フェミニン国家召喚   作:神谷萌

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注意!!
 薀蓄回、鉄分あり!!


熱の都 Part.IV

 エクスプレッセスティ共和国、プロパラダイスス。

 ガタガタッ

「おっと」

 セダクション『トレイスティ』(インドのマルチ『ジプシー』のライセンス生産車、つまりスズキ『ジムニー』の孫) の、ロングボディのソフトトップ。その車体がガタガタっと揺れる。

「すみません、市内の一般道ほど路面の状況がよくありませんで」

 ソフィアンが思わず声を出すと、ミルヴィアと共に後部座席に座っていた彼女達に対して、助手席のユウキが振り返って、苦笑交じりにそう言った。

 クルマは、一般道ではなく、ガス田地帯の専用道路を走っていた。舗装はされているものの、ところどころ路面が荒れて浅い亀裂が入っている。セクシュトラクション・ケミカル・マテリアル・インダストリー(“Cexutraction chemical and material industry”) のタイヤブランド、『スピードマティング』 (“Speedmating”) の()()()()()()()・ラジアルタイヤを履いているが、それでもややひどく割れた路面を踏むと、車体がゴツゴツとした振動を受ける。

 セクシュトラクションは、国営ガス採掘・加工事業企業体エネルガズムが支配的筆頭株主である第3セクターの化学工業を中心とした製造業者だ。

 『スピードマティング』ブランドは、国策として自動車製造の強化を推進してきたエクスプレッセスティが、その為に国産タイヤ開発・製造の技術習得と定着のためにつくられたものである。

 転移前、エクスプレッセスティの自動車用タイヤは台湾のナンカンタイヤが圧倒的なシェア第1位で、その後にスピードマティングと、ヨコハマタイヤ、ダンロップが団子状態で続く形だった。

 だが、ナンカン、ヨコハマ、ダンロップは、特に開発拠点を置かなかったため、転移後はスピードマティングの独占市場と化している。 ──── もっとも、セクシュトラクションのタイヤ事業はナンカンの技術指導を仰いでいる。しかもナンカンはかつてヨコハマから技術指導を受けていたので、結局は日本の孫弟子という事になる。

 ──── 閑話休題。

 元々、一般道までもは日本ほどには舗装や整備が高水準で行き届いていないのだが、この専用道路はほとんど連絡用の上、重量物の搬送は国鉄線から繋がっている構内軌道で行っているため、尚更こまめな整備が行われていない。

 もっとも、この道路に並行して敷設されているその構内軌道も、鉄道幹線のそれに比べると、かなり頼りなさげに見えるのだが。

 整理された区画に、小型リグ (吸い上げポンプ塔) が、多少バラツキのある並びでいくつも存在している。リグは採掘ベースステーションと、採掘されたガスをベースステーションに送るものと、採掘時にリグ側で消費する水をベースステーション側から送るもの、2つの系統のパイプラインで繋がっている。

「確か、この国のガス採掘事業は、いくつかの企業に権利が別けられていて、それぞれ行われていると聞いていましたが……」

 ソフィアンが問いかける。その時ちょうど、構内軌道上を、電気の変圧器を載せた大物車が小型のディーゼル機関車に()かれて通過し、ユウキ達のクルマとすれ違った。

「ええ……────」

 ユウキは、再度振り返り、

「──── 以前は各社でバラバラにやってたんですが、経済成長で人件費が上がった事もあって、集中管理で省力化するために、現在では共同管理の設備で採掘、圧縮貯蔵タンクに貯蔵し、そこから各社割当分が配分されるかたちになっています」

 と、手振り混じりで説明した。

 このあたりは、エクスプレッセスティが建国、つまり、プロパラダイススが開設されて30年余りで急成長した弊害が表れている。

 人件費が安かった頃は、複数の会社、特に海外勢によって中小規模のガス井が順次掘削された為、小規模なリグが点在するようになった。

 しかし、2000年代後半頃からの急激な経済成長により、人件費の高騰の兆しが見え始めると、コスト抑制のための集約化と省力化を実施するため、エクスプレッセスティのガス田に権利を持つ主要5社 (エネルガズム、INPEX、石油資源開発、台湾中油、NAFTOGAZ) の共同でエクスプレッセスティ・ガス・コンソーシアムが設立された。

 それまで各社が各々で (ただしINPEXと石油資源開発は早期から共同化していたが) 行っていた、採掘直後の不純物の除去などの処理や圧縮貯蔵の工程を、大規模ベースステーションを建設して集約する事で、人員削減と安定した採掘が図られた。各ガス井は基本的にそのままだが、各リグは遠隔集中自動管理のものに改修された。

 ソフィアンが、幌を外して開放された座席から、立ち並ぶリグ群を見る。各リグには、元々掘削した企業の看板が掲げられていた。

「各社の属している国の特色が出ているようですね」

 ソフィアンの背後から、同じようにリグ群を見ていたミルヴィアが言った。

 リグの看板の主張が一番強いのがNAFTOGAZ。次いでエネルガズム。台湾中油はそのCIシンボルが目立ち易く、結果的に日本組2社がもっともあっさりした看板を掲げている。

「なるほど……ひとつの文明を共有している世界と言っても、国の特色、国柄は出るというわけですか」

「まぁ、そうですね」

 ソフィアンは、ミルヴィアを意識しつつ呟くように言ったのだが、それに対してユウキが、微かな苦笑交じりにそう言った。

 

「昨日、お2人が話していた、オフ・ガスというのはなんですか?」

 連続的な音が響く中で、ミルヴィアが、ユウキとソフィアンに対して訊ねた。

「オフ・ガスというのは、石油や天然ガスの精製・分離工程で出る、有用ではなかったり、採算が取れる程の量を取り出す事ができなかったりする成分のガスの事です」

 ユウキは、両手で手振りを加えながら、ミルヴィアに対してそう説明した。ソフィアンもミルヴィアの方を向いてそう言った。

 3人がいるのは、エクスプレッセスティ・ガス・コンソーシアム、プロパラダイスス オフ・ガス処理・発電所。

「ムーにはこのような設備は?」

 ミルヴィアが、ソフィアンを見て、そう訊ねた。

「残念ですが、我が国にもまだこれほど先進的かつ高効率の設備はありません」

 ソフィアンは、険しいような困ったような表情で言う。

「原油精製や天然ガス分離の際のオフ・ガスは、その発生量自体がエクスプレッセスティのものより多い上、その大部分をフレアリング、つまり、焼却処分しています」

 分離塔で、エクスプレッセスティのガス田の主成分である、エタン、プロパン、ブタン、イソブタンを分離したガスは、各工場の再分離プラントで、更に、メタン、硫化水素、ヘリウムが分離され、都市ガス、水素、硫黄、またヘリウムは単品と、それぞれ製品になる。

 そして、分離後のガスがパイプラインでこの処理・発電所に送られてくる。ここではまず二酸化炭素と窒素を分離する。二酸化炭素は還元井を用意し、そこからガス田内に圧送する事で、大気中への放出を回避している。

 そして残った、あまり有用ではない、あるいは回収するには採算の取れない可燃ガスが発電に回される、のだが…………

「メタンと水素は、今は結構な量、発電ボイラーに送っちゃってるんですよねぇ」

「それは、どうして?」

 ユウキの苦笑交じりの説明に、ソフィアンが訊き返す。

「輸出先がなくなってしまっているからですよ。国内だけでは消費しきれないですし」

 エクスプレッセスティ国内と、その技術支援でインフラを構築した国は、ガス燃料インフラが基本的にLPGとなっている。液化(Liquefied)石油(Petroleum)ガス(Gas)とは名ばかりで、エクスプレッセスティ産のそれはウェットガス田から産出される、プロパン、ブタン、イソブタンから製造されている。

 転移前、メタンはその大部分が輸出用だった。というのも、エクスプレッセスティのガス田から産出される燃料原料の大部分は-89℃/1bar(バール)で液化するが、メタンは-161.5℃/1barまで下げなければならない。設備費用がかかるため、建国当初は国内のガス分離施設隣接の発電所で燃やしていて、その後、多少高価格でも買える先進国向けの輸出が開始されたかたちだ。

 それが転移によって、メタンの輸出先がなくなってしまった。

 メタンは燃料としてはクリーンな部類だが、毒性はないものの、燃焼状態ではなくても酸化作用が強いため大量に吸入すると酸欠状態となり、最悪命に関わるし、温室効果は二酸化炭素の25倍とも84倍とも言われる為、大気放出は避けたい。

 ムーはまだ、メタン主成分の燃料ガスの利用は限定的で、なんとも中途半端な量が産出されてしまうエクスプレッセスティのメタンガスを買うほどでもない。

 また、水素はその分子の小ささから、一部の金属を透過してしまうという厄介な性質を持つ。しかもその中に、鉄が含まれていた。

 この為、純度の高い水素を貯蔵する際には、特殊構造のタンクが必要となる。エクスプレッセスティの水素貯蔵タンクは、セラミック層を持つタンクを使っていたが、そのためのセラミック素材を日本の京セラから買っていた。

 日本の最先端セラミック素材は、まだエクスプレッセスティではコピーできない。この為、貯蔵タンクを増設できないどころか、現用のタンクの維持をどうすべきかすら完全に解決していなかった。

 この為、メタンと水素は、国内出荷分を超過した量は、オフ・ガス発電に回してしまっていた。と言っても、元々そういう想定はされていたので、ボイラーの改造やガスラインの追設を行ったわけではないのだが。

 3人は、オフ・ガス発電所のボイラー室のキャットウォーク、その超臨界ボイラーが見える位置にいる。

 天然ガスにしろ原油にしろ、産出された時点の品質は常に一定ではないため、有用成分を分離したあとのオフ・ガスの品質も安定しない。その為、燃料に安定した品質を求められるガスタービンではなく、蒸気を発生させてタービンを回す汽力発電になっている。

 夏の季節に加えて、ボイラーの熱で不快指数はかなり高い。

 ユウキやソフィアンは、見学用に着用している作業服の胸元をはだけて、提供されたタオルで何度も汗を拭っていたが、ミルヴィアはファスナーを襟まで上げて着たまま、涼しい顔をしている。

「その……流石ですね、ミルヴィアさん」

 ソフィアンがその事に気が付き、そう言った。

「まぁ、淑女の嗜みですわ」

 ミルヴィアは、自然な様子で口元に笑みを浮かべながら、そう言った。

「それはいいですが……痩せ我慢はしないでくださいね。熱中症になると大変ですから……」

「ご心配なく」

 ユウキが少し心配気な様子でそう言うが、ミルヴィアは笑顔のまま答えた。

 

 

 ──────── 知識としては知ってはいたが、実際に目にした時の印象は大きかった。

 “軍事技術がセンセーショナルに見えるが、真に恐るべきはそれを下支えする生産力、そして、それを動かす ──── 国内を満たして余りあり、周辺国にまで動力源を提供できるエネルギー資源”。

 しかもその生産設備は、高い効率を誇り、また人力に依存する部分を可能な限り削り、それはコスト面の有利だけではなく、供給される燃料の品質の安定にも繋がっている。

 残念だが、我が国、ひいては魔導文明自体に、ここまでスマートかつ合理的に、安定したエネルギーを供給する技術はない。

 我が国ほど進んでいないとは言え、魔導技術がそれなりに根付いていたはずの大東洋諸国、そして列強に数えられるパーパルディア皇国までもが科学文明技術の導入に舵を切ったのも、実際に目の当たりにすれば納得せざるを得ないものだ。

 また、重要な点として、発展に必要なエネルギーの大量消費の弊害についても、軽視せず対策を進めている。

 これに関しては、同じ科学技術のムー国は、技術情報提供を受けて対策する事ができるが、魔導技術に同じような副作用が存在するとすれば、それは我が国が率先してそれを認識し、対策技術の開発を行う必要がある。

 いずれにせよ、魔法帝国時代の遺物の再現に最大限の重みを置いていた我が国の技術開発は、大幅な見直しを迫られるだろう。それだけでは発展に限界があるからだ。

 それは、エクスプレッセスティ共和国自身も似たような立場にあった事でも解る。セダクション・モーターヴィーグル・エンジニアリングは、彼女らの国にとって転移前世界の最先進国だった日本国の三菱自動車工業からの技術指導があって成立したが、現在は、特にその中枢であるエンジンについては、インフラが整備された先進国に合わせている三菱と、文明発展が途上でそれらに不足のあるセダクションとは、ほぼ別の進化の系譜になっていると言う。 ────────

 

 

 プロパラダイスス駅。

 プルルルルルル…………

『5番線、エナジポリス行急行「インフュソール」発車いたします。お見送りの方は白線よりお下がりください』

 発車ベルが鳴り、アナウンスが流れる。

 ホームにその姿を横たえていた、オレンジ色の機関車を先頭に群青色の客車を連ねた寝台列車が、

 ピィイィィィッ

 汽笛一声、DD51形のエンジンが咆哮し、一方でそれに牽かれつつも、自身は動力を搭載していない客車は、静かに、滑らかにホームを滑り出ていき、最後にスハネフ15形が発電セットのエンジン音を残しながら駅を後にした。

 『インフュソール』の編成は、ミズポワーベルク発着の『ムーンライト・ヴァレー』と基本的に同じだが、サイサンヴィル以東のラックレール区間の制限があるムーンライト・ヴァレーに対し、インフュソールは増結車を連結している事がある。

 …………で、この増結車というのがどういうわけか…………タイの中古車だったりする。と、言っても日本の日立製作所が製造したタイ国鉄B.N.S.1001形の指名買いだ。 …………だったのだが、員数合わせでタイ国産のB.N.S.1037形が何両か入り込んだ。

 B.N.S.1001形がナハネ1000形、B.N.S.1037形がオハネ1050形に付番されている。これらの車両は、タイ国鉄時代は非冷房だったが、現在は冷房化され、電源は供給用にスハネフ15形1両が一緒に連結される。ただし例によって扇風機もくっついたままになっているが。

 14系本来の2等寝台車とは異なり、プルマン式と呼ばれる、1等寝台車オロネ14形と同じ様式になっている。とは言ってもベッドはやや狭いために2等扱いになっているのだが、インフュソールに増結車がくっついてる時の穴場、とされている。

 ──────── と、説明したところだが、ソフィアンとミルヴィアには、往路にフォリクナジーの2等座席に押し込んだ代わりというかたちもあって、1等個室が用意されていた。この1人用1等・2人用2等個室寝台車オロハネ14形は、中古ではなく、2016年に日本車輌で新たに製造された車両となる。

 ミルヴィアの方が、自身に与えられた個室で日記と言うか、報告書に私感として書く為のざっとした文書を書いている頃 ────

「こんばんは、失礼いたしますね」

 ノックもなしに扉を開け、ユウキが、そう言っつつ、ソフィアンの個室に入り込んできた。

「あ、あれ?」

 当然、ソフィアンは驚く。

「ユウキさんは、開放寝台車の方だったはずじゃ……」

「そうなんですけどね、夜を1人で過ごすのも勿体ないと思いまして」

 戸惑う様子のソフィアンに対し、ユウキは、答えつつ、わざと伏せたような位置の顔から上目遣いを作って、ソフィアンに視線を向ける。

「で、ですけど……」

 ソフィアンは、尚も慌てている様子だったが、

「昨日の夜……何があったのか、気付いていらっしゃるのでしょう?」

 と、少しだけ意地悪そうな笑みで、ユウキは問いかけるようにそう言った。

「それは…………」

 ソフィアンは、言葉を濁す。

「誤魔化さなくてもいいですよ。ミルヴィアさんのあの声で気づかれていないわけないですし、それに ────」

 ユウキは、そう言いながら、ソフィアンに近づく。

 ソフィアンは、羞恥に顔を赤らめつつも、ユウキに至近距離に立たれても、拒絶する様子は見せない。

「──── ソフィアンさん、あなたの声もね」

 ユウキにそう言われて、ソフィアンの顔が更に、湯気が出そうなほどに紅潮する。

「体験してみたいと、思いませんか?」

 ソフィアンの耳元で、妖艶にささやく。

「……………………はい」

 ソフィアンが、小さな声でそう答えると、ユウキは、ちゅ、とソフィアンの唇に軽いキスを落とした後、その身体をベッドへ深く押し倒していく。

 ──────── 性快楽を肯定する国で、夜行列車の夜は更けていくのであった。

 

 

 





なんだこの歩く国際問題。


『インフュソール』(含む優等列車)編成図
https://twitter.com/kaonohito2/status/1797728408019128793
(2024/06/04-JST基準 改訂)

具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
Twitter https://twitter.com/kaonohito2
Discord https://discord.gg/WN23qmRnkQ
Discordは「一時メンバー」となりますので、私のオフライン時に来られた方は、「エントランス」及び「⁠一時メンバーの連絡用チャンネル」のアナウンスに従って必要事項を書き残してください。

ユウキは……

  • ミルヴィアを食う
  • ソフィアンを食う
  • 2人とも食う
  • 紳士と言う名の淑女はそんな事しない
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