フェミニン国家召喚   作:神谷萌

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注意:ジェンダー妄想・蘊蓄回


ヒノマワリという道程点(キロポスト) 【前書必読】

 グラ・バルカス帝国、レイフォル属州、州都レイフォリア。

 外務省レイフォリア出張所。

「2時間の遅刻だ。解っているのか?」

 グラ・バルカス外務省、東部方面異界担当部第3課外交員ファーゴは、苛立った様子を隠さずに、居丈高にそう言った。

 彼は、イルネティア王国への最終通告に向かい、行方不明 ──── 交渉決裂直後、内火艇ごとエクスプレッセスティ海軍に捕縛された、外交官ダラスの後任者として配属されていた。

「ええ、ええ解っております。大変お待たせして申し訳ありません。何分、私達の国には利便性の高い移動手段がないもので……」

 恐縮した様子で、低頭しながらそう言うのは、ヒノマワリ王国、第3王女フレイアだった。

 今一度説明しておくと、ヒノマワリ王国は、1万2000年前のムー大陸転移・地球大変動の際、ムー国に滞在していて巻き込まれたヤムート人が、転移後の、諸外国勢力の侵入を伴う混乱の後に建国した国である。

 ムー国と同じ地球から、大陸上の領土のみ転移してきたエクスプレッセスティ共和国と、ムー国との間では、ヤムートはエクスプレッセスティ共和国の転移元の時代の日本国である、と、いう公式見解になっている。

 公式見解、というただし書きが付くのは、ヒノマワリ王国民の特徴が、エクスプレッセスティ共和国が転移する直前、21世紀の地球で推測された古代日本の歴史と一致しないためだ。

 ヒノマワリ王国民は、黒髪にやや濃い色の肌、と、ほぼ現代日本人と共通する特徴を持っている。だが、現代日本人に()()()()のだ。

 21世紀の地球での考古学では、1万2000年前の日本の日本列島の住民は、縄文人という事になっていた。縄文人は全体的に、長身ではないものの体格が厳つく、顔の()()が深く、体毛が濃いという特徴がある。

 現在でも、大和民族のうちでも北関東以北の土着系、そしてアイヌに多く見られる特徴だ。

 だが、ヒノマワリ王国民は、彫りがあまり深くなく、また毛深い者も少ない。この日本人、大和系は、弥生人が成立し、最終的に縄文系との交雑により成立したものだが、弥生人の成立は、21世紀の地球では紀元前3000年頃からと推測されていた。つまり、ムーの転移から7000~9000年ほど後の出来事なのである。

 ただ、これは21世紀地球の考古学の限界で、現在のムー国の前進である古代国家の、当時の先進性などを考えて再考すれば、また想定は変わってくるだろう。

 そもそも、21世紀の地球の、歴史学、考古学では、ムーの転移とそれに伴って発生した地球の大変化が認識されていなかった。大体にして、ムー大陸が過去に実在したこと、アトランティスが変動後の南極大陸であることすら解っていなかった。

 元々、天体レベルでのイベント発生に至るまで、言うほど21世紀の地球世界は過去を把握していない。20世紀末、「恐竜は基本的に爬虫類類似、哺乳類は齧歯類のような小型雑食種のみ」という定説も、21世紀初っ端覆っていたりする。

 なので、現状のエクスプレッセスティにおいても、ムー転移からメソポタミア文明成立の間までの約5000年間は、地球史の空白域と化してしまっている。

 ──────── 閑話休題。

 ムーから独立したとは言え、ムーの現在の国境線が確定してからは、ムーとの間には軋轢がなかったが、反対側のレイフォルが台頭してくると、周囲のムー大陸中央部の諸国同様、レイフォルの保護下に置かれていた。

 しかし、グラ・バルカス帝国によるパガンダ・レイフォル侵攻により、レイフォルの宗主国としての支配が及ばなくなると、独立を宣言した。

 ただ、当時はムーが中立政策をとっていたため、ヒノマワリ王国など、レイフォルから独立した諸国は、ムーやその周辺国との正式な国交を樹立できていなかった。

 その間に、ムーへの内陸部からの侵攻ルートを確保しようとするグラ・バルカス帝国が、これらムー大陸中央部の諸国へと圧力をかけ始めた。

 それまでの抑圧から解放してくれたグラ・バルカスだが、自分達がどれほど頑張っても叶うはずがないと思っていたレイフォルを数日で制圧した、軍事力、技術力は、この国々には重大な脅威だった。

 諸国にはろくな軍備がなく、レイフォル滅亡以前からの独立国であっても、ワ()()ンの部隊すら持っていなかった。

 グラ・バルカスに反抗することは、自分達がパガンダやレイフォルのように、その暴力に曝される事になる ──── 末席とは言え列強を滅ぼし併呑したというのは、それだけセンセーショナルな事だった。

「ふん、口でだけは一丁前な事を言うが、本当に口ばかりだ」

 小国とは言え仮にも王族に対し、特に高名な家系に連なるというわけでもない、いち外交官に過ぎないファーゴは、どっかりと椅子に腰掛けたまま、不遜な態度で口汚く言う。

「きさまら蛮族には、高度な文明における時間の貴重さなどわかるまい」

「ええ、そうですね」

 どこか儚げない雰囲気を纏っているフレイアだが、ファーゴの言葉に、どこか掴みどころのない笑顔で、答える。

「最近、ある国の方々から教えていただきました」

 フレイアは、そう言うと、右腕の袖をそっとたくし上げた。

「!」

 それを見て、ファーゴの表情が引き攣る。

 フレイアの右手首には、CASIO製のレディース向け腕時計が嵌められていた。

「それは……」

 ファーゴは、CASIOという時計・電子機器メーカーのバックボーンには詳しくないが、恐ろしいほど正確に秒針が刻んでいるのが解る。

「エクスプレッセスティ共和国より、国交樹立の記念品として頂きました」

「っ…………!」

 エクスプレッセスティはすでにムー内陸部の国家にも手を伸ばしてきている。

 以前、イルネティア王国の防衛戦に際して、同国のニズエル将軍に贈られたG-SHOCKが、ファーゴの前任者ダラスとの会談時に、実に効果的に使われた事を報告されていたエクスプレッセスティ政府は、グラ・バルカスに限らず侵略の脅威に曝されている国家と国交を樹立する際、その国の要人に時計を贈るのを常套手段化していた。

 贈るだけでは有功に使うことができない自動車や航空機と異なり、時計はこの世界の認識でも、解りやすい技術指標になった。

「ムー製の時計の存在は知っていましたが、エクスプレッセスティの時計は更に洗練され高性能だといいます。この秒針の動きだけでも解りますが、何より驚くべきなのは、ムーの時計は人の力でゼンマイを巻いてやらねばならないのに、この時計は日中、光にさらしておけばそれだけで、駆動用の力を蓄える事ができるというのです」

 …………実を言ってしまうと、逆に、エクスプレッセスティにはスプリングドライブ時計のノウハウはチリほどにもなく、それについては必要となったらムーに頼るしかない状況だったりする。

 だが、ファーゴはそんな事は知る由もない。なんならダラスはニズエルに時計を見せつけられた後、そのまま消息を絶っているため、グラ・バルカス全体が、そこまでの情報を持っていなかった。

「ふん、虎の威を借る、というところか。まさに単純な蛮族らしい」

 実際、ファーゴは一瞬表情を強張らせたものの、すぐに不遜な態度に戻って、吐き捨てるようにそう言った。

「いいか、ここはエクスプレッセスティ本国からは遠く離れている。お前らのような小国と呼ぶのも烏滸がましい存在のために、わざわざ世界の反対側からやってくると、本気で思っているのか? 真に受けているのか?」

「イルネティアのエイテス殿下ともお話をさせて頂きました」

「っ……!?」

 大上段から抑えつけるように言ったファーゴだったが、フレイアに短く言い返されて、言葉を詰まらせ、顔色を悪くした。

 イルネティア南岸沖海戦の敗北、イルネティア侵攻の失敗こそ、グラ・バルカスの、この世界での最初の挫折だ。

 実のところ、シエリアであれば、フレイアの腕時計を見た時点で仕切り直しを選択している。だが、所詮小国を脅す役割としてレイフォルに配置された、()()外交官のファーゴには、事態の全容の詳細まで知らされていなければ、それを判断する能力も充分ではなかった。

 実際、イルネティア侵攻失敗は当時の部長だったゲスタ指導下、軍に『グレートアトラスター』の単独行動を強いた結果、マグドラ沖海戦は艦隊決戦でミリシアルに敗北した結果、という、対エクスプレッセスティ楽観論が、グラ・バルカス本国内には少なからず存在する。

 そして、ファーゴは、この楽観論を強く信じる人間であり、それを理由に、敢えてダラスの後任として、ただしダラスの担当していた職務のうち、ムー国以外の対ムー大陸国家担当として配置された。

 この為、ファーゴは、一度は顔から血色を失わせたものの、僅かな後に、今度は紅潮させ、怒気を露わにした表情になった。

「確かにイルネティアの時は、我が海軍の手落ちで、征服には至らなかったが ────」

 最近いよいよエクスプレッセスティ脳にされつつあるラクスタルが、あるいはエクスプレッセスティ側の指揮官アシャ、彼ら彼女らが聞いたら噴飯ものの内容を、ファーゴは口にする。

「──── ここは海軍の手が届かない内陸だ。陸上の戦争では物を言うのは数だ。エクスプレッセスティはそもそも、総人口からして5000万に届かぬ国。いかに技術力で優れていようと、国の規模で敗けていては陸上戦を制することはできぬ」

 人口当たりではエクスプレッセスティが圧勝している項目もあるが、単純量だとほとんどの項目でグラ・バルカス有利なのは事実である。

「それに何より、エクスプレッセスティは “女だけの国” だと言うことだ。これはおまえら野蛮人でも解るだろう、どれだけ近代的、現代的な軍隊であろうと、陸戦においては体格と膂力の劣る女だけでは、通常の男性主体の軍隊には不利なのは明らかだ」

 これはまぁ、ファーゴがそう思うのも無理はない。実際、絶対的な体格と筋力で劣っているのは、エクスプレッセスティ政府も認めざるを得ないところだ。

 エクスプレッセスティには、男性機能保有者もいると言うか、シーメール・フタナリ合わせて40%程度である。しかし ────

 女性的な性徴を遂げるための性徴切替措置というものがあるが、これはより突っ込んで言うと、「テストステロン受容体の鈍化措置」と「エストロゲン受容体のテストステロン非特異的結合促進・定着化措置」に分化される。

 前者は、テストステロン、つまり男性ホルモンの受容体やその産生の反応を鈍化させることで、男性的な性徴や生理反応を抑制する。

 後者は、エストロゲン、つまり女性ホルモン受容体が、本来のあり方、特異的結合にに対して、テストステロンによる非特異結合、わかりやすく言うと「テストステロンが触れているはずなのにエストロゲン受容体が誤作動する現象をわざと起きるようにする」というものだ。

 これは、従来の、テストステロン産生抑制とエストロゲン投与による治療法では問題になる、性腺の活動抑制による、意欲・性欲の減退といった副作用を最大限回避し、逆に男性機能が活発であればある程、女性的な性徴や生理的反応が進むため、エクスプレッセスティ名物「シーメールで精神的同性愛者でしかも絶倫」というパーソナルが量産される。

 で、理想的なトランスジェンダー治療法(エクスプレッセスティの言い方では「シーメール安定治療法」)と喧伝しているこの手法だが、これは社会的な副作用がある。

 簡単に言うと、男性的な身体の発達を抑制してしまうため、筋力の発達、とくに瞬発力を高めた発達がしにくい。ついでに、当然体格自体女性そのものの範疇になる。さらに、民族の構成比率で日系が多数派である事も加わって、エクスプレッセスティの成人(当然この国に男女区分なるものは存在しない)の平均身長は160cmに届いていない。

 とは言え、それでも国を動かさなければならない。その為、機械力の最大限の活用を図っている。ただし、機械に筋力の補完を頼む分、その機械の生産技術の習得や、整備技術者の育成にも力を入れてきた。決して「スイッチ入れればなんとかなる」という安逸なレベルではない。

 ──────── 話を戻す。

 とにかく、実態の数字を出してしまうとそれは事実なのだが、特に軍隊では動力化と電子制御化で補い、あとはどこぞの攻撃機型Br-1050A乗り曰く「女は度胸だ!」というノリでモチベーションを維持している。

「そのような国の助力を期待して、我が帝国に抵抗するというのか? まったく懸命でも、合理的でもない」

 ファーゴは、高圧的な口調で言いつつ、最後はわざとらしさを交えつつ呆れた様子を見せた。

「必ずしもそう言うわけではありませんでしたが……そうですね、我が国をムーへの侵攻経路として使わない、という確約がいただければ、貴国との関係性については交渉を継続しても良い、というのが、我が国としての回答だったのですが……」

「はっ、まだ言うか! いいか、ヒノマワリは蛮族国家の中でも、塵芥に等しい規模の、国と呼ぶにも値しない存在だ! 今のお前らは、帝国という暴風に曝された行灯の()に過ぎないのだぞ!!」

 フレイアの言葉に、ファーゴは、激昂した様子を見せつつ、威嚇するように怒声を上げた。

「そうですか……では、仕方ありませんね」

 フレイアはそう言うと、粛々とした様子で、手荷物の中から、ヒノマワリの品としては異質な、上質紙(厳密には上質再生紙)の封筒に収まった書簡を差し出した。

「なんだ……それは……」

「そちらの、『虎の威を借る』という表現に相応しいものとなってしまいますが、交渉がこのような状態になった場合、お渡しするように言付かってきました」

 フレイアはそう言って、書簡を応接テーブルの上に置き、挟んで向かい合っているファーゴにそっと差し出した。

「…………」

 ── 蛮族国家の紙にしては上質だな……いや、そうすると……

 ファーゴが手に取ると、ある程度は彼の予想通り、そしてある程度は彼の予想を裏切り、裏側の封印の部分には、エクスプレッセスティ国防軍の軍紋章のスタンプが押されていた。

「…………っ!!」

 それが何を意味しているのかは、ファーゴにもすぐ解った。エクスプレッセスティ国章ではなく、軍紋章と言うことはつまり、これは軍事行動の一部だということだ。

 ファーゴは、嫌な焦りを感じながら、封を切り、書簡を取り出し、その文書に目を通す。

 

 ──── もし、この文書を読んでいるのが、自称グラ・バルカス帝国政府関係者であれば、私達にとっての、ムー大陸における最終限界点を突破したことを意味する。

 我がエクスプレッセスティ共和国は、現在に至るまで自称グラ・バルカス帝国の国体の確認をしておらず、拠って、自称グラ・バルカス帝国なる集団を国家あるいはそれに準じる集団としては承認せず、引き続き之を “非合法武装集団” として国内法的に処理し、あらゆる国際法及び国際的慣習の保護の対象外であるとする。

 そのうえで、告ぐ。ヒノマワリ王国の独立主権の維持は、我が国にとって現在、至上命題である。

 自称グラ・バルカス帝国なる集団がこの主権を脅かした場合、私達の軍はこの世界における “新たなる3つの遠き隣人”、最良の同盟国たるムー国の助力の下、全力を上げてこれを排除し、その根絶への努力を開始する。

 これは最後通告である。これに至った場合、集団の不可逆的な完全武装解除、集団の解散宣言のみ、その交渉に応じる。

 

 エクスプレッセスティ共和国国防軍 ムー大陸派遣軍指揮官 イクル・アンジェリカ・ナカムラ陸軍大将

 

 追伸。私達はすでに海の彼方にはいない。今すぐにでも、おまえらに手が届く所まで来ている。

 

 






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