「プライベートな時間の最中、お邪魔しまして申し訳ありません」
──── パーパルディア皇国、パラディス城、中庭。
少し大きめのティー・テーブルセットが置かれたテラス部分で、皇帝ルディアスと皇妃ルミエスがティータイムを過ごしている。ルミエスのすぐ後ろには、リルセイド第2近衛師団名誉団長が控えている。
そこへ、行政局長のカイオスが、レポートを脇に抱えて、やってきていた。
「よい。余が報告を頼んだのだからな」
ルディアスは、一度カイオスに視線を向けて、そう言う。
「ハッ、レポートに纏めてありますが、口頭での説明が必要でしょうか?」
「いや、大丈夫だ。後ほど目を通しておこう。皇帝が必要以上に口を出すべきではない」
カイオスの問いに、ルディアスがそう答える。
現在の彼は、エクスプレッセスティの転移元世界での、世界一続いた皇統の、皇家、皇室、特に2代前の皇帝について影響を受けており、最終的に立憲君主制へと体制を刷新する事を望んでいる。
「お部屋にお持ちいたしますか? それとも後程出直してまいりますか?」
「いや、この場で受け取ろう」
カイオスの問いかけにルディアスが答えると、カイオスがレポートを差し出し、ルディアスがそれを受け取った。
レポートの表題は、
『エクスプレッセスティ共和国とグラ・バルカス帝国の戦争に関する、現状及び極短期的将来見通しについて』
と、書かれていた。
「…………グラ・バルカスはエクスプレッセスティと同じ科学文明国だと聞いていますが、遠隔地のムー大陸で、勝てるのでしょうか?」
リルセイドが、目元を険しくしてそう言った。
「第2近衛師団長殿は、少し心配が強いようですな」
カイオスが、手振りを加えつつ、苦笑して言う。
「ですが……確かに海の戦いではエクスプレッセスティが圧倒したというのは解っていますが、陸上の戦いは本当にそこまで強いのか、大東洋戦争では陸戦自体が限定的でしたし、 ──── 私が言うのも変かもしれませんが、 “女だけの軍隊” では……」
大東洋戦争とは、エクスプレッセスティとパーパルディアが主体となって起こった、先日の戦闘の、多くの国での正式用語として使われている名称だ。
リルセイドは、女性としてはかなり鍛え上げており、肢体を露わにすればそれが一目瞭然なのだが、それ故に、女性が鍛えて筋力をつける事の限界も知っていた。
「エクスプレッセスティのような、高度な兵器体系で戦う軍は、瞬発的な筋肉をつけることより、持久力と機械操作の技量が求められるであろう。それは女性である事が決定的な劣勢になるものではないのではないだろうか」
ルディアスが手振りを加えながら、自身の意見という形で、口元で笑んだままそう言った。
「兵士の持久力と技量を重視している点は、陛下の仰るとおりです。それに、大東洋戦争や、グラ・バルカスとの今までの戦闘では、海上の戦いで圧倒したのでそう見えないのは仕方ありませんが、もともとエクスプレッセスティは転移前、大陸にあった国家なので、実際には陸軍が充実している国なのです」
「そうだったのですね……────」
先に、ルミエスの方が、呟くように声に出す。そして、リルセイドの方に視線を向けた。
「──── リルセイドも見たでしょう、エクスプレッセスティのコルベットが海賊船をバラバラにしたところを。あの砲は57mm、それに対してエクスプレッセスティの陸戦兵器は、口径120mm、155mmの砲を積んでいると聞いています」
「実際には艦砲と陸戦砲では、要求される性能が異なるが……────」
ルディアスは、そう言ってから、
「カイオス」
と、カイオスに
「は。エクスプレッセスティ国防軍が主力戦車として想定しているのは車体重量40~50トン。当然、対装甲兵器もこれを前提に用意されています。グラ・バルカスのものは調査途上ですが、エクスプレッセスティの保有しているものにはまず及びません」
「それは、なぜですか?」
カイオスの説明に、リルセイドが聞き返す。
「動力の問題ですな。グラ・バルカスのエンジン技術はエクスプレッセスティどころか、ムーにも遅れている始末。仮にグラ・バルカスのエンジン技術で40トン級戦車をつくったところで、機動力と信頼性に欠け実用には程遠いことになる」
「そうなると、後は砲弾が大きいために、筋力の劣る女性では取り扱いに問題が残るかもしれないということぐらいでしょうか……」
カイオスの説明を聞いて、ルミエスが、考え込むように眉を
「いえ、それは自動装填装置が取り付けられていて、即応弾は機械が射撃準備をするので、ほとんどハンデにはならないとの事。実際、フェンでの皇国軍との戦いでは、走行しながら射撃を繰り返し、あっという間に倍の数の地竜を仕留めました。同様に野戦砲である2S016も自動装填装置付です。これは自走式なので、牽引砲と異なり、さっと展開して射撃を浴びせ、敵軍の応射が来る前に撤収することが可能です」
「…………正直、私も少し心配でしたが、どうやら、よほどの事がなければ、やはりエクスプレッセスティが勝つようですね」
ルミエスが、苦笑しながらそう言った。
「それに、此度の戦いにはムーも参加している」
ルディアスが続いた。
「戦車は間に合わなかったようだが、新型戦闘機だけでも補完役としては充分だろう」
「エクスプレッセスティ軍のウィークポイント、特に空軍のそれは、単価が高くて数ではどうしても負けるという点ですからな……」
「うむ」
カイオスの言葉に、ルディアスが返す。
「その部分をムー軍が埋める……まさに、天網恢々疎にして漏らさず、というものだ」
ムー、マイカル軍港。
エクスプレッセスティの輸送船が桟橋に横付けし、サイドランプゲートを開き、そこから無数のトラックが吐き出されてくる。
「凄まじいトラックの量だ」
ムー側の指揮官となるミック准将は、整列する大量のトラックを見て、感嘆の声を上げる。
ムーもすでに自動車はそれなりに普及している。だが、軍事輸送の大半は鉄道が主流だ。
──── が、実際にはエクスプレッセスティでも本来は、軍事物資輸送は、ムーよりはずっと自動車輸送のウェイトが大きいとは言っても、鉄道輸送もそれなりに使っている。
ところが。
エクスプレッセスティ国防軍の鉄道輸送パッケージは、日本国鉄/JR型コンテナを使っているため、ムーの貨車に載せることができない。
そもそもにして、ムーはエクスプレッセスティの影響で鉄道コンテナの導入を図っていたが、現在のところはまだ試験としての限定運用にとどまっている。
なので、当然ISOコンテナの輸送もできない。
エクスプレッセスティの貨車を持って来ようにも、軌間が違う。
貨車の台車だけムーのものに履き替える方法も考えられたが、履き替えた上で、耐荷重試験、速度試験をやらなければならない。
そう言うわけで、ムー大陸への展開に際しては、自動車輸送を主体とする事になった。
それに、もともと戦車は、T-54ですらエクスプレッセスティ国鉄、つまりJR在来線の規格に収まらない上、仮にそれがクリアできても、軸重の関係で2軸×2台車のボギー車に1両しか乗せられないため、鉄道輸送のメリットが薄いことから、装甲車両の運搬は最初から自動車偏重である。
「積載物確認よし!」
各トラックの積載品目を、それぞれのトラックのドライバーとともに、
「確認よし!」
そのトラックのドライバーも復唱する。
その間に、後方隊員は、スキャンターミナルの感熱紙プリンタに伝票を吐き出させると、それをビッ、と、プリンタの吐き出し口のところで切り取る。
伝票には、文字で書かれた品目リストの他に、他のSTで読み取るバーコードもプリントされている。
検品担当の後方隊員からその伝票を受け取ると、ドライバーはそれを小さめのクリップボードに挟んでから、大型トラックの運転席に収まる。
「でっぱーつ!」
開いている窓から、ドライバーが掛け声を上げる。エクスプレッセスティの国策自動車メーカー、セダクション・モーターヴィーグル・エンジニアリング製大型トラック『ディオナトラ』(三菱ふそう『スーパーグレート』のライセンス生産車だが、エンジンは同社8DC系から独自発展したV8ディーゼル、またはタトラT3D-928空冷V8ディーゼルで、オリジナルの一般市販型にはないAWD市販モデルが追加されている)が、8DC2Sエンジンの咆哮とともに、走り出す。
そのトラックが走り去った後で、複数の検品担当後方隊員が、別の車両の検品を各車のドライバーとともに進めている。
「トラック自体も恐ろしく洗練されているように見える」
ミックは言う。キャブオーバースタイルのディオナトラ、それにセダクション『ファイター』(同様に三菱ふそうのライセンス生産車だが、輸出をあまり考えていなかったため原型と同じ名前のまま。こちらもエンジンは国内設計で、本家にはない4WD市販車がある)は、無駄を省きつつも精悍さをもった、まさに未来世代の自動車製品のように見える。
「あれを見ると多少はホッとするが ────」
輸送船から吐き出されてきた、T-64-120を搭載したトレーラーを
「──── そうは言っても、中身は我が国の技術より相当進んでいるのだろうな……」
エクスプレッセスティ国内にあるウクライナKrAZ原設計のトラックは、高い悪路走破性が求められる場面で使われているが、エンジンはヨーロッパ向け仕様にはないセダクション8DC2S・8DC2Cになっている。 …………設計の原点ということで三菱の型式を受け継いではいるが、実際のところセダクションお得意の電磁式VVT-OHV、燃焼室は渦流式、コモンレール燃料噴射、スーパーチャージャーもしくは過給付ターボコンパウンドによる充填効率向上前提と、もはや別モンである。直接噴射式ではないのは途上国向けを意識して燃料噴射系への負担を減らしているためで、電子制御コモンレール噴射システムは高圧化よりも燃料噴射量の厳密化を主な目的として採用されている。
マイカル軍港、
ギリリリッ、ギリリリッ……
ラチェット式緊締装置で、荷締め用のチェーンを締め上げていく。
「そっち外れかかったりしてないよねぇ?」
ラチェットを締めながら、その隊員が声を上げる。
「大丈夫大丈夫ー!」
貨車の上の中型トラック『ファイター』の向こう側から、答える声が聞こえてきた。
「うーし」
主従の従ではあるが、鉄道もある程度は使うことになっている。
中型トラックに荷物を載せたまま、貨車の上に固定して運ぶという、いわゆるピギーバックのスタイルを使っていた。
また、小型のBRDM-2も同じように、鉄道車両への積載を待っている。
日本に倣って高床式プラットホームを採用しているエクスプレッセスティとは異なり、ムー国鉄は旅客駅では、一部の電車線を除いて、地球ではむしろこちらの方が主流の低床式ホームだ。
しかし貨物の荷役線には、積み下ろしがしやすいように、貨車の荷台高さに合わせた高床式プラットホームになっている。面白いことにエクスプレッセスティとはまるっきり逆で、エクスプレッセスティでは貨物の荷役線は併用軌道の構造になっていて、フォークリフト運用の障害になる構造物は排除してある。
今回は、自動車を貨車に搭載するのに、ムー方式が都合良かった。ムーにはすでに自動車があるし、軍でも使っているため、高床式ホームには車両が登り降りするスロープがあり、ホームの上も障害物がほとんどない。トラックやBRDMは積載予定の貨車まで走っていき、直接貨車に乗り上げることができた。
ほとんどの隊員は、キビキビと動き、あるいはムーの人間と確認のやり取りをしていたが…………数人、貨物列車の先頭のあたりで、ボーッとそれを眺めていた。
「はぇー、SLってこんなかんじの代物なんだー……」
すでにボイラーに火が入り、煙突から煙を上げている蒸気機関車を見つめていると、
「コラーッ! お前ら、仕事しろーッ!!」
と、准尉の階級章をつけた後方隊員が、腕を振り回しながら飛んできて、蒸気機関車を眺めていた隊員を
「ったーく」
まぁ無理もない。建国時には、すでにほとんどの国では蒸気機関車は引退しており、自国は最初から日本の中古品の電気機関車とディーゼル機関車でスタートしたから、蒸気機関車を見慣れていない人間が圧倒的に多い。
ちなみにクロエは少ない例外だったりする。ベトナム出身の彼女は、物心ついた頃、まだ蒸気機関車が、動態保存目的ではない文字通りの現役だった。だがそれも間もなく引退し、ベトナムでも観光目的の動態保存車のみが残るのみとなった。
「ちゃんと予定通り終わるんでしょーね……」
現場を視察していた、エクスプレッセスティ国防軍ムー大陸派遣軍指揮官のイクル・アンジェリカ・ナカムラ大将は、自身の移動用のセダクション『トレイスティ』(マルチ『ジプシー』のライセンス生産車、つまりスズキ『ジムニー』の孫)の座席に戻ると、こめかみのあたりに手を当てて、頭を抱えるようにして言った。
イクルは、北部ロデニウス戦争時は准将で、第5空中機動旅団々長として参加した。今回の総指揮官抜擢は、クロエ同様、この世界での実勢経験者という理由での抜擢だ。
以前にも説明したが、エクスプレッセスティでは
今回は、ムーと合同作戦で、エクスプレッセスティ側が上位の指揮となることもあって、イクルは少将への昇進を受け、作戦任官として大将になっているかたちである。
「一応、出発便は予定通りに全車出発できる予定です。後は、現地側、アルーの受け入れ体制ですね」
補佐官の1人がそう告げる。
アルーは、ヒノマワリ王国との国境付近に存在する街で、以前はレイフォルの勢力圏との隣接地域だったため、軍事基地もある。
「アルー側に、何か問題が?」
イクルが聞き返す。
「あちらはムーの軍基地の要員が中心となるので、スムーズに受け入れてくれればいいのですが、と」
「まぁ、それは大丈夫でしょう」
イクルは、軽いため息交じりにそう言った。
「ムーは私達の力を評価しているようだし、ジュリオがノウ公にやられた時のようなことにはならないでしょ」
イクルは苦笑交じりに言う。ジュリオ・フェラーロは、北部ロデニウス戦争で、クワ・トイネ派遣部隊の第1陣として上陸した第1旅団の旅団長として参加した。
この時、エクスプレッセスティ軍の戦力を過小評価した、クワ・トイネ公国中部騎士団長のノウにより、エジェイ西方への展開が遅れるという事があった。このためにギム周辺疎開民への車両の支援が妨害され、懸念していた通りに、徒歩と僅かな馬車で避難していた疎開民がロウリア王国軍の騎兵隊の襲撃を受けた。この時は危ういところで空母攻撃隊が来てロウリア騎兵隊を始末して、事なきを得たが……────
「とにかく、グラ・バルカス軍が国境線を突破する前に、部隊の半分だけでもヒノマワリ王国内に展開しないとならないわ」
そこまで自分で言ってから、ふと思い出したようになる。
「1IMTの司令部は、もうアルーに到着しているのかしら?」
「アルーからの報告はまだありませんが、現在地を確認しますか?」
「お願い」
その頃、当のクロエは、セダクション『デリカ』(三菱3代目P系デリカのライセンス継続生産車)のロングボディ車に乗り、すでに、アルーまで30kmの街、キールセキを通過しようとしているところだった。
「
「なんでムー
一瞬、怪訝そうな表情をしたクロエだったが、少しだけ逡巡した後、
「1TRはもう到着しそう?」
と、問い返すように言った。
「STと同じ車列にいます」
「りょーかい。そうしたらSTは1TRと一緒に指定の展開先に向かっちゃっていいわ。ただしヒノマワリ側が止めてくるようなら無理押ししないで一旦こっちに寄越して」
「了解です」
その、グレイス・アサギ・アダムス少佐の率いるスペシャルチームは、第1装甲連隊の戦車トランスポーターのトレーラーとともに、アルーへと残り十数kmの場所を走っていた。
「これを見てどうグラ・バルカスがどんな顔するか、見ものねー」
アサギは、自ら小型トラック『ルーシア』(マツダ3代目WG系『タイタン』のライセンス継続生産車)のステアリングを握りながら、ルームミラーで荷台の方をみつつ、妙に楽しそうに言う。
「ちょっと性格悪くありません?」
助手席のイーネが、わざとらしく口を尖らせながら、言う。
「言葉に出さないだけで、イーネだっておもしろい事になる期待してる顔になってるわよ?」
「まぁ、…………否定はしません」
単なる害意とは異なる質の悪意を荷台に積んで、車列は間もなくアルーに到着しようとしていた。
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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