「おーお、きたきた」
第1統合機械化旅団麾下、第1機械化歩兵連隊本部付偵察歩兵小隊のセレン・ピェンチャオ・ナタリー・オドゲレル中尉は、ディスプレイの向こうで、決してきちんと整備されているとは言い難い街道を、車列をつくって行進しているグラ・バルカス装甲部隊の姿を見て、ニヤニヤと笑っている。
「これで……向こうが見えてるんですか……」
ムー陸軍の砲兵隊付第11偵察隊の通信員・ケイネスが、座席に腰掛けた状態のピェンチャオの背後から、その肩越しに、ディスプレイを覗き込みながら問いかけるように言う。
エクスプレッセスティの成人
「そうよー」
ジョイスティックでドローンを操縦しながら、ピェンチャオは、背中越しにケイネスに答える。
ムーにはすでに航空機がある。回転翼機も、実物見せて説明されれば理解できる。テレビも、カラー放送こそエクスプレッセスティの転移時で実験段階だったものの、ある。
だから、トランク型のコントローラーケースに収まっている2面のディスプレイに移っているのが、実際の光景だということは理解できる。
しかし、高度な遠隔操縦機能、自動操縦機能を持つ超小型偵察機というのは、流石に想像を絶するものとしか言えなかった。無線遠隔操作そのものの概念までは理解できるのだが、カメラの映像を頼りにリアルタイムで繊細な動きをさせる事や、目標位置まで、飛行ルートのみならずカメラの向きなどまで細部を指定して自動操縦で行き来できる事など、目にしてなお、信じきれない。
デリカバン・ロングボディ4WDが2機ずつ運んできた、ALPHA Unmanned Systems ALPHA800 シングルローターヘリ型ドローンを、軽バンのセダクション『キャリイバン』 ──── 本家スズキの5代目『エブリイ』のフルモデルチェンジ(DA64系→DA17系)に付き合わず、2018年に商標権のみのライセンシーとして『エブリイ』『キャリイバン』(KV017系)『キャリイトラック』(セミキャブ車・KT017系)にFMCした(トラックのフルキャブ車のみ引き続き本家DA16系にFMC。また、日本本国やスズキの販売網が存在している国では『セクチャ』 (“Cexcha”)の商標を使っている)。 ──── の車内に置かれたコントローラーで操縦し、グラ・バルカスの推定進軍ルートを観察していた。
ALPHA800は、ガソリンエンジンを、エクスプレッセスティ軍が燃料の統合のため、Advanced Innovative Engineering製40S型マルチフューエル・ロータリーエンジンに変更したものである。非公式にALPHA800
「あれっ?」
ALPHA800のカメラに映る景色を見て、ケイネスが気付いた。
「このあたり、地雷埋めてませんでしたか?」
ムーには
「さっすが偵察班、肉眼で確認した地形をきっちり覚えてるのね……」
ピェンチャオは、感心したように声をあげる。
「中尉、それは自分が褒められていると思っていいんですか? それとも我が国が侮られていると思っていいんですか?」
ピェンチャオの反応を見て、ケイネスは、おどけ混じりに、わざとらしく口を尖らせて、そう返す。
「ああ、ごめんごめん。やっぱり特殊技能だからさ、こう言うのってセンスないと、メカで補うっても限度があるっしょ?」
「まぁ、そうですね」
少し申し訳無さそうな苦笑をしつつ、ピェンチャオが言うと、ケイネスも表情を崩した。
「で、地雷なんですけど」
「うん、埋めてある」
ケイネスが再度問い直すと、ピェンチャオは、悪戯っぽく苦笑しながら答えた。
「じゃあ、肝心なところで不発ですか!?」
ケイネスが軽く驚愕したように言う。
エクスプレッセスティの機械技術に触れたムー人にとって、エクスプレッセスティ製の機械というのは、エクスプレッセスティ国民が思うところの日本製と似たような感覚である。
「いや、不発も何も、センサー切ってあるし」
「え? それじゃ何の役にも立たないじゃ…………────」
そこまで言って、ケイネスは、ある事に気が付き、口元に悪巧みをする子どものような笑みを浮かべた。
「なーるほど、そう言うことですか」
「多分そう」
「敵、前哨陣地、見えてきました!」
先鋒となって進撃していた。第2戦車小隊の第2分隊長兼4号車々長のナヴ・アーロンヌ少尉は、見た目にも明らかに何かがくすぶり、砲爆撃を受けた痕跡の残る、敵前衛部隊の展開地点にたどり着いた。
アーロンヌは、キューポラから周囲を確認してから、車長ハッチから身を乗り出した。
熱い。
木製のバリケードのようなものも用意されていたようだが、粉砕されて消し炭になっている。
すでに消し炭になった、軍服と思しき炭化した布を纏った人体 ────
「は、はは……そうだ、そうだよ……帝国が、グラ・バルカス帝国が負けるはずないんだ、そう、俺等が、 “女だけの国” の軍隊なんかに……はは、ハハハハ……!!」
アーロンヌが乾いた笑いを上げつつも、彼の乗車であるグラ・バルカス帝国陸軍中戦車・『ハウンド』I型改は、キャタピラの軋みを響かせながら、ゆっくりと前進する。
「…………」
あらぬ方向に倒れ、折り重なっている遺体のそばを通りかかった時、それに視線を向けてしまいつつも、顔をしかめる。
── 慣れてはいるが、気分のよくない光景だ……
アーロンヌがそう思った時。
彼の乗車のキャタピラが、1体の遺体を引っ掛けた。
バキン!
── 何!?
「止まれっ、分隊停車!!」
アーロンヌは、ヘッドセットのマイクにそう指示した。
自車が停止すると、アーロンヌは、その遺体のある場所に向かって、砲塔から飛び降りた。
着地すると同時に、視界に入った、ステンレスと思しき金属棒を掴む。その根本を見ると、それは、遺体 ──── 彼らが遺体だと思っていたものの、股間につながっていた。
「やられた! 囮を使われたんだ!! どおりで後衛に比べて前衛に対空火器がないわけだ!!」
アーロンヌが毒
「!!!!」
閃光。 ──── その瞬間、アーロンヌは、周囲から音が消えたような感覚に陥った。
光の矢が、彼の乗っていたハウンドI改を前後に貫いたかと思うと、次の瞬間、リベット留のハウンドI改の車体が、文字通りバラバラになった。
グォウ!!
ディーゼルエンジンの ──── 自軍の、アイドリング時のカラカラ音が目立つものとは違う、精細でいて、遥かに逞しく、雄々しい咆哮。
まだ距離はかなり離れているはずなのに、長砲身大口径の砲塔を備え、その分重量はあるはずなのに、どれほどのものでもないとディーゼルエンジンが雄叫びを上げ、突進してくるその姿、まさに鋼鉄の闘牛。自分たちのハウンドなど、ブリキの玩具当然だ。
ヴォゥ!! グォオォォォンッ!!
「さーて、曲がりなりにも戦車戦だ! じっくり楽しませてもらいましょうかねぇ!!」
第18装甲連隊・連隊長補、エリカ・シュミット中佐は、ジン・ハーク攻防戦当時に中隊長として率いていた、第36戦車中隊 “リンクス” のT-64-120、2号車の砲手席に収まっていた。本来の砲手は、操縦助手席に収まっている。
エリカは1K14E照準器の操作パッドを握り、スコープを覗き込む。
「停止!」
エリカの号令とともにT-64-120の46トンの巨体がピタリと停止する。
その瞬間、エリカはトリガーを押し込んでいた。
ドゴォッ!!
発射音が響いた時には、照準器に捉えられたハウンドIが120mm
「ええいっ! なんで日本陸軍なのよ! せめて同じ第二次世界大戦でもドイツかソ連ならもっと楽しめるのにっ!!」
相手のあっけなさに、エリカは、航空機同様、日本の九七式中戦車そっくりなグラ・バルカス帝国の戦車に対し、不謹慎にもそう怒声を上げていた。
ロウリア戦の轍は踏むまいと、機械化歩兵小隊が戦車隊の左右にBTR-4SEが進み、後部ハッチが開いて歩兵が展開する。 ──── その最中に、車体上のBM-7/20『Desna20』RWSが、T75 20mmリボルバーカノンで20×102mm
「ぐぁっ!」
「がぁぁっ!」
歩兵がうめき声を上げつつ、その身体がバラバラになる、という、身の毛もよだつ光景が、アーロンヌの目前で繰り広げられる。彼は腰を抜かしてへたり込んでいたため、運良く双方の火線から外れていた。
「あ、あの装輪装甲車ですら、俺達の戦車じゃ相手にならないっていうのかよォ!!」
グラ・バルカス歩兵部隊直協の『シェイファー』II型軽戦車が、20mm APDSを浴びる。蜂の巣、になることすらできなかった。1発ごとに車体がビクビクとのたうち、最後にはリベットの大半が脱落してその場で乗員もろともの解体が完了する。
ヒュッ、シュッ…………!!
BTR-4SEから展開した歩兵小隊の一部が、LMP-2017軽迫撃砲で61mm擲弾を発射する。
ポーランド製のこの軽迫撃砲は、大胆に軽量化されており、簡素な軽迫撃砲型の重量はわずか6.6kg。デジタル測距儀とモノポッド付の迫撃砲型でも19kgと軽量になっている。体格、筋力でハンデを負うエクスプレッセスティ国防軍が飛びつかないはずがなかった。
また、発射音が小さいのも特徴で、2022ウクライナ-ロシア戦争では、ロシア側で参加した中華人民解放軍徴兵経験のある中国人傭兵が、その事を特別指摘している。
自軍戦車の後方から、敵歩兵を牽制しようとしていたグラ・バルカス軍の歩兵隊の頭上に、擲弾が数発、着弾した。
「敵歩兵掃討、浸透させるなッ!! 敵戦車を裸にしろッ、突撃ィイィィィッ!!」
高い女声で響く。
── 誰だ、『“女だけの国” の軍隊ゴッコ』とかヌかした阿呆は!!
樹脂製と思われる台座、まるでマシンガンのようなバナナ弾倉をもつ、連射可能な歩兵銃を手に、女性である、というだけの戦鬼の群れが突進する。
グラ・バルカス側の歩兵隊は、自軍戦車があまりにも脆く頼りにならないことに、絶望と諦めから戦意を失いかけている者が、大半とは言わないまでも明らかに過半を越えていた。しかも自分達が持っているのはボルトアクション式の歩兵銃や騎兵銃、気迫でも、手数でもまるで勝負にならない。
「小国にしかイキれないこのインポ野郎どもが!!」
「その装備で侵略は80年早いんだよ!!」
「撃たれる覚悟のない奴が戦場に出てくるんじゃねぇ━━━━ッ!!」
まさに「独身男性の異性への幻想と情緒を木っ端微塵にする」光景が、戦場を支配していた。
── なんだ、何が起きているッ……!?
その報告を受けた時、そのあまりの内容に、ボーグは、野戦指揮車の中で、短時間だが茫然自失してしまった。
敵戦車出現。
最初は8両程度という報告だった。だが、そのたった8両に、4倍以上の自軍戦車が消し飛ばされた。
それはどう考えても不可解だったが、続報は単純にボーグを追い詰めた。
敵戦車は続々と姿を表し、60両、さらに交戦開始していない敵後続も含めると100両弱が、自軍戦車部隊を半包囲し、集中砲火を浴びせているという。
「そんなバカな……────」
意図せず、ボーグは声に出してしまっていた。
「そんなバカな! 敵の前衛部隊は航空攻撃と事前砲撃で充分に叩いたはずだ! それなのに、戦車100両だと!? そんな戦力が残っていたというのか!?」
もう説明不要だろう。
グラ・バルカスの航空攻撃と事前砲撃によって破壊されたのは、アーロンヌがすでに看破した通り、囮である。
アサギ達のSTがバルーンデコイを配置し、その周囲に廃棄予定の軍服を着せたマネキンを起き、わざと航空機から見つかりやすいようにカムフラージュネットを張っておく。
エクスプレッセスティ国防軍のバルーンデコイはそれほど高価なものではないが、それでも1つ5,000US$~10,000US$はする。
誘導弾ではないグラ・バルカスの500kg爆弾と比べた場合、1発でトントン、1発あたり複数破壊されると、コストパフォーマンス的にはデコイ側が不利、に見えるかもしれない。
だが、再生怪人兵器とは言え、クラシックT-64やクラシックT-54をT-64-120とT-54-120に改修するのには、1台あたり1,000,000US$ぐらいする。これを破壊される事を防げるのなら、遥かに安上がりなのだ。
また、防空のためにミストラルやクーブを使えば、そのミサイルも安くはない。
そう考えれば、相手の火力を無駄遣いさせるメリットは充分ある。
何より、相手はボーグがそう判断した通り、「敵の戦力を漸減できた」と誤認させることが戦術上の優位を掴む事にもつながる。
『逃げろーッ!!』
ボーグが指示を出す前に、無線で誰かが叫び声を上げた。
『逃げろっ、相手は
「だ、だ、誰だ、こんな言葉を発信しているのはッ!?」
軽く狼狽を見せつつ、ボーグが怒声を上げる。
ボーグ達、第4機甲師団の司令部は名前まで把握してはいなかったが、麾下の第1旅団第2戦車小隊の2号車々長、モント・セラト軍曹の声だった。
彼の目前では、僚車が次々に120mm滑腔砲によって、20mmリボルバーカノンによって、40mmグレネードガンのHEATで、RK-3『Corsar』対戦車ミサイルで、敵が持つあらゆる手段で破壊されていく。
バカーンッ!!
「ひぃぃぃっ!!」
セラトがそう形容した通り、後進をかける彼らの目前で、120mm APFSDSに貫かれたハウンドが、バラバラになった。この場合、バラバラになるのはその乗員もだ。
ハウンド中戦車は、開発当初の、リベット接合車体に18.4口径57mm砲のハウンドI、溶接車体に高初速53.7口径47mm砲のハウンドII、生産切替の過渡期に、ハウンドIの車体にハウンドIIの砲塔を載せたハウンドI改がある。
だが、T-64-120の前には、その差は意味がなかった。等しく無力だった。
「この者を特定しろ! 後で処分の対象とする!!」
ボーグは、セラト達がどのような目に逢っているかまでは想像しきれず、激昂して荒い声を上げた。
「この第4機甲師団が……我が帝国最強の第4機甲師団が、 “女だけの国” の “女だけの軍隊” に負けるなど……あってはならない! 絶対に!! 俺達はグラ・バルカス帝国の強さと恐ろしさを、再びこの異世界の蛮族と、身の程知らずの女共に振りまかなければならないのだ!! ここで
「で、ですが少将!」
第4機甲師団司令部の、その身分にしては若々しく見える参謀長、サミーが縋り付くような声を出す。
「これはある程度解っていたことです! エクスプレッセスティの軍事技術は80年進んでいると……無理に進軍しても、兵を無駄死にさせるだけです!!」
「黙れ! 貴様も抗命罪で軍法会議にかけられたいのか!? 参謀長!!」
「時には! 生き恥を晒してでも祖国に戻らねばならない場合もあります!!」
「ええい、黙れ、貴様はここで降りろ!!」
「えっ……」
ボーグはサミーの席の扉を開けると、走行中の野戦指揮車から蹴落とした。
ボーグの悪いクセが出た。一見ガオグゲルに対して、冷静に見える彼だが、その上でうまく回っているのは、ガオグゲルとボーグはどちらもサディスト且つ、それを外敵に向かって発露するという点では共通しているからだ。
ただ、ガオグゲルが基本的に品行下劣な方面に走りがちなのに対し、ボーグはある程度抵抗力のある対象への加虐願望という形で発露する。
────……なので、ボーグはエクスプレッセスティ軍に対しては、その加虐嗜好が発露しにくいわけである。もっとも、今まさに起こっているエクスプレッセスティ軍歩兵部隊の突撃を見れば、考えが変わる可能性は高いが。
ただ、皮肉なことに、サミーにとっては、デッドラインギリギリで踏みとどまることができた。
「偉そうなのが通過していくけどー?」
『そろそろやっていいわよー』
「じゃ始めます」
「熊ン蜂よりメス力
街道沿いの雑木林に隠れ潜んでいたユキが、カムスイッチを捻る ────
ドバァアァァァンッ!!
「なっ……はっ……」
サミーが、走り去っていこうとする野戦指揮車に視線を向けた瞬間、彼の目前で、地面から炎の矢が吹き出し、野戦指揮車のクローラの片側を突き上げた。
「じ、地雷……ッ……!!」
JGMA-92 ──── 原型名、92式対戦車地雷は、リモートスイッチで炸裂した。本来、
「空挺砲小隊、撃て、撃てッ!!」
ユキの号令とともに、雑木林に隠蔽されたM-30 122mm榴弾砲の射撃が、指揮車とともに行動していた、燃料や弾薬の補給運搬車に降り注いだ ────
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