────────西暦2024年2月。
エクスプレッセスティ共和国、首都エムブラセクス。
総統府、総統執務室。
「事務総長、どうかお願いします」
エクスプレッセスティ総統の彼女は、パソコンのマイクに向かって、震えかけた声で言う。
総統の執務席には、机の下にキャスター付大型タワーケースのパソコンがあり、席から向かって正面に19インチスクエア型、左に18.5インチワイド型、右に7インチミニ、と3つのディスプレイがある。
正面のディスプレイに、ビデオチャットアプリのウィンドウが開かれ、「Sound Only」と表示されている。
総統室内には、相当本人の他、何人かの閣僚、官僚、そして軍人が集まっていた。
「4個旅団……いえ、2個旅団でいいんです。通過する間、目を瞑ってください……エルドアン大統領は私が説得します……」
『いい加減しつこいぞ』
通話相手はそうは言うものの、煩わしいと言った様子ではなく、どこか淡々とした口調だった。
「しつこかろうと、私達は座して見ている事はできないんです!! 私達の兄が、師が、今絶望的な状況で戦っているんですよ!!」
総統は、感情のあまり声を荒げつつ、訴えた。
『第3国の直接介入は状況をエスカレートさせる。戦略核の行使に踏み切ったらどうする?』
一方の事務総長は、どこか冷淡さを感じさせる口調で、問い返すように言う。
「だとしても報復されると解ってNATO加盟国を攻撃することはないでしょう!? 最悪でも我が国が消えるだけの話です! 『地球史上最大のネタ国家』がなかったことになるだけです!」
『仮にそうだとしても、それは希望的観測に過ぎない。それに、貴国は自身の重要性を軽く見すぎている』
総統の訴えに、声だけの事務総長は、淡々と、しかし諭すかのように言う。
『貴国のガスがなかったら、我々はもっと早くに挫けていただろう。それに、貴国の存在は、現状でも充分ロシアに重圧になっている。そのあたりでロシア系、チャイナ系のPMCに睨みを効かせられるのも貴国だけだ。それに、ガイアナの事はどうする?』
「────ッ」
事務総長にそう言われ、総統は、苦しそうな表情をしながら、言葉を失う。
『申し訳ないが、貴国がどれほど自己責任と訴えても、我々としては、直接介入は認められない』
「…………そうですか、わかりました」
事務総長の断定的な言葉に、総統は、叫びたい衝動をぐっと押し殺すかのような、低くくぐもった声で、そうとだけ言った。
ビデオチャットのウィンドウに「Talk Close」と表示され、その後すぐに待機画面に変わる。
総統は机に腕をついて上体を支えるようにしつつ、腰を椅子から上げると、首を横に振った。
「ぅぅ…………」
「うぁあぁぁぁぁっ……!!」
室内に居た者、特に軍人から、悲嘆の慟哭が漏れた。
────────
────
──
────────現在。
エクスプレッセスティ共和国、首都エムブラセクス。
外務省、国賓用貴賓館、第1会議室。
総統のエミリア、外務省長官のハンナに加え、国防省長官のマコト・ハンナ・イノウエ、総統府付情報総局々長のマリーナ・ボロティンが、閣僚として参加している。
他に、エクスプレッセスティ外務省がミリシアル担当外交官とその随員としている、プラムとマリナも参加している。
フィアームが、資料を提示しながら、「先進11ヶ国会議」について説明している。
「先進11ヶ国会議」とは、2年に一度開催されている、この世界での国際会議だった。世界に多大な影響力を持つ大国のみが出席を許可され、今後の世界運営の方針について話し合う場とされている。
次回の開催予定日は、来年の4月だという。
「────世界中の国がこの会議には注目しています。貴国が出席すれば、世界で大国と認められ、国益にも
フィアームは、
「開催までの期間が1年強しかないことは、申し訳なく感じます。しかし、今まで第3文明圏における強国としてパーパルディア皇国が参加していたのですが、貴国が
──
フィアームの言葉に、隣に座っていたライドルカは、涼しい顔をしながら胸中でフィアームに毒ついた。
実際、「文明圏外」の単語がフィアームから出た瞬間、エクスプレッセスティ側の人間が、一様に、眉を一瞬、跳ねさせていた。
肝心のフィアームはそれに気付かず、得意そうに説明を続ける。
「つまり、『東方国家群』の長として、是非とも参加していただきたいのです」
「そうですね」
エミリアはニッコリと笑い、
「辞退させていただきます」
と、はっきりと短く、そう言った。
「え────は────!?」
断られるにしても、まさかこの場で、アッサリと回答されるとは思っていなかったフィアームは、あっけにとられ、ギョッと目を目を見開いた状態で、硬直してしまった。
エクスプレッセスティが辞退する可能性がそれなりにある、と認識していたライドルカでさえ、あまりの即答に、驚愕を隠せなかった。
「我が国は地域の長になろうなどとは考えていません。もとより、そのような、上下関係の存在する国家間の関係を望んでいません」
エミリアが、ハキハキと説明する。
「それが理想論であることは承知しております。ですが、今のフィアームさんの説明の節々にも出てきた、少数の強国が、小国、弱国の生殺与奪権を握るというような外交関係は、我が国の外交ポリシーに反します」
「そもそも、私達自身、建国35年程度の後進国。転移前の世界では、強国、先進国に行動を縛られる立場でした。もっとも、今の世界と比べれば、我が国のような後追いの国を尊重してくれる国際社会でしたが」
エミリアに続いて、マコトが説明を受け継いだ。
「それでも、国際社会の
マコトがそう言うと、エクスプレッセスティ側の人間が、どこか暗鬱とした雰囲気を漂わせた。
──!?
その空気の意味を理解できない、フィアームやライドルカ、ベルーノは、ただ眉を顰めつつ困惑することしかできない。
「ですので────」
僅かな沈黙の後、ハンナが手振りを加えながら説明の続きを始める。
「──この世界においては、我が国は大きな国際社会の枠組に属さず、国家間の関係はあくまで個別に取引を行う方針としているのです」
エクスプレッセスティ側が、自国のスタンスについて説明すると、場が静まり返る。
フィアームは、反論も何も、フィアームが、いやミリシアルが考える「先進11ヶ国会議で得られるエクスプレッセスティの国益」を、エクスプレッセスティ側が完全に否定している以上、どうしようもなかった。
「…………」
「…………まぁ、このままスッパリ切ってご帰国になられても、私達としてはとしては構いませんが、フィアームさんご自身や、御国の体面がただ傷つくでしょう」
エミリアが、────つまり、エクスプレッセスティ側から、気まずい沈黙を破った。
「あくまで固辞する、という事が前提ですが、我が国として、これを受け入れることができるなら、参加しても良い、という条件を用意してあります」
「条件、ですか」
フィアーム……ではなく、ライドルカが、どこか他人事のような口調で呟いた。
「ハンナ外務省長官」
「はい。では、資料をお渡ししてください」
エミリアから引き継いだハンナが指示すると、エクスプレッセスティの外務省員が、 “条件” が印刷されたA4用紙を配布していく。
「な!?」
それを見て、フィアームは驚きのあまり、目を飛び出させかけながら短く声を上げた。
1.「文明圏」及び「文明圏外」なる極めて差別的な用語は永久に廃止すること
2.現状の枠は統廃合せず、“大東洋枠”として1ヶ国の固定枠、2ヶ国の持ち回り枠を設け、14ヶ国に拡大すること
2-1.これはあくまで現状に即したものであり、以後、枠を拡大することを前程とすること
3.次回開催について、前項の持ち回り枠は、クワ・トイネ公国とロウリア連合王国とすること
4.少なくとも次回開催まではパーパルディア皇国を固定枠から外さないこと
5.固定参加国は地域の有力国として、非固定参加国の要望、立場、安全保障を極力反映させる努力を行うこととし、神聖ミリシアル帝国は参加国にこれを重々周知すること
6.グラ・バルカス帝国の固定枠参加は未来永劫断じて認めないこと
「ぐ……」
息を呑んでいるミリシアル側の人間の中から、ライドルカが、ようやく絞り出したというように声を出す。
「グラ・バルカス帝国について、貴国は既に知っているのですか!?」
「はい」
マリーナ情報総局々長が答えた。
「友好国ムーの近隣で起こっている出来事として、我々は積極的に情報を収集しています。旧列強であるレイフォルと、その属国パガンダを滅亡させた事、それ以外のムー大陸周辺国家への侵略を開始している事、そして、グラ・バルカスがレイフォルの代わりに先進11ヶ国会議への参加枠を求めている事もです」
「パガンダ、レイフォルに対するグラ・バルカスの仕打ちに関しては、グラ・バルカス側に同情の余地がありますが、それ以上は完全にやりすぎです」
マリーナに続いて、マコトが説明する。
「既にムーの友好国、イルネティアに侵攻を企てています。そして、我が国はムーよりイルネティア防衛の協力要請を受け、既にイルネティア、及びムーに艦隊を派遣しました。従って、我が国は先進国の枠組みにグラ・バルカスが固定の地位を持つのであれば、これに参加することは絶ッ対にありません!」
「す、既にグラ・バルカスと、戦争辞さずの態度でいると……」
フィアームは、緊張状態から絞り出すように声を発した。
末席とは言え列強に数えられたレイフォルを数日にして滅亡させたグラ・バルカスは、未だ謎が多く、その軍事力は未知数で、不気味さを持ちながらも、恐れるべき覇権国家であることは明白だ。
しかし、一方で、これまでの列強一位であった自分達が、少なくとも技術力では太刀打ちできない程のエクスプレッセスティが、グラ・バルカスの覇権主義と対決する覚悟をしている。
両者を比較するには材料が少なすぎるが、イルネティア
「はい」
フィアームに答えるように声を発したエミリアの表情は、ただ険しいというのを通り越して、憤怒、憎悪を強く押し出していた。
「!」
ライドルカは、それがエミリアだけではなく、エクスプレッセスティ側のほとんどの参加者が、程度の大小はあれど、そのような表情をしている事に気がついた。
「我々の経験則から言っても、グラ・バルカスのような国が、国際社会の命運を左右する場で恒常的な権利を持つことは断じて認められない! それ以外の項目については交渉の余地を残すが、それだけは絶対に譲らない!」
マコトが震えながらそう言い、ダン! と、拳で机を叩いていた。
「貴国にも通告しておく! この先進国会議に我が国を参加させるために、グラ・バルカスに関する事項について我が国を欺いた場合、それは貴国による我が国に対する宣戦布告と見做す!!」
「何だったんだ……」
先進11ヶ国会議についての交渉がミリシアル側の“持ち帰り”となり、閉会した会議室から出たところで、フィアームは誰へとなく呟いた。
政治だろうと軍事だろうと、
だが、先進11ヶ国会議が議題となった途端、急に態度が高圧的になった。さらに、グラ・バルカスについては、最早ヒステリーとアレルギーの域だった。
「まるで、これでは世界がうまく行かない、と言っているように見えた……」
「うまく行かなかった経験がある、からではないでしょうか?」
フィアームの言葉に答えるかのように、ライドルカが言った。
「うん?」
「これはあくまで私個人の私見ですが、いくらムーと友好的だからといってイルネティアの為に艦隊を派遣したこと、それに今回の件、おそらくエクスプレッセスティは転移前にそのような経験があったのではないかと……」
「確かに……」
ベルーノが、顎をささえるようにしながら、言う。
「あの時、マコト国防省長官の顔は涙を堪えているように感じましたが、転移前世界での経験に基づくと考えれば、説明ができるな……」
ライドルカは、自身はもちろんそれに気付いていたが、フィアームではなく本来は技術屋のベルーノがそれに気付いていたことに、軽くため息を
「と、こうしてはいられない」
フィアームが、はっと我に返ったように声に出した。
「直ちに本国に連絡をとらなければ! グラ・バルカスに固定枠を与えてしまったら、エクスプレッセスティとは破局だぞ…… ────!!」
独自の種族(亜人)やその国家を登場させるのは……
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あり
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なし
-
そんなことよりカツ丼定食