戦艦『グレートアトラスター』艦橋────
「電源入れろ!」
「はいっ!」
バチィイィッ!!
応急班の電気技師が、レーダー手、艦橋砲手と共に、艦内から確認できる回路をすべて確認した後に、射撃統制装置の電源を再投入したが、配電盤から凄まじい火花と焦げ臭さを残し、ブレーカーは再び回路を遮断した。
「ダメです! 射撃統制装置、復旧できません!!」
電気技師が、悲鳴のような声を上げる。
「そうか…………」
ラクスタルは、乾いた声でそう言った。
もとより期待していなかった。射撃統制装置の不動作は、測距儀で発生した爆発が原因だ。実際に修理するとしたら、外部へ出るしかない。
だが、今のグレートアトラスターは、イルネティア海軍の巡洋艦、戦列艦に取り囲まれ、滅多打ちにされていた。グレートアトラスター自身はその砲撃に堪えられても、生身の人間がラッタル上って測距儀の点検・修理に向かうことなど、無意味な自殺行為でしかなかった。
前回も述べたが、グラ・バルカス帝国の技術レベル、第二次世界大戦相当の砲熕兵器だと、長射程曲射など、砲1門あたりは必中を期待できるような精度ではない。
とにかく数をばらまいて、当たらなければ修正して、最終的に何発か当てる ──── 先進的なレーダーを持っていたとされるアメリカやイギリスでも、この範疇から逸脱しない。
この為、多数の砲塔の射撃を一元化し、より多数の砲を同時に射撃する統制射撃が実用化された。
今のグレートアトラスターは、その統制射撃の機構を、突然の爆発 ──── エクスプレッセスティ海軍潜水艦、ミズフロスが発射したエグゾセミサイルによって、ずたずたに破壊されてしまっていた。
一応、こういった場合に備えて、砲塔側にも測距儀は着いている。しかし、それは遥かに小型で、その分精度は低く、額面上の有効射程内に目標がいても、精度は期待できない。
────これは、エクスプレッセスティですら、グレートアトラスターがあまりに『大和』に似ているため、思い違いをしていたのだが、設計段階でレーダー照準システムを前提にしていたグレートアトラスターは、この点においてどちらかと言うと『アイオワ』級戦艦に近く、砲側測距儀は本当にどうしようもなくなった時の “とにかく撃つだけ撃つ” 為の代物だった。
「こんな馬鹿な……こんな馬鹿な話があってたまるか……あってたまるか!!」
数隻の戦列艦をやっと仕留めた時には、その数十、いや数百倍の手数で滅多打ちにされる事態に、普段冷静にラクスタルを補佐している副長が、恐慌状態に陥り、脚をガクガクと震わせながら、声を上げる。
既に、1,000 は優に超えるイルネティア艦隊の射撃が、グレートアトラスターに突き刺さっている。
彼女の堅牢な鋼鉄の皮膚は、自身の生命に直結するバイタル・パートへの損傷は許していない。
だが、それだけだ。
2隻の巡洋艦の、おそらく15cm級と思われる砲が命中する度、グレートアトラスターの一部である構造物を抉り取られる。
一斉に20門が発射される魔導戦列艦の射撃は、グレートアトラスターの力強いディテールを、無惨なものへと変えていく。
既に副砲の砲側測距儀もこの滅多打ちの中で破壊され、グレートアトラスターはイルネティア艦隊に抗う手段すら、じっくりと剥ぎ取られていっていた。
「嬲り殺しじゃないか」
遂に、ラクスタル自身も、屈辱と内心の恐慌に堪えきれず、苦しそうな声で、呻くようにそう言った。
──幸い、まだ機関にはダメージがない……艦体自体も何ら問題ない、ここは、全速で逃げるべきか …………
本来であれば、後詰めであるはずの空母機動部隊が先に攻撃を受けた時点で、その選択をしておくべきだった。
ラクスタルがその判断をしなかった、躊躇ったのは、軍事的なものではなかった。
グレートアトラスターの、政治的、戦略的価値 ──── この世界で列強と呼ばれる強国の一角・レイフォルの海軍をただ1艦で壊滅させ、レイフォルという国をまるごと破壊し尽くした、
ラクスタルが、もはやグレートアトラスターとその乗員を救う為には、それ以外の方法がないと決断しかけたが、それは半瞬、遅かった ──── ────
グレートアトラスター現在地より、南方約10海里(およそ18.5km)、海中。
潜水艦『ミズフロウ』、司令塔。
「目標は捉えられている?」
ノムン艦長が、そう訊ねる。
「はい。今なら必ず当たります」
「目標敵戦艦、3番4番、2秒おいて5番6番、発射」
「了解。魚雷発射」
ノムンの指示に、オペレーターが復唱するとともに、戦術情報システムを操作する。
4本の JTPD-89 魚雷が、ミズフロウの艦首魚雷発射管から、放たれた。
本来、27海里(約50km)の射程を誇るJTPD-89だが、彼我の距離を10海里まで詰めた分、雷速を最高速に設定した。
最高速時の雷速は、本家89式魚雷より1割ほど遅くなっているが、それでもグレートアトラスターが逃げようのない速度で、そのグレートアトラスターめがけて疾走する。
『グレートアトラスター』艦橋。
「取舵17°、機関全速! 敵艦隊を速力で振り切り、この海域を離脱する!!」
ラクスタルは、自身の決断を、命令として声に発した。
グレートアトラスターは、せいぜいが25ノット程度の筈の魔導戦列艦やムー製防護巡洋艦を、速度で振り切るため、機関出力を上げ、スクリューシャフトの回転数を上げ ──── ────
──────── “己の破滅”を、自ら呼び寄せた。
防護巡洋艦『レプシロン』、戦闘艦橋。
「敵戦艦増速! 海域を離脱するものと思われます!」
「クソッ、ここで逃がすわけにはいかぬ! 全艦、全速で追え! 回り込んで進路を妨害しろ!」
グレートアトラスターの意図を察したルパイルは、ここまで来て逃してなるものかと、それでもグレートアトラスターの悪あがきによりほぼ半数まで減った麾下の全艦に、しかし意気高く下令する。
「機関全速! ボイラなんか破裂しても構わん!! 全力だ!!」
イトルも、自らが長を務める艦に、怒声に近い、しかし興奮した声で指示をする。
だが、グレートアトラスターの公称最高速度は31ノット。
ここで、魔導戦列艦から2ヶ月弱の促成で防護巡洋艦に乗り換えた弊害が出た。
褒められたことではないが、彼らの使い慣れた魔導戦列艦であれば、自爆覚悟の
だが、今のレプシロンは、正式引き渡しの前にムーとエクスプレッセスティの技術者が徹底的に整備したとは言え、イルネティアの乗組員には額面以上の性能を発揮させる術はない。
自身の乗艦がそうなるならば、ルパイトはそれを命令していただろうが、部下の艦に自爆しろとは言えなかった。イルネティア防衛そのものは充分達成した。そこまでさせる意義がなかった。
グレートアトラスターは、追い縋るイルネティア艦を悠々と追い抜き、振り切って驀進する。
「くぅぅぅッ、だめだ、逃げられる────────
ドォ……ッドォッドォッドォッ……ォォォ!!
「なっ!?」
ルパイトが、いや、イルネティア艦隊の、グレートアトラスターを見渡せる誰もが、その壮絶な光景に絶句した。
北側から西側にかけて包囲していたイルネティア艦隊とは反対側、グレートアトラスターの左舷側に、レプシロンの甲板から確認できる程の高い水柱が立ち上がった。
『グレートアトラスター』艦橋。
「な、な!?」
突然の事態に、副長はもはや何が起きているのか理解できない様子で、オロオロとしている。
──こ、これは、魚雷……それも、大型の魚雷だ!!
ラクスタルは、それでも事態を判断できていたが、それはグレートアトラスターの艦全体には良かったが、ラクスタルの精神にはさらなる負荷を与えた。
「こ、この世界では最先端のミリシアルやムーでも、魚雷の技術はせいぜい概念止まりのはず……な、なぜ突然……」
ようやく事態を認識できたかのように、副長は取り乱す声を上げ始めた。
──イルネティア艦隊からの雷撃ではない…………
一方のラクスタルは、憔悴しながらも、どうにか事態を、分析し、把握し、予測しようとしていた。
──左舷側には敵はいなかった、いや、いないと判断していた。にも関わらず、左舷側に被雷したというのは、つまり、これは潜水艦からの雷撃だ!!
ラクスタルは、そこまで、声に出さずに思考を進めたところで、左舷側の海面を睨んだ。
「エクスプレッセスティだ……」
「え……?」
重々しく呟いたラクスタルの言葉に、副長が問い返す声を出す。
「ミリシアルにも、ムーにもまだ、実験的な潜水艇以上のものは存在しない、この世界で外洋型潜水艦を持つのは、我が帝国を除けば、エクスプレッセスティ共和国以外にありえない! 我々は、エクスプレッセスティ海軍に攻撃されたんだ!!」
流石のラクスタルも、事ここに至り、罵詈雑言を叩きつけるかのように声を荒げる。
「ダラスの野郎! だから、エスコートの駆逐艦をつけさせろと言ったんだ!! 潜水艦がいる可能性のある海域で、戦艦の単艦行動なんて自殺行為以外の何者でもないじゃないか!! クソッ! クソッ!! ダラスの野郎! 沈められちまったら意味がないじゃねぇか!! あの野郎、どうせイルネティアに殺されたんだ! それでいい!! むしろ殺されていろ!! 二度と俺達と同じ大気を吸うんじゃねぇ!!!!」
最後に、まだしばらく実現しないだろう願望を口にして、ひとしきり毒吐いた後、ラクスタルは粗い息をどうにか整え始める。
「機関室より緊急!!」
その瞬間を狙ったかのように、伝令となった兵がラクスタルの下へと駆けてきた。
「艦尾損傷!! プロペラシャフト3本全損! 舵も舵輪に反応しません! 取舵16°で固渋していると思われます! 艦尾に浸水発生!!」
グレートアトラスターの命運は、ここに決まった。
大型の軍艦、船舶には、複数の推進器がついている事が普通だ。
狭隘な海域を低速で通過する必要がある時や、舵が故障した時、何らかの理由で傾斜が発生して解消できない時など、左右の推進器の推力を変化させて、それで補正する事がある。
だが、既にグレートアトラスターは、4本のプロペラシャフトのうち3本が破壊され、その方法での方向転換もできない。
低速でグルグル回りながら滅多打ちを続けられるか、浸水によって沈むのを待つか、それとも────────
『
いつの間にか、イルネティア艦隊に割って入るようにして、フリゲート艦ライバーシーが、その場に姿を表していた。
『エクスプレッセスティ共和国は、 “グラ・バルカス帝国” なる国家の存在を確認していない。よって、貴君らは我が国にとって “非合法武装集団” である!! だが、もしここで我々に降伏するのであれば、貴君らの
「降伏……しなければ……」
どんな扱いが待っているか、ラクスタルには容易に想像ができてしまった。ユグドの地からこの世界に転移して以降、グラ・バルカスが散々やられ、やり返してきた事に他ならなかった。
『3分以内に回答せよ! さもなくば
ライバーシーにも、どちらかと言うとソ連型対潜ミサイルRPK-2『ヴィユガ』の運用を念頭に置いてだが、533mm連装魚雷発射管2基が艦尾付近に装備されている。そして今、アシャの通告どおり、その発射管にはJTPD-89魚雷が装填されていた。至近距離だ、無誘導でも外す方が難しい。
『聞こえるか恥知らず共!』
スピーカーからの声が、エクスプレッセスティ海軍にはいないはずの、男性の声に代わった。
『私はイルネティア王軍総指揮官ニズエルだ! ダラス外交官が我が王との会談で言っていたな、時間は大切だと! エクスプレッセスティの時計は正確だ、言っている意味がわかるな!?』
「引き伸ばしは無理か……」
ラクスタルは、ガックリと肩を落とし、ため息とともにその言葉を吐き出した。
まだ、グレートアトラスターは主砲の射撃は可能だった。
行く手を塞ぎかけているフリゲート艦を吹き飛ばす事も、今なら不可能ではない。
だが────そうして、どうなる?
舵も動かない、速力もまともに出ない、そんな現状のグレートアトラスターが、そうしたところで、より確実な死が待っているだけだ。
ラクスタルは、グレートアトラスター艦長として、最後の命令を出す。
「指示通りに、白旗を掲げろ」
エクスプレッセスティ艦ではなく、イルネティアの魔導戦列艦が接舷し、白兵戦要員がグレートアトラスターに移乗する。
ブチッ!!
イルネティア兵はグレートアトラスター艦尾のグラ・バルカス海軍旗を引きずり降ろし、引きちぎる。そして、エクスプレッセスティ側に引き渡すという取り決めから、イルネティアのものではなく、エクスプレッセスティのレッド・ファウンテイン・エンサインが掲げられた。
「ウォオォォォォォ!!!!」
その瞬間、イルネティア軍の将兵から、海面を震えさせるかのような盛大な歓声が上がった。
「あー……すみません」
ライバーシーの甲板で、その光景を見ていたアシャは、気まずそうな苦笑で頬を掻く仕種をしつつ、隣で自身も興奮を隠せない様子の、ニズエル、オシルに、そう声をかけた。
「約束、破ってしまいました」
「!?」
ニズエルとオシルは、劇的にではないが、何があったのかと驚く。
「なにか……ありましたかな?」
ニズエルは、手振りを加えつつ、紳士的に訊き返した。
「いえ。必ず沈めると言ったので」
「ああ、なるほど、そう言う事でしたか、はは、ははは!」
アシャの言葉を聞いて、ニズエルが言い、オシルとともに愉快そうに笑った。
「いいのですよ」
オシルが、満身創痍のグレートアトラスターに視線を向けて、言う。
「浮いてグラ・バルカスに帰らなければ────!!」
戦闘終了。
エクスプレッセスティ軍 損害
なし。
イルネティア王軍 損害
40門級魔導戦列艦 10隻中5隻被撃沈、1隻損傷後破棄
防護巡洋艦 4隻中2隻被撃沈
戦死2,840名
グラ・バルカス軍 損害
戦艦1 鹵獲
戦艦1 大破
航空母艦2 被撃沈
駆逐艦1 被撃沈
空母搭載機168機 母艦とともに喪失
戦死5,075名
捕縛2,201名
エクスプレッセスティ軍に投降した、或いはエクスプレッセスティ軍によって救出されたグラ・バルカス軍将兵は、捕虜ではなく犯罪者としての捕縛扱いとなる。
うち1名、空母『マルカブ』艦長ジェリック大佐は、後にエクスプレッセスティ共和国に亡命申請し、受諾された。
この時点で、イルネティア上陸部隊を支援するため、グラ・バルカス海軍はさらに後続の、充分以上の戦力を持つ艦隊をイルネティアに差し向けていた。
この艦隊がイルネティアに押しかけた場合、エクスプレッセスティ海軍は無制限潜水艦戦でグラ・バルカス軍に痛撃を与えて撤退させる作戦だったが、その場合、イルネティアの損害は甚大になる可能性があった。
だが、先遣の空母2隻が撃沈され、グレートアトラスターが、艦影が崩れるほどに滅多打ちにされた上で鹵獲された時点で、グラ・バルカス海軍の士気が挫かれ、グラ・バルカス帝国陸海軍はイルネティア王国侵攻作戦を中止した。
さらにグレートアトラスターの鹵獲は、グラ・バルカス帝国の社会全体に、強烈にネガティブな影響を与え、エクスプレッセスティ共和国や神聖ミリシアル帝国から報復の名目で攻撃・侵攻されることに怯えるムードが広がった。
────事のついで。
「戦艦攻撃したかった戦艦攻撃したかった戦艦攻撃したかった……」
休暇で上陸していた、エクスプレッセスティ海軍空母攻撃飛行隊のイリーナ・ルデレンコ中尉さんは、私事でも着たきり雀にしている、露出は少ないが無闇矢鱈とボディラインの出るエクスプレッセスティ国防軍航空機搭乗員服の姿で、クッションを抱えてぶーたれていた。
「まぁまぁ、多分お前達にも出番は来るから……」
空母『ヴァルキュリア』飛行団長ユキナ・サム・ゴヤ中佐は、「仕方ないなー」という感じで苦笑しながら、隊舎のパブリックスペースでクッション抱えてブツクサ言うイリーナに、そう言った。
「でも、こんな大和型みたいな巨大戦艦、あっちまだ持ってるんですか?」
イリーナは、むくれっ面でユキナの方を見ながら、ヤブニラミで問いかける。
「えーと……まぁ、それはあちらさんのやる気次第って言うか……」
ユキナは、答えに窮したと言うか、駄々っ子にどう言い聞かせるか困ったかという様子で、イリーナから視線を逸らす。
「ナオミ、お前なんとかし……────」
ユキナは、いつものようにイリーナの宥め役を、イリーナ機のコ・パイロットであるナオミ・アダム・ゲイダーマン少尉に
「空母攻撃したかった空母攻撃したかった空母攻撃したかった……」
ナオミはナオミで、ブツクサ言いながら、 CV-3 『サラトガ』、 CV-5 『ヨークタウン』、 CV-6 『エンタープライズ』、 CV-8 『ホーネット』の4隻の写真を貼り付けたダーツの的に、ダーツを投げていた。
ユキナは、それを見ると、顔を手で覆った。
「だめだこりゃ」
具体的な説明をする機会がなかったので、この場で。
海洋測量艦『センスウェイブ』。
元海上自衛隊『すま』。
この艦が派遣されたのは、つまりイルネティア周辺海域を調査して、潜水艦が全力を発揮できるようにするためですね。
ただ、貴重な上に戦闘艦ではないので、待機場所はムーのマイカル、というわけです。
このセクション、もうちょっと続くんじゃ。
評価や感想など、具体的な反応があれば、続きを書くことがはかどります。TwitterでもOK。
https://twitter.com/kaonohito2
独自の種族(亜人)やその国家を登場させるのは……
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あり
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なし
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そんなことよりカツ丼定食