「こりゃ、ここでは直せませんよ」
T-64-120の1両、 “パンサー” 中隊の1号車を、BREM-61が車体後部をクレーンで吊り上げ、ジャッキスタンドで支持されている。
その状態で、駆動軸あたりを調べていた整備員が、傍らにいた2人の士官を向いて見上げ、そう言った。
「駆動軸が曲がってますからねー……無理に回したら軸受焼いちゃいます、いや、その前にキャタピラが嵌まるかどうか」
整備員はそう言って、腰を上げる。
「どうにか、この場で部品交換できない?」
言われた士官のうちの片方である、クロエが、渋い顔をしながら、整備員に訊ねる。
「無茶言わないで下さい。そもそも、ここまで持ってきてませんよ」
整備員は、呆れ返ったような表情になって肩を竦めた。
「アルーでなら直せそう?」
もう1人の士官が整備員に訊ねる。エクスプレッセスティ国防軍独特の、階級章と部隊章が組み合わさった肩章には、大佐の階級が示されていた。
「断定はできませんが、悲観的です」
整備員は言う。
「ハブが割れてるとかそんなもんじゃないですからねー。クリアランスが取り直せるところじゃないと。マイカルで直れば御の字じゃないですか? 最悪本国かも。修理自体は可能なんですが」
「だってさー、ピーチュアン旅団長閣下~」
もう一方の士官の方が、やたらニヤニヤとしている。
彼女は、そのニヤついたままの様子で、自身より背の低いクロエの肩に腕を乗せて、格好だけもたれかかったようにする。
捕虜奪還・バルクルス基地襲撃で投入された戦車中隊は、1TRから抽出され、それをクロエが直率していったかたちである。
「ああ、これだから嫌だったのに」
クロエは、疲れたような表情でため息交じりにそう言ってから、
「現時点で、私はまだあなたの上官なわけですが、一緒に始末書書きたいですか?」
と、淡々とした口調でそう言った。
「…………」
クロエのその態度に、ケイトは目を
「なんですかその顔」
「いや……どう……言ったらいいのか、な、と」
クロエが問いかけると、ケイトは気まずそうに言う。
「いやー、カタブツだとも言い切れないし、ここは『冗談ばっかりー』と返すべきなのか、素直に謝罪すべきなのか、と……」
「普通は後者ですよね」
「ですよねー……ハハハ…………失礼しました!」
淡々とした口調で言うクロエに、ケイトは、途中まで気まずさを誤魔化すように笑ったが、途中で直立不動の姿勢になって、敬礼をした。
「だーからやりたくなかったんですよ、先輩方にこう扱われるのが解ってたから。もうこの際今回の件で降格にしてくれませんかねぇ」
「それは無理じゃない?」
ボヤくように言ったクロエに対し、ケイトが短く即答すると、クロエは脱力したように首を
「そもそも、アルーHQは承知で送り出したんでしょ?」
「まぁ、そうなんですけど……」
「上も空軍を展開させる時間が欲しかったわけだし、ヒノマワリの防衛とグラ・バルカス軍部隊の漸減はほぼ完全に達成、厄介な敵航空戦力を基地ごと根こそぎ。それでこの程度の損害だったら、尚更辞めさせてもらえないでしょ」
「あー…………そう表現されると確かに、辞めさせにくいか……」
ケイトに指摘されて、クロエは、腕組みをしながらため息交じりに言う。
「アンタは、 …………
「先輩までユキみたいなことを……」
2人がそんなやり取りをしている間に、整備班と装甲回収班は、BREM-61で釣り上げていた、T-64-120を下ろすと、代わりに戦車輸送用トレーラーがやってくる。
「オーラーイ、オーラーイ、オーラーイ」
連結部が中折れするジャックナイフ運動をうまく抑えて、ゆっくりとながらもスムースに、トレーラーの最後尾側を戦車の前側へと寄せる。
「ストップー! PTOに切り替えてー!」
「りょうかーい!」
誘導していた整備員が、そう声を上げながら、停車したセミトレーラーのKrAZ-6446トラクターヘッドに取り付けられている発電機操作盤のところまで走ってくる。トラクターヘッドのドライバーは返事をして、シフトレバー横のPTOレバーを “走行” から “PTO” に切り替える。
車載発電機を起動してから、別の整備員と共に、セミトレーラーの上に乗る。
エクスプレッセスティの戦車輸送トレーラーには不動車回収用の電動ウィンチが付いている。牽引用に調達されるトラクターヘッドにはトレーラー側の電装品に給電する為の発電機が搭載されている。
大牽引力ウィンチのフックを2人がかりで抱えて、トレーラー後部へ引き伸ばしていく。
すでにスロープゲートは降ろされている。ウィンチのフックをT-64-120側の牽引フックにかけると、スロープゲートから離れていく。
「ブレーキ外してあるよねー!?」
「大丈夫ー!」
戦車の方に取り付いている整備員の返答を待って、ウィンチの巻き上げを開始させた。
ワイヤーがピンと張ると、モーターの音が重くなり、トラクターヘッドのエンジンの回転数が自動で上がる。
整備員の1人がクロエとケイトの近くまでやってきて、
「とりあえずアルーまで持ってきますけど、それでよろしかったですね?」
と、クロエに問いかけた。
「はい、お願いします」
クロエが答える。
「では、移動委任状に目を通して、確認のサインをお願いします」
整備員に、B6サイズの委任状が留められたクリップボードを差し出されると、クロエは、移動場所、引き渡し相手などを確認し、責任者の署名欄にサインをした。
「では」
「うん、お願い」
小さく敬礼する整備員に、クロエが返礼すると、整備員は小走りにその場を去っていった。
「ま、相手の戦車は1個機械化旅団か師団規模を片付けたんだし、1両ぐらい欠けてても、当分
「ま、そうなんですけど」
ケイトの言葉に、クロエはなんとも言えないような表情でそう言った。
「それより、上がイライラするとしたら、持って帰ってきたお土産の方なんじゃないの? それで処罰されるとは思わないけど……」
「あーっ!」
ケイトに言われて、クロエは、すっかり忘れていたのを思い出したというように声を上げ、反射的に頭を抱えた。
「そうだったーっ!」
グォゥ!
クロエの声を、発車するトレーラーのエンジン音がかき消した。
「頭いてーッ!!」
エクスプレッセスティ共和国、首都エムブラセクス。
国防省、長官室。
エミリアの総統執務室よりかはシンプルな室内、執務机に突っ伏しかけて、マコト・ハンナ・イノウエ国防省長官が頭を抱えている。
「抑留者がまた増えるだけでも厄介なのに、どーして亡命希望者なんか湧くかなー」
そう呟いて、ふーっと深くため息を
グラ・バルカス帝国は近代化されているとはいえ、基本的に21世紀の地球とは価値観が違う。そこへ持ってきてエクスプレッセスティ共和国もジェンダーの価値観が偏りすぎていて、亡命者を受け入れるには適していないことこの上ない。
イルネティア南岸沖海戦の時の抑留者は、抑留期間中の意識の変化からの亡命希望だったので、とりあえずエクスプレッセスティ国内で生活するのに必要最低限の価値観のすり合わせができてから受け入れたからいいが、最初から亡命希望となると意識調査だのなんだの面倒くさいことこの上なくなる。
しかも、1人はマジョリティ男性だから話が更にややこしくなる。
今更説明するのも蛇足かもしれないが、エクスプレッセスティは “広義の女性だけの国”。そしてその “広義の女性” とは、ルッキズムに基づいた女性的外観要素を持つ存在である。
基本的に、マジョリティ男性の国民、つまり国籍保有者は存在しない。
このハードルを越えられると割と簡単に国籍が発行されるため、性同一性の問題がないマジョリティ男性
国籍取得希望者の性徴切替措置は全額公費負担となっているが、逆に言うとマジョリティ男性の国籍取得に際しては事実上の義務になっている。
その上で移民希望となると、興味本位というわりとしょうもないのもいれば、いじめ、虐待、DV、といった、性同一性以上の生命の危機からの逃避先とされる場合も多い。ただ、常時徴兵制ではないものの、軍事動員に関する法律が存在するため、徴兵逃れには適していない。
しかし実際問題、国際社会の一員として、これを受け入れられない男性の難民や亡命希望者を完全にシャットアウトする体勢にはしておけない。
外国籍の定住制度は存在する。ただ、原国籍の国が恐怖独裁体制なんかだったりすると、強制帰国を要求してくる可能性もあったりして、国籍を移す必要があったりする。
そこで、褒められた手段ではないが、そう言うマジョリティ男性を国内に受け入れる必要がある時は、また別の他国の国籍を斡旋していた。
──────── 転移後、特にイルネティア南岸沖海戦の
具体的に言うとロウリア連合王国とトーパ王国の国籍を
── とは言え、彼らは
マコトは、PCで他の決裁を処理しつつ、声に出さずにそこまで言って、
「ユリにまた後でなんか言われるんだろうなー……」
と、ユリ・キャサリン・タナカ内務省長官の名前とともに声に出した。エクスプレッセスティでは入出国・国籍管理はここの管轄である。
「ふぅん……ややこしいのねぇ……」
数日後。
ムー国、国鉄南部本線、マイカル行特別列車。
その車中で、移動がてらに、エクスプレッセスティへの移送とその後の手続きについて、レオナとエリクセが説明を受けていた。
列車の編成の大半が、マイカルからエクスプレッセスティへ、もしくはオタハイト近郊のムー軍刑務所へ、それぞれ移送される捕虜が乗っているが、2人と、ムーへの亡命希望者数名は、捕虜・抑留者とは別の車両に乗っていた。
ついでにこの車両にはガオグゲルも乗せられていたが、亡命希望者とは即席の仕切り板で区切られた簡易区分室に軟禁され、小銃抱えたムーの憲兵と、サブマシンガンを手にしたエクスプレッセスティの憲兵である軍規統制部員がその扉の左右の座席に陣取っている。
また、別の車両には、帰国命令が出た、捕虜になっていた11名が乗っている。
一通り話を聞かされて、まずレオナが先程の一言。
「ははは……なんかレオナさんはとてもうちの国に合いそうな気がします……」
2人の随行員を任された、ノンティ・ソフィア・セシル中尉が、乾いた笑いを浮かべながらそう言った。
「なんだかみんなそう言うのよね……私自身もそんな気がする。生まれてくる世界を間違えたのかしら」
緊張する様子もなく、レオナは笑み混じりに言う。
「多分、技術格差からのギャップが解消されたら、すごく馴染むんじゃないでしょうか」
「そうね。捕虜だった
どこかスッとぼけた口調で会話するレオナとは対照的に、エリクセは明らかに不安そうな表情をしている。
「あのーぅ」
レオナとノンティの会話が途切れたところで、エリクセが声を出した。
「自分は、トーパという国の国籍を取得する手続きになると聞いたのですが、すると、一度そのトーパへ?」
「あ、それは大丈夫です」
エリクセの質問に、ノンティが答える。
「便宜上の手続きなので、我が国から出国することがなければそれ以上のことはないです」
「そうなんですね……」
エリクセは、どこかホッとしたように小さく息を吐きだしつつも、一方で妙な感触を覚えたような、不思議そうな表情になった。
「それにしても……」
レオナは、周囲を見渡す仕種をしながら、言う。
「立場的に仕方ないとは言え、3等車で長々揺られて、そこからは延々と船旅か……西の果てから東の果てだから仕方ないとは言え……」
ここでようやく、緊張感はないものの、少しだけ憂鬱そうにそう言って、
「いえ、お2人は飛行艇で我が国までお送りいたします。エリクセさんの手続きの関係で、港湾都市のエナジポリスからは鉄路になりますが」
「飛行艇」
2人が、揃って軽く驚いたような顔をした。
「エクスプレッセスティだと、飛行艇も先進的凄まじく先進的なんでしょうか?」
エリクセが問いかける。
「そうですねー……外観だけだと、それほどでもないかもしれませんが」
ノンティは、そう言って、資料の表示用に持ち歩いている液晶タブレットで、SS-2飛行艇を表示させて、2人に見せる。
「…………なんだか、ウチんとこの『ヘラ』飛行艇に少し似てるわね……より洗練されている感じはするけど」
「あ、やっぱり」
レオナの言葉に、ノンティが苦笑する。
「あるんですね、二式大艇」
具体的な感想をいただけると、続きを描くことが捗ります。
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