グラ・バルカス帝国、帝都ラグナ。
帝王府、大会議室。
「……派手にやられたようだな」
シエリアら、先進国会議に参加した使節団の帰国を待って、帝前会議が開かれていた。
会議室内は、どんよりとした重苦しい空気が満ちている。
誰が発言すべきかと、参加者がタイミングを図っていると、帝王のグラルークスが低い声で言った。
「申し訳ありません。私達の読みが甘かったのです」
末席に近い場所で立ち上がったシエリアが、申し訳無さそうに言った。
「いや……この方針でエクスプレッセスティの介入を避け得るというのは、期待でしかなかった。その点において、外務省の責任を追求するつもりはない」
グラルークスはそう言ったものの、シエリア達外交官の顔色は優れないままだった。
「それより問題なのは、これほどの戦力を送り込んで、ほぼ一方的に敗退したということだ……」
戦艦4隻、大型空母6隻を中心とした大機動部隊だ。小国の海軍ならこれだけで壊滅させる事ができる程の戦力である。
それが、自分達より劣る状況の、ミリシアルの第零式艦隊に艦隊決戦を挑んだ東征艦隊先鋒隊は、ほとんど手も足も出ずに全滅させられた。
それも衝撃ではあったが、何より強烈だったのは、エクスプレッセスティの “超音速機” の能力だった。
ユグドでは、一時期は不敗とも言われたアンタレス07式90機が、わずか12機のMiG-29に一方的に撃墜された。
エクスプレッセスティが現状保有している空母は『ヴァルキュリア』1隻であり、そのサイズはペガスス級大型空母に匹敵するものの、エクスプレッセスティの規定では軽空母とされていて、搭載機数は常用30機、そのうち “超音速機” MiG-29は戦闘機型と戦闘攻撃機型それぞれ12機ずつ、24機でしかない。
そのただ1隻の空母の搭載機に6隻の大型空母が全て大破させられ、うち2隻は火災鎮火の目処が立たず雷撃処分になった。
「エクスプレッセスティは、我が帝国ほど技術情報の流出に制限を課していません ────」
ケーシー情報局長官が言う。
「これはエクスプレッセスティの軍事力が、質において圧倒的であるものの、量の点において劣る事が根底にあると思われます。その為、特に強国のムーやミリシアルには技術や資料の提供を惜しんでいません」
「ミリシアルはともかくとしても、ムーに技術提供をされては……」
ケーシーの言葉に、サンド・パスタル軍本部長がボヤくように言った。
グラ・バルカスの政府上層部では、現状で列強第1位を自他ともに認めるミリシアルよりも、ムーの方を潜在的な脅威と捉えていた。
それは、ミリシアルが発掘された過去の超文明の遺産の解析のみによって発展してきた。逆に言うと、自国で開発された基礎技術というものを持っていない ──── マグドラ沖海戦で惨敗するまでは、そう考えられていた。
それに対し、ムーは、グラ・バルカスとエクスプレッセスティの転移まで、魔法文明のこの世界で唯一の科学文明国として、自国のみで技術を進化させてきた。本来、他国との競争で技術力を高め、また他国の技術を自国に定着させて発展させる事で高まっていく技術力を、ムーは単独で現在の水準にまで持ってきている。
だが、この考えすらもムーは凌駕している、と、最近はムー脅威論が彼らの中で広まり始めていた。
それは ────────
「ムーと我が国の技術格差はおよそ60~80年」
「基礎技術力に対して、軍事技術が遅れているのは、近年大規模な戦争を経験していないため」
「我が国の介在がなくとも、ムーは20年以内にミリシアルと逆転する」
──── と、
グラ・バルカスでは、最初にムーを評価したグラルークスですら、グ
ところが、エクスプレッセスティの評価では、軍事技術が遅れているだけで、より総合的に技術力を評価すると、ムーとグラ・バルカスは対等、それどころかムーの方が進んでいるとすら評価している。
イルネティア南岸沖海戦、マグドラ沖海戦と続いて、エクスプレッセスティは科学文明が高度に進化した世界からやってきた事は、もはや疑いようがない。
そのエクスプレッセスティが、グラ・バルカスよりムーの方が先進的だと評価したのだ。
実際、エクスプレッセスティが動態保存用に保有していた、80年前の戦闘機を技術サンプルに、ムーは1年半程度で新型戦闘機を開発し、今回の戦いに投入してきた。
他にも、転移前の最先進国のひとつとされる日本国で開発され、改修しつつも60年を経て現在も運用されている特急型気動車 “キハ181系” など、もうムーなら同等のものは開発できるとしている。
グラ・バルカスにはまだこのようなものを開発・製造する能力はない。ディーゼルエンジンやトルクコンバーターの製造技術がこの領域に達していない。
と言うより、それ以前の話だった。そもそも、トルクコンバーター方式の気動車は地方交通路線、せいぜいが4両程度の短編成で使うものだ。最大で12両もの編成を組んで総括制御を行い、最高速度120km/hで大幹線を疾走するなど、狂気の沙汰としか思えない。
軍艦の排煙を見ても解る。同じ熱機関動力でありながら、グラ・バルカスの軍艦は煙突からもうもうと黒煙を吹き、エクスプレッセスティの軍艦は排気管からは陽炎が立ち上っているだけ。そしてムーの軍艦は、この中間に位置していた。
「ムーはエクスプレッセスティから技術資料の提供を受けて、6万トン級戦艦の建造に着手しています。航空母艦についても、我が帝国では中型に位置付けられる規模のものを、少なくとも2隻、建造中です」
「6万トン級……グレートアトラスターと同等の規模じゃないか……」
ケーシーの言葉を聞いて、パスタルは喉を鳴らしてから、呆然としたようにそう言った。そして、更に言う。
「やはり、ムーはどうしても落とすしかないか……」
エクスプレッセスティは、お互い世界の果て同士のため、まだその距離が安全を保てている、という認識があった。
だが、遥かに近いムーの軍事力が自国と同等以上になると、グラ・バルカスの国家としての生存にいよいよ関わる事になる。それに、同じ科学文明国であるため、エクスプレッセスティ軍が展開する際の拠点にされても厄介だ。
すでに技術供与だけではなく、エクスプレッセスティの燃油販売企業「
国営企業が株式支配している、燃油企業体が進出しているのは、軍事インフラ構築が一端である事は推測に難くない。
「ムーの軍事力が我が帝国と対等以上になる前に、ムーを征服してムー大陸方面へのエクスプレッセスティの軍事力の展開をしにくくし、その勢いでムー大陸全土を版図に収める……フィルアデス・ロデニウス方面はかなり後回しになりますが、それ以外に勝機はないかと」
「うむ……」
パスタルの言葉に、グラルークスは最初、肯定的に頷いたが、
「だが、ムーに侵攻するとして、それ自体に勝算はあるのか?」
と、パスタルに問い返した。
「ムーへは海上からではなく、大陸中央部の、ソナル王国、ヒノマワリ王国をまず征服し、ここを拠点としてムーの南西部より侵入します。ムーは長年の中立不戦主義もあって、友好的なこの2ヶ国との国境にはあまり戦力を配置していません。しかも、この2ヶ国はほとんど近代化しておらず、軍備も極めて古典的で、しかも兵力の数も大したことがありません」
パスタルは、グラルークスの方を見て、そう説明した。
「あの、よろしいでしょうか?」
すると、それまで縮こまっていたシエリアが、手を上げた。
「申してみよ」
グラルークスが、発言を許可し、促す。
「エクスプレッセスティがムーを優先すべき外交相手としている理由は、単純な利害関係だけではなく、同じ世界、地球からやってきたという親近感があります。それだけではなく、両国は転移前、同じ国を友好国としていた事も、それを強く助長しています」
「ムーの時代にヤムート、エクスプレッセスティにとっては日本という国だな」
帝王府長官、グラルークスの最側近であるカーツがそう言った。
「はい」
シエリアは、まず頷いて肯定する。
「特にエクスプレッセスティにとっては、 “遥か遠くの3つの隣人” と言われる国のひとつです。日本国からの援助なしに今の国力はなかったと。それに、エクスプレッセスティの人口構成の最大が日本系です。そしてもうひとつ重要なのは、ヒノマワリ王国は、ムーの転移の際に巻き込まれたヤムート人、日本人が建国した国だという点です」
「結論を簡潔に言ってくれないか?」
カーツが、焦れたよう言う。
これらの情報自体は、すでに情報局から報告されているものばかりで、シエリアがこの場で言う程、重要な情報かという疑問があった。
「これだから女は…………」
言ってしまってから、カーツは己の失言に慌てて口を手で塞いだ。
その “女だけの国” の軍隊に、今まさにいいようにされているのだ。
「では言います。ヒノマワリ王国への侵攻は、エクスプレッセスティ共和国の逆鱗を叩き割る行為と同じです。ほぼ確実に、本格的に地上軍を投入してくるでしょう」
「ただ、国のルーツの為だけに、西の外れまで軍を送ってくると?」
シエリアの発言に、カーツが怪訝そうな表情をして、訊き返すように言う。
「イルネティア王国へも、ムーの仲介で艦隊を送ってきましたよ」
「確かにそうだが、それでも、それはイルネティアが島国であることを前提に、潜水艦を中心にした小規模な艦隊でしかなかったぞ」
パスタルも、眉を顰めるようにしながらそう言い返す。
「ヒノマワリ王国は、それ以上の動機になるという事です」
「だが……────」
カーツがさらに言い返そうとすると、
「では、“女” として言わせてもらいます」
と、半ば遮るかたちで、シエリアは語気を強めて、言う。
「“優秀な女は、感情で目標を決め、理性でその手段を組み立てる”。ヒノマワリ、そしてムーへの攻撃は、エクスプレッセスティの政府首脳だけではなく、国民一般に至るまで我が帝国への敵愾心を、これ以上なく高めます。国民がその意思を持ってしまったら、政府は
「そうなると、情報局からも軍に警告するしかなくなります」
シエリアの言葉に続いて、ケーシーも発言する。
「マグドラ沖海戦に、エクスプレッセスティは海軍の主力を送り込んできた。唯一の空母を出撃させたわけですから、これは間違いありません。しかし、そうということは、エクスプレッセスティ側は我が軍の動きをあらかじめ知っていた可能性が高いです」
「つ、つまり、我が軍の情報がエクスプレッセスティ側に漏れていると……」
パスタルが、顔色を失いつつ呻くように言う。
「その可能性は極めて高いと、情報部は憂慮しています。我が方のレイフォルへの兵力移送の段階で、あちらも先んじてムーに地上軍を送り込んでくる可能性はそれなり以上に高いでしょう」
「…………」
ケーシーの言葉に、パスタルは一瞬、絶句してしまう。
エクスプレッセスティの兵器が驚くべきものであり、陸戦兵器についても同様である事は、すでに知っている。
「とは言え、女性で構成された軍隊だ。艦船や航空機はともかく、陸兵はどうやっても膂力がものを言う。大軍で押しかければ、我が帝国陸軍を押し止める事はできないだろう」
カーツは、楽観的に、口元に笑みまでつくってそう言った。
実際の責任者であるパスタルの顔色は優れないままだ。
「…………」
シエリアも、ケーシーも思うところがあったが、それ以上は水掛け論になると、その点については、指摘しなかった。
「へっぶしっ!」
「あれ、隊長、風邪ですか?」
「うん……何だろね」
「気をつけてください。夏風邪はなんとかがかかると言いますし」
「殴るよ?」
「では、帝前会議の結論として、ヒノマワリ王国、ソナル王国を征服、その後に速やかにムーに侵攻する。この方針でよろしいか?」
カーツが問いかけるが、参加者から異論は出なかった。
懸念材料はあるとは言え、ムーが力をつける、あるいは、エクスプレッセスティがムーに軍を駐留させる前に、ムーを征服する必要があるのは、明らかだったからだ。
ただ……────
「方針自体に異論があるわけではありませんが ────」
ケーシーが、付け加えるように言う。
「エクスプレッセスティは、国が滅びる事には躊躇いがないという認識はしておいてください」
「えっ!?」
シエリア達外務省組以外の、参加者が、意外そうに軽く驚き、パスタルは実際に声に出した。
「ロウリアも、パーパルディアも滅ぼしていないぞ」
「それは、自国や、自国の友好国に、地理的に近すぎて、混乱が長期化する事で損害が発生する事を望まなかったという、エクスプレッセスティ側の都合に過ぎませんよ」
カーツの問いただす声に、ケーシーは険しい顔で言う。
「パーパルディアとの戦争では、リーム王国が領土獲得を目論んで介入しましたが、エクスプレッセスティの制止を振り切ってのものでした。エクスプレッセスティはリームを敵国と認識し、当時の王都ヒルキガを攻撃しました。結果、当時の政府が瓦解し、現在は事実上、パーパルディア皇国の版図に組み込まれています」
「エクスプレッセスティに同調してパーパルディアに侵攻した国が、パーパルディアに編入された……だが、戦争はエクスプレッセスティの勝利だったのだよな?」
パスタルが、不思議そうな表情をする。
「それは、エクスプレッセスティは独自のジェンダー政策のしがらみから、リームを直接支配することは難しかったからです。つまり、厄介だから敗戦側に押し付けただけですよ」
ケーシーは言う。
「我が国に対しても、ムーやイルネティアといった友好国への侵攻を認めない一方で、レイフォルやパガンダの原状復帰を一度も言っていないでしょう? つまり、レイフォルやパガンダの
「…………」
カーツが、ゴクリ、と喉を鳴らした。
「だが ────」
重い言葉を発したのは、グラルークスだった。
「最早、引き返せる点を過ぎてしまっている……ムー大陸が我が帝国の生命線になっている以上、ミリシアルやエクスプレッセスティからの本国防衛のためにも、ムーへの侵攻は止むを得ない」
エクスプレッセスティ海軍空母飛行団シンボルイラスト。
空中早期警戒機小隊(通称グレイス隊)のエウプロシュネー姐(?)さん
https://twitter.com/kaonohito2/status/1777334800568983617
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独自の種族(亜人)やその国家を登場させるのは……
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なし
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そんなことよりカツ丼定食