隣の開放1等座席に乗っている。
「ええ、120km/hあたりまではそうでもないんですが、130km/h以上になると、一気に速くなったと感じるようです」
「なるほど……」
ベルーノはそう言いつつ、車窓の外を眺める。
摩天楼、そう形容して差し支えないだろう超高層のビルが、何棟も建っている。
建物の規模で言えば、ムーのオタハイトもこれぐらいのはずだが、雰囲気が違っている。なんというか、ムーをベースに
「あれは……」
既に薄暮の空に向かって主張するかのように、まだ遠目に見えるエムブラセクス中央駅近くの派手な電光看板が、ベルーノの目に入ってきた。
「ええと……さ、さすが御国の繁華街ですな! 実にきらびやかだ!」
ベルーノは、敢えて当たり障りのない単語を選んで、マリナにそう言った。
「すみません、あっちがオフィス街なんです……」
「い゙…………」
気まずそうな表情のマリナの答えを聞いて、ベルーノも一瞬言葉を詰まらせてしまった。
だぁあぁぁぁーいぶ前に説明したが西中央本線と東中央本線で南北に仕切られ、南側が売春地区を含めた繁華街、北側が南側の過密を避けて立てられた商業街なのだが、エクスプレッセスティでは「衛生的で安全な売春」の為の法規制の強さのためにわりと清潔感を重視しているのに対し、北口側のオフィスビルは国営企業、国策企業に加えて、日本発の企業までビカビカ電光看板を掲げていて、イメージが逆転してしまうのである。
そんな事をやっている間にも、帰宅時間帯の10両の301系編成と何度もすれ違い、或いは駅に待避している編成を数本追い越した。
「一般列車と優等列車がこれだけの本数詰まっていながら、それを捌くのも……いや、それこそが、ただ高速を出すよりも、より高度な技術なのか……」
ライドルカが、呟くようにそう言うと、
「信じられん」
と、フィアームが
「魔法を使わずに、ここまでの技術を実現できるだと……」
ピィイィィィーッ!!
電気笛ではなく、日本国鉄のベストセラー空気笛AW2を甲高く鳴らしながら、『ラヴィサンセクス』14号はエムブラセクス中央駅に向かって減速を始めた。
エクスプレッセスティ共和国・
https://twitter.com/kaonohito2/status/1796988051119571036
(2024/06/02-JST基準版)
しかし鉄道回は薀蓄回になってしまっていつも申し訳ない(汗
あとフィアームさんがエジキになったのはだいたいぴょんすけうさぎ氏のせい(何
評価や感想など、具体的な反応があれば、続きを書くことがはかどります。TwitterでもOK。
https://twitter.com/kaonohito2
独自の種族(亜人)やその国家を登場させるのは……
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あり
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なし
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そんなことよりカツ丼定食