フェミニン国家召喚   作:神谷萌

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激烈の年も暮れつ

 エクスプレッセスティ共和国、首都エムブラセクス。

 QuickChip本社工場。

 元々は創業時に、当時のエムブラセクス都市圏の外縁部の東側、ツォボ川の上流側に建設された工場だが、その後エムブラセクス都市圏がスプロール化を起こして拡大するにつれて、拡大した都心部に取り込まれた。

 現在、同社の最大の工場はプラ連山系の山麓地帯・サイサンヴィルにあるが、本社機能と連動してライン組換の試験などが容易であることから、この工場も稼働を続けている。

『現在時刻16:30です。日勤勤務者で、超勤申請の提出をしていない職員は、退勤作業に取り掛かってください』

 クリーンルームの中に、自動放送でその声が響く。

「交代ですよー」

 ウェハーカセット洗浄室の扉から、クリーンスーツ姿の人間が入ってくる。まぁこの国だから基本的に女性なのだが、防塵用のクリーンスーツ姿では、よっぽど極端な体型をしていない限り、性別も含めて個人の特徴は掴みにくい。ブルーカラー職の作業着と同じで、色こそ鮮やかなピンクをしているが、形状そのものはその範疇を逸脱する事はできないのだ。

「りょーかーい」

 別のクリーンスーツ姿の人間が、多少低いものの明らかな女声でそう言いながら、ズラッと並んだ洗浄装置の列の間から出てくる。

「引き継ぎ事項はありますか?」

「特にないかな。不調の機械もないし。上流もなんも言ってこないし」

 入ってきた方の女性が訊ねると、もとからいた方の女性は、中性的な言葉遣いでそう言った。

「解りました」

 入ってきた方の女性はそう言いつつ、システム管理用PCのアクリル製キーボードカバーを上げ、マウスとキーボードを操作して、オペレーターとしてログインする。

 そこで、PCの操作を交代し、終業を告げられた女性が、自身のオペレーター情報をログアウトさせる。

「じゃ、後よろしく」

「はい。お疲れ様です」

 そう挨拶を交わして、終業する方の女性が、クリーンルームから退出した。

 通路から、退出時専用の二重扉をくぐって、更衣室に入る。そして、そこで、息苦しさを感じさせるマスクを外し、フードを取り、

「ふぅ」

 と、マコト・マリー・フクシマは、息を吐き出した。

 クリーンスーツを脱いで、Tシャツにオーバーパンツ姿になる。ロッカーの中から丈の短いミニスカートのビジネススーツを着る。

 QuickChipの ──── というか、エクスプレッセスティでは24時間操業体制をとる企業は、4交代制が標準になっている。というのも、エクスプレッセスティは “女性と女性的性マイノリティだけの国” だが、女性機能保有者は基本的にバイオリズムの循環が男性より激しく、またそれが崩れやすいという点の配慮があり、雇用の基本条件として、「2~8時の間にかかる勤務は拘束6時間以下・実働5時間15分以下とすること」「極力、労働時間を固定して雇用契約を締結すること」とされているためだ。

 なので、QuickChipの場合、通常の8:30~17:00の勤務の他、16:00~23:00、22:00~翌4:00、3:00~9:00の勤務ブロックがある。そして、日中勤務と、夜間の短縮勤務ブロックは基本的に別に雇用している。

 交代数が増えると雇用者数が増えて、その分社会保障費の雇用主側負担が増え、人件費が上がりがちになる。それでも生産拠点として強かったのは、エネルギー資源産出国であるため、国策で、特に産業用の電力と熱源用ガスを低廉に抑えているからだ。

 マコトはデスクワークにも就く雇用契約で、そのかわり例外的な出勤を除けば勤務は日中が所定だ。

 ピッ

「お疲れ様でしたー!」

 ICカード社員証で、退勤を登録すると、受付係に挨拶をして、正面玄関から工場の建物の外に出る。

 同じように日中勤務組が工場からわらわらと出てきて、ある者は1人で、またある者は2人、あるいは数人で会話しながら、駅の方へと向かっていく。ExR(国鉄)東中央本線はすぐ脇を走っており、駅までは徒歩10分とかからない。なんなら貨物用の引込線が工場敷地内に入ってきていて、留置線にコンテナ車が待機している。

「マコトっ!」

「わっ!」

 マコトが、自分はこの後どうしようかと考えながら、ゆっくりと駅への行程を歩いていると、背後から、声とともに衝撃があった。

「ちょっと、危ないじゃんかー!」

「あはは、ごめんごめん」

 マコトが、身を起こしつつ、抗議の声を上げながら振り返ると、悪いと思っているのかいないのか、ヘラついた苦笑で手を振る褐色肌の女性がいた。

 カミラ・タンガラ・デイビス。出自がチリを経由しているアフリカ・ニグロイド系だが、アングロ・サクソンや日系が入っている。

 年次的にはマコトと同期だが、日本で言う総合職に近いマコトに対し、カミラは製造系での採用だったため、あまりそういう感じはない。ただ、歳が同じなので、知り合ってからは悪友の様に付き合っている。マコトの大学時代の同期とも数人は友人グループになっているが、現住地がエナジポリスのサラとはまだ面識がなかった。

 そうと言葉に出して決めるわけでもなく、2人は連れ立って駅へ向かう。

 敷地の出入り口にあたる門のあたりでは、南北方向に伸びるトロリーバスの停留所に行列ができている。駅前を経由する系統もあるが、距離を考えるとこの行列を待つ意味はあまりない。

 駅前商店街にかかる。元々このQuickChip本社工場ありきで設置された駅である上、電車に乗ればエムブラセクス中央駅まで快速で15分程度という地理的条件のため、かえって商店街はあまり発達せず、スーパーマーケットもサテライト店扱いの小型店舗が1件だけで、こじんまりとしている。

「クリスマスかー……」

 その商店街の様相を見て、マコトが呟くように言った。

 中央歴1642年が暮れようとしている。エクスプレッセスティではお盆の習慣はあるものの、近年に移民でできた国家の為、原住民族であるフェチ族(Phetis)も合わせ、 “お盆の帰省” という習慣がない。「現住所が地元」という感覚が一般的だからだ。

 それともうひとつ理由があって、エクスプレッセスティには8月期に一斉に長期休業する制度がない。

 その代わり、日本でごちゃまぜになって入ってきた宗教儀式が隣接する年末年始は、12月23日には仕事納めとなって、年明け1月8日までのロングバケーションとなる。

「アタシはまだ、なんか違和感あるなー……この寒空でクリスマスって」

 カミラが、苦笑交じりに言う。

 季節は冬、マコトもカミラも、アウターの上に更にショートコートを着ている。その上でクリスマスデコレーションの出現した商店街の様子は、一見すると日本人には見慣れた光景なのだが ────

「そっか。私はもう慣れた感じだけどなー」

「アタシの場合は、親からして移民前はチリだからってのもあるのかも知れないけどね」

 エクスプレッセスティで、8月期にロングバケーションがない理由のもうひとつ、というか、より根幹にあるものがこれだ。

 元々は地球の南半球の高緯度帯に存在していたため、転移以前は、8月は冬季、12月から翌年1月は夏季だったのである。

「そう言えば聞いてなかったけど、カミラは、年末年始は?」

 マコトがそう聞いた。

 QuickChipのようなマイクロプロセッサやDRAMの製造ラインには、肉眼視できないほどの塵の進入も許されないことから、クリーンルーム設備が設置されている。これを完全に停止させると、製造用の工作設備も含めて再起動に下手すると半月以上かかるため、ロングバケーション期間でも工場は完全に停止せず、一部の従業員の休暇期間をずらして限定的な操業を続ける。

「あー……今年はカレンダー通り。マコトは?」

「私も。なーにして過ごそうかなと思ってたんだけど」

 答えつつ訊ね返すカミラに、マコトがそう答えると、カミラがニヤッと笑った。

「じゃあ、私のパーティーに付き合う?」

「んー……おちんちんついてる人いるの?」

 カミラの誘いを聞いて、マコトは、少し考えるようにしつつ、そう問いかけながら、一旦上げた視線をカミラの顔に戻す。

「もちろん。それないと()()()()()()()()()()でしょー」

 カミラは、悪戯っぽい笑顔で、右手でOKマークを作りながら言う。

 エクスプレッセスティでは、通年ではないが、この季節、特に名目もなくただ “パーティー” と言えば、グループセックスの事だ。それも数日かけてという事が多い。

 ただし、そのような形態であっても参加者全員の合意が前提である。強制することが犯罪である事は変わらない。むしろ、このような性自由を追求するがゆえに、性犯罪に対する嫌悪はより強い。

「アタシの大学の知り合いのシーメールさん3人、ふたなりさん2人。まだ今のところはだけど……純メスは今のところアタシ入れて4人。28日からトシ挟んでバコバコッと」

「おー……避妊必須?」

「自由の予定」

「行く!」

 カミラの答えを聞いて、マコトは興奮した様子で即答した。

 エクスプレッセスティでは、性自由の追求や売春の肯定と、 “女だけの国” の人口維持・増加の方針とから、子供の育成についての制度が、単身の母親1人かつ子供2・3人程度を想定して設計されている。婚外子上等、 “思い立ったら妊娠” できる社会を構築している。

 ちなみにその一方で、以前もちらりと説明した通り婚姻制度自体は存在している。相手が外国籍でない限り同性婚扱いになる。子供ができない組み合わせ、身体的マジョリティ女性同士、シーメール同士でも婚姻は可能だ。ただし、固定のパートナーがいる場合は貞操義務が発生する。

 で、近親婚の制限が「2親等以内の血族ではないこと」「2親等以内の血族であっても、婚姻の当事者を除き、3代前の祖先までに2親等以内の婚姻がないこと」であり、母娘婚、姉妹婚、おば姪婚が条件付きだが認められている。

 ふたなり限定で、女性としての自身が自身の男性機能に操を立てる本人婚、親等の記録が “0” になるというものもあったりする。

 …………これらの近親婚に対する制限の緩さからも、世帯内の収入が1名である前提の育児制度が求められるわけである。

──── 閑話休題。

「それじゃさ、私の大学の同期も呼んでいい?」

「ん、オーケーオーケー」

 マコトの提案に、カミラは軽い調子で受ける。

「よーし、今から身体が熱くなってきたー!」

 元々童顔なマコトが、少女のような様子で、その場で腕を振りながら足踏みをする。

「今からだと、ちょっと不快指数高すぎじゃない?」

「へ?」

 カミラに言われて、マコトは興奮から我に返る。

 場所は、駅のホーム。

『間もなく、東西直通快速ファローム行きが到着いたします。白線の内側まで下がってお待ち下さい。この電車は、3扉、10両編成での到着となります』

 周囲は帰宅の途につく人々でごった返している。

 さらに、到着した電車には、すし詰めとまでは言わないものの、拭いたガラスの内側があっという間に曇る程度には熱気が籠もっている。

「あははは……まぁ、先に無事に仕事納め迎えないとねぇ」

「そーいうこと」

 マコトの言葉に、カミラが返しつつ、2人は電車に乗り込んだ。

 

 

 数時間後 ────────

 マギカライヒ共同体、連邦首都エーベスト、南東沖。

「着ているものは、エクスプレッセスティやムーに少しは似せているみたいだが」

 マギカライヒ共同体、本国防衛艦隊提督アリオマは、周囲を見ながら、内心で呟いたつもりのその感情を、声に出してしまっていた。

 彼が乗っているのは、マギカライヒ共同体が誇る魔導機械工学による機甲戦列艦……──── ではない。

 木材の要素などどこにもなく、灰色の低反射塗料に塗られた合金の艦体、動力旋回式の完全遠隔操作型砲塔、アンテナを掲げる檣楼と、その両側にそびえるミサイルキャニスター、となれば当然艦尾に翻るはエクスプレッセスティ海軍旗、レッド・ファウンテイン・エンサイン ──── ではない。

 アリオマの傍ら、しっかりその言葉を聞きつつも、艦長は口元で不敵に笑ってから、

「対水上演習射撃、目標、1時方向標的艦 ────」

 と、女声で、インカムのマイクに下令する。

「撃てッ!!」

 ドンドンドンッ! ドンドンドンッ!!

 ボフォース社原設計、Mk110 57mm砲が、3発を射撃、僅かに角度を変え、3発を射撃する。

 ゴォオォォン! ドォオォォォン!!

 6km先で、廃艦予定の旧式魔導戦列艦に、きっちり3発ずつ砲弾が飛び込み、文字通りの木っ端微塵にした。

「な……なんて精度だ……」

 アリオマは、双眼鏡でそれを視認すると、愕然とし、またしても内心に留めようとした言葉を声に出してしまっていた。

『姐さ~……いや、中佐~ぁ』

 女性艦長、オルクーニュのインカムのレシーバーに、海の荒くれ者を想像させる声で、情けない言葉が届いてきた。

『双眼鏡で見える距離なんざ、()()()()外す方が難しいですぜ……』

「言うな! 超水平線射撃なんぞムーより格上にしか理解できん! 次、対空!」

『了解!』

 オルクーニュ艦長が激を飛ばすと、男達の声が引き締まり、歯切れよく返ってくる。

 ヒュウゥゥゥゥゥゥッ

「な、何っ!?」

 空気を切り裂く音に、アリオマは音源の方を見上げる。

「ガンとRWS、CIWSだけで行くぞ、SAMは演目には高価過ぎる」

『了解! RWS、CIWS起動』

 オルクーニュが下令する中、彼方に待機している、ミリシアルの空母の甲板上から発射された、FB型対空射撃標的が、この艦に ──── ロウリア王立海軍総旗艦、『マーサ・ルセリア』の上空、低高度めがけて飛来する。

 その速度は巡航ミサイルを想定したもので、所詮亜音速である。だが、ワイバーン系統からしたらそれでも倍以上の速度だ。

「射撃自由!」

 ドンドンドンドンドン!

 ドガガガガガガガ…………!!

 57mm砲と、艦橋前部のBFA/三菱『ガーディアンスフィア』20mmCIWS、後部の『SIGMA20』RWSの20mm機銃が火を吹く。

 ボン、バン、バン、ボンッ!

 標的は次々と爆煙に包まれ、そこから無軌道に飛び回りつつ海面に落水した。

 少なくとも10、見えた標的は、1機もマーサ・ルセリアの直上に至ることなく、撃墜された。

『目標ロスト、スコープ内クリア』

「了解、RWS、CIWS待機位置へ。甲板班再装填急げ!!」

『了解!』

 オルクーニュが下令する中、アリオマは、今度は逆に完全に声を失い、ただあんぐりと口を開けたまま、空を見上げた姿勢で呆けている。

「ふぅ」

 僅かに緊張の緩みからの疲労を、かのシャークンの姪っ子は息にして吐き出した。

 シャークン自身は艦隊総指揮官にと話があったのだが、歳を取りすぎていると固辞、事務方に引っ込んでしまった。その代わりというわけでもないが、縁戚のオルクーニュが近代艦乗組訓練生としてエクスプレッセスティに送り出された。

 ロウリア側で縁故人事、エクスプレッセスティ側で女性である、というのが、それぞれ都合が良かったので、そのまま指揮官候補とされたという経緯があったりする。

「ご覧いただけたかな?」

 アリオマにかけられた声は、男性のものだった。

 マーサ・ルセリアに乗り込み、この光景を物味遊山決め込んでいたもう1人のゲスト、ミリシアル海軍大将のレッタルである。

「貴国の申し出は有り難いが、我々が期待しているのはせめてムーだ。ロウリア海軍に要請を出したのは、エクスプレッセスティと同じ質の力を獲得しつつあるからだ。ムーより前近代的な海軍では、グラ・バルカスの艦隊には無力だ。メンツのために命の浪費をすべきではない」

 それまでのどこかスッとぼけた口調から一転、表情も口調も一気に険しいものになって、レッタルは告げる。

「補給拠点としての協力は誠に感謝する。だが、犬死にと解って参加させるわけには行かない。申し訳ないが堪えてくれ。メンツをたてるというなら我が皇帝陛下から貴国宛に感謝状も出そう……」

 レッタルの言葉が聞こえているのかいないのか、アリオマは呆然と立ち尽くしたまま、ズルズルと肩を落とした。

 





https://x.com/kaonohito2/status/1839180908076974140
https://x.com/kaonohito2/status/1839267064386822146
クロエとユキ、迷彩服バージョン

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