フェミニン国家召喚   作:神谷萌

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列強一位の体面 Part.IV

 エムブラセクス中央駅、7番線。『ラヴィサンセクス』専用ホーム。

『エムブラセクス中央駅、終点、エムブラセクス中央駅です。お降りのお客様は、お忘れ物のないよう、今一度お手周りをお確かめください。本日はエクスプレッセスティ国有鉄道をご利用頂き、誠にありがとうございました』

「本当に正確に到着してるな……」

 特等個室の通路側に出た時、車窓越しにホームのデジタル表示の時計が見えた。その示している時刻を見て、ライドルカが呟いた。

 時計はホームの発着案内の間にあり、時計の下部に “CASIO” と書かれている。

 日本の時計の最高峰と言えばセイコーで、鉄道時計も多くがそうだが(ただし、日本国有鉄道時代は公共企業体として1社独占にするわけには行かなかったので、シチズンやカシオも担当していた)、エクスプレッセスティでは、時計部門を持つ日本企業としては電子機器工場・地域販売拠点として最初に上陸したカシオが指定を受けた。

 駅の時計はそうでもないが、乗務員の携帯する懐中時計などは、高精度が求められる為に、エクスプレッセスティ国内製ではなく、山形工場で製造されていた。

 黒地に白字の文字盤に“ExR”のロゴが入っているこの時計は、一般向けに「CASIO ExR Model」として世界限定発売された事がある。世界中で転売ヤーが出て問題になった。

 ────閑話休題。

 ピロロロリン♪

『お待たせしました。8番線に特別急行「ツォボフロウ」9号 ミズポワーベルク行が入線いたします。白線の内側に下がってお待ち下さい』

 放送とともに、ホームのエナジポリス側から、ユニティパーク線を通ってきた、増結編成付のキハ181系・9両編成が、エンジンの音を静かに響かせながら、ゆっくりと入線してきた。

「この車両は、『ラヴィサンセクス』号とはだいぶ異なるようですね?」

「はい。『ラヴィサンセクス』の681系は電車ですが、東中央本線の『ツォボフロウ』『ツォボトレイサー』のキハ181系は気動車、内燃動力車ですね」

 ベルーノの問いに、マリナが笑顔で答えた。

「内燃動力と言うと、ムーの往復熱機関と似たようなものですか?」

「似ていると言うか、そのまんまですね。進化系です」

 ベルーノが重ねて問いかけると、マリナは苦笑しながらそう言った。

「電車にはエネルギーを、外部で発電した電力というかたちで、架線、パンタグラフを介して、走行しながら取り入れるため、自車にエネルギー源を抱えていないために、特に重量の面で有利で、高速走行にも向いているとされています。それに対して、本来内燃動力車は、電気設備が不要という点が最大の利点で、走行性能は劣るとされるのですが、このキハ181系は、今から約60年前、当時の同用途の電車と同等以上の性能を目標にして、日本で開発されたのです」

「ろ、60年前!?」

 驚愕の声を上げたのは、フィアームだった。

「…………と、言う事は、この車両は……」

 ベルーノはちらりとフィアームを見た後、マリナに質問する。

「はい。日本から購入した中古車両です。変速機とエンジンを改修していますが……」

「先程、60年前の電車と同等の性能を目指してつくられたと言っていましたが、最高速度はどれぐらいですか?」

「営業最高速度は120km/hですね」

「それは、改修の結果ですか?」

「いいえ。性能の額面は大きく変えていません。燃料の効率化や排気ガスの煤の抑制などに重きをおいています」

「ひゃ、120km/h……60年前の技術で120km/h……」

 マリナとの会話を聞いては、いちいち驚きの声を上げるフィアームに、ベルーノは気まずそうに苦笑した。

「皆さん、ご足労をおかけしますが、北口改札口まで移動お願いします」

 プラムが声を張り上げるようにし、5人、それに“ミリシアルからの進呈品”とされた箱を運ぶポーターが、改札に向かって移動し始めた。

「……そう言えば、エスカレーターは驚かれないんですね? ……あ、失礼」

 逆に、マリナがベルーノに質問し、途中で失言だったと思って謝罪の言葉を口にした。

「いえ、大丈夫です。そうですね、ここほど大規模に設置されている場所はないですが、ルーンポリスにはいくつかあります」

 ベルーノは苦笑交じりに、そう答えた。

「か、改札も機械仕掛けなのか!?」

 コンコースの歩道橋を降り、北口中央改札まで来た時、ズラッと並んだ自動改札機と、そこを出入りする無数の利用者の流れを見て、フィアームは驚愕の声を上げた。

 実際、自動改札はミリシアルにもある。だが、域内交通で、料金形態がシンプルなものだけだ。ここはエクスプレッセスティ国鉄の中枢でもある、270万人都市エムブラセクスのターミナルである。

「紙の切符ではないものを使っている方が多いようですね」

 ライドルカが、観察してそう言った。

 出入りしている利用客が、改札を通過する際に、紙の切符とは異質な何かを、改札機にかざしたり、改札機に通したりしている。

「はい。えーっと……大雑把に説明しますと、先に課金をしておき、その課金された情報を、カードに記録された情報から呼び出して、乗車運賃を差し引いている、というものです」

「うまく想像できませんが……」

「御興味があるようでしたら、また後ほど詳細に説明します」

 ライドルカの言葉に、プラムが苦笑交じりにそう答えた。

 ──記録された情報を瞬時に呼び出して、運賃を差し引くということは……

 それを聞いていたベルーノは、言葉には出さずに振り返り、“進呈品”の箱を見て、苦い顔をした。

 改札を出ると、その正面に、エクスプレッセスティの外務省員とSPがスペースを確保し、そこにエミリア・ハートリー総統と、ハンナ・テイラー外務省長官が、SP、秘書官とともに立っている。

「ようこそエムブラセクスへ。国家元首総統を務めさせていただいております、エミリア・ハートリーと申します。こちらは外務省長官のハンナ・テイラー」

「ハンナです。よろしくお願いします」

「ミリシアル外務省から来ました、フィアームです」

 そう挨拶を交わし、フィアームはまずエミリアと、続いてハンナと握手を交わした。

「こちらは、情報局のライドルカ」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 フィアームが紹介すると、ライドルカと、エミリア、ハンナが挨拶しながら握手を交わす。

「それと、技術研究開発局のベルーノです」

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 同じように、ベルーノと、エミリア、ハンナが挨拶と握手を交わした。

「しかし、流石はエモール王国が認め、パーパルディア皇国を(くだ)した国だけのことはありますな。首都も我が帝都ルーンポリスに引けを取らない」

 フィアームに若干慇懃無礼な態度が出てきはじめたが、エミリアもハンナも、それにプラムとマリナも、表情を引きつらせていた。

 笑いを堪えていたのだが、別の意味に取ったフィアームは、ポーターに運ばせてきた箱を前に出し、その梱包を解いた。

「え……?」

 その物体を見て、エミリア達は眉を顰める。

 これもまた、これが何か解らない故の反応だと、フィアームはそう理解し、得意気な表情になった。

「これは貴国への、外交官としての私からの進呈品です。我が国で開発された、一瞬で演算するための魔導具です。これを使用すれば、桁の多い掛け算や割り算であっても、一瞬で答えを導き出せます」

「ふーむ……」

 エミリアは、一見、興味があるような様子で、それを覗き込むようにした。

「産業の発展の加速には数値データの処理が不可欠になります。これがあれば、事務作業を大幅に簡略化し、その分作業の高効率化が図れ、生産性を高めることができるでしょう。我が国では開発されたばかりで、まだ高額な品物ですので、お喜びいただけるかと思い、持参しました」

 フィアームが誇らしげに、軽く胸を反らすようにしながらそう言った。彼女は技術力の優位性を誇示することで、エクスプレッセスティとの国家関係において、優位に立とうとしていた。

 神聖ミリシアル帝国は、“古の魔法帝国”の技術を分析、再構築して自国を発展させてきた。魔法帝国はこの世界において、最大最高に発展した国であることから、その力を一番理解しているミリシアルが、技術的に世界最高である。 ──── と言うのは、ミリシアル側の価値観と理解。

 エクスプレッセスティ共和国側も、既にだいぶ前からミリシアルの情報を独自に収集、分析していた。そして得られた結論は、

「ムーの方が将来有望」

「エクスプレッセスティの援助がなくとも、(グラ・バルカスによる侵略がなかったとして) 20年以内にムーが追い抜く」

 と、いうものだった。

 なにせ今回フィアームが見せつけた計算機に関しても、既にムーには真空管が登場している。地球の19世紀末から20世紀半ばまでの最も技術が進歩した過程と、同じ位置にいるムーが、遺跡掘り起こして過去の遺物を再現するしか能のないミリシアルより将来有望と判断するのは無理のない話だった。

 エクスプレッセスティにとって、目の前のミリシアル驚異のメカニズムとやらは、コンビニでも売っている。スーパーマーケットなら、100IGZも払えばこれと同程度の性能のモノが買える。ちなみに転移直前で1IGZ≒4JPY、ただしエクスプレッセスティでは補助単位fibがあり、100fib=1IGZとなっている。

 ミリシアル側も、ライドルカの属する情報局はある程度エクスプレッセスティの内情を知っていたし、ベルーノはここまでに見せつけられた高度な技術体系からして高度な演算装置を持っているだろうと判断できたため、フィアームの行為と態度がこっ恥ずしくてたまらなかった。

「演算処理装置が産業発展に不可欠というご意見は、至極当然の事ですね」

 エミリアは、そう言うと、ポケットから私用のスマートフォンを取り出した。

 それを見て、

 ──あ、やり返すな。

 と、ハンナらエクスプレッセスティ側の人間どころか、ライドルカやベルーノまでそう気付いた。

「これはスマートフォンと言いまして、本来の用途は移動体音声通信ですが……」

 そう言いながら、エミリアはロックを解除した後、画面をフィアームに見せるようにして、操作を続ける。

「この様に、電卓────単純な計算機としても使えますし、こうすれば、サーバーと呼ばれる情報を収納してある別の電子計算機 ──── コンピューターから、その情報を参照することもできます」

 エミリアは、そう言いつつ、Webブラウザを起動して、ある記事を表示させた。その記事の中では、エミリアの背後に、ラックマウントサーバが映し出されている。

「これは、A(人工)I(知能)によるシミュレートや、学術計算の為に導入された、サーバシステムと呼ばれる高能力電子計算機です。転移前の先進国のものに比べると劣りますが、単純な計算と仮定した場合、1台あたり220Tflops …… 1秒間におよそ220兆回できます」

 未だスーパーコンピューターを独力で開発するに至っていないエクスプレッセスティは、高度な学術計算を必要とする時、基本的に日本のスパコンを借りていたが、情報機密の観点からも、何から何までレンタル頼みという訳にはいかない。

 x86-64系ながら、AMDの最上位プロセッサ、 EPYC 9004 series を2基搭載したコンピューターが複数台導入され、学術計算やAIを用いたシミュレーションに提供されている。

「我が国はこのシステムを構成するハードウェアを()()しています。これは高級機なので、 …… …… そうですね、我が国で生産している自動車の、上級枠の乗用車と同じくらいの価格がします。これよりもっと普及型の電子計算機、パーソナルコンピューターですと、自動車の1/10~1/20程度の価格で誰もが買えます。それでも能力は500Gflops ……単純な計算ですと1秒で約5億回実行することが可能です」

 ──これは……勝負にならないどころではない。根本からして違う!

 声に出さずにそう呟いたのはベルーノだった。フィアームは失語症に陥ってしまったかのように、顔色を失って呆然としている。

 ────────実のところ、転移時に供給されていたスマートフォンは高騰している。というのも、エクスプレッセスティ国内ではARMアーキテクチャのプロセッサを生産していなかったからだ。

 従前から国産スマートフォンをやっていた、マシニラスティ テックインダストリーとリベレックシス マイクロエレクトロニクスの2社と、日本ルーツで国内にそれなりに開発能力のあるシャープ・エクスプレッセスティとカシオ・エクスプレッセスティの2社、合計4社が、 ………… “新しい旧世代のスマートフォン”を開発し販売している。

 どういうことかと言うと、半導体製造請負のクイックチップ セミコンダクターは AMD のプロセッサを生産していて、製造再開するのはいいのだが、アーキテクチャが ARM ではなく x86-64 なのに対して、Android x86 が Ver9.0 で止まっている為だ。現在、それ以降のバージョンを x86-64 に書き換える作業で、リベレックシスのソフトウェア開発部門にデスマーチが高らかに鳴っていた。

「エクスプレッセスティでは、今回お持ちしたような単純な計算機は、既に生産されていないのですか?」

 ベルーノが、エミリア達に訊ねた。

「いえ」

 ハンナが答える。

「さっと使えるデバイスとして、現在も販売されています」

 ハンナは、そう言いながら、ハンドバッグから小型のシンプルな電卓を取り出し、ベルーノに見せた。

「こ、こんな小型に……!!」

 ハンナの手のひらに収まってしまうほどの小型電卓を見て、ベルーノも絶句しかける。

「それに、ここ、これですね」

 横長構造の、数字を表示する液晶に添えられた、黒っぽい部分を指す。

「これは、光を電気に変換する素子です。この電卓……計算機はここからの電力のみで動きます」

「なんですと!?」

 ハンナの説明に、ベルーノは驚いたような声を出す。

「そ、それではエクスプレッセスティは、都市のエネルギー源を太陽光で賄っているのですか!?」

「いえ────」

 フリーズしているフィアームをとりあえず放置して、エミリアがベルーノに向かって苦笑する。

「それが大規模の発電にはあまり向きませんで。ゼロではないのですが」

「なるほど……」

 エミリアの答えに、ベルーノはその場で軽く考える仕種をした。

「あ────、と。本日はもう時間も遅くなってきています。ホテルの夕食の時間にもなりますし、ホテルへチェックインしてお寛ぎください」

 プラムが話題を変えるようにそう言った。

 一行は、例によって送迎用のデリカコーチでホテルへと移動するが……

 駅前に設置された多数のレーンが並んだ停留所から、トロリーバスが頻繁に発着している。既に帰宅時間帯に突入している事もあって、単車体の『エアロスター』(三菱ふそうのライセンス生産車)ベース車だけではなく、連接車体の『エアロスターデュオ』(ベルギー ヴァンホール New AG 300 の右ハンドル・ライセンス生産車)ベースの車両まで、続々とやってきては、降車スペースで大量の人を吐き出し、乗車スペースで少なくない人数を飲み込んで、発車していく。

 フィアームやベルーノは、キョロキョロと、出入りしてくるトロリーバスやら、架線の張り巡らされた空中やらを見ていた。

 

 

 ────────あらゆる価値観が変わる、そう表現してよいだろうか。

 私は既に、トーパでエクスプレッセスティ軍が魔王ノスグーラを倒したところを、この目で見ている。

 それでも、情報局に入ってくるこの国の情報は、どこか現実味を帯びていないように感じていた。

 今日、それが現実に存在するのだと、私はこの身体、この五感で嫌というほど思い知った。

 エクスプレッセスティは建国わずか35年程度、転移国家とのことだが、転移前の世界では後進の国家に入ったと言う。

 そんな国に対して、我がミリシアルはどの分野においても及びつかない。

 魔法技術はクワ・トイネやロウリアの協力に頼っていると言うが、それはこの世界で不覚を取らない予防策程度のもので、この国の繁栄とはあまり繋がりがない。

 しかし、フィアームの態度は問題だ。

 列強の名を傘に来て居丈高に振る舞うのは、パーパルディア相手に戦争を決意させる要素になったことは確実だ。

 明日からの外交交渉では、彼女の態度を戒めさせ、エクスプレッセスティ側の心証を悪くしないようにしなければならない。

 情報局も、もう少し情報を開示するレベルを拡げた方が良いかも知れない。

 例えば、エクスプレッセスティが、20年と経たずにムーが我が国を抜く、と判断していることも。

 ムーの機械文明の延長線が自国の今の栄華なのだから、ムーがここに到れる、と、この国の指導者達が考えるのは、至極当然だろう。

 ひとつだけ、個人的に気にかかる事がある。

 転移してきたのがエクスプレッセスティではなく、日本国だったら、と。

 自国が宥和政策をとっているムーは別格として、これまでのつもりで我が国やパーパルディアが、日本に振る舞ったらと。

 おそらく、鎧袖一触だろう。国が滅亡したとしても何ら不思議ではない。

 なんにせよ、グラ・バルカスの事もある。エクスプレッセスティと友好関係を築くこと、そして先進11ヶ国会議への参加の同意を取り付けること、これらはなんとしても実現しなければならない。

 

 ────エムブラセクス・プリンスホテルのスイートルームで、ライドルカは、日記にそう記すと、照明を消し、ベッドに潜り込んだ。

 





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独自の種族(亜人)やその国家を登場させるのは……

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