エクスプレッセスティ共和国、首都エムブラセクス。
国立公文書・図書保管センター。
「捗ってますかー?」
第1文書保管室に、10名ほどの職員が、収蔵されている文書を片っ端から探索していた。
数台のパソコンが置かれ、確認済みの文書をラベリングし、そのラベルの固有番号を登録して、分類していく。
この第1文書保管室は、建国時にあちこちから集められたものの、参照する機会がほとんどなかった物を、とりあえず捨てるのは勿体ないと言うことで押し込んでおいた場所なので、その保管文書の大半はまともに分類もされていなかった。
他の保管庫には設けられている有線LANの Ethernet ケーブルの固定端子もなく、運び込まれたパソコンは全て無線LANで構内LANに接続していた。
「あ、総統閣下」
入ってきた2人のうち、先立って入ってきた人物の姿を見て、職員の1人が声を出す。
「あ、いいわいいわ。手は離さなくて」
エミリアを出迎えようとした、高い脚立の上に乗っていた職員に対して、エミリアはひらひらと手を振ってそう言った。
「すみません。進捗率40%程度といったところなのですが、まだご要望に答えられる資料は発見できませんで……」
「それに関しては、なにかあればめっけもん程度だから……」
申し訳無さそうに言う職員に対し、エミリアは決まり悪そうにしながら言う。
「ただ、この際ここもデータベース化しておく必要があるし……この世界では、別の機会で有用になる情報もかなりあるはずだし……」
そう言いながら、エミリアは室内を見渡す。
「あ、デミリフ」
エミリアが見回していると、エミリアに同道していたデミリフが室内に入る。
一見、書類がまとめられたファイルやら箱やらが、粗雑に積み上げられたような場所に、デミリフが近づき、手を伸ばす。
「あーっ、すみません! そこ触らないで!! バランスが……」
「え?」
デミリフがそれに手を伸ばしかけた時、その職員が大声を発するが、かえって、デミリフは、そちらに注意が引かれてしまった状態で、箱のひとつに手を伸ばしてしまった。
ドサッ、ドサッドサッ、ドサササッ!!
「きゃあっ!!」
「ちょ、デミリフ!」
デミリフに向かって、書類の山が崩れて、デミリフは、自身に向かって崩れてくるその雪崩に巻き込まれ、背中へ向かって転倒してしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
脚立の上の職員が、慌てて脚立から降り、デミリフが倒れた書類の雪崩に向かって駆けようとする。他にも、比較的近くにいた2人の職員、それにエミリアもそこへ向かって駆けつける。
「あたたた……あ……大丈夫です、ちょっとお尻を打ったぐらいで……」
返って申し訳無さそうに、デミリフはそう言った。
「あ、頭は打たなかった!?」
エミリアが、切迫したように、心配そうな表情で問いかける。
「あ……頭は大丈夫です」
短い銀髪の後頭部を、左手で擦るようにしながら、デミリフはそう答えた。
「…………」
エミリアは、無意識にデミリフが右手で掴んでいた箱に、視線を向けた。
その箱には、キリル文字で書かれた、色褪せたラベルが貼られている。
「!」
エミリアは、軽く驚いたように目を
「こ、これは…………!!」
中に収められていた書類を見つつ、何枚かめくって、その内容を確認する。
「あの……エミリアさん……?」
険しくも見えるエミリアの表情に、デミリフは、自分がなにか失敗してしまったのかと、おどおどした様子で、エミリアに声をかける。
だが、
「よくやったわ! デミリフ!!」
と、エミリアは、童顔にはしゃぐ少年のような笑顔になって、快活そうに声を上げた。
「え? …………え?」
「こういうのをムーに渡したかったのよ!!」
戸惑うエミリアに対し、エミリアはそのままのテンションで言う。そしてそのまま、スマートフォンを取り出して、メモリダイヤルから番号を呼び出すと、発信をタップする。
『はい。産保省、レイナです』
回線がつながると、電話の向こうで、レイナ・ソフィア・タカラ産業・保健省長官が応答した。
「急ぎで悪いけど、ロシア語の技術文書を翻訳できる職員を集めてくれる?」
『技術文書、ですか』
レイナは、鸚鵡返しにするように言うと、おそらくは逡巡したと思われる、一瞬の沈黙の後に、
『分野は?』
と、訊き返してきた。
「あー…………機械系、船舶、それに兵器関連」
『了解しました』
ムー、マイカル港。
小・中型船舶用の中でもっとも長い桟橋に、その桟橋と平行になるようにしてSS-2が停止すると、桟橋側から細い浮桟橋が客室乗降扉まで伸ばされる。
「おっ」
ムー側の出迎え班の中にいた、空軍技術大尉────マイラスが、客室扉が最初に出てきた人物を見て、軽く声を上げた。
「お久しぶりです、ノンティ少尉」
「お久しぶりです、マイラス中尉」
ノンティが固定の桟橋に上がったところで、マイラスと挨拶し合い、握手を交わす。
「ええーと、まぁ、今回中尉に昇進いたしまして……」
ノンティが、後頭部を掻くような仕種をしながら、そう言った。
「あ、気付きませんでした。失礼しました」
マイラスは言う。
だぁあぁぁぁいぶ以前にサラッと説明したが、エクスプレッセスティ国防軍は、左肩に部隊章と階級章が一体になったワッペンが付いている。
マイラスはエクスプレッセスティ軍人を見る機会が結構あったため、その事を知っていた。
ノンティに言われてマイラスが肩章を確認すると、以前会ったときより金の刺繍が増えている事に気がついた。
「まぁ、定例の昇格みたいなもので、特別なんかの功績があったわけじゃないんですが」
ノンティは、決まり悪そうに苦笑しながらそう言った。
「まぁ……言いにくいのですが、自分も大尉を拝命致しました」
ノンティに先に言われて、マイラスも、どこか決まり悪そうに言った。
ムーは、公的な立場で公務に臨む際の衣装でも、他国の基準から見るとラフな私服に見える物が多く、軍人でもはっきりと階級が解る印がない。
「あ、そうだったのですか、失礼致しました」
「いえ、貴国のお陰で昇進できたようなものです」
マイラスの昇進は、技術者としてエクスプレッセスティから多くの技術供与を引き出した功績によるもの、とされていた。
ただ、実際にはムーとの関係を重視したエクスプレッセスティ側が、積極的に技術供与をする方針で、マイラスはその事情を知っていたため、どうにもむず痒くなる時があった。
「それに、大尉ともなると固定の部下がつきまして、今までの様に軽々に貴国を訪問できなくなったのが、個人的には …… 多少、残念に感じます」
「まぁー……そうですね。自分の同僚にも、『爆撃できなくなるから佐官の話が回ってきたら拒否する』って公言してるのがいますし……」
マイラスとノンティは、苦笑しながらそう言葉を交わす。
「中尉、中尉」
「あっ…………と」
ノンティが、この場でマイラスとの雑談に花を咲かせかけていると、背後から声をかけられ、我に返る。
「すみません……紹介します、こちら、空軍技術少尉のマリナ・ジェーン・モハンマディ・クラークです」
「マリナです。お話はお伺いしております。マイラスちゅ……大尉」
「マイラスです。こちらこそよろしくお願いします」
ノンティが紹介すると、マリナとマイラスが挨拶を交わし、握手を交わす。
「それから、こちらはミリシアルの研究技術開発局のベルーノさん」
ノンティは、マリナに続いて、浮桟橋から固定桟橋に上がったベルーノを手振りで示して、紹介した。
「ベルーノさん。こちらはムーの空軍技術ちゅ……大尉のマイラスさんです」
「マイラスです。どうぞよろしく」
「ベルーノです。こちらこそよろしくおねがいします」
やはり挨拶して握手を交わすが、マイラスもベルーノも、お互い、エクスプレッセスティの技術者に対するそれと比べると、形式的、社交辞令的な感じだった。
「それで……グレートアトラスターですが」
ノンティが、仕事モードの表情になって、マイラスに問いかける。
「はい。今、あちらで排水作業中です」
マイラスが、手で示す方に、浮きドック内に収まっているグレートアトラスターの姿が見えた。
ムーには現在、グレートアトラスターを受け入れられる軍用のドックは、
その為、グレートアトラスターは、オタハイトの軍港ではなく、大型民間船の建造・整備設備のある、マイカル港に運び込まれた。
リグエリラ・ビサンズ社のマイカル建造所で、グレートアトラスターは艦体の補修と、エクスプレッセスティ国防軍から発注された改装を行うことになっていた。
「潜水艦の魚雷を4本も受けて、沈まなかったんですから、確かに防御力は大したものですね」
破口の閉塞と排水作業が行われている浮きドックへ向けて移動しながら、ノンティはそう言う。
「その……魚雷というものは、どのようなものなのですか?」
ノンティより背後にいたベルーノが問いかける。
「正式には魚形水雷の略語と言いまして────」
ノンティはベルーノを振り返るようにしながら、説明する。マイラスもそちらに気を取られた。
「──海中の比較的浅い部分を高速で航走し、船体の水線下を破壊する兵器です」
「そのような兵器が……────し、しかもグレートアトラスターに深手を与えられる代物だとするなら、今の我が国やムーの軍艦の装甲は……」
ベルーノが、驚いたようにそう言った。
「はい。おそらく水線下の防御が足りておらず、数発の魚雷が致命打になる可能性が高いです」
ノンティは、そこまで険しい表情で言ってから、急に砕けた表情になる。
「我が軍の現用魚雷の設計をまるごとお渡しすることはできませんが、基本的な構成の魚雷の設計を、後ほどミリシアルやムーに提供させていただきます」
「それはありがたい! 我が国と御国では技術形態が異なりますが、威力や射程などを把握できれば、艦の防御強化の資料になります」
ベルーノが、弾んだ声を出した。
「ところでノンティしょ……中尉」
マイラスが質問する。
「リグエリラが受けた、グレートアトラスターの改修の設計ですが、これはもしかして ──── ──── ─?」
「ええ、まぁ」
マイラスの問いかけに、ノンティは
「そう言うことです」
────オタハイト、在ムー エクスプレッセスティ大使館。
大使執務室。
「ありがとうございました。本当に……イルネティアは救われました!!」
ナディアに対し、エイテス王子がビーリーと共に、何度もそう言って頭を下げる。
「あ……頭を上げてください、殿下」
ナディアは、困惑した様子で、両手を突き出すようにして腕をふる。
「君主制国家の王族が、軽々に他国の人間に頭を下げるべきではありません」
「ですが、エクスプレッセスティの援軍がなければ、我がイルネティアは……」
ナディアの言葉に対し、困惑すら感じさせる様子で、エイテスが言う。
「…………」
それに対し、ナディアは、一旦目を閉じて僅かに逡巡した後、
「はっきり言ってしまいましょう。単純に言えば、我が国はグラ・バルカス帝国の、その根幹の性質に対し、強い警戒感を抱いています。拒絶反応と言っても良いかもしれない」
「つまり、相手がグラ・バルカス帝国だから、我が国に援軍を派遣した、と?」
エイテスと顔を見合わせてから、ビーリーが、手振りを加えながら、ナディアに問いかけた。
「そうです」
ナディアは、そう言いつつ、少し険しい顔になる。
「グラ・バルカス帝国に、我が国の軍事技術力を見せつけ、自国の優位性を否定しつつ、同時にその軍事力を多少なりとも削る事が、我が国のイルネティア救援の最たる理由です。特に、グレートアトラスターは我が国、我が軍の最優先目標でした」
「…………」
「それに、今後、再びイルネティアを矢面に立たせる事があるかもしれません。今回はうまくイルネティア本島に被害を出さずに済みましたが、次はそうはいかないかも知れない」
「…………」
ナディアに言われて、エイテスは、再度ビーリーと顔を見合わせてから、ナディアに真摯な表情を向ける。
「その時、貴国は今回の様に、援軍を派遣していただけますか?」
「それは……────」
ナディアは、苦悩したような表情で、僅かに沈黙した後、
「100%の確約はできません。ですが、あくまで100%の確約ができない、と言う事だと考えて頂いて構いません」
「…………」
今度は、エイテスの方が僅かに逡巡してから、
「それは、相手がグラ・バルカス帝国だからですか?」
と、ナディアに訊ねた。
「はい。我が国、私達の国民にとって、グラ・バルカス帝国に対する感情は最悪のものと言って差し支えありません。敵対した時のロウリアやパーパルディアに対しても、ここまでの
ナディアは、自身も強い不快感を持っているかのような表情と口調で、そう言った。
「…………」
その様子に、エイテスとビーリーは、飲み込まれるかのような感覚を覚えた。
しかし、エイテスは、すぐに姿勢と表情を正すと、温和な口調で言う。
「それでも、 ────それでも、イルネティアが救われた事は事実です。父王も、我が臣民も、貴国への最大限の感謝をするでしょう ────」
エクスプレッセスティ共和国、エナジポリス軍基地。
水陸両用型飛行艇・水上機用の陸上発着場に到着した CS-2 輸送飛行艇のサイドゲートから、厳重に梱包された物体が、LPGボンベを背負ったフォークリフトによって降ろされている。
「ムーがよく何も言わずに渡してくれたね……」
国防省長官のマコトが、その光景を見ながら、呟くように言う。
「これに関しては、我が国が活用するのが一番いいと、ムーも、ミリシアルも判断したようです」
マコトの傍らにいた、マリーナ情報総局長が、説明するように言う。
作業員は、力を入れつつも丁重に、観音式扉が開いている、総統府のルーシア ウォークスルーバンに、それ ──── グレートアトラスターから取り外され、一足先にエクスプレッセスティ本国に運ばれた、グラ・バルカス帝国海軍の暗号装置を、押し込むようにして載せた。
独自の種族(亜人)やその国家を登場させるのは……
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あり
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なし
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そんなことよりカツ丼定食