────ロウリア王国、王都ジン・ハーク。王宮内。
「マオス殿」
「これは、アデム殿」
宰相マオスが何処か慌ただしく歩き回っていると、ホールで1人の軍人に声をかけられた。
アデム、とマオスが呼んだその相手は、まず何と言っても“ブリーチしていないウドカット”の頭が特徴的な、しかし例えに使うにしてはウ◯゙鈴木氏に大変失礼な、何がおかしいのかいやみったらしい笑いを常に浮かべているような男だった。
「どうやら最近、マオス殿が大王様の目の届かない場所で、何やら動き回っているとお聞きしましてな。それも、大王様の悲願であるロデニウス大陸統一に水を挿そうとしているご様子……」
いやらしい、いやみったらしい、そして何処か悪意を漂わせる──あるいは、誤解を恐れずに書くならば、現代地球であればなんらかの精神疾患を疑われるような──アデムは、そんな表情で、ねっとりとした視線をマオスに向けながら、問い質しているのか曖昧な言葉をマオスにかける。
「それは……」
アデムが放つ妙な威圧感に、マオスは一瞬口籠った。
「クワ・トイネ公国、クイラ王国と、エクスプレッセスティ共和国という北東方角に存在が確認された国家が、国交を結び、交易を始めたというもので……────」
「あ━━━━その話なら私も聞いていますよ」
マオスが言葉を途切れさせたところで、アデムは被さるように言う。
「なんでもクワ・トイネ公国との国交樹立式典は、クワ・トイネのマイハークにエクスプレッセスティ共和国の国家元首が訪れて調印式を行ったそうではないですか」
アデムは、妙に楽しそうな口調で言う。
「外交の基本として、外交を申し入れる場合、弱小国が強国の方に平身低頭頼み込むのが常道……つまり、エクスプレッセスティはクワ・トイネより、国力で劣るというのは間違いありませんよ」
「確かに常識では、そう見えるかも知れないが……」
「それに、その国は“『女性』だけの国”という。そのような国がマトモな軍事力をもっているとは思えませんな」
アデムは、いやらしい笑みを少し抑えて言い、そうすることでマオスに畳み掛ける。
「現に、我が国に訪れたエクスプレッセスティの使節団は、ワイバーンを見て驚き、『初めて見た』と言っていたそうではないですか」
「その事が一番問題で……マイハークでの式典を見た者によると、エクセプレッセスティは
マオスは、相当深刻そうに憂う自身の胸中を表情に出しながら、そう言った。
「もちろん、そのことについても調査済みですとも」
アデムは、自信有りげに言う。
「その式典に現れたエクスプレッセスティの飛行機械の数は僅か……おそらくムー国か神聖ミリシアル帝国から不正規の手段で手に入れたものでしょう。恐れるには足りません。こちらはパーパルディア皇国から200騎程度のワイバーンを供与してもらえると確約を頂いています。まったく脅威にはなりませんよ」
アデムは、マオスに声をかけたその時とは打って変わって、理性的にその点を説明した。「まぁ、女だけの国、ということで、ムーやミリシアルの高官でも
「と、とんでもない!!」
アデムが、エキセントリックな様子で、首を傾げるようにしながらマオスに迫る。するとマオスは、反射的に仰け反るようにして、手を振って、慌てて否定した」
「ただ……懸念材料として無視はできないかと……」
マオスの言葉に、アデムは、彼にしては珍しく、相手を安心させるような笑顔を作る。
「なるほど。ですが、マオス殿は我が国の執政の責任者ではありますが、軍事に関しては専門ではないでしょう。下手に首を突っ込んで大王様や軍の兵士、庶民の心を乱すのはあまり感心いたしませんな」
「…………」
アデムの言葉に、マオスはそれ以上のことを言えなかった。本来、立場としてはマオスの方が上だが、アデムは自身の思い通りにならないと、味方であっても容赦なく、それも極めて陰湿な形で牙を剥く。これ以上アデムの神経を逆撫でしたら、マオスが今の立場を失った時点で、アデムはマオス本人だけでなくマオスの家族も、惨たらしい方法で
「それでは、何分私も忙しいのでね、これで失礼しますよ。ああ、私は
────エクスプレッセスティとクワ・トイネの国交樹立、交易協定・技術支援協定締結後、2週間ほど後に、エクスプレッセスティ共和国とクイラ王国との間にも、国交樹立と自由貿易協定を締結した。
「うぉっ……」
クワ・トイネ公国政府に新たに設けられたポスト、サクラン交通卿代行が、その巨体を見上げて、腰を抜かしかける。
その日、マイハーク……ではなく、クワ・トイネ公都北の仮設港に、双胴輸送船から降ろされた、DD13形ディーゼル機関車が、艀から受け入れのための軌道に、上陸した。
厳密に言うと、DD13 704号を名乗っているこの車輌、車体の細部が一部異なる準同型車、元名古屋臨海鉄道ND552形6号機である。が、エンジンと変速機の状態が良いものを選んでたまたまそうなっただけで、別に元日本国鉄車と細部が異なるのでクワ・トイネに押し付けたとかそう言うわけではない。むしろ数の限られるシリンダーヘッド換装施工機(予燃焼室式→直噴式)だったりする。
サクランは先日のエクスプレッセスティ視察団の1人だった。実際、深夜のエムブラセクス南貨物駅で、ガス田採掘の拠点都市、プロパラダイスス(“Proparadisus”)からエクスプレッセスティ国鉄南東本線を上ってきた、タンクコンテナを中心にコンテナ満載のボギー貨車20両の貨物列車が、そこまで牽引してきたDD51形重連から、全線電化された西中央本線に入るため、EF81形・EF80形3重連に交代するところを、見学させてもらっていた。
DD13形は、能力としてはそれらの機関車の半分程度の能力、と、頭では解っている。しかし、
すでに軌道自体の工事は進んでいるが、クワ・トイネの鉄道用地には、軟弱地盤の日本やエクスプレッセスティと異なり、基礎を固める際に大規模な工事を行う必要はほとんどなく、ブルドーザーやホイールローダー、パワーショベル、20t級トラッククレーン、ダンプカーが先に上陸しているが、さほど大型のものはなかった。
続いて、貨車が陸揚げされる。全般的に日本の鉄道をコピペした為に、貨物輸送の主役となったコンテナ車────ではなく、土砂・砕石輸送用の2軸無蓋車、一応国産品……というかこんなもんわざわざ最新の設計技術使うまでもないモノなので、日本に許可を受けた上でトラ55000形を全体的にコピーし、アオリをアルミ合金製にしただけのシロモノである。
それに続いて、レール輸送用の長物車、それに、先程の無蓋車のアオリを取っ払って、5t級トラッククレーンのクレーン部分を乗せた簡易操重車も陸揚げされた。
「エンジン始動!」
ヒュゥウゥゥゥゥゥゥ……ドドドドドド!!
エクスプレッセスティの作業員が、DD13形のエンジンの試運転を行う。
そのあまりの音に、近隣の畑の農夫・農婦が何事かと、一様に手を休めてこちらを見ている。
「とりあえず、1台目からズッコケるってことがなかったのは良かったぁね」
DD13形のランボードの上、センタキャブ運転台の入り口から、前後のエンジンを確認するようにキョロキョロとしていた、若い女性が、そう言った。
「まだエンジンだけだし、走らせてみないと解んないけどね」
実際に運転台でエンジンを始動させた女性が、運転台の窓から、ひょこっ、と顔を出し、ランボード上の女性にそう言った。
「あの若い女性達が、これだけのものを動かしているのか……」
サクランはそう呟いて、口の中の唾液を飲み込んだ。
エクスプレッセスティの鉄道が日本の技術協力で建設されたことは知っていたが、その日本国と切り離されても、今も連日、正確に動いているのだから、それは彼女たちの能力である。
とは言え、線路の敷設が進むに連れて、エクスプレッセスティの人間だけでは足りなくなり始めていたし、そもそも敷設後はクワ・トイネ国民で動かさなければならない。なので、クワ・トイネの人間の雇用や教育も始まっていた。今労働者として雇われているのは、主に単純作業をする工員だが、エムブセラクスとエナジポリスのそれぞれ郊外に用意された教育センターでは、建設機器オペレーターや、将来の鉄道運行要員の養成も始まっていた。
クワ・トイネのインフラ整備は鉄道に限らず、道路、さらには戸口プロパンガス設備や、ガス・ディーゼル二元燃料エンジン・パワーステーションの設置も行われた。ちなみに、パワーステーションはエクスプレッセスティの商用電力網完成までの間に使われていたもので、その後は非常時用に保管されていたものだ。この為少々旧いディーゼルエンジンを改造したものになっているが、当然非常時の備えが非常時になって動きませんでは話にならないので、常に整備されてきていたものだ。
これらエネルギー系の技術供与は、エクスプレッセスティ側の事情とも合致している。石油系燃料、それにそれ以外の石油製品原料(プラスチックやビニールなど)として必要なために、原料はクイラから調達しているが、そもそもがエクスプレッセスティは、転移前には世界最大級とされたウェットガス田(エタンガス田)を持っているので、エネルギー資源輸出国でもあった。
また、「『女性』だけの国」という点からくる鎖国的なイメージに反して、「脱石油・石炭に貢献する」という点が転移前の国是となっており、鉱物性エタン由来のエタノール燃料や、水素燃料、バイオマス燃料の開発・生産も積極的に行っていた。
……お気づきになられた方も居られるかと思うが、今は輸出先がなくなってしまったために、国内でダダ余り状態である。
燃料の保存には限界があり、特に保存容器・保管設備の劣化が問題になる。しかも継手などの部品類が絶対の信頼が置ける日本製部品から、今後は僅かなりとも劣化する国内のコピー品になるため、保管コストが跳ね上がる事が考えられる。
この為、あまりに在庫過多となった場合は、「フレアリング」を行って焼却処分するしかなくなるのだが、そうしてしまうぐらいならクワ・トイネへの技術提供を行って、そこで使い、さらにクワ・トイネを将来の需要家にしてしまった方がエクスプレッセスティの国益にも繋がるわけだ。
昨日まで必死にカマドを焚いていたのが、ある日突然、ワンプッシュでそれなりの火力を発揮できる、リンナイ・エクスプレッセスティ製ガステーブルに置き換わるのだから、クワ・トイネの生活の様相も、マイハークとクワ・トイネ公都を起点にガラリと変わり始めていた。
その一方で、石油・石炭由来燃料よりは二酸化炭素や公害物質の排出量は少ないとは言え、鉱物性燃料をガンガン燃やすのも後でどうなるのか地球で証明済みのため、小規模水力の設置にも手を付け始めていた。
また、クワ・トイネ南東部では、カカオの木の試験栽培も始められていた。
────ジン・ハーク王宮、大王の浴場。
「大王様」
かしこまった様子の、文官風の初老と明らかに軍人に見える中年、2人の男性が、その出入り口の付近、浴室内に入ってきたところで、そう告げた。
1人はマオス。そして、もう1人の中年男性は将軍パタジンだ。
パタジンの肩書はジン・ハーク王都騎士団々長だが、実質的には諸侯の軍をまとめるロウリア軍の総指揮官と言える立場である。ただ、プライドの高い諸侯が一介の軍人に自領から送る戦力を大人しく言う通りにさせるかと言うと、また別の話なのだが……
地球流に言えばストラップレスビキニと言えばいいだろう、最低限の部分だけを隠した肌も露わな若い女性達が、1人の、美丈夫の中年男性の身体を流したり、装飾された盃に注がれた酒を運んできたりしている。 ────入浴中の飲酒は人体に極端な負荷をかけることは知られているが、それは宗教から分離された近代的医学の出現以降の話である。
「クワ・トイネ侵攻作戦について、ご報告申し上げたく、失礼ながら参上いたしました」
「苦しゅうないぞ、話せ」
マオスの言葉に、ハーク・ロウリア34世が、視線も向けずに言う。
「はっ! では説明致します────
パタジンは、以下の内容を説明した。
今回の作戦総兵力は50万、そのうち10万は万一に備えての後詰めとし、40万を以ってクワ・トイネ国境を突破する。
先鋒はパンドール侯を将軍に据え、副将としてアデムをつける。
作戦第1段階では、まず、国境沿いの小都市、ギムへ侵攻。
ギムは人口約10万の都市だが、それを上回る兵員数で電撃的に攻め込むことにより、有効な抵抗の余地を与えることなく制圧。
その後、そこを拠点とし、そのまま大軍で城塞都市エジェイを制圧。さらにその先のクワ・トイネ公都まで、電撃的に進軍。
同時に海軍4,400隻を以ってマイハーク港を封鎖し、上陸・制圧。
長くとも10日で、クワ・トイネ公国の国家機能を全て喪失させる。
────以上です。補給についてですが、これについては、そもそも兵糧を用意することは、クワ・トイネに対しては無用です。あの国は畑を作れば農作物が勝手に生えてくるような土地で、徴発、それどころかそれすら必要ないほどそこかしこに食料になる草木が自生しています」
「ふむ……」
パタジンの報告を聞いて、ハーク34世は鼻を鳴らしつつ、唇の端を釣り上げた。
「ただひとつ、私は気がかりになる情報がありまして」
マオスが切り出した。
「マイハークに忍ばせていた間者からの報告なのですが、大王様も懸念されていたあの国、エクスプレッセスティが、クワ・トイネに幾ばくかの軍事支援を施したようなのです。それも、それらはいとも簡単に、長弓でも届かない位置から鉄板を粉微塵にし、あるいは一撃で数十の兵をなぎ倒すものだと……」
「ふむ……」
ハーク34世にとって、マオスの報告は面白くないものだったが、自身も気にかけていたものだったため、一方的に無碍にはしなかった。
「パタジン将軍の見立てはどうか?」
「ハッ!」
ハーク34世に促され、パタジンが答える。
「まずエクスプレッセスティがそのような軍備を持っているかですが、『女だけの国』ということで、ムーもしくはミリシアルの高官を誑かして入手したものと思われ、その数は数十万の我が軍を押し留める事ができる程のものではないと考えます。ある程度装備していたとしても、援軍に来たところで、女性ばかりの国では、大した戦力とはならないでしょう。よって、多少の遅滞は発生するかも知れないが、作戦阻止の可能性は極めて低い、と考えられます」
「宜しい」
ハーク34世は、満足そうな表情になって、言う。
「クワ・トイネ、クイラを併呑し、ひいてはロデニウス大陸全土を統べる。これは余の大願であり、我が国の悲願である────」
そして、この瞬間、ハーク34世は自らデッド・ラインを超えた。
「────クワ・トイネ侵攻作戦の開始を許可する」