「あれがそうですか……」
「はい」
クワ・トイネ公国、マイハーク。
対空城塞の尖塔から、カナタは港湾の外の空を見ていた。
エクスプレッセスティの『ヴァルキュリア』戦闘飛行隊のミグ・ヒンドスタン MiG-29Hi/S 『シーファルクラム』艦上戦闘機と、クワ・トイネ第6飛竜隊のワイバーンとが、周囲の空域を警戒する中、SS-2V総統専用機が、着水しようとしている。
ヤゴウ達視察団の帰国から1週間、国交樹立の事務手続きが全て終わり、合意文書調印式の為、エクスプレッセスティ総統、エミリア・ハートリーがマイハークに訪れようとしているところだった。
「それにしても驚かされます。国家間協定を結ぶのであれば、弱小国が強国の側に訪問する、というのが当然だというのに────」
カナタですら、未だ相手国の価値観を完全にできてはいなかったが、この調印式がクワ・トイネにとって利益のあるものであり、絶対に失敗できないことは、心に刻んでいた。
「まもなくエミリア総統が上陸なされます。首相、歓迎に参りましょう」
「はい」
促されて、カナタは、尖塔の見張り台から降りていった。
一方、エミリアは、停泊したSS-2Vの乗降扉から姿を現すと、投げキッスからのポーズで少女的なセクシーアピールをした。
「おおっ……」
その姿と行為に、見守っていたクワ・トイネ軍将兵、さらに見物に集まった市民まで、どよめきを上げる。
特に男性は、頬を赤らめる者、前屈みになってしまう者、配偶者に尻を抓られる者、と、様々な反応を示していた。
ついでにエクスプレッセスティの
これも、エクスプレッセスティ側は、クワ・トイネには映像機器はないと考えていたが、写真の概念そのものはあるらしい。ただ、開発した神聖ミリシアル帝国やムー国が他国に軍事転用されないよう、輸出を厳格に制限していて、そのものを見たことはない。
なので、写真カメラだと知ったクワ・トイネの住民がこちらにも好奇心を示し、流石に大人には退散頂いたものの子供には少し見せてあげようということで、それぞれの母親や報道の人間と一緒に撮影したり、持ち込んだPC-PR101TL3プリンタで印刷して贈ったりなどした。
…………なんでこんな骨董品のようなプリンタがあるのかと言うと、国内のマシニラスティやリベレックシスが生産しているためだが、他のウケ狙い商品と異なり日本のバブル期を彷彿とさせるヘリテイジライン商品というわけではない。
事の発端は、エクスプレッセスティで最初に一般販売されたE社製のインクジェットプリンタが、雨季からその後の多湿で、ヘッドの目詰りが多発して壊しまくったためである。
これがユーザー側でのヘッド交換を意識した設計になっているC社製や、お国柄もあって大容量のインクカートリッジもろともヘッドを消耗品と位置づけたH社製だったら話は変わっていたかも知れないが、日本と違ってサービス体制がまだ確立されていない時に入ってきたものだから、国民がインクジェットプリンタそのものに不信感を持ってしまったのである。それも先進国の人間なら
そのため国策会社マシニラスティに日本の旧い熱転写プリンタやドットインパクトプリンタのライセンスを取得させ、安価で生産させたのが、現在の流れだ。
日本製信仰の根強いエクスプレッセスティで、ほとんど唯一、インクジェットプリンタに関してだけは、C社も巻き添えになる形で締め出されてしまった。珍しくアメリカのH社製だけは販売されているが、主流ではない。
パーソナルや一般事務用途には日本の旧い製品のライセンス・コピーである熱転写かドットインパクト(ただし低価格化のために、現在の一般的な端末には無用のフォントROMはパージし、一部機種のみオプションになっている)、それ以上の性能を求めるのであればレーザー、という市場構成になっている。
もっとも、C社に関して言えば、レーザープリンタのシェアを事実上ガリバー寡占に置けたのだが。
ちなみにドットインパクトプリンタに関しては、ライセンス元のNECや富士通には、業務用で高額な現行機種が売れなくなってしまうため、マシニラスティやリベレックシスがメーカー公式の形で、日本で販売しないことが条件になっている。
そして皮肉なことに、かろうじて平成という製品とは言え、日本製の、特にドットインパクトプリンタをライセンス生産したことが、エクスプレッセスティの精密機器製造能力の底上げをする形になった。
────閑話休題。
エミリアが、随行員とともにボートに乗り移る。ヤゴウ達が出発する時は結局、運んでいる日数がもったいないと双方が判断したため、クワ・トイネの木製ボートで乗り移ったが、今回はそのヤゴウ達が帰還するまでの間に運び込まれた、ヤンマー製のガラス風防付のボートだ。
このボートは、本気で飛ばせば20ノットは軽く出てしまうのだが、こんな狭い場所・短い区間でそんなことをしても危険なだけなので、ゆっくりとマイハークの桟橋に接岸した。
「ようこそクワ・トイネ公国へ。エクスプレッセスティ総統、エミリア・ハートリー閣下」
「首相ご自身のお出迎え、いたみいります。そして、お会いできて光栄です、カナタ政治部会長閣下」
その場でお互い、ガシッと両手で握手をした。
見た目だけなら、高身長に美麗な顔の青年と、少女のような童顔と低めの身長、豊満な身体つきの女性、と、絵になる組み合わせなのだが……
「それにしても、女性だけの国、とは聞いていましたが、凄まじい性能の機械竜を飛ばし、文字通り空想の産物のような超未来的都市が存在する国の元首が、このような可憐な女性だったとは、少々意外でした」
多少のリップサービス混じりにも、偽りはなく、カナタはそう言った。
「こちらこそ。我が国の女性でも惹かれてしまうような程の好青年が、この国の責任者というのは、少々驚きですよ」
エミリアはそう言ってから、しかし、その場で少し悪戯っぽそうなポーズで、ウィンクする。
「でも、殿方が私に惚れすぎると、火傷しますから、程々にお願いしますね」
あけすけにそんな事を言うエミリアに、一瞬カナタは呆気にとられるものの、軽蔑の様子は見せない。 ……もっとも、その発言の
「さて、本日はカナタ閣下にお褒めいただいた、我が国の超未来的都市……その欠片だけでも、クワ・トイネ公国にもたらすことができればと、やってまいりました」
「はい……まだお互いその存在を知って、僅かばかりの日だと言うのに、ここまでのことをしていただいて……申し訳がないくらいです。クラ・トイネ公国を代表して、感謝の意を表します。エミリア閣下」
政務モードに戻ったエミリアの言葉に、カナタは本当に感激しているかのように、そう
「こちらこそ、即決即断に感謝しています。クワ・トイネとの交易が成立しなければ、私達は、飢えはしないまでも、その食卓は優雅さも艶やかさもない、質素なものになってしまっていたでしょう。エクスプレッセスティ共和国を代表して、感謝の意を表します」
お互いにお互いの功労を称え合った後、2人は随行員を引き連れて、マイハークの中央広場に設置された、調印式台に向かう。
すでに、事務的な手続きは全て終わっており、どちらも一部は国内での作業に取り掛かっているため、あとは署名、調印するだけだ。
クワ・トイネの民衆と、エクスプレッセスティの報道員が見守る中で、調印は滞り無く行われた。
エミリアとカナタは、お互い合意文書を掲げる。報道陣が、一斉にシャッターを切った。
「ただいまを以て、クワ・トイネ公国と、我がエクスプレッセスティ共和国は、正式な国交を樹立、そして、交易協定、技術支援協定を発効しました!」
エミリアが言う。だから、クワ・トイネが先なのだ。言うのはエミリア、そして発言中の順番はクワ・トイネから、とすることで、対等性を示しているわけである。
「この合意が、お互いの国家、国民に、より充実した社会とすることに貢献できるよう、我々は最大限努力致します!」
カナタが言った。
そして、あたりが拍手と歓声に包まれた。
ここだけ見れば、お互いの外交が平和裏に行われている様に感じられた。
────そう、ここだけなら──
──クワ・トイネをエクスプレッセスティが軽視しないことを見せつけるために、敢えて私がここへ来た……さて、どう出るかな? ハーク34世?
ダダダダダダッ!!
マイハーク対空城塞の裏手、普段は市民もほとんど訪れない場所で、秘密裏にそれは行われていた。
クワ・トイネを始め、ロデニウス大陸で使われているオーソドックスな防具用の鉄板が、いとも簡単に穴だらけになり、最後は木っ端微塵に千切れて宙に舞った。
その引き金を引いた人物、イーネが、自身が行ったそれを信じられずに、鉄板のあった場所、そしてその手にある物、そしてそれを渡し、使い方の指南をした女性の顔、それぞれに視線を向けつつ、呆然としている。
しかし、文字通り、驚くのはまだ早かった。
ドォン!!
激しい雷鳴のような音の後、一瞬置いて、彼らの視線の先で、複数の藁で作られた案山子が、焼けて散らばっていた。
「DPM機関銃、M-30 122mm榴弾砲。威力は今見ていただいたとおりです」
金髪セミショートの、グレイス・アサギ・アダムス エクスプレッセスティ陸軍大尉が、そう言った。
女性にしては身長も高く────そこ
その顔は童顔で、エクスプレッセスティでは理想の部類に入る可憐なものだったが、それはプライドと任務に対する真摯さとで、不快からくるものともまた違った、険し目の表情をしている。
「これにZPU-4 14.5mm 4連装牽引式対空砲。これらは我が軍が創設された時、いくつかの国から譲られたものです。我々の世界では80年前の大陸間全面戦争の際、開発された旧いものです。ですが、これだけの威力を持ちます。実際、DPMはほとんどがモスボール保管ですが、M-30はまだ、我が軍でも現役です」
M-30は、水上能力をもつPT-76/122自走突撃砲の砲として使われている。また、車台を一部軽量化したものと交換して、重量を3トン未満に抑え、Mi-17An/D-Cヘリコプターに懸吊して運ぶ空挺砲として、少数だが配備されている。
「転移前の我々の世界でも、航空戦力がどれほど強力になっても、空からの攻撃
そう、アメリカ合衆国ですら航空機投射の通常兵器だけでは無理だった。日本に対しては核を使い、その行使が制限された以降の戦争では、必ずしも勝ちきれないことが多かった。
「ワイバーン部隊による攻撃が予想されるとの事ですが、その後で必ず陸戦兵による突撃があるでしょう。それを粉砕できれば、ロウリア軍の意図を挫くことはできます」
「確かに、これだけのものがあれば、それは可能だと思います」
イーネは、アサギ────彼女はファーストネームより、ミドルネーム呼びを好んだ────に向かって、やはりいくらかの険しさを持った真摯な表情で、そう言う。
「問題は、時間です……」
アサギは、そう言いながら、さらに表情を険しくした。
「今回はサンプルということで、装備調達・管理部の手持ち扱いの物を持ってきましたが、数を持ってくるとなると、国防省の独断ではできません。たとえ旧く、一線級を退いているものであっても、国の資産であって、それは国民の資産でもある。なので、譲渡に対して議会での決議が必要なのです」
「なるほど……」
イーネもそう言って、深刻そうな表情をする。
彼女はアサギの言う「議会」を、クワ・トイネの政治部会のようなものだと判断した。若干の齟齬はあるが、クワ・トイネ政治部会でも、
「ロウリアが現状ですでに明らかな攻勢の準備をしているようであれば、総統令で議会は事後承諾、という形もできるのですが、残念ながら現状は
「もどかしいですが……ですが、エクスプレッセスティがそれだけ前向きに考えてくれていると言うだけでも、我々にとっては、いくらかでも心の支えになります」
イーネはしっかりとアサギの顔を見て、そう言った。
「我々も、政府のGOサインが出次第、速やかに引き渡しと訓練ができるよう、準備を整えています。しばし、しばしだけお待ち下さい」
この彼女(1枚目)の名前をアサギさんに決定。
https://twitter.com/kaonohito2/status/1759220432639857051
えー、ヤゴウの言動、っつかロウリア戦に入るまででここまで割いているだけで、お気づきの方もおられるかと思いますが、本作は『日本国召喚』のコミカライズ版に基づいています。
なので、リンスイの扱いがこうなってしまいました。小説版ではここまで石頭じゃないんだよね。スマヌ、外務卿閣下。
あと、インクジェットプリンタについては、今もどうかはわからないですが、エクスプレッセスティにインクジェットプリンタが入ってきた頃は多分こうです。自身の電気店勤めの時の体験談でして。まだまだ新しいE社のプリンタが不調でサービスに持ち込まれるのを見てると、買いたいというお客様にはC社かH社しか勧められませんでした。その後電気店は退職しましたが、その時のイメージで、その後も自分ではH社かC社しか買わないので、E社製が今どうなのはか解りません。
流石に規約に引っ掛かりそうだから伏せ字にしたんだから、解ってもハーメルン内の感想に書くなよ! マジで!!
評価や感想など、具体的な反応があれば、続きを書くことがはかどります。TwitterでもOK。
https://twitter.com/kaonohito2